魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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GWいかがお過ごしでしたでしょうか皆さん。
本当はGW中に更新しようと思っていたのですが、大幅に遅れてしまいました。
今回もさやか編…、と最後に蛇足として恭介君と仁美ちゃんのシーンを…。


第31話 すれ違う想い

 

 「…成程、そう言う事があったのか…」

 

 まどかから一通り話しを聞き、デジェルは自分の予想が当たっていた事で唸り声を上げる。

 やはりさやかは志筑仁美から宣戦布告を受けていた。本来の世界の歴史と同じタイミングで…。

 考えうる限り最悪のタイミングとしか言いようがない。これが魔法少女になる前、魔法少女という存在を知る前に宣戦布告を受けたと言うのならまだいいだろう。

 仁美から与えられた猶予の間に心を決めて、自分に後悔のない選択をすることもできた可能性もあった。だが、今のさやかの心にそんな余裕はない。もしも今志筑仁美に勝負を挑まれでもしたら、もう人間ではなくゾンビ、上条恭介に告白する資格なんてないと考えているさやかにとっては致命傷だ。あそこまで荒むのも当然だろう。

 自分の想い人にして願いの起源でもある上条恭介、それが寄りにもよって自分の親友にとられてしまう…。たとえ魔法少女になっていなかったとしてもショックであろうに魔法少女として契約した後、それもソウルジェムの秘密を知って自分自身の身体が抜け殻だと知ってしまった時に告げられてしまうのだから、ショックも倍であろう。

 

 (全く持ってタイミングが悪い…。志筑仁美もせめて魔法少女になる前に告げていればいいものを…。いや、彼女が悪いと言うわけではない、彼女も親友に抜け駆けしたくないと言う思いからせめてもの気遣いでそう告げたんだろうが…、あまりにも間が悪すぎる…)

 

 彼女も悪気があったわけではないのだろう。あくまで親友と、恋敵と対等な勝負をしなければならない、そう考えた故に美樹さやかにあのような告白をしたのだろう。ひょっとしたらいつまでたっても想いを伝えないさやかに発破をかける意味もあったのかもしれない。だが、その善意が完全に裏目に出てしまっている。

 無論彼女は美樹さやかが魔法少女であると言う事どころか魔法少女と魔女という存在すらも知らない。仁美自身が魔法少女としての素質を持たない事とまどか達があくまで一般人である仁美を巻き込みたくない思いから彼女に黙っていたのもあるのだろうが、仮に知っていたとしたら、今とは別の行動をしていたのだろうか…。

 

 「…等と考えても仕方がない。まどか君、いそいでさやか君を探そう。何処か心当たりのある場所を手当たり次第に探すとしよう。私は病院と恭介君の家へ向かう」

 

 「は、はい!じゃあ私は学校と公園に行きますから!」

 

人混みの中へと消えていくまどかを見送ると、デジェルは上着のポケットから携帯電話をとりだしてシジフォスへと電話を掛ける。

 

『はい、もしもしシジフォスですが…』

 

数回のコール音の後に聞こえるシジフォスの声。デジェルはホッと息を吐きながら口を開く。

 

 「私だシジフォス、デジェルだ」

 

 『ん?デジェルどうしたんだ?何か状況に進展でも…?』

 

 突然電話してきた同僚に電話口のシジフォスの口調が真剣味を帯びる。電話の向こう側では険しい表情を浮かべている事だろう。デジェルは一拍置くとゆっくりと口を開いた。

 

 「さやか君が暴走した。そして…、逃亡した。今杏子君とマミ君、まどか君が捜索している所で私も捜索に向かうつもりだ」

 

 『…!!そうか、承知した。だがもうそんな事になっていたか…』

 

 「ああ…、時期的にさやか君の魔女化ももうすぐだ。そろそろ我等も本格的に介入をする時が来たようだ」

 

 『そうだな。魔女化から元へ戻す目処も既に立っている。後は時期が来るのを待つだけ、か…』

 

 デジェルの言葉に電話の向こう側のシジフォスも同意する。自分達がこの世界に居る事以外では、物事は全て本来の歴史通りに進んでいる。このままいけば、さやかは絶望の果てに魔女となる、そしてまどか達もソウルジェムの真実、そしてキュゥべえの正体を知る事となる。

 最終的にはさやかは元に戻せるため、ここまでは全く問題は無い。無いのだが…。

 

 「…やはり魔女になると知っていて、それを黙っているのは心苦しいな…」

 

 『仕方がない。仮に伝えたとしてもそれでマミが暴走してしまったら元も子もない。まあ最悪暴走は止められるだろうが、歴史は大幅に狂う。そこからどんな弊害が出るか分かったものじゃあない。ここは……、耐えろ』

 

 「ああ、分かってるさ…。なら私はさやか君の捜索に行く。発見したら、また連絡する」

 

 デジェルは電話を切ると、軽く溜息を吐きながら空を見上げる。晴れた空から一転、今にも雨が降り出しそうな雨雲が、空を覆っている。

 まるで、今の美樹さやかの心を代弁しているかのような…。

 

 「…好きな相手に振られるのはつらい、その気持ちは私にも理解できる。だけどさやか君、それよりももっと辛い事があるんだよ」

 

 それは、とデジェルは一度言葉を切るとかつて自分が聖闘士としての智を学んだ極寒の大地、そこで太陽のように輝いていた親友の姉の姿を、遂に想いを告げることなく別れる事となってしまった一人の女性の姿を思い浮かべる。

 

 「…愛する人に、想いを伝える事が出来ない、自分の気持ちを知ってもらうことすらできない事だ」

 

 ポツリと呟いたのを合図にしたかのように、デジェルの頭上から雨の細かい水滴が降り注ぎ始めた。

 

 まどかSIDE

 

 デジェルと別れてからさやかをさがして走りまわっていたまどかは、ようやく公園のベンチにポツンと腰かけるさやかを見つけた。

 元々運動が得意でないにもかかわらず街中を全力疾走して親友を探し回ったまどかは、こちらを呆然と眺めるさやかに声もかける事が出来ず肩を上下に動かしながら息を荒げていた。

 ようやく息を整えたまどかは、それでも若干息を切らしながらさやかに近付く。

 

 「ま、まどか…」

 

 「さやか…ちゃん。探したんだよ…?心配、したんだから…」

 

 「しん…ぱい…」

 

 「うん…、私も、マミさんも、杏子ちゃんも、デジェルさんだって、さやかちゃんの事心配していたんだから、ね」

 

 そう言いながらまどかはさやかの隣に座る。さやかは申し訳なさそうに顔を歪めながら、まどかに視線を向ける。

 

 「なんか…、ゴメン。まどかに、心配かけちゃってさ…。ううんまどかだけじゃない、マミさんに杏子、あとデジェルさんにも心配かけちゃって…、本当に馬鹿だよ、あたしって…」

 

 「き、気にしないでよさやかちゃん!マミさん達だってさやかちゃんが謝ればきっと許してくれるから!!」

 

 「うん…」

 

 それからはしばらく無言の時間が続いた。

 灰色の雲で覆われた空から雨が降り注いでいるが、幸いさやかとまどかが座っているベンチの真上には丁度雨を遮るように屋根が取り付けられており、二人に水滴がかかる事は無い。

 まどかは自分の肩に寄りかかるさやかを見つめ、昨日のさやかとの会話を思い出す。

 昨日、突然まどかは『相談に乗って欲しい事がある』とメールでさやかの住居のあるアパートの前に呼び出された。

 少し不安を感じながらもまどかが待ち合わせの場所に行くと、まどかを見つけたさやかはボロボロと涙を流しながらまどかに抱きついてきた。

 いきなりの行動に戸惑うまどかにさやかは訴えるように言葉を紡ぐ。

 

 曰く「今日仁美に呼び出され、仁美も恭介の事が好きだと言われた」

 

 曰く「仁美に明日告白すると言われて一日猶予を与えられたけど、こんな死体同然の身体にされてどうしたらいいか分からず、結局告白できなかった」

 

 「仁美に…、恭介を盗られちゃうよお…!!こんな身体で、こんな身体で恭介に好きなんて言えないっ!抱きしめてなんて言えないっ!!キスしてなんて言えない…!!」

 

 「さやかちゃん……」

 

 「ねえ、まどか、あたし、あたし一体どうしたらいいの…!!教えてよ、教えてよおっ…!!」

 

 さやかの泣き叫ぶ声を聞きながら、まどかはたださやかを抱きしめる事しか出来なかった。

 あれからさやかはまどかの胸の中で散々泣き叫んだ後、一言謝罪してマンションへと戻ってしまった。まどかも心の中に不安を抱えながらも自分の家へと帰って行ったのだが…。

 

 

 「ねえ…、さやかちゃん」

 

 まどかは自分の肩に寄りかかる親友に声を掛けるが、反応はない。まどかは構わずことばを紡ぐ。

 

 「さやかちゃん…、デジェルさんの言うとおりにしよ?しばらく、魔法少女お休みしようよ。マミさんやほむらちゃんが居るから大丈夫だよ」

 

 瞬間、まどかの肩から重みが消える。さやかはまどかから身を離して俯いている。その表情はうかがえないが両手は膝の上で握りしめられてブルブル震えている。その態度の変化に少し怯えながら、まどかはなおも言葉を紡ぐ。

 

 「だって…、痛くないなんて嘘だよ、みてるだけで、痛かったもん…。あんな戦い方を続けていたら、さやかちゃんの為にならないよ…。デジェルさんの言うとおり、いつか死んじゃうよ」

 

 「……あたしの為って、何よ」

 

 「え……?」

 

 まどかの言葉を遮るように暗い声を上げるさやか。呆然とするまどかを無視してまるで幽鬼のように音もなく立ち上がる。そしてソウルジェムを取り出すと虚ろな視線をまどかに向ける。

 

 「こんな石ころにされて、こんな姿にされた後で、一体何があたしの為になるっていうのよ…」

 

 「さ、さやかちゃん…」

 

 戸惑った表情のまどかに構わず、さやかは無機質な口調で淡々と言葉を続ける。

 

 「今のあたしはね、魔女を殺す、それしか意味がない石ころなのよ。死んだ身体を無理矢理動かして生きているふりをしているだけ。そんなあたしに誰が何をしてくれるって言うのよ、考えるだけ、無駄じゃない…。それに、あたしから魔女退治をとったら、どうやって生きればいいって言うのよ。生きる意味を失って、文字通りタダの生きる屍になって…、これからどうやって過ごせって言うのよ…!!」

 

 まるで血を吐くように独白するさやか。その姿にはもはやいつもの能天気で明るいさやかの姿はない。己の生に絶望し、己の今の姿に絶望し、己の中のありとあらゆる負の感情を吐き出し続ける、そんな自分の親友の姿にまどかの心に少なからず怯えが走った。

 それでもまどかは無理矢理気を奮い立たせるとまっすぐにさやかの目を見る。

 

 「で、でも、私もさやかちゃんを助けたいから…」

 

 「助けたい?助けたいですって?だったら…」

 

 まどかの言葉を聞いたさやかの顔が憎々しげに歪んだ。その表情は親友を見ると言うよりも、まるで憎々しい怨敵を睨んでいるかのようであった。

 

 「だったら、アンタが戦ってよ…!!」

 

 「……え?」

 

 さやかの言葉に、まどかは訳が分からないと言いたげな表情でさやかを見つめる。そんなまどかにさやかは怒気が籠った言葉を容赦なく叩きつける。

 

 「キュゥべえから聞いたよ、アンタあたしより凄い才能があるんだってね。あんたなら、あたしみたいな自爆特攻なんかしなくても、苦労しなくても魔女何か楽勝に倒せるんでしょう…!?」

 

 「そ、そんなこと……」

 

 「あたしの為に何かしようって言うなら、あたしと同じ立場に立ってみなさいよ…!!」

 

 あまりにも強い口調で言葉も出ないまどか。自分の言葉に返事も出来ないでいる親友の姿に、さやかは自嘲するような笑みを浮かべて、掌のソウルジェムを眺める。

 

 「無理だよね?ただの同情だけで、人間やめるなんて事、出来るはずがないもの」

 

 「同情だなんて…、そんな…」

 

 「何でもできるくせに何にもしようとしないあんたの代わりに、あたしがこんな目にあってるんだよ?それを棚に上げて…、知ったような口を利かないでよ…!ウザいし、目ざわりなんだよ…!!」

 

 荒々しくベンチから立ちあがったさやかは、そのままあちこちに出来た水たまりを踏みしめながら雨の降りしきる中へと出ていく。まどかはその後ろ姿を追いかけようとするが…。

 

 「付いてこないで!!」

 

 「………!!」

 

 さやかの突き放すような絶叫に、足が竦んでしまう。そんなまどかを尻目にさやかは早歩きでその場を立ち去ってしまった。まどかはただその後ろ姿を黙って眺めている事しか出来なかった。足を動かそうにも、地面に縫い付けられているかのように動く事が出来なかった。

 

 「さやか…、ちゃん…」

 

 降り注ぐ雨に濡れるのも構わず、まどかはさやかが去って行った方向をジッと眺め続ける。双眸からは、雨水と混じってポロポロと涙が零れてくる。降り注ぐ雨で服がびしょ濡れになり、凍えるように体が冷えるが、今はそんな事は全く気にならなかった。

 それほどまでにショックだった、自分の親友に拒絶された事が、親友に辛辣な言葉を投げかけられた事が…。

 

 「私、ずるい子だ…。さやかちゃんの苦しみなんて分かるはずないのに…。魔法少女なんかじゃない私に分かるはずがないのに…。さやかちゃんの苦しみを、分かっている、つもりでいて…。だから、だからさやかちゃんに嫌われて…う、うう…ひっく…」

 

 何も分からない癖に、何もしない癖に偉そうなことばかり言う、自分は最低だ、まどかは雨の中で濡れながらむせび泣いた。雨は無情にもそんなまどかに降り注ぎ、涙と雨水と判別がつかない程彼女の顔を濡らしていく。

 と、突然自分の頭上から影が差し、自分に降ってくる雨が途切れた。まどかはふと頭上を見上げると…。

 

 「まどか、こんな雨の中に居たら、風邪をひいてしまうよ」

 

 「シジフォス、さん…」

 

 そこには自分の頭上に傘を差してくれる射手座の黄金聖闘士が立っていた。自分に雨がかからない様に差しているせいで彼の身体の半分は雨ざらしになってしまっている。それでもシジフォスは気にしていない様子でまどかに優しく微笑んでいる。

 その笑顔を見たまどかの瞳から再び涙があふれ出し、まどかはシジフォスに抱きつくと声を上げて泣き出した。

 一方のシジフォスは突然抱きついて泣きだしたまどかに少し驚きながら、彼女を宥めるように髪の毛を優しくなでる。

 

 「まどか?どうしたんだ一体。もしかして、さやかの事か?」

 

 「っく…、ひっく…どうして…」

 

 「デジェルから話は聞いた。さやかが無茶な戦い方をして、君達と仲間割れをしたこともね。その様子だと、見つけはしたが仲違してしまったようだな」

 

 シジフォスの問い掛けに、まどかは頷きながらしゃくり上げた。

 

 「私、私、友達失格です…。さやかちゃんを傷つけて…。それで自分も傷つくのが怖くて、さやかちゃんを追いかける事が出来なくて…」

 

 「………」

 

 涙声で話すまどかの言葉をシジフォスは黙って聞いていた。

 恐らくまどかは本来の歴史と同じようにさやかを説得し、拒絶された。まどかは自分よりも力があるのに魔法少女にならない、お陰で自分はこんな目にあっていると若干八つ当たり気味なことをさやかはぶちまけたのだろう。

 無論さやかもソウルジェムの真実を知った事と志筑仁美の宣戦布告の影響で精神の均衡を崩していた事もあり、それが爆発してしまったと言えば仕方がないだろう。とはいえ幾らなんでも親友にそのようなことを言うべきではないと思うのだが…。

 シジフォスは何処からか取り出したタオルでまどかの頭を拭いながら心の中で小言を言う。とは言え、今この場には小言を言う本人はいないのだが…。

 

 「…大丈夫だまどか。さやかは今は心の均衡が崩れてしまっているだけだ。君に言ったこともきっと本心じゃあない。必ず仲直りは出来る、だから元気を出すんだ」

 

 「…く、ひっく、仲直り、出来ますか…」

 

 「ああ、君がさやかの事を本当の友達と思っているのなら、きっとできる。だからほら、涙を拭いて」

 

 シジフォスはまどかに優しく声を掛けながら、彼女の頬を濡らす涙を拭う。まどかもシジフォスに慰められたお陰かタオルで拭われた瞳からはもう涙は流れていなかった。だが、その顔には未だに悲痛な表情が浮かんでおり、何か悩んでいるかのように泣き腫らした眼を彷徨わせている。

 

 「あの…、シジフォスさん…」

 

 「却下だ、それは認めない」

 

 「ま、まだ、何も言って無いんですけど…」

 

 言う前に叩き斬られた事にまどかはしょぼんとするが、シジフォスは先ほどとは打って変わって憮然とした表情でフンと鼻を鳴らす。

 

 「言わなくても分かる、大方君もキュゥべえと契約して魔法少女になる、とでも言うつもりだったのだろう?そしてさやかの代わりに魔女と戦うとも…」

 

 「………!!」

 

 自分の言おうとした事をズバリ言われてしまった事にまどかは唖然として身体を硬直させる。そんなまどかの態度にシジフォスは呆れて様子で大きく溜息を吐いた。

 

 「…やっぱりか。いいかまどか、もし仮に君がキュゥべえと契約して魔女と戦うとしてもだ、それでさやかは喜ぶと思うか?君に感謝すると思うのか?何より…、君はその道を選んだ事を後悔しないのか?」

 

 「そ、それは…、その…」

 

 シジフォスの言葉にまどかは口を噤んでしまう。魔法少女の契約、その道を選ぶ事に後悔があるかと言われると、今のまどかははっきりと無いとは言えない。それに、さやかが喜ぶかどうかも分からない…。ただ、さやかに自分の為に何かしようというのなら、自分と同じ立場になってみろと言われたから、黄金聖闘士達からあれこれ言われたけど、やはり自分も魔法少女に、と考えてしまったのだ。

 

 「よく聞いてくれまどか、今のさやかは己というものを見失っている。想い人の為に願いを叶え、想い人を含むこの街の人々の為に魔女と戦う…、最初彼女は魔法少女に対してそんな理想を抱いていたのだろう。だが、今の彼女は魔法少女の魂が己の肉体に無い、そして自分の親友が自分の想い人に告白すると言う二つの現実の間で板挟みになってしまっている。自分は人間じゃない、だから愛する人に告白する事は出来ない…そんな苦悩を抱いて、その苦悩を魔女を倒すと言う行為でしか発散する事が出来ないでいる。仮に君が魔法少女となってさやかの代わりに魔女と戦っても、現状は良くならない、むしろ悪化する可能性が高いだろう。さらに君が魔法少女になる対価としてさやかを魔法少女から元の人間に戻す……、ということも出来ない事はないだろうが、そんな事をしてしまったらさやかはきっと後悔する。じぶんの無責任な言動で親友が代わりに危険な目にあっている、とね…」

 

 「そ、そんな…」

 

 まどかはショックを受けた様子で呆然とシジフォスを見上げる。シジフォスはまどかに雨粒がかからないよう傘で覆いながら、まどかと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

 

 「まどか、君が魔法少女になりたいかどうかは俺は知らない。だが、これだけは言っておく。もし君が友達を、家族を、この街を大事に思っているのなら、絶対に魔法少女になってはいけない。もし契約したなら、君にとって最悪の結末が待っている」

 

 「…!!それって、どういう…」

 

 「詳しくは言えない。ただ一つ言えるのは、魔法少女になる時のリスクとは、魂をソウルジェム化される事だけではないと言う事だ。そんな事など生温い程の絶望を、魔法少女は背負っている。奇跡の代償は魂だけじゃあない。少女の未来、それも奪われる」

 

 「未来、ですか……?」

 

 「ああ、君達の目の前に広がる明日、無限の可能性が広がる未来だ。…さて、話はここまでにして、そろそろ家に帰らないか?俺が送っていこう」

 

 シジフォスは立ち上がるとまどかに向かって傘を傾けながらそう促した。だがまどかは走り去ってしまったさやかが気になるのか公園の入り口を見つめたまま、その場から一歩も動こうとしない。

 

 「さやかは俺の仲間が何とかしてくれる。親友が心配なのは分かるが、君自身の身体も大事にした方が良い。このまま此処に居て風邪を引いたら、マミやほむら、そしてさやかにも心配を掛けてしまうよ?」

 

 「……はい、分かりました」

 

 シジフォスに背中を押され、まどかはしぶしぶと言った感じで足を進める。シジフォスと並んで歩きながら、まどかは頭上に広がる雨空を見上げた。

 雨のやみそうな気配は、まだ無さそうであった。

 

 

 さやかSIDE

 

 (馬鹿だよッ…、馬鹿だよあたし…!!まどかになんて事言ってるのよ!!もう、もう救いようがないよ…!!)

 

 雨の中走りながら、さやかは心の中で絶叫する。

 傷つけてしまった、自分の親友を。自分の事を一番に考えてくれる大切な友達を…。

 まどかはただ自分を慰めたかっただけだ。自分を助けたい、自分の命を大切にしてもらい。タダその一心だけで自分と話をしてくれた。それなのに、それなのに自分はそんなまどかの好意を、友情を踏みにじった揚句に口汚く罵倒の言葉を浴びせてしまった…。

 まどかは傷ついただろう、悲しんだだろう。親友だと信じていた自分にあれだけ酷い事を言われたんだ、きっと泣かせてしまっただろう。そしてもう、自分の事など幻滅してしまっているに違いない。

 

 「当然だよね…、こんな、こんな自分勝手で酷いあたしなんか、まどかみたいな優しい子の友達になんか相応しくない…!あたしなんて、あたしなんて…!!」

 

 涙を流し、慟哭しながら雨の中を走るさやか。その手にあるソウルジェムには、先程浄化したにもかかわらず、段々と濁りが生じ始めていた。

 

 

 恭介SIDE

 

 時は少し遡り…。放課後、とある公園にて…。

 

 「志筑さん、こんな所に呼び出して、話って何?」

 

 上条恭介は志筑仁美に呼び出され、彼女と並んでベンチに座っていた。休み時間にさやかと話をしたいと思って探しているさなか、突然彼女に『放課後公園に来て欲しい』と請われたのだ。

 別々のクラスで精々さやかの親友という程度の面識しかないものの、何故か本人の表情が真剣そのものであった為に無碍にすることも出来ず、結局此処まで来てしまった。

 そして現在に至るわけなのだが、呼び出した当人である仁美は何故かソワソワしたり身体を妙にビクつかせたりとやけに挙動不審であり、中々話を切りだそうとしない。

 このままだんまりを決め込んでも仕方がない、痺れを切らした恭介は口を開く。

 

 「ねえ、しづ…」

 

 「あ、あの上条君!きょ、今日は、貴方にお話しがあってきましたにょっ!?」

 

 (噛んだっ!?)

 

 緊張のあまり舌を噛んでしまい涙目になる仁美、そんな彼女の姿を心なしか可愛らしいと思いながら黙って眺める恭介。仁美は二度三度深呼吸を繰り返し、緊張をほぐすと頬を赤らめながらも真剣な表情で恭介をジッと見据える。そのあまりにも真剣な眼差しに若干気押されながらも、恭介は仁美から視線を離せずにいる。

 

 「あ、あの、上条君…」

 

 「は、はい…」

 

 「私、私志筑仁美は、貴方の事を、貴方の事をお慕いしておりますの!」

 

 仁美は半ば悲鳴を上げるかのように叫んでガクンとお辞儀をした。顔は恭介には見えないものの、告白の恥ずかしさのあまりにまるで熟したトマトのように真っ赤に染まっている。一世一代の告白、それを成し遂げたと言う達成感と告白してしまったと言う羞恥心、それが仁美の心の中で渦巻いていた。

 

 「………え?」

 

 一方の恭介はポカンと口を開けて呆然としていた。仁美が自分に向かって叫んだ言葉、告白の意味が恭介には理解する事ができなかったのだ。

 お慕いしてる?誰が、誰を、いや、それよりも…。

 

 「お、お慕いしてるって…」

 

 「好き、という事ですわ」

 

 「す、好き…」

 

 好き、その言葉が恭介の耳を通って脳へと送られる。が、恭介の戸惑いは治まらない、むしろさらに大きくなっていく。

 好き…、志筑さんが、誰を?…僕を!?

 

 「し、志筑さんが…、僕の事を…」

 

 「よ、よろしければ、上条君の御返事を、聞かせて頂けませんか…?今、此処で…」

 

 仁美にジッと見つめられて、恭介は緊張のあまり身体がガチガチに硬直する。

 志筑仁美、資産家の娘でさやかの親友、そしてそのお嬢様然とした立ち振舞いと容姿から同学年から何枚ものラブレターを送られているまさに高嶺の花。

 そんな彼女が自分を好きだと言っている。普通ならば飛び上がって喜ぶべきだろう、一も二もなく喜んで彼女の告白を受け入れるだろう。

 だが…、

 

 (志筑さんが僕を好き、いつもだったら嬉しいはずなのに…)

 

 恭介は何故か仁美の告白に返事を返せなかった。好きだと告白された事は嬉しい、志筑仁美の気持ちが本気なのも彼女を見れば分かる、だが…。

 

 (さやか…)

 

 彼の脳裏をちらつく一人の少女。幼いころからずっとそばに居て自分のバイオリンを聴いてくれた少女。事故でバイオリンが弾けなくなっても、病室に通って自分を励ましてくれた幼馴染。あれだけ酷い罵倒を浴びせて傷つけてしまったのに、自分を大切に想ってくれた、自分にとって大切な人…。

 

 (僕は…、さやかの事を…)

 

 恭介は心の中で自問自答する。自分はさやかをどう想っているのか、彼女とどうありたいのかを…。

 タダの幼馴染?いいや違う。大切な親友?そんなものではない。

 …大切な人、たとえバイオリンと引き換えても構わない、この世でたった一人しかいない大好きな人…。

 

 (ああ…、そうか…)

 

 ようやく気がついた自分の本心、さやかに対する自分の心、自分の想い。自覚したソレに恭介は思わずクスッと笑みを浮かべてしまう。

 

 「え?あ、あの上条さん、私何か変なことでも…」

 

 「ん!?い、いやいやそんなんじゃない!!そんなんじゃないよ志筑さん!!」

 

 不安そうな顔をする仁美に恭介は慌てて否定すると、顔を引き締めて仁美に視線を向ける。

 

 「あの…、志筑さん」

 

 「はい…」

 

 返事を待つ仁美に向かって、恭介はゆっくりと口を開く。

 

 「告白してくれて、ありがとう。志筑さんの気持ち、確かに伝わったよ」

 

 「けれど…、ゴメン」

 

 恭介は仁美に向かって深々と頭を下げる。

 

 「僕には、僕にはもう、心の底から大切だって思える人がいるんだ。だから、君の気持には答えられない。だから…ゴメン」

 

 頭を下げながら恭介は仁美に謝罪する。彼女を振る言葉を口にする。

 かつての恭介ならば、もしもデジェルと出会わなかった恭介ならば、志筑仁美の告白を受け入れ、彼女と恋人同士になっていたであろう。

 だが、今の彼の心の内には何よりも気になって仕方がない少女の姿がある。ずっと側に居てくれたから、そしてこれからも側に居てくれると信じていたから、彼女に対する想いに気が付かなかった、否、もしかしたらその想いは単なる家族愛へと、友情へと変化していたかもしれない。

 でも今は違う、今の恭介は心の底から彼女の事を、自分の幼馴染であるあの少女の事を愛おしいと感じている。彼女と一緒に居たい、抱きしめたいと願っている。

 

 (さやか…)

 

 心の中で想い人の笑顔を思い出しながら、恭介は仁美に頭を下げ続ける。顔を上げて彼女の顔を見る事が出来ない。

 彼女はこんな自分に告白してくれた。バイオリン以外何にも取り柄のない自分を。

 何人ものラブレターを断ってきた彼女が自分から告白してきたのだ、きっと一世一代の告白だったろう。

 それを断ったのだ、彼女はきっと泣いている。ひょっとしたらビンタされるかもしれない。だがそれでも、それでも自分はさやかが好きだから…。

 

 「…そうですか、まあ、予想はしていましたわ」

 

 「え…?」

 

 てっきり泣き出すと予想していた恭介の予想に反し、頭上から振ってきた声は平静な声、ハッと恭介が顔を上げると、仁美は穏やかな、それでいて何処か諦めたような表情でニコニコと笑っている。

 

 「し、志筑さん…」

 

 「上条君の大切な人って…、さやかさんの事でしょう?」

 

 「……!?」

 

 あからさまに動揺して顔を赤くする恭介に、仁美は可笑しそうにクスクスと笑う。

 

 「やっぱり、でも仕方ありませんわよね、さやかさんずっと上条君の側にいたんですもの。初めから敵うはずがないって思っていましたわ」

 

 「…志筑さん」

 

 平然とした、むしろどこかスッキリした様子の仁美はベンチの背もたれに寄りかかり、目を閉じると語り始める。

 

 「私、さやかさんと勝負をしていましたの。どちらか先に上条君に告白するかを。さやかさんに一日だけ猶予を差し上げたのですけど…、フフ、どうやらチャンスを物にできたみたいですわね♪」

 

 「え…?さ、さやかが…?志筑さん、それってどういう…」

 

 仁美の言葉に恭介はキョトンとした表情を浮かべる。そんな恭介の反応に仁美は怪訝な表情を浮かべる。

 

 「え…?私の前にさやかさんに告白をお受けになられたのではなかったのですか?上条君」

 

 「い、いや、僕は昨日も今日もさやかに一度も会ってないけど…、ていうかこちらから話しかけようとしたら逃げられちゃって…」

 

 実際恭介も退院して学校に通学し始めてから何度もさやかと話をしようとした。

 しかし、復学して疎遠になっていた級友に揉みくちゃにされて中々教室でさやかと話をする事が出来なかった事、そしてようやく暇が出来てさやかと話をしようとしたら恭介の姿を見たさやかが直ぐに逃げ出してしまった事、そして事故の前は一緒に通学していたのに今では一緒に通学する事も無くなってしまった事からさっぱりさやかと会話する事が出来ていないのだ。

 

 「…そんな、さやかさんまさか、私のせいで…」

 

 仁美は驚愕に顔を歪ませて、顔を俯かせるとブツブツと呟きだす。その姿に恭介も少なからず不安を感じてしまう。

 

 「志筑さん!ぼ、僕さやかを探しに行ってくる!!そして、こ、告白してくるよ!!あ、あの、本当にごめんね志筑さん!!告白、嬉しかったよ!!」

 

 「え?あ、は、はいこちらこそありがとうございます上条君!!…あ、それから」

 

 松葉杖をつきながらさやかを探しに行こうとした恭介の後ろから、仁美の声がかかる。恭介が振り返ると、そこには仁美の優しい笑顔があった。

 

 「さやかさんをどうか、お願いいたしますね。さやかさんは、私の大切な親友なんですから」

 

 「……」

 

 恭介は黙って頷くとそのままゆっくりと公園を去って行った。仁美は黙って去っていく恭介の背中をジッと見つめ、恭介が居なくなった後もしばらく彼の去って行った方角をジッと眺めていた。

 やがて仁美はベンチから立ち上がると、空を見上げながらフッと笑みを浮かべる。

 

 「振られて、しまいましたわね。でも、意外と悪くないですわね、失恋というのも。やっぱり恋敵が親友だからでしょうか」

 

 恋心を抱いていた相手に振られたショックはある。だが、それ以上にさやかを、自分の恋敵にして親友である少女への祝福の想いもあった。さやかならば、たとえ恭介を盗られても納得できる、素直に諦める事が出来る…。だって彼女は、まどかと同じ自分の初めての親友なのだから。

 

 「フフッ、明日はさやかさんにおめでとうとお祝いしてあげなくてはいけませんわね。でもその前に、やけ酒ならぬやけ雪見大福とでも行きましょうか…」

 

 空を見上げ、スキップしながら歩き始める仁美。だが、その目尻から微かに涙が光っている。たとえ取り繕っても、やはり失恋のショックは少なからずある。だがそれでも、まどかとさやかの前では笑顔を見せたい。それに、やはりさやかが長年恋心を抱いていた相手と結ばれたのは親友として喜ばしい事なのは事実なのだから…。

 

 「…と、なんだか雲行きが怪しくなってきましたわね。早くコンビニで雪見大福を買って家に戻りませんと…」

 

 空に段々と集まる雨雲を見て、仁美は眉を顰めて駆け足で公園を後にした。

 それからすぐの事だった。マミ達から逃げてきた美樹さやかがこの公園を訪れたのは…。

 

 

 

 

 




仁美ちゃんは色々評判は良くないんですけれども個人的には友達思いのいい子だと思うんですよね。
もしも魔法少女の一件が無ければさやかともいい恋のライバルになれたかもしれないし、たとえさやかと恭介が結ばれてもその後もさやかと友達で入れたでしょうし…。
まあ本編は間とキュゥべえが悪かったということでww

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