拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第79話

 修学旅行を警備の為と言う理由で抜け一夏は密かにジャック、ヘンゼル、グレーテルと共に亡国機業の連中と京都で会食を取っていた。場所は京都のホテルの会場フロアを貸し切った状態で。

普通ならば一度襲撃された京都と同じ京都を使わないだろう。京都は亡国機業が逃げ延びた場所で無意識の内に苦手意識が働くという人間の心理を逆手にとってこうして亡国機業は京都の襲撃されたホテルとは別のホテルの会場フロアで会食を取っているのだ。

 

 「さあ、それでは乾杯しよう!新たなる協力者に!」

 

 亡国機業掃討作戦で生き延びたオータムとスコール。オータムはスコールの手助けもあって先の作戦で生き延びスコールの責任の下にいる状態なのだが、目の前には忌々しい織斑一夏がその手に並々と赤いワインが注がれたグラスを持ち、祝杯を挙げていた。

 貸し切りの会場にはオータムとスコールの他にIS学園を裏切ったレインとフォルテ。それにモンド・グロッソ優勝者のアリーシャ・ジョセスターフと一夏が連れてきた3人の子供。ジャック、ヘンゼル、グレーテルがワイングラスに注がれたグレープジュースを飲んでいた。

 

 そんな3人を見て「ここは学校じゃねえんだぞ」と吠えるオータムに一夏は鼻で笑う。

 

「ああ、気にするな。この中で恐らくお前が一番弱いから。……汝ら、その力を我が前に証明せよ」

 

 

 一夏の言葉を聞くと3人は瞬時に動いた。

 姉様は机の下に隠していたBARを取り出すとオータムに向け、兄様は背中に隠していた戦斧を取り出し、ジャックは太腿のポーチから毒が塗られたナイフを取り出しそれぞれがオータムに襲い掛かる。

 

「!?」

 

 オータムは立ち上がり拳銃を取りだそうとするが遅かった。

 背後にジャックが回り込みその背中に毒が塗られたナイフを突きつけ、兄さまが戦斧を振り下ろそうと振りかぶった状態で、姉様はBARの銃口をオータムに向けたままオータムに近づく。

 

「オータム!?」

 

 突然の事にスコールの甲高い悲鳴が貸し切りの会場内に響き渡る。

 オータムは降参とばかりに両手をあげ椅子に座り、一夏はその様子を見ると空になったワイングラスを机の上に置きパチパチと拍手をした。

 

「上出来だ、お前達。下がれ」

 

 労いの言葉を述べつつも下がれと命令すると3人はすぐに武器を引っ込め、自分の席に戻る。

 あまりの速さにISを展開する暇すらなかったオータムに一夏は冷笑を浮かべる。

 

「んで、何て言ったか?ここは学校じゃねえんだぞだったか?んでは、そうやって見下した相手に負けるお前は一体なんだ?」

 

 空になったワイングラスに再びワインを注ぐ一夏だがその視線は最早オータムに向けてはおらず、それは視線を向ける価値すらないという一夏の心情の現れだった。一夏の言葉がオータムに突き刺さる。

 

 

 3人は既に席に戻って料理を美味しそうに頬張っており、一夏はワインを口にしながらそんな3人を満足そうに見守る。

 

「ハア、全く。裏切り者があんただったとは、ネ」

 

 ワイングラスに手を伸ばしながら呆れた口調のアリーシャ。呆れた視線を浴びながら一夏は、まあそう言うなとアリーシャを宥める。

 

「俺はあの学園に忠誠を誓ったわけでもないし、義理や温情があるわけでもない。ただ我が姉があそこで世話になってる程度の認識だぞ?しかも、俺があそこに入りたいと志願したわけでもなく強制的に入れさせられた場所だ。恨みつらみはあれど、思い入れもないし今となってはその恨みすらどうでも良い事だ。それに、貴女の願いは叶える。我が姉織斑千冬との決闘。貴女の決闘に相応しい場所をこちらが用意すると言った旨は反故にするつもりはない。対織斑千冬用の切り札として丁重にもてなさせてもらう。故に自由行動も与え、組織に縛られない破格のポジションなのだが……不満か?」

 

「待遇に不満は無いさ、ネ。ただ、あんたが裏切り者だったんだと呆れているだけさ」

 

「その志を共にし、結果離れていく者を裏切り者と言うが最初から志を共にすらしていなければ裏切りとは呼べんよ。呆れるのは結構だ。だが、何れ来るべき時に仕事をしてくれればどう動こうとも問題ない。が、その実力が少しでも落ちていれば貴方の命は瞬時に消える。我等の中には貴方のポジションを嫉む者はいるであろうし、その者に襲われても自分で対処してくれたまえ。そんな輩に消される命など貴方は我が姉と同じ頂には居ない。我が姉の前に対峙する価値も無い。その力が落ちた時は……消えろ」

 

 冷酷に残酷に平然とアリーシャに告げる一夏。

 その変貌ぶりを見てアリーシャは顔から冷や汗が僅かに流れる。

 

「まあ任された仕事はきちんとするさ。それ以外はしないって事さネ」

 

「結構。君の力、大いに期待させ貰おう」

 

 うんうんと満足そうに頷きながら出されてくる料理に手を付ける一夏。

 目の前に並べられるコース料理にヘンゼルとグレーテル、ジャックは勢い良くがっつき、「うわあ、凄いっす」と出されるコース料理に感動するフォルテと「さっさと食っちまおうぜ」とコース料理に手を付けるレイン。程よく酔ってきたのかゆっくりとグラスを揺らすアリーシャと黙ったまま俯くオータム。そんなオータムを気に掛けるスコールとそれぞれ三者三葉の反応を見せる

 

「それで、他に何か質問や報告はあるか?俺からは俺の配下にその3人を加えるぐらいだが……」

 

「では、私から報告を」とスコールは立ち上がった。

 

「我々亡国機業にはとあるISを所持していました。ですが、我々からの指令を受け取る事を拒んでいるみたいでして…」

 

「ほう?」と呟くと一夏のスコールに向ける眼光が強くなった。

 その眼光に内心冷や汗を流しながら報告を続ける。

 

「現在その原因を目下追及中です」

 

 スコールの報告を聞き一夏は口に手を当て暫し考え込む。

 何故このタイミングで?いや、それよりもそんなISを所持しているとは聞いていなかった。

 

「スコール、俺はそんなISを所有しているとは聞いていなかったが?」

 

「も、申し訳ありませんでした」

 

使えん奴だと呟きながらグラスに入ったワインに口をつける。フレーバーな香りが口の中に広がり酔いがまわってくるのを感じる。ワイングラスをテーブルに置き一夏は静の気を炸裂させる。自身の背後に自分と同じ姿の巨大な像を出現させ、その像はスコールをその巨大な手で掴むとスコールは脱力した状態で椅子に座り机に突っ伏す形で意識を失った。

 突然の事に食事の手が止まるレインとフォルテ。オータムはスコールの肩をゆすり声をかけるが反応が全くない。

 

「騒ぐな、食事中だぞ。それにそいつは単に気を失ったに過ぎない。命に別状はないんだ。ほうっておけばじきに眼を覚ます」

 

 過剰に反応するオータムとレイン、フォルテに呆れながら食事をする手を休めない一夏。

 ジャック、ヘンゼル、グレーテルの3人はもう既に出された料理を食べ終わっており、食後のデザートを今か今かと待っている。

 

 慌てる3人と平常心むき出しの3人。全く、育ちが違えばこうも違うのかと呆れながら残りの食事に舌太鼓をうつ。アリーシャはグラスに入ったワインを全て飲み干しており、気を失ったスコールに眼をくれることも無く食事に手をつけている。

 

「嘆かわしいな。全く……間引くか?」

 

 その言葉にピクリと反応したのはレインとオータムだった。

 レインの脳裏には無慈悲にフォルテの首筋に監視用ナノマシーンを注射したときの一夏の姿が思い浮かぶ。そして、オータムの脳裏には一方的に自分を打ち負かしたときの一夏の姿が思い浮かぶ。

 ピクリとも動かない指先。体が凍りついたように全くと言っていいほど動かず恐る恐る視線を一夏に向けたまま固まる。

 

 畏怖の視線を向ける二人に邪悪な笑みを向けた一夏を見た瞬間に二人の肩を死神が手を置いたように錯覚した。それは恐怖による産物。恐怖を知ってしまった人間ほど疑心暗鬼になりやすく脆いものは無い。故に独裁者は恐怖による政治を行うのだ。

 

 一夏の後ろに現れた一夏そっくりの像がレインとフォルテとオータムに手を伸ばそうとする光景を見て顔が恐怖で引きつるレインとオータム。そんな二人を見て飽きたと一夏が呟くと一夏の背後に現れた像は消え、二人はその光景に安堵した。

 

「弱者弱者弱者!嘆かわしいほどの弱者!この程度で戦意喪失か……ISが世に出回ったからと言ってふんぞり返る弱者がこの世には腐るほどいる。全く嘆かわしいことこの上ないな!なあ、己が惨めに思い死にたくならんものなのか?」

 

 そう言ってレインとオータムに問う一夏の姿は最早死神の如くその言葉で相手の心を的確にえぐる。

 フォルテは学園で見た一夏とのあまりの変貌に現実を受け入れるのに時間がかかり、椅子に座ったまま呆然としていた。問いに答えないレインとオータムから最早眼中に無いと言わんばかりに視線を逸らしグラスに再びワインを注ぐ。

 

「使えぬ部下に弱者のお前達……摩天楼の連中が見ればありえん光景であろうな。なあ、お前達?」

 

 その言葉と共にパチンと指を鳴らすと5人の濃厚な気配と共に心臓を握りつぶさんばかりの滲み出る殺気がオータム、レイン、フォルテを襲う。背後に居るその人物達を見ようとも金縛りにあったかのように体が言うことを聞かない。

 

「我等が主よ!貴方との謁見でこの者達との謁見は相応しくありません!」

 

「この様な謁見は他の者達への示しがつきません!」

 

「王は我らの見本であり象徴です!その様な方がおいそれとこの様に会食されるなどあってはなりません!」

 

 

 そう呟く3人に対して残り二人は少し冷ややかな視線を3人に浴びせる。

 

「……どうでも良い」

 

「全くだ。我らのリーダーがその実力を見せつけさせる事が先決であろうに」

 

 議論が白熱しそうに成る様子を感じて一夏が「そこまでだ、静まれ」と命令しシーンと静かになる。

 

「会食を控えろと申すならばそうするが?それよりも俺から次なる命令だ。我らは全てが無手組だが、俺は4人の武器持ちの弟子を今育てている。そこで、だ。お前達には今各国に飛んで貰っているが引き続き現地で無手組を育てつつ、無手組による武器持ちの我らと対になる武器組の創設に尽力してもらう。目指すは我らと同じ特A級達人にまで育てる事だ」

 

 その言葉で一同はジャック、ヘンゼル、グレーテルに視線を向けるがそこには3人しかおらず残りの1人が解らずに互いの顔を見合わせ困惑の表情を浮かべる。

 

「して、何か報告や質問は?」

 

 それではと言いながら5人の神の手(ゴッド・ハンド)の一人が恐る恐る手を挙げた。

 

「もう一人はどの様な人物なのでしょうか?」

 

「それは秘密だが、まあ元公安0課にいた。素質は十分ある」

 

他に質問は?と問われもう一人が手を挙げた。

 

「我が主よ。後継者はもうお決めになられたのですか?」

 

 その質問に他の5人の神の手(ゴッド・ハンド)は一斉に質問者に視線を向ける。

 弟子と後継者とではその意味合いが大きく違う。

 

 弟子と言うのならば5人の神の手(ゴッド・ハンド)達も弟子であるが後継者となればその全ての技を継承し新たに自分達の主となる可能性を秘めているのだ。気にせずにはいられない。

 

 

「後継者候補ではあるがまあ決めた。だが、織斑流拳術は二人に対してそれぞれ俺の考えで教えるため一人に全てを教える気はない。織斑流拳術以外の技もそれぞれ二人にあった技を教えていくつもりだ」

 

 この言葉で後継者候補は2人と言うのが解り質問者は成るほどと頷く。

 

「それでは私が以前主を警護していた時に見たご息女。彼女らが主の後継者という事で宜しいのでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。俺もお前達の技を知っているが……どうすべきか……お前達に愛娘の稽古をつけて貰おうかと思ったがお前達にはこれから各国に渡り、勢力の増強に励んでもらわねばならんし、な……決めた。やはり稽古は俺がつけるとしよう。お前達には副将を始めとし、達人級の部下達も技の開発と伝授及び各国に散らばる武器使いを使った武器組創設に尽力せよ」

 

 

 一夏の命令にハッと声をそろえて返事をしながら頭をたれる5人の神の手(ゴッド・ハンド)達。一夏に一礼すると瞬時にその驚異的な脚力で姿を消した。

 

 姿を消した5人の神の手(ゴッド・ハンド)達を見たアリーシャは一夏が彼らを従えていることに驚くと共に内心5人の特A級達人が消えた事に安堵する。もし、争いとなった時に相手をした場合連携されて襲われたらと思うと正直勝てる気がしない。良くて痛みわけだ。そこに千冬と鏡と共に戦い一方的にアリーシャを叩きのめした一夏が加われば勝ち目は無かった。

 

 故に戦闘にならずにすんだことにほっと胸をなでおろす。

 すると、突如スコールが目を覚まし一夏はピクリとその様子に反応した。

 

「う、う~ん」

 

「ほう、少し気絶から覚めるのが速いか?まあ、弱いことには変わりないが」

 

「!も、申し訳ありませんでした」

 

 平謝りするスコールを見て一夏の眉がわずかに動いた。

 

「もう一つ報告があります。チェルシー・ブランケットと言う人物が我々に会いたいと申しております」

 

 その言葉に一夏は何処か聞いたことのある名前で必死に記憶を手繰り寄せるがどうにも思い出せなかった。

 スコールにチェルシー・ブラウンの情報を尋ねるとなんとイギリスの代表候補生セシリア・オルコットの従者。

 

「それで、イギリス代表候補生のメイドが我々にどの様な用件で接触を試みた?」

 

「何でもイギリスのBT3号機ダイヴ・トゥ・ブルーを強奪する為に協力してほしいとの事です」

 

「?ならば変だな。単純にISに乗りたいだけならば世界各国で行っている検査を受ければ良いだけだ。何しろ無料で世界中のどこでも適正者を探しているのだから。それにイギリス代表候補生の従者となれば主人に話して政府に口添えをして貰える可能性もある。なのに、主では無く我々に接触してきたと……詳しく話を聞く必要があるな。スコール、相手に返事をしろ。会って話を聞くと、な」

 

「はい」

 

 

 ククク、楽しくなりそうだと呟きながら一夏は唇の端をつり上げずには居られ無かった。イギリス代表候補生の従者が国家反逆罪に問われかねない事を行おうというのだ。なんという皮肉な事であろうか。国に従事した者の従者が国家に反逆するというのだ。強烈な皮肉とも言え、それと同時に理由に興味がわいた。

 

 

          ★                     ★

 

 一夏が亡国機業の連中と会食をする少し前に遡る。

 

『何時まで寝ているつもりだ?』

 

 急に頭の中に声が聞こえ突然体に繋がれたコードから今までに感じた事も無いものが流れ込んでくる。

 

「!!――!?」

 

 まるで体が内側から熱されるがの如く熱く、息苦しい状態で少女が目を覚ます。目の前のモニターには現在地の座標が示されていて少女は自分が誰で何なのか頭の中の記憶を思い起こすが今までの記憶を思い出せない。

 

『君の記憶は私が奪った』

 

 返せと叫ぶが幾ら待てども記憶は戻ってこない。

 

 

『返して欲しくば働き給え。私の為に世界にそれを見せたまえ』

 

「―――!」

 

 声に成らない叫びをあげ、少女は歌う。眼から大粒の涙を流し奪われた記憶を取り戻すために謡う。その歌を。

滅び共に希望の歌を

 

「code Exiaーmode caliburn」

 

9

8

7

6

5

4

3

2

1

 

 

 剣が抜き放たれ、剣は世界へその剣先を向ける。

 

『そうだ、それで良い。記憶の為に戦え』

 

 新たなる争いの火蓋がひっそりと斬って落とされた。真っ暗な(そら)の中で。

 


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