「山田先生、早く電脳ダイブをしてくれ!」
「お、織斑君どうして電脳ダイブの事を……」
「織斑先生の指示だ!急いでくれ!!」
「は、はい。すぐに!」
ベッド型の機械に寝かされる一夏。
頭から青白いリング状の光が脚へと徐々に降りていき目を瞑ると徐々に意識が遠のいていく。
「……」
眼を開けると白い床にうつぶせの状態で寝ていた。
白い床、赤い天井。そして、辺りに3つの白い扉がそこにあった。
『現在、篠ノ之さん、凰さん、ボーデヴィッヒさんが敵の精神攻撃によりこちらと通信が取れなくなっており危険です!連れ戻して下さい!!』
内心、面倒臭いと舌打ちしながらも了解と返事すると3つのめの白い扉を開けた。
「ここは……」
私の名前は凰 鈴音。確か山田先生の指示で電脳ダイブをしたはずだ。だが、私が居るのは中学校。私はIS学園の服を着ていたのにいつの間にか中学校の時の服を着ていた。
「って事は、罠って事よね」
突如ガラッと音を立てて教室の扉が開かれた。
扉の向こうから現れたのは一人の男
「何やってんだお前。ボーとして」
「い、一夏!?」
「さっさと帰るぞ」
そう言って一夏は私の机の上に置かれていた私の鞄を持つと扉の前で私に振り返り
「何やってんだ?帰んねえのか?」
「か、帰るって……なんであんたが私の鞄を持つのよ」
私の鞄?口からそうすべり落ちたが何故私は自分の鞄だと思ったのだろう?
「あん?何故って男が付き合ってる女の荷物を持つのは当然だろう?」
「付き合ってるって、あんたと私が!?」
「あ、何言ってんだお前?当然だろう?本当にどうしたんだ??」
『ワールドパージ』
私は一夏と付き合って………そうだったかもしれない。
そうよね。私は一夏と付き合っているんだもんね。一夏の腕に絡みつき教室から出て行く。
自転車をこぐ一夏とその荷台に乗る私。
一夏に捕まり自転車を漕いでもらっているが、改めてみると一夏の背中って大きいな。
ぎゅっと一夏の背中にしがみつく。この匂い……安心する。ずっとこうしてたい。
「なあ、このままゲーセン行っか?」
「良いわよ。あ、あたし太鼓の名人がしたい」
「あ~、あれか良いぜ。んじゃあ、一つ勝負すっか?勝った方が負けた方に何でも一つ命令って事で」
「乗った!」
結局、そのままゲーセンに行って太鼓の名人で5回勝負した。
3対2で私の勝ち。もの凄い反射神経で太鼓を叩いていたけれども、最初にジャンケンして曲の選考を私が最初に取ってしまったので一夏は2回の選曲で戦い、音程を何回かミスって私の勝ちという結果になった。
今はゲーセンから出て海が見える公園のベンチで喉を潤している。
あ~ジュース美味しい。
「フッフーン。私の勝ちね」
「チッ、負けちまったか」
「命令どうしよっかな~」
「さっさとしろや」
「ん~、そうね~……キスとか」
なんてねと冗談交じりに言うと一夏はこっちを見て不思議そうな顔をする。
「んな事でいいのか?」
「………ええ!?良いの!?」
「何言ってんだ、お前?今日の鈴、本当に可笑しいぞ?恋人同士なんだからキス位するの普通だろ?」
冗談で言ったつもりなのに本当に良いなんて……夢じゃないよね!?
目を瞑り顔を上げる。ドキドキする胸の鼓動を手で押さえる。
薄ら眼を開けると一夏の顔が徐々に近づいてきて
「ほう!成程、俺とあろう者があいつ以外とキスをするだと?家族でもない奴とチュー……成程。余程死に急ぎたいらしいなぁ!!」
なんか聞きなれた声がする。具体的に言うならば私がキスをしようとする相手と同じ声の持ち主から。
急ぎ目を開け、声の主に視線を向けるとそこには携帯端末で私と一夏を撮る人物が
「うっさいのよ、あんた!私と一夏の恋路を邪魔するなんてって、一夏!?」
「おう、セカンド。何やら贋者とお楽しみみたいだな。続ければ?」
違う、違う、違う!!私の一夏はこんな事しない!私の一夏は!!
「貴方こそ消えなさい、贋者!!」
私がそう言うと地面が揺れ地面が巨大な塊となって一夏を襲う。
「夢とはいつか覚めるもの。確かにお前が
織斑流拳術断空手刀斬りと呟いて、腕を横に一閃する。すると、一夏を襲う土の塊が砕け散る。
「消えて消えて消えて消えて!!」
私の悲鳴と共に再び地面が隆起し一夏に襲い掛かる。巨大な津波のように一夏を襲う。
解る。理解できる。ここは私の世界。私だけの世界。私の思い通りに成る理想世界。理想郷、故に私の思い通りに成る。
「私は、私の世界を守る!!そして私はここにいるの!」
そうだ。私はここにいるんだ。私の理想郷に、私の世界に。
「ふざけるなよ、弱者が!!」
ギラリと私を睨みつける一夏。
怖い、恐い、強い!!その眼光を私は知っている、知ってしまっている。
「確かに、ここは理想郷だろう!居心地が良いだろう!!でもなぁ、それじゃあ何も変わらない。変えれないんだよ!!歯を食いしばって生きる。例え認めたくない現実でも、認めがたい現実でも歯を食いしばって生きなきゃいけないんだよ!!」
襲い掛かる土石流の如き土の波を腕を横に振るい切り裂いてゆく。
その姿は凛々しく気高く、手を伸ばしても届かない遥か高みの存在。
「現実を直視できない弱者に未来は無い!俺に弱者の攻撃が当たると思うなよ、セカンド!!」
自分に襲い掛かる土石流の如き土の波を腕を振るい切り裂き、一歩また一歩こちらに近づいてくる一夏。
「来ないでえええ!!」
絶叫の如き喉が枯れそうな私の叫びに呼応するように地面が今まで以上に隆起し、大地は一夏に牙を向ける。
「私は、ここが良いの!ここに居たいの!だから、だからほっといてよぉ!!」
土の波は一夏を襲う。すっぽりとその姿を飲み込み土の波は大きな土の山を作った。
そう、これで良かったのだ。これで……
「………この程度か?」
ズポリと勢いよく土の山の頂きから手が出て来てやがて声の主はその姿を再び現す。
「この程度なのか!?お前の思いは、お前の否定は!お前の叫びは!?」
もう良い。もう……
「消えろ贋者!!」
そうだ。容赦するのがいけないんだ。
だったら……容赦しなければいい。
私が念じると土の塊は大きな槍となって贋者に襲い掛かる。直撃したはずだ。避けるそぶりを見せずにいたのだから。
「フン!」
気合の声と共に土の槍が穂先からひびが入っていき、そのひびは勢いを衰わせる事もなく根元までひびが入っていき、土煙を立てながら崩れていく。
土煙の向こうに見える威風堂々とした姿。
「ああ!」
負けた。何故かそう感じた。
膝から崩れ落ち地面に蹲る私。眼から涙が止めどなく溢れ出て来て一夏の姿を見る事が出来なかった。
一夏は鈴の前まで来ると、鈴の一夏に視線を向ける。
「お前の負けだ。退け!」
一夏がそう言うと鈴の一夏は霧が晴れるがごとく消え失せた。
「私の一夏が、私の世界が消えてゆく……」
私の呟きと共に、私の世界だったものは白く消えてゆく。
白い床、赤い天井。戻って来た。戻ってきてしまった。
現実世界に。
「夢からさっさと覚めろよ。これは現実」
そう言って一夏は2つの白い扉の一つに手をかけ、中に入っていく。
「きょ、教官!」
「馬鹿者、織斑先生と呼べ……いや、ここでは先生では無いな」
扉を開けるとそこは百合街道まっしぐらで盛るラウラと姉の千冬の姿があった。白昼堂々ベッドに押し倒し千冬の上に乗るラウラ。完璧R18指定だった。
「………」
無言で入って来た扉を出る一夏。
扉を出ると先程までいた空間に戻るが、そこに鈴の姿は無かった。
『織斑君!?何で帰って来ているんですか!?ボーデヴィッヒさんの救出はどうしたんですか!?』
「……山田先生、貴女は私にあの中に入れとおっしゃるんですか!?我が姉とクソガキが盛る百合百合な空間に!!なんというピンクな空間!そんな中に入れとおっしゃるなんてなんというピンクな脳をされているのですか!?最早3Pで構わないと!?」
『ち、ち、違いますよ!!そんな事に成っているなんて知らなかったんですよ!』
「卑しい巨乳……脳内ドピンクの垂れ乳め!!」
『まだ垂れてませんよ!!』
「ってか、あれどうにかならないのかよ!!」
『無理です!あ、でも、変装をすれば何とか干渉して変化が生じるかもしれません!』
「変装って……もう良い!役に立たないホルスタインが!!」
『ホ、ホルスタイン!?』と驚いた声を発する山田先生を後にし、再びラウラの扉を開けて中に入る。
そして、ラウラの腕を掴むと扉の向こうにぶん投げた。
「な、何をする!?」
真っ裸で扉の向こうに放り出され抗議をするラウラ。
だが、一夏は扉を閉めはだけた服を着たの千冬に視線を向ける。
「……何をやってんだ、お前?」
すると、千冬の姿は変化しラウラにそっくりな娘のクロエ・クロニクルの姿へと変化した。
もしや、愛娘は百合百合な展開がお望みだったのだろうか?娘が特殊性癖に開花したのだろうかと本気で心配する一夏。
「私は彼女の願望を引き出しただけですよ」
クスリと一夏に微笑むクロエ。
全くと呟きながら一夏は頭をかいた。
「んで、お前は何をしにここに来たんだ?」
「……それは全てシステム中枢でお答えします」と言ってクロエの姿は霧散した。この世界の核となっていたラウラは既に外に出ており、この世界を具現化していたクロエもまた消えた事でこの世界そのものが消滅した。
気がつくと一夏は再び白い床、赤い天井の最初の空間に戻って来ていた。
「あいつ……」
クロエがどういう思惑か知らないが、彼女はシステム中枢で答えるといった。
ならば彼女はシステム中枢で待っているという事だ。女を待たせては男が廃る。
「少し、急ぐか」
そう呟くと最後の扉を開いた。
眩い光と共に扉の向こうに入るとそこは見慣れた光景があった。束との出会いの場にして思い入れのある場所。
師と仰ぎ、剣ではなく拳の道を歩んだ分岐点。
篠ノ之神社。そして、その境内の一角に建てられた篠ノ之道場の前に居た。
境内には大きな樹木が数多く生えており、境内は綺麗に掃除されている。
「懐かしいな」
これが終わり次第久しぶりに顔を出すか。束とクーと夏に夏祭りのため足を運んだが、参拝はしていなかったしなと感傷に浸っていると音が境内に響き渡る。
竹の、竹刀の音が境内に響き渡り一夏は道場の窓からひょっこりと顔を出して中の様子を伺う。
防具をつけた男女が試合をしており、その内の一人の名前を見て少し驚きの表情を見せる。
男がつけた防具に織斑一夏と名前が刺繍されており、男と打ち合う女の太刀筋に見覚えがあった。
試合が終わり、男は女から3本取って試合に勝った。面を取ると自分の姿と箒の姿がそこにあった。
「ワールドパージは願望を見せる能力……とするならば、この幻想世界は箒の願望」
だとすれば、どのような願望なのだろうか?と思ったが、どうでも良かった。
これは恐らく、俺が拳ではなく剣を選んだ道だと思えた。
そして、これは俺が成らなかった道で今の俺とどっちが強いのかと知りたかった。
「ああ、流石俺の娘。愛してるぜクー、最後にこんな取って置きのプレゼントを用意してくれるなんてなあ!」
ニヤリと笑う一夏の顔は獲物を前に舌なめずりをする獰猛な肉食獣の如く。
そして、その脚は標的を定めたライオンの如く速かった。道場の扉を開け、堂々と中に入ると箒は「い、一夏!?一夏が二人!?」と驚く姿を視界の隅に置き、防具をつけた自分に向かって宣言する。
「お前、俺と死合をしろ!文字通り、互いの命を懸けた勝負をな」
「……解ったぜ、偽者」
「ククク、偽者?本物?んな事はどうでも良い!勝者か敗者か、強者か弱者かが解ればそれだけで良いんだよ!織斑一夏は強者である!そうでなければいけないんだよ!!弱者に織斑一夏の名を名乗る資格なし。弱きは死に、強きが生き残る。ただ、それだけだ」
「良いだろう」と呟いて防具を纏った一夏は竹刀を一夏に向けるが、一夏は防具などは何もつけず拳を構えて対峙する。
そんな様子を見て防具を身に纏った一夏は問いかける。
「防具無でやるのか?」
「ああ、竹刀じゃなくて真剣でやるか?いや、やれ!全力で、文字通り命を懸けた真剣勝負としゃれ込もうや!」
そういって一夏は道場の奥から真剣を取り出してきて、鞘に入った真剣を防具をつけたままの一夏に投げつけると一夏は拳を再び構え、防具をつけた一夏は鞘から真剣を抜くとその矛先を一夏に向ける。
「「行くぞ!!」」
次の瞬間、道場に鈍い大きな音が響き渡り二人の立ち位置が変わった。
互いに背を向けたまま数秒がすぎ、片膝を突き剣を道場の床に突き立てる防具を付けた一夏。防具の胴部分にはべコリと拳の形をした凹みが出来ていた。
一方の防具をつけていない一夏は振り向き、防具を付けた一夏に見下ろす形で視線を向けた。
箒の目にはそれが傲岸不遜に見えて仕方なかった。だが、何処かでそれを見た。
ピシリと電流が脳内を走り忘れていた記憶が呼び起こされようとしたその時、少女の声を聴いた。
『ワールドパージ強制介入』
その瞬間防具を付けた一夏は再び立ち上がり、一夏に駆け寄る。真剣を下段から斬りあげる。
それに合わせて防具をつけていない一夏も駆け寄り、手刀を繰り出す。
「「うぉおおおおお!!」」
手刀と真剣の鍔迫り合いが繰り広げられる。
ギリギリと互いに押し合う一夏達。
「ハ、これだから剣道馬鹿は弱いんだよ!」
鍔迫り合いをしていた防具をつけていた一夏が防具をつけていないに一夏に蹴り飛ばされた。
道場の端まで蹴り飛ばされ壁に激突する一夏。
「一夏!?」
それに駆け寄ろうとする箒だがそんな箒を防具をつけていない一夏は睨みつけながら呼び止める。
「箒!文字通り男同士の命を懸けた真剣勝負に入るなんて無粋な邪魔をしてんじゃねえ!!」
怒鳴る様に声をかけられた箒はピタリと動くのをやめた。
いや、動こうと思っても動けなかった。全身が固まって動けなかった。
「弱きは死に強きが生き残る。弱肉強食の原初の世界。お前はかつての俺を見ているみたいだ」
一歩、また一歩。道場の端まで蹴り飛ばされた一夏にゆっくりと近づく一夏。
「そう、弱ければ何も守る事が出来ないんだ!これがその体現だ!お前は地面に這いつくばり、俺はここに佇んで立っている!!お前がちーたんクラス……つまりは俺とまともに殺しあうだけの力を持っていれば、俺が跪きお前が俺を見下ろして剣を俺の首に向けていただろう」
そして、箒に視線を向けて言い放つ。
「なあ、箒!これが現実だ。お前がいかに現実を否定し、この世界にいても現実は変えられない。現実を直視できぬ弱者に現実は変えられないんだよ」
それは否定の言葉だった。
否定され、見せつけられた。
圧倒的なまでの力。覇王の気質。
「あ、ああ、あああああああああ。貴様貴様貴様!!」
そうだ。これは夢。最悪の夢。理想を見せ、現実世界に返る気をなくす魂の牢獄。甘い甘い罠。
竹刀を持って襲い掛かる箒。防具をつけていない一夏の面に一撃食らわせる為に横に一閃を放つ。
だが、その竹刀は一夏の顔に当たる事もなく寸前で片手で受け止められる。
「知れば誰もが望むだろう。こんな世界でありたいと。こんな世界で生きたいと。故に囚われるのだ、弱者は!!」
竹刀を握った手に力を籠めるとミシミシと竹刀から悲鳴が上がる。
一歩、また一歩と箒に近づく一夏の竹刀を握りしめる力は今まで以上にこめられており、フンと一夏が箒から竹刀を取りあげると真上に放り投げる。そして、織斑流拳術断空手刀斬りを落ちてくる竹刀に向けて放つと真っ二つに斬られた竹刀が箒の横を通り過ぎ道場の床に転がった。
「だから俺は弱者が嫌いだ!……箒、お前は弱者に成り下がるか?」
「え?」
「俺が忌み嫌うべき弱者にお前は自ら成り下がるのかと聞いているのだ!!」
「私は……私は…」
「本当の、真の弱者は自ら牙を折る者。意思を放棄した弱者だ!俺が最も嫌悪するのはそういう飼いならされた奴だ!!お前は、そういう奴に成り下がるのかと訊いているのだ!!」
「違う!私はそんな奴じゃない!そんな奴に成り下がらない!!」
箒の瞳に再び燈った意思の炎。それを見て一夏の頬が緩んだ。
そうだ、それこそが篠ノ之箒という存在だ。
箒は防具をつけ横たわる一夏に視線を向けるとキッパリと宣言する。
「去れ!私にお前は必要ない。私は例えどんな未来であろうとも受け入れる。これが私の理想とするならば、ここでは無く現実世界で私の理想郷を作るまでだ」
その言葉を聞いた防具をつけた一夏は僅かに口元を歪ませ微笑むとその姿を消した。
やがて箒の理想世界は消滅していく。消滅する様を見ながら一夏は箒に呟いた。
「さっきのお前、良い女だったぜ」
「フ、今更か?見る目のない奴だ」
「ああ、全くあいつの妹だけあって惚れ惚れするよ。あいつには優しさ。お前には勇気といった具合に二人にそれぞれ分けられているな」
「……全く、お前という奴は。女の前で他の女の話をするなど言語道断だぞ」
「悪い悪い」
「だが、私の願いは成就するかもな」
「あ?俺がお前に惚れる事か?それとも剣の道に戻るって事か?」
いいやと言いながら箒は首を横に振りそのどれも違うと否定する。
それじゃあ、なんだよと尋ねるが人差し指を自分の口にあて秘密だと呟いた瞬間、箒の理想世界は消滅し一夏と箒は白い床、赤い天井の空間に戻っていた。
『篠ノ之さん、貴女は敵から何かしら精神攻撃を受け危険です。一旦戻って検査を受けて貰います』という山田先生の声と共に箒の姿は粒子と会って消え電脳世界から強制退場させられたことを物語っていた。
一夏の前に白い扉が現れる。
『織斑君は引き続きシステム中枢を目指して下さい。こちらからの干渉は敵の干渉領域の方が遥かに多く、私はこの領域を守る事で精一杯です。システム中枢付近は既に敵の領域なのでご注意を』と山田先生の言葉を聞き現れた扉を開き中に入る。
そこは上も下も右も左もない空間だった、本来は。だが、少女が介入したことでそこに疑似とはいえ目印が作られ、少女はその世界の中央にある暮桜のコアの下で待っていた。少女が言われた指令、それはこの暮桜の強制解凍プログラムを暮桜のコアに入れる事だった。永い眠りから目覚めさせる、いや目覚めさせなければいけない時が来ているのかもしれないがそれがどういう時かは少女は知らない。
「すまない。遅くなった」
少女に声をかける男は一夏。
その姿は普通の男子高校生の姿のまま。
「元の姿に戻られたのですね」
「まあ、な。解毒薬も作ってそれを摂取してみたが……その様子では作った解毒薬は成功だったみたいだな」
少し悲しそうな表情を浮かべる娘のクロエに対してカラカラとあっけらかんと笑う一夏。
意地悪と口をまげるクロエの頭を撫でながら、だってこの解毒薬は時間制限付きだからなと事の真相を告げる。
「まあ、お前がそうやって悲しむ表情を見せるのではないかと危惧して時間がたてば幼少期の姿に戻るから心配すんな」
「父様、大好き」と抱き着くクロエを嬉しそうに「現金な奴め」と呟きながらベンチに腰掛けその頭を撫でる手を休めない。
所で、何故ここに?と事の真相を探るべく尋ねると愛娘の口から語られる真相。
全てを理解する事は出来なかったが、それでも愛娘の無事元気な姿を拝めたことを素直に喜んだ。
突如膝に乗っていたクロエが膝から降り一夏に真剣な表情を見せる。
「幾つかご質問が」
「どうした?」
「先ず一点。どうして父様は母様と袂を別れたのですか?」
クーの率直な疑問だった。嫉妬するぐらい一夏が束を狂おしい程愛しているのは知っていた。その愛を自分一人に向けて欲しいと思った事も無きにしも非ずだ。だが、それほどまでに愛していながら別れているのがどうしても理解に苦しんだ。
束も一夏を愛している事は一緒にいるクーはすぐに理解できたし、一夏が束を愛している事も理解している。だからこそ、何故二人はこうまでして離れているのかがどうしても理解できなかった。
「母様が好きではないのですか!?」
「好きだよ」
「では何故!?」
最早惹かれあっていると言っても過言ではない二人が何故こうまでして別れているのか不思議で仕方なかった。
「それは、ね。大半の人間が生きる価値のない弱者だからさ」
風が吹いた。電脳世界に吹くはずのない風が一夏とクロエを襲うように。
驚いた表情を見せるクロエ。それもその筈。彼女が見た一夏の表情は彼女が見た事もない程に残酷で冷酷で血も涙もないような体を凍てつかせるような表情だったから。
「俺が束の隣に立つには世界に認めさせるしかないんだ。束は天才すぎる。その天才さ故に世界から疎まれた。そう、弱者に拒絶させられたんだよ。人間の半分以上が弱く脆く、自ら考える事を放棄した群れる事でしか存在出来ない弱者だ。そんな奴らが理解を超えたモノを作る束に向けるのは畏怖と浅ましい要望にまみれた思惑だろう。だがね、それでは束が傷つきながら受け入れるだけ。それではダメなのだよ。優しき天才の横に並び立つのは冷酷無比の世界最強でなければ、ね」
そう、だから俺は手に入れる世界最強の名を。世界最強の隣に伴侶として並び立つ優しき天才を受け入れぬ弱者と浅ましい欲望にかられた者達を誅罰するために。そして、お前達を守るためにも俺は俺の国を手に入れる。
自らの目的を明かした一夏の眼はクロエの向こう側。遥か彼方を見据えていた。
「父様の真意を知れましたので、私はこれにて」
「……そう、か。気をつけて帰れよ」
「はい」
そう言ってクロエは一夏にスカートの裾を持ち、お辞儀をするとその姿が消えていく。
娘の姿を見送ると一夏は電脳世界を後にする。
IS学園から少し離れた海が見えるカフェに少女はいた。少女は今回の騒動の原因、一夏の愛娘クロエ・クロニクル。意図せずアメリカ軍特殊部隊を学園に入れてしまった。
(名残惜しいですが、早くここを離れないといけませんね)
注文したフラペチーノに口をつける事も無く椅子から立ち上がろうとすると一人の女性から声をかけられた。
「相席、構わんだろう?ほら、お前の分のコーヒーだ」
少女はその声の人物を知っていた。世界最強にして伯母にあたる人物。
父親と同じ達人級の上にいる世界でも片手で数えるほどしか居ない超人級の人物。弟子級の自分が挑んでも全く歯が立たない相手だ。
大人しく椅子に再び座り、運ばれてくるコーヒーに一口だけ口をつける。
「何が目的だ?」
「……何れ来るべき日のために」
「……そうか。だが、余計なことはするなと伝えておけ」
「!!」
千冬から発せられた殺気に当てられクロエは危険だと判断した。
千冬は強いがあまりにも
目を見開き能力を発動させる。
【邪眼】
相手に幻を見せる技。そして、その幻は技量にもよるが相手の精神を崩壊させ廃人にまでさせる事が出来る。
その瞬間千冬の周りに無数の一夏が現れた。
その全てが死んだ死体となっており、片腕が取れて骨が見えていたり眼が飛び出ていたり内蔵がカラスに突かれ飛び出している等、様々な死体が千冬の周りに散乱していた。
そして鼻をつまみたくなる様な死体が腐った異臭。
思わず千冬は喉にこみ上げて来るものを押さえ込んだ。
最も精神的ダメージとなる一夏の死体。一夏は一人しか居ない。なので、ここにある死体は全て幻な筈だと解っているが、臭いまでリアルに感じると最早幻であろうとも精神的に参ってしまう。
(貰いました!
精神的に弱った千冬の首にめがけて手を伸ばすクロエ。生体同期型ISとしての彼女は生身でもISと同等の握力を出すことが出来る。
一夏の握力と引けを取らない彼女の握力と言う名の毒牙にかかれば千冬など一瞬で殺されてしまう。
そう、かかれば……
「そこか!」
突如発せられた殺気を感じ、千冬は自身の首へと伸ばされた手を掴み関節技で机にひれ伏させる。
それと同時に幻術は解け、本来のカフェの風景へと変わった。
関節をきめられてひれ伏されて全く動けないクロエの額には汗が流れた。
千冬の精神力が自分の幻術を打ち破る程強かった。掛かれば廃人は確定するであろう幻術を見せたにも拘らず、耐え抜いただけでなく打ち破ったのだ。
(これが超人級!!)
肉体だけでなく精神も人間を凌駕しているのかと思うと絶句せずにはいられない。
「成る程。下手をすれば相手の精神を崩壊させる程のリアルな幻術を見せる技か。恐ろしいな」
「……」
「まあ良い」
そう言って千冬はクロエを開放する。
クロエはゆっくりと机から体を起こし大人しく椅子に座った。
その様子を満足そうに眺めた千冬は頼んだコーヒーを飲み干すとカフェを後にした。
一人になったクロエは千冬のその強さにただただ驚きを隠せずに居た。
(重ね掛けの邪眼を使っても平然と立ち上がるなんて……)
邪眼の使用はクロエにとって奥の手である。一日に3回までしか使用してはならない。それ以上使用してしまえばクロエは体を動かすエネルギーを全て使ってしまい、動けなくなってしまう。辛うじて臓器を動かすエネルギーは束の手によって別に蓄えられているが、武人にとって体を動かせなくなる事は敵に隙を見せ、死を意味する。
そんな奥の手を2回使った重ね掛けの邪眼を使用しても千冬には歯が立たなかった。
(私の完全なる敗北ですね)
自らの敗北を認めクロエはカフェを後にする。
一人帰路につくクロエに同じカフェにいた女性は厭らしく笑うのだった。