魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 なんとか2月中に投稿できました!
 前回投稿したものの後編になります。


第26章 赤と双極の激突(後編)

 「双樹…ルカ、だと…?」

 

 杏子は双樹ルカと名乗ったあやせを、呆然と眺めている。

 全くの別人と言っていい程の人格の変貌、そして、魔法少女の衣装の変化、あまりにも突拍子の無い事の連続で杏子の頭の中は混乱していた。

 一方のルカと名乗ったあやせは、呆気にとられている杏子の姿を想定内と言わんばかりにクックッと面白そうに笑って眺めている。

 

 「左様、私達は一つの身体に二つの心を持つ魔法少女。故に魂も二つ、ソウルジェムも二つ、そして魔法少女としての姿も二つ存在するのだ」

 

 「一つの身体に二つの心…、だと…!?」

 

 ルカの回答に杏子は驚いた表情を浮かべていたが、ようやく合点がいったのか表情を引き締める。

 

 「…二重人格、か。どこぞのカードゲームの主人公みてえな奴かい」

 

 「少し違うな。アレは千年パズルに宿っていた亡霊が武藤遊戯にとり憑いた後天的なもの、一方の私達は生まれた頃から二つの心が一つの身体に宿った先天的なモノ、アニメのように最終回で別れ別れになるようなことはない」

 

 杏子の出した回答にルカは軽く冗談めかして返答する。

 

 多重人格障害、解離性同一性障害と呼ばれる精神疾患の一種。

 幼少時に起きたつらい出来事、記憶といったトラウマから逃避しようとする意思が成長し、結果として別の人格を作り出すことがある。それが多重人格障害である。

 アスプロスとデフテロス兄弟の後代の双子座の聖闘士、双子座のサガ、そして双子座のパラドクスもまたこの多重人格障害を持っていた。

 サガの場合は弟のカノンの悪の囁き、そして自身ではなくアイオロスを次期教皇に指名したシオンへの怒りと憎しみ、そして自分の代わりに教皇へと指名されたアイオロスへの嫉妬による負の思念が別人格という形をとって現れたもの、パラドクスの場合は詳細は不明であるものの、幼少時に両親から気味悪がられて冷たくされたことへのトラウマ、自分とは逆に両親から愛される妹への嫉妬が原因の一端であるとも考えられる。

 この双樹ルカと名乗る人格も、双樹あやせが何らかの原因で作り出した多重人格の一つなのだろう。

 

 「なるほどな、で、テメエが出てきた理由は…。もう言うまでもなくソウルジェム、か?」

 

 「無論、あの生命の美しい輝き、収集したくなるのも必然。あやせの戦いには私も手を貸している」

 

 「……フン、趣味嗜好は人格どっちも同じかよ」

 

 「そうでなくば同じ身体で共存など、できるはずあるまい?」

 

 杏子の言葉にルカは平然とした様子で返す。

 通常の多重人格は、別人格とは言っても一つの体に複数の人格があるように見えるだけでもあり、大本は別人格の本体の一部。すなわち一つの体に複数の人格が宿っているわけではないのである。

 故に別人格であるにもかかわらず、本体と同じ趣味嗜好をもっていることも、珍しいことではないのである。

 別人格も本体と全く変わらない思考回路であることに、杏子は苦々しげに舌打ちをする。

 

 「チッ、どっちのおつむも性格も最悪な多重人格…。冗談抜きで厄介だなコリャ」

 

 「残念無念、か。ならばもう一つ残念なことをお教えしよう」

 

 ルカは薄笑いを浮かべ、日本刀によく似た刀の切っ先を杏子に向ける。瞬間、ルカの周囲を冷気が取り巻き、大気中の水分を凝結させる。

 そして、瞬き一つしないうちに巨大な氷の塊を作り出した。それは先端が尖っているのを見れば氷柱に見えなくもない、が、その巨大さはもはや氷柱というよりもミサイルやロケットと言った方が正しい。

 

 「なあっ!?」

 

 杏子は突如出現した氷のミサイルに、驚愕の表情を浮かべた。ルカは気分が良さそうに笑いながら刀を振り下ろす、瞬間、巨大な氷柱は杏子目がけて襲いかかってきた。

 杏子はハッと我に返ると足に魔力を流し、横っ跳びに回避する。氷の塊は飛びずさる杏子の足を掠めるように通り過ぎ、そのまま上空へ消え去った。

 地面に膝をついた杏子はキッとルカに鋭い視線を向ける。一方のルカはそんな敵意に満ちた視線を余裕に満ちた表情で受け止めながらせせら笑う。

 

 「私の対魔法少女戦闘能力は、あやせと同等だ。ついでに魔力消費量もあやせとは別扱い故にほぼ無傷に等しい。さて、あやせを傷つけた挙句ソウルジェムを奪おうとした罪、その身で購って貰おうか」

 

 「正義の味方面してんじゃねえぞこの通り魔が!テメエなんざどこぞの面白き盾よろしく叩き割ってやらァ!!」

 

 槍を頭上で一回転させると、杏子は目の前の外道目がけて飛びかかった。

 

 デジェルSIDE

 

 

 「ブックス!」

 

 「あれ?どうしたんですかデジェルさん。くしゃみなんかして、というかなんだか色々と特徴的なくしゃみですね?」

 

 「む、いや、何となくな。誰かが私の噂話でもしてるんだろう」

 

 その頃水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは恭介の自室で彼の勉強を見ていた。

 突然の左腕の完治、そして足のリハビリが順調に進んでいた事もあり、恭介は今は退院して、明日から学校に登校することが決まっている。

 そのため入院していた間の授業の遅れを今の内に取り戻しておきたい、だからデジェルに家庭教師を頼んでいるのである。

確かに入院中はさやかや友人達がお見舞いに来る時に授業内容が書かれたノートを置いて行ってくれていたが、流石にそれだけでは不十分だ。

 デジェルは生前多くの書物を読み、生き返ってからも数学、物理、科学等多くの学問を学び、身に付けたため、中学高校レベルの問題なら、教える事は容易い。それにこれからの恭介とさやかの動向を調べる為にも、彼の信頼を得ておいた方が都合が良い、その考えから恭介の願いを快諾したのである。

 ちなみに、恭介には現在学業以外にも進めていることがある。それは…。

 

 「そういえば恭介君、例の新曲はもう完成したのかい?」

 

 「あああれですか。まだまだですね、やっぱりブランクが大きくて…」

 

 恭介はデジェルから渡されたテキスト『姑息な数学を…(方程式を覚えながら)』を閉じると恥ずかしそうに頬を掻いた。

 恭介が進めていること、それは新しい曲の作曲であった。

 とはいえ作曲など今までやった事は無く、ましてや短くない入院生活によるブランクもあって中々思うとおりにいかないのだが。

 恥ずかしそうに頬を掻く恭介をデジェルは面白そうに、そしてどこか懐かしそうに眺める。

 

 「ククッ、まあ想い人へ捧げる曲なんだ。焦らずじっくりと書けばいいさ」

 

 「で、デジェルさん!!そ、そんな、からかわないでください!!」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべてからかってくるデジェルに恭介は顔を真っ赤にして両手を振るう。

 そう、恭介が作っている曲はさやかに捧げるためのモノ、いつもいつも病院に見舞いに来てくれる大切な幼馴染のために書いているのだ。

 一度口汚く罵ってしまった事があっても変わらず自分に世話を焼いてくれるさやか…。

 そんな彼女へのせめてものお礼として、さやかをテーマにしたさやかだけの曲を作り、さやかにプレゼントしたい…。それが彼が今までやったことすらない作曲に取りかかっている理由だった。

 

 「おーやー?君はさやか君の事が好きじゃないのかい?恋人にしたいと思わないのかい?」

 

 「うっ…。そ、それは…、そ、その…」

 

 真っ赤な顔を俯かせて恥ずかしそうにブツブツと小声で何かを呟く恭介を眺めながら、デジェルは面白そうにニヤニヤと笑っている。

 

 『カーナーシーミノー、ムーコーヘトー タドリーツーケールーナーラー』

 

 と、デジェルの胸ポケットに入っている携帯電話から着信音が響き渡る。

 

 「ん?電話か。一体誰だ?」

 

 「というかその着メロってあれですよね。なんだか、そう、まるで後ろから刺されそうな気分に…」

 

 「止めてくれ、私だって何故こんな曲にしてしまったのか分からないのだから…。はい、もしもしデジェルですが…。…ああシジフォスか。一体何の用………、何!?それは本当か!?」

 

 苦笑いを浮かべながら電話に出たデジェルは、最初は何でもなさそうな表情を浮かべていた。が、突然表情を変えて、部屋中に響くような怒鳴り声を上げる。突然大声を上げたデジェルに恭介はギョッとするが、そんな彼に気が付いていないのか、デジェルは険しい表情で電話を続ける。

 

 「ああ、ああ分かった、直ぐに行く…!…すまない恭介君、少し急用が出来た。今日はこれで切り上げさせてくれ」

 

 「あ、は、はい…!あ、あの…何かあったんですか?」

 

 険しい表情を浮かべたデジェルに、恭介は恐る恐ると言った感じで問いかける。デジェルは厳しい表情を浮かべたまま、携帯電話を胸ポケットにしまう。

 

 「ああ、少々知り合いが面倒な事に巻き込まれていてね。少し手助けに行ってくる。そこまで大事にはならないだろうが…」

 

 「そ、そうですか…。じゃ、じゃあ今日はありがとうございました」

 

 「ああ、明日もまた来るから予習を忘れない様に、な」

 

 心配そうにこちらを見てくる恭介を安心させるように、デジェルは軽く笑みを浮かべると、そのまま恭介の部屋から出て行った。恭介はそのまま彼の背中を見送ると、軽く息を吐いて本を片付ける。

 

 「ふう…、デジェルさん一体どうしたんだろう…。知り合いに面倒事って…。なんだか全然大丈夫そうに見えなかったけどな」

 

 恭介としても自分の恩人であるデジェルに対して何か出来る事があるのなら協力したい。

 でも今の自分はまだ怪我人、腕は完治していても足はまだ松葉杖無しでは歩くことも難しい。こんな状態ではたとえ行っても足手纏いになるのが関の山だ。

 

 「だから今僕にできる事は、勉強の予習と、この曲を早く完成させることか、な…」

 

 恭介は勉強机の横にある棚から、自筆の楽譜の束を取り出す。

 自分を誰よりも大切に想ってくれている、恭介にとっても大切な幼馴染に捧げるための曲。

 

 「さやか……」

 

 まだ未完成の楽譜を抱きしめて恭介は、大切な、自分にとって何よりも大切な少女の名前を呟いた。

 

 

  杏子SIDE

 

 その頃、見滝原にあるビルの屋上で、双樹あやせ改め双樹ルカと佐倉杏子の激闘が続いていた。

 杏子はルカが操る氷の槍を捌き、避けながら彼女の隙を狙って接近しようと狙う。一方のルカは杏子が自分に接近しようとしていることは予測済み、自身の魔法で作り出した氷塊、氷槍を飛ばし、操り、杏子を接近させずに消耗させる戦術で対抗する。

 杏子は自分めがけて飛んでくる氷の砲弾をかわしながら、中々敵に接近できないことに歯噛みする。

 一方のルカは自分の攻撃をことごとく回避する杏子の姿に感心したように口笛を吹く。

 

 「成程、確かに速い。槍兵だけあって足が自慢の様子。ならば…」

 

 ルカは手に持った刀を一回転させて、切っ先を杏子の真上に突き付けた。

 

 「カーゾ・フレッド!」

 

 瞬間、再び大気中の水分が凝固し、杏子の周囲に無数の氷槍が出現する。当然その切っ先が向けられているのは…杏子。

 ルカは空に向けていた切っ先を、地面目がけて振り下ろした。同時に氷の刃は目の前の獲物を串刺しにせんと襲いかかった。

 

 「…チッ!」

 

 杏子は足に魔力を込めて、真横に跳ぶ。

 杏子が地面に激突すると同時に、背後で何かがコンクリートを砕くような鈍い音が連続で響き渡る。何とか回避できたことに安堵する暇もなく、杏子は地面から起き上がろうとした。

 

 「…なあ!!」

 

 が、動けない。足と腕が氷の鎖で地面に拘束され、起き上がることが出来ないのだ。

 動物のように這いつくばってもがく杏子の姿を、ルカは面白そうに眺めている。

 

 「クク、かかったな?あの程度の氷の雨、その脚力なら避けるのも造作もないだろう。私の狙いは貴公の脚止め、氷の鎖で貴公を雁字搦めに縛り上げる事であったのよ。

 そら、これはおまけだ」

 

 「!ぐがっ!!」

 

 ルカが種明かしを終えた瞬間、凍りついた床から再び鎖が出現し、杏子の胴体を地面に縫いとめる。杏子は必死に鎖を砕こうともがくが、冷気で生成された氷は想像以上に頑丈であり、暴れた程度では到底壊せそうにない。

 

 「さて、もうこれ以上時間の無駄はしていられぬ故…『そろそろ止めを刺させてもらおうよ!』」

 

 完全に拘束された杏子にルカは止めを刺そうと魔力を増大させていく。瞬間、ルカの深紅の和服風の衣装が先程あやせが纏っていた魔法少女衣装を組み合わせたかのような赤と白の衣装へと変化し、左手にはあやせが使っていたサーベルが出現する。そして口調はルカとあやせの声が入り混じったような不明瞭なモノとなる。

 あやせとルカ、二つの人格が同時に一つの肉体へと出現したことによって双方の魔法少女の特性、姿が融合した姿。二つの人格が共存しているからこそ可能な荒技である。

 そして、左手に握られたあやせのサーベルから高温の炎が燃え盛り、右手のルカの刀からは低温の冷気が渦を巻き、周囲の温度を低下させていく。

 

 『これが、私達の奥の手…』

 

 双樹ルカ、否、二つの人格が表面に出た双樹姉妹ともいうべき姿の魔法少女は魔力のチャージが完了し、炎と凍気に包まれた二つの剣を杏子目がけて振り下ろす。

 

 『ピッチ・ジェラーティ!!』

 

 刃が振り下ろされた瞬間、剣を取り巻いていた炎と凍気が杏子目がけて襲いかかる。

 そして、炎と凍気が杏子の目前でぶつかり合う、瞬間、超高温の炎と超低温の凍気の反作用により、屋上全体に及ぶ大爆発が引き起こされた。

 双樹姉妹はルカの魔法で作り出した氷の壁で身を守りながら、杏子が縛り付けられていた場所を眺めながらほくそ笑む。

 

 『クックック~♪私とルカの炎と凍気を合体させた必殺魔法、ピッチ・ジェラーティ。これを喰らって生き延びた魔女は一匹も存在しないんだよ~?

 本当はソウルジェムごと吹き飛ばしちゃうから魔法少女にゃ使わないんだけど…』

 

 「どの道奴にはソウルジェムは無し、ならば何の遠慮も必要は無い。それに、これで死体の処理も不要。……ん?」

 

 あやせとルカ、それぞれの口調で会話しながらジッと爆発の煙が晴れるのを待つ。

 やがて、煙がうっすらと消えていくと、目の前のコンクリートの床にはまるで小さな隕石でも落下したかのようなクレーターが作られていた。そして、杏子が拘束されていた場所には、杏子の姿は影も形もなくなっていた。

 

 『ん~?これは残骸も残らず消し飛んだかな~?』

 

 「…いや、微かに魔力の残滓が残っている。どうやら逃げられたようだ」

 

 爆発の跡を見てあやせは一瞬きょとんとするが、魔力の残滓を感じ取るとすぐに無表情なルカの顔へと戻った。

 魔力の残滓が残っている。それだけではなく魔力の残滓は屋上の柵の外へと続いている。恐らくは何らかの手段で拘束を振りほどき、爆発で粉々になる前に屋上から飛び降りたか、爆発の余波で外に飛び出したのだろうが、どちらにしろまだ死んではいないはずだ。

 

 『うっわー…往生際悪っ。ゴキブリ並みにしぶといね~、あいつ』

 

 「だが少なからずダメージは受けているはず。それに、あの手の魔法少女の事だからそろそろ電池切れになりかかっている事だろう。追撃するなら今だが…、畳み掛けるか?」

 

 『もち。あいつだけは徹底的に叩きのめさないと、ね!』

 

 全壊状態の屋上で、あやせとルカは交互に人格を入れ替えながら不気味に笑っていた。

 

 

 

 

 「チッ。なんとか鎖ぶっ壊して逃げられはしたが…。この傷はやっぱりきついな…」

 

 ビルの屋上から逃げ延びた杏子は、とある公園で変身を解除し、魔法で傷を治療して一息ついていた。

 とはいっても杏子はさやかと違いそこまで回復魔法に特化しているわけではないため、治療したと言っても精々が重症な部分を動くのに支障がないレベルにまで治す程度、全快とは到底言えない状態だ。

 あの爆発の中、なんとか服に仕込んだ魔力の槍で氷の鎖を破壊し脱出したものの、爆発の余波によるダメージも大きく、なんとかビルの近くにあった公園のベンチで一息つく事が出来ている。

 が、いつまでものんびりしてはいられない。連中もすぐに自分を追跡してくる。いずれここも見つかるだろう。

 

 「まずいな…、どうせもう見逃しちゃあくれねえだろうし、それにさっきの戦いと傷の治療で大分使っちまった。だが…」

 

 杏子はベンチに寝転びながら先程直撃しかけた大技『ピッチ・ジェラーティ』を思い返す。

 双樹あやせの高熱魔法と双樹ルカの低温魔法、その二つを融合させて放つ大技。破壊力は屋上を吹き飛ばしている時点でもう言うまでもない。

 あんなものが直撃すればいかなる魔女でも木端微塵だろう。ましてやそれが魔法少女ならば…。考えただけでも杏子の背筋に冷たいモノが走る。

 

 「…だが、隙がないわけじゃあねえ、な…」

 

 杏子は空を仰ぎながらポツリと呟いた。

 確かにあの技は強力だ。一撃でも喰らえばタダでは済まない。

 とはいえ、完全攻略法が無い、詰みというわけではないのだ。

 

 「けど、これじゃあアレを使うとしても一回限り、それに魔法少女姿への変身は…、止めた方が良いな、魔力の倹約の為にも」

 

 杏子は軽く溜息を吐くとベンチから起き上がる。

 幸いにして公園には誰も居ない。これならば気兼ねなく暴れられるだろう。

 そんな事を考えながら公園を見回す杏子の背後で、砂利を靴で踏みしめる音が響く。

 杏子は特に動揺することなく背後を振り向くと、そこには先程まで屋上で殺し合っていた紅白混じった衣装の死神が悠然とこちらを眺めていた。

 

 「あらら~?案外近場にいたんだね~?」「まあそれならそれでこちらも探す手間が省けると言うもの」

 

 人格、口調を入れ替えながら軽口をたたく双樹姉妹、そんなある意味異様な魔法少女の姿を眺めながら杏子は槍を作り出す。変身せずに武器のみを作り出した杏子を見て双樹姉妹は面白そうに笑みを浮かべた。

 

 「ほう、魔法少女に変身もせずに槍のみを作り出すとは…」「やっぱりもう電池切れが近いのかな~?」

 

 「さて、どうかね。御想像にお任せするぜ?」

 

 杏子は槍を軽く一回転させてニヤリと笑みを浮かべる。が、実際は内心冷や汗をかいていた。

 ソウルジェムを失った事によるデメリット、それは魔力量の減少である。

 魔法少女の魂でもあるソウルジェムは、魔力精製機関としての役割も果たしている。それは元の肉体に戻された場合でも有効であり、現に杏子は魔法少女に変身し、能力を行使することが出来ている。

 だが、その代償として、魂から生み出せる魔力の量がソウルジェムの時よりも格段に少なくなってしまっている。魔力は変身せずにいれば段々と溜まってはいくが、それでも一度変身したならば丸一日は変身することが出来ない。ソウルジェムでは穢れを定期的に除去していればいつでも何度でも変身することが出来たのに対し、これは大きなハンデだ。

 杏子は丸1日魔法少女としての力を行使していない。それでもさっきの戦闘では大分魔力を消耗してしまっている。もはや変身できるとしてもあと一回が限度だろう。

 一方の双樹姉妹にはそのようなリスクは無い。ソウルジェムの穢れを考慮したとしても魔力はこちらよりも余裕はある。これだけでも相当なハンデと言えるだろう。

 杏子が魔法少女衣装を身にまとわずに槍のみを作り出したのも残り少ない魔力の節約のためだろう、と双樹姉妹は推測する。

 

 「でもでも、魔法少女服を着ないで戦うなんてちょっと無謀じゃなーい?アレただのコスプレと違うんだよ?」「魔女や魔法少女の操る魔法から自身を守るプロテクターとしての役割もある。いかに魔力が削られていても着ておいた方がいいのではないのか?」

 

 双樹姉妹は明るい声と物静かな声とが入り混じった笑い声を上げる。

 彼女達の言うとおり、魔法少女衣装には他の魔法攻撃を軽減する機能も備わっている。杏子の魔法少女衣装は素早さ重視で防御力は低いものの、それでもあるとないとでは大きな差がある。

 今の杏子の姿は、はっきり言えば鎧も無しで戦場に飛び込んでいくようなものであり、たとえ使い魔の攻撃であっても致命傷になりかねない。ましてや目の前の魔法少女の攻撃ならば、たとえ掠り傷だけでも即死するだろう。

 しかし、面白そうに笑う双樹姉妹に対し、杏子は余裕そうな表情で軽く鼻を鳴らした。

 

 「ハッ、テメエら相手にゃこれくらいのハンデが丁度いいんだよ。それに…」

 

 杏子は手に持った槍を軽く一回転させると双樹姉妹に突き付け、不敵に笑う。

 

 「…まだ、こっちには奥の手が残っているんでな」

 

 「成程、随分大層な…」「減らず口を叩いてくれるねェ!!」

 

 双樹姉妹は気に入らなそうに舌打ちすると、両手の剣を振り下ろした。

 瞬間、左手のサーベルから炎が、右手の日本刀からは凍気が杏子目がけて放たれる。

 幸いにして『ピッチ・ジェラーティ』ではない、だが掠りでもすれば致命傷は避けられない。杏子は魔力で強化した脚力で跳び、炎と冷気の二重奏を避ける。

 

 「あーあー結局避けるしかないの~?」「油断するなあやせ、また妙な策を練ってこぬとも限らぬ故」「はいはいりょーかいりょーかい。分かってるよルカ」

 

 人格を切り替え、表情、口調を変えながら互いに会話する双樹姉妹。

 その異様な姿に杏子は顔を歪めながら手に持った槍を双樹姉妹目がけて投げつける。

 

 「またそれか」「同じ手は、喰わないよっ!」

 

 が、左手のサーベルから放たれた炎が一瞬で槍を焼きつくす。一度目にした攻撃はもう二度と喰らわない、残しておいて不味いのなら燃やしつくすまで、そう言わんばかりに魔力の槍を灰も残さず無に帰す。

 

 「同じ手は二度食わねえってか!なら……こいつはどうだ!!」

 

 杏子は防がれたと見るやバックジャンプして地面に掌を押し当てる。瞬間、双樹姉妹を中心に無数の槍が足元から飛び出してくる。

 

 「なっ!!く、くそっ!!」「このようなものを隠していたとはっ…、予想外なり…」

 

 双樹姉妹は氷と炎の壁で槍を凍らせ、焼き払い防御するものの、それでも全てはかわしきれずに少なからず傷を負う。なんとか槍の合い間を潜り抜けてきたその姿は、魔法少女服は所々裂け、腕や足、顔等に裂傷が走って血が滲んでいる。

 一方の杏子は目の前の双樹姉妹を見ながら荒い息を吐いていた。額には汗が浮かび、顔には疲労が浮かんでいる。

 ただでさえ限りある魔力を先程の技で相当消耗してしまった。もうあの技は使えそうにない。この状態で魔法少女に変身すれば、間違いなく残りの魔力も纏めて持って行かれるだろう。

 一方の双樹姉妹は頬に滲んでいる血を拭いとると自身の身体に回復魔法をかける。槍によって負った裂傷は魔力によってさながら早送りのように回復していき、ものの数秒の内に全身の傷どころかボロボロにされた服すらも元通りになっていた。

 

 「よもやこれ程の傷を負わせるとは…」「少々予想外だったね~、感心したよ」

 

 双樹姉妹は余裕のある雰囲気で、且つ感心した様子で杏子を眺める。その姿を見て杏子は内心歯噛みする。

 向こう側は魔力は充分、ついでに言うなら回復用のグリーフシードも所持しているだろう。まともに戦ってはどうあがいてもこちらの不利は覆らない…。

 

 「ならば最後はせめてもの敬意として…」「私達の全力で葬ってあげるよォ!!」

 

 そんな事を考える杏子を尻目に、双樹姉妹は双剣の切っ先を杏子に向け、左手のサーベルにあやせの魔力を、右手の刀にルカの魔力を集中させ始める。

 魔力を送り込まれた剣の刃は炎と冷気を帯び、熱気と冷気、相反する温度が杏子の身体に纏わりつく。

 

 「「ピッチ・ジェラーティ!!」」

 

 双樹姉妹が叫ぶと同時に灼熱の炎と絶零の凍気が杏子目がけて襲いかかる。杏子はただジッとそれを見つめるのみで、その場から逃げるどころか、武器を生みだして反撃しようとする様子もない。

 そして、炎と凍気は杏子の目の前で衝突し…、凄まじい閃光と爆音と共に、大爆発を起こした。

 爆発の起こった場所から、朦々と煙が立ちあがり、双樹姉妹はジッとそれを眺めていた。

 あの魔法少女の魔力はもはや残り少なかった。ソウルジェムが無い魔法少女の魔力が通常の魔法少女よりも少なくなるのはプレイアデスとの戦いで既に知っている。

 ビルでのあやせとルカとの連戦に加え、あの無数の槍を作り出す技まで使ったのだ、もはや変身する魔力もない彼女に、コレを避ける余力は無いはずだ。

 

 「Good luck、名も知らぬ魔法少女よ」「結局名前も分からなかったねー、ま、別にいいけど」

 

 立ち上がる煙に向かい、正確にはそこにいた杏子に向かってルカは慇懃に、あやせはおどけた調子で礼をする。人殺ししたくないと言いながらも結局殺してしまった魔法少女へのせめてもの礼儀として礼をすると、もう此処に用は無いと言わんばかりにその場を立ち去ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃ悪かったな、自己紹介忘れちまってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、後ろを向いた瞬間、双樹姉妹の身体が固まった。その表情は、まるで幽霊でも見たかのように強張り、目は恐怖で見開いていた。

 何故なら、振り向いた彼女の背後にいたのは…、先程粉々に消し飛んだはずの佐倉杏子だったのだ。その身体には爆発の傷どころか服には焦げ目一つ無く、その顔には余裕そうな笑みが浮かんでいた。

 

 「な、何!?」「う、嘘!?いつの間に後ろに!?」

 

 驚愕に表情を歪めながら後ずさる双樹姉妹の姿に、杏子は意地悪そうな目つきでクックッと笑う。

 

 「後ろ~?後ろだけじゃないぜ~?周りをよーく見てみな」

 

 「な、何を言っ…!!?」

 

 杏子の言葉に釣られ周りを見た双樹姉妹の顔が、再び凍りついた。

 自分の真横にも佐倉杏子が、否、真横だけではない、無数の“佐倉杏子”が自分の周囲を取り囲み、こちらをジッと眺めているのだ。

 その数は10、否、もはや40近い。あんまりにも衝撃的な光景にあやせ、ルカの両人格は共に言葉も出せなかった。

 

 「これぞあたしの固有魔法の応用編、必殺、分身の術ってね。マミのヤローが『ロッソ・ファンタズマ』なんつーだっせー名前つけてやがったけど、まあいい。

 てか驚いてんじゃねえよ、一度あたしの固有魔法見てやがるだろう?ほれ、あのあたしに槍の柄で殴られた時に」

 

 「……!!あの時の…」

 

 杏子の言葉にあやせはハッと思い出す。

 杏子がソウルジェムを持っていないことが分かり立ち去ろうとした瞬間、杏子に自分の肩を掴まれていたと思ったらいつの間にか杏子の腕が槍の柄へと変化していた。あの時は単に気のせいだと考えていたが…、アレこそがこの魔法少女の固有魔法だったのだ。

 

 「な、なら何で最初からそれを使わなかった!!」「それさえあれば私達相手に有利に戦えたはずだぞ!?」

 

 「ん~、最近取り戻したばかりで勘掴めてなかったんだよ、しゃあねえだろ。…さて、と…。んじゃあテメエら、懺悔の準備は出来ているか?まあ出来ていても聞かねえけど…」

 

 何十人もの同じ顔の人間がこちらを取り囲んで槍を向ける…、どこぞの特撮かアニメで見たような光景が自分の目の前で起きている。無論攻撃対象は自分、見ている側なら笑えるだろうがやられる側となった今では全く持って笑えない。

 

 「ひ、ひ、や、やめ…」「く、こ、こうなったら『ピッチ・ジェラーティ』最大出力で…」

 

 「「「「遅せえんだよこのタコがァ!!」」」」

 

 今すぐ迎撃にうつろうとする双樹姉妹に、杏子の分身達が一斉に攻撃を仕掛ける。

 『ピッチ・ジェラーティ』は確かに威力は大きいものの、攻撃までに時間がかかる。しかもこの技はあやせとルカが呼吸を合わせることで初めて可能になる大技、動揺しきった今のあやせの精神状態では自慢の連携も十分生かすことが出来ないのだ。

 

 「「ガッ…、ギャアアアアアアアア!!!!」」

 

 分身の接近を許した双樹姉妹は、杏子の分身達の槍によって滅多刺しにされ、凄まじい絶叫を公園中に響かせた。

 そして、絶叫がやんだ瞬間、魔力で作られた分身は消え去り、公園にはソウルジェムの入った箱を持った佐倉杏子、そして全身傷だらけで息も絶え絶えと言った様子の双樹あやせのみが残っていた。

 

 「…とまあこんなところで。ま、リンチはあんま趣味じゃねえんだが、テメエはテメエで窃盗殺人色々やってるし…、悪く思うんじゃねえぜ?」

 

 体中から血を流しながらピクピクと痙攣する双樹姉妹を一瞥すると、杏子は箱を開けて中身を確認する。

 

 「うっし、あの馬鹿のソウルジェムゲット、と。ついでに他の魔法少女の奴も頂戴するぜ?悪く思うんじゃねえぞ?」

 

 ソウルジェムの入った箱を掲げながら悪気なく言う杏子を、双樹姉妹は血を吐き捨てながら鋭い目つきで睨みつける。

 まさに手負いの獣と言った感じの双樹姉妹の姿を眺めながら、杏子は軽く肩を竦める。

 

 「心配しなくても死にはしねえよ。それくらい手加減はしている。もっともソウルジェム壊さなきゃ死なねえからどんだけ刻んでも問題ねえんだろうけど…」

 

 「が、がはっ…!!く、クソがァ…!!」

 

 双樹姉妹は満身創痍ながら必死に杏子から離れようと身体を引きずって後ずさる。だが、杏子は構わずに双樹姉妹に向かって歩を進める。

 

 「さーてと、それじゃあ次はテメエをお縄にして…ってうお!?」

 

 杏子が双樹姉妹を捕縛しようと近寄った瞬間、目の前の地面が爆発して巨大な火柱が立ちあがった。驚いた杏子は反射的に後ろにバックステップをする。炎の壁は杏子の行く手を塞ぐように燃え盛っていたが、やがてまるで蜃気楼のように消え去った。

 そして、炎の向こう側にいた魔法少女、双樹姉妹の姿は、影も形も無くなっており、唯一地面に残された血痕が、彼女達が確かに存在したことを証明していた。

 

 「…逃げやがったか。往生際が悪い。ま、ソウルジェムは取り返せたし、良しとしとくかねェ」

 

 敵を逃した事を毒づきながら、杏子はもう用は無いと言わんばかりに公園を後にしようとする。

 と、突然杏子の身体がグラッとよろけ、地面に倒れそうになる。

 何とか踏みとどまった杏子は、頭痛に耐えるように頭を押さえながら軽く舌打ちをした。

 

 「…ああくそっ!まだ傷が痛みやがる…。ったく魔力はもうすっからかんだってのに…。しゃあねえ、このままマミんとこ行くか…」

 

 思わぬ量の魔力を消耗してしまった事に今更ながら気付き、杏子はいらただしげに呟きながら、公園の出口に向かってゆっくりと足を進めていった。

 

 双樹姉妹SIDE

 

 「く、くそ…あいつよくも…」

 

 杏子から逃げのびた双樹あやせは路地裏を身を潜めるように歩きながら悪態を吐く。

 何とか大きな傷は魔力で治癒したものの、ルカはダメージが多かったのか出てくる様子は無い。あやせは憎悪に満ちた表情で思い切り歯を食いしばる。

 今日は人生最悪の日だ。

 早速ソウルジェムを奪い取ったと思ったら魔法少女もどきに奪い返され、それどころか自分の今まで集めたコレクションも失い、グリーフシードも浪費したばかりかルカにまで傷を負わせてしまった。

 それもこれも全てあの魔法少女もどき、佐倉杏子という奴のせいだ…。

 奴が居なければ全て上手くいった。奴さえいなければ…!!

 

 「今度会ったら、絶対殺してやる…。その面ズタズタにして、生きている事後悔させながら…」

 

 「ちょっとちょっとお嬢さん、ちょっと待ってくれません?」

 

 「……!?」

 

 怒りと憎しみの念が込められた言葉を紡ぎながら歩いていると、突然背後から何者かの声が響く。

 人の気配も全くない場所で突如場違いな口調で話しかけられた事に、あやせはビクッとして反射的に後ろを振り向いた。

 そこにいたのは羽織袴を纏い、片手に扇子を持った一人の男性であった。その群青色な髪の毛と顔立ちから見た所外国人のようであるが、鋭い目つきとワイルドながら整った容姿がその落語家のような格好とあまりにも不釣り合いで目立って仕方がなく、いかにも怪しい人物としか言いようのない姿だ。

 

 「…!?な、なんだよアンタは!!」

 

 「いやあたしはただの落語家ですよォ。ちょいとお嬢さんに聞きたい事がありましてねェ」

 

 落語家と名乗る男は口元を扇子で隠しながらケタケタと笑う。が、あやせは不気味そうに男を睨みながら後ろに下がる。

 

 「ら、落語家!?嘘つくな!!アンタのような落語家が居るか!!」

 

 「おやおや~、失礼なお嬢さんですねェ~。近頃の欧米では落語ブームで日本の落語家に弟子入りする人も増えているって知らないんですか~?」

 

 落語家はいかにも失敬といいたそうに眉を歪める。合いも変わらず扇子で口を隠したままではあったが。

 

 「む、ま、まあいっか…。そ、それで聞きたいことって何!!生憎私は急いでいるんだけど…」

 

 自称落語家の外国人を怪しげに睨みながらも、あやせは長く関わりたくないとばかりに話を促す。そんなあやせに落語家はクックックっと面白そうに笑い声を上げる。

 

 「まあまあ、そうお時間はかけませんから…」

 

 落語家は片腕を袖に引っ込めると袖から何かを取りだした。

 それはあやせも良く知っている柑橘類…、レモン。

 

 「レモンとかけて」

 

 と、落語家はサッと真横に移動する。と、そこには一体いつからあったのか巨大な石棺が鎮座していた。

 一体どこから取り出した、いつからそこにあったとあやせの頭を疑問が駆け巡るが、それに構わず落語家は扇子をたたんで軽く石棺を撫でる。

 

 「この古~い石棺と解く」

 

 そこまで言うと落語家は扇子を開いてあやせに向かって突き付ける。

 

 「その心は?」

 

 全く持って唐突な問い掛けにあやせはしばらく反応できずにいた。

 が、直ぐに我に返ると顔を赤くして怒鳴り声を上げた。

 

 「な、ら、落語に付き合ってる暇は無いんだっての!!」

 

 「まあまあいいから、その心は」

 

 「そ、そんなの分かるか!!分かんないっての!!」

 

 もはややけくそとばかりにあやせは落語家にそう怒鳴りつけた。

 と、落語家は口を再び扇子で覆い、クックックっと不気味に笑い始める。

 その目は不気味に吊り上ってあやせをジッと眺めている。

 背筋に何か寒気が走るのを感じ、あやせは僅かに背後に下がった。

 

 「え、ちょ、な、何笑って…」

 

 「クックック~ざ~んね~ん。その心は~?」

 

 落語家は笑いながら再び横にどく。そこには先程もあった石棺が一つ。

 ただ、先程落語家に問いかけられた時とは、一つ違う所があった。それは…石棺の蓋が、大きく開いている事だった。

 

 「え…?これ、何時の間に開いて………!?」

 

 いつの間に開いていた石棺にあやせが僅かに近寄ろうとした瞬間、突然石棺はまるでゴミを吸い取る掃除機のようにあやせを吸い込み始めたのだ。

 その吸引力の強さにあやせは全く抗う事が出来ずに石棺の中に吸い込まれそうになる。一方の落語家は吸い込まれそうになっているあやせを眺めてニヤニヤ笑っているだけで、この吸引で吸い込まれそうな様子は無い。

 

 「えっ!?ちょっ、な、なんで、す、吸い込まれる!?い、嫌ぁあああああ!!た、助け…」

 

 何とか石棺の縁に掴まっていたあやせも、結局耐えきれずに石棺の中に飲み込まれてしまった。落語家はあやせが吸い込まれるのを見ると、地面に落ちていた石棺の蓋を元通りにかぶせる。

 

 「どっちも『すい物』でした~♪な~んちゃって。クックック、双樹姉妹捕獲完了、ってか?」

 

 石棺の蓋を閉めると落語家改め蟹座のマニゴルドは冗談めかしながら面白そうに笑う。

 万が一の時のための助太刀として杏子の戦いを見守っていたマニゴルドは、杏子に敗れたあやせがこの路地裏に逃げ込んだのを見て、彼女を捕獲しようと追跡してきたのである。

 そして彼女を油断させ、予め用意しておいた石棺『沈黙の棺』であやせを捕獲した、というわけである。

 

 「しっかしまあ、あそこまで成長するとはな、杏子ちゃんもよ。よくやるもんだねェ。ま、あそこまで若いから伸びるんだろうがな、小宇宙であれ魔法であれ。まあこれでまず一つ目の難問はクリアと言ったところか。シジフォス達も喜んで……居るわきゃねえよな~、ま、当然か」

 

 ケタケタと冗談めかして笑いながらマニゴルドは今杏子が居るであろう方角を眺める。

 その眼差しは少しばかり優しげな雰囲気を帯びていた、が、直ぐに視線を自分の今来ている和服に変えると、がっかりした様子で溜息を吐いた。

 

 「にしてもそんなに似合ってねえかコレ?結構気に入ってるってのによ~…。ま、ええわ。はやくおうち帰ってよからぬ事でもしましょっかね~♪」

 

 残念そうに和服を眺めていたマニゴルドだったが、直ぐに楽しげな笑顔になると巨大な石棺を肩に担いで抱え上げた。数100キロは超えるであろう石棺を担いだマニゴルドは、そのまま路地の奥へと歩き去って行った。

 

 




 ようやく書き終わりました~…。やはりバトルは難しい…。
 なんか聖闘士の活躍があんまり無い気もしますが、まあ次回は出番なりますので…。
 ちなみにマニゴルドが落語家の格好をしているのは…、某宇宙キターッな仮面ライダーの蟹のネタです。分かる人には分かります。
 そしてデジェルの着信とくしゃみは……、声優ネタです。分かる人には分かります。…きっとね?
 


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