魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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そろそろ梅雨も終わりの時期ですが、皆様いかがお過ごしでしょう。
 こちらではあまり台風とかはきておりませんのでただ雨がうっとおしかっただけですが。
 今回はあの戦いの後の話及びほむら、マニゴルドと杏子一家との保護者面談の話です。



第16話 魔法少女の奇跡と喜び

 ほむらとマニゴルドの話が終わった時、教会内部は完全に静まり返っていた。

 教会内で音を立てるものは何もない。強いて言うならば入り口と破れたステンドグラスから入ってくる風の音が、唯一の音と言っても良いだろうか。

 マニゴルドとほむらが語った佐倉杏子の、魔法少女の真実。それは杏子の母を、ももを、そして何より杏子の父親の心に深い衝撃を与えた。

 

 『そんな…杏子が、あの子が私の為に…』

 

 「悪魔と契約…、てな訳だ。まあ本人も騙されてたからな。まさか最後はかつてテメエが正義の味方気どりで、今じゃグリーフシード目的で狩りまくっている魔女そのものになっちまうなんて知りもしねえだろうぜ」

 

 「連中は契約の時にはそう言う事は一切話さないし、話すとしても上手くはぐらかしてくるから、当然と言えば当然だけど。ただ契約して魔法少女になれば願いが叶うってメリットばかりを強調してくる、乗せられても仕方が無いと言えば仕方が無いけどね」

 

 マニゴルドのけだるそうな言葉、ほむらの淡々とした言葉を聞き、杏子の父は地面に崩れ落ちた。その後ろでは母親と妹がむせび泣いている

 

 『あの子は、あの子は私達の為に願ったのに!私はそれにも気付かず、あの子を魔女だと、悪魔だと罵って…!私は、私は…!!』

 

 父親は泣き叫びながら床を拳で殴りつける。無論霊体の為、拳は床に触れても傷一つ付かない、既に死んでいる為痛みも無い。それでも彼は、まるで己を責めるかのように、己を痛めつけるかのように地面を叩き続ける。

 杏子が、自分の娘が自分達の幸せを願い、自分の言葉を皆が聞いてくれる事を祈ってその魂を捧げたというのに、そんな彼女を自分は何も知らずに魔女と罵り、結果的に妻とももをその手にかけてしまうとは…!!

 

 『愚かだ…!!私は最悪の罪人だ…!!主の愛を受けるに値しない、地獄に落ちるべき人間なのだ…!!』

 

 『私も、私も何も知らなかった…!あの子がそんな重荷を背負っているなんて、私達の為に、自分を危険に晒してまで…!!ああっ…!!』

 

 『ひっく…おねーちゃん…おねーちゃん…』

 

 娘が、姉が今歩んでいる過酷極まりない運命に、死者となった家族達は涙を流し、陰鬱に泣き叫ぶ。ほむらは悲しみに暮れる亡霊達をどこか憐れそうな表情で見ていたが、マニゴルドはいかにも下らないと言いたげな表情で椅子にふんぞり返っていた。

 

 「はっ、今更よく言うなオイ。過ぎたるは及ばざるが如し、覆水盆に返らずって言うがよ、お前らはもう死んじまってんだから今更何言っても遅いだろうが。

 一応あの杏子ってガキは生きちゃあいるがね、まあ大分性根はねじ曲がって随分とワイルドな生活送ってるぜ?空き巣、万引き、無銭飲食…あと魔女増やす為に使い魔わざと逃がす、なーんてこともしてたな。

 まあそうなっちまったのも糞親父…、とそこでビービー泣いてやがる奥様とガキの責任もあるんだが、な」

 

 『え……?』

 

 マニゴルドの辛辣な言葉に、杏子の母親は驚愕の表情を浮かべる。その側で泣いていた杏子の妹も、しゃくり上げながらマニゴルドを見ている。

 

 『ま、待ってくれ!全て、全て私の責任だ!!私が愚かだったせいだ!!ももと、妻は関係ないだろう!?』

 

 「そう思うか?そうじゃねェんだよな~、これが」

 

 杏子の父親の反論を、マニゴルドは冷徹に切って捨てる。その表情は目の前の幽霊親子を侮蔑するかのような冷酷さで満ちていた。

 

 「そこのお袋さんとガキは、佐倉杏子がオヤジにいたぶられてる時に、親父から庇ったりしたか?泣いてる時に、慰めるようなことをしたか?そ・れ・と・も、『お父さんやめて~』とか言って親父止めるような事したか?

 やってねえだろ?どうせ酔ってトチ狂って暴れる親父怖さに何もできなかったんだろ?んで親父の暴力が自分に及べばテメエらも娘を責め始める…。それこそ自分達は完全な被害者です~、全部この子が悪いのよ~、ってか?

そして挙句の果てには一家心中、ついでに地獄にも神様の御許にも逝けずに未だに此処で彷徨ってる…。

ハッ、ヒャーハハハッハハハッハ!!ダーハッハッハッハッハッハ!!随分笑える話だなァオイ!ギャグかなんかにでもすれば大受けするんじゃねェのいやマジで!!」

 

 『あ……』『う…う…』

 

 マニゴルドの嘲笑に杏子の家族達の、特に杏子の母と妹の顔色は真っ青になる。

 確かに彼女達は、父親に虐げられる杏子を慰めることも、父親から庇う事もしなかった。

 自分達も同じような暴力を受けていたのもあるが、心の底では娘の事を、杏子を疎ましく思っていたのかも知れない。

 あの子が魔女だから…。あの子のせいで自分もこんな目に…。

 結果的にそれが、自分達を死に追いやり、杏子の心に深い傷を刻む原因になってしまった。

 もしも、もしも彼女を庇って夫を止めていれば、もっと違う未来があったかもしれなかったのに…。

 

 『あ、ああ…私が、私が弱かったから、何もしなかったから、あの子を、あの子を…!!うああああああ!!!』

 

 『ひぐッ!うええ…、お、おねえ、ちゃん、ご、ごめ、ごめ、なさ、う、うえええええ…!!』

 

 懺悔と悔恨に満ちた慟哭が、廃墟と化した礼拝堂に響き渡る。

 自分達の犯してしまった過ちに、もう取り返しもやり直しも出来ない罪に、母親と娘は泣き叫ぶ。そして父親も、今この場に居ない杏子に詫び続ける妻と娘と共に、己の過ちへの後悔と杏子への懺悔の言葉を吐きながら狂わんばかりに慟哭する。

 嘆き続ける亡霊を、マニゴルドは無表情で、ほむらは複雑な表情で眺めていた。

 

 「…マニゴルド、ちょっと言い過ぎたんじゃないの?」

 

 「テメエの責任も分からねェ馬鹿親にはこれ位言った方がいいのよ。むしろいい薬だぜ」

 

 ほむらの苦言にマニゴルドは表情も変えることなく言い返す。彼の態度にほむらは何か言いたそうな表情をしていたが、マニゴルドの無表情を見て、結局何も言わずに視線を亡霊親子に戻す。

 そんなほむらを見て、マニゴルドもやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 

 「ま、いつまでも泣かれてちゃあウザイ事このうえねえし…。んで、どうするんだ、お前ら」

 

 泣き喚く亡霊一家を眺めながらマニゴルドは、面倒くさそうな口調で問いかける。杏子の家族は、突然の問い掛けに未だに涙を流しながらも杏子の家族達はマニゴルドの方を向く。亡霊性質の陰気な視線に対し、マニゴルドは動じる事無くフン、と馬鹿にするかのように鼻を鳴らす。

 

 「どうするんだっつってんだよ?このまま此処で一生メソメソ泣いているか?それとも俺が直々に、あの世に送って差し上げようか?…それとも、もう一度テメエの娘に会わせてやろうか?」

 

 『…!!きょ、杏子に会えるのか!?』

 

 マニゴルドの言葉に、杏子の家族は顔色を変えて身を乗り出す。既に涙は止まっており、その瞳には娘に会えると言われたことからか先ほどの暗い雰囲気が無くなっていた。

 そんな亡霊親子を見て、マニゴルドはどこか意地悪げな表情を浮かべた。

 

 「ほー、娘に会いたいかよ。だがよ、会ってどうすんだ?たとえ会えたとしても嫌というほど恨み事言われて罵詈雑言叩きつけられっぞ?多分。それこそてめえらなんざもう親でも子でもね ェ!!二度と顔見せるな位言われっかもしれねェぞ?まあ言われて当然の事してんだからしょうがねェが、な。娘にンな事言われるくらいなら人知れず成仏したほうがいいんじゃねえか?」

 

 マニゴルドから突きつけられた言葉に、杏子の家族は凍りついたかのように沈黙した。その表情も初めて見たときのような暗い表情に戻っていた。が、やがて杏子の父親が若干震えながら口を開いた。

 

 『…それ位覚悟している。あの子の憎悪なら、幾らでも受け入れる覚悟だ。…だが、それでも私はあの子に、会わなければならない。会って、言わなくてはならない事があるんだ…』

 

 「なんだ?非行やってる娘に説教でもするつもりですかお父さん?アンタそんな事言える資格あんの~?随分と偉いねェ~」

 

 マニゴルドは杏子の父親を馬鹿にするかのようにニヤニヤと笑みを浮かべる、が、杏子の父親はそんなマニゴルドの茶化しに怒る事無く弱弱しい笑みを浮かべながら首を左右に振った。

 

 『…あの子に、説教する資格等、私には、無い…。私は、ただ、謝りたい。あの子に、杏子に詫びたい。それだけだ…』

 

 父親の蚊のように小さな声に、マニゴルドは笑みを引っ込めると、憮然とした表情で杏子の父親を睨みつける。

 

 「謝る、ねえ…それで佐倉杏子が許してくれるたあ思わねェけどねェ…」

 

 『許してもらう気など、さらさらない。むしろあの子には私を恨み、呪うべきだ。そうであって欲しい。ただ、私はあの子に一言だけ、一言だけでいいから謝りたい…。ただの自己満足かもしれないが、それだけなんだ…』

 

 『あなた…』『おとーさん…』

 

 悲しげに呟く父親の姿を、妻とももは辛そうな表情で見ていた。

 マニゴルドはそんな姿を黙ってみていたが、やがて大仰に溜息を吐く。

 

 「はーッ、分かったよしゃあねえな。ならテメエらが佐倉杏子に会えるよう、俺が何とかしてやるよ。…ただし」

 

 マニゴルドの表情が、再びあの冷酷な笑みに変わる。

 

 「…その代償に、テメエの魂を、俺が貰うぜ?」

 

 

 シジフォスSIDE

 

 まどかを救出し、魔女の討伐も終えたシジフォスは、黄金聖衣をテレポートさせるとさっさとその場を立ち去ろうとしていた。

 と、いきなり物陰から何者かの影が飛び出してきた。が、シジフォスは突然現れた人物に驚く事無く、やれやれと肩を竦めた

 飛び出してきた人影の正体はまどかが救援で呼んだマミであった。急いできたのか既に魔法少女の姿で息を切らしていた。

 

 「あ、し、シジフォスさん!?あ、あのまどかさんは無事なんでしょうか!?電話貰って、魔力感知してたら此処だって反応があって!!で、でも突然反応が消えちゃって…」

 

 「落ち着いてくれマミ。残念と言うべきか幸いと言うべきかもう魔女は討伐した。そして、これは俺にとっては残念な話だが、…さやかが契約した」

 

 「えっ!?さ、さやかさんが!?」

 

 シジフォスの言葉にマミは仰天する。どうやらもう魔法少女にならないだろうと考えていたさやかが魔法少女になった事が相当予想外だったようだ。

 

 「まあとにかく、だ。彼女達はあの工場にいる。さやかが何故魔法少女になったかは、本人に聞くといいだろうな」

 

 「あ、は、はい!じゃあ失礼します!!」

 

 マミはシジフォスに一礼すると、まどかとさやかが居るといわれた工場に向かって走っていった。その後姿を見送ると、マミが飛び出してきた物陰に再び目を向ける。

 

 「…で、いつまで隠れているんだ?アルバフィカ」

 

 「む、ばれていたか」

 

 シジフォスが声をかけると、物陰から私服姿のアルバフィカが現れる。どうやらマミにこっそり着いてきていたらしい。

 

 「わざわざ彼女の護衛か?お前も面倒見がいいな」

 

 「念には念を入れて、だ。どのようなイレギュラーが起こっても対処できるようにしておくのが得策だろう」

 

 アルバフィカは肩を竦めてシジフォスのすぐ隣を通り、マミが駆けていった工場に視線を向ける。その瞬間シジフォスは一瞬不審そうな表情を浮かべるが、すぐに視線を工場に戻す。

 

 「どうやら、美樹さやかが魔法少女になったらしいな」

 

 「…ああ、予定通りといえば予定通りだが、どうせなら防ぎたかったよ」

 

 「仕方がない。あまり大規模な歴史改変は避けるべきだ。出来る限り本来の流れに沿ったほうがいいと、一刀も言っていたしな」

 

 「ああ…、そうだ、な…」

 

 シジフォスはチラリとアルバフィカに視線を向けると、再び視線を工場に戻す。

 

 「…ところで、『本体』のお前は今どうしてる?今頃部屋でのんびり茶でも飲んでいるのか?」

 

 突然シジフォスは振り向かずにアルバフィカに問い掛ける。その問いに対してアルバフィカは眉を顰めた。

 

 「本体?何の事だ?今この場にいる私が魚座のアルバフィカに決まっているだろう?」

 

 「そうか…、ならば、試してみるか…!!」

 

 シジフォスが呟いた次の瞬間、シジフォスはアルバフィカ目掛けて拳を振るう。

 常人には視認する事すらも不可能な速さで、当たれば人間の骨など軽く粉砕するであろう威力の拳がアルバフィカの顔面目掛けて飛んでくる。

そのまさに凶器ともいえる拳を、アルバフィカは避けることなく右手で掴み、受け止める。

 と、次の瞬間アルバフィカの右腕が棘だらけの茨と化し、逆にシジフォスの拳を棘でズタズタに切り裂こうとする。シジフォスは瞬時に腕を引くが、茨は今度はシジフォス本人を引き裂こうと襲いかかってくる。

茨は大木ほどの太さで、鉄をも切り裂きかねない棘を光らせてシジフォスに迫る。が、シジフォスは飛んでくる茨をバックステップで回避し、逆に茨を拳で殴りつける。拳の一撃に茨は爆発するかのように千切れとび、茨の欠片は地面に落ちて消滅する。そんなダメージを受けても、アルバフィカの表情はまるで痛みを感じていないかのように平然としていた。

 そんな彼を見たシジフォスはニッと笑みを浮かべる。

 

 「…やはりミミックローズか。やはり心配性だな、お前は」

 

 「万が一、と言う事もあったからね。一応これなら私の毒の血に彼女を巻き込む心配が無い」

 

 目の前のアルバフィカは、否、アルバフィカそっくりの分身は笑いながら自分の身体を撫でる。

 

 ミミックローズ。再び生を受けた彼が編み出した新しい技。

 薔薇に己の細胞を組み込むことによって、薔薇から己そっくりの分身を作り出すという技である。 己の細胞を使用する性質の為、限りなく自分と同じ存在を作り出すことが可能で、さらにアルバフィカが調整することで分身の体内の毒の血の濃度、強さを自由に調整、あるいは毒の血そのものが無い分身を作り出すことも可能である。そして分身はオリジナルのアルバフィカと知覚を共有していることから、偵察や隠密行為にも使用できるという汎用性の高い技である。

 目の前の分身は、能力を抑えたうえで、且つ血の毒性を限りなくゼロにした分身である。

 戦闘能力的には到底オリジナルのアルバフィカには及ばないものの、それでも冥界三巨頭ならば一対一でも互角の勝負が出来るレベルの能力は持っている。

 

 「しかしよく私が偽物と分かったな。この分身は私の細胞を使っているから小宇宙も私とほぼ同じだ。それこそアスミタ以外にはほぼ見破られる事はないと思ったのだが」

 

 「先程お前の肩が俺の肩に触れた。他人と触れ合う事を避けるお前にしては相当珍しい。しかも俺の拳を避けずに受け止めるのなら、それこそ分身でもない限りありえないさ」

 

 「成程、よく分かった。それは迂闊だったな」

 

 シジフォスの指摘に、アルバフィカは苦笑いを浮かべる。

 アルバフィカは毒の血の体質から、他人と触れ合う事は極力避けている。それこそ他人からは常に1、2メートル以上離れて行動し、人混みや満員電車にはどんなことがあっても近付かないと言う徹底ぶりだ。

 そんな彼が自分からシジフォスに近付き、あまつさえ自分の身体をぶつけても何も気に留めなかった、これが第一におかしい点だ

 また、アルバフィカは鍛錬として行われる黄金同士の模擬戦でも、出来うる限り他者の攻撃は回避して対処している。敵との戦いならばどれだけ血が飛び散ろうとも関係ないが、同胞である黄金聖闘士に関しては、自身の血を浴びせない様に気を使わなくてはならないため、攻撃を喰らうどころか、その身で受け止めることも出来ないのである。

 だが、このアルバフィカはいつもは避けるであろうシジフォスの拳を片手で受け止めた。ならばこのアルバフィカは偽物、若しくは分身である可能性が高いと判断したのだ。

 

 「やれやれまさかそんなミスで気付かれるとはな。私も少し気が緩んだか。…まあいい。これからは気をつけるとしよう。

まあもう魔女も倒されているし、まどか達は無事だろうから私の役目はなさそうだな。なら、私はこれで失礼するとしようか。ではな、シジフォス」

 

 アルバフィカの分身がまるで悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべた瞬間、その身体が一瞬の内に塵となって崩れ去った。そして、アルバフィカの分身が居た場所には、たった一輪の赤い薔薇の花が落ちていた。シジフォスは薔薇を拾い上げると、薔薇の茎を指で回しながら苦笑いを浮かべた。

 

 「…マニゴルドじゃないが、もう少し気楽になったほうがいいだろうに。全く…」

 

 シジフォスは溜息を吐くと、踵を返して暗くなった路地を歩き去って行った。

 

 

 恭介、デジェルSIDE

 

 さやかが魔法少女になった日の翌日、デジェルは恭介の見舞いの為に病院を訪れていた。

 今回は見舞い以外に、彼に勉強を教えるという約束もしてある。

 入院している間の学業の遅れを取り戻したいとの事であったので、デジェルも快諾して今日、彼に勉強を教える事となったわけだ。

 知識欲が旺盛であるデジェルは、生き返ってからは物理学、化学等の現代世界の知識に興味を持ち、それらの本を買いあさっては日夜読み耽っていた。あまりに夢中になりすぎて二週間、飲まず食わず且つ徹夜で読書をし続けた事もあった。

 その知識欲を買われ、最近は依頼主の通っている学園で教師の職に就いている。

豊富な知識とルックスの良さ、そして教え方が上手いのもあってか学園の生徒からの評判も上々であり、本人も教師生活をそこそこ楽しんでいる。

 ちなみに現在は任務の為に教師はしばらく休業している。

 

 「…ま、この任務が終わればまたしばらくは教師生活だが、な」

 

 聖闘士なのに副業で学校の教員をやっているという聖戦時では考えられなかった現在の我が身に対し、デジェルは可笑しげに笑みを浮かべる。

 恭介の病室のドアの前に立ったデジェルは、いつもどおり部屋を軽くノックする。

 

 「あ、はい!どちらさまですか?」

 

 「私だ、デジェルだ。見舞いに来たんだが入ってもいいかな?」

 

 「あ、デジェルさん!どうぞ!」

 

 ドアの向こうから恭介の明るい声が聞こえてくる。それを聞いてデジェルはおや、と少し驚いた。

 確かにさやかに向かって失礼な事を言った彼を一喝し、彼を反省させはしたものの、バイオリニストにとって死刑宣告とも言える診断を受けて、此処まで明るくなれるものだろうか…。

 

 (…まさか)

 

 デジェルは『ある事』を思い出した。

 もしそれが本当ならば、彼がここまで明るいことも説明が付く。そして、昨日のさやかの行動から言っても…。

 デジェルは不安を感じながら、病室のドアを開ける。

 個室には、いつも通りベッドに横になっている恭介が居た。

 ただ違うのは、先日までは表情にあった影が、今ではほとんどなくなっている事…。

 

 そして…。

 

 「あ!デジェルさん!聞いてください!腕が、左腕が動くようになったんですよ!!」

 

 …全く動かず、医者からも見放された左腕が、今では完全に動くようになっていた事だった。

 デジェルは恭介の腕を見て、自身の予想が当たった事を知った。

 

 (しまった…。恭介に説教をする事ばかり目が行き過ぎて、契約するさやかにまで目を向けていなかった…。恐らくあの後、キュゥべえと契約して恭介の腕を治したのか…)

 

 喜ぶ恭介とは反対に、デジェルはさやかにも目を光らせるべきだったか、と内心後悔していた。確かに依頼主はさやかの魔法少女化は織り込み済みとは言っていたが、デジェルとしては、この後待ちうけるあまりにも悲惨な運命から彼女を救ってやりた勝ったのが本音だ。

 だが、魔法少女化してしまったのならば、もはやさやかに残されている未来は二つしかない。

 魔女化、若しくは死だ。

 

 (だが、まだ何とかなる…)

 

 魔女化ならば、マニゴルドの積尸気冥界波で未然に防ぐことが可能だ。例え魔女化しても、元の肉体が残っていれば…。

 

 「…あの、デジェルさん、どうしたんですか?そんな、怖い表情をして…」

 

 と、思考に沈んでいるデジェルの耳に、心配そうな恭介の声がはいってくる。ふと視線を向けると、そこにはどこか困惑したような、そしてどこか怯えた表情の恭介がこちらをジッと見ていた。

 

 「ん、ああ、何でもないよ。治らないと言われていた腕が今日いきなり治っていたからつい驚いてね」

 

 「そうですか、僕も驚いちゃいましたよ。夜中にふと目が覚めたら腕が動くようになってるんですから。まるで奇跡か魔法でも起こったみたいで…。先生も奇跡だって驚いていました」

 

 奇跡は奇跡でも悪魔と契約して起こした奇跡なのだが、な…。デジェルは内心苦々しく思いながら、嬉しそうに笑う恭介を見つめていた。

 まだ彼に真実を語るわけにはいかない。まず信じるはずが無いだろうし、たとえ信じてもそうなったらこの世界の歴史が大幅に狂う。

 出来る限り正史通りに事は進めなくてはならない。イレギュラーな事態は出来る限り避けなくては…。デジェルは笑顔を浮かべる恭介を眺めながら心の中ではこれからの事について考えを巡らしていた。

 

 「…それはそうと恭介君、さやか君には連絡をしないのかい?あんなにも君を甲斐甲斐しく世話をしてくれたんだ。一番に連絡してあげるのが筋だろう?」

 

 「あ、はい。もう既にさやかに連絡しました。直ぐに来てくれるそうです」

 

 さやかの事を聞いた時、恭介の頬が少し赤くなった。どうやらさやかへの感情も少しずつではあるものの変化が生じているようである。それはそれで喜ばしい事だが…。

 

 「でも、本当に来てくれるかどうか、不安なんです…。あんなひどいことを言ってしまって…」

 

 と、恭介は苦しげな表情で俯いた。やはりさやかに暴言を吐いてしまった事を悔んでいるようだ。心ならずも彼女を傷つけてしまった事に少なからず反省しているようだ。

 デジェルはそんな恭介の態度に少し安心しながらも、彼の肩を優しく叩く。

 

 「大丈夫だよ、さやか君はそんな娘じゃない。あんな程度で君の事を見限るような事はしないさ。それに…」

 

 「…?」

 

 「…もうすぐそこまで来ているよ」

 

 デジェルの言葉に恭介が首を傾げていると、ドアの向こう側から誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。足音は部屋のドアの前で止まり、次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。

 

 「やっほー♪恭介~、元気にしてた~?さやかちゃんが来てあげたぞ~♪」

 

 「さやか!」

 

 ドアの向こう側から、さやかが弾けるような笑顔で病室に飛び込んできた。そんないつも通りの明るい彼女を見て、恭介もホッとしたのか嬉しそうな笑みを浮かべる。

 デジェルは嬉しそうに笑うさやかを、複雑な表情で眺めていた。

 そんな彼に構わず、さやかは恭介と話を続ける。

 

 「恭介、腕治ったの!?」

 

 「うん、夜中に急に目が覚めて、そしたら左腕が動くようになっててさ。先生も奇跡だって言ってたよ!」

 

 「へー!きっとそうだよ恭介!頑張って腕を治そうと頑張っている恭介を神様が助けてくれたんだよ!!」

 

 「そ、そんな事言われたら照れるよ、さやか…」

 

 さやかの言葉に恭介は顔を真っ赤にして照れる。そんな恭介を楽しそうにからかうさやか…。そんな二人をデジェルは微笑ましげに、だが少し痛々しげに眺めていた。

 さやかにからかわれていた恭介は、何かを思い出したように表情を変えると、真剣な眼差しでさやかを見る。

 

 「…さやか」

 

 「ん?どったの恭介?」

 

 いきなり真面目な表情になった恭介に、さやかはキョトンとした表情を浮かべる。そんなさやかに向かって恭介は…、

 

 「…昨日は、ゴメン!!」

 

 ベッドに横になったまま頭を下げた。

腕は動かせるようになっても、脚はまだ立って自由に歩けるまでには回復していないため、これが彼なりの精一杯の謝罪だった。

 

 「ちょ、ちょっと恭介!!頭上げてよ!!昨日のことなら気にしてないから!!」

 

 「そういうわけにはいかないよ!!さやかは僕の為にお見舞いに来てくれて、CDも持ってきてくれるのに、僕はさやかにあんな酷い事を…。本当にゴメン!!この通りだ!!」

 

 頭を下げる恭介をさやかは必死に押しとどめるが、恭介は頭を上げようとしない。やはり大切な幼馴染を自分の私情で傷つけた事が、彼自身許せないのだろう。

 

 「クックック、恭介君、ほらね、大丈夫だったろう?」

 

 「は、はい!!デジェルさん!!」

 

 「ひゃ!?で、デジェルさん!?い、いつの間に!?」

 

 「……いや、ずっと居たよ、私は」

 

 さやかはどうやら恭介との会話に夢中になってたせいで、デジェルが眼中に入って無かったようだ。デジェルがベッドに近付いて恭介の肩を優しく叩いた時にようやく気付き、さやかは素っ頓狂な悲鳴を上げる。そんなさやかにデジェルは苦笑いを浮かべた。

 

 「やれやれ愛しの彼に会えて私など眼中になかったか?お熱いことだが少しショックだぞ?」

 

 「い、いえいえいえいえべ、別にそんなわけじゃ!!そ、その、ご、ごめんなさい気が付かなくて!!」

 

 さやかは顔を真っ赤にして首を猛烈に左右に振り回す。そんなさやかを見て恭介は思わず噴き出し、デジェルもおかしそうにクスクスと笑いだす。

 

 「んも~!!二人共笑わないでよっ!!…恭介っ!!笑うなー!!うりゃー!!」

 

 「んがっ!?ちょ、い、痛い痛いさやか~!!ぼ、僕怪我人なんだからもう少し手加減を…」

 

 「問答無用!!乙女の純情踏みにじった恨み!!今ここで晴らしてくれようぞ~!!」

 

 「ちょ、まっ、アッー!!で、デジェルさーん!!わ、笑ってないで助けて下さーい!!」 

 

 さやかにプロレス技をかけられ、悲鳴を上げる恭介をデジェルは微笑ましげな笑みを浮かべて眺めていた。

 さやかはしばらくそんな風に恭介とふざけ合っていたが、ふと、病室の壁にかかっている時計に目を向ける。

 

 「…そろそろ、かな…」

 

 「?さやか、どうしたの?」

 

 「ううん、ねえ恭介、ちょっと外に出ない?」

 

 「え?いいけど…」

 

 恭介の返事を聞いたさやかは、壁の側に置かれていた車椅子をベッドの近くに移動させる。恭介は両足を引きずりながら車椅子に乗ろうとする、が、ベッドから落ちてしまいそうで危なっかしい。見かねたさやかが手を貸す為に駆け寄ろうとする。

 

 「よっと」

 

 「わわっ!!デジェルさん!?」

 

 と、デジェルがさやかと恭介の間に割り込み、恭介を両腕で抱え上げた。所謂お姫様抱っこで持ち上げられた恭介は、驚きと恥ずかしさから顔を真っ赤にする。そんな恭介の様子にデジェルは面白そうに笑う。

 

 「ハハ、そう恥ずかしがる必要はないだろうに、…と」

 

 デジェルは抱えた恭介を車椅子に座らせると、両手を放す。その一部始終を、さやかはポカンとした表情で眺めていた。

 

 「ほへー、デジェルさんって力あるんですねー…」

 

 「これでも鍛えているからね。君もいつか彼にしてあげるといい」

 

 「えへへ…、はいっ!!」

 

 「いや…、普通男の僕がさやかにしてあげるんじゃ…」

 

 「君は足が治ってから、だな」

 

 「はあ…」

 

 恭介はどこか釈然としない表情で車椅子の背もたれに寄りかかる。さやかは車椅子を後ろから押して病室の入り口まで移動すると、デジェルに向かって振り向く。

 

 「あ、良かったらデジェルさんも一緒に来ませんか?」

 

 「ん?なんだ二人でデートでもするんじゃないのか?」

 

 そろそろ出ていこうと考えていたのか手荷物を纏めていたデジェルは、意地悪げな笑みを浮かべてそんな発言を繰り出す。デジェルの発言に恭介とさやかは再び顔を真っ赤にした。

 

 「え、えええ!?で、デート!?さ、さやか!ぼ、僕嬉しいけどまだ心の準備が…」

 

 「ちょっ!!恭介違うから!!デジェルさんも誤解するようなこと言わないでください!!…ちょっと屋上に用があるの!!ほら行くよ恭介!!」

 

 さやかは恥ずかしそうにしながら車椅子を押していく。デジェルも折角の誘いという事で彼等の後ろから着いていく事になった。

 病室を出た三人はエレベーターに乗り、屋上まで上がっていく。

 

 「ねえさやか、屋上に一体何があるの?何かイベントがあるとか聞いてないけど…。

 

 「ぬふふ~。それは到着してからのお楽しみなのだ~」

 

 エレベーター内でさやかと恭介はそんな会話をする。無論デジェルは屋上で何があるかは知識として知っているので黙っている。

 エレベーターのドアが開かれ、屋上に到着すると、そこには白衣を着た医師や看護士達、そして恭介の両親が集まっていた。

 一様に拍手して恭介を迎える面々に、恭介は戸惑いを隠せないようだ。

 

 「え、えっと、さやか…これって…」

 

 「えへへ、本当は退院してからお祝いしたかったんだけど、足より先に手が治っちゃったからね」

 

 さやかは戸惑う恭介を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。恭介はそんなさやかの笑顔にただただ呆然とするしかなかった。

 と、恭介の父親が車椅子に座った恭介に近付き、恭介に向かってバイオリンを差し出す。

 

 「あ、父さん、これって…」

 

 「お前から処分してくれと言われていたが、どうしても捨てられなかったんだ」

 

 父親からバイオリンを手渡された時、恭介の表情が歪み、今にも泣きそうな表情になった。だが、恭介は涙をこらえながらさやかに視線を向ける。

 そして、さっき病室で言えなかった言葉を口にした。

 

 「さやか…、ありがとう。本当に、ありがとう。ほんとうはこんな程度じゃ足りないくらい感謝してるんだけど…」

 

 「え、ちょ、ちょっと!恥ずかしいよも~…」

 

 恭介の感謝の言葉にさやかは恥ずかしそうに、だけどそれでも嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 「さて、それじゃあ恭介君、折角完治したのだから一曲バイオリンを奏でていただきたいんだが…?」

 

 「え、で、でも…」

 

 「大丈夫だ、今の君なら弾けるはずだ」

 

 デジェルは恭介に近付くと笑顔で囁いた。恭介はデジェルの提案に戸惑っていたが、デジェルからの励ましを受けて、コックリと頷いた。デジェルは恭介の車椅子を屋上の中央にまでおしていき、戻りがけにさやかの耳にこっそり囁きかける。

 

 「…すまないがさやか君、この演奏会が終わったら一度病院の中庭にまで来てくれないか?話がある」

 

 「…ふえ?いいですけど…」

 

 突然のデジェルの申し出にさやかは戸惑いながらも了承の言葉を述べる。デジェルはさやかの返事を聞くと、バイオリンを構える恭介に視線を向ける。

 

 「…この演奏を、さやかに、そして僕がお世話になった皆さんに送ります」

 

 恭介は久しぶりに、そして怪我から復帰して初めてバイオリンを奏で始める。

 バイオリンの音色は屋上に響き渡り、屋上に居る観客達はその音色に聞き惚れる。

 長いブランクがあったせいか、所々失敗はあったものの、それでもその演奏には魂が、心がこもっており、デジェルもその音色に思わず聞き惚れていた。

 そして、演奏が終わると観客から割れんばかりの拍手が恭介に贈られた。恭介は、泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情で観客を、そして自分を何時も見守ってくれていた少女に感謝の思いを込めて礼をした。

 コンサートが終わると、さやかはすぐさま恭介に駆け寄って話しかけ始める。恭介も照れ笑いしながらさやかの言葉に応じていた。

 デジェルはそれを確認すると、そのまま屋上から中央広場に移動する。

 未だにコンサートの余韻が残ってはいたものの、今のデジェルは浮かない表情を浮かべている。

 

 「思えばこのコンサートが、彼女にとってもっとも幸せな時間だった、か…。そこからだんだんと下り坂を転げ落ちていく。…皮肉なものだな」

 

 誰も居ない中央広場で、植木に寄りかかるデジェルの呟きは、夕焼けの空に消えていった。

 20分ほど経過した時、病院の方からさやかが走ってくるのが見えた。デジェルは持たれていた植木から背を放すと、片手を軽く上げて合図する。デジェルの前に到着したさやかは、息を弾ませながら笑顔を見せる。

 

 「あははー、ごめんなさいデジェルさん。ちょっと遅れちゃって…」

 

 「いや、構わないさ。折角想い人と話が出来たんだ。私は気にしていないよ」

 

 「お、想い人って…、そんな…」

 

 デジェルの言葉にさやかは顔を真っ赤にする。デジェルは穏やかに笑いながら中庭に植えられた樹を眺める。自分とデジェル以外誰も居ない中庭で、さやかは少しドキドキしていた。なにしろ目の前に居るのは性格よし頭脳よしの美系のお兄さんなのだ。いくら恭介という想い人が居たとしてもドキドキしないはずが無い。

 

 「え、えーっとそれでデジェルさんあたしに何か?ま、まさか愛の告白!?キャー!さやかちゃん照れちゃうな~♪なんちゃって」

 

 「……」

 

 さやかは頬を染めて恥ずかしそうに体を揺らす。が、デジェルはさやかの冗談に反応を示さず、黙ったままであった。

 その視線はさやかではなく夕暮れ時の空に向いており、その表情はどこか悲しくもつらそうな雰囲気が漂っている。

 

 「…あ、あの?デジェルさーん」

 

 冗談にも反応を示さず、何処か影のある表情で沈黙しているデジェルにさやかは不安そうな表情を浮かべる。デジェルはさやかに視線を向けると、重々しげに口を開いた。

 

 「さやか君、君に一つ聞きたいんだが…、君は、キュゥべえと魔法少女になる契約をしたのか?」

 

 「えっ!?」

 

 唐突なデジェルの発言に、さやかは驚愕の表情を浮かべる。

 それは当然だろう、魔法少女とは関係がないと考えていたデジェルから、キュゥべえ、魔法少女という言葉が出てきたのだ。さやかは動揺を隠しきれない。

 動揺する彼女を無視して、デジェルは言葉を続ける。

 

 「願いは…恭介君の腕を治す事、だろう…?己の為ではなく愛する人の為に願うのは感心だが…、もう少し考えるべきだったな。君は少し短慮に過ぎる」

 

 「ど、どうして魔法少女の事を…」

 

 さやかは驚愕の表情を浮かべながら後ろに下がる。そんな彼女を何処か悲しげな眼で見ながら、デジェルは構わず言葉を続ける。

 

 「奴の、キュゥべえの言葉を真に受けて魔法少女になったのだろうが、もう少し奴を疑った方が良い。何故魔法少女を増やそうとするのか、何故自分達の願いを叶えようとするのか、そしてそもそも、魔女とは何なのか、ということをね。

 どうやら君は、彼女、巴マミに感化されすぎているようだな。街を護る正義の味方、それが魔法少女だ、と…。やれやれ、彼女も悪気は無いんだろうが、困ったものだ…。お陰で何も知らない人間にまで妙な憧れを抱かせてしまう…。」

 

 「…貴方は!一体何なんですか!!さっきから聞いていれば魔法少女の事やマミさんの事をボロクソ言って!!幾ら恭介のファンでも言っていい事と悪い事があるんですよ!!」

 

 マミと魔法少女の事を悪く言われた事に怒ったのか、さやかは両手を握りしめてデジェルを睨みつけてくる。そんな彼女の視線に、デジェルは肩をすくめやれやれと首を振った。

 

 「まあいい、もう隠す理由も無いか…。なら、私の正体を明かすとしようか」

 

 デジェルがポツリと呟いた瞬間、デジェルの周囲を冷気と雪が吹き荒れる。それはまるで、その地点だけブリザードが発生したかのようであった。

 出現した吹雪は彼の身体を覆いつくし、あっという間にさやかはデジェルの姿を認識することが出来なくなる。

 

 「え!?な、何!?何が起こって…」

 

 さやかは目の前の現象に戸惑い、思わず魔法少女に変身する事も忘れてしまっていた。

 と、突然吹雪が爆ぜ、その中から黄金の光が放たれる。

 まるで太陽と見紛うばかりの黄金の光が段々と収束していくと、そこには、黄金に輝く鎧を身に纏ったデジェルが立っていた。

 

 「そ、その鎧、ま、まさか…」

 

 デジェルの身体を覆う黄金の鎧に、さやかは目を見開いて驚愕していた。

 なぜならその鎧は、形状こそ違うものの、間違いなく彼女が見知っているものだったのだから…。

 彼女の言葉に答えるかのように、デジェルは軽く頷いた。

 

 「そう、私もまたシジフォス達と同じく黄金聖闘士の一人、水瓶座のデジェル。十二宮の十一番目、宝瓶宮の守護を任された黄金聖闘士だ」

 

 「ええッ!?」

 

 さやかは驚きのあまりあんぐりと口をあけて呆然としてしまう。

 さやかにとって、デジェルはイケメンで物知りな気のいいお兄さんといった認識しかなかったため、彼の正体を知ったときの驚きも一際大きかった。

 そんな彼女の驚きように、デジェルは思わず笑みを浮かべてしまいそうになったが何とかそれを抑え込み、真面目な表情でさやかを見る。

 

 「…話を続けるが、君は魔法少女になったことで、これから多くの過酷な運命に苛まれていくだろう。魔法少女というものの正体という、ね」

 

 「ま、魔法少女の、正体…?」

 

 目の前のさやかは、デジェルの言葉を震えながら聞いている。まだ彼が黄金聖闘士だと言う事への驚きから抜け切れていないのもあるが、彼の言葉にたとえようもない重みを感じるのだ。

 

 「…今はまだ答えられない、が、もしもそれを知ったら、君は後悔することになる。魔法少女になったこと、そして…、安易に契約をしてしまったことを、ね…」

 

 デジェルはそれだけ言うと呆然とこちらを見ているさやかを放ってそのまま立ち去ろうとする。

 

 「ああ最後に一つだけ忠告だ」

 

 去り際にデジェルは背後を振り向く。

 

 「自分の気持ちに、正直になった方が良い。想いは秘めたままでは伝わらない。魔法少女になろうと、何になろうと君は君だから、ね…」

 

 「え…?それって、どういう………!?!?」

 

 デジェルの言葉に訳が分からないと言いたげな表情をしていたさやかは、言葉の意味に気が付くと顔を真っ赤にしてオロオロし始める。そんなさやかを尻目に、デジェルはさっさとその場から歩き去っていった。

 

 (秘めたままでは想いは伝わらない、か…。私が言っては説得力が無かったか、な…)

 

 いつの間にか黄金聖衣を外し、自宅へとテレポートさせたデジェルは、苦笑いを浮かべながら、かつての自分を、ブルーグラードで修業をしていた頃の自分を思い出す。

 厳しい極寒の地で領主の息子と友情を結び、共に夢を語り合ったあの頃、自分はとある女性に出会った。

 領主の娘であり、親友の姉でもある彼女は、誰にでも分け隔てなく優しく接する、まるで極寒の地を照らす太陽のような人であった。

 そんな彼女に、幼い自分はいつしか淡い想いを抱いていた。結局告白の一つもする事無く、生き返った今となってはもはや幼い頃の思い出となってはいるが、思えばあれがデジェルにとっての初恋というものだったのだろうか…。

 

 「あの時に告白をしていたら…フッ、ガラでもないな」

 

 それにもし彼女に告白したと知れたらあの若干シスコンの気がある親友に殺されていたかもしれない。流石にそれはごめんだと笑いながら夕焼けの空を眺める。

 

 「私の初恋が実らなかった分、彼等の恋が実ってくれればそれでいい。彼らには、幸せになってほしい」

 

 そうでしょう?セラフィナ様。デジェルは穏やかな笑みを浮かべながら、あの太陽のような笑顔を思い返していた。

 

 

 




 木遁分身なのですが、流石にそのまま使うのはまずいということで名称を変更して修正いたしました。


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