魔法聖闘士セイント☆マギカ   作:天秤座の暗黒聖闘士

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第8話 毒薔薇の誇り、変革する運命

 

 「ごちそうさま、美味しかったよマミ」

 

 「うふふ、お粗末様です。あ、後片付けしますから座って待っていてください」

 

 アルバフィカは夕食を食べ終わると、作ってくれたマミに向かって礼を言う。マミはアルバフィカの言葉に嬉しそうな表情で返事を返した。

 マミが調理したのは冷蔵庫にあった物を使ったスパゲッティと野菜サラダであった。

 料理は慣れているものの他の人に食べてもらうことはほとんど無かったため、どうなるか不安だったものの、アルバフィカは「美味しい」と言ってくれたのでホッとしていた。

 

 「いや、片付けは私がやろう。何でもかんでも君にやらせるのはさすがに申し訳ない。君はゆっくり休んでいてくれ」

 

 アルバフィカはそう言ってテーブルに置かれた食器を手に持つと、キッチンの中に入っていった。マミは食器に手を伸ばした状態のまま、呆然とした表情でキッチンの方角を見ていたが、やがて水道から水を流し、食器を洗う音が聞こえてくると、彼女は残念そうな表情で椅子に座り込んだ。

 

 「…そういえば男の人の部屋に入るのって、初めてだったわね、私…」

 

 マミは思い出したように呟くと、頬を少し赤く染めた。そして折角だからと部屋にじっくりと目を向ける。

 部屋の壁紙は白く、あまり凝った置物や家具は無い。まさに生活に必要最低限の物しかないといった感じだ。

 本棚には雑誌や漫画のような娯楽系の物は一切なく、マミにも読めない外国語で書かれた本がずらりと並んでいる。

 ただ、テーブルの上には白い花瓶に活けられた深紅の薔薇が大輪の花を咲かせている。何もないテーブルの中央に咲いているこの薔薇は、何故かとても鮮やかに見える。

 一瞬もっと近くで見てみたいと考えてしまったが、直ぐに思いとどまる。

 香気を吸った人間を殺す猛毒の薔薇、デモンローズ。

 アルバフィカが魔女を倒すのに使用した薔薇とテーブルの上の花瓶にある薔薇が何故か重なって見えたのだ。

 マミは少し椅子を後ろに引き、再び座りなおす。と、洗い物を終えたアルバフィカが、ティーポットとティーカップが乗ったお盆を持って戻って来た。

 

 「あ、アルバフィカさん。そのティーポットとティーカップは…」

 

 「料理を御馳走してくれたから、せめてお茶でも振舞おうと思ってね」 

 

 アルバフィカはそう言いながらテーブルの上にお盆を置き、二つのティーカップにお茶を入れる。カップには琥珀色の液体が注がれ、紅茶特有の香りがカップから立ち上る。

 

 「良い香りですね…」

 

 「インド原産のダージリンティーだ。そのまま飲むのが一番美味しいのだが…、砂糖がいるのならば自分で入れてくれ」

 

 アルバフィカの言葉に釣られてテーブルを見るといつの間にかテーブルの上に砂糖の入った瓶が置かれていた。先程まで無かったはずなのに、とマミは驚いていたものの、よくよく考えてみたら目の前にいるのは聖闘士、自分達魔法少女よりも常人離れした存在なのだ。別の場所から物を転移させてくる事ぐらい何でもないのだろう。

 

 「いえ、私は何も入れなくても大丈夫です」

 

 「そうか?女性は甘いものが好きだと聞いていたが…」

 

 アルバフィカはそう言ってカップを持ち上げしばらく紅茶の香りを堪能する。その後一口味見代わりに紅茶を飲む。

 

 「…ふむ、まあこんなものか」

 

 自分で淹れた紅茶を褒めるわけでもなく、表情にも変化がない。口調からして特別美味しくもないし、不味くもないようである。

 マミも彼に釣られて紅茶のカップを持ち上げる。

 カップを口元に近づけると、香ばしく甘い芳香が鼻をくすぐる。

 しばらく香りを楽しんだマミは、カップを傾けて紅茶を一口飲む。

 紅茶独特の渋みを感じさせつつも、深みのある味わいが口の中に広がる。

 

 「とっても美味しいです、アルバフィカさん。…でも、これってかなり良い茶葉ですよね?そんな物を私なんかに…」

 

 「気にする必要はない。客人など滅多に来ないからね。紅茶を出すなら良い物を、と思ってね。どのみちとっておいても私が一人淋しく飲むだけなのだから…」

 

 アルバフィカは穏やかに笑いながらまた一口お茶を飲む。が、何処かその表情は寂しげであった。

 

 「それはそうとマミ、今日はすまなかった。君に酷い事を言ったり突き飛ばしたりして、聖闘士以前に人間として最低な事をしてしまった。この通りだ」

 

 アルバフィカはカップをソーサーに戻すとマミに向かって頭を下げる。一瞬見えた表情は先程の笑顔から一転し、すまなさそうな表情であった。

 

 「そ、そんな!私は別に気にしてません!!むしろ私もアルバフィカさんが嫌がる事を言ってしまって…、本当に申し訳ありません!!」

 

 頭を下げたアルバフィカを、マミは悪いのは自分だと言いながら彼を押しとどめる。

 アルバフィカもしばらく頭を下げていたものの、マミが必死で頭を上げるように言ってきたので、ようやく頭を上げた。

 

 「しかし申し訳ないよ。君を傷つけるようなことを言って突き飛ばしたにもかかわらず、こうして私の為に食事を作りに来てくれるのだから」

 

 「気にしないでください。アルバフィカさんは私の命の恩人ですし、それにお詫びなら既に貰いましたから」

 

 マミはニコリと笑いながら制服の胸元に飾られている黄色い薔薇を優しくなでる。それを見てアルバフィカは頭を掻いて苦笑いを浮かべる。

 

 「やれやれ、てっきり捨てているかと思ったんだがな、その薔薇」

 

 「捨てません。命の恩人から貰ったんですし、」

 

 マミは笑いながら紅茶を口に運ぶ。それを見てアルバフィカも紅茶のカップを持ち上げる。

 その後しばらく、両者の会話のないまま紅茶を口に運んでいた。が、やがてマミはカップをソーサーに置くと、アルバフィカに向かって口を開いた。

 

 「あの、アルバフィカさん」

 

 「ん?」

 

 「…聞きたいことが、あるんですが…」

 

 「私に答えられることなら」

 

 アルバフィカの返事を聞いたマミは、膝の上で両手を握りしめ、アルバフィカの顔をまっすぐ見ながら、再び口を開く。

 

 「…魚座の黄金聖闘士になって、ずっと一人ぼっちで、寂しいと感じないんですか…?ずっと一人ぼっちで、」

 

 「……」

 

 マミの質問を聞いたアルバフィカは、直ぐには質問に答えず、鋭い視線でマミをじっと見ていた。

 質問して直ぐに、アルバフィカの視線を感じてマミは後悔した。

 聞いてはいけないことだったんだろうか、聞かれたくなかったんだろうか…。

 マミはアルバフィカの視線に身体を強張らせる。

 アルバフィカはしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いてカップを持ち上げる。

そして紅茶で口を濡らすと、マミの顔を見ながら口を開いた。

 

 「…マニゴルド、いや、シジフォスから聞いたのか。私の血の事を…」

 

 「え、えっと、あの…」

 

 「おびえなくていい、全く、人の口には戸は閉てられぬ、と言うが…」

 

 アルバフィカは苦々しげな表情で頬を掻く。どうやら怒っているわけではないと分かったマミは、肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

 マミが落ち着いたのを確認したアルバフィカはマミに向かって話し始めた。

 

 「確かに私の血は猛毒に染まっている。永い年月デモンローズと過ごした結果、そして、先代の魚座の血を受け継いだ結果な…」

 

 「え?せ、先代の魚座って…」

 

 「魚座の黄金聖闘士は、先代の魚座から猛毒の血を受け継ぐ儀式を行う。血の毒は次代に受け継がれるごとに強さを増していく。私の中の血も同様にな」

 

 アルバフィカは己の掌を見つめながらマミに話す。

 

 「だからこそ私達は人を寄せ付けないようにしているんだが・・・・、まあいい。で、私が寂しくないか、だったな…」

 

 「は、はい・・・・」

 

 マミの返答を聞いたアルバフィカは、再び紅茶を一口飲むと、昔を思い出すかのように上を向いた。やがて、その口に苦笑いを浮かべて、マミに視線を戻す。

 

 「寂しくない、というのは嘘になるな。今は慣れているが、まあ確かに、師が亡くなってからは一人は寂しいと感じることはたまにあった。まあもっとも…」

 

 アルバフィカはマミを見ながら乾いた笑い声を上げる。

 

 「…何故か私の周りにはおせっかいな連中が集まってくる。私が望むと望まざるとに関わらず、な」

 

 「…おせっかい、ですか…」

 

 マミはアルバフィカの言葉がまるで自分を指しているように聞こえてしまい、しょぼんとした表情になる、が、直ぐに表情を引き締めるとアルバフィカに再び質問をする。

 

 「で、でも、毒の血が無ければ普通に人と接することが出来るんですよね?自分の血が普通の人間の血と同じだったらいいのにって、考えたことは無いんですか?」

 

 「無い」

 

 マミの質問に対して、アルバフィカは一瞬で即答した。あまりにあっさりと返ってきた答えにマミは呆然とした表情になり、それに対してアルバフィカは平然とした表情で紅茶を飲む。

 そして、紅茶のカップをソーサーに置くと、マミに向かって口を開いた。

 

 「確かにこの血は恐ろしい血だ。ただ一滴でも人が触れれば一瞬で死へと誘う猛毒だ。だからこそどうしても人との交わりを、触れ合いを断絶することになる。

だが、この血は私が自ら望んで、師から受け継いだものだ。そして、魚座の黄金聖闘士となったのも私が選んだ道だ。それを誇りに思いこそすれ、後悔など、あるはずがない」

 

 「・・・誇り・・・」

 

 アルバフィカの言葉に、マミは呆けた表情を浮かべる。

 

誰とも触れあえず、孤独に生き続ける運命を背負う。

 

それは何よりも辛く、苦しい生き方だろう。現に、マミ自身もまどか達に出会うまでは魔法少女として一人ぼっちで戦ってきた。

 

かつて共に戦ったもう一人の魔法少女もいたが、もう決別してしまった。それからはまどか達とであうまでずっと一人で・・・。

 

誰にも相談できず、一人で戦う日々は、決して幸せなものではなかった。戦いの恐ろしさと、一人でいる寂しさで、夜にはみっともなく泣いて過ごしたこともある。

 

アルバフィカは自身よりもずっと長く、一人ぼっちで過ごしてきたんだろう。誰とも触れあうことも無く、誰も巻き込まないように一人で戦って・・・。

 

でも、彼はそんな生き方を後悔せず、むしろ自分にとって誇りだと言っているのだ。

 

マミはそんな自身に満ちた彼の姿を、何処か羨ましく思った。

アルバフィカはマミの複雑な表情を見て、少し怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうかしたか?マミ」

 

アルバフィカの問い掛けに、マミは少し弱弱しげな笑みを浮かべる。

 

 「いえ、アルバフィカさんは強いなって、それで少し羨ましくなっちゃって」

 

 「強い?羨ましい?私がか?」

 

 アルバフィカは、訳が分からないと言いたげな表情でマミを見る。毒の血を持った自分を、何故羨ましがるのだろうか。確かに自分は力はあるものの、幾らなんでもこの孤独の道を好んで歩みたいなんて思うはずがない。

 アルバフィカの疑問に、マミは少し哀しげな表情で答え始める。

 

 「・・・私、魔法少女になってからは、ずっと一人ぼっちで戦ってきたんです。でも、アルバフィカさんみたいに、自分の生き方を誇りに思ったり、後悔なんてないって言いきったりすることができなくて・・・、だから、アルバフィカさんって強いなって」

 

 「普通の人間ならそうだ。あまり気にする必要はないだろう?」

 

 「でも、私は、普通じゃありませんから。魔女から人を守る、魔法少女ですから・・・」

 

 マミの寂しそうな、そして苦しげな表情を見て、アルバフィカは溜息を吐く。よくよく見るとマミのカップも何時の間にか空になっていた。アルバフィカは素早くマミのカップを自分の方に寄せると、お替わりの紅茶を注ぎ、マミの方に返した。

 一瞬で紅茶のお替わりが出てきたことに、マミはびっくりしたのか目を見開いて紅茶を凝視していた。アルバフィカはそんなマミの表情を面白そうに見ながらついでに注いだ自分の紅茶に口をつける。

 

「たしかに君もまた普通の人々とは違う特殊な能力の持ち主だ。そのせいでたった一人で戦っていたことも知っている。

だが、別に無理して独りぼっちになる必要は、もうないんじゃないか?」

 

 「え・・・?」

 

 マミのポカンとした表情に、アルバフィカは苦笑を浮かべる。

 

 「君には側にいてくれる友が居るだろう?何でも相談できる大切な友人が。なら何かあったら彼女達に相談すればいい。それに、魔法少女であることは隠す必要があっても、人と付き合えなくなったわけではないだろう?」

 

 「え、えっと、まあ、そうですけど・・・」

 

 「なら、一度自分のクラスメイトと話でもしてみたらどうだ?案外気楽に付き合えるかもしれないよ?さすがに魔法少女の事は話せないかもしれないが、それ以外なら普通に付き合えるんじゃないのかな?別に私のような毒の血は、君に流れているわけではないのだから」

 

 アルバフィカは微笑を浮かべながら、マミに向かってそう助言した。

 

 

 さやかSIDE

 

 あの病院での魔女退治の翌日、さやかは恭介の入院している病院へお見舞いに来ていた。

 魔女がすぐ近くで出現したから彼に何があったか不安であったが、電話したところ彼には特に変わったことは無かったようだ。

 それでも一応念の為にさやかはお見舞いがてらに彼の様子を見に来たのだ。

 

 (今日は会って、くれるかな…)

 

 さやかは少し不安を抱きながらエレベーターに乗り、恭介の入院している病室の階のボタンを押す。

 やがてエレベーターが目的の階に着き、さやかはエレベーターから降りて目的の病室に向かって歩き出す。

 恭介の居る病室の前に着き、入るためにドアをノックしようとすると、部屋の中から誰かが談笑している声が聞こえた。

 

 (…お客さん?)

 

 聞こえる声の片方は恭介だと分かる、が、もう一人は分からない。ただ、声の質からして男性だろう。

 入るべきか入らざるべきか、しばらくさやかは悩んでいたが、悩んでいても仕方がないと決断し、病室のドアを軽くノックする。

 

 「はい、どちらさまですか?」

 

 扉の向こう側から恭介の声が聞こえる。どうやら元気そうでさやかはほっと安堵した。

 

 「あたし、さやか。昨日会えなかったからお見舞いにって思って」

 

 「あ、さやか!うん、どうぞ入って。君に会わせたい人が来ているんだ」

 

 会わせたい人?さやかは疑問符を浮かべながらドアを開ける。

 ドアを開けて部屋に入った瞬間、さやかは一瞬冷たい風が吹き抜けたように感じた。

 

 (え!?何!?)

 

 さやかはびっくりした表情で部屋を見渡したが、もう風は感じない。部屋の温度も特に寒くは無い。気のせいだったんだろう、とさやかは考え、恭介が寝ているベッドの方に視線を向ける。

 と、そこには恭介以外にもう一人別の人物が居た。

 紺色のスーツを着ており、肩までかかる緑色の髪の毛が特徴的な、よく整った顔をしている20代頃の年齢の男性であった。

 男性は眼鏡をかけて手元の本を読んでいたようだったが、病室に入って来たさやかに気が付いたのか、視線をさやかに向ける。

 

 「ん?君は…」

 

 「あ、ど、どうも…」

 

 不思議そうにこちらを見てくる男性に、さやかは恥ずかしそうに頭を下げる。

 と、ベッドに寝ている恭介が、此方を向いてニコリと笑う。

 

 「あ、さやか!いらっしゃい。昨日は会えなくてごめんね。ちょっとリハビリやっててさ…」

 

 「き、気にしなくていいよ~。それよりこの人は…?」

 

 さやかは何気なしに恭介のベッドの側の椅子に座っている男性に視線を向ける。一方の男性はそんなさやかの視線に気にした様子は無く、平静な表情をしている。

 

 「ああ、この人の名前はデジェルさん!僕のファンの人で時々僕のお見舞いに来てくれるんだ。デジェルさん、彼女は僕の幼馴染の美樹さやかです」

 

 「デジェルと言う。彼のバイオリンのファンだ。よろしく頼むよ」

 

 「へ、あ、み、美樹さやかです!こちらこそッ!!」

 

 恭介の紹介を聞いてデジェルという名前の男性は立ち上がって会釈する。それを見たさやかも慌てて会釈を返す。

 恭介はそんな二人の様子を見てニコニコと笑っている。

 

 「デジェルさんってバイオリンとか音楽についてとっても詳しいんだ。僕が知らない曲とかバイオリニストについて色々教えてくれるんだよ」

 

 「まあ所詮は本を読んで手に入れた知識だ。あまり自慢できるものじゃないよ」

 

 恭介の言葉に、デジェルは苦笑しながら謙遜の言葉を出す。その表情は親しげであり、少し彼を警戒していたさやかも、肩の力を抜いて、警戒心を解いた。

 

 「ところで、恭介君。彼女は君の幼馴染と言ったね?なら、彼女は君の恋人かい?」

 

 「「へっ!?」」

 

 と、突然デジェルの口から発せられた言葉に、さやかと恭介は顔を真っ赤にする。

 そんな二人を見たデジェルは少し意地悪げな笑みを浮かべる。

 

 「ほお~・・・、その様子だと、図星、かな?」

 

 「ち、違いますよデジェルさん!!僕と彼女はそんなんじゃ・・・、た、ただの友達です!」

 

 顔を真っ赤にしてデジェルの言葉を否定する恭介。が、その言葉を聞いてさやかは真っ赤な表情から一変し、少ししょぼんとした表情になる。

 その彼女の表情の変化に気が付いていたのはデジェルだけであった。

 デジェルは恭介の鈍さに苦笑いを浮かべた。

 

 「ふむ、なら彼女は君にとってのガールフレンド、か。まあどっちでもいい。

折角君を見舞いに来てくれたんだ。私は退散するからじっくり話をするといい。

ああそれからそれは私が見舞いに持ってきたカステラだ。二人で分けて食べてくれ」

 

 「え?あ!デジェルさん!!」

 

 恭介は慌てて呼び止めるが、デジェルはそれを無視してさっさと病室から出て行ってしまった。そして、彼が居なくなった瞬間、何故か部屋の温度がほんの少し暖かくなったような気がした。

 

 「はあ・・・、いっちゃった。変な誤解持たなきゃいいんだけど・・・」

 

 「・・・・・」

 

 入口を見ながら溜息を吐く恭介を、さやかはただじと目でじー、と睨んでいた。

 その視線に気が付いた恭介は、さやかの視線に少しびくつきながら問いかける。

 

 「あの、さやか・・・、何で僕をそんなに睨むの?」

 

 「べっつにー!さ、早くデジェルさんのカステラでも食べよ!!(ふん!恭介のバーカ!!)」

 

 「え?あ、う、うん・・・」

 

 少し怒り気味にデジェルの持ってきたお土産を開け始めるさやかを、恭介は戸惑った表情で見ていた。一方さやかは、自分の想いに気が付かない鈍感男に心の中で罵声を浴びせるのだった。

 

 杏子SIDE

 

 「うっし!!一丁揚がりっと!!」

 

 目の前の魔女に止めを刺した佐倉杏子は、手に持った槍を一回転させて地面に突き刺す。

 魔女の消滅と共に結界は消え去り、元の街並みへと戻っていく。

 魔法少女の服装から元の服装に戻った杏子は、手元の手提げ袋を弄ると、おにぎりを一個取り出してかぶりついた。

 杏子はおにぎりを美味しそうに齧りながら地面に落ちているグリーフシードを拾い上げる。

 

 「しっかし此処にゃ魔法少女いねえのかな・・・・。何だかやけに魔女が多いけど。グリーフシード取り放題じゃん。此処アタシのシマにでもしちまおっかな。

・・・にしてもおにぎりデカッ!!幾らなんでもデカく作りすぎだろおっちゃん!!」

 

 杏子はグリーフシードをポケットに突っ込み、おにぎりを齧りながらこのおにぎりを作った人物の事を思い浮かべて文句を言う。

 実際杏子の食べているおにぎりはかなり大きい。ほぼリンゴと同じ大きさだ。これと同じ物がまだ四つもある。アルデバランが杏子の為にと作ってくれたものであるが、いくら自分がよく食べるからと言って此処まででかくする必要はないだろうと、杏子は内心アルデバランに文句を言っていた。

もっともアルデバランの気持ちは嬉しいし、食べ物は何であれきっちり食べるのであるが・・・。

 

 「・・・ま、それはそれとして、そこのガキ。いつまで蹲ってんだよ」

 

 「・・・・・」

 

 杏子が顔を向けた方向には、緑色の髪の毛を、ゴムで両端に束ねた一人の小柄な少女が、地面を見ながら膝を抱えてしゃがんでいた。

 少女の視線の先には、大人の男女の死体が転がっている。死体の損壊はかなり酷く、手足を食いちぎられ、内臓が飛び出している。

 おそらく少女の両親なのだろうその死体を見つめる少女は、泣くことも無く、ただ黙って死体を見ていた。

 

 「見てたって死体は起き上がらねーぞ?せいぜい生き残った幸運に感謝するんだな」

 

 「・・・・・・・・」

 

 杏子が声をかけても、少女はその場を動く気配は無い。溜息を吐いて杏子はさっさとその場を立ち去ろうとする。そのうち警察とかが来るだろうから、少女も死体もそいつらに任せればいいと考えながら・・・。

 しかし、一瞬見た少女の顔、何も考えていない、全くの無表情な顔を思い出し、ちらりと杏子は後ろを振り返る。少女は未だに蹲ったままだ。

 そして、何故か、何故かその少女の姿が、杏子の記憶の中の、ある少女と重なって見えた。

 杏子はチッと舌打ちをして、残ったおにぎりを口に放り込んで飲み込むと、少女の方に戻り、少女の肩越しから棒付きキャンディーを突きだした。

 

 「・・・?」

 

 「・・・食うかよ」

 

 こちらをじっと見てきた少女に向かって、杏子はぶっきらぼうにそう言った。

 

 

 

 「よく食うなあ・・・、ったく・・・。それ食ったらさっさとどっか行けよ」

 

 あれから杏子と少女は、近くの公園に移動し、少女は杏子から貰ったアルデバラン特製の巨大おにぎりを頬張っていた。そのあまりのがっつきぶりに杏子は呆れた様子であった。

 

 「!?・・・・!!」

 

 と、突然少女が苦しそうな表情で胸を叩きだす。どうやら急いで食べたせいでおにぎりが喉につっかえたようである。

 

 「あーあ・・・、ったくあんなでけえの一気に食うからだ」

 

 杏子は面倒そうに近くの自動販売機で購入した缶入りのお茶を少女に差し出す。少女はそれを受け取ると、一気に飲み干して大きく息を吐いた。

 

 「全く、ちゃんと飯食ってるのかよ、お前」

 

 「ふへ・・・・」

 

 少女は俯いてお茶の缶の口をじっと見ていた。

 その表情は喉のつっかえが取れて安心しているかのようであったが、やがて先程の両親の惨劇を思い出したのか、恐怖で歪んできた。

 それを見ていた杏子は、顔を背けて口を開く。

 

 「お前の両親を殺したのは、魔女って化け物だ」

 

 「・・・まじょ?」

 

 杏子の言葉を聴いて、少女は杏子に顔を向ける。杏子は顔を背けたまま言葉を続ける。

 

 「そしてあたしはその魔女と戦う魔法少女ってやつ。ま、とは言っても正義の味方ってカッコいいもんじゃねえけどな。失った物は返ってこねえし、魔女退治は命懸け。良いことなんざ何一つねえよ」

 

 話し終えた杏子はベンチに寄りかかって溜息を吐いた。そして、ようやく少女に顔を向ける。

 

 「お前も魔女に両親殺されたんだ、これから一人で生きなくちゃなんねえ。そこんとこを肝に命じとけよ・・・」

 

 「・・・ゆま」

 

 と、突然少女が杏子の言葉を遮って言葉を出す。突然少女が話したことに杏子はきょとんとした表情を浮かべる。

 少女はそんな杏子に構わず顔を近づける。

 

 「お前じゃなくて、ゆまの名前はゆま!」

 

 「・・・・・」

 

 少女、ゆまの言葉に杏子は呆気にとられたような表情を浮かべる。が、やがて仏頂面になると、大きく溜息を吐く。

 

 「あっそ・・・、ならゆま、さっきも言ったと思うがもうお前の両親はいない。これから一人で生きていくことになるんだぜ?お前、分かってるか?」

 

 杏子の質問にゆまはコクコクと頷いた。

 

 「あっそ、まあ分かってるんなら良いけどよ」

 

 杏子はベンチから立ちあがってさっさとその場から立ち去ろうとする。

 もう関わる気は無い、と言いたげである。

 

 「あ、あのお姉ちゃん!!」

 

 と、突然背後からゆまに声を掛けられる。「んあ?」と、杏子が後ろを振り向くと、ゆまが必死な表情でこちらを見ていた。

 

 「お姉ちゃん!!ゆま、ゆまも魔法少女になりたい!!」

 

 「はあ!?」

 

 ゆまの発した言葉に杏子は素っ頓狂な声を上げる。そんな杏子の驚いた表情に構わず、ゆまは必死に言葉を出す。

 

 「ゆまもお姉ちゃんみたいな魔法少女になって、お姉ちゃんみたいに強くなりたい!!そして一人で生きられるようになりたい!!

 お願いお姉ちゃん!!ゆまに魔法少女になる方法を教えて!!」

 

 ゆまは真剣な眼差しで杏子をじっと見てくる。

 一方杏子はしばらく呆気にとられていたが、ゆまの言葉が終わると直ぐに真剣な表情になる。

 

 「・・・魔法少女になる方法なんて、アタシは知らねえ。知っていても教える気はねえ」

 

 ゆまの言葉に杏子は嘘を交えて拒絶の意思を伝える。杏子の言葉に、ゆまは動揺して目を大きく見開いた。

 

 「!?ど、どうして・・・」

 

 「どうしてもクソもねえ。さっきも言っただろうが。魔法少女は命懸けだってよ!

 半端な気持ちで魔法少女になりたいなんて言うな!うざってえ!!」

 

 杏子はゆまに向かってそう怒鳴りつける。そのあまりの迫力に、ゆまはビクリと身体を震わせた。

 しばらくすると、段々ゆまの目に涙が溜まっていき、遂には大きな声で泣き出してしまった。

 

 「え、あ、お、おい!」

 

 「ひっく・・・ゆ、ゆま・・・しんけん・・・だもん・・ひっく・・・はんぱ・・じゃ・・ないも・・・」

 

 「ああもう分かった分かった!!いいから泣きやめ!泣きやんでくれ!!」

 

 先ほどとは打って変わって杏子は必死にゆまを泣きやませようと宥める。

 しばらくしてようやく泣きやんだゆまの頭を撫でながら、杏子はどうしたものかと考える。

 

 (このまま放っといてもキュゥべえの野郎に目付けられるし・・・。しばらくおっちゃんの家に住まわせるしかねえだろうけど・・・、おっちゃん説得できるか・・・?)

 

 このまま一人放っておいたら、下手をすればキュゥべえに目をつけられ、契約を迫られるだろう。魔法少女になるなと言ったのにそれは本末転倒だ。

 ならやっぱり自分と一緒にアルデバランの家にしばらく置いてもらうしかないが・・・、果たしてアルデバランが承知するだろうか・・・?

 

 (しょうがねえ・・・。ダメモトでやってみっか)

 

 杏子は自分も甘いな、と考えて軽く溜息を吐いた。

 

「・・・分かった、じゃあアタシが今世話になってる家に連れてってやる。そこの家主にお前も住ませて貰えるよう頼んでみるよ。

ま、礼儀やら何やらうるさいおっちゃんだから、へたすりゃ駄目かもしれねえけど・・・」

 

「・・・本当?」

 

「その代わり!!もう魔法少女になりたいとか言うんじゃねえぞ!!」

 

「・・・うん!お姉ちゃん!!」

 

杏子は忘れずゆまに釘を刺すが、ゆまは杏子の言葉が分かっているのか分かっていないのか、ニコニコ笑いながらコクリと頷いた。

そんなゆまに杏子は苦笑を浮かべた。

 

(ったく、面倒事背負いこんじまったな・・・。やれやれ・・・)

 

杏子は内心愚痴りながらも、たまには悪くないかと考えながら、ゆまを連れて家路へと歩いて行った。

 

 マミSIDE

 

 「あ、おはようございます巴さん!」

 

 「はい、おはようございます皆さん」

 

 教室で挨拶してくるクラスメートの女子二人に、マミは笑みを浮かべて挨拶を返す。

 と、何故かクラスメート達は顔を少し赤くしながら何かをぼそぼそ話し始めた。

 

 「?えーと、どうかしましたか、皆さん?」

 

 「!?い、いえ、なんでもないです!あの、ところでマ巴さん!今日は放課後時間ありますか?」

 

 「ええ、ありますけど・・・」

 

 マミは女子生徒の質問にそう答える。

 しばらく魔法少女は休業することにしたため、放課後は時間が有り余っているのだ。

 その為放課後何をしようかと心の片隅で考えていたのである。

 

 「あの、実は最近新しいケーキのお店が出来たんですけど、よろしければマミさんも一緒に行きませんか?」

 

 と、もう一人の女子がマミにおずおずとそう問いかけてくる。

 マミは少し考えると、ニコリと笑って頷いた。

 

 「そうですね、じゃあご一緒させて貰いますね」

 

 「ほ、本当ですか!?」「うはっ、やったー!!」

 

 「大袈裟ですよ~、全くもう・・・」

 

 大袈裟に喜ぶ女子生徒二人に、マミは苦笑いを浮かべていた。

 

 その後、マミは二人としばらくおしゃべりを楽しんでいたが、やがてHRの時間を告げるチャイムが鳴りだしたため、マミ達は急いで自分の席に着いた。クラス全員が席に着くと、このクラスの担任の先生が教室に入ってきた。

先生が教壇に立った時に、クラス全員は起立して礼をする。そして、クラスの全員が着席するのを見た先生は、おはようございますと挨拶した後、言葉を続けた。

 

 「今日は皆さんにとても大事なお知らせがあります。今日からこのクラスに、転校生が入ってくることになりました」

 

  てっきり今日の予定や係の仕事についての話が出ると思っていたクラスの生徒達は、担任の言葉にどよめいた。

転校生が来ると言うことも驚きの一つだが、中学三年で転校生など滅多に無い。こんな時に転入してくるなど、よほど特殊な事情があったのだろうか。

 

 (転校生、か・・・。珍しいこともあるわね。鹿目さんのクラスのように魔法少女な転校生だったりして・・・。ま、さすがにありえないかな)

 

 マミはそんなことを考えながらのんびりと先生の話を聞いていた。

 先生の話は大体1、2分程度だっただろうか。諸事情によりこの学校に転入することになったから彼女と仲良くしてほしい云々と、ありきたりな話であった。もっともクラスは、先生の話よりも肝心の転校生の姿を見たくて堪らないようだが・・・。

 

 「それでは、入ってきてください」

 

 担任の言葉が終わると、扉が音を立てて開けられる。そして、見滝原中学の制服に身を包んだ少女が、教室に入ってきた。その姿を見た瞬間、教室中がどよめいた。

 その容姿はまるで人形のように調っており、表情はどこまでも穏やかである。まるで銀でできた糸のような髪の毛は腰に届くほど長く、ポニーテールで束ねられている。

 クラスの全員は、教室に入ってきた転校生に目が釘付けになり、一言も声が出なかった。

 マミもただ、沈黙して彼女を見ていることしかできなかった。

 少女が教壇の前に立ったのを確認した担任は、白墨で黒板に転入生の名前を書く。

 そして、転入生の名前を書き終えた担任は、クラス全員に顔を向ける。

 

 「本日からこちらのクラスの仲間になる美国織莉子さんです。この学校の事で色々と分からないこともあるでしょうから、どうか皆さん、協力してあげて下さいね」

 

「今日からこの学校でお世話になる事になりました美国織莉子と申します。

 皆さん、どうかよろしくお願いいたします」

 

 先生の後に続いて少女、織莉子はニコリと笑みを浮かべてクラス全員に向かって挨拶をした。

 

 

 




 今回はアルバフィカさんのメンタルカウンセリングとおりこ☆マギカのオリキャラ二人の登場回です。キリカは次回で…。
 アルバフィカもルゴニスが死んでからはずっと一人ぼっちだったと思いますからマミさんと相性がいいと思ったんですよね。まあ読者の方々はどうかは分かりませんが…。
 織莉子達にも黄金聖闘士はついています。個人的にこの二人も救済してあげたいので。

 では今回はこれにて…。

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