魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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第28章 赤の少女の葛藤、魚座と魔女の再開

 

 あの後マミは、杏子から受け取ったさやかのソウルジェムを急いでさやかに握らせた。

 すると、さやかはまるで何事も無かったかのように起き上がると、驚いた様子でこちらを見るマミと杏子、そして沈痛な表情で自分を見つめるシジフォスを、不思議そうに見まわしていた。

 その姿はどう見てもさっきまで死体だったとは思えず、心音、呼吸、その他身体の異常も全くと言っていいほど無い。文字通り死体から完全に生き返ったとしか言いようのない状態だった。

 路地裏で杏子に出会った時点で記憶が途切れているさやかは、何故自分がマミの部屋に居て、何故目の前にマミと杏子、シジフォスの三人がいるのか理解できずに混乱していた。

 杏子はさやかに、彼女が気を失った後何があったかを、その後マミがソウルジェムの真実とキュゥべえの正体について、かいつまんで話した。

 そして現在、マミの部屋にはマミ、杏子、さやか、シジフォス、そしてシジフォスから連絡を受けて駆けつけてきたまどかが集まっていた。

 

 「そ…そんな…ソウルジェムが、魔法少女の魂、なんて…」

 

 杏子の口から語られた事実に、まどかはショックを隠せなかった。

 たった一度の奇跡と引き換えに命懸けの戦いを強いられる運命…、魔法少女とはそういうものだと何度も聞かされていたまどかだが、それでも誰かの為に戦える魔法少女へのあこがれはあった。

 だが、今杏子とマミから告げられた事実は、そのあこがれを粉々にする程の衝撃をまどかに与えていた。それは、既に願いを叶えて魔法少女となったさやかも同様であった。

 魔法少女になったら今までどおりの日常は送れない、魔女と命懸けの戦いを繰り広げなければならなくなる、そんな事は契約した時に割り切っているつもりだった。

 だが、この宝石が、ソウルジェムが己の魂、この身体がただの抜け殻という事実はさやかにとってあまりにも衝撃が大き過ぎた。嘘だと信じたかったが、現に自分は双樹姉妹にソウルジェムを奪われ、一時的に死体となっていた。

 もはや受け入れるしかない、この身体が死体で、この手にある石ころこそが自分の魂だと言う事を…。

 

 「シジフォスさん達が、あたし達を魔法少女にしたがらなかったのは、この事実を知っていたからなんですか…?」

 

 さやかが虚ろな視線をシジフォスに向けてくる。

 その表情は、いつもの活発でまるで太陽のように明るい少女とは全くかけ離れている。それだけ、今回の事実がショックだったということだろう。

 シジフォスは沈痛な面持ちで、ゆっくりと頷いた。

 

 「……ああ、魔法少女の魂がソウルジェムという事は…、仲間の調査で既に知っていた」

 

 「じゃ、じゃあ何でそれを教えてくれなかったんですか!!そうすればさやかちゃんは、さやかちゃんは契約せずに済んだかもしれないのに…!」

 

 まどかの非難するような言葉に、シジフォスはばつの悪い表情で顔を背ける。確かにこの事実を伝えていれば、さやかは魔法少女にならなかった可能性はある。魔女化の事については告げられなくても、ソウルジェムの件についてはもう少し早くに教えられたはずだ。

 だが…。

 

 「……伝えるには衝撃的すぎることだったからな。戦いの危険性と恐ろしさを伝えられれば、充分かと思っていた。それに……、もし俺が仮にこの事実を言っていたとしても、さやかの契約を止められるとは……思えないな」

 

 「え……?」

 

 「そ、それって、どういう…?」

 

 シジフォスの言葉にまどかとマミは戸惑ったような声をあげ、杏子は特に興味もなさそうにシジフォスを眺めている。一方のさやかは、まるで自分の秘密を知られたかのように先程の無気力さから一転しギョッとした表情を浮かべた。

 シジフォスはさやかにチラリと目をやると、重々しく口を開いた。

 

 「……デジェルから聞いた、君が契約したのは、幼馴染の腕を、治すためだろう?」

 

 「……!!」

 

 シジフォスの言葉を聞いたさやかは顔を俯かせて両手を握りしめた。その反応にシジフォスは軽く溜息を吐いた。

 

 「…図星か。君の魔法が回復魔法だからもしやと思ったが、デジェルに聞いたら案の定だった。あいつが面倒をみているバイオリニストの少年の腕が、突如一晩で完治したと言う話だったが、やはり君の願いだったのか…」

 

 「さやかちゃん…」

 

 黙りこくるさやかの姿を、彼女が契約したわけを知るまどかは悲しげに見つめる。事情を知らないマミも、シジフォスの言葉で合点がいき、思わずさやかに詰め寄った。

 

 「さ、さやかさん!本当なの!?貴女が契約した理由って言うのは…」

 

 「………」

 

 「そんな……、なんて早まったことを…」

 

 返事をしないさやかの態度を肯定と受け取ったマミは、肩を震わせながら顔を俯かせる。

 願いを叶えるのなら後悔しないように、契約するならよく考えろ、そうさやかに伝えたと言うのに、シジフォスに至っては契約してはならないと言ったのに…。

 一方の杏子は何処となく冷めたような目つきでさやかを見ている。

 

 「……最初戦った時からなんだか気にくわねーと感じちゃあいたが、やっぱりか。ええと…、さやかとか言ったか、あんたも他人の為に願った類なのかよ」

 

 「…え?」

 

 何の前触れもなく杏子に声をかけられたさやかは、杏子に視線を向ける。さやかの視線を受け止めながら、杏子は何処かきまり悪そうに髪の毛を引っ掻く。

 

 「他人の為に奇跡願うと碌な事にならねー…。以前あたしはそう言ったな。あんたも分かったろ?後先考えずに他人の為に願いを使いやがって…。モロにそのしっぺ返しを食らってやがるじゃねえか」

 

 「…!!あんたにあたしの…って、そっか。あんたも自分の家族の為に…」

 

 杏子の皮肉めいた言葉に一瞬険しい顔を浮かべたさやかだが、マミから聞かされた杏子の過去が頭をよぎって、直ぐに怒りを収める。逆に杏子はさやかの口から洩れた言葉を聞くや否や、マミを思い切り睨みつける。

 

 「……てめえ、何でその事を……!おうセンパイ、あんたこいつに余計なこと吹き込みやがったな!!」

 

 「………」

 

 杏子の怒気の籠った視線に、マミは思わず顔を背ける。その頬を汗が一筋伝う。

 口に出さなくてもその態度が喋ったかどうかを雄弁に告げていた。マミのあからさまな態度に杏子は気に食わないと言いたげに舌打ちをする。

 

 「ッチ。図星かよ。まあいい。確かにあたしが魔法少女になったのは、親父の説法を皆が聞いてくれるようにする為だった。…本音でいやあその頃あたし達は貧乏してたから、家族の生活を楽にしたかった、てのもあったんだけどな。

 最初の頃は大成功さ。みんな親父の話を聞いてくれて、お布施も入ってくるようになった。あたしら一家の生活は見る見るうちに楽になっていった。

 あたしがマミと会ったのもその頃さ。何にも知らなかったあたしは、純粋に人の為に戦うマミを見て憧れた。それで、あたしはマミとコンビを組んで、魔女や使い魔を狩って、正義の味方をしてたってわけだ。

 ……あの時になるまではな」

 

 話を進めていくにつれ、自身の過去に記憶が思い出されてきたのか、段々と杏子の表情が淋しげな雰囲気を帯びていく。マミ達は杏子の話を黙って聞いていた。

 

 「…ある時教会に魔女が出やがった。よりにもよって親父が信者の人達に説法している時にな。当然あたしは魔女と戦って、魔女をブッ倒したさ。お陰で結界に引き込まれていた親父も信者も助かって、めでたしめでたし……と、普通ならそうなるんだろうけどな」

 

 一度口を閉じた杏子は自嘲するかのように乾いた笑みを浮かべる。

 

 「正気に戻った親父にな、ばれちまったんだよ、あたしが魔法少女だってこと。ついでに今まで集まっていた信者が、親父の話を聞く為じゃなくて、あたしの願いで文字通り『洗脳』されて集まったってこともばれちまった。

 全部知っちまった親父は…、壊れちまった、完膚なきまでにな。それから説法もしなくなって、酒浸りの毎日。信者を洗脳して集めたあたしを魔女呼ばわりして暴力を振るう日々…。ついにはおふくろや妹もあたしを避けるようになっていきやがった、親父の言葉を信じたのか、親父から見を守るためかは知らねえけど、な…。

 そしてあの日、あたしが親父の暴力から逃げて街ン中ぶらぶらしてから、帰ってきた時…、親父とおふくろと、妹は、冷たくなっていたよ。あたしを残して、無理心中しちまった…。あたし一人、此処に残して、な…」

 

 「そ、そんな…」

 

 「………」

 

 杏子の願った奇跡、そのあまりにも悲惨な結末に、マミ、さやか、まどかの三人は言葉も出なかった。シジフォスは表情こそ変えなかったものの、その視線には彼女への憐憫の情が籠っていた。

 こちらを見つめる周囲の視線に杏子は居心地が悪そうに体を揺する。

 

 「…てなわけだ。そう言うわけであたしは自分の為に魔法を使い続けることを決めた。もう他人の為に奇跡は願わない、魔法も使わない、ンな事してもやった方もやられた方も不幸になるだけだからな。だからあたしはマミとコンビ解消して風見野に戻った。そんでまあ使い魔逃がして魔女だけ狩って、グリーフシード稼ぎながら空き巣やったり万引きやったりで何とか食いつないでいたってわけだ。…今はどこぞのおせっかいなおっちゃんの家に居候してるから飯には不自由してないけど、な」

 

 「おせっかいなおっちゃん…。アルデバランの事か」

 

 「ん、ああ。そういやアンタら知り合いだったな、まあいい…。つーわけで新入り、あんたも魔法少女になったんなら、他人の為じゃなく自分の為に生きた方が良いぜ?ま、あんたは家族や友達いるから万引きやらしなくても生きていけるだろうからあたしのマネする必要もないだろうけど、他人の為に魔法使うのは、やめておきな、自分が馬鹿を見るぜ」

 

 「……あたしは…」

 

 杏子の言葉にさやかは言葉も出なかった。いつもなら口にできたであろう否定の言葉も、今日立て続けに起きた事件と知ってしまった衝撃の事実から頭の整理が出来ず、なおかつ何だかんだ言いながらも杏子は自分のソウルジェムを取り返してくれた恩人であるため、杏子に対して何も言う事が出来ない。マミとまどかの二人もさやかと杏子を不安そうに見つめるだけで、沈黙したままである。

 そんな魔法少女達の重苦しい雰囲気に、シジフォスはどうしたものかと頭を悩ませていたが、ふと何かに気がついたように視線を玄関の方に向ける。そして、微かに笑みを浮かべると少女達に向き直る。

 

 「あー…取り込んでいる所すまないが…。杏子、君に迎えが来たようだぞ」

 

 「んあ?迎えだ?一体誰が…」

 

 杏子が鬱陶しそうにシジフォスに視線を向けた瞬間、玄関から来客を告げるチャイムが鳴る。

 突然玄関からチャイムが鳴ったことで、今まで漂っていた重苦しい雰囲気が霧散する。が、あまりに突然だったためか、誰も応対に出ようとしない。

 と、玄関から二度目のチャイムの音が鳴る。それでも呆然としているこの家の主を見て、シジフォスは軽く嘆息した。

 

 「…マミ、取りあえず玄関に出て応対したらどうかな?俺達はこの家の住人ではないのだし…」

 

 「…え!?は、はい!!す、すいません今行きます~!!」

 

 シジフォスの言葉に目が覚めたようにハッとしたマミは、急いで立ち上がって来客を待たせている玄関へと向かう。

 

 「あの~…どちらさまでしょうか~?…て、ええ!?あ、貴方は!?」

 

 「あ~すまない、此処に佐倉杏子がいると聞いてきた者だが…どうやら当たりのようだな。昨日は碌に挨拶出来ずにすまなかったな」

 

 玄関が開けられる音と共に、マミの驚いた声、そして来客の声がリビングまで響いてきた。

 

 「うえ!?こ、この声ってまさか!?」

 

来客の声を聞いた瞬間、杏子がギョッとした目つきで玄関に視線を向けた。そんな杏子の反応にまどかとさやかはキョトンとした表情を浮かべ、シジフォスは笑いをこらえているのか顔を俯かせて肩を震わせていた。

そうこうしていると来客との話が終わったのか、マミが四人の待つリビングに戻ってきた。その後ろには例の来客と思われる筋骨隆々の大男と、彼に肩車された緑色の髪の毛が特徴的なまだ幼い少女がマミの後ろからついて来ていた。

 二メートル以上の巨体を誇る大男の姿に、杏子以外の人間は驚いた様子はない。それもそのはず、その男とは一度、顔を合わせた事があったのだから。

 

 「佐倉さん、保護者の人が、迎えに来てくれたわ」

 

 「やれやれ、帰りが遅いから探しに来てみたが…、随分とボロボロになったみたいだな、杏子」

 

 「キョーコ!かえりおそいからまいごになっちゃったとおもったよ!」

 

 「オイオイ…、何でここに居るって分かったんだよ、おっちゃん…、ゆま…」

 

 マミが連れてきた来客、牡牛座のアルデバランと彼に肩車された少女、千歳ゆまの姿を見て、杏子は呆けたようにポツリとつぶやいた。

 

 アルバフィカSIDE

 

 一方その頃アルバフィカは、マンションの近くにある公園、そこにあるベンチで、何をするでもなく座っていた。

 もう夕方だからだろうか、公園には誰も居ない。だからここで一人くつろいでも誰も見咎める者も居ない。

 アルバフィカはベンチの背もたれに寄りかかりながら、デジェルの言葉を思い出す。

 

 (…ルゴニス様から女性は大切にしろと教わらなかったのか?)

 

 「…そもそも近づけないのだから大切にする以前の問題だろうが。全くどいつもこいつも…」

 

 アルバフィカは茜色の空を見上げながらブツブツと愚痴を呟く。

 どうも生き返ってから、自分の体質を気にせず近付いてくる連中が増えてきた。

 前の世界の同僚然り、自分達を生き返らせ、家に住まわせてくれている一刀と彼と共に過ごす少女達然り…。

 自分と親しげにしてくれるのは別に嫌ではない、むしろ嬉しいのだが、もう少し自分の血の危険性というものを知ってもらいたい。こちらとしても自分の血が原因で仲間や友人を殺すような破目になるのは御免なのだ。

 

 「…毒蛇、ならぬ毒薔薇に素手で触れるようなものだろうが、はあ…」

 

 「あ~!!あ、貴方は~!!此処で会ったが百年目なのです!!」

 

 「む…?」

 

 アルバフィカがそんな物思いに耽っていると、突然まだ幼い少女と思わしき叫び声が聞こえてくる。不審そうに空を見上げていた顔を戻すと、目の前には薄い紫がかった長い髪の毛の少女が、こちらを睨みつけながら立っていた。

 見た所小学生、それも1年か2年程度の年齢の子供だ。そんな子供が親と一緒ではなくこんな所で一人でいることにアルバフィカは眉根を寄せた。

 

 「何かな君は。こんな所で迷子か?」

 

 「迷子じゃないです!!ようやく見つけたです!!なぎさを殺した仇、ここで取らせてもらうのです!!」

 

 「殺した仇…?いや、何のことかさっぱりわからんのだが…」

 

 少女の言葉にアルバフィカは心外とばかりに顔を顰める。

 この世界に来てから、アルバフィカは人間は誰一人として殺してはいない。

 確かに生前は多くの冥闘士を倒してきてはいたものの、生き返ってからは人一人殺すような事はしていない。

 この少女の言葉では自分はなぎさ、という少女を殺したらしいのだがそんな少女の事は知らないし、目の前の少女にも面識はない。

 全く覚えが無いと言いたげなアルバフィカの様子に、少女はさらに激昂して腕をブンブンと振り回す。

 

 「とぼけないでほしいのです!!ずっと前になぎさに変な薔薇投げつけて殺したじゃないですか~!!あの顔をボロボロにされた痛みは一日たりとて忘れなかったです~!!」

 

 オーバーなリアクションをしながら怒鳴り声を上げる少女。幸い今は誰も居ないが、これが真昼間ならば嫌でも周りの視線を集めてしまう事となったであろう。

 が、それはともかくとしてアルバフィカが気になったのは、その少女が自分が『なぎさ』という人間を殺したという事を、まるで自分自身が体験したかのように語っている事だった。

 

 「……えっと、一つ聞いても構わないかな?その私が殺したと言う『なぎさ』というのは…、もしかして君の事か?」

 

 「はいなのです!!」

 

 恐る恐る、と言った感じで問いかけたアルバフィカに少女、なぎさは元気な声を張り上げる。普通ならば微笑ましい姿なのだろうが、アルバフィカは頭痛を覚えたかのように頭を押さえた。彼女の言っている事に全く理解が追いつかないのだ。

 

 「いやまて、現に今君はこうして生きているじゃないか。私が殺したと言うのなら何故君はここでこうして生きている」

 

 「それは生き返らせてもらったからです!!今ではおうちで大好きなチーズを食べる日々を送っているのです!」

 

 胸を張って鼻息を荒くするなぎさの姿に、アルバフィカは盛大に溜息を吐いた。何処からどう見てももうお手上げとしか言いようのない様子だ。

 

 「…わけが分からん。それじゃあ聞くがその君を生き返らせたと言うのは一体どこのどいつなんだ」

 

 「それは…「み~つ~け~た~ぞ~ベ~ベ~。テメエ覚悟できてんだろうな~」…ひゃうう!?」

 

 もはや投げやりと言った感じで問いを投げられたなぎさが、アルバフィカに返事を返そうとした瞬間、突然なぎさの背後から地の底から響いてくるかのような唸り声が響いてくる。なぎさは声を聞いた瞬間ビクッと身を震わせてその場から逃げ出そうとするが、走り出そうとした瞬間にニュッと伸びてきた腕でえり首を掴まれて吊りあげられてしまう。

 一方のアルバフィカはなぎさを吊りあげた人物の姿におや、と少し驚いた表情を浮かべる。何しろ目の前の人物は生前の自分の同僚、蟹座の黄金聖闘士マニゴルドその人であったのだから。何故かエプロン姿をしているマニゴルドは憤怒の形相で片腕で吊り下げたなぎさを睨みつけている。

 

 「ふにゃああああ~!み、みつかっちゃったのです~!助けて欲しいのです~!!」

 

 「うるせえ!!勝手に冷蔵庫のチーズ喰い尽くしやがって!!もう勘弁ならねえ!!テメエの魂引っこ抜いてチーズにぶち込んで喰ってやらあ!!」

 

 「ち、チーズ!?チーズにされちゃう!?チーズになっちゃう!?」

 

 「黙れやクソガキ!!オラ!!キリキリ歩け!!」

 

 泣き喚くなぎさを引きずりながら歩くマニゴルド、何やら脳内でドナドナが流れそうな、はたまた彼の後輩の蟹座が天馬座の兄弟にして親友の龍座を引きずっていく場面を思い返しそうなそれを見て、アルバフィカはやれやれと何処か疲れた様子でベンチから重い腰を持ち上げる。

 

 「待てマニゴルド、事情は知らないがまだ幼い子供に乱暴をするとは、聖闘士以前に人間としてどうかと思うぞ」

 

 アルバフィカはベンチから立ち上がると幼女を引きずる同僚を軽くたしなめた。あれこれ訳の分からない事を口走っていたとしても、一応彼女の見てくれはまだ幼い少女。それが泣いている所を見て見ぬ振りが出来る程、アルバフィカも薄情ではない。

 一方のマニゴルドはようやく気がついたとばかりに後ろを振り向くと、普段積極的に人とかかわろうとしない同僚にきつい視線を向ける。

 

 「あんだよアルバフィカ、コイツ人が買い溜めといたチーズ残らず喰いやがったんだぞ!今その説教しようってんだぞ!邪魔すんな!!」

 

 「チーズを摘み食いした程度でまだ幼い子供をいじめるな。聞いたところその子はチーズが大好物なようだしその程度は大目に見てやってもいいのではないか?」

 

 どうみても幼い子供をいじめる大人にしか見えないマニゴルドに、アルバフィカは若干鋭い視線を向ける。いかに生前何度か任務に同行した仲であるとは言っても、否、見知った仲だからこそ間違った行いには喝を入れなくてはならない。そうせねばマニゴルドだけでなくこちらにまで悪評が立つ…。

 一方のマニゴルドは面白くなさそうに眉を寄せながら、やはり黄金同士で争うのは避けたいのか、取りあえずなぎさの首根っこを離す。なぎさは解放されてこれ幸いと逃げようとするが、マニゴルドに一睨みされると蛇に睨まれた蛙の如く固まって動かなくなってしまった。ガチガチに硬直しているなぎさを見てフンと鼻を鳴らしてジロリとアルバフィカに視線を向ける。

 

 「ったくよおアルバちゃーん、お前一度コイツぶっ殺してるだろうが、その御自慢の毒薔薇でよ。」

 

 「…?いきなり何を言っている。先程その子にも言われたが私はそんな少女など知らないし殺した覚えも毛頭ない。私をからかっているのか?」

 

 なぎさに言われた事と全く同じことを言われ、アルバフィカは再び困惑の表情を浮かべる。なぎさだけが言ったことならばまだ彼女の嘘か人違いだと解釈も出来るが、他人であるマニゴルドまでが彼女を殺したのは自分と言うのでは話が違ってくる。

 …まさかと思うが魔女との戦いで見ず知らずの他人を巻き込んでしまったのか?いや、確かに戦闘中人の気配があるか探って無い事を確認してから始めていた。いや、戦闘中とは限らない、まさか自分の血が少量彼女にかかって…。

 頭を抱えて自身の記憶を探るアルバフィカの姿を、マニゴルドは訝しげに眺めていたが唐突に何かを思い出したようにポンと手を打った。

 

 「…あ~、成程な、そうかそうかそりゃそうだわな知るはずもないわな。何しろ姿変わりやがってるし」

 

 「姿が変わっている…?いやマニゴルド、姿が変わっていようがいなかろうが、私は彼女の事を殺したこともなければ面識も全くない。他人の空似ではないのか?世の中には同じ顔の人間が二人いると言う言葉もあるしな」

 

 全く持って訳が分からない、その表情を崩さないアルバフィカにマニゴルドは軽く溜息を吐くと何処か真剣さを感じさせる表情でアルバフィカを見据える。

 

 「お前、病院で戦ったお菓子の魔女を覚えてるか?」

 

 「ああ、無論覚えているが…………まて、まさかその子は……」

 

 マニゴルドの質問に答えた瞬間、アルバフィカの脳裏にある予感がよぎった。

 確か自分は病院でお菓子の魔女を倒した、そして魔女を倒す際にはデモンローズを用いた、そして彼女は自分は変な薔薇で殺されたと言った…。

 まさか、彼女は…。アルバフィカの脳裏に浮かんだとある予感、その思考を読み取ったかのようにマニゴルドはコクリと頷いた

 

 「こいつはお菓子の魔女シャルロッテ。正真正銘本物のな」

 

 「本名は百江なぎさと言うのです!よろしくなのです!」

 

 マニゴルドに続いて元気よく挨拶した少女、かつてのお菓子の魔女こと百江なぎさの姿に、アルバフィカは呆気にとられた表情を浮かべる事しか出来なかった。

 

 杏子SIDE

 

 

 マミの部屋で過ごしてどれほどの時間が経ったのだろうか、すっかり太陽が傾き、空も真っ赤に染まっている。アルデバランと杏子、そしてアルデバランに肩車されながら眠ってしまったゆまの三人は、赤い夕陽を浴びながら自分達の住居への道を黙って歩いていた。

 シジフォスの手によって杏子の外傷は治療されているが、流石に戦闘によってボロボロになった服は元に戻らない。マミの家に自分を迎えに来た時には、杏子自身流石に小言の一つや二つは喰らうかと覚悟していた。

 が、アルデバランはそんな杏子に「よくやったな」と優しく笑いながら頭を撫でてやるだけで、特に咎めるような事はしなかった。

 結局ボロボロになった服はマミの物を貸してもらう事となり、今はこうして三人そろって家路を歩いている。

 アルデバランによると、彼の仲間からの連絡で杏子が魔法少女と戦い傷を負ったと知り、居ても経っても居られずに家から飛び出してきたとの事だ。ゆまが居るのは一人ぼっちにさせて淋しがらせるわけにはいかないからとの事だ。

 そのゆまは、アルデバランの大きな頭を抱え込んで気持ちよさそうに寝息を立てている。アルデバランはそんな歳相応の少女の姿に微笑ましげに笑いながら、ゆまが頭から落ちない様に足を押さえてやっていた。

 

 「……なあおっちゃん」

 

 「ん?どうした杏子」

 

 と、今まで黙っていた杏子が唐突にアルデバランに話しかける。アルデバランは何でもなさそうに応答する。杏子は顔を俯かせて歩きながら、おずおずと口を開いた。

 

 「…魔法少女ってさ、人間じゃねえのかな?」

 

 「はあ?なんだいきなり藪から棒に」

 

 杏子の問い掛けに、アルデバランは眉を顰めて杏子を見下ろした。杏子は横目でアルデバランを見上げながら、ボソボソと蚊の鳴くような声で呟く。

 

 「いやだってよ、魂身体ン中ねえんだぞ?身体はもうただの肉の塊でしかねえんだぞ?まあ今のあたしは違うけど、前まではあたしもそうだったし…。だからさ、魔法少女ってのは人間のふりした死体、ゾンビ見てえなモンなのかな、なんて考えちまって…」

 

 杏子の言葉にアルデバランは思案するように顎に手を当てる。もちろん肩車で眠っているゆまが落ちない様に膝をその丸太のような腕で固定しながらであるが。

 

 「成程なあ。まあ悩みたくなる気持ちも分かるな、魂を抉りだされて改造されるなどという事をされれば、もう人間じゃない、死体だゾンビだと思いたくなるだろう。俺だって同じ立場ならそうなる。

 だがな、杏子。これは俺の意見だが…、そう深く考える必要もないんじゃないのか?」

 

 「ああ?まあそりゃあたしはちゃんと身体ン中に魂あるし……」

 

 「そうじゃなくてだな、魂が身体の中にあろうと外にあろうと、魔法少女も立派な人間だ、と言いたいんだ」

 

 アルデバランの言葉に、杏子はまるで豆鉄砲を喰らった鳩のような顔でアルデバランを凝視する。そんな杏子の反応をアルデバランは面白そうに笑いながら眺める。

 

 「お前も、いや他の魔法少女達も、笑ったり、ふざけたり、はたまたソウルジェムの事で悩む事が出来る、人として持つべき当たり前の感情を持っている。魂の在り所は確かに違うがそんじょそこらで生きている人間と全く変わらん。間違いなくお前達は人間だ」

 

 「ん…まあ、そういわれればそうなんだろうけど、さ…」

 

 アルデバランの言葉に、杏子はなおも釈然としない様子で顔を背ける。

 確かに自分達は普通の人間と同じ感情を持ち、ソウルジェムを手放すことさえしなければ普通の人間と変わらず生活することが出来る。既に魂が元の肉体に戻っている自分等、魔法が使える事を除けばもはや普通の人間とほぼ変わらないだろう。

 それでもなお悩む杏子をアルデバランは笑いながら眺める。

 

 「なら逆に聞くがな杏子、お前の先輩の…、なんといったか、そうそう巴マミを見て、お前は彼女をゾンビだと、人間じゃないと言えるか?美樹さやかの事も人間じゃないと思えるか?」

 

 「…!!そ、それは……」

 

 唐突なアルデバランの問い掛けに杏子は言葉に詰まった。

 確かに巴マミも魔法少女、その魂は身体には無く、ソウルジェムとなって身体の外へと取り出されている。だが、だからと言って彼女をゾンビと呼べるのか…?

 彼女だって感情がある。喜び、笑い、悲しむことが出来る。そして、考え方の違いで別れてしまった自分の事をなおも心配してくれる優しさだって持っている。普通の人間と何の違いがあるのだろうか。

 そんな彼女の事を、身体の外に魂があるからと言って、本当にゾンビだと言えるのだろうか…。

 

 「それにな、ゾンビだ何だと言うのなら、俺達黄金聖闘士の方がよっぽどゾンビだ。それだけははっきり言える」

 

 思い悩む杏子に、アルデバランは投げかけるように言った。隣で歩く保護者の唐突な言葉に、杏子は眉を顰めながらアルデバランを見上げる。

 

 「はあ?おっちゃん達がゾンビ?一体どこが?」

 

 魂が肉体にある、どう見ても普通の生きた人間にしか見えない大男を眺めながら、杏子は盛大な疑問符を浮かべる。まあ確かにその戦闘能力は化け物染みてはいるのだが…。

 杏子の反応にアルデバランは気を悪くした様子もなく、笑いながら返事を返す。

 

 「簡単な話だ。俺達はな、一度死んでいる」

 

 アルデバランの返答を聞いた瞬間、杏子の足が止まった。足だけでなく顔も、アルデバランを見上げてポカンとした表情を浮かべたままで固まっている。先程アルデバランが言った言葉が理解出来ていない様子だった。

 

 「…おっちゃん、冗談にしちゃ下手糞だぞそれ。おっちゃん達はどっからどう見ても生きてるだろうが、つーか死んだんなら何で生きてここに居るんだっつーの」

 

 しばらくして放心状態から元に戻った杏子はジト目でアルデバランを睨みつける。

 いかに魔法少女として今の今まで色々と普段の日常では“有り得ない事象”に遭遇し続けた身だとしても、一度死んで生き返った等という話は易々とは信じられない。

 こちらは家族三人の死を看取って最近は家族の幽霊とも出会っているのだ、そう簡単に死人が生き返ってたまるか、という反発心も多少なりともある。

 杏子の予想通りの反応に、アルデバランも苦笑いを浮かべる。

 

 「まあお前の言うことももっともだがな、俺は一切嘘は言ってないぞ?詳しくは言わないが俺達黄金聖闘士は、速い遅いの違いはあれ、任務や戦いの中で一度死に、そして再びこの時代に生を得た存在だ。そら、ゾンビというのなら俺達の方が相応しいだろう?」

 

 笑顔で語るアルデバランを、杏子は黙って睨みつけていたが、やがてプイッと顔を背けるとそのままアルデバランの先に立って歩き始めた。アルデバランはそんな杏子の後を肩の上のゆまを落とさないよう気をつけながら追いかける。

 

 「…信じてない、と言った反応だな。まあ予想はしていたが」

 

 「信じらんねェ。仮にそれが事実だったとしても、だ、アンタ見てえなでかくて無駄に生き生きとしたゾンビがいるかってんだ。ゾンビだってんなら腐ってフラフラ歩きやがれってんだ」

 

 「それならお前達魔法少女も同じだろうが。ゾンビならば悩んだり泣いたり笑ったりするものじゃないだろうが。お前達見たいなゾンビがいるか」

 

 アルデバランの反論に、杏子はぐうの音も出ない様子で口を閉じる。

 黙って顔を俯かせたままトボトボ前を進む杏子に、アルデバランは面白そうにクックッと笑い声を上げる。

 

 「安心しろ、もしお前達をゾンビだの化け物だのほざく阿呆が出てきたら、俺が殴り飛ばしてやる。だからお前は胸を張って、魔法少女は間違いなく人間だと彼女達に言ってやればいいさ」

 

 「…ケッ、余計な御世話だっての。そんなのはあいつ等の問題だろうが」

 

 俯きながらもいつもどおりツンケンした態度を通す杏子に、アルデバランは「素直じゃない奴だ」とまるで娘を見守る父親のような眼差しを向けながら呆れたような声音で呟きつつ、夕暮れの道をトボトボと歩いて行った。

 




 どうにか三月終わる前に投稿できました…。それにしても最近投稿するたびに二つ同じモノが投稿されてしまうんですけど、いったいどうなっているのやら…。
 今回は前回の続き、ついでにアルバフィカとなぎさの邂逅です。
 それにしても聖闘士星矢Ωも後一話でお終いですね。色々と斬新な設定盛り込んで結構楽しめたんですけど、いざ終わるとなるとさびしくなりますね…。ラストはどうなるのか、実に楽しみです。
 
 

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