魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 だいぶ難産でしたがようやく投稿できました。
 今回は杏子と銀の魔女との戦いになります。
 …ちょっと銀の魔女を強化しすぎたかもしれませんけど…。


第22章 過去を乗り越えて…

銀の暴風、まさにそう形容するほかない魔女の突撃。その巨体に掠りでもすれば、自分自身の身体も粉々に消し飛ぶであろう圧倒的な速度と圧力。

 それが杏子目がけて突撃してくる。主に倒せと命じられた敵を押しつぶそうと迫ってくる。長年魔女退治を経験してきた杏子といえども戦慄せざるを得ない。だが、それでも杏子はあの突進を避けるために頭脳をフル回転させていた。

 現在の距離は約100メートル、それもあの速度なら一瞬で詰められる。先程のようにジャンプして回避するのも間に合わない…。

 

 「…だったら!!」

 

 杏子は槍を両手で握りしめると自らの足元に思い切り突き刺す。

 その瞬間、銀の魔女は杏子のいた場所に到達し………

 ……そして、ほんの一瞬でその場を通り過ぎる。そして、銀の魔女が通った場所に先程まで居た杏子の姿は、ない…。

 

 『…杏子!!』

 

『イヤアアアア!!杏子、きょうこぉ!!』

 

 『おねーちゃん!!おねーちゃん!!』

 

 「お、おじちゃん!!おじちゃん!!キョーコが!キョーコが!!」

 

 杏子が魔女に轢き殺されたと思った杏子の家族達は必死で娘の名前を叫び、ゆまは今にも泣き出しそうな顔でアルデバランの服を掴んでいる。

 あれだけの巨体が突進してきたのだ、とてもではないが避ける事は出来ない。杏子はあの魔女の車輪に押しつぶされて、あとかたも無く粉々になってしまった…、この場にいた全員はそう思い込んでいた…。

 だが…、

 

 「落ち着けゆま、あいつはまだ生きている」

 

 「なんだよ、要領のいいガキだなオイ。上手く命拾いしやがった」

 

 黄金聖闘士二人は片や落ち着いた様子で取り乱すゆまを宥め、片や感嘆の表情で軽く口笛を吹いている。

 そんなあまりにも気楽そうな二人の表情に亡霊達とゆまは皆驚いたような、あるいは表情を浮かべている。と…。

 

 「親父!!おふくろ!!もも!!ゆま!!人を勝手に殺してんじゃねえぞコラ!!あたしは此処だ!!」

 

 『…杏子!?』

 

 結界に響き渡る杏子の怒声に杏子の父親はハッとした表情で声の聞こえた方向に目をやる。そこには……。

 

 「…ったく、バイクに乗るのは初めてだけど、贅沢は言ってらんねェな!!」

 

 『『杏子!!』』

 

 『おねーちゃん!!』

 

 「きょ、キョーコ!?キョーコ大丈夫なの!?」

 

 銀の魔女の背中に跨る杏子の姿があった。身体は傷があちらこちらにあるものの、それでも生きているその姿に杏子の家族は安堵の声を上げ、ゆまは嬉しそうにはしゃぎ声を上げた。

 杏子は手に握られた棒きれを地面に放り投げる。それは自分が生成した槍の柄。真ん中付近から圧し折られており、もはや槍としての用途を為す事は出来ない状態になっていた。

 そして、先程まで杏子が立っていた場所には、何かが突き刺さったかのような亀裂が深々と刻まれている。それを見てマニゴルドは、杏子がどうやって銀の魔女の突進を避けたかを知り、軽く舌打ちをした。

 

 「ケッ、横に避けられねえと知って槍を伸ばし、ギーゼラの突進を避けると同時にギーゼラの背中に跨るとはね…。やれやれとんだガキだぜ。孫悟空か何かかお前は…」

 

 「さて、な!!だけどこれでこいつの攻撃を受ける事はねえ!逆にあたしはこいつに攻撃し放題ってなわけだ!!」

 

 「へー、ま、確かにその通りだ。中々考えるじゃねえか。見直したぜ?杏子ちゃんよ」

 

だが…、とマニゴルドはうそぶく。

 

 「だが、それじゃあダメだ、こいつにはそんな程度じゃ勝てねえ。それ位ギーゼラとお前には開きってもんがある」

 

 「ケッ!ほざいてやがれ!どっちみち背中にのりゃあ…、こっちのもんだ!!」

 

 杏子は再び生成した赤槍を、思い切り魔女の背中に振り下ろした。

 が、魔女を覆う銀色の装甲は予想以上に固く、杏子の槍を逆に弾き返してしまう。

 

 「…クソッ!!こんだけ速いのに鎧まで硬いのかよ!!弱点ねえのかこいつには!!」

 

 走攻守、全てが完璧とも言える魔女に杏子は思わず悪態を吐く。

 かつて戦った時は、確かに錆ついた装甲は思ったよりも強固であったものの、動きが鈍く攻撃も激しくなかった為、使い魔に気をつけていれば恐れる必要のない相手であった。

 だがこいつは全くの別物だ。

 耐久性はそのままに、速度、攻撃共に大幅にパワーアップしている。恐らく杏子が今まで戦ってきた魔女の中でもトップクラスとも言うべき強さだ。

 と、背中に乗られた事に気がついた銀の魔女が、バイク形態から人型に戻り、杏子を背中から振り落とそうと身体を大きく揺すり始める。杏子は軽く舌打ちすると魔女の背中から跳躍する。

 背中の邪魔者を振り落とした銀の魔女は、ギチギチと金属が擦れ合う音を立てながら背後の杏子に向かって振り向いた。

 

 「だから言ったろうが、お前とこいつにゃ差があるってよ。こいつは速さ、パワー、そして防御力、どれをとっても錆びる前より強化されている。テメエの槍じゃコイツに掠り傷程度しかつけられねェし、それ以前にこいつの速さについてこれねえだろ?」

 

 「ぐッ…」

 

 マニゴルドの嫌味染みた言葉に杏子は歯を食いしばる。

 悔しいが確かにその通りだ。

 確かにこいつはそもそも速すぎて攻撃を当てる暇が無い。よしんば当ててもあの銀色の装甲で防がれる…。このままではいずれ魔法を使い過ぎてこちらのソウルジェムが濁りきり、魔法が使えなくなった所をあの魔女に引き潰される…。

 杏子は槍を構えながら目の前の銀色の巨躯を睨みつける。そんな杏子の姿をマニゴルドはニヤニヤ笑いながら眺めている。

 

 「まあもっとも…」

 

 マニゴルドは一度言葉を区切ると、鋭い視線で杏子をジッと眺める。その笑顔を見て気味が悪そうに顔を顰める杏子に、マニゴルドは口角を吊りあげた。

 

 「…お前が封印している魔法、それさえ使えれば、まだ分からねえかもしれねえけど?」

 

 「なっ…!!」

 

 マニゴルドの呟いた言葉に、杏子は絶句した。

 マニゴルドの言った封印している魔法…、それは恐らく自らの持つ幻覚魔法の事である。

 魔法少女となった杏子の願いは『父親の話を他の人が聞いてくれるようにしてほしい』と言うもの。その願いから手に入れた魔法は、『幻覚』。他者に幻を見せて幻惑する能力である。これを応用して自らの分身を作りだし、敵を包囲殲滅すると言う戦法を、かつての杏子はとっていた。

 しかし杏子は、自らの魔法が家族を壊してしまったことへの自責の念から、自ら無意識の内に幻覚魔法を封じてしまっており、今では本来の力を使う事が出来ない。

 それでも鍛え上げた戦闘技術と魔女、そしてグリーフシード狙いの魔法少女との戦いを生きぬいた戦闘経験によって、その実力は幻覚魔法無しでも魔法少女の中では屈指と言えるものになっている。だが、目の前の魔女にはそれだけでは不足…。あの化け物を倒すには、マニゴルドの言うとおり幻覚魔法を使わなくては…。

 

 (…けど、けど…、あの魔法は…)

 

 杏子は内心で歯噛みする。

 いくらそうだと分かっていても、杏子にはあの魔法が使えない、使う事が出来ないのだ。

 自分とて、あの魔法の有用性は分かっているし、好き好んで使えなくなっているのではない。このような状況ならば使えるならば既に使っているだろう。

 だが、どんな方法を用いても、どんなに使いたいと願っても、幻覚魔法は使えない。自分の意思でもどうにも出来ないのだ。

 だからこそ、結局今の今まで魔法に頼ることなく戦う羽目になってしまったのだが…。

 

 (…クソがっ!!今までの魔女とは違いやがるじゃねえか…。あの魔法が使えれば、逆転の可能性があるってのに…)

 

 「…どうした?やるのか?やらねえのか?…ま、出来なきゃ、死ぬだけだがな」

 

 内心焦る杏子を知ってか知らずかマニゴルドは淡々とした言葉を杏子に告げる。

と同時に、再びバイクへと姿を変えた銀の魔女が杏子目がけて突進してきた。

 

 

 アルデバランSIDE

 

 「…まずいな」

 

 再び突進してきた銀の魔女をかろうじてかわした杏子を眺めながら、アルデバランは厳しい表情を浮かべる。

 今のところ杏子は完全に防戦一方、どう見ても杏子があの魔女に押されているとしか言えない状況だ。

 

 「あの魔女はスピード、パワーだけでなく防御力まで跳ね上がっている。マニゴルドの奴め…。小宇宙で強化を施したな…」

 

 本来銀の魔女は、スピード、パワーには優れているもののその代償として耐久力が相当低い。故に杏子の槍ならばあの魔女を傷つけるどころか、一撃で致命傷を与える事も可能なはずなのである。

 だが、それが出来ない。杏子の槍はあの魔女の身体を構成する銀色の金属に容易く弾かれた。恐らくマニゴルドが、反魂転生の際に小宇宙を用いてあの魔女の耐久力を強化したのであろう。

 もしもそうならばもはやあの魔女の弱点はほぼ存在しない。無論自分達黄金聖闘士ならば、いかに強化しようともあの魔女一匹を一瞬で屠る事などは造作も無いだろうが、魔法少女、それも自らの固有魔法である幻覚を封印した状態である杏子にとっては相当厳しい戦いとなる。

 

 「あいつめ…、まさか杏子を本気で潰すつもりか…?それとも…」

 

 杏子の父親を本気で殺したいのか…。アルデバランは磔にされた杏子の父親の亡霊を見上げる。

 確かにあの父親の犯した罪は許される事ではない。

 妻を殺し、娘を殺し、杏子の心に癒える事のない傷を負わせた罪は、死しても決して消える事は無い。

 母親と妹も、結果的に父親に殺された被害者とはいえ、自らの家族を守ろうとしなかったという点では罪があると言えるだろう。

 とはいえ、いかに罪人といえども、死んでしまえば全て同じ。アルデバランには死人に鞭打つような趣味は無い為、これ以上死んだ者達を罵倒し、蔑む気はない。それをする権利があるのは杏子だけだ。

 だがマニゴルドは心底気に食わない相手にはたとえ死んでいたとしても容赦はしないと言う性格である。だから杏子の父親の魂を焼きはらって消滅させようなどと言う事をしたのだろう。無論それについてはアルデバランも承知している。

 

 「…とはいっても、流石に杏子を魔女に叩きのめさせる理由にはならんが…」

 

 もし杏子がやられそうになったら止めに入ろうと、アルデバランは心に決めると腕を組んで目の前の戦況を見守る。

 やはりというべきか徐々に杏子は銀の魔女に押され始めている。

 確かに致命的な攻撃はかわしているものの、たび重なる攻撃を回避し続けたせいで疲労とダメージが蓄積していることが一目で分かる。魔法少女の服はあちこちが破け、体中に細かい傷が出来、息も相当荒くなっている。視線はまだ闘志を失っていないものの、もはや身体はガタガタだろう。いくら魔法少女となってソウルジェムに魂を移したとはいえ、徐々に蓄積されるダメージや疲労までは防げない。そして、肝心のソウルジェムもおそらく相当濁っているはずだ。

 一方の銀の魔女は装甲に僅かに傷はついているものの、殆どダメージは負っておらず、戦闘開始時とほぼ変わっていない。

 どう見ても杏子の劣勢…。このまま戦っても押しつぶされる事は間違いない。

 

 「く…、そ…」

 

 杏子は懐からグリーフシードを取り出すと、胸元のソウルジェムに押し当て、穢れを浄化する。とはいえそれでも自分の劣勢には変わりない、それが分かっているゆえに杏子は歯を食いしばって目の前の魔女を睨みつける。

 

 「だから言っただろうが、なあ?あの魔法使わなきゃテメエは勝てねえって。まあ今のお前にゃどうやって使うかすらも分かんねえだろうけどよ」

 

 マニゴルドの憐れむような口調に、杏子は苦々しげに銀の魔女、そしてその横に立つマニゴルドを睨みつける。そんな手負いの獣としか言いようがない杏子の姿に、マニゴルドは呆れたように溜息を吐く。

 

 「そんな睨みつけても俺とコイツは殺せねえよ…。さて、どうするね杏子ちゃん?俺としては女をいたぶる趣味はねえし、ギブアップするってんなら構わねえぜ?もっともその場合は親父の魂灰になるが…。

 でもよお…お前ちっとばかし考えてみろよ。このクソ親父の為に命はる必要あんのか?」

 

 「な……」

 

 マニゴルドから放たれた予想もしない言葉に、杏子は思わず口ごもった。

 

 「お前ら親子はこのクソ親父の事随分と美化してやがったけど本当にこいつはそんなに立派な奴なのか?

 聞いた話じゃこのクソ親父はお前が契約する前も家族が飢えても碌に仕事せずに下らねえ新興宗教の教え街中で説いてそっぽ向かれてたって話じゃねえか。ンでもって世の中理不尽だ~、だの神は私を見捨てたのか~、だのほざいてたって言うぜ?

 ンなアホな事言ってる暇あんのなら仕事の一つ二つ探して金稼ぎゃあいいのによ、ンな事せずに家族ほったらかしで宗教であーだこーだ訳の分からねえ事ほざきやがってよ…。やってる事はほぼ無職か乞食と変わんねェじゃん。ハッ!乞食が世界を救う?人を救う?何だそりゃあ!!どっかのギャグ漫画かよ笑えるったらありゃしねえぜ!!」

 

 「てめえ…!!」

 

 自分の父親を嘲笑するマニゴルドに、杏子は敵意をむき出しにして槍を握りしめる。

 が、その杏子の前に、銀の魔女が立ちふさがる。魔女はマニゴルドを守るように背後に隠すと、顔の部分を杏子に向けたまま動かない。

 杏子は悔しげに顔を歪める、と、マニゴルドはわざわざ銀の魔女の後ろから出ると魔女を見上げて宥めるようにその巨大な腕を撫でる。

 

 「こらこらドウドウ。守ってくれんのは嬉しいけど今こいつと話してる時だからな?少し下がっていてくれや」

 

 宥められた銀の魔女は、若干渋っている様子だったが、結局主の命令に従って後ろに下がる。マニゴルドはやれやれと肩を竦めると、再び杏子に視線を向ける。

 

「さて、と、話の続き何だがな、杏子ちゃんよ。テメエもさあ、もうちっとこのクソ親父に言ってやればよかったんだよ。『働け!!』だの『仕事しろ!!』だの、な。まあそういう意味じゃあお前にも色々責任があるって言えるけど…。まあいい。

 まあそう言うわけだ。お前も無理してこの親父を守る必要は無いんだぜ?もう下らねえ過去なんかに縛られる必要すらねえ。お前が一々こいつの罪を全部背負う必要もねえんだよ、な?

 だから、こんな親父なんざ見捨てちまえ。そこの母親と妹は俺が責任持って成仏させてやっから。大人しくギブアップしちまいな。…そうだ!何ならお前の中の親父の記憶だけ綺麗さっぱり消してやろうか?専門じゃねえが聖闘士でも何でもねえお前の記憶弄る位は朝飯前だぜ?」

 

 「……!!」

 

 マニゴルドの囁くような声に、杏子の瞳に一瞬迷いが浮かぶ。

 が、直ぐに表情を引き締めると、鋭い視線でマニゴルドをキッと睨みつける。

 

 「ハッ!だれがテメエの口車に乗るかよ!!そんなに親父を焼き殺してえなら、あたしを立てねえようにしてからにしやがれ!!」

 

 幾らグリーフシードで魔力を回復したと言っても、身体の疲労までは回復していない。今の杏子は、もはや気力で立っているようなものである。そんな彼女を眺めながらマニゴルドはやれやれと言わんばかりに首を振る。

 

 「はいはいそうですか、折角人が親切で言ったってのによ…。しゃあねえ…。おいギーゼラ、遠慮はいらねえ。精々半殺しにしちまいな」

 

 マニゴルドの命で再びバイクに変形する銀の魔女に、杏子は槍を構えつつも回避の姿勢を取る。

 

 (残りグリーフシードは一つ…。後は全部おっちゃんの家においてきちまった…!チッ!ちょいとばかしヤバい状況だゼこいつは…!!)

 

 そして、銀の魔女が杏子に向けて突撃を仕掛けようとする、と…。

 

 『も…、もう、もうやめてくれ…』

 

 突如、杏子の父親の弱弱しい声が結界に響き渡った。

 その声に杏子は思わず磔にされた父親に視線を向ける。

 杏子の父親は、両目から涙をこぼし、血の気の通わない顔を苦しげに歪めながら、マニゴルドに訴えかけるような視線を向けている。

 

 『もう、もうやめてくれ…。杏子を、私の娘を、これ以上傷つけないでくれ…。代わりに、代わりに私を、私を消してくれ…。私はどうなっても構わないから、杏子だけは、杏子だけは助けてくれ…』

 

 喉から絞り出すような、蚊のように小さい、それでいて自らの意思の籠った言葉で、杏子の父親はマニゴルドに懇願した。

 

 杏子、マニゴルドSIDE

 

 杏子は、父親のマニゴルドへの懇願を聞いて、目の前の魔女の事を忘れて思わず困惑してしまう。同じく磔にされている杏子の家族達も、父親の言葉に戸惑い、驚愕している。

 

 「お、親父…!!何言ってやがるんだ!!」

 

 『杏子…、本来罰せられるべき罪人は私だ…、お前が苦しみ、傷つく必要は無いんだ…。私が、私が消えることで、お前が救われるのなら…』

 

 「ふ、ふざけんな!!テメエが消える位であたしが救われるわけねえだろ!!勝手に、勝手に消えようとしてんじゃねえ!!」

 

 『そ、そうよあなた!!あなたじゃなくてせめて私が、私が代わりに犠牲になって…!!』

 

 父親の訴えに杏子と家族達は猛反発する、が、杏子の父は自らの娘の苦しむ姿をもう見たくない、自分のせいでこれ以上傷つけたくないと頑として考えを曲げる様子は無い。

 一方のマニゴルドは父親と杏子達の争い合う姿を眺めると、杏子の父親に視線を向ける。

 

 「ほー…、お前意味分かって言ってんの?魂が燃やされるってことは、テメエの存在そのものがこの世界から消える、ってことだぜ?天国にも地獄にも行けず、完全に世界そのものから消失する…。そこ分かってんの?んで、怖くねえのか?」

 

 マニゴルドの問い掛けに杏子の父親は何処か悲しげな笑みを浮かべる。

 

 『構いはしない…、元々私は死んだ身だ…。これ以上私のせいで杏子を苦しませるくらいなら、いっその事この世からも、あの世からも消えてしまった方が良い…。

 あの子の重荷になって、苦しめてしまうのなら、いっそ…』

 

 「なるほどねえ…。子を思う最後の親心ってか…。

 それをせめて生前にやっていれば、もう少しマシな結果になったんだろうが、ね…」

 

 マニゴルドは呆れかえるように軽く鼻を鳴らす。幾ら後悔したとしてももはや過去は、時間は取り戻せない。死者は蘇らないし起きてしまった結末は変える事が出来ないのだ。

 ゆえに何を言おうとも所詮は“もしも”の結果でしかない。マニゴルドが心の中で呟きながらふと杏子に視線を向けると、何故か俯いたまま肩をブルブルと震わせている。

 

 「…ざけんじゃ、ねえぞ…」

 

 「んあ?なんつった?もう一度でかい声で言ってみな?」

 

 震えながら俯く杏子にマニゴルドがワザとらしく問いかける。

 と、杏子が勢いよく顔を上げて磔にされた父親を睨む。その表情は凄まじい怒気で満ちており、額には幾つか青筋が浮かんでいる。

 今までに見た事のない娘の表情に困惑の表情を浮かべる父親を、杏子は鋭い視線で睨みつけ……

 

 「…いつもいつも…、テメエは勝手なんだよこのクソ親父が!!」

 

 目の前の父親目がけ、喉が張り裂けんばかりの怒声を浴びせる。

 杏子の怒鳴り声は結界中に響き渡り、その怒鳴り声に杏子の母親と妹、そしてアルデバランの側にいるゆまは唖然とした表情を浮かべ、アルデバランは目を丸くして意外そうな表情を浮かべ、マニゴルドは感嘆するように軽く口笛を吹いた。

 磔にされた父親は、自分を怒鳴った娘を、ポカンとした表情で凝視している。

 怒鳴り声を上げた杏子は息を荒げながら、それでもその視線には怒りを宿して亡霊と化した父親を射殺さんばかりに睨みつけている。まるで、今の今まで溜めこんできた怒りが今この時爆発しているかのようであった。

 

 『きょ、杏子…?』

 

 「…毎回毎回娘やおふくろに構わず勝手なことしやがって…。ただでさえ生活苦しいのに変な教義作って信者遠ざけて収入無くすわ金が無いのに碌に仕事もせずにうだうだ悩むわ娘が魂かけて信者呼んだってのに娘を魔女呼ばわりして家族に暴力振るって挙句の果てに勝手に一家心中するわ…!!

その勝手な行動のせいでどんだけあたしが、いやあたし達が苦労してると思ってんだこの野郎!!おかげでこっちは路頭に迷って万引き空き巣で生活する羽目になっちまったじゃねえか!!おっちゃんに拾われなかったら間違いなく今もホームレス状態だったぞ責任とれんのかよテメエ!!!

家族も碌に喰わせていけねえテメエが世界救済するだの何だの偉そうなこと口にしてんじゃねえぞコラ!!世界救済する前にあたしら家族を救済してみやがれこのエセ神父が!!」

 

『う、うう……』

 

生前終ぞ聞く事の無かった杏子の罵詈雑言の嵐に、杏子の父親は唖然とした表情で反論する事も出来ない。そして、周囲の亡霊、ゆま、黄金聖闘士に魔女すらも、呆然とした様子で黙って杏子を眺める事しか出来なかった。

と、杏子が今度は磔にされた母親と妹をギロリと睨みつける。凄まじい怒気の籠った視線に杏子の母親とももは磔にされたまま身を竦ませた。

 

「おふくろもおふくろだ!!なんで親父に一言でも文句とか小言とか言わねえんだよ!!そうすりゃちっとは親父も考え改めて仕事の一つもしたかもしんねえじゃねえか!!ついでに娘が魔女呼ばわりされてんのを見て見ぬふりしやがって…!!

アンタの事なかれ主義が娘をこんな目にあわせてんだ!!こんな結末にしやがったんだ!!どうしてくれんだこのクソババア!!

そしてもも!!お前も泣いてばかりいねえでちっとは親父に反抗するぐらいしたらどうなんだこのバカ妹!!」

 

『あ、ああ……』『お、おねー、ちゃ…』

 

 初めて自分達に向けられる杏子の罵倒に杏子の母親と妹は震えながら杏子を見つめる。

一方の杏子は怒鳴り続けて疲れたのか、肩を上下に動かしながら息を荒げている。と、杏子は大きく息を吐くと、何処か晴れやかな表情を浮かべた。

 

「…フー…、スッキリしたぜ…。溜まり溜まった鬱憤、取りあえずこれでちっとは解消、ってとこか…」

 

口元に笑みを浮かべながら首を回したり両腕を捻ったりする。杏子の家族達はそんな娘を呆けた表情で眺めている。やがて、ストレッチもどきをやめると、杏子は先程の表情から一転して今度は好戦的な表情で自分の家族達を見回す。

 

「だけど親父、おふくろ、もも!覚悟しとけよ!あたしが言いたい文句は、まだあるんだからよ!!ま、それは全部、こいつをぶっ潰してからになるんだけどな!

それまで勝手に消えさせねえ、消える事は許さねえ。例え消えてもあの世行って首根っこ掴んで連れて帰ってやるからな…!!」

 

そう言って目の前の魔女に向かって歩き出した杏子の姿を、家族達は唖然として眺めていた。が、父親は直ぐに正気に戻ると杏子に必死で呼び掛ける。

 

 『ま、待て杏子!もうお前が傷つく必要は無い!苦しむ必要は無い!!私が、罪を犯した私が罰を受ければ…』

 

 「一々うっとおしいな、親父は」

 

 と、父親の言葉を遮った杏子はうんざりした表情で父親を見上げる。

 

 「あのな、あたしがあいつとやり合うのは別に親父の為でもおふくろの為でももものためでもねえ。単純にあたしがあいつをぶっ倒すと決めたからやり合ってるだけだ。

 魔法少女になったのも、街の連中守る為に魔女と戦ったのも、親父達が死んだあと自分の為だけに魔法使うと決めたのも、全部あたしが自分で決めて、やっているだけなんだよ。

 …ま、前者二つは碌な結果にならなかったけどよ。これも血統って奴なのかねェ…」

 

 何処か寂しそうな表情で上を見上げる杏子の姿を家族達はやるせない思いで眺めていた。  

 杏子は直ぐに表情を引き締めると、家族達を鋭い視線でジッと睨みつける。

 

 「まあそんなわけだ、これはあたしとあいつとの喧嘩だ。あたしがやりたくてやっている事だから口出すんじゃねえぞ親父、おふくろ、もも。…つーか少しは娘信用したらどうだ?こう見えてもあたしは親無しで今の今まで生きてきたんだからよ」

 

 「今は俺が養っているがな」

 

 「うっせえ!…ま、そう言うわけだ。もう昔のようなか弱い娘じゃねえんだよ。だから、まあ、黙って見てなよ」

 

 横から茶々を入れてきたアルデバランに怒鳴りつけると、杏子は強気な笑みを一度向けて再び魔女に向かって歩いていく。その背中を、家族達は黙って見つめていた。

 彼女の言うとおり、今の杏子は自分達が生きていた頃の杏子よりも成長し、たくましくなっている…。そして、あの魔女と決着をつけるというのも、あの子自身の意思だ。

 だが、それでもあの子は…。

 

 『杏子…!!』

 

 再び後ろから呼びかけられ、杏子はまだ何か、と言いたげなうんざりした表情で磔にされた家族達の方を向く。そんな杏子に家族達は必死の表情で、唯一生き残った家族に各々の言葉を告げる。

 

 『頼む…。どうなったとしても、死なないでくれ…、杏子…』

 

 『杏子…、まだ、まだ話したい事が幾つもあるから…、だから…、負けないでね…』

 

 『おねーちゃん…、がんばって!』

 

 結果的に彼女の人生を、幸せを壊してしまったのだとしても、自分達の娘だから、自分の立った一人の姉だから…。これから生きて、もう自分達には味わえない、歩む事が出来ない未来を生きて欲しい。だから、だから死なないでほしい…。亡霊と化した家族達はそんな思いを込めて口々に激励を送る。

 既に肉体を無くし、亡霊と化した家族の声援に、杏子は少し驚いた顔をする。と、杏子の瞳から一筋の涙が零れ、頬を伝う。ハッとした杏子は涙を一度拭うと目の前の黄金聖闘士と彼の背後に控える魔女に視線を戻す。なんだかんだで話が終わるのを待っていたのか銀の魔女はマニゴルドの背後に控えたまま微動だにしておらず、マニゴルドも腕を組んでこちらをジッと眺めているだけであった。

 

 「…ん、話は終わったかよ」

 

 「ああ、終わったぜ。なんつーか、色々吐き出せてスッキリしたよ」

 

 そう返答する杏子の表情は晴れ晴れとしており、口元には笑みも浮かんでいる。そんな杏子の表情、そして雰囲気にマニゴルドは何処となく優しげな笑みを浮かべる。

 

 「…そうかい、で?どうすんだ?試合放棄するかい?」

 

 「…ハッ。誰が。生憎まだ親父にゃ消えて貰っちゃ困るんでな、それに、魔女相手に背ェ向けたらマミとかにどの面見せりゃあいいんだよ!」

 

 槍を振り回して啖呵をきる杏子に、マニゴルドも好戦的な笑みを浮かべる。

 

 「ヘッ、いい面するようになったじゃねえか。それなら…、試合再開といこうかねェ!!」

 

 マニゴルドの声が結界内に高らかに響き渡る。と同時に、銀の魔女も二足歩行形態から銀色の二輪形態へと変形する。どうやら今度こそ自分を轢き潰すつもりのようで、杏子も内心で冷や汗をかく。

 

(大見栄切っちまったけど…幻覚魔法は使えねえしグリーフシードは残り一個だし…、実際八方ふさがりだよな……。だけど…)

 

 「何とか…するっきゃねえな!!」

 

 杏子が自身に喝を入れて気合を込めた瞬間…、

 何の前触れも無く、身体の中の何かが脈打ち、全身に何かが満ちていくような感覚が、杏子に降りかかった。

 

 (…!?な、何だ…!!)

 

 杏子が自分自身の感覚に戸惑っている一方、マニゴルドも杏子の変化に気がついたのか目を細めた。

 

 「……ようやくか。ギーゼラ、用心しな。どうやら『解除』されたようだぜ」

 

 銀の魔女は返答するように唸り声を上げると、目の前の獲物目がけてその巨大な車輪を駆動させる。杏子は舌打ちをしながら横に転がり回避する。その数秒後、杏子のいた場所を銀色の巨体が猛スピードで通り過ぎる。そして、杏子の居る場所から数十メートル離れた場所で停止すると、再びこちらに狙いを定めて突進し、杏子は再びそれを回避する…。

 その繰り返しを眺めながら、マニゴルドは思わず失笑する。

 

 「どうした?随分自信満々に啖呵切ったかと思ったら、状況はさっきと大して変わんねえじゃんか。何か切り札あるなら出してみやがれや。オイ」

 

 (クソッ!そんな物ありゃあとっくの昔に使ってるっての!!こちとら本気であのデカ物に引き潰されねえように避けるので精一杯なんだっつうの!!)

 

 杏子は心の中で悪態をつき、銀の魔女の攻撃を回避し続ける。銀色の巨体は何度かわされてもしつこく自身を追い続ける。まるで新幹線のような猛スピードで走りまわる巨体をかろうじて避けながら、地面を転げ回る。

 幸いなのはあの魔女は速すぎるせいで走行中に曲がる、停止する事が急には出来ない事である。もしそんな事が出来たのなら、自分はとっくの昔に挽肉になっている。

 とはいえそれが分かっても全く今の状況は改善してはいないのだが…。

 

 (せめて…せめてアレが、あの魔法さえ使えれば…)

 

 杏子が心の中で呟いた瞬間、杏子の中で、再び何かが脈動する。

 

 (…!?まただ…、これって、一体…)

 

 「オラオラ隙だらけだぜェ!!」

 

 「!!あぐっ!!」

 

 一瞬動きが止まった杏子に、いつの間にか二足歩行形態に戻った魔女の銀腕が繰り出される。魔女の拳は杏子を捉えると、その細身の体を吹き飛ばす。杏子の華奢な身体は一度地面にバウンドすると壁に叩きつけられ、杏子はその痛みに呻き声を上げる。

 拳が当たる寸前に身体を強化してダメージを軽減したものの、それでも直ぐには立ち上がれそうにはない…。杏子は血の混じった唾を吐き捨てながら冷静に自身の状況を分析する。

 

 「きょ、キョーコ!キョーコ!」

 

 「動くなゆま!巻き込まれるぞ!!」

 

 どうやらゆまが自分に駆け寄ろうとしているようだがアルデバランがそれを止めているらしい。何やら家族達の悲鳴も聞こえてくる。

 

 (ちっ、やべえ…、こりゃ肋骨が数本イッたか…。何とか、回復、しねえと…)

 

 杏子は必死に魔力を使い、自身の身体の治療し、痛みを和らげて何とか立ち上がる。

 銀の魔女は再び高速起動形態に変形し、こちらに向かって突撃しようとしてくる。

 杏子は心の中で悪態をつく。まだ身体にダメージは残っているが、今から動けばあの突進は回避できるだろう。

 …だけどその次は?たとえ突進を回避できたとしてもあの魔女ダメージを与えられなければ、いずれジリ貪となって自分の敗北だ…。

 魔女を睨みながらギリリと歯を食いしばる杏子。と、突然胸元のソウルジェムが、己自身の魂の結晶が淡い光を放ち始める。杏子はそれに気がつくと恐る恐るソウルジェムに手を伸ばす。

 

 「…まさか…」

 

 杏子の脳裏に、ある予想が生まれた。無論コレが合っているとは杏子自身思っていない。全くの見当違いかもしれない。だが…。

 

 「…試してみる価値は、あるか!!」

 

 この状況で四の五の言っている場合ではない。

 杏子は槍を杖代わりにして立ち上がると、目の前の魔女を睨みつける。

 逃げようともしない杏子の姿に、銀の魔女は今度こそ踏みつぶそうとその巨体を疾走させる。

 目の前に迫る魔女の巨体。それに対し杏子は逃げようとも、動こうともしない。ただ目の前に迫りくる巨体をジッと睨みつけるだけだ。

 そして遂に魔女の車輪が杏子に追突し、踏み潰し、圧殺する。

 その圧倒的な速さと質量に、杏子の身体は耐えきれずに肉の一片までも塵にされる。魂であるソウルジェムも、この状態ではほぼ粉々になっているであろう。

 銀の魔女は急停止すると、二足歩行形態に戻り、先程杏子が立っていた場所に顔を向ける。

 そこには文字通り何も残っていない。肉片も、血も、何一つ残されていない。佐倉杏子がそこにいたと言う痕跡すらも、何もかもが残っていない。

 敵は死んだ、目の前にいたあのうっとおしいハエは潰した…。魔女はそう確信すると攻撃態勢を解除する。

 

 …が、その瞬間…

 

 「バーカ、引っ掛かりやがったなデカブツ!」

 

 どこからか声が響いた瞬間、銀の魔女の全身が突如出現した鎖でがんじがらめに拘束された。

 突然拘束された銀の魔女は、鎖を引き千切ろうと暴れるが、魔力を込められた鎖は壊れる様子が無い。

 壊れないと分かってなおも魔女は拘束を振り切ろうと暴れるが…。

 

 「お、らああああああああ!!」

 

 突然飛び出した人影の攻撃によって、その動きが止まる。

 攻撃された個所は右腕の関節部。銀色の装甲に覆われていないその部分には、確かに切り裂かれた深い傷が付いている。

 

 「へっ、どうやら全身硬いってわけじゃないみてえだな。それが分かって安心したぜ」

 

 と、槍を肩に担ぎながら笑う人影、その正体は先程魔女によってひき潰されたはずの佐倉杏子であった。その身体にはあの魔女に轢き潰された傷は何処にもない。

 

 「どんなモンよ。まんまと化かしてやったぜ」

 

 杏子の固有魔法である『幻覚』、それによって生み出された幻の杏子を盾にして、杏子本人は銀の魔女の視界から姿を消していたのだ。結果、銀の魔女は幻を杏子と思い込んで攻撃し、幻が消え去った事で杏子を倒したと油断してしまい、結果的にその隙を突かれて手傷を負う事となってしまった。

 銀の魔女に手傷を負わせた杏子だが、その表情は少し釈然としない様子であった。

 

 「ったく、何で魔法が今頃使えるようになったかさっぱりだな…。今の今まで使えなかったってのによ。ま、こんな状況なら色々とありがたいし、あれこれ考えても仕方ねえか?」

 

 杏子が独り言を喋っていると、背後で唸り声と共に金属が擦れ合う不協和音が響き渡る。

 初めて手傷を負わされた銀の魔女が、怒りにまかせて力尽くで鎖を引き千切ろうとしているのだ。

 杏子は目の前の魔女の姿に好戦的な笑みを浮かべる。

 

 「おうおう高々掠り傷程度でそんな怒るなよ…。これからもっと…、痛い目に遭うんだからよ!!」

 

 杏子の声が響き渡ると同時に魔女の力に耐えきれなくなった鎖が弾け飛んだ。が、既に杏子は行動を起こしていた。

 杏子が空に飛んだ瞬間、魔女を囲むかのように13の人影が突如として出現する。

 その姿は全て佐倉杏子と瓜二つ。寸分違わぬ分身が魔女を包囲する。

 

 佐倉杏子の固有魔法、幻覚魔法の応用である『分身精製』。

 かつてのパートナーである巴マミから『ロッソ・ファンタズマ』と命名された杏子の奥の手とも言える技である(ちなみに技名は杏子は一切口にしていない)。

 これによって自身と同じ能力を持ち、自分の意のままに動く分身を魔力が続く限り生み出すことができ、その気になれば大量の分身で魔女を包囲殲滅することも可能である。

 

 『う、おおおおおおおおお!!!』

 

 杏子と分身達は一斉に魔女に襲い掛かる。魔女は自分目がけて飛んでくる分身を纏めて潰そうとその腕を振り回す。が…、

 

 「甘いんだよっ!!」

 

 大ぶりな攻撃は回避され、すれ違いざまに腕や指の関節部を槍で突かれ、斬りつけられる。

 飛んでいる分身にばかりではない。下半身では別の分身が魔女の足の関節部を集中攻撃してくる。魔女は苛立って何度も足踏みするものの、たとえ一度追い払えても、すぐにまた集まって集中攻撃される。バイク形態に変形しようにも、変形中に集中攻撃をされる可能性のせいでそれも出来ず、銀の魔女は13の槍で斬られ、突かれ、殴られ続ける事しか出来なかった。

 

 「…っし!このまま一気にフクロにしてやるぜェ!!」

 

 度重なる攻撃でひるむ魔女の姿を見て、杏子は一気にたたみかけようと分身とともに一斉に躍りかかった。

 魔女は自分めがけて飛びかかる杏子を分身もろともなぎ払おうと、腕を大ぶりに振り回す、が、分身は自分の槍を鎖へと変化させると魔女めがけて投げつける。

 投げつけられた鎖は二重三重になって魔女を雁字搦めに拘束する。無論即席で精製した鎖のため、すぐに魔女によって引きちぎられるが、その一瞬、魔女に隙が生まれる。

 杏子は一瞬無防備になっている銀の魔女目がけ、飛ぶ。狙うのは間接以外で鎧に覆われていない場所…二輪状態のエンジン部分である胸部の鎧、その僅かな継ぎ目と継ぎ目…!

 

 「これで…トドメだあ!!」

 

 杏子の突きだす槍が、魔女の胸部に突き刺さると同時に、杏子は渾身の魔力を槍の穂先に送り込む。

 瞬間、槍は魔女の体内で巨大化し、魔女を体内(・・)から(・・)貫いた。

 槍は腹部から貫通して反対側に飛び出し、魔女の生命を一撃で、止めた。

 銀の魔女は断末魔の絶叫を轟かせると、ゆっくりと地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。

 それと同時に魔女が作りだした結界も消え、やがて一行は元の礼拝堂に戻っていた。

 満身創痍の杏子は変身を解除すると、近くにあった長椅子にドカリと座り込んだ。呼吸も荒く、全身傷だらけではあったものの、命にかかわる怪我は負ってはいない。

 杏子は自分自身の掌を、信じられないようなモノを見るようにジッと見つめている。

 

 「はあ…はあ…ったく、今までで一番ハードな戦いだったぜ…。幻覚魔法使えなかったら死んでたぞ…。でも、まさかこの土壇場で、使えるようになるたァな…」

 

 今の今まで使うことすらできなかった幻覚魔法が、先程の魔女との戦いで使用できた…。杏子はそのことに何とも言えない思いを抱きながら、大きく息を吐いた。

 戦いに勝ったとはいえ、自分の体は満身創痍、傷もまだ癒えてはいない。残り一つのグリーフシードも分身を作るときに使ってしまい、もう無い。

 

 「ああ、だけど、今はちっと眠たいな…」

 

 疲労のせいなのかやけに瞼が重い。だが、一戦した後なのだから、ひと眠りしてもだれも文句は言わないだろう。というかもし言ったらその時はぶん殴ってやる…。

 そんなことを考えながら、杏子はゆっくりと目を閉じようとするが、なんだかやけに耳元が騒がしい。ふと横を向くと、ゆまが自分に縋りついて泣き喚いている。

 

「まったく…うるせえな…。これだから、ガキは、嫌いなんだ…」

 

  一度苦笑いを浮かべた杏子は、そのまま夢の世界へと誘われていった。

 

 




だいぶ遅くなりましたが、第22話更新しました。
今回で杏子と家族の話を終わらせるつもりだったんですけどね。とりあえず銀の魔女との決着まで書けました。
やっぱりバトルシーンは書き慣れてませんから難しいですね…。
まあとにかく幻惑魔法取り戻すところまでは書きたかったので、だいぶ詰め込んだらこんなに長くなってしまいました。

さて、話は変わりますがついにまどか☆マギカの新章、公開されましたね。
まだ見てはいませんけれどもどうやらネタバレ情報ではさやかちゃんはまた失恋…、というかそもそも恭介のことを諦めている様子…。
成長したというより単に諦めが良くなり過ぎているような…。

聖闘士星矢Ωもいよいよクライマックスが近づいている様子…。にしても四つの門の名前が北欧神話関連って…。そのうち神闘士も出てくるんでしょうかね?いや、さすがにそりゃないか…。



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