拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第65話

「フン、長い取り調べだったな」

 

 あれからIS学園に帰還すると千冬による長い取り調べが待っていた。

 数時間に及ぶ長い取り調べによって午後一時に学園に帰ったのに解放されたのは日が落ちて周囲が真っ暗になった後だった。

 一夏の体を疲労が襲い倦怠感を誘う。

 

 長い取り調べで喉も乾いていたのですぐそばの自動販売機で冷たい缶コーヒーを購入する。

 

 ガコンと音がし、商品の缶コーヒーが落ちてくる。自販機から落ちてきた缶コーヒーを取り出しながら一夏は呟いた。

 

「気配を隠すならばその殺気も隠せよ‼」

 

 自販機から取り出した缶コーヒーを素早く殺気を放つ人物へと投げる。

 

「……」

 

 一夏から少し離れた木陰に隠れていたその人物は一夏から投げられた缶コーヒーを部分展開でISの腕を展開し缶コーヒーを弾くとその手には黒い拳銃が握られていた。

 その人物の顔を見ると一夏は言葉を失い絶句する。

 

「昼間は世話になったな。私はお前だ、織斑一夏」

 

 その人物は手に握りしめた拳銃を一夏に向ける。

人を殺す為に作られた拳銃は一夏の胸に照準を合わせられ、

 

「私が私であるために……お前の命を貰い受ける」

 

 その銃口から乾いた音が周囲に響き渡り一夏に向けて凶弾が放たれる。

 銃口から放たれた凶弾は一夏の胸を貫いた。

 

「これで、これで私は――「織斑一夏になれる―か?」ー‼??」

 

 胸を銃弾が貫いた筈の一夏の声が襲撃者に向けられる。

 驚いて胸を銃弾に貫かれた本来ならば地面に横たわるはずの一夏の姿に視線を向けるがそこに一夏の姿はなく、その襲撃者の頬を人の温もりが撫でる。

 

「道具に頼っているから過信する。己が力で相手を殺さねばこうしていとも容易く背後を取られる!」

 

 背後から声がかけられると同時に襲撃者の体を背中から衝撃が駆け巡り、襲撃者は膝から地面に立ち崩れた。

 喉からこみあげてくる吐き気に抗おうとするも思いがけない衝撃により体が硬直し思うように体が動かない。

 地面にひれ伏す襲撃者の顔を再度覗き、ニヤリと口元を歪める。

 

「――そうか、そう言う事か‼」

 

 ハハハと愉快そうに笑うと襲撃者の背中に拳による一撃放ち、軽い衝撃が襲撃者の体内に走る。

 暫くすると襲撃者の体に自由が戻り、指が動かせ手足が動かせる様になった襲撃者に一夏から手が差し伸べられる。

 

「俺は、俺はお前の存在を肯定しよう。織斑の血筋を持つ者よ。俺の手を取れ。お前が織斑の血を持つ者ならばお前に道を標すとしよう」

 

 一夏から襲撃者に向けられた言葉は救いであった。

 その存在を肯定された。他ならぬ織斑一夏によって。

 

「皮肉なものだ。私が殺そうとしたお前に私の存在を肯定されるとはな」

 

 自虐の笑みを浮かべる襲撃者。

 

「お前が織斑の血筋を持つ者ならば俺が手を差し伸べる理由に値する」

 

 だが、差し伸べられた救いの手を襲撃者は取る事は出来ない。

 襲撃者の体内には監視ナノマシンが埋め込まれており、裏切れば瞬時に脳の中枢をナノマシンに焼き切られる。

 非常な現実が襲撃者を襲う。この世でたった一人の孤独感に苛まれる。

 

「悪いが、その申し出を受け入れる事は出来ない」

 

 まるで泣きそうな子供の様な顔で一夏の腕を振り払い再度銃口を一夏に向ける。

 その様子を見て内心―馬鹿が。その様な顔をして―と呟くと拳を構える。

 

「そうか、ならば敵となるのならば誰であろうと織斑一夏の名において……殺す!」

 

 拳銃に臆することもなく、すぐに距離を詰めその体に拳を叩きこむ。

 

「織斑流拳術崩螺拳!!」

 

 例え防御をしてもその防御を崩し、螺旋に捻った拳が襲撃者の体を襲う。

 防御を崩し、螺旋に捻られた拳は襲撃者の自律神経を狂わし、螺旋に捻られて拳に溜まった膨大なエネルギーは襲撃者の体内を効率よく襲い意識を奪う。

 

 地面に向けて崩れる襲撃者の体をその腕で抱きかかえる。 

 

「お前の思惑を無視しての非情な現実がお前を襲うならば、その非情な現実を穿ち壊せば良い。ただそれだけよ」

 

 腕に抱えた襲撃者の顔に視線を向けぬまま夜空に向かって語る。

 腕に襲撃者を抱えた一夏の頭上には星が一つ彼を象徴するかのように明るく光っていた。

 

 

                         

 

 

「フン。成程、脳中枢に監視用ナノマシンが埋め込まれていると」

 

 更識家に襲撃者を持ち込んだ一夏は更識家の息がかかった病院に連絡し襲撃者の体をくまなく調べさせた。そして、その検査結果が一夏の手元に資料としてまとめられていた。

 

「それに、度し難いのが何処かの馬鹿が俺とちーたんの遺伝子を掛け合わせて作ったのがあいつという事だ!」

 

 襲撃者の体を知らべた際にその遺伝子を調べた。

 すると分かったのが一夏と千冬の遺伝子が半分ずつ。つまり、それは遺伝子的には一夏と千冬の子供であることに他ならなかった。

 

 襲撃者の存在に罪はない。

 だが、創った者にはそれ相応の裁きを下さねば気が済まなかった。自分の意とは別に動く世界に一夏は苛立ちを隠せずにいた。

 

 ぐしゃりと資料を握り潰し、ゴミ箱へと投げ捨てる。

 

「あいつの体に埋まっている監視用ナノマシンを破壊、あいつに課せられた現実を破壊する」

 

 監視用ナノマシンは体内に埋め込まれ外部からの指令を受けて、対象の脳中枢を焼き切る様になっているがナノマシンの為、極小のナノマシン自体は脆い。

 

「あいつに電流を流し、監視用ナノマシンを全て破壊せよ」

 

 AEDの様な人命救助用の様な電圧で脳にある監視用ナノマシンを破壊することも出来る。

 部屋の隅に待機していた更識家の者に指示を伝えると従者は音もなく一夏の前から姿を消した。

 

「……フン、音もなく姿を消せるようになる者達が増えた事は喜ばしいが、ならば俺も元以上の力を手に入れればな」

 

 それに、道を記さねばと呟くと一夏は部屋を後にする。

 

 

 

☆★

 

 

「拙いわね。Mが捕まってしまったわ」

 

「スコール、んなガキほっときゃあ良いじゃねえか」

 

 亡国企業のアジトにいる幹部のスコールは焦っていた。

 一夏を襲撃したMが独断専行で一夏を襲撃したのは監視用ナノマシンによってすぐに分かった。

 だが、まさかMが捕まってしまうとはスコールは思いもしなかった。

 ISを保有し、Mには一夏と千冬の子供である証として高い戦闘能力を有している。そんなMがまさか捕まるとは予想もしていなかったため、スコールは激しく動揺していた。現にアジトの室内を行き来している。

 

 そんなスコールを見ながらソファーに座ったオータムはけだるそうにそう呟く。

 

「そういう訳にも行かないわ。Mにはサイレント・ゼフィルスを預けているの。せっかくイギリスから奪った機体を奪われるわけにもいかないもの」

 

 イギリスの第三世代型ISサイレント・ゼフィルス。イギリスの代表候補生セシリア・オルコットのブルー・ティアーズと同じBTシステムの発展機。人材もそうだが、折角の機体を奪われるわけにはいかなかった。

 

「だが、あの餓鬼が何処にいるのか解るのかよ?」

 

「それは……」

 

 Mが持つISは強制スリープモードにされてGPSの反応は無く、監視用ナノマシンも居場所を発信する電波を発しているが遮断する方法など幾らでもある。

 

「んじゃあ、待つしかないんじゃねえか?スコール」

 

「……そうね。あの子に埋め込んだ監視用ナノマシンからはあの子が裏切った訳では無いもの。何れ機会をみて逃げ出すあの子を信じるしか無いわね」

 

 一夏と千冬のクローン技術の応用によって生まれたのがM-織斑マドカだ。

 

 

 故にMは、一夏だけでなく千冬にも執着心を抱いている。

 世界からその存在を否定され消されたものとして、織斑一夏と織斑千冬をその手で葬ることによって初めて自分の存在を肯定できると信じているからだ。

 

 その考えは理解できた。

 だからこそスコールはMに今まで織斑一夏と各国の代表候補生達への襲撃を黙認していたが、まさか独断専行をしてまで織斑一夏に接触して拘束される事態にまで発展しようとは思いもしなかった。

 

 ハアと深い溜め息を吐きソファーに腰を落とすスコール。

 

「……なあ、それじゃあレインに連絡しておくぜ。あいつもIS学園にいただろ?あいつに協力を要請すれば織斑一夏に接触したあの餓鬼の行方の手がかりを何か掴めるかもしれないぜ」

 

「ええ、そうして頂戴オータム」

 

 

〇●

 

 襲撃されてから数日後、それまでの間に襲撃者は更識家の息がかかった病院で入念な検査を受けて、手術をした。電流を流し脳中枢にいた監視用ナノマシンを破壊した。

 襲撃者が手術を受けて翌日、一夏は襲撃者の病室に訪れていた。

 病室の入り口の外には二名の部下を待機させ、病室には一夏と襲撃者の二人のみ。

 

「気分はどうだ?」

 

「拘束され、無理やり検査と手術を受けさせられて良い気分なわけないだろう」

 

 まだベッドに拘束された状態の襲撃者は一夏を睨みつけながら吠えるが一夏はそれを優しい目つきで見るとその頬を優しく撫でる。

 

「お前が言った言葉とお前の遺伝子を検査した結果を考慮するならば、お前は俺とちーたん……俺の姉の子。だが、年齢的に合わない。お前の年齢と俺の年齢を考慮するならば俺は2、3歳の頃にちーたんと子作りをした事になるが精通もしていない。全てを考えるならばお前は作られた存在という事になる」

 

「……」

 

「だが、そんな事はどうでも良い。お前がどの様な経緯であれ、どのような思惑で作られた存在であろうともお前が俺の娘である事には変わらない。俺が一つ知りたいのはお前の名だ。お前に名はあるか?」

 

「織斑――マドカ」

 

「織斑マドカ―か。そうか、ありがとうマドカ。教えてくれて」

 

 拘束した状態のマドカの頬を撫でる。

 その生い立ちを本人が選ぶ事は出来ない。生まれ先も。

 望まれない存在かもしれないし、望まれた存在なのかもしれない。だが、生まれる命に罪はなく、罪があるとすれば産んだ存在である。

 

「今は休め。お前が望めば世界は変わる。お前を縛る枷は全て外された。元に戻るも良し、ここに残るも良しだ。ここに残ればお前の籍を用意するし、俺の加護を受けれる。それを監視と捉えるもいいが援助と捉えてもいい。ものの見方一つでその現象の解釈は変わるからな」

 

 マドカを拘束している拘束具を解きながらそう呟く。

 

「……」

 

 拘束具を解かれたマドカは拘束されていた手足を摩りながら無言で一夏の言葉に耳を傾ける。

 

「ここを出るのならば何時でも出るが良い。監視も尾行も付けない。望めるならば…お前と俺の家族と一緒に生活する。それのみよ。何者にも揺るがぬ地盤を築き、普通の生活をする。それが俺の夢、俺の理想の先にあるものよ。だが、お前が出て行くと言うならば止めはせぬ。お前にはお前の人生がある。何かあれば俺を頼りに戻て来い。ただ一つ出て行くお前に頼みがある」

 

「……何だ?」

 

「生きてくれ」

 

「……お前は、私の存在を肯定してくれるのか?」

 

「ああ、肯定する。お前は俺の娘 織斑マドカだ。お前には俺の後継者としての素質がある。その血筋はお前が望んだものではないだろうが、お前に選択肢を与える。今のお前はダイヤモンドの原石だ。磨けば光るダイヤモンドの原石。素質があるお前には力をつければそれは俺やちーたん…織斑千冬に負けるとも劣らない力がある」

 

 彼女―マドカが何を望んでいるかはわからない。

 だが、彼女の存在を肯定したとき彼女の目が輝いた。ならば、彼女の存在を手元に置き彼女を知りたいと思った。

 

 その結果彼女に憎まれても良いとすら思っている。刃を向けられ、四六時中狙われる羽目になったとしても良いとすら思う。

 

 一夏が襲撃者であるマドカを殺さずに選択肢を与えている理由の一つにマドカが織斑の血筋を持っているという理由がある。姉と二人で育った一夏が望むことは団欒として楽しそうな家庭である。

 何気ない家庭。

 父と母がいたかどうかの記憶など皆無。故に手がかりなど全くない。持っていても千冬が持っている位だろうが一夏と千冬の間では家族の話はタブーという暗黙の了解がある。手がかりがない以上探しようがない。

 自分を育ててくれた千冬に感謝はしている。自分が居なければもう少し楽に生きれたはずだ。 

 だから、これまでの苦労も考えて千冬には幸せになって欲しいと思う。

 

「まあ、なんだ。今はゆっくり休め」

 

 一夏はそう言い残すと椅子から立ち上がり病室から出て行く。

 病室から出て行く直前振り返ってマドカの方に顔を向ける。

 

「あ、それとも添い寝した方が良いか?」

 

「帰れ!」と顔を真っ赤にして叫びながらマドカはベッドに取り付けられている枕を一夏にぶん投げる。

 枕は見事一夏の顔に命中し地面に落下する。顔面に枕が命中した一夏はクスクスと笑いながら。枕を拾い上げマドカに投げ返す。 

投げ返した枕をキャッチするマドカを見て

 

「じゃあ、またな」

 

 それだけ言い残して今度は本当に病室を後にした。

 

「……私は」

 

 病室に一人となったマドカは今の現状に困惑を露にする。

 今まで味わった事のない感覚。

 

「胸が痛い」

 

 ズキズキと内側から痛む胸を手で押さえベッドの上で蹲る。

 

「どうしたら良いんだ、私は!?」

 

 マドカはまだ知らない。

 後はマドカが選ぶのみだという事を。道は開かれ、マドカは枷を解かれ自由を手に入れた。

 

 困惑したところで誰も教えてくれるはずなど無い。未来は自分で選ぶ他は無いのだから。

 

 

 そんなマドカを遠くから監視する者が居た。

 マドカの病室が見える病院の敷地内に植えられた樹木の枝に立ち、一夏とマドカの一部始終を見ていた。

 二人の様子をギリギリと歯ぎしりをして憎々しげに見守り、太い枝を片手でへし折っていた。

 

 一夏が部屋から出て行くのを確認すると立っていた樹木からは姿を消した。

 

●●●

 コンコンと扉がノックされ一人の少女が扉の前に立っていた。

 扉の向こう側にいる人物の返事を待つ。全てのしがらみを解かれ、ただの人間となった少女。

 彼女が持っていた権力も座も責任も全てを奪った人物が扉の向こうにいる。高鳴る鼓動を深呼吸して抑え込み返事を待つ。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 返事と共に扉のノブを回し扉を開ける。

 扉を開けるとそこには机を挟んで一人の少年が座っていた。

 かつて座っていた椅子。使っていた机。

 その座に就くために血の滲む様な努力をし、手に入れ、そして失った。

 

 椅子に座った少年は部屋に入って来た少女に視線を送ることも無くただ作業を進める。

 机に広げた書類にボールペンで文字を書きこみ計算する。

 

 少年は少女よりも背は小さい。

 本来ならば少女と同じぐらいだがとある薬を飲んでしまったせいで筋力は低下し、小学生ぐらいまで幼児化してしまった。

 だが、それでも少年は少女よりも強かった。

 

「更識刀奈、今日は少々ご相談があって参りました」

 

「そうか」

 

 そう言うと少年は手を止めて視線を書類から少女にようやく向ける。

 少年の目に映るのは自分が全てを奪った者。いや、言い換えるなら自分から全てを奪われた弱者。

 

 持っていた権力も座も責任も誇りも奪われた弱者。

 

「それで、要件は?」

 

「はい。貴方のお力を貸して頂きたいのです」

 

「俺がお前の頼みを聴くとでも?」

 

「はい、お聴きになるかと」

 

「冗談でも笑えんな。弱者の願いを聞き入れる気はない」

 

 再び書類に視線を向ける。

 そんな少年と書類の間に一枚の写真が少女によって投げ入れられた。

 

「彼女の存在の秘密を対価としても――ですか?」

 

 そこに映っていたのは織斑マドカだった。

 ピクリと少年の瞼が動き怒りの視線を再び少女に向ける。

 

「それで?何のつもりだ?この更識家当主の座か?」

 

「それも魅力的な提案ですね。ですが、私は貴方に忠誠を奉げた身。今この現状で当主の座に帰り咲いても誰もついては来ないでしょう。故に単なるお願いです」

 

「抜かせ。忠誠を奉げた主に家臣が脅迫など謀反以外の何物でもないぞ」

 

「確かに」とクスリと笑いながら少女は続ける。

 

「ええ、ですがそれは私のお願いを聴いて貰う為の手段です。こうでもしないと耳を傾けては下さらないでしょう?」

 

「まあ、な」

 

「お願いは一つ。妹にお力添えをお願いします!」

 

「詳しく聞かせろ」

 

 

 

 

 

「良いのか?彼女をこのまま返しちまって」

 

 少女が部屋から出ると同時に一夏は背後から声をかけられる。

 一夏の後ろの障子の向こう側にその者はいた。最初からずっと気配を消して聞き耳を立てていた。

 

「構わんさ。マドカの存在が公に成った所であいつが真の織斑の血筋を持つ者ならばどうという事は無い。襲撃者ならばあいつが持つISを使って逃げれるだろうよ」

 

 そう言って少女が入って来た時のようにボールペンを動かし作業に没頭しながら呟く。

 

「本当にお前は人間かどうか疑うよ。肉体スペックもそうだが、自分の子にそうやって冷静でいられるんだから」

 

「フン。我が子であるが故に、だ。今のままでは何れ命を落としかねない。だから常に冷静でいなければ守れない」

 

「……そうだな。俺も守る存在があっからよ」

 

「守るものがあると人は二つに分けられる。弱くなるか強くなるか」

 

「ああ、俺達は常に強くなければいけない」

 

「そうだ。一度の敗北も許されない」

 

「んで、彼女はどうするんだよ?拉致って吐かせて証拠回収しようか?」

 

「そんな事をする必要などない。あれは己の弱点を晒した様なものだ。いざとなれば諸共処分すればいい」

 

「ああ、なんと冷酷にして非道。血も涙もない残虐な我等の主よ」

 

「残虐で構わんさ。そうしなければ世界は変わらない。変えられないのだから」

 

 そう呟くと一夏は手を止める。

 ギイと音を立てて椅子を180度転換させて障子の向こう側にいる人物に視線を向ける。

 

「それで、そんな事を呟くためにずっと居たのか?」

 

 意識を指先に集中させ、殺気を障子の向こう側にいる人物に放つ。

 その気になれば何時でも動き、障子の向こう側にいる人物の心臓を抉り取ったり首を刎ねる為に。

 

「そんな殺気立つなよ。朗報を持ってきてやったのに」

 

 障子の向こう側にいる人物は一夏に背を向けたまま言葉を繋ぐ。

 

「フェーズ1を終えた。全ての修羅が隠密行動が出来るようになった」

 

 その言葉を聞き指先に集中させていた意識を解き、リラックスした状態となった。

 

「そうか。だが、俺等の目標は」

 

「ああ、最低でも全ISと地上戦では生身で互角以上」

 

「フェーズ1ではスタート地点でも無い」

 

「世界が女尊男卑なのもISが使えるからだもんな」

 

「そうだ。男が地上戦ではISと互角以上戦える事を世界に知らせれば世界は変わるだろう」

 

「だが、どうすんだよ?ISと地上で互角に戦えたとしても空中に飛ばれればこちらは一切手出しできなくなるぜ?」

 

「構わんさ。そうなれば男が空を飛べるようにすればいい。今はその開発をしているんだからな」

 

「……そうか。なら任せたぜ」

 

「ああ。お前はお前の出来る事をやれ、弾」

 

 そう言うと一夏は椅子を180度転換して再び書類に視線を向け数式を書き込んでいく。

 

「ああ、解ってる。現場は俺に任せろ」

 

 その言葉だけを残し障子の向こう側に弾の姿は既になかった。

 

 

「聴いての通りだ。お前もお前の出来る事をしろ。俺の懐刀となるお前の為に」

 

 その者は最初から天井裏にいた。

 息を殺し、気配を消し、姿を隠した状態で。

 

 弾もその者の存在を認識してなかった。

 右腕である弾も暗部用暗部更識家の旧頭首も認識することもなく、その存在を知る者も限られた人物しか知らない。それ程までに一夏は懐刀の存在を隠蔽した。

 

「はい」

 

 それだけ言うとその者は天井裏から姿を消した。

 誰もいなくなった部屋で一夏は、ふうと息を吐きながら力を抜いて呟いた。

 

「間も無く全てが始まる。ヴェーダの稼働。そして、それが終われば鍵の奪取。ああ、全く目まぐるしく忙しいな」

 

 されどその顔は喜びに満ちていた。唇を歪め、愉悦の表情を浮かべる。

世界を降す。それが少年の目的だ。

 

 世界を降し、その果てに家庭を持つ。

 反逆する者、逆らう者には死よりも凄惨で残虐な罰を。

 世界に標す事でしか築く事が出来ないのならそうせざるを得ない。

 

「だが…」

 

 起こりえないかも知れない。それでも、起こり得る要素は常にシュミレーションしておく必要がある。

 

「最悪は常に考え、万が一の時にも対処出来るようにしておかなければ、な」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 


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