色々ありましたが何とか新年を迎えることができました。
どうかこれからも拙作をよろしくお願いいたします!
教会でマニゴルドが杏子と会った翌日、たまたま学校が休日であったほむらは朝からずっと机の上で爆弾作成と銃の手入れの作業をしていた。
ほむらはさやかやマミと違い、自身の魔法によって武器を作りだす事が出来ない。
その為魔法少女になったばかりの頃は、ネットの情報を元に作りあげた爆弾で、今では暴力団事務所、自衛隊基地等から拝借してきた銃や兵器を用いて魔女と戦う戦闘スタイルを取っている。
故に武器はほむらにとっては魔法少女としての生命線ともいえる。万が一にも弾薬、兵器が切れたり、不調を起こして使えなくなることがあれば、ほむらの戦力は大幅にダウンする。そのため暇な時にはこうして武器の手入れをし、いつでも戦闘が起こってもいいように準備を重ねている。
そんなほむらの姿を、マニゴルドはソファに寝転びながら退屈そうに眺めている。
最初は適当に雑誌を読んだりテレビを眺めたりしていたものの、直ぐに飽きてしまい他にすることが無くなったため、こうしてソファの上でゴロゴロしているのである。
ほむらはそんな怠け者同然なイタリア男など眼中にないかのように、目の前の作業に没頭する。
「ところでほむらよ、お前に一つ聞きたいんだがな」
ほむらの後姿を眺めていたマニゴルドが、何を思ったのか唐突にほむらに話しかけてくる。
机の上で火薬を調合していたほむらは、手を止めると無言でマニゴルドを振り向いた。マニゴルドは『可愛げがないねェ』とボヤキながらソファーから起き上がる。
「お前が契約して並行世界旅してんのって確かまどか救うのが理由なんだろ?なら何で『まどかを生き返らせろ』とか『まどかの死を無かった事にしろ』とかの願いにしなかったんだ?そっちの方が手っ取り早いだろうに」
「………」
マニゴルドの質問を聞いて、ほむらの眉がピクリと動く。が、すぐに元の無表情に戻ると、昔を思い出すように天井を仰いだ。
「最初は私もキュゥべえにそう願ったわ。まどかを生き返らせろ、まどかの死を無かった事にしろってね」
『けど』とほむらは一転して暗い表情で呟く。
「『エントロピーを凌駕出来ない』だから無理って言われたわ。だから結局まどかとの出会いをやり直したい、自分自身を変えたいって願いにした訳」
「ふーん…、並行世界移動の方が死者蘇生よか難易度高そうに見えるがねェ…。基準がいまいち分かんねえな、エントロピーを凌駕するだのしないだのってのは…」
「元々私の魔法少女の才能って言うのは相当低いわ。時間停止に殆ど力を割いているせいで武器もまともに作りだせない。結局暴力団事務所や米軍基地から武器を奪って使う位しか出来ないの」
「なるへそ、武器自前で作れねえから余所からかっぱらうしかねェ、か…。しかも確か時間停止にゃ制限があるんだったな。それじゃあまり乱発も出来ねえ。ついでに時間逆行ももうできねェとなると…もう戦闘に支障出るなんてレベルじゃねェな…」
マニゴルドは顎に手を当てて考える。
暁美ほむらの魔法少女としての戦闘能力は五人の中で最も低いと言ってもいい。
時間停止と現代兵器、そして今までの戦闘の経験で補っているとは言っても固有魔法の時間停止に魔力の殆どを割き、魔法少女の固有武器を生み出せないと言う点からも戦闘面で相当な差が出てくる。
彼女の固有武装は左手の盾のみ。それも時間停止と時間逆行のみに特化している武装であり、直接戦闘では役に立たない。一応盾の中に兵器を収納しておけると言う能力もあるが、それも肝心の兵器が無ければ役に立たない。
(小宇宙に目覚めさせる…、っつっても時間が足りねェしたとえ目覚めても使いこなせるとは限らねえ、か)
そもそも小宇宙と言う概念の存在しないこの世界の住人であるほむらは小宇宙を持っているのかすらさえも分からない。むしろ持っていない可能性の方が高いだろう。よしんば目覚めたとしても、戦闘に使えるレベルにまで引き上げるには時間が足りなすぎる。
ならばどうやってほむらの戦力を底上げするか…、そんな事を考えていたマニゴルドはある事を閃いた。
「よっしゃ!ならほむらよ、お前にいいもの貸してやるよ」
「いいもの?一体何?」
面白そうに笑うマニゴルドに不審そうに眉を顰めるほむら。そんなほむらを尻目にマニゴルドはソファから起き上がると普段自分の寝泊まりしている部屋へと入っていく。それからしばらくゴソゴソと何かを探すような音が部屋から聞こえていたが、直ぐにドアが開かれると、何やら古代の古墳などにありそうな古びた石棺を肩に担いだマニゴルドがほむらが作業していた部屋に戻ってきた。
「クックック、これだ!」
「…何?この石棺」
床に下ろされた石棺を自慢げに撫でるマニゴルドに対し、ほむらは一向に表情を変える様子は無い。
ほむらがびっくりする事を期待していたマニゴルドはつまらなさそうな表情を浮かべると、古びた石棺の蓋を軽く叩きながら口を開いた。
「こいつは『沈黙(オメ)の(ル)棺(タ)』。巨蟹宮に神話の時代から伝わる伝説の棺よ。
こいつの力はな、棺の持ち主の出した質問に答えちまった奴を棺の中に吸いこんじまうっつうもんだ。しかも中は異空間になってるから実質何人でも吸い込める。しかも神でもねえ限りたとえ黄金だって自力じゃ脱出不可能だ。
俺もよーガキの頃修行さぼった時にゃお師匠にこん中ぶち込まれて反省させられたもんだぜ…、今となっちゃあ懐かしい思い出よ…」
「へえ…、ようは西遊記に出てくる瓢箪みたいなものね。まあ確かに便利そうだけど…」
ほむらは沈黙の棺をしげしげと興味深そうに眺める。見てくれはただの凝った細工が彫られた古びた石棺と言った印象だ。
が、石棺から感じる異質な空気から、確かにただの石棺と言うわけではなさそうだ。
マニゴルドの言うとおり、相手を何人でも吸い込めると言うのならば確かに強力な武器になりえるだろう。だが…。
「…これって魔女とかも吸い込めるのかしら?」
「質問に答えればな、ちなみに言語は問わねえ」
「そう…。それで重さは?」
「は?」
「だから重さよ。いくらなんでも重かったら私じゃ運べないわよ」
そう、それがほむらにとって一番の問題だった。
この棺はどう見ても石でできている、ならば重さも半端ではないはずだ。
少なくとも100キロとかそんなレベルではない。下手をすれば1t近くはあるかもしれない。
そんな物を自由に持ち歩ける筋力がほむらにあるかと言われると…、答えは否だ。
いくら多くの並行世界を巡り、多くの魔女との戦闘経験を持つ魔法少女とは言え、所詮は生身の肉体の少女、筋力も普通の少女と同程度のレベルしかない。
確かに盾の中に収納すれば重量に関わらず持ち歩けないことも無いのだが、それでも小回りが利かないのではどうしようもない。
ほむらの質問に呆気にとられていたマニゴルドは何かを考える様に顎に手を当てる。
「…まあ石でできてっからそこそこ重いが…、少なくとも聖闘士ならそこまで苦労せずに持てるな」
「…聖闘士以外の人間の場合には?」
ジト目でこちらを睨みつけてくるほむらから目をそらしながら、マニゴルドはジェスチャーで『持ってみろ』と促す。ほむらは試しに石棺を動かそうと力いっぱい押してみる。
…が、案の定というべきか、ほむらの腕力ではその場から一ミリも動かない。
「…ダメ、重すぎて動かない。却下よ」
「…あっそ、もったいねェの」
あっさり駄目出しを喰らったことにマニゴルドは残念そうに肩を竦めるとそのまま踵を返して玄関に向かって歩いていく。ほむらはそれを見咎めて眉を顰めた。
「…何処行くの?」
「散歩に出かけたベベを探してくる。ついでにそこらをぶらぶらしてくらァ」
ほむらに返事を返したマニゴルドは、そのままドアを開けて外に出ていく。その後ろ姿を、ほむらは黙って見送ると、チラリと視線をドアから外すと、目の前におかれた石棺に視線を向ける。
「…どうでもいいけど、出ていくならコレ、片付けて頂戴…」
ほむらは『沈黙の棺』を眺めながら疲れたような溜息を吐いた。
さやかSIDE
「うりゃああああ!!」
同じ頃、美樹さやかはとある路地裏で使い魔と闘っていた。
あれから何度かマミの魔女退治に付き合い、一緒に戦ってきたおかげで、今のさやかの力量は使い魔程度ならば軽く倒せる程に成長していた。
たとえ魔女であったとしても、中堅レベルの強さならば一人で十分闘うことが可能な程に成長している。現に今、さやかは使い魔相手に傷一つ負わずに圧倒している。
「これで、とどめだァ!!」
そしてついに、さやかの剣が使い魔を一閃する。魔力の刃で切り裂かれた使い魔は、悲鳴を上げながら消滅した。
使い魔を倒したさやかは変身を解除して大きくガッツポーズをした。
「っしゃー!!強いぞあたしー!!もうどんな魔女でもどーんとこーい!ってかっ!」
ほぼ無傷で使い魔を圧倒したさやかは有頂天ではしゃぎ回る。幸いにもここは路地裏であるため彼女以外誰もいない。故にさやかは思う存分大声を上げる事ができる。
ある程度はしゃいださやかはふう、と軽く溜息を吐いた。
「ふー…、よーやく一人で使い魔倒せるようになったなー。これでマミさんやシジフォスさん達が居なくてもやっていけるな、うん!」
明るい声で元気よく言葉を出すものの、その表情は何処か淋しそうな色が浮かんでいる。
今日、さやかは恭介の見舞いのために病院に行った、が、恭介は既に退院しており、病室には誰も居なかった。
自分に何も告げずに退院してしまった事に彼に恋心を抱いていたさやかは少なからずショックを受けていた。
せめて自分には言ってくれてもいいのに…。そんな悶々とした思いが未だにさやかの心に残っていた。
「~あー!もうやめやめ!折角使い魔も倒した事だしとっとと帰ろっと!」
さやかは頭を振ってマイナスな思考を振り払うと、さっさと路地裏から出て行こうと歩きだした。
「ハーイ、見せてもらったよ~?さっきの戦い」
と、突然背後から誰かの声が聞こえてくる。ギョッとして振り向くと、何時の間にいたのか髪の毛をポニーテールに纏めた少女が建物の壁に寄りかかってニヤニヤ笑いながらこちらを眺めている。
(なっ!い、何時の間に!?ってか誰よコイツ!!)
突然自分の背後に現れた少女にさやかは警戒して後ろに下がる。
目の前の少女に、自分は全く面識が無い。向こうは知っているようだが、自分は全く見おぼえが無い。そんな相手が自分に話しかけてきたのだ、警戒しないはずが無い。
そんなさやかの様子に、少女はおどけた様子で肩を竦める。
「んも~そんな警戒しないでよ~。別にとって食おうってわけじゃないんだし~」
「け、警戒するに決まってんでしょうが!!顔も知らない奴に親しげに話しかけられたら!!つーかあんた誰よ!!」
警戒を解かずにこちらを睨みつけてくるさやかの怒鳴り声に、少女は今気がついた様子で軽く手を叩いた。
「あー、ゴメンゴメン自己紹介忘れてた。私の名前は双樹あやせ。貴女と同じ魔法少女…って言っても安心してよ。別に縄張り荒らしに来たわけじゃないし~♪」
少女、双樹あやせの自己紹介を聞いたさやかは未だに胡散臭そうにあやせをジッと眺める。
「魔法少女?んで縄張り荒らしに来たわけじゃないってことは…グリーフシード目的じゃないってことか…。じゃあ一体何の用よ」
「ん~、いやね。私あるものをコレクションしていてさ。此処には沢山ありそうだから、ちょっと寄らせてもらったわけ」
「あるもの?あるものって一体何よ?」
さやかの問い掛けにあやせは待ってましたと言わんばかりに笑みを深めると、懐から細かい細工のされた小箱を自慢げに取り出した。
「それはね…、コ・レ♪」
意味深に笑いながらあやせは小箱の蓋を開けた。
が、釣られて箱の中にあるものを見た瞬間、さやかの表情が驚愕に歪んだ。
「なっ!?こ、これって…」
箱の中に納められていたもの、それは魔法少女の魔力の源とも言える宝石、ソウルジェムだったのだ。それが合計六個、箱の中に綺麗に並べられている。
さやかの驚愕に歪んだ表情に、あやせは悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑いだす。
「あっはっはっは!おっどろいたー?そりゃそうだよねー。ソウルジェムをコレクションしている魔法少女なんて後にも先にも私位なものだもん♪」
「そ、ソウルジェムを…、コレクション、だって…?」
さやかは困惑に満ちた表情で嬉々とした笑みを浮かべるあやせを見る。
本来魔法少女の持っているソウルジェムは一人一個のみ。一人で二個や三個のソウルジェムを持つ事は殆どあり得ないし、たとえ持っていても浄化の手間を考えると効率的ではない、とキュゥべえは言っていた。
もしも一人一個しか持てないソウルジェムを何個も持っているとすれば、契約の際の願いによるものか、あるいは…。
「…あんた、他の魔法少女のソウルジェムを奪ったのか!!」
さやかの怒気に満ちた言葉に、あやせは返答せずにニヤニヤと笑っている。が、その表情がさやかの言葉が真実であると告げていた。
ソウルジェムを何個も持っているならば、それはもはや他の魔法少女のソウルジェムを奪い取っているとしか考えられない。
無論そんな事をしても魔法少女側にメリットは無い。ソウルジェムはグリーフシードとは違い自分のソウルジェムの穢れを除去できないし、他人のソウルジェムでは魔法少女に変身することすらできない。即ち、奪ったとしても魔法少女にとって全く意味が無いのだ。 それ故にソウルジェムを奪う魔法少女はほぼ皆無と言ってもいい。
だが、世の中には例外と言うものが存在する。その数少ない例外の一つが、目の前でソウルジェムを掲げて目を輝かせる双樹あやせであった。
「綺麗でしょ~?なんせ生命の輝きだもんね?これに勝る宝石は無いよ~」
「生命の輝き!?一体何言ってんのよアンタ!!」
うっとりとした表情でソウルジェムを見つめるあやせを気味悪げに睨みつけながら、さやかはあやせがポツリと呟いた『生命の輝き』と言う言葉に眉を顰めた。
訳が分からないと言いたげな表情のさやかに、あやせはキョトンとした表情をする。
「ん?何?まさか貴女、なーんにも知らないわけ?ソウルジェムの秘密も」
「秘密って…、ソウルジェムって魔力の源で魔法少女に変身するための道具でしょ!?それ位知ってるっての!!」
さやかが声を荒げて返答するのをあやせは黙って聞いていたが、さやかの言葉が終わるや否や腹を抱えて大笑いし始めた。まるで自分をバカにするかのような笑い声にさやかの顔が怒りで真っ赤になる。
「な、何が可笑しいのよ!!」
「ヒッハハハハハハハハ!!ククククク、ご、ゴメンゴメンあんまりにもメルヘンチックな答えだからさ、ヒヒッ、あー可笑しい。いやー、それも間違いじゃないけどさ~、残念、まだ不正解、大体30点って言ったところかな~?」
「なっ!!じゃ、じゃあソウルジェムは一体何だってのよ!!」
さやかの怒鳴り声をきいたあやせは、待ってましたと言わんばかりにニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。
「これはね、私達魔法少女の魂、要するにこれは私達の本体なんだよ~」
「………え?」
さやかは思わず口を開けたまま呆然とする。彼女が言った言葉がとっさに理解できなかった。
これが、ソウルジェムが、魔法少女の、自分の魂?自分の本体?
それじゃあ自分のこの体は、魂の入っていない抜け殻、ただの死体ってことなの?
呆けたまま立ち尽くすさやかの姿に、あやせは予想通りと言わんばかりに笑い声を上げる。
「あー、ショック?まあ気持ちはわかるよ~?キュゥべえ曰く戦いやすいように良かれと思ってやったらしいけど~。まあ私も最初はショックだったよ?もう私人間じゃない~って、ルカと一緒に丸一日泣き喚いたっけ。
でもねー、今になったらもうどうでもいいかなって?むしろ私の魂がこーんなに綺麗な宝石になって手元においておけるからラッキー、とか考えちゃったりしてるし」
ショックを受けているさやかとは裏腹に、あやせは鼻歌を歌いながらその場でスキップしている。
どうやら彼女にとって、自分の魂をソウルジェムにされた事に今は怒りを感じていないようだ。それどころか今となっては自分の魂が美しい宝石になった事を喜んでいる様子である。
あやせは手元のソウルジェムに軽く口付けすると、話を続ける。
「それで~、他の魔法少女のソウルジェムもすっごい綺麗だったからさ~つい欲しくなっちゃって、今じゃこーんなにコレクションができちゃってるんだよ~。ん~眼福眼福~♪…ま、そう言うわけなので~…」
あやせが口を噤んだ瞬間、掌のソウルジェムから光が放たれ、あやせの姿が白いドレスのような服装へと変化する。これこそがあやせの魔法少女としての姿なのだろう。先程の言葉のショックから未だに立ち直れないさやかは怯えているかのような表情でそれを眺めている。
あやせはそんなさやかに手に持ったブレードを突き付けると、まるで獲物を見つけた肉食獣の如く、ベロリと舌なめずりする。
「貴女のソウルジェム、頂戴?」
未だにショックから立ち直れないさやかに、あやせは死刑を宣告するかのような言葉を告げた。
佐倉杏子SIDE
「…結局来ちまったよ見滝原…。あーあ、どうしたもんかなあ…」
その日、佐倉杏子は見滝原の大通りをぶらぶらと何をするでもなく歩いていた。
本人は別に此処に来る気は無かったのだが、アルデバランに半ば追い払われるような形で此処まで来てしまったのだ。
アルデバラン曰く、迷惑掛けた魔法少女達にもう一度謝りなおして来い、との事で、最中の詰め合わせまでもたされてこうして見滝原に来る羽目になってしまった。
いくら自分の過去と決着をつけ、家族と和解したと言っても、流石に一度袂を分けたマミや、殺し合いをしたさやかに顔を合わせるのは少々気まずい。いっその事最中を全部食って謝ったと嘘をついてしまおうとも考えたが、何処でアルデバランが見ているとも限らない。否、たとえ見ていなくても確実に分かってしまう。
その為気が進まないが仕方無く見滝原まで来る羽目になってしまった。
「あーあ…、ったくよー、謝れっつってもなんて言やあいいんだよ…。なあモモ、何かいいアイディア…ってあたしには聞こえねえか。不便だなオイ」
ブツブツと一人文句を呟きながら、杏子は一人人混みを掻き分けながら進む。
さやかの家もさやかが今どこにいるかも見当がつかないが、マミのマンションは以前何度か訪れた事がある。だから今すぐ行こうと思えば行けるのだが、それでも記憶の中に残っているマミとの決別の光景、それを思い出してしまうたびに行こうという気持ちにブレーキがかかってしまう。よしんば行ったとしてもまず何と言って謝ったらいいか見当もつかない。
「おっちゃんから貰った小遣いで食い歩きでもしながら考えるか…って、うん?」
コンビニやらファーストフード店やらを横目に見ながら、少し何か腹に入れようかと考え始めた瞬間、杏子は突如足を止めると店と店の間の路地に視線を向けた。
表情は先程のものから一変して鋭い、まるで獲物を見定める狩人の如きである。
「魔力のぶつかり合い…、こりゃ魔法少女と魔女…、じゃねえな。魔法少女同士やり合ってるのか?」
杏子はブツブツと小声で呟きながら、こっそりと路地を入っていく。
狭く曲がりくねった路地をまるですり抜けるかのように通る杏子。
足を一歩ずつ進めていくと、少しずつだが魔力がぶつかる波動が強くなっていく。
意外と目的地は近い、杏子がそう感じた瞬間…。
「…ん?魔力が消えた…?決着がついたのかよ…」
突然魔力の波動が感じられなくなった。戦いが終わり、どちらかが勝利したのだろう。若しくは合打ちか…。
「行ってみるか…」
杏子は再び足を進める。魔力が消えても大体の方向は分かる。そこを辿っていけば目的地につくだろう。
やがて杏子は路地裏の開けた場所に到着した。と、それと入れ違いになるように、茶色いポニーテールの、見覚えのない少女が自分のわきを通り過ぎて行った。
「…何だあいつ?あんな奴見滝原にいたか?」
歩き去っていく少女を杏子は訝しげな表情で見送る。此処にいたと言う事は十中八九魔法少女なのだろうが、杏子の記憶の中にあのような魔法少女は居なかった。
と、言う事は彼女は杏子と同じく元々見滝原にいた魔法少女ではなく、別の場所から見滝原に来た魔法少女と言うことだろう。
目的は間違いなくグリーフシード、そして此処で行われたのもグリーフシードの奪い合いかあるいは意見が割れて衝突か…。
「ま、多分後者だろうがな…。あの妙な正義感持ち共、特にあの新人ちゃんとかな」
かつての自分のように妙な正義感を振りかざして自分に攻撃してきた蒼い髪の少女を思い出しながら、杏子は苦笑いを浮かべる。
取りあえず何時までも棒立ちしているわけにもいかない為、杏子は魔法少女達が戦っていた路地裏の広場に足を踏み入れる。
そこは周りを高いビルの壁で囲まれており、日の光があまり入ってこない場所であった。だがスペースはそこそこあり、魔法少女が隠れて戦うには充分な広さはある。そこに誰かが一人倒れている。
「あいつは…」
杏子はその倒れている少女を見て眉を顰める。そのショートカットの青い髪の毛は倒れている少女が何者なのか如実に語っていた。
杏子は軽く溜息を吐くと早歩きで倒れている魔法少女、美樹さやかに近付いた。
「随分と早い再会になっちまったが、しっかし随分とボロクソにやられたもんだなオイ」
「う、あ、あんた…」
呆れた表情でこちらを見下ろしてくる杏子を、さやかは傷を負った身体を起こして睨みつける。
さながら手負いの猛獣のようなさやかの視線を、杏子は軽く受け流す。
どの道この状態では回復魔法で自身の傷を癒すので手一杯、こちらから何もしなければ攻撃してくることも無いだろう。
「んで、一体どうしたんだよ。また妙な正義感振り回して返り討ちに遭ったってのかよ」
「違うっての…。やられたんだよ…」
「やられた?何を?」
「あの魔法少女…。あたしのソウルジェ……」
さやかが暗い表情で何かを言おうとした瞬間、さやかは突如として目を見開き、まるで糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「なっ!?お、おい!!いきなりどうしやがったんだオイ…!?」
何の前触れも無く地面に倒れたさやかを杏子は慌てて抱き起こす。だが、抱き起こした瞬間、杏子の顔色が変わった。
「こいつ…死んでやがる…」
杏子の声が、路地に空しく響き渡る。
そう、美樹さやかは完全に死んでいた。
脈も無く、瞳孔も開き、呼吸もしていない…。誰が見ても完全に死体としか思えない状態である。
先程まで傷を負いながらも生きていたと言うのに、全くと言って言いほど突然の出来事であった。
(…けど、妙だ。こいつの身体には致命傷になるような傷はねえ。毒やら飲んだとか心臓発作を起こしたって様子じゃねえし…。さっきまで喋れていたってのに何で突然ばったりと…)
杏子は死体となったさやかに妙な違和感を覚える。普通死んだのならば肉体にそれらしき痕跡が残りそうなものである。にもかかわらず、さやかの身体にはそんな痕跡は何処にもない。
それにさやかは先程まで生きていた。確かに叩きのめされて身体中に傷を負ってはいたものの、それでも突然死んでしまうような傷は無い。ましてや彼女の魔法は回復魔法、多少の傷なら癒してしまう事等造作も無いはずだ。
「…まさか!!」
杏子は急いでさやかの両手を確かめる。そして、そこにあるはずのものが無い事に気がつくと険しい顔で歯を食いしばる。
「…ソウルジェムがねえ」
そう、美樹さやかの両手には、本来魔法少女が持っているはずのソウルジェムが無かったのである。
ソウルジェムは魔法少女の魔力の源であり身体から切り離された魂でもある。
魂が身体の外にあるため、この肉体をいくら傷つけても魔法少女は原理上死ぬことはまずない。
だが、逆に言ってしまえばソウルジェムが破壊、若しくは強奪されてしまった場合は魔法少女は肉体の状態に関係なく死亡してしまうと言うことに他ならない。以前出会ったマニゴルドの話では、ソウルジェムを自分から100メートル以内に離してしまうと肉体そのものが機能停止、それから死後硬直が始まると言っていた。
先程までさやかは生きていた。ソウルジェムが破壊された瞬間に肉体も機能停止すると言うことなら、破壊されたと言う事はまずない。ならば考えられるのはただ一つ、さやかのソウルジェムは何者かによって奪われた、それしかない。
そして、ソウルジェムを奪った下手人として考えられるのは…。
「…あいつか」
あのポニーテールの見覚えのない魔法少女以外にあり得ない。もう100メートル以上離れてしまっているだろうが、それでも魔力の残滓を辿っていけばまだ何とか探し出せるはずだ。
確かマニゴルドも、ソウルジェムを奪われたらもう一度ソウルジェムを本人に触れさせれば生き返る、と言っていた。ならば、直ぐにでも探しだし、ソウルジェムを奪い返さねば…。
「佐倉さん!?一体何を……、さ、さやかさん!?」
と、背後から聞き慣れた声が聞こえる。杏子が後ろを振り向くと、そこには私服姿のかつてのパートナー、巴マミが驚愕した様子でこちらを凝視していた。
再会としてはあまりいいシチュエーションではないものの、この際贅沢は言ってられない、杏子は心の中で舌打ちするとさやかを再び地面に横たえる。
「マミか、丁度いい。コイツ預けとくぜ。いいか、絶対病院なんぞに渡すんじゃねえぞ」
「え?さ、さやかさん?さやかさん!?…な、なんで、なんでさやかさんが死んでるの!?」
マミは戸惑った様子でさやかを抱き起こして身体を揺する。杏子自身はこのままさやかをマミに任せても良かったが、それでは妙な誤解を抱かれて変に警戒されてしまう可能性もあったので、何があったのか手短に説明する。
「ソウルジェムをパクられた。アレは魔法少女の魂だから盗られちまったら死体になる、そう言う理屈だ」
「なっ!?ソウルジェムが魔法少女の魂!?一体どういう…」
「時間がねえ、詳しい事はキュゥべえにでも聞きやがれ。あたしはそいつのソウルジェム盗った奴を追う。じゃあな!」
杏子はそのまま盗人を追跡しようとするが、手に持っていた菓子折にはたと気がつく。
さやかが突然倒れてから存在すら忘れていた事に、杏子は軽く溜息を吐くとマミに菓子折を差し出す。
「ああそうだ、これアンタに。ソウルジェム取り戻したらそいつにも食わせてやりなよ!」
「え?ちょ、さ、佐倉さん!?」
菓子折を押し付けられたマミの戸惑った声を尻目に杏子は盗人を追って走り出した。
(ったく、ただ謝りに行くはずが、とんだ事になっちまった!!あの盗人女、見つけ次第泣かしてやらァ!!)
走りながら杏子は、心の中で密かにそう誓った。
マニゴルドSIDE
「おやおやまあまあ、どうやらさやかちゃんはソウルジェムをパクられちまったみたいだねェ」
とあるビルの屋上で、マニゴルドは路地裏の魔法少女達の姿を眺めながら面白そうに笑っていた。
よく見るとその腕の中には小さな人形のようなものが抱えられている。
「しっかしまさか双樹姉妹がこの街に来るなんてよ、ったくジジイ共は何やってやがるんだか、シナリオ狂ってるなんてレベルじゃねえだろ…」
全く困ったもんだぜ、とマニゴルドは愚痴りながら視線を別の方向に向ける。
その先に居るのはさやかのソウルジェムを奪った盗人、双樹あやせ。彼女の姿を興味深そうにマニゴルドは眺めている。
「んでもってよりによって双樹姉妹に真っ先に狙われちまうなんて、さやかちゃんマジマンモス哀れな奴…てか。まあ仕方がねえっていやあそれまでだが…」
魔法少女になったのが運の尽きかね~、とおどけた調子でしゃべりながらマニゴルドは手に持った人形を放り投げる。
と、人形はそのまま空中に静止し、空に浮かびながらマニゴルドの頭の高さまで下りてくる。
人形は笑顔を浮かべながら、マニゴルドに向かって何か話しかける。マニゴルドはそれを頷きながら聞いていたが、直ぐに面倒くさそうな表情で『家に帰ってからにしろ』と斬って捨てる。人形はしょぼんとした様子でそのまま地面に落下する。マニゴルドは地面に落ちた人形を拾い上げてポケットに入れると、ニヤリとまるで悪役のような笑みを浮かべる。
「さァってと…、それじゃ、よからぬ事を始めましょうかねェ」
と、言うわけで新章突入、ついでに双樹姉妹の友情出演(笑)ということで。
ついでに台詞とかに色々と小ネタを仕込んでおいたのですが…、分かるでしょうか?
本当は去年内に投稿したかったのですけどね、長引いてしまって申し訳ありません。
このような作品ですが、今年もどうかよろしくお願いします!
追伸ですが16話のアルバフィカの技、修正いたしました。流石に他作品の技の名前そのまま使うのはまずいので。