魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 だいぶ時間がかかってしまいましたが何とか第20話投稿できました。
 いつも私の拙作を読んでくださっている皆さん、お待たせして申し訳ありません。
 


第20話 魔法少女と死者との再会

 

 見滝原の隣にある風見野市。その外れの小高い丘の上にその教会は建っている。

 周囲の庭は長い間手入れもされていないのか雑草が生い茂り、教会に向かう人々が歩いていたであろう道を完全に覆い隠してしまっている。教会も窓は破れ、壁も屋根も剥げ落ちて既に廃墟と化しており、もはや誰も住んでいるような雰囲気は無い。その物悲しく寂れた雰囲気は、神の家というよりも墓標のように見えてしまう。

 この教会は、地元においてはとある理由で心霊スポットとして有名な場所だった。

 

今でこそ廃墟と化してはいるものの、かつてこの教会には神父とその家族が住んでいた。

 

 神父は信仰に篤く、人々の平和を願う心優しい人物であり、家族達も神父を慕っていた。

 

 だがある日、神父は突如気がふれて妻と娘を刺殺し、自らもまた首をつって自殺してしまった。

 

 それからというもの、教会には誰も住まなくなり、今でも自殺した神父と家族の幽霊が出ると言う噂が立っていた。

 

 無論幽霊云々に関しては単なる噂である。だが、神父が家族と一家心中したという事に関しては、紛れもない事実だった。

 なぜなら…、自殺した神父のもう一人の娘が、この場にこうしているのだから…。

 

 「…此処に来るのも、久しぶりだな…」

 

 杏子は感慨深くも憎々しげに、そして何処か悲しげに廃墟と化した教会を見上げる。ここは全ての始まりの場所、自分が生まれ、育ち、魔法少女となる原点となった場所なのだ。

 杏子と一緒に来たアルデバランは、杏子の後ろで目の前にそびえ立つ教会を、ただジッと仰ぎ見る。

 

 「ここが…、お前の家か」

 

 「ああそうだよ。…ッケ。胸糞悪くなってくらぁ。思い出したくもないこと思い出しちまう」

 

 杏子は忌々しげに地面に唾を吐き捨てる。

 この場所は両親と妹を亡くしてからも、雨風を防ぐ場所として寝泊りしていた。だが、アルデバランに保護され、彼の家で寝泊まりするようになってからは、この教会を訪れる事はさっぱり無くなった。

 故にこの教会を訪れるのは杏子にとっても久しぶりな事であり、アルデバランと一緒に訪れるのは初めてである。

 

 「それにしても、まさか本当にマニゴルド達の呼び出しに応じるとはな…。確かにあいつの力があればお前の両親に会う事は出来るかもしれないが、お前は、死んだ家族と出会って、どうするつもりだ…?

 

 「さあな、あいつの言ってた事が本当かどうかは知らねえ…。だけど…」

 

 杏子は寂しそうな表情でかつて自分が家族と過ごした家を見つめる。

 

 「もし、もしあたしの家族に会えるんなら…、言いたい事と、聞きたい事がある…」

 

 「…そうか」

 

 アルデバランは深く問い詰めることもなく、視線を再び目の前の教会に戻した。と、次の瞬間、杏子は一瞬で寂しそうな表情を引っ込めて自分の後ろに立つアルデバランを、正確にはアルデバランの背後を睨みつける。

 

 「……が、それはそれとして………何でお前まで来てんだよゆま!!」

 

 「むー、ゆまだけおるすばんなんてもういやだもんっ。おじちゃんとキョーコが行くんならゆまもついていくもんっ」

 

 杏子の怒鳴り声に反応するように、アルデバランの背中から一人の幼女、同じ同居人の千歳ゆまが顔をだす。

 杏子はゆまを背中に隠しているアルデバランに抗議するような視線を向ける。これに対してアルデバランはすまなそうな表情で頭を掻いていた。

 昨日はやむを得ないこととはいえゆまを長い時間家の中に置き去りにしてしまい、家の中に入った瞬間に彼女に泣きつかれてしまった。無理もない話ではある。長い間、恐らく生まれてこの方親の愛情も知らず、逆に親に邪魔者扱いされて虐待を受け続けてきたのだ。恐らく家に一人ぼっちで留守番している間に、アルデバランと杏子に見捨てられた、自分はアルデバランと杏子にとっては邪魔者なのだと思い込んでしまったのだろう。

 アルデバランもゆまを長い間一人で留守番をさせた事にはすまないと感じており、今回もゆまは連れて行く気は無かったのだが、あまりにゆまがしつこく連れて行ってくれと懇願してきたため、結局アルデバランが折れる事となった。出来る限り杏子にばれない様に此処まで連れては来たものの、結果的にばれてしまい、杏子にどやされる破目になってしまった。

 最も杏子自身も家にゆまを一人残してきた事に対する罪悪感は少なからずある為、精々ブツブツ文句を言う程度に留めている。

 

 「さてと、いつまでも此処に棒立ちしているわけにもいかん。取りあえず中に入るぞ」

 

 アルデバランの催促に、杏子は「誰のせいだ誰の…」等と小声で呟きながら、目の前の木製の扉をジッと眺める。

 頑丈な木で作られたその扉は、今では薄汚れ、あちこちに虫が食ったような穴があいている。扉を開ける真鍮製のドアノブも、今ではあちこちが錆に覆われていて見る影もない。

 杏子はドアノブに手をかけると、ゆっくりと重々しい扉を開く。

 錆ついた金属が軋む不気味な音と共にドアが開かれると、そこは広い礼拝堂となっていた。

 もっとも信者が座っていた長椅子や床には埃が溜まり、柱にはクモの巣がかかり、鮮やかなステンドグラスは無残に割れていた。

 そして神父が信者たちに教えを説く祭壇の前には、昨日出会った黄金聖闘士、蟹座のマニゴルドがまるで此処の主であるかのように立っていた。

 

 「ウェルカーム!よくいらしてくれました…って此処は元はお前の家だったか?まあどっちだっていいな」

 

 両手を広げてフレンドリーな笑顔で歓迎の意を示すマニゴルド。杏子はそんな彼を無視して何かを探す様に礼拝堂を見回す。

 

 「…あのほむらって奴は、いねえのかよ」

 

「無視してんじゃねえぞコラ。…あいつは学校だ。着いてくるだの何だのほざいてやがったけど、単位落としてレグルス二号になったらアレだろうが。

まっ、どっちみち今日は平日だから健全な中学生は全員学校で勉強してらあね。行ってねえのはお前ぐれえなモンだ」

 

 「ケッ、仕方ねえだろ。学校行くにしても金がねえし戸籍もねえ。こちとら行きたくても行けねェんだよ」

 

 マニゴルドの皮肉に、杏子は嫌そうな表情で顔を背けた。

 杏子は両親が一家心中をした折に一緒に死んだものとされたため、実質的に戸籍を失っており、学校に通う事が出来ない。たとえ新しく戸籍を取得できたとしても、学校に通う為のお金すらも持っていない。

 物心ついた頃から貧しい生活をしていた杏子は、父親が教義に無い教えを説き始め、本部から破門になった上に信者からのお布施がすっかり無くなってしまった頃から学校に通わなくなってしまった。

 収入が無くなり、ただでさえ生活に余裕がなかった状態に追い打ちをかけるように、杏子たち家族は極貧状態になってしまった。

 故に学校に通う余裕も無くなり、両親の手伝い、妹の世話、そして、店から食べ物をくすねて飢えをしのぐ毎日を送る事となったのである。

 

 「あー…そうだった…な。ん、ま、悪かった。俺が全面的に悪かった」

 

 その事に気がついたマニゴルドはバツの悪そうな表情で杏子に向かって頭を下げる。杏子は特に反応を示さずにそっぽを向いている。

 

 「ま、それはそれとして…。まあ取りあえずよく来たな佐倉杏子ちゃんよ。約束通りテメエの両親と妹に会わしてやるよ。…つーわけでちょいと目を閉じな」

 

 「んあ!?ちょっ!!何すんだよ一体!!」

 

 いつの間にか近くに来ていたマニゴルドに目を塞がれ、杏子は思わず叫び声を上げる。

 少女の歳相応な反応にマニゴルドは面白そうにクックッと笑みをこぼした。

 

 「安心しろって変なことしねェから。大体したくてもそんな貧相な胸じゃあ、なあ…」

 

 「な!?だ、だれがマミに比べりゃまっ平らなフライパンみてえな胸だ!!」

 

 「そこまで言ってねェっての。そらそらドウドウ落ち着けっての。小宇宙送り込めねえだろうが」

 

 「は?てめえ何言って……!?」

 

 瞬間、杏子の身体に何かが流し込まれるかのような感覚が生じた。

 その何かはまるで熱湯のように熱く、杏子の身体を満たしていく。それと同時に体中に走る神経に、まるで電流が走ったかのような刺激を感じる。

 ほんの一瞬、1秒にも満たない一瞬に起こった全身に走る刺激に、杏子はただ何も出来ず、何も考えられずに棒立ちするしかなかった。

 

 「そら、終わったぜ」

 

 と、マニゴルドが突然杏子の眼を覆っていた手を離す。突然の事に呆然としていた杏子は瞬時に正気に戻ると目の前の黄金聖闘士に怒りの表情を向ける。

 

 「て、テメエ!!一体何しやがっ……なあ!?」

 

 文句を言おうとした杏子の顔が一瞬で驚愕の表情に入れ変わる。彼女の視線はマニゴルドの背後にある祭壇に向けられている。

そこには先程までは居なかったはずの人間が三人たっていた。家族なのか大人の男と女性、そしてまだ幼い少女が杏子をジッと見つめている。

だが、その姿は明らかに普通の人間とは違う。男性の口からは血が流れ、首も通常ではあり得ない状態に曲がっている。女性と少女の胸は血で真っ赤に染まっており、傷口から流れる血が地面に滴っている。

そして何より、彼等の身体はあり得ない程青白く透き通っており、身体の向こう側にある祭壇が透けて見えている。

明らかに彼等は幽霊、この世ならざる死者である。

杏子は目の前の幽霊達を恐怖と動揺の眼差しで凝視したまま、まるで石になったかのように動かない。身体はまるで極寒の大地にいるかのようにガタガタと震え、その表情はいつもの勝気な態度からは信じられない程弱弱しい、怯えた表情を浮かべていた。

杏子は彼等を知っている。なぜなら彼等は、佐倉杏子の願いの原点であり、彼女の願いが殺してしまった人達なのだから…。

 

「…おや、じ…?おふくろ…?もも…?な、んで、ど、どうして…」

 

杏子は目の前の幽霊達の名前を呟き、無意識に後ろに下がる、と、背後から何者かに肩を掴まれた。

 

「!?」

 

ギョッとした表情で背後を見ると、何時の間に移動していたのかマニゴルドが杏子の肩を掴みながら面白そうに笑みを浮かべていた。

 

「おいおい怖がるなよ。こりゃお前が望んだ事だぜ?」

 

「な、あ、あたしが…望んだ…事…?」

 

「そうだぜ?家族に会いたかったんだろ?話をしたかったんだろ?だから俺がお前に小宇宙を流して見れるように、話せるようにしてやったんだよ。お前の家族の地縛霊共とな」

 

「じ、地縛霊だ!?」

 

驚愕の表情でこちらを見てくる杏子にマニゴルドはニヤニヤ笑いながらああ、と頷く。

 

「こいつ等はこの世に未練があって未だにあの世に成仏できねェ連中だ。しかも縁のあるこの教会に死んでからずっと縛られ続けて動く事も出来ねえ。だから死んでからはずっとこいつらはこの教会にいたんだぜ?もっとも霊感も小宇宙もねェお前にゃ見れなかっただろうけどよ」

 

「ずっと…、いたって…じゃあ…」

 

「ああ、此処で寝泊まりしてた頃はお前の私生活もバッチリ目撃されてたってわけだ。ま、流石に外で万引きやら空き巣やらやってたのは見られなかっただろうがよ」

 

マニゴルドが平然と告げる言葉に杏子は絶句して何も言えなかった。よくよく見ると幽霊達も何処かバツが悪そうにあらぬ方向を向いている。

まさか自分の私生活を死んだ家族の幽霊に見られているとは思わなかった。もっとも幽霊を見た事がない、というより見れない杏子からすれば気付くはずもないのだが、流石に幽霊を見れるようになった時に指摘されると相当恥ずかしいモノがある。

あんぐりと口を開けて呆然としている杏子を、マニゴルドはニヤニヤと眺めている。

 

「ま、天網恢恢疎にして漏らさず、って奴だ。そんで、どうすんだよ。何か家族の皆様に言いたい事があるんじゃねえのかよ?いい機会だから今の内にぶちまけちまいな」

 

「……!!」

 

 杏子はギョッとした表情で亡霊と化した自らの家族に顔を向ける。亡霊達も暗い表情で杏子を見返す。傍目から見ても両者の間には決まりが悪そうな雰囲気が漂っているのが分かる。

 

「ねーねーおじちゃん、『てんもーかいかいそにしてもらさず』ってなに?」

 

「悪いことをしても必ず誰かが見てる、だから悪い事はするなという意味だ。ゆまも悪い事はしてはいかんぞ?」

 

「うん!わかった!でもおじちゃん、ユーレイってどこにいるの?ゆまみれないよ?」

 

 「ハッハッハ!幽霊はな、杏子位の歳にならないと見れるようにならんのだ。いつかゆまも見れるようになれるかもしれんぞ」

 

 そんな両者の様子に構わず背後で和やかに会話しているゆまとアルデバランの声を聞きながら、目の前の家族達を見つめる。亡霊となった家族達も皆、複雑な表情で杏子を眺めている。

 

 「随分と、久しぶりだな。親父、おふくろ、もも…。まあ、アンタ達はずっとあたしを見ていたみたいだから、そうでもねえだろうけど」

 

 『……』『杏子……』『おねえちゃん…』

 

 杏子の自嘲するような笑顔を、杏子の家族は痛ましげに見つめる。

 杏子はそんな家族の視線に気がついているのかいないのか、笑いながら話を続ける。

 

 「随分と、あたしを恨んだろうな。自分達をたぶらかした魔女って。無理もねえな、あたしの願った奇跡のせいで、アンタ達は死んだようなもんだからな。だからあんた達はこんな所に未練がましく留まってんだろ?」

 

 『…違う!!それは違う杏子!!お前は悪くなどない!悪いのは全て私だ!!』

 

 杏子の言葉を遮るように父親の声が礼拝堂に響き渡る。そのあまりにも切羽詰まった表情に、杏子も思わず言葉を止めた。

 杏子の父親は、悔しげな表情で血の流れる唇を噛みしめる。

 

 『…私はずっと、悩み苦しんでいた。私は長い間、この世の不条理を正し、多くの悩める人々を救済するための教えを探し求めていた。

 そしてようやく探し当てた教えも、人々からは疑われ、本部からも異端とされて私は破門された…。私は、深い挫折と絶望を、その時に味わった…』

 

 文字通り血を吐きながら訴える父親の姿を、杏子は沈黙して眺めていた。父の独白は続く。

 

 『…あの時、再び街頭で人々に説法をし、その説法を人々が聞いてくれた時には、私は歓喜した。ようやく、ようやく我が研鑽は実を結んだと…、ようやく主が私に報いてくれたと…!!あの時の私はまさに、歓喜の絶頂にあった。これで人々を救える、家族にも楽をさせてやれると…』

 

 杏子の父親の表情は、段々と影を帯び、悲痛に歪んでいく。その目尻には透明な涙が浮かんでいる。

 

 『だが、だが…!!私の教義を人々が聞いていた理由が、お前の願いによるものだと知った時、私は再び絶望と挫折に叩き落とされた…!!

 私は無力、何もできない愚かな人間…。娘も憐れむほどに下らない人間だと…!!

 だから私はお前を魔女と呼んだ…!!お前を魔女と呼び、全てをお前のせいだとなすりつけ続けた!!そしてお前を、お前を何処までも苦しめ続けた…!!

 本当は私が、私が弱かったから…、その事実を認めたくなかったから…、お前に全てを被せ…、母さんも、ももも、この手で…』

 

 そこまで独白した父親は地面に跪き、両手を石畳に叩きつける。無論霊体である今の状態ではいくら拳を地面に叩きつけたとしても傷つくことも、痛みを感じる事も無い。

 だが、その表情は耐えがたい激痛を味わっているかのように、苦痛と悲嘆で歪んでいる。

 

 『すまなかった…、本当にすまなかった…。お前を罵倒し、否定し、挙句母さんとももを殺して全てを奪ってしまって…。

 もはや謝ってすむ事ではない…!!この程度で私の犯した罪が許されるはずは無い…!!だが、だがせめてお前に、お前に一言だけでも謝りたかった…!!

 こんなことで、お前の恨みも、憎しみも晴れるはずはないだろうが、それでも……!!』

 

 杏子の父親は悲痛な表情で杏子に懺悔の言葉を述べる。

 一方の杏子はそんな父親の姿を見て、戸惑いながら後ずさりする。

 亡霊とはいえ父親が後悔し、自らに謝罪してくるという生前見たことも無い光景に、杏子自身どうすればいいのか分からないのだ。

 

 「あたしは、あたしは親父を恨んだことなんて、一度も…」

 

 『ならば恨むべきだ!』

 

 狼狽する杏子に、亡霊は懇願するかのように大声を上げる。その拍子に口元から滴り落ちていた血が辺りに飛び散る。それに構わず亡霊は叫び続ける。

 

『私を怨み、憎み、呪い、罵倒の言葉を吐くべきだ!!

 お前は悪くない!!悪いのは全て私だ!!今更お前に許されたいなどという泣き言は言わない!!お前の怒りを、憎しみを、私にぶつけてくれ!!お前にはその権利がある!!』

 

 父親の悲鳴のような叫びが、礼拝堂に反響して響き渡る。そのあまりに悲痛な声は、亡霊の姿が見える、声も聞こえないゆま以外の全ての人間に聞こえていた。

 杏子は黙って父親を見つめる。そんな彼女に、何を思ったのか母と妹の亡霊が近付いてきた。

 

 『杏子…ごめんなさい…。貴女が私達の事を思って、命を懸けて願いを叶えてくれた事…、私達は全然知らなかった…。

 お父さんがおかしくなった時も、お父さんに殺される時も、全部貴女のせいだって…、貴女が、魔女だからって、恨んでしまって…』

 

 「おふくろ…」

 

 『本当に、本当に、ごめんなさい…。貴女を庇ってあげられなくて…貴女を、守ってあげられなくて…。わ、私が、もっと、もっと強かったら、杏子を、分かってあげられたら、こんな、事には…!!』

 

 『お、おねーちゃ、ごめ、なさっ!!ももが、ももがおねーちゃんの事、分かってあげられ、なかったから…うえ、ええっ!!』

 

 「……もも」

 

 杏子は目の前で泣きながら謝る母親と妹をぼんやりと眺める。無意識に泣き喚く妹の頭に触れようとするが、既に霊体となっている妹に触れる事は出来ず、杏子の手は空しく空を切る。

 何も触れられなかった掌を、杏子は無表情でジッと眺める。

 

 「……そっか、あたしは悪く、無かったのか…」

 

 杏子が不思議とどこか穏やかな声でポツリと呟く。その声に杏子の父親と母親はハッと顔を上げる。

 

 「…親父が壊れちまったのも、おふくろとももが死んだのも、あたしのせいじゃなかったんだな…、はは、そっかぁ…そうだったのか…」

 

 穏やかな表情で笑う杏子に、家族達の表情も少し明るくなる。

 自分達の言葉が、思いが通じたと…。僅かながら亡霊達の心に安堵の思いが宿る。

 一方のアルデバランとマニゴルドは、家族達とは違って固い表情を浮かべている。アルデバランの側にいるゆまは、何故か困惑した顔をしていた。

 杏子が浮かべている笑顔、それが彼らにはまるで仮面のように見えたのだ。まるで、自分自身の本性を隠しているかのような…。

 

 「あたしが悪くない、あたしに罪が無いって言うならさ、聞きたい事があるんだよ、親父」

 

 『…!!な、何だ!!何でも聞いてくれ!!杏子!!』

 

 杏子の言葉に父親の亡霊は表情を綻ばせながら杏子を見る。

 …どうでもいいのだが首が曲がって口から血を流した神父が笑顔でこちらを見ているというこの状況…。普通の子供ならば泣いて逃げ出しそうである。もっともこの場にいる唯一の『普通の子供』であるゆまには、幸い杏子の父親の姿は見えないのだが…。

 杏子はそんな亡霊の姿を物怖じもせずに眺めながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 「…あたしが悪くないならさ、何で、何で親父の為に、おふくろの為に、ももの為に願いを叶えて、魔女から皆を護る為に戦ってきたアタシが罰を受けたんだ?何で全てを奪われたんだ?何で…おふくろとももは、死んだんだ…?」

 

 

 

 

 

 

 『……え?』

 

 杏子の言葉が礼拝堂に響き渡った瞬間、礼拝堂は静寂に包まれた。杏子の父親は何が何だか分からないと言いたげな表情でポカンとしていた。それは、他の家族二人も同じであった。

 そんな家族の姿が可笑しかったのか、杏子はククッっと含み笑いをする。

 

 「…何か勘違いしてるみたいだから言っとくけどさ、あたしは本当にだーれも恨んじゃいないよ。親父も、おふくろも、もちろんもももな。ただ、もし恨んでる奴がいるとするなら…」

 

 杏子は優しい、だが何処か暗い笑顔を浮かべながら、自分を指差した。

 

 「…それは他ならねえ、あたし自身だ」

 

 杏子は天井を仰ぎながら自嘲する笑みを浮かべる。

 

 「…あたしがキュゥべえと契約して魔法少女になったのはな、ただ他の連中に親父の話だけでも聞いて欲しかった、それだけなんだよ。そうすりゃ親父も幸せになれて、おふくろも、ももも腹を空かせる事が無くなるからみんな幸せになれる…。そう思ったんだ。

 結果はご覧の通り、最初は親父も大喜びで家族も食うには困らなくなって万々歳…だった。親父にあたしが魔法少女だってばれるまでは、な……」

 

 杏子の表情は話していくにつれ陰りを帯びていく。その表情は、まるで心の中に隠していた悲しみ、絶望が漏れだそうとしているかのようであった。それを隠すかのように無理矢理作ったような笑顔を浮かべるその姿は、もはや痛々しさしか感じられなかった。 

 

「…親父がももとおふくろと心中した時、ようやく気がついたんだよ、あたしは。何か奇跡を祈ったら、必ず何か代償を支払わなくちゃならない。そりゃそうだ、元々起こるはずもない不条理を無理矢理起こしたんだ。何にも起きないはずが無い。…あたしの場合はそれが、親父から魔女呼ばわりされ、家族を失う事、それだけだったって話さ」

 

 『ち、ちがう…わ、私が、私が彼女達を…』

 

 「でも結局親父がそこまで追い込まれたのはあたしの願いのせいだろ?あたしが妙な願いを願っちまったからアンタ達は死ぬ羽目になっちまったんだ。なら、根本的に全部あたしの罪だろ?」

 

 『………!!』

 

 ハッとした表情を浮かべる父親を横目に、杏子はすぐ傍にあった長椅子に腰かけると、今にも泣き出しそうな表情で、自らの願いで死に追いやった家族達を見つめる。

 

 「今はな、つくづく後悔してるよ。軽々しく奇跡なんてもの願った自分自身を、さ。

 ホント…、魔法少女なんざ…、ならなきゃよかったよ…。アンタの為に、アンタ達の為に奇跡を願った、アタシが本当に馬鹿だった…。家族を幸福にするつもりが…」

 

 話し続ける杏子の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 

 「…自分で家族を、壊しちまう羽目になるんだから……」

 

 『きょう、こ……』

 

 杏子の言葉に、父親はガクリと崩れ落ちた。母親とももは絶望に濡れた表情で杏子を見る事しかできなかった。

 ようやく家族は理解した。

 杏子は初めから、それこそ父親に魔女と罵られた頃から彼等を憎んだことも、恨んだことも無かった。

 否、完全に憎しみが無かったわけでもなかったのだろうが、それでも表立って自分達を責める事はしなかった。

 全て自分のせいだと、自分が家族を自殺に追い込んだと、苦しみも、悲しみも、痛みも、全て自分で背負いこんでしまった…。

 本当は自分達が悪いのに、自分達が彼女を追いこんだというのに、この優しい娘は全て自分の罪だと背負って…。

 

 「だから、言っただろ?こいつに何を言っても無駄だってな」

 

 父親の背後から、マニゴルドが優しい口調で語りかける。その言葉を聞いているのかいないのか、父親は顔を俯かせたまま動かない。

 

 「こいつはテメエの死も、こいつ等の死も、全部自分の責任だと背負いこんで居やがる。だからコイツはテメエらを恨んでねェ。憎いとも思ってねェ。お前らが悪いと考えてすらも居ねえんだよ。

 …まあこうなっちまったのもお前の責任なんだがな。お前がこいつを魔女魔女言いやがるもんだから仕舞いにゃこいつは自分が全て悪いんだと刷り込まれてしまいましたー…、なーんてことになってやがるわけなんですよ。でも安心しろよ。こいつはそんなこと、ぜーんぜん気にしちゃいねェんだから、な」

 

 『…う、ああ……』

 

 マニゴルドの優しい、それでいて容赦のない言葉に、杏子の父親は嗚咽を漏らす。

 彼の言うとおり、自分が愚かだったせいで、杏子は自ら全ての罪を背負ってしまった…。

 本当は自分が悪いのに…。罰せられるべきは自分だというのに…。

 願うのなら、杏子から恨まれ、憎まれ、罵倒された方がずっと良かった…。彼女からの呪い、断罪ならば、喜んで受け入れただろう。きっと、妻とももも同じ思いなのだろう。

 だが、杏子は自分達を呪わない、断罪しようともしない。全ての呪いを自らの責と背負いこんで生きている…。

 そんな彼女にしてしまったのは、歪めてしまったのは、自分だ。自分のせいで、杏子は…。

 そんな絶望に濡れる父親に、マニゴルドは冷酷な笑みを浮かべる。

 

 「…そういや約束したよな、アンタ。コイツと会わせてやるからお前の魂寄こせ、と。って事はテメエの魂は俺の所有物、つ・ま・り、テメエを消すも生かすも俺の自由ってわけだなァ…。でもよォ、俺今結構沢山魂持ってるから、今更お前いらないんだよねェ…」

 

 『な…そ、それは…』

 

 どういうことだ、と言おうとした父親に、マニゴルドはニッコリと笑顔を浮かべる。

 

 「まあ簡単に言うとな……テメエは消えろや糞親父」

 

 『…!?あ、ガアアアアアアアアアアア!!』

 

 瞬間、杏子の父親の身体に青白い炎が纏わりついた。炎は瞬時に父親の身体を覆い尽くしていき、瞬く間に父親の身体は青白い炎に覆われ見えなくなる。

 そして同時に、父親の悲鳴が礼拝堂に響き渡る。耐えがたい熱と焔に身体を焼かれる苦しみ…。

 

 「お、親父!?」

 

 『あなた!!』『おとーさん!?』

 

 突然発火した父親の姿に杏子は思わず立ち上がり、急いで父親に駆け寄った。だが、既に死んで霊体となっている父親には生身の彼女は触れる事が出来ない。霊体である母と妹も杏子同様彼に駆け寄ろうとするが、炎の熱と舞い散る蒼い火の粉で近寄ることすらできない有様だ。

 本来、霊体は現世のあらゆる物理干渉を受け付けない。あらゆる攻撃も、現象も、この世のものである限り魂を傷つける事は出来ない。それは炎でも例外ではない。

 だから父親の身体が炎で焼かれるという事は、本来あり得ない事なのである。

 だが、そのあり得ない事が今目の前で起こっている。その光景に杏子だけでなく杏子の母親とももは焦り、戸惑っていた。

 

 「これは…鬼蒼焔!!マニゴルド、お前何を…!!」

 

 「え?え?お、おじちゃん、いったいどーしたの!?キョーコもどうかしちゃったの!?」

 

 霊を覆い尽くす炎の正体に気がついたアルデバランは、血相を変えてマニゴルドを睨みつける。幽霊を見る事が出来ないゆまは、何故か焦っている杏子と険しい表情のアルデバランに混乱する。一方のマニゴルドは、何でもなさそうな笑顔をアルデバランに向ける。

 

 「何って?言っただろうが、こいつの魂は俺の所有物だってよ。俺はこの糞親父と契約してんだよ、娘と会わせる代わりに魂寄こせって。つまりこいつの魂は俺の物。俺の物なら俺の好き勝手にしても構わねえだろ?燃やすなり、爆発させるなり、何なりと、な」

 

 積尸気鬼蒼焔。蟹座の黄金聖闘士が誇る魂を操る技の一つ。

 魂を火種に燃え上がる鬼火で敵を焼きつくす奥義であり、冥界波によって魂を引き剥がされたモノ、及び霊体に対しては一撃必殺とも言うべき効力を発揮する。

 神の魂でもない限り霊体ならば一瞬で消滅させる焔を杏子の父に使った事で責めるようにこちらを睨みつけるアルデバランに対し、マニゴルドは何でもないと言わんばかりの笑顔を崩さない。

 

 「大丈夫だってまだ消えやしねえよ。精々ものすごく熱くて苦しい程度の火力に調整してやってっからよ。でっもー…」

 

 マニゴルドが一度指を弾いた瞬間、青い炎がさらに激しく燃え上がり、杏子の父親はさらに悲痛な絶叫をあげた。

 そんな父親の姿をマニゴルドは面白そうに笑いながら眺めている。

 

 「だーんだん、ほんのちょっぴりずつ火力は上乗せされてくぜ~?ほんのちょっぴりでも塵もつもりゃあなんとやら、いつかは一気に魂灰にしちまうレベルにゃなる。ま、それまでの間は地獄だけどよ?」

 

 「お前……!!」

 

 家族の前で父親の魂に拷問紛いの仕打ちをするマニゴルドに、さすがのアルデバランも怒気を露わにする。が、マニゴルドはフン、と鼻を鳴らすと絶叫を上げながら燃える蒼の火柱に視線を向ける。

 

 「知ってるか?キリスト教圏じゃ火刑は異端者への最高の罰なんだぜ?天国に行くにゃ最後の審判まで身体残ってなきゃならねえって理由でな、身体灰にされるのは最高の罰だったらしいぜ?確かジャンヌ・ダルク辺りがやられたっけ?

 まあ教義にもねェ事ほざいて破門になったお前にゃ似合いの死に方だろ?ましてや妻殺し、子殺し、挙句は自殺…。んま~!思いっきり禁忌破りまくってやがりますね~。こりゃ火刑に決定っしょ」

 

 『ガ…ギ…き…きょ…』

 

 「ほらほらどうした?神様に助けて下さいって祈らねえの?聖女サマなんざ火に焼かれながら最後までイエス様イエス様って祈り続けて、挙句『主よ、御身に全てを委ねます』とかおっしゃってやがったんだぜ?

 テメエも聖職者の端くれなら、それ位の根性見せやがれやクソ親父」

 

 『お、ガアアアアアア!!!』

 

 火柱から凄まじい絶叫が響き渡り、その苦痛に満ちた絶叫に杏子の母親は悲鳴を上げ、ももは泣き叫ぶ。そんな亡霊達の姿にマニゴルドは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

 「っ!!や、やめろ!!」

 

 と、家族の苦しむ姿に耐えきれなくなった杏子が、血相を変えてマニゴルドの前に立ちふさがる。一方のマニゴルドは焦った顔で自分の前に立っている杏子に向かって、怒るのでもなく意外そうにキョトンとした表情を浮かべる。

 

 「やめろ?何でだ?」

 

 「だ、だって、親父こんなに苦しそうじゃねえか!!自分の親が苦しんでるの見て平気でいられるわけねえだろうが!!」

 

 杏子は必死な表情でマニゴルドに訴える。が、マニゴルドはそんな杏子の言葉に、冷めた表情を浮かべながら馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

 「…ふーん、苦しそうだから、ねえ…。随分とまあ陳腐な理由だなァ、偽善者さんよ」

 

 「なっ!?偽善者、だ!?」

 

 突然の偽善者発言に杏子は逆上してマニゴルドを睨みつける。マニゴルドはそんな杏子に向かって馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

 「そうだろうが。そんな下らねえ理由で殺したい程憎い奴を救う奴なんざ、イカれてるか偽善者でもねェ限りあり得ねえよ。

 テメエも本当はこいつ等が憎いんだろうが?恨めしいんだろうが?散々自分を罵倒した挙句、自分を置いて家族一緒に死んだ親父が。そんな親父から自分を護ってもくれず、ただ怯えていただけのおふくろと妹が。

 別にそれが悪いとは言わねえぜ?むしろそれが健全、それが正常だ。それが出来ねェ奴なんざ、どこか感情が壊れてやがるか無理してるかのどちらかでしかねェ。

 お前もさあ、怒りゃあ良かったんだよこいつらに。反発して、怒鳴りつけて、殴るだの引っ掻くだのして思いっきり反抗すりゃあよかったんだ。全部テメエで背負いこむんじゃなくてな。

 そうすりゃお前、もっとマシな結果になったかもしれねえんだぜ?」

 

 「……!!!」

 

 マニゴルドから突き付けられた言葉に、杏子は思わず動揺する。

 自分が父を、家族を恨んでいた…?

 そんなことはない、という思考が頭をよぎるが、その考えは直ぐに疑念に変わる。

 本当にそうなのだろうか?自分は、自分は本当に家族を恨まなかったのだろうか?

 

 本当に自分は、あの時家族に憎しみを覚えなかったのだろうか…。

 

そんな戸惑いと葛藤を心の中で繰り広げる杏子を、マニゴルドは嬉しそうな笑顔を浮かべながら眺めている。

 

 「それとよ、勘違いしてるみてえだけどこれはテメエの親父の望んだ事でもあるんだぜ?」

 

 「な…、なんだって…?」

 

 「そっ、自分はもうあの世に居る価値も無い罪人だから魂ごと燃やしつくしてくれ、ってこいつが言ったんだぜ?ま、流石に死んだ後に自殺なんざ出来ねえしな、せめて俺が介錯してやってんのよ。ん~、俺ってやっさし~」

 

 マニゴルドが楽しそうに語る真実に、杏子は動揺して青白い火柱となった父を見る。青白い炎の中からかろうじて覗いている父の顔は、苦痛に歪みながらも杏子に向いている。

 

 『…そ、そうだ杏子…、これは、これは私の、選んだ事、だ…』

 

 「親父!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる杏子に、父親は炎に包まれたまま膝をつき、炎に焼かれる苦痛で息も絶え絶えな様子で涙を流し始める。

 

 『私は…、愚かだった…。世の……人々を……救うための……教えを…説こうと…、意気込んだ挙句……妻と…娘を…殺し…もう一人の……娘も……傷つけた……罪、人…だ……。

 そんな……穢れた……私など…地獄に、落ちる……価値、すら……無い……。

 魂を……焼かれ……消え去って……しまった……方が……』

 

 「おや…じ…」

 

 苦しげな表情でこちらを見てくる杏子に向かって父親は、蒼い炎に焼かれながら寂しげな笑顔を見せる。

 

 『……フフ……、そんな、顔を……するな……。お前が、気に病む必要は……無い……。

 お前や……家族に……何も……してやれず……苦しめ……泣かせた……せめてもの……罰、だ……。

 だから……もう、もう自分をせめるな、杏子……。お前の苦しみも……絶望も……私が……私が全て……持っていく……。お前は…、お前の…思うままに…生きて、くれ…、グウッ!!』

 

 『あなたッ!!』『おとーさん!!』

 

 炎の勢いが先程より増す。それによって苦痛も増したのか杏子の父は苦しげに呻き声を上げる。同じ亡霊である妻と娘は火の粉と熱に構わず駆け寄ろうとするが、父親は彼女達を片手を突き出して押しとどめると、杏子に向かって弱弱しげな、それでいて優しい、愛情の籠った笑顔を向ける。

 

 『最後に……ありがとう……杏子…。私達の、為に……魔法少女に……なってくれて……。本当に、今更だが……お前は……私の……自慢の……娘だ……』

 

 「お…やじ…」

 

 かつて家族一緒であった頃、魔法少女だとばれたときに、一度たりとも言われなかった感謝の言葉…。その言葉に杏子は呆然としてしまう。

 自分が魔法少女だとばれたとき、聴衆が集まったのは自分の願いの結果だという事を告げた時、父から自分に向けられた言葉は罵倒と悪意のみだった。

 ただの一度も、感謝の言葉を貰った事は無かった。それは、母や妹からも同様であった。

 その父親が、亡霊とはいえ自分の父親が、自分に、ありがとうと…。

 戸惑いを隠せない杏子は、目の前で燃え続ける父の姿を、ただただ見ているしか出来なかった。

 そんな霊である父と生者である杏子の会話を聞き終えたマニゴルドは、嘲笑を浮かべながら拍手をする。

 

 「はいはい何とも感動的なシーンで…。ンで、遺言は終わったか神父サマ?ンならテメエはとっとと逝けや。テメエの家族は俺があとで成仏させてやるから安心しな。

 つーわけで、GOOD LUCK」

 

 マニゴルドは父親を燃やす鬼火の火力を一気に引き上げようと、鬼蒼焔を生み出している小宇宙を少しずつ増大させ始める。

 その様子に彼が何をしようとしているのか気がついた杏子の母親と妹は、マニゴルドに縋りついた。

 

 『お願いです!!どうか、どうかあの人を殺すのはやめて下さい!!あの人ももう罪を悔いているんです!!代わりに私を、私を燃やして下さい!!』

 

 『おとーさんを、おとーさんをころさないで!!おねがいします!おねがいします!!』

 

 二人の幽霊は泣きながらマニゴルドに懇願する。夫を殺さないでくれ、代わりに自分が犠牲になるから、と…。

 一方のマニゴルドはそんな自分に泣きつく彼女達を、面倒くさそうに見降ろしている。

 

 「うぜえ、すっこんでろや」

 

 マニゴルドは何気なく指を一度弾いた。瞬間…。

 

 『あっ…、キャアアアアアアア!!!』

 

 『お、おかーさん!!』

 

 マニゴルドの足に縋りついていた母子の周囲を蒼い鬼火が取り巻き、まるで十字架のように彼女達を拘束していく。やがて彼女達は、蒼い炎の十字架に磔にされ、炎で焼かれる父親を見降ろす形となっていた。

 そんな磔にされた母子を眺めながら、マニゴルドはクックッと面白そうに笑みを浮かべる。。

 

 「積尸気魂縛鎖、霊体ならたとえ神でも律する鬼火の鎖…。ちょいとキリストっぽく十字架にアレンジさせてもらったぜ?精々そこでこの神父の処刑シーンでも見てな」

 

 『あ、ああっ…!!』『う、うう、おとーさん…、おとーさーん!!』

 

 杏子の母と娘は十字架から抜け出そうと身体を捩らせる、が、まるで全身を鉄の鎖で縛りあげられているかのようにびくともしない。

 そんな母子を無視してマニゴルドは再び杏子の父親に視線を向ける。彼は燃え盛る炎に全身を焼かれる苦痛で、もはや言葉を発することも出来ない状況であった。

 

 「苦しいか?痛いか?ま、そりゃ当然だよなァ。

 本当は燃え尽きるまで待っていても良かったんだがよ、俺にゃカルディアみてえな拷問趣味はねェし、とっとと送ってやろうかねえ…」

 

 マニゴルドはまるで杏子の父親を憐れむかのような口調でしゃべりながら、軽く人差し指を青白い火柱に向ける。今度こそ苦痛も何も無く一気に焼きつくすつもりなのだ。

 

 「じゃあな、今度こそGOOD LU…」

 

 と、途中でマニゴルドの言葉が止まる。それと同時に火柱の炎も少し弱まった。

 何事か、と杏子の父親はさんざん受けた苦痛でぼんやりとした意識の中、目の前の男を見上げる。

 マニゴルドは不機嫌そうな表情で青白い火柱とは別の方向を睨みつけている。

 

 「……おいコラ、何のつもりだ?クソガキ」

 

 「ハッ、んなの決まってんだろ」

 

 マニゴルドの鋭い眼光にひるむことなく、槍を頭上で一回転させると…、

 

 「……人の家族いたぶるテメエをぶちのめしてやろうってんだよ!!この蟹野郎!!」

 

 魔法少女となった佐倉杏子は、目の前の黄金聖闘士に向けて鋭い穂先を突き付けた。

 

 

 




 だいぶ遅くなってしまいましたが第20話無事に更新できました…。
 やはり原作とは関係ないオリジナル部分は文章化するのも楽ではありませんでした。
 本当はこの章で一気に杏子と家族の話を終わらせるつもりだったんですが、また次回に延期ということになりました…。
 最近連載していたNDも12月まで続きが延期になってしまいましたね…。こんなペースで完結まで見れるのかどうなのか…。

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