体育祭が終わり、学園に戻った一夏。
修学旅行の下見という名目だが学園の専用機持ちを連れて亡国機業の掃討作戦を決行する為に京都へと向かっていた。
一夏たち一年生の他に、2,3年生を引き連れた本格的な作戦。一夏が提案したことではないが、学園上層部または国家上層部からの命令。一応学園に所属する生徒としては動かないわけには行かなかった。
(全く、帰ってきて早々に……)と思わずにはいられなかった。京都に向かう新幹線の中でキャイキャイと騒ぐ女子の面子。これから亡国機業と戦うと言うのにまるで本当に修学旅行に来たかのように気が抜けている。
(だが、まあ丁度良い頃合だろう)
一夏がイギリスから帰国した際に連れて来た配下のジャック、ヘンゼル、グレーテルの3人も同じ新幹線に乗せ京都へと向かっている。これからオータム、スコール達亡国機業との顔合わせ。配下の全てを亡国機業の連中に教える気は毛頭ないが、この3人だけでも顔合わせをしておこうと考えたのだ。
「さて、彼女等の力は……」
そう呟いて視線を向ける先は2年のフォルテ・サファイアとダリル・ケイシー。
フォルテ・サファイア…ギリシャ代表候補生。体躯は小柄で猫背であるため、さらに小さな印象を与える、太めの三つ編みの髪型だが髪は整っていないIS学園2年生。
ダリル・ケイシー…アメリカ代表候補生。背丈は高く、金髪のホーステールが特徴のIS学園の3年生。
というデータはあるのだが、その専用機の能力を間近で見たことが無い。
学園の防衛に全ての専用機持ちの能力を把握しておく必要があるのと同時に個人的な興味もあり今回の亡国機業掃討作戦でその実力を見れるかもという期待があった。
最早一夏にとって亡国機業等どうでも良い存在だった。オータムの命を握り、スコールを操ることが容易な一夏にとって用済みである。2つのISと操縦者が一夏の手の中にあると言っても過言ではない。
専用機持ちが不在となった学園は戦力が大幅にダウンしているが、原型を留める事無く改造された無人機が学園に配備され、専用機持ちが居ない今でも学園の戦力はある程度健在だ。何しろ、MITとIS企業の共同開発で極秘裏に製造した無人機だからこそ使える操縦者を無視した試作兵器が搭載されているのだから。
緊張感の無い専用機持ちに随時緊張する必要も無いが、あまりにも緊張感の無さに呆れた一夏を乗せたまま新幹線は京都へと向かう。
「着いたか」
酔い止めを使用していたので今回は嘔吐に襲われなかった一夏は京都駅に降り立つ。歴史ある街である花の都京都。ヘンゼル、グレーテル、ジャックも少し離れた場所で駅のホームに降り立っている。しかも、両手にお菓子を抱えて楽しそうに話している様子を見るとこいつ等も、かと呆れざるを得ないが半面微笑ましい気もする。
「え~、それでは皆さん集合時刻までに集合場所まで集まってくださいね~。はい、解散」
山田先生の掛け声と共にIS学園の女子達は地図を広げて何処を巡ろうかとはしゃぎ回る始末。
少し離れているジャック、ヘンゼル、グレーテルにアイコンタクトをしてホームを後にすると3人もそれに合わせて動き始める。
「……迷った」
「んもう、王様ったら音痴なんだから!」
「「音痴音痴、方向音痴!!」」
「……喧しい!」
4人は迷っていた。花の都京都の町を迷走していた。
理由は至極簡単。ナビ代わりに使っていたMAKUBEXが携帯端末に居ないのだ。MAKUBEXは現在京都に来ているIS学園の生徒及び教師の監視の任務についている。また、MAKUBEXの後継機とも言えるSAKURAはIS学園の警備に従事している。つまり、今現在一夏をサポートするAIは一体も居ないのだ。
ヘンゼル、グレーテル、ジャックの3人はここぞとばかりに一夏を非難し、おちょくりはじめる始末。
こんなことでヴェーダを使うのも、と気が引けながらもヴェーダを使用しようかと思い悩んでいた時目の前に一匹の白い猫が現れた。
「あ、ネコさんだ!」
「見て見て、姉さま。ネコだよネコ」
「ええ、そうね兄様。ネコって美味しいのかしら?」
ええい、街中でネコを食べようとするなこのサイコパス双子が!!とヘンゼルとグレーテルを叱り付け、ジャックにいたっては刃物を取り出して解体しようとする始末。こんな真昼間に猫の解体ショーなんかしようものならば一発通報間違いなしである。ジャックに拳骨をし、背後からジャックのこめかみぐりぐりをして地味にダメージを与える。
「ほら、待つさねシャイニィ」
4人の前に突如白い猫を追って腰まで届かんばかりの赤い髪のツインテール。着物を着崩した隻眼隻腕の女性が現れた。4人はその女性が現れた瞬間ピシリと固まった。ジャック、ヘンゼル、グレーテルの3人は直ぐに嘘泣きをやめた。
突如現れた女性はその体からにじみ出る雰囲気は達人クラスよりも上の一夏と同じ超人クラス。
子供姿の一夏では勝利は難しい。解毒薬を用いたとて効果が現れる前に敗北するだろう。
一夏の足元に擦り寄ってくるシャイニィと呼ばれた白い猫。その猫を抱き上げる一夏。
「へえ、シャイニィが懐くなんて意外さね。織斑一夏君」
「何で俺の名前を知っているんだ?」
「そりゃあ、世界初の男性IS操縦者だからさね」
「……言い方を変えよう。何故、この姿の俺を知っているんだ?」
そう、一夏が子供姿になったのは今年の夏を過ぎてからだ。それ以前の一夏は普通の高校生。昔の、それも幼少期の一夏を知る人物などそうは居ない。知っているとしたら亡国機業の関係者か、はたまた織斑家の秘密を知る関係者と言う線になる。どちらにしても見逃す手は無い。
だが、捉えるにしても一筋縄ではいかない相手に間違いはない。幸い相手は隻腕隻眼だが、それを踏まえてもその体から滲み出る威圧感は千冬のそれと同じで、対峙するだけで相手が別次元の存在だとわかる。
指を思いっきり開き、何時でも襲い掛かれるようにする。すでにジャック、ヘンゼル、グレーテルも臨戦態勢だ。武器組の三人の強みは抜群のコンビネーションだ。それは達人クラスを相手にしても勝てるほどだが、千冬と同じ超人クラスとなると足止めにすらなるかどうかは怪しい。
「まあまあ、そう殺気を放つのをやめるさね。私が君の姿を知っているのは至極簡単さね。私のライバルたる織斑千冬に散々写真を見せつけられて自慢されたからさね」
そう言ってプーとキセルを咥えて煙を吐くその女性はアリーシャ・ジョセスターフと名乗った。
アリーシャ・ジョセスターフという名前に聞き覚えがあった。
「まあ、気軽にアーリィと呼ぶさね」
「そうか。あの愚姉がペラペラ喋ったのなら納得だ。が……」
アーリィを見ていた一夏は急に視線をあらぬ方向に向け、アーリィもそれにつられて一夏が向けた視線の先に視線を向ける。
一方その頃その人物は狙いを定めた得物がこちらを見ているのをスコープを通して気づき焦った表情を浮かべていた。スコープから見える狙撃対象者の口を見ると『どうした?掛かって来ないのか?』とこちらに向けた言葉を述べていた。
「バケモンが!」
遠慮なしに手に持った狙撃銃の引き金を引く。
狙撃対象者の織斑一夏に向かって銃口から銃弾が発射され一直線に一夏に向かうが狙撃者は見た。邪悪な笑みを浮かべ手を前に出して来いと叫ぶ一夏を。その瞬間一夏の前に巨大な大剣が地面に突き刺さる形で現れ一夏はその陰に隠れ銃弾は全部大剣に当たり大剣の陰から一夏が顔を半分覗かせこう呟いた。『さあ、狩りの時間だ』と。
その言葉を合図に狙撃者に向かって姉様と呼ばれている双子の一人がBARを狙撃者に向けて乱射する。
「クソが、あの餓鬼!」
「な、何をしてるんすか?」
怯えた声を出すのはフォルテ・サファイア。IS学園の2年生。
フォルテが怯えた声で話しかけているのはダリル・ケイシー。フォルテの恋人でIS学園の3年生。このダリルこそ一夏を狙撃した下手人だ。
「何って決まってんだろう?織斑一夏の暗殺だよ」
まあ、失敗しちまったみたいだけどなと自嘲気味に笑うダリルの手には一発の銃弾が命中して血が流れていた。
「俺のコードネームはレイン・ミューゼル。炎の家系、ミューゼルの末席さ」
その言葉が意味する答えをフォルテは知っていた。亡国機業の一人であるという事。
それはつまりIS学園の敵!
何気なく話す恋人にフォルテは泣きそうな表情を浮かべる。
学園を裏切り、全てを裏切った恋人。
「この世界を壊そうぜ。一緒にな」
強引に無理やりフォルテの唇にキスをするレイン。だが、怯える手でレインを拒むフォルテ。
「どうして……」
何故なのか。学園を裏切り祖国を裏切るのか。その一言に色んな疑問を浮かべる。
だが、拒んだフォルテに苦笑を浮かべそうかと呟くだけのレイン。
「お前と居るの結構楽しかったぜ」
そう言って立ち上がった瞬間に襲撃された。
「さっきの狙撃、お姉さんでしょう?」
「それじゃあ、解体するよ!」
双子の兄様と呼ばれる片割れとジャックがレインの元に詰め寄り強襲を仕掛けてきたのだ。
兄様は二本の戦斧をレインに向けて振るい、ジャックはその後に続いて投げナイフを投合しレインの逃げ道を塞ぐ。回避など不可能。逃げ場を無くされた
振るわれる戦斧を最初の初撃は狙撃銃でどうにか防いだが二度目は無かった。
再度振るわれる戦斧。この一撃を受ければ一たまりも無いだろう。
戦斧はレインの胴体を目掛けて既に振るわれており、ISを展開しても僅かなタイムラグにより最早防ぐことは困難だった。
迫り来る戦斧をスローモーションで見るレインはそれが走馬灯だと直ぐに気付き死を覚悟した。
だが、レインに戦斧があたる事は無く代わりに鈍い音がレインと戦斧の間から生じた。
突如レインと戦斧の間に巨大な氷塊が現れ戦斧の斬撃を防いだのだ。その氷塊を出した人物をレインは知っていた。恋人のフォルテ・サファイア。フォルテの方に視線を向けると地面にへたり込み怯えた表情を浮かべながらもこちらに手を向けている姿がレインの眼に映った。
「フォルテ」と呟くレインだが、一方で次の標的として既にジャックの目にとまったフォルテ。
「うちら無敵のイージスがなんでそんな奴等にやられてんスか!?」
涙目でそう述べるフォルテだが、そんな事はジャックには関係なかった。
居場所が無かった自分に手を差し伸べてくれた王様。初めて必要としてくれた王様。こんな世界にはしないと宣言してくれた王様。理想を語り約束をしてくれた王様に牙を向けた下手人とそれを庇う共犯者。
その全てが許せなかった。
「許さない……絶対に解体するんだから!!」
一気にフォルテに向かって投げナイフを投げ、その手に肉切り包丁を持ってフォルテに襲い掛かる。
投げたナイフには神経毒が刃先に塗ってあり、かすり傷一つ付いたならその瞬間傷口から神経毒が体内に入り込む優れもの。
投げられたナイフをどうにかかわすが、そのうちの一本が頬をかすってしまった。その瞬間、神経毒が傷口から入り込みフォルテはその場に倒れた。
「フォルテ!」と叫ぶレインだが徐々にフォルテに迫るジャックの足どりが緩むことは無かった。
「僕達は理想を遂げるんだ。王様と共に!」
「邪魔する者は全部解体するよ!」
二人の幼子の狂気は止まる事無く、遂にフォルテの体に肉切り包丁の刃が突き立てられようとした時ジャックの手を止める手があった。
「まあ、待てお前達」
織斑一夏である。
その身にISを身に纏い、宙に浮いたままの状態で一夏はジャックの手を止めていた。その背に双子の片割れの姉様と呼ばれる少女を乗せたまま。
姉様は、一夏の背中から降り立つとBARの銃口をレインの額に向けて一夏に尋ねた。
「それで、どうするの王様?殺しておこうかしら?」
「まあ、待てといっておろうに」
呆れた表情を浮かべる一夏は懐からピストル型の小型注射器をレインに投げつけ、ポケットから錠剤を一つ取り出した。錠剤をレインに見せながら、これはジャックの投げナイフに塗られた神経毒の解毒剤。これが欲しくばそのピストル型の小型注射器を己の首筋に注射しろ。中身は改造した監視用ナノマシーンだがとレインに取引を持ちかけた。
恋人か組織かどちらか選べとレインに問う。
己の首に監視用ナノマシーンを注射することは組織を裏切ると言うことであり、仮に注射をすればその後どのように利用されるかは眼に見えていた。かといって、さっき助けてくれた恋人を見捨てることはレインには出来なかった。一夏の言葉が全て真実だと言う保障は無かったが、そもそもフォルテに助けられなかったら骸として今頃この場に転がっていただろうと考えるならばレインは躊躇無く監視用ナノマシーンを首筋に注射した。注射器の中にあった監視用ナノマシーンが全部体内に入ったのを確認すると一夏は、邪悪な笑みを浮かべた。
「レイン・ミューゼル。伯母共々愚かなミューゼルの一族の一員よ、な。解毒剤をくれてはやるが、愚者の烙印を受けるが良い」
そう宣言した一夏の手にはいつの間にかピストル型注射器が握り締められており、フォルテの首筋に注射器を刺すと躊躇する事無くその中身を注射した。中身は勿論監視用ナノマシーン。一夏の意志一つでフォルテの脳内中枢を焼き切る優れもの。
「フォルテ!」と悲鳴を上げるレインだがフォルテの体は動く事無く僅かに体が呼吸の影響で上下するだけだった。
一夏から投げられた解毒剤を受け止め急いでフォルテの元に駆け寄るレイン。
そんなレインを見てフンと鼻で笑うと、ジャック、ヘンゼル、グレーテルの3人に行くぞと声をかける。
「あれ、王様?アーリィは?」
「ああ、彼女ならば今頃記憶を無くした状態で地面で寝ているだろうよ。まあ、彼女の所まで戻らねばならなくなったがな」
レインとフォルテを置いたまま一夏は3人を連れて隙を突いて忘心波衝撃を食らわせて地面で寝ているアーリィの元に戻る。学園に復帰した一夏は更なる争いの火種を投じるのだった。