拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第84話

 地上からはるか上空にある大気圏。そして、それよりも外にある宇宙空間。

 だだっ広く、酸素も無い無重力空間。人類が生身で宇宙空間に放り出されば呼吸できずに死ぬであろう、死地。そして、死地であると共に未開の地であり、ISの存在意義たり得る場所。

 

 当初のISの存在意義たり得た宇宙空間での活動目的であったのだが、そんな宇宙空間に漂う一つのIS。イギリスとアメリカの共同開発戦略機体。最早ISの軍事力転用を制限するアラスカ条約など形骸化したのか平気で条約を破り続けるアメリカとそれに手を貸したイギリス。そんな二か国に怒りの炎をその身に宿す織斑一夏。

 

 彼の視線の先にはイギリスとアメリカの二か国によって開発された戦略型ISエクスカリバーが宇宙空間を漂っている姿を映し出したモニター。そんなモニターの前には千冬が立っており、指揮棒を片手にIS学園の専用機持ちに説明を行っていた。

 

「モニターに出ているこの剣の様な、花の様なISはアメリカ、イギリスが合同で開発した生体融合戦略型ISエクスカリバーだ。今回はとある部隊も我々と協力する事となった。上からの命令だ。全員思うところがあるかもしれんが失礼の無いようにな」

 

 そう言って千冬は入り口に向かってどうぞ、と言うと会議部屋に入ってくる2人の人物。

 千冬と一夏以外のIS学園の全員が驚いた。

 というのも無理はない入って来たのは数十分前に敵対していた亡国機業のオータムと

 

「チェルシー?」

 

 セシリアの従者チェルシー・ブラウンだったのだから。

 オータムが入って来た時点で何となくは気付いていたがそれでも認めたくなかった。

 

「はい、セシリア・オルコット様。貴女の従者だったチェルシー・ブラウンでございます。まあ、今は亡国機業の一員ですけれども」

 

 残酷な真実。信頼していた従者が亡国機業の一員という真実にセシリアは膝から崩れ落ちてしまう。

 

「織斑先生、これはどういう事ですか!?」と箒が詰め寄って千冬に問いただす。

 

「箒、どういう事って簡単な事だろ。上、つまり学園上層部か政府のお偉いさん方が圧力をかけたって事だろう。なあ、ちーt…織斑先生?」

 

「ああ、織斑の言うとおりだ。それに、現在は亡国機業と睨みあっている場合ではない状況なのでな。緊急事態の為オータムを開放した。来てもらって早速で悪いのだが、あれについて詳しく説明を貰おうか」

 

 千冬の言葉にチェルシーはこくんと頭を振ると説明を続ける。

 

「この機体名はエクスカリバー。イギリス王国とアメリカ合衆国の合同試作開発機であり、生体融合型戦略型ISです。そして我々、亡国機業が強奪し管理していたのです。操縦者はエクシア。私の実の妹であり、存在を消された実在してはならない人物なのです」

 

 チェルシーの説明に皆が驚きと困惑を浮かべるが、軍人であるラウラと対暗部用暗部の頭首だった更識楯無、千冬に一夏だけは眉を動かさず納得していた。

 

「まあ、どこの国も自国の工作員の戸籍を消したりしているだろうから指して珍しい事案じゃないだろう。それよりも早く本題に入れ。上がテロリストと組んでまでこの任務に当たれと言っているんだ。事態は緊迫しているんだろう?それこそ、一刻の猶予も無い程に」 

 

「はい、さようです。今回の任務は戦略型ISであるエクスカリバーの破壊。エクスカリバーは数日前より我々亡国機業のコマンドを一切受け付けず現在も宇宙に漂っています」

 

「だが、ただそれだけならば問題は無いだろう?」

 

「はい、ただ宇宙を浮遊するだけならば……ただ一点エクスカリバーの射程距離はこの地球上全てを撃てるという事を除けばですが」

 

 

 コントロール不可能、地球全土を射程に収めた戦略型ISエクスカリバー.

そんな状況下でやれテロリストだの敵だ味方だと喚いている場合では無いという事だろう。事態の重さにIS学園の専用機持ち達は冷や汗と震えが止まらない。

 

「んで上からの指示は、あれを何が何でも何とかしろ。操縦者の生死はとは無い。概ねそんな所ですか、織斑先生?」

 

「ああ、そんな所だ。しかし、良く分かったな織斑」

 

「俺が上でも、んな命令を出しますからねえ。当然と言えば当然の処置ですよね、何せほっとけば地球にいる人類が全て殺されかねない。下手なテロリストよりも質が悪い」

 

 殺すという事に倫理観の強いIS学園生徒達は心理的ストレスが強いだろう。

 表情を変えないのは亡国機業の連中と軍人であるラウラ、対暗部用暗部の元頭首更識楯無、それに一夏と千冬だけだ。

 

「んで、作戦は?」

 

「オルコットには後方、つまり地上からの超遠距離狙撃を行ってもらい、それ以外は全員前衛で奇襲だ」

 

「解りやすい作戦で」と一夏がクククと喉を鳴らす。

 シンプルすぎて最早作戦とは思えない。だが、今回の作戦に一つ気がかりな事がある。

 

「あのさ、織斑先生よぉ。セシリアさんには地上からの超遠距離狙撃って言うけれども向こうに気づかれでもしたらさすがにやばいんじゃねえのか?何せ、どこかのおバカな国がアラスカ条約ぶち破って建てた代物なんだからさあ!そのおバカなお国だけが滅びるならば万々歳なんだけれど」

 

「前半の織斑の指摘はもっともだな。後半は……まあ、お前一人で考えた事にしといてくれ。私に同意を求めたのならば返答は出来ん」

 

「中間管理職お疲れ様でーす」

 

「……さて、それでは再編成するとしよう。ボーデヴィッヒとデュノア、それと更識妹を後衛としてオルコットの防衛に当たれ。それ以外を前衛として奇襲して貰おう。前衛部隊には後で特殊外装パッケージを支給する。織斑と篠ノ之の専用機の調整に関してはこいつ等に任せる。おい、入って来い」

 

 千冬がそう部屋に続く扉に語り掛けると部屋の扉が開かれ部屋の中に入ってくる人物達。有名人中の有名人、篠ノ之束とそれに何名かの女性が続く。

 

「やっほー、いっくん。会いたかったよー」

 

「義父様、修行ありがとうございました。引き続き、ご教授お願いしますね」

 

 

 テンションが高い篠ノ之束の隣に修行の成果か落ち着いた雰囲気を身に纏うクロエ。

 そして、居心地悪そうに「アハハハ」と乾いた笑いを浮かべる一人の女というには何とも言えない少女の様な身長をもち胸だけが異様に大きい女性。

 

 そんな3人が部屋に入り終ると同時にモニターに映る特殊外装パッケージ。

 

「はいはい、注目~。それでは今回の作戦で使うこの特殊パッケージの詳しい概要をこの人に説明して貰っちゃいまーす」

 

 篠ノ之束の軽やかな説明口調とは裏腹に全員の前に差し出されるように出される束とクロエと共に入ってきた人物。

 

「は、はい!それじゃあ、篝火ヒカルノが開発したこのOutput.(可 変)Variable.(型 出)Energy.(力 増 大)Reverse.(昇 華)System.(装 置)について説明します。頭文字を取って通称O.V.E.R.S.と呼ぶこれは少量のエネルギーを増大、反転させることによって強大なエネルギーを引き出すという――」

 

 そこまで篝火ヒカルノが言って待ってたように束が飛び出した。

 

「うんうん、まるで紅椿のワンオフアビリティー絢爛舞踏の様だねえ。不思議な偶然があったものだよ!まるで、さー「紅椿のコピー品を作ったかのようだ」ね」

 

 束と一夏の指摘に最初から居心地悪そうだった篝火ヒカルノは完全に脂汗を流し始めた。

 全員の視線が集まり、射抜かんばかりの一夏の鋭い視線に完全に蹴落とされる篝火ヒカルノ。

 

「う……」

 

「この束さんに黙って面白い事を考えるなんて一万年と二千年早いんだよ」

 

「一万年と二千年前から愛してる~♪」

 

「やったねえ、クーちゃん‼決まったよ‼一度、これやってみたかったんだよね~」

 

 いつの間にか手にマイマイクを握ったクロエがアクエリオンの有名なサビを熱唱し、束がクロエとハイタッチを交わす。

 

「後でそこの虫けらさんに詳しい説明を聞くとして織斑先生、説明を続けてくれ」

 

 束とクロエの登場に呆れたように一夏が苦笑しながら千冬に説明を促し再開された。

 

「今回の作戦ではこのO.V.E.R.S.を搭載させた搭載機による連携が必須となる。この装置は搭載機同士のエネルギーを均等化する効果もあるため、今回に限り紅椿にも搭載されるわけだ」

 

 

 千冬の説明をIS学園の生徒達は必死に聞く中、一夏は別の事を考えていた。

 今回の戦略型ISエクスカリバーの暴走の原因を。

 今回の暴走が故意的なものなのか偶然の暴走なのか、先ずそこを見極めなければならない。故意ならばその元凶への報復を、偶然ならばその対策を考えていかねばならない。まず、今回の一件でイギリスとアメリカを除く全ての国が戦略型ISを持っていると仮定しなければならない。一国でも戦略型ISを保有する、もしくはしていたとしたら全ての国家がアラスカ条約を違反していたと考えなければならない。それが、例え違反していなくても平和の為に最悪の事態を想定せざるを得ない。

 

 無論、違反した代償は痛みによって償わせるが。

 

 太古からの歴史を紐解いていけば人間も動物も大差ない。罪による痛みを知っても世代を超えれば忘れるのだから人類とは救いようがない。

 

 

 

 暗黒の地、宇宙空間。地球の重力から解放される無重力にして酸素がない人間にとって死地。

 ISや宇宙服がなければ一般人ならば呼吸が出来ずに死ぬだろう。そして、それは弾から超人や逸般人と呼ばれる一夏も例外では無く、暫くは動けるだろうが何れ呼吸が出来ずに死ぬだろう。

 

 今回の作戦は失敗すれば確実に死ぬ。如何にISとて万能ではない。

 ダメージが蓄積され許容量を超えればシールドエネルギーが底をつき操縦者は宇宙空間に放り出される。放り出された操縦者に待っているのは死。だというのに一夏は目的地に向かうまでの間、宇宙からの地球をのんきに見ていた。

 

 束が居る地球。澄み渡るような蒼く綺麗な惑星。

 宇宙から見る地球は人間が決めた国境などどこにも存在しなかった。宇宙からの地球を見ていると人間の争いが酷く滑稽に思える。

 

 かつてロシアのスプートニク1号に搭乗し月へ行ったガガーリン大佐の「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」という言葉通りに暗黒世界の宇宙と青き地球を前に一夏は感動していた。

 

「俺は、俺達はついに宇宙にまで来たんだな」

 

「一夏、今更何を言っているんだと言いたいがしかし、今は言わないでおこう。私もお前同様に感動しているからな」

 

 

 一夏と一緒にOVERを装備した紅椿を纏う箒も初めての宇宙空間に感動を隠せない。

 漆黒の宇宙空間を進む6機。道中幾つものデブリを避けながら進む。

 

『もう間もなく目標ポイントに到達する』

 

 箒と一夏と更識刀奈、オータムとスコールとチェルシーにオープンチャンネルで地上にいる千冬から指示があり、暫くするとハイパーセンサーが目標の戦略型ISエクスカリバーを捉えた。

 漆黒の宇宙に漂う巨大な花の様な、剣の様な形をしたその巨大ISは砲口の照準を一夏達に向けると砲撃の為のチャージを開始する。砲口が開き、砲口にエネルギーが注がれていく。それは、刻一刻と巨大なエネルギーとなっていく。

 

「箒、絢爛舞踏の準備。何時でもいける様にしておいてくれ」

 

「解った」

 

 

『こちらセシリア・オルコット。アフタヌーン・ブルーの稼働率現在7割を維持。上昇を開始します』

 

 セシリアのオープンチャンネルによる連絡を受けてすぐに異変が起こった。

 

「!?全員緊急回避!!」

 

 突然のエクスカリバーからの砲撃。

 漆黒の空間に強烈な閃光と共に熱線が薙ぎ払われ、その矛先は一夏達。一夏等とエクスカリバーの間には大小様々なスペースデブリがあったがエクスカリバーからの砲撃によって一瞬で蒸発した。

 

 怒鳴りつけるような一夏のオープンチャンネルを合図に6人は蜘蛛の子を蹴散らす様に四方八方に散る。

 

「クソが!予想よりもチャージ時間も短いし、出力が想定の3倍以上だと!?」

 

 目の前に浮かぶ白式を経由してヴェーダが行った演算機能の結果。

 

「おい、織斑先生聞こえるか!?こちら織斑、予想以上に敵の出力とチャージ時間が短いんだが!?」

 

『解った!すまないが、出来るだけ作戦を続行してくれ。それと、必要に応じて各自の判断で離脱して貰っても構わない』

 

「はいよ‼」

 

 オープンチャンネルで千冬の指示に納得はしても心の中で舌打ちをしてしまう。

 全てが予想外。報告されていたチャージ時間よりも短く、しかも砲撃の威力も3倍以上。砲撃に飲み込まれれば一溜りも無い。白式の奥の手を使っても結果はどうなるか予想がつかない。

 予想外の連発に対応するため念のために持ってきていたヴェーダを使用する。

 

「ヴェーダ、解析(アナライズ)‼」

 

 すると数秒でヴェーダにリンクさせていた白式に現時点のエクスカリバーの性能、兵装のデータが標示される。

 

「作戦会議で上がった報告にあった時よりもグレードアップしすぎだろうが!?ヴェーダ、エクスカリバーに勝つためにはどうすれば良い?」

 

 

 新たに表示されるヴェーダからの回答。それは逆算による勝利をもたらす方程式。

 

 

「今から作戦を伝える。箒、楯無先輩はそのままスペースデブリを避けながらエクスカリバーに接近してくれ。オータム、スコールはその援護として後方射撃。チェルシーは能力を使って潜行してくれ」

 

 一夏からの指示に全員が了解の意思を表すと一斉にエクスカリバーへと接近を開始する。

 スペースデブリを避けながら距離を詰めていく一同。

 しかし、その間にも砲撃が再チャージされていく。エネルギーが砲口に収束し、エネルギの影響で眩い光が輝き始める。

 

 

 そして、その距離は半分ほどに縮めた所でエクスカリバーに異変が生じる。エクスカリバーはその刀身を4つに分けてそれぞれが子機の役割を果たす多機能攻撃衛星へと変貌する。

 4つの子機が箒や楯無、スコールとオータムに攻撃を開始する。

 子機に足止めされている4人。4人は防戦が続き中々思うように攻められずにいた。

 

 ここぞとばかりに一夏は4人が子機を相手にしている最中に瞬時加速によって一気にエクスカリバーとの距離を詰める。

 子機は4機。ヴェーダによる解析(アナライズ)によってそれは確認済み。よって、エクスカリバーは今裸の状態。

 残る攻撃方法は砲撃のみとなっており、既に一夏はエクスカリバーのすぐ傍まで来ていた。砲撃開始まで残りコンマ数秒。ギリギリの賭けだったがヴェーダの予測通り時間は間に合った。これで一夏によってエクスカリバーを破壊すればミッションは完了する筈だった。

 だが、一夏は気付いてしまった。砲撃の射線上、そこに箒が居るという事を。

 もし、仮にエクスカリバーが破壊される際に砲撃を行ったら狙われているセシリアの狙撃は外れるかもしれないが近くにいる箒には命中する可能性があった。

 ヴェーダによる演算でその可能性を検証する時間などありはしない。コンマ数秒で本気であれば要塞の様なエクスカリバーなど落とせるだろう。だが、それにはリスクが伴う。箒に砲撃が命中するかもしれないというリスクが。脳裏に哀しみの表情を浮かべる束が浮かぶと選択の余地はなかった。

 

「箒、どけえ!!射線上から退避しろ!」

 

 砲口の前に対峙すると雪片弐型を盾にするように構える。

 それと同時にエクスカリバーの砲口から閃光が放たれ、一夏に襲い掛かる。

 

「ぬうううう!」

 

 砲撃によって後ろに押し戻される一夏。雪片弐型を盾にしている影響でエネルギーが満タンに回復したが、最早一夏を飲み込む寸前までエネルギーが放たれていた。

 最早奥の手を悠長に隠している時間など無い。

 

 

「雪羅、バーストモード!!」

 

 楯にしていた雪片弐型は多機能武装へと変化している。

 そして、奥の手がバーストモード。雪羅が縦に真っ二つに割れ、ウィングスラスターへと連結し白式の全体から赤き消滅エネルギーが溢れ出る。

 溢れ出る赤き消滅エネルギーは機体を真っ赤に染め、更には白式の周りに球体の様な赤い消滅エネルギーで出来たバリアを形成する。

 エクスカリバーの砲口から更に強きエネルギーが放たれ一夏に襲い掛かる。白式に消滅エネルギーバリアとエクスカリバーのエネルギー砲撃がぶつかりあい、そこに膨大なエネルギーが生じ眩い光が宇宙を駆け抜ける。その光のせいで宇宙にいる全員が目を瞑った。

 

 その瞬間、箒は見てしまった。白式の消滅バリアをエクスカリバーの砲撃が飲み込む瞬間を。

 

 光が収まるとそこに一夏は居なかった。

 

 

「一夏ああああ!!」

 

 宇宙に箒の絶叫が響き渡る。

 

 

 

「織斑君の生命反応(バイタルサイン)消失(ロスト)

 

 

 山田先生が驚愕の事実を告げ、千冬は呆然とモニターを見つめていた。

 もうその眼には絶望しか残っていない。

 

 エクスカリバーの砲撃を防ぐために、篠ノ之箒を守る為に織斑一夏は死んだのだ。千冬の前で、千冬が指揮するこの作戦で。

 

「作戦は一時中断。全員ステルスモードで待機しろ」

 

 全く感情が籠っていない声でインカムに命令する。

 丁度そこにトイレから帰って来た束が現れた。

 異様な雰囲気の作戦室に束はどうしたの?と千冬に問う。

 

「一夏が、一夏が死んだ。死んでしまった。私の作戦ミスで殺してしまった」

 

 会議室に置かれている全員の生命反応とシールドエネルギーを見た束は一目で千冬が何を言っているか理解した。

 

「そっか、だから?」

 

「だから?だからだと!?お前、自分が何を言っているのか解っているのか!?一夏が、一夏が死んだんだぞ!?お前の婚約者が!!」

 

 怒声と共に千冬は束の体を背中から壁に叩きつける様に押しやる。最早普段の千冬とは思えない変貌ぶりだが、そんな千冬に束はハアと少し溜め息を吐くとまるで子供や赤ん坊に語り掛ける様に口を開いた。

 

「ちーちゃんさあ、思い出しなよ。あの時の出来事を。居なくなったのは確かかもしれないけどさ、本当に死んだと思うの?彼が、あの人が、いっくんが、さ」

 

「だが、だが、しかし!現に生命反応(バイタルサイン)消失(ロスト)している!」

 

「そう。でも、私は信じる。未だ彼との繋がりが切れているとは感じないからね」

 

 自らの胸に手を当ててそう断言する束の言葉には妙な安心感と説明できない説得力があった。

 

「ちーちゃん、あんまり舐めないでよね。巫女の力を。忘れてるかもしれないけどさ、私にも巫女の血が受け継がれているんだよ」

 

「!?……そうだったな。もうこれ以上はそのことについて話すべきでは無いな」

 

「ちーちゃんが思い出したんなら良いよ。そして、未だ繋がりが切れていると感じないからあの人は生きている」

 

 

 

『何時まで寝ているつもりだ?』

 

五月蠅い。

 

『最強を目指すのだろう?』

 

 五月蠅い、五月蠅い。

 

『こんな所で立ち止まるつもりか?それがお前の選択か?』

 

 五月蠅い五月蠅い五月蠅い!

 

『幾ら耳を塞ごうと眼を閉じようとお前は逃れる事が出来ない。俺は――』

 

 解ってるわ!お前は俺、俺はお前。織斑一夏!

 

表層心理(お前)が動かないならば深層心理()が動くだけだ。表層心理(お前)は黙って一生寝ていろ。弱者に正義は無いのだから、織斑一夏は勝者であらねばならないのだから』

 

 ……

 

表層心理(お前)深層心理()を受け入れる事を拒むのは自分が消える可能性があるからだろう?表層心理(お前)深層心理()か、あるいは新たな人格か。だが、それが受け入れられなければ最強には成れない。あの技を完成させれない。武術の禁忌にして深淵の入り口たる最凶の技を』

 

………

 

『弱きは死に、強きが生き残る弱肉強食の世界。それが本来あるべき姿だろう?戦争だって勝てば官軍負ければ賊軍だ。正義は勝者にあり、敗者は何時だって悪だろ?そして、織斑一夏は最強であらねばならない。ならば――』

 

  ああ、今こそ表層心理()深層心理(お前)を受け入れ、禁忌の技をもって最凶と成ろう。

 そして、世界に知らしめよう。最凶は最強になるという事を!

 

『「静動轟一!」』

 

 

 眼を開けるとそこは見た事の無い空間に一夏は漂っていた。

 武術の禁忌にして深淵の入り口である静動轟一の影響で体の内側から溢れんばかりの気が放出されているのが解る。静動轟一はあまりにもハイリスクの為摩天楼にいた連中全員の記憶を封印した武術に置いて禁忌の技だ。本来どちらかを選ぶしかできない静と動の相反する二つの気を同時に発動する禁断の技。原理は簡単で二つの相反する気を同時に発動させればいい、クロエやマドカと言った弟子クラスでも発動できる。ただ、相反する二つの気をコントロールする事は困難を極め、さながらニトロとグリセリンを混ぜたような爆発的な威力が期待できる反面それに耐えきれる肉体や精神でない場合、半身不随に成ったり植物状態になったりする事もある非常に危険な技なのだ。

 

「ヴェーダ!解析(アナライズ)!!」

 

 瞬時にヴェーダによる解析が行われ、その結果が映し出される。

 

「何だ!?時空の狭間!?現状打破の手段は!?」

 

 ヴェーダからの回答によってそこで一夏は自分のISに新たな能力が追加されていることに初めて気づいた。

 

「残りのシールドエネルギーで行けるか?」

 

 不安がよぎるが考えている暇はない。

 

「雪羅、バーストモード時渡り!!」

 

 バーストモードによって溢れ出る消滅エネルギーがエクスカリバーとの激突の末、この能力を開花させ一夏を時空の狭間へと誘った。ならば、同じ能力で出入りできるのが道理足り得よう。バーストモードによって溢れ出る消滅エネルギーが時空を歪める。

時空が歪み一つの大きな穴となった時に一夏は気づいた。同じ時空の狭間に潜む一つの機影に。

 ハイパーセンサー越しで拡大鮮明化によってみるとその機体は白いISだった。口元に視線を向けるとそれは口を開いた。

 

待っているよ、織斑一夏君

 

 オープンチャンネルでもプライベートチャンネルでも無いが対暗部用暗部更識家当主の座を引き継いだ一夏には読唇術を取得している。その読唇術を持って解読すればまるで挑発のようなセリフを向けられたのが理解できる。

 

 

「ああ、待っていろ!お前が誰であろうと、何であろうと俺よりも強いのならば、敵対する勢力ならば首を洗って待っていろ!」

 

 そう言って拳をそいつに向けると一夏は自分が作った穴に飛び込んだ。


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