魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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間章2 救済の呪いを引き裂く雷光

 

 とある宇宙、とある時間軸において…。

 

 瓦礫と化した街並み、生きる者が何一つ存在しない廃墟と化した世界…。

 此処は見滝原と呼ばれる街、否、街だった場所…。

 今や此処は、とある“災害”によって巨大な瓦礫の集積場と化してしまっている。

 

 ワルプルギスの夜。欧州における魔女と悪魔が集う祭りの名を冠した巨大な魔女という名の災害。

 

 そしてその魔女に匹敵、否、凌駕する最悪の災害、それが目の前に鎮座している。

 

 天まで届く、黒い、ただ黒いその巨体。

 

 その姿は一見すると、天に祈りを捧げる巫女、あるいは聖女の姿にも見える。

 

 だが、その実態は、救済の名の下に、この世全ての命を摘み取る存在。僅か数日でこの世の生命全てを消し去る、災厄すら生温い最悪の邪神…。

 

 救済の魔女、クリームヒルト・グレートヒェン。魔法少女、鹿目まどかが魔女となった姿…。

 

 それを眺める影が二つ…、否、正確には一人と一匹と言うべきだろうか…。

 黒を基調とした服を纏った人形のように無表情な少女、そしてその横にいるウサギ、あるいは猫のような姿をした白い生き物。

暁美ほむらとインキュベーター、通称キュゥべえ。今この場に存在する生命は、彼女とこの生物しか存在しなかった。

 

 「鹿目まどか…魔法少女になったのなら強大な魔女を生み出す事は分かってたけど…。まさかこれほどのモノを生み出してしまうとはね。もはやワルプルギスの夜なんてレベルじゃないな。恐らく10日で地球を完全に壊滅させるだろうね」

 

 「………」

 

 「でもお陰で僕達のノルマは達成された。僕達は莫大なエネルギーを手にし、このエネルギーは宇宙の寿命を延ばす糧になる…。鹿目まどかは君だけじゃなくて、宇宙の命も救ってくれたわけだ」

 

 その結果としてあの魔女が生まれてしまったんだけどね、キュゥべえの甲高くも、感情を一切感じさせない声に耳も貸さず、ほむらは目の前の巨大な魔女を、自分がどんな事をしてでも救いたかった親友のなれの果てを見つめ続ける。

 

 「…それでほむら、君はどうするつもりだい?かつての親友とはいえ、今は世界を滅ぼしかねない最悪の魔女だ。

正直言うと僕達としてもこのままこの星を、人間達を滅ぼされるのは都合が悪い。君達ほど感情エネルギーを得れる知的生命体は、宇宙広しといえどもそんなにいるわけじゃないしね。だからもし戦うと言うのなら、僕も出来る限りのフォローはさせてもらうよ?増援の魔法少女を呼んで欲しいのなら呼んであげるし、何なら契約して新しい魔法少女を生み出しても…」

 

 「……私の戦場は」

 

 キュゥべえの言葉を遮ったほむらの顔には、初めて感情が籠った表情が浮かんでいた。

 そこに浮かんでいる感情は、怒り、悲しみ、そして…僅かな諦め。

 

 「私の戦場は、ここじゃないわ…!!」

 

 それでも自らを奮い立たせるようにほむらが叫んだ瞬間、暁美ほむらは、その場から姿を消していた。

 別の時間軸、いわゆる並行世界へと移動する暁美ほむらの固有魔法。これによってほむらは、この世界から完全に姿を消してしまった。

 この世界とは違う、新たな時間軸で、その時間軸にいるであろう『鹿目まどか』を救うために…。

 

 「やれやれ行ってしまったか。まあいいか。それにしても…」

 

 ほむらが去っていった事を確認したキュゥべえは、改めて目の前の巨大な黒い魔女を見上げる。

 ワルプルギスすら凌ぐ巨体、それは樹木の根のような下半身からさながら北欧神話で謳われる“世界樹”ユグドラシルの如きである。

 

 「まさかこれほどの魔女を生み出すとはね…。莫大なエネルギーを得れたのは僥倖だけどこれは想定外だった…。どうしたものか。また新しい魔法少女を探して彼女の願いで…」

 

 「その必要は無い」

 

 「え?」

 

 誰も居ないはずの場所で聞こえた声に、思わずキュゥべえは背後を振り返る。瞬間、キュゥべえの周囲を無数の閃光が奔る。

 一瞬、ほんの一瞬閃光が奔った後には、キュゥべえは影も形も無くなっていた。まるで、最初からそこに存在しないかのように完全に消し飛んでいた。

 そして、最初誰も居なかったはずのキュゥべえの背後には、何時の間にいたのか黄金の鎧を纏った少年が立っていた。

 

 「これ以上罪のない人達の魂を、お前達の好き勝手で弄ぶな…!」

 

 少年は怒気の籠った視線で、先程までキュゥべえがいた場所を睨みつける。その姿、その殺気はさながら、怒り狂う獅子の如きであった。

 と、少年を宥めるようにその肩を誰かが軽く叩いた。

 

 「静まれレグルス。もうインキュベーターは消え去った。冷静になれ」

 

 「アルデバラン…」

 

 レグルスと呼ばれた少年の肩を叩いたのは、こちらも形状は異なるもののレグルスの鎧とよく似た黄金の鎧を纏ったまるで巌のような巨漢であった。

 そしてアルデバランと呼ばれた巨漢の背後から、同じように黄金の鎧を纏った男達が現れる。

 その中で黄金色の翼がついた鎧を纏った男が前に出ると、救済の魔女をジッと見上げた。

 彼の顔には、目の前の魔女への憐憫の情が浮かんでいる。

 

 「救済の魔女…。全ての人間を自らの作りだした結界(てんごく)に招き、永遠の楽園を生み出す魔女…」

 

 「あらゆる手段を用いても撃破するのは不可能…。消し去るにはこの世を天国と誤認させるしかない…。これがまことなら我等でも倒せるかどうか、だが…」

 

 黄金の翼の鎧をまとった男の背後から、両目を閉じた、別の鎧をまとった男が現れる。

 その両目を閉じたまま、まるで目の前の魔女が見えているかのようにその巨体を見上げる。

 黄金の鎧を纏った彼等は、元々この世界の人間ではない。

 彼等はかつて、とある世界において女神に仕え、地上を守るために戦った戦士達。

 地上を握らんと戦いを挑んできた冥王との聖戦で命を落とし、次の世代に全てを託して逝った星座の闘士達。

 その名は聖闘士。遥か神話の時代から女神アテナと共に、地上の平和を守り続ける伝説の戦士達。そして黄金の鎧を纏う彼らこそ、その88の聖闘士の頂点に立つ12人の最強の聖闘士、黄金聖闘士なのだ。

 その中で黄金の翼が特徴的な聖衣を纏っている男性は射手座のシジフォス、両目を閉ざした長髪の人物は乙女座のアスミタ。インキュベーターを消し去った少年は獅子座のレグルス、巌のような巨漢は牡牛座のアルデバラン、どの人物もただ一人で一国すらも滅ぼしかねない戦力を誇る文字通り一騎当千の英雄達であった。

 

 「…なるほど、これは相当なものだ。この圧倒的なまでの力…もはや神にすら匹敵しうるな」

 

 「フン、くだらん。何処の何かも分からん畜生から奇跡を恵まれた結果がこれか…。己が力を暴走させて世界を滅ぼす化け物と化すとは…。笑いすらも起きん…」

 

 アスミタの言葉に対して吐き捨てるように辛辣な言葉を口にするのは、浅黒い肌に野性的な雰囲気が特徴的な天秤座の黄金聖闘士、デフテロスであった。

 本来デフテロスは双子座の黄金聖闘士の資格を持っていたものの、双子座の黄金聖衣は兄であるアスプロスに譲ったため、今の彼は自らの聖衣を持っていなかった。が、こちらも本来の装着者が不在であった天秤座の黄金聖衣が彼の小宇宙に反応し、勝手に彼の身に纏われた。これについて聖衣の修復士であるハクレイは、「黄金聖衣に宿った童虎の残留思念、かもしれんのう」と推測している。当初デフテロス本人は天秤座の装着を渋ってはいたが、最終的に「本来の装着者が現れるまで」という条件付きで臨時の天秤座の黄金聖闘士に就任する事になったのである。

 

 「デフテロス、そんな事を言うな。そもそも何も知らない少女が友を救うために契約してこうなった、いわばキュゥべえの被害者だ。あまり屍に鞭打つような事は…」

 

 「ま、これが契約のリスク全部知ってて契約したってんなら本人の自己責任だし何も言わねェけどよ。…ていうか待てやデジェル。正確にはまだそいつ死んでねェから」

 

 魔女と化した少女へのあんまりな発言に水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは眉を顰めながら窘め、そんな彼の発言に、蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドが突っ込みを入れた。

 よく見るとデジェルの背後には二メートル程の透明な氷の柱が立っており、その内部には一人の少女が入っている。

 両端をリボンで結わえた桃色の髪の毛、まだ幼げながら優しげな顔立ち。その両目は閉ざされておりまるで氷の中で眠っているかのようである。

 この少女は鹿目まどか、その肉体である。もはや魂であるソウルジェムはグリーフシードと化し、目の前の救済の魔女の中にある今、この肉体はただの抜け殻、死体とほぼ変わらない。その肉体の損傷、腐敗を防ぐために、デジェルはこの氷の柱の内部にまどかの身体を封印したのである。

 

 「そうそう、確かあの魔女からこのオチビちゃんの魂引っこ抜いて戻すんだろ?全くそんなの俺達呼ぶ必要ねえじゃんか?わざわざ全員集まる意味あったのか?これ」

 

 「正確にはハクレイ様とアスプロスが不在だ。ハクレイ様は例の研究、アスプロスは任務で手が離せないらしいな」

 

 群青の髪と好戦的な雰囲気が特徴的な男、蠍座のカルディアは不満そうな顔で文句を言う傍らで、黒髪と刃の如き鋭い目つきが特徴的な黄金聖闘士、山羊座のエルシドが軽く捕捉を入れる。

 

 「それでもよー、俺達黄金聖闘士がわざわざ10人集まる必要あったわけ?明らかに過剰戦力じゃねェかよ?」

 

 「やかましいぞカルディア。これは教皇様からのお達しだ。それに、お前ももう分かっているだろう?この魔女の強大さを」

 

 ブツクサと文句を垂れるカルディアを、泣き黒子が特徴的な女性と見紛うばかりの美丈夫、魚座のアルバフィカが厳しい口調で窘める。

 実際この魔女の力は強大だ。かつて聖戦の時代に戦った神々にも見劣りがしないあまりにも強大な魔力。聖戦の頃の自分達であったならば、たとえ自分達黄金聖闘士が戦いを挑んでも、勝てるかどうかは怪しい程であった。

 

 「ああ、ンな事分かってらァ。昔なら俺一人じゃ手こずってただろうぜ。そう、昔なら、な…」

 

 カルディアはまるで血に飢えた獣のように舌なめずりしながら、目の前の魔女を見据えている。今すぐ目の前の魔女に飛びかかり、派手に戦いたい、言葉に告げなくてもその殺気が雄弁に語っている。

 

 「はいはいドウドウ。まだお前はすっ込んでなカルディア。まずは俺のターンだ」

 

 そんな血に飢えた黄金の蠍の肩を掴み、制止するのは蟹座のマニゴルド。飄々とした笑みを浮かべながらもカルディアの肩を掴む手にはまるで聖衣を握り潰さんばかりの力がこめられている。

 折角のメインディッシュをおあずけにされたカルディアは、不機嫌そうな顔つきでマニゴルドを振り返る。

 

 「んだよマニゴルド、邪魔すんなよ。俺の毒針が早くこの魔女を狩りたいって疼いてたまんねェんだ」

 

 「アホかこのバトルマニアが。闘う前にやることあんだろうが。このガキの魂こいつから引っぺがして戻さなきゃなんねえだろうが。忘れたのかコラ」

 

 マニゴルドの突っ込みにカルディアはとぼける様に目を彷徨わせるが結局しぶしぶといった感じで引き下がった。

 カルディアが下がるとそれと入れ替わるようにマニゴルドが前に出る。

 

 「さって…そんじゃあいつまでものろのろしてるわけにもいかねェし、狩らせてもらうぜ?その魂」

 

 宣言とともに指を魔女に突き付けるマニゴルド。それに対して救済の魔女は全く反応を示さない。まるでそこに彼らがいることにそもそも気が付いていないかのように空をただ仰いでいる。

 そんな魔女の姿にマニゴルドは気を悪くするでもなく指先に小宇宙を集中させる。

 

 「積尸気…ってうお!?な、なんだこりゃあ!!」

 

 魂魄を剥離させる蟹座の奥義が放たれようとした瞬間、マニゴルドは素っ頓狂な悲鳴を上げる。何事かと他の聖闘士達が魔女を見上げた瞬間、全員の表情が驚愕に歪んだ。

 魔女の下半身の、樹木の根のような部分が動き出し、聖闘士達めがけて襲いかかってきたのだ。

 

 「っち!俺達を喰おうってのかよ!!」

 

 「正確には自分の結界に引き込もうとしているのだろうな。己が作り出した『天国』の中に」

 

 「おいデジェル!!何冷静に解説してやがる!!あの根っこ街にまで広がってやがるぞ!!」

 

 カルディアの言葉通り、救済の魔女の触手は街へと伸びていく。おそらく、街の人々を自らの結界に誘うために。この場の黄金聖闘士達ならばこの状況でもなんとかなるであろうが、己の身を守る術を持たないこの街の人々は、なす術もなくこの魔女に一人残らず『喰われる』だろう。

 そして、この街が終わればこの島を、それが終われば世界中の人々を喰らって天国へと誘っていく…。インキュベーターの言うとおり、このままでは世界は10日も経たないうちに死の星へと変わるだろう。

 

 「フ、悪いが既に手は打ってある」

 

 が、魔女の触手は途中で静止した。

 まるで目の前に見えない壁があるかのように、目の前の空間を這いまわり、動き回るのみで進もうとはしない。

 そんな虚空を蠢く触手を盲目の双眸で眺めながら、アスミタはしたり顔で笑みを浮かべていた。

 

 「こんなこともあろうかと周囲に結界を張っておいた。これでこの魔女の力が人々に及ぶことはない」

 

 「さすがアスミタ!やるじゃん!」

 

 「フ、魔女に堕ちたとはいえ、年端もいかぬ娘にアタバクの真似事をさせるわけにはいかぬしな」

 

 レグルスの歓声にアスミタは薄笑いを浮かべながら軽く応じる。が、直ぐに表情を引き締めると魔女に向き直る。

 

 「だがあまり長くは縛れんぞ。それに外の人間を取り込めぬとわかったのなら、その標的は我々に移ってくる。有り得ないだろうが我々がやられればそこでこの世界は、終りだ」

 

 アスミタの言葉通り、救済の魔女は街に向かえない事が分かったのか今度は目の前の生きている存在である黄金聖闘士達を救済しようと黒い触手を放ってくる。

 万が一にもあの触手に触れたならば、たとえ黄金聖闘士であっても抗う事も出来ずに彼女の結界に引きずり込まれてしまうだろう。そして、結界の中に創造された“天国”にて永遠に安楽を味わい続ける事となる。

 確かにそれはそれで人々の救済の形と言えるのかもしれない。全ての人々が争うことも、苦しむ事も無い、永遠の楽園…。その一つの完成系とも言えるだろう。

 …だが、

 

 「そのような天国、生憎と私達は望んではいない」

 

 黄金の水瓶座は、その天国を否定し、拒絶した。それは彼だけの意思ではない、口に出してはいないがこの場にいる全ての黄金聖闘士達の意思でもあるのだ。

 

 「フリージング・シールド!!」

 

 デジェルの高まった小宇宙が、絶対零度の凍気を産み、漆黒の触手を完全に遮断する巨大な氷壁を作りだした。触手はなおも氷壁を通り抜け、デジェルに掴みかかろうとする。

 だが絶対零度、-273・15度に達する凍気で練り上げられた氷壁に触れた瞬間、触手は完全に凍結し、凍結していない部分から千切れて落ちる。

 千切れた触手は地面に激突した瞬間、原子レベルにまで粉々に粉砕され、あとかたも無く消え去った。

 

 「防御は任せてもらおう。自慢ではないが防御にさえ徹すれば私の氷壁は黄金最大の防御力、たとえ神でも破られる事は無い。そして…」

 

 デジェルは巨大な魔女の本体を見据え、自身の小宇宙を燃焼させてさらなる凍気を練り上げる。

 

 「グラン・カリツォー・グレイプニル!!」

 

 そして、練り上げられた凍気は魔女の巨体に纏わりつき、無数の氷の環となり魔女の巨体を拘束する。拘束された魔女は氷の環を振り払おうとするものの、その巨体は身じろぎ一つせず、逆に魔女の巨体は段々と凍りつき始めた。

 

 「グラン・カリツォーの最大出力、絶対零度以上の凍気による拘束のリング。これであの魔女の力を完全に抑えられるはずだ」

 

 デジェルは薄い笑みを浮かべながら冷気のリングに縛られ凍りついていく救済の魔女を眺めている。

 無論これであの魔女を倒せるなどとデジェル自身は欠片も思ってはいない。相手はこの世界では攻略不可能と言われた最強の魔女、動きを止めるのがせいぜいであろう。

 

 「なんだよデジェル、また強くなってるじゃねえか。つーかグレイプニルって、カリツォーの強化版みたいなものか?」

 

 知らない技を使用した親友に、カルディアは興味深そうな表情を浮かべる。デジェルはカルディアの反応に予想通りと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

 「ああ、私のカリツォーには温度の低さ毎にカリツォー、グラン・カリツォー・レーディング、ドローミ、グレイプニルの四つの段階がある。とは言え名前を決めたのは最近だが。北欧神話で魔狼フェンリルを縛り上げた鎖を参考に考えてみた」

 

 「ほー、ずいぶんと洒落たネーミングだな」

 

 デジェルの返答にカルディアは軽く口笛を吹く。が、その隣に立つアルバフィカは、厳しい表情で救済の魔女を拘束するリングをジッと見ている。

 

 「だが、これだけの凍気、しかもフリージングシールドとの同時展開ともなれば…、君にも相当な負担がかかるのではないか?そこは大丈夫なのか?」

 

 アルバフィカの問い掛けに、デジェルは一瞬ぎくりとするが、アルバフィカだけでなく周囲から注がれる視線に悪戯がばれた子供のような笑顔で頬を掻く。

 よく見るとデジェルの額にはほんの僅かだが汗が浮かんでいる。アルバフィカの言うとおり、後代の水瓶座の黄金聖闘士、カミュが限りなく近づきながらも辿りつけなかったという絶対零度の凍気、それを用いた技を二つ同時に発動しているのだ。負担が無い方がおかしい。

 

 「ふ…確かにキツイが何、問題は無い。マニゴルドが魂を引き剥がすまでは充分持つさ」

 

 「なるほど、だが流石に戦いの後倒れられては面倒だ。念には念を入れ、私も手を貸すとしようか」

 

 そう言ってアルバフィカが取り出したのは、デモンローズの美しい花弁とは違う、まるで血が固まって出来たかのような毒々しい赤黒い薔薇。アルバフィカはその薔薇を魔女の根っこのような下半身目がけて投擲する。薔薇はアルバフィカの手から離れると、そのまま魔女の下半身に吸い込まれるように突き刺さった。

 

 「ヴァンパイアローズ。ブラッディローズを元に新たに作りだした薔薇だ。この薔薇の能力は血液及び、小宇宙、その他生命力に由来する力を吸収することで…」

 

 アルバフィカが説明していると、魔女に突き刺さった赤黒い薔薇から無数の枝が生え、魔女へと絡みついていく。そしてその枝から次々と赤黒い薔薇が咲き、その薔薇からも茨が生え、増殖し、救済の魔女の巨体を段々と覆っていく。

 

 「…花を開き、増殖していく。最も並の人間なら一瞬でミイラになり、青銅、白銀レベルの聖闘士でも薔薇が全身を覆う前に干物になっているからあまり意味は無い。だが…」

 

 ものの数秒もしないうちに、救済の魔女の巨体は赤黒い薔薇で覆われ、その影のような黒い巨体を覆い隠してしまった。そして、薔薇と凍気のリングで拘束された魔女から、まるで女性が啜り泣くような音が聴こえてきている。

 

 「…この魔女のように強大な力を持つ敵にはもってこいの拘束具となる。溢れ出るほどの強大な『力』を啜り、むさぼり、増殖し続け、敵は何も出来ぬままに食い尽くされる」

 

 「文字通り『吸血鬼(ヴァンパイア)』ってことかよ。随分エグいモン作るじゃねえか」

 

 「…が、残念な事にこの魔女を完全に仕留めるのは流石に無理そうだ…。まあそれでも動きは止められるから問題は無いか」

 

 アルバフィカは吸血薔薇に覆われた救済の魔女を眺めながら眉を顰める。よくよく見るとその腕には吸血薔薇から伸びた茎が蛇のように絡みついている。

 

 「…しかし、魔女のエネルギーとは、あまり美味くないモノだな。まあそれでも私のエネルギーになってくれるわけだから無碍には出来ないが…」

 

 「てお前があの魔女のエネルギー吸ってるのかよ!?本当にヴァンパイアかよアルバフィカ!!」

 

 「厳密にはヴァンパイアローズから吸い上げたエネルギーを間接的に吸収しているだけだ。味は…まあ無いのだが何となく、だ。吸血鬼といえば吸血鬼らしいな、うん」

 

 「おいおい…」

 

 アルバフィカのセリフにカルディアは思わずドン引きする。よく見れば他の聖闘士達も彼の事を凝視している。

 ヴァンパイアローズから吸引されたエネルギーは、茎を伝ってアルバフィカに流れ込んでいる。そのエネルギーを利用して自分の傷の回復、さらなる技を使う補助をする等の事が可能であり、なんなら茎を他人に巻きつかせて他人にエネルギーを与えると言う芸当も出来るという汎用性の高い技である。

 もっとも他人の生命力を喰らって自分のものにするという技であるため、多少なりとは気味悪がられるのも無理は無い。アルバフィカ自身はこの程度の反応は覚悟していた為何ということも無いが…。

 

 「ま、そう言うわけだ。これだけお膳立てしてやったのだから魂を抜けなければ恥だぞ?気張れ、マニゴルド。疲れたのなら魔女の生命力を分けてやってもいいぞ?」

 

 「随分他人事だなオイ!!つーか生き返ってからお前ずいぶん嫌味言うようになったなテメエ!!」

 

 「さて、気のせいだろう?」

 

 アルバフィカはとぼけた表情で顔を背ける。マニゴルドは文句を言いながらも再び救済の魔女に向き直る。

 結界に囚われ、絶対零度のリングで封じられ、生命力を吸われながらも未だに魔女は強大な魔力を放っている。これらの拘束もしばらくはもつだろうが長時間は封じていられまい。

 

 「ま、安心しろ。時間は一切、かけさせねェよ!!」

 

 マニゴルドは指を魔女に向け、再び指先に小宇宙を集中させる。

 仲間達のお膳立てでもはや先程のような妨害は入る心配は無い。ならば今度こそ彼女の魂を引きずり出せる。生と死を司る黄金聖闘士、蟹座を象徴するあの奥義で…!

 

 「積尸気、冥界波!!」

 

 指先から放たれる燐気の閃光。蟹座に存在するプレセペ星団の名を冠する蟹座の奥義。

 その閃光は肉体から魂を引き剥がし、冥府の入り口黄泉波良坂へと送り込むまさに一撃必殺とも言える効力を誇る。

 だが、マニゴルドが救済の魔女にこの技を放ったのは救済の魔女を冥界に送る為ではない。魔女の体内に存在する『鹿目まどかの魂』を引きずり出し、彼女の元の肉体へと戻すためである。

 だが…。

 

 「!?ぐっ!!お、重っ!!な、何だこりゃ!!本当に人間の魂かコレ!!」

 

 魂を肉体に縛り付ける『力』の強さにマニゴルドは顔を歪める。

 確かに小宇宙等の強さによって、魂を縛り付ける力は変わっていく。魂の数が多ければ多い程、若しくは魂の質が高ければ高い程肉体から動かすのは難しくなっていく。そして魂を縛り付ける小宇宙が強いと、たとえ積尸気冥界波でも魂を引き剥がす事が難しくなる。

事実、マニゴルドが生前戦った暗黒聖闘士、アヴィドの魂の館は、万を超える数の魂、さらにアヴィド本人の小宇宙の圧倒的な強さによって動かすことすら難しかった。また、自身の最後の戦いとなったタナトスとの戦いでも、真正の神であるタナトス自身の魂の質が桁外れなこともあり、師と二人がかり、渾身の積尸気冥界波によってようやく神であるタナトスの魂を引き剥がすことができた。これがどちらか一人だったのなら、当時の自分では魂を引き剥がすどころか動かすこともままならなかっただろう。

だがこの魔女、救済の魔女の魂はそれらと比べても桁違いだ。おおよそ推定すれば質でいえばタナトス以上、その魂を引き剥がそうとするマニゴルドからすればまるで地球を吊りあげようとしているかのような超重量である。

 

「クソ、があ…あのほむらってガキ…。テメエの親友をなんて化け物に成長させてやがんだ…。あークソ決めた…。もし会ったら、文句の一つ二つ言ってやるぜこのヤロウ…」

 

脂汗を浮かべ、歯を食いしばりながらもマニゴルドは軽い口調で悪態を吐く。掲げた指はガタガタと震えているが、その瞳は、未だに闘志を失ってはいない。

確かに相当な質量の魂だ、無理矢理持ちあげようとすると指と腕の骨が悲鳴を上げる。

 

「けどな…、こんな程度は、アヴィドの館持ちあげる時に経験済みなんだよ!!」

 

マニゴルドは絶叫と共に体内の小宇宙を沸騰させんばかりに燃え上がらせる。

瞬間、今まで微動だにしなかった魔女の魂が、少しずつだが動き始める。

それと同時に薔薇と凍気で拘束された救済の魔女の巨体が、左右に僅かに揺れ始める。

まるで、魂を抜きとられる事に抵抗しているか、魂を抜かれることで苦しんでいるかのようである。

だが、その程度では、二人の黄金聖闘士による束縛を破壊すること等出来るはずもない。

 

「おう嬢ちゃん、ちっと大人しくしてろ…。これで…終わるからよ!!」

 

そしてついに、救済の魔女の体内から鹿目まどかの魂が剥離される。それと同時に救済の魔女の巨体は力を失うかのように僅かに傾いた。

剥された魂は空中を漂いながら、まどかの身体が封印された氷柱に向かい、まどかの身体の中へと消えていった。と同時に、まどかを覆っていた氷柱は一瞬で霧散する。

氷柱が消えると同時にまどかの身体は前に倒れこむが、咄嗟に差し出されたシジフォスの手に支えられ、地面に激突する事は避けられる。

支える手とは逆の手で彼女の手首に軽く触れる。氷に包まれていた影響で冷たい肌ではあったが指先からは確かに少女の脈を感じ取れた。

シジフォスはマニゴルドに顔を向けるとニッと笑顔を見せる。

 

「…脈がある、成功だマニゴルド」

 

「へっ、ま、当然の結果だっての。まあお陰さまでこっちの腕は少々ガタガタだが」

 

マニゴルドは息を荒げながらも笑みを浮かべて地面に座り込む。流石に神格レベルの魂を引き剥がすのはマニゴルドも堪えたらしい。見ると自分達を覆っていた氷の壁、フリージングシールドと魔女を拘束していた氷のリングと吸血薔薇も消え去っていく。もはや拘束する必要も無いと判断したデジェルとアルバフィカが解除したのだ。

 

「なんだよ結局俺達全員来る意味無かったじゃねェか!!クソッこちとら不完全燃焼どころか燃焼すらしてねェってのによ!!この鬱憤は何処に向けりゃあいいんだよ!!」

 

「おいおいカルディア、気持ちは分かるが此処は首尾よく任務を貫徹出来た事を喜ぶべきだろうが」

 

「それに貴様を戦わせて心臓を破裂させるような事があっては叶わんからな。アテナを連れて聖域を出た時然り、アトランティスでワイバーンと死闘した時然り…」

 

「うっせえ!!心配しなくてもこいつにカタケオは使わねえっての!!あと心臓の発作も最近は治まってんだよ!!」

 

全く活躍できずにいらただしげな様子のカルディアに、アルデバランとデフテロスがからかい混じりに宥めている。

そんな和気あいあいとした三人に、マニゴルドは気まずそうな視線を向ける。

 

「なあ、和んでるとこ悪いけどな…。まだ終わってねえぜ?」

 

「ああ?マニゴルド、そりゃどういう…」

 

話に割って入ってきたマニゴルドにカルディアが不審そうな表情を浮かべた瞬間、周囲に地震かと思わせる地響きが響き渡る。それと同時に、先程魂を抜かれたはずの救済の魔女が、ゆっくりとその上体を起こし始めていた。

 

「…おいおい、確か魔女は魂引っこ抜かれて死んだんじゃなかったのか?」

 

蘇った魔女の姿を見て、アルデバランは少し驚きながらも平然とした様子でマニゴルドに問いかける。他の聖闘士達も蘇生した魔女の姿に驚いた様子は無い。と、マニゴルドが説明する前に、結界を張っているアスミタが口を開いた。

 

「魔法少女が魔女となった時、魔法少女本来の魂とは別に新たに別の魂が精製される場合がある。そうなった場合には魔法少女の魂を抜いても魔女は死なない。新たに生まれた魂が魔女の肉体を再び動かし始める」

 

「ま、本来の魂の時よか弱体化はするがな。よーするに、コイツに留め刺さなきゃ俺達のお仕事は終わんないわけ。つーか俺の解説の前に割って入るんじゃねえよアスミタ」

 

自分の代わりに解説するアスミタに軽く文句を言いながら、マニゴルドは再び動き始めた救済の魔女を見上げる。

確かにまどかの魂を抜かれ、弱体化はしている。だが、それでもまだその魔力の波動は強大。この島の人間全てを飲み込む程度は訳ないであろう。

 

 「なるほど…、魂引っこ抜かれて大分弱体化してんな。まあそれでもまだ双子神レベルっつったところか。…どんだけバグった素質持ってたんだよそのガキは…」

 

 「私の知りうる限りこの世界は暁美ほむらが10回目のループをした世界だ。それだけの因果が彼女に集中しているという事なのだろう。まあそれでも相当異常な素質である事は確かだが…」

 

 「神になるだけはある、ということか。こう言っては何だが、まさに化け物だな」

 

 マニゴルド、アスミタ、デジェルの三人は各々そんな事を話している。そうこうしている内に動き出した救済の魔女は、再び足元の触手を聖闘士達めがけて放って来る。今度こそ彼らを吸収しようというのだろう。

 だが…。

 

 「インフィニティ・ブレイク!!」

 

 無数の黄金の矢が、漆黒の触手を射抜き、消し飛ばしていく。

 その黄金の矢を放った射手、シジフォスは背後の仲間達の壁となるかのように魔女の目の前に立ちふさがる。

 

 「大本の魂が無くなったとしても、このまま放っておくにはこの魔女は危険すぎる。この世界のためにも、倒させてもらう」

 

 「おいおいおい!!シジフォスさーん!!そいつは俺の獲物にしようと狙ってたんだぜ!?横取りはひでえぜ!!」

 

 ようやくまともに戦えると期待していたカルディアは、いきなり前に出てきたシジフォスを不満げに睨みつける。シジフォスはカルディアの文句を聞いて、軽く後ろを振り返る。

 

 「すまん、カルディア。ここは俺に任せてくれ。この埋め合わせは必ずする」

 

 「………」

 

 真剣なまなざしでこちらを見ながら頼んでくるシジフォスに、カルディアはしばらく黙って睨んでいたものの、軽く舌打ちするとそのまま引き下がった。シジフォスはカルディアに向かって軽く頭を下げると、再び目の前の魔女に向き直る。救済の魔女は目の前に立ちふさがる聖闘士めがけ、再び漆黒の触手を放つ。

 

 「我等が戦い抜いた聖戦の後の時代、俺の射手座の聖衣を受け継いだ一人の男がいた…」

 

 迫りくる黒い触手を表情を変えることなくジッと見つめながら、シジフォスはまるで目の前の魔女に語りかけるように口を開く。

 

 「その男は14歳の若さにして仁智勇共に優れ、女神への忠誠に溢れた忠節の士。そして、双子座の黄金聖闘士、サガの反乱で己を盾に幼き女神を守り通し、命を落とした悲劇の勇者だった。

彼の魂は、死してなおも聖衣の中で生き続け、女神を守護する少年達の危機を、幾度となく救い、彼等を導いてきた…。彼こそ、真のアテナの聖闘士だった」

 

彼の後の世代の射手座の聖闘士、そのあまりにも壮絶な生き様を知った時、シジフォスは涙を流し、それと同時に彼の事を誇らしく思っていた。

シジフォス以上の、否、シジフォス達が生きた時代の聖闘士達以上の正義の心を持つ真の黄金聖闘士に。

己の守るべきものを命を賭して、死して後も守り抜いた真の英雄に。

 

 「男の名は射手座のアイオロス…。ギリシャ神話の風の神の名をもつ我が黄金の翼の継承者…。

彼の雄姿は、意思は、この聖衣に、そして俺の魂に確かに刻まれている。それを今、彼から受け継いだこの奥義をもって示そう……!!」

 

 シジフォスは、救済の魔女に向け、拳を構える。すると、拳から眩い稲妻が走り、大気を焼き、煌めく。

 それは、元々彼の技ではなかった。

 彼の後の世代の黄金聖闘士、射手座のアイオロスと後に射手座を継承した天馬星座の星矢が持つ、アイオロスの遺志と共に受け継がれた射手座の奥義。

 シジフォスはそれを目で焼き付け、魂に刻み、己が技として修得した。それは、彼が新たに生を得て初めて修得した技であった。

 そして、受け継がれ続けた原子を砕く稲妻が今、目の前の魔女に向けて、放たれる。

 

 「アトミック・サンダーボルト!!」

 

 振りぬかれる拳から放たれる雷光、光の速さを越えるイカズチの刃が魔女目がけて襲いかかる。

 触手をなぎ払い、消し飛ばして進む雷光に救済の魔女は、逃げる事も、防御する事も出来ず、反撃することもできないまま、その巨体に閃光の拳を、受け止める。

 そして、閃光が魔女の巨体に触れた瞬間、救済の魔女の身体が、閃光と共に分解されていく。

 

 「…さらばだ、救済を願った少女の絶望。これが君への、救済になるかは分からんが…」

 

 シジフォスは魔女を打ち砕いた拳を握りしめ、光となって天へと昇っていく救済の魔女の姿を、ただジッと眺めていた。

 

 

 




 間章第二章としてまどかの世界に来る前の過去話、ほむらが去って行った時間軸での黄金聖闘士達の戦いを投稿いたしました。
 しかし、またオリジナルな技を二つ出してしまいましたが、とりあえず他作品の技でもなし、今ある技の発展形だからギリセーフ…、でいいのか?
 いろいろご批評いただいていますが、やはり一から見直してもう一度書き直すのがいいのでしょうか?流石にここまで連載して打ち切りというのは個人的にも後味が悪すぎますし…。

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