拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第58話

白い手袋と執事服を身に纏いポイント座標の場所に移動するとそこはとあるホテルだった。ホテルの前には変装をした束と娘がホテルのテラスで待っていた。

 

「あ、来た来た!いっくん~こっちだよ~」

 

「お久しぶりです。父様」

 

「ああ、久しぶりだな。束、クー。お前達が元気そうで何よりだ」

 

 白式と言う名の変態と出会った後の束とクーとの逢瀬は真夏の清涼剤に等しい程重要で楽しく何よりも代えがたいものだった。これ以上ない程至福の時と言っても過言ではないほど楽しい時間。束とクーとハグをすると鼻孔にほのかなミントの香りと甘い苺のような香りがそれぞれ束とクーからした。

 

「ミントと苺の匂い?」

 

「あ!?気づいちゃった?クーちゃんもお年頃の女子だからお洒落をさせないとと思ってね。苺の香水を少しだけ付けてみたんだ」

 

「……似合いますか?」

 

 コクンと首を傾げるクー。その様はまるで小動物が不思議そうに首を傾げる様を思い描かせる。その仕草は一夏の父性を沸き立たせる。

 内心『やっぱり可愛いな~うちの娘は』と呟きながら「ああ。凄く……凄く似合ってるよ」と言いながらクーを抱きしめる。

 

 そんな三人の様子を見ていたテラスに居た外国人の男性はピューピューと口笛を吹いて煽り、テラスでコーヒーを販売していたマスターはグッドラックと言わんばかりに一夏に向かって右手の親指を立てる。

 

 幸せそうな一夏とクーを見て面白くない人物がいた。

 

「ブー。クーちゃんといっくんだけハッピー。束さんは激しくジェラシー」

 

 フグの様にぷっくらと頬を膨らませ面白くないと言う雰囲気を体から発している一夏の婚約者 篠ノ之束。その人だ。

自分でも娘に嫉妬心を抱くのはどうかと思ったがそれでもやはり天才も所詮女。娘と言えども自分より先に他の女と婚約者が楽しそうに抱擁を交わしていて面白いとは思えなかった。

 

 

「全くお前は……娘に嫉妬心を抱くんじゃねえよ」

 

 呆れて苦笑しながらも今度は束とハグを交わす。ほんのりと香るミントの匂い。束の豊満な胸は一夏のハグによって押しつぶされて形を変え、一夏は自分の体に胸が当たっている感触を感じながらハグを終えると同時に束の額にチュッとキスをする。

 何をされたか一瞬解からなかった束だが、一夏にデコチューされたと解かると顔を真っ赤にさせ、眼はぐるぐると視線があちこちに動き、口はパクパクと動かし何かを言おうとするが声が出てこなかった。

 

 

「ああ!?ズルい!」と今度はクーが不満の声を上げる。

 

「ほら、お前も嫉妬心を抱くんじゃありません」と大人の余裕を持って苦笑しながら言うとクーにもデコチューをすると、「えへへ」と嬉しそうに笑みを浮かべながら顔を赤く染めるクー。

 

 そんなイチャイチャする三人にピューピューと口笛を吹いて煽る外国人男性。リア充死ね!と呪詛をまき散らし、真の童貞は眼で殺すと言わんばかりに親の敵を討たんと言わんばかりの視線を一夏に向ける男性。持っていたコーヒーカップの取っ手をついつい握り潰してしまった喪女。

 

「……流石に騒ぎすぎだな。行こう」

 

「はい」

 

「いっくん、こっちこっち~」

 

 束とクーに手を引かれ一夏はホテルのテラスを後にした。

 

 

 一夏がクーと束の二人に手を引かれて連れてこられたのはテラスの向かい側のホテルの部屋の一角だった。普通のホテルの部屋と違ってそこは長期滞在する人が利用するための部屋なのかキッチンが備わっており、部屋は恐らくクーによって小奇麗にされていた。埃一つ無い部屋に通され一夏は部屋を見渡しながら、「紅茶でも淹れるよ」と言うと束が「良いよ。いっくんは、ゆっくりしていて」と言ったので言われるがままにクーに案内されて椅子に座る事に。

 クーと喋りながら時間を過ごしていると束が紅茶を淹れてくれたのだが何故か一人用。

 

「どうした?紅茶が一人分しかないが?」

 

「久しぶりに紅茶を淹れてみたからちょっと自信が無くて、ね?」

 

「つまり俺は毒見役、か」

 

 全く、やはり俺の婚約者は可愛いなと思いながら差し出された差し出された紅茶を受け取ると飲む。紅茶は別にティーパックをコップに入れてお湯を注ぐだけなので別に失敗はしないと思うのだが、それでも婚約者である束が淹れてくれた紅茶なのだ。それだけで一夏にとってとても飲む価値がある物であった。

 

「折角だし頂くとしよう」

 

束の入れてくれた紅茶を舌で味わいながら飲み干す。

ダージリンの味が口の中に広がりさして不味い訳でも無い。寧ろ美味しい。

紅茶を全て飲み干しカップを置き口の中に広がる紅茶の余韻に浸る。変な味は一切しない。

 

「フム、久しぶりと言うからブランクがあると思って覚悟して飲んだが別に変な味は一切しなかったぞ?寧ろ美味しかった。特別美味いと言う訳では無いが、普通に美味かったぞ」

 

「あー、そこは何も言わずに美味しかったと言って欲しかったな~」

 

「阿呆。それは、紅茶を淹れてくれたお前に対する侮蔑や侮辱以外の何物でもない。俺は俺の思った事を言うだけだ。それはお前が一番よく知っているだろう?」

 

「まあね~」

 

一夏は、他愛もない紅茶を淹れてくれた束に対する感想を述べていると突然強烈な眠気に襲われた。一瞬疲労疲弊による強烈な眠気かと思い、経穴を瞬時に突き眠気を覚まそうとするも、それは叶わず。

 

「束、紅茶に……」

 

 

口をつけるな!と警告しようにも強烈な眠気には敵わなかった。

強烈な眠気によって一夏は意識を失うように瞼を閉じてしまう。

 

()様、上手くいきましたね」

 

「そうだね~。このすぐ寝る君乙で、これで暫らくはいっくんも起きないはずだからね~。後だいたい4,5時間ほど準備時間を稼げるよ」

 

 

 意識を失うように眠りについた一夏を前に天才とその娘は学園最凶を前にほくそ笑む。束が一夏に出した紅茶には強烈な睡眠薬すぐ寝る君乙が入れられており、このすぐ寝る君乙は束がこの日の為に今日開発した強烈な睡眠薬なのだ。

 

 天才が開発した睡眠薬によって学園最凶は眠る眠る。婚約者である天才を信用していたという事もあって油断しまくっていた。

 泥酔したように眠る学園最凶を前にほくそ笑む天才とその娘は学園最凶に対して我策する。

 

 

「うっ、ぐっ」

 

 意識を取り戻すように一夏は目を覚ます。ズキリと頭の奥から強烈な頭痛がし、両手は縄で椅子に固定されており、両脚は辛うじて縄で固定されていないが体がだるい。今いる場所は束とクーに案内されたホテルで時間が経過し夜になった為か窓にはカーテンが閉められており外からは覘けないようになっている。視線を左薬指に向けるとそこには待機中の白式が指輪状態と成って待機しており白式を奪うための犯行では無い事が分かる。

 

「そうだ!束とクーは!?」

 

 慌てて視線を部屋全体に向ける。残念ながら夜目に成っていないため部屋の中は確認できない。カーテンが閉められたというのが分かるのも窓から月の光や太陽の光が入り込まないからだ。

 

 脚を縛ってないのは誰の犯行かわからないが悪手だ。

 フンと力を入れて椅子に縛られた手を回す。皮膚が縄で締め付けられる感覚がし、やがて骨が内側から軋みを上げる。十分にねじれるだけねじり、そして両手を縛っている縄に対して文字通り牙を立てる。

 縄に噛みつき犬歯を立てて縄を嚙み千切るバラバラと縄がほどけもう片方の縄を嚙み切ると立ち上がり狭い視界を頼りに部屋の電気をつけて確認しようと蛍光灯のスイッチを探す。

 

 狭い視界は夜目になり少しずつ暗闇に成れていきある程度部屋の構造が分かってきた。暗闇に成れた視界を頼りにスイッチを探しているとパッと急に電気がつき一夏は眼を閉じてしまう。

 

 急な光を浴びて視界が真っ白になり、部屋を直視できない。

 手で目を覆い、光の量を調節して徐々に光に目が慣れてくる。光に目が慣れてくると手をのけて、眼を泳がせて周囲を渡す。

 すると、部屋の壁には『織斑一夏お誕生日おめでとう』と書かれた紙が掛けられており、その下には二人の猫耳メイドが待機していた。

 

 

 

☆☆

 

「ご注文は何でしょうか?我が麗しの女王様(マイ・クイーン)我が可愛い姫君(マイ・リトルプンセス)

 

 執事服の一夏は二人のメイド(・・・・・・)の前に片膝を立てて跪き、命令を待つ。二人のメイドに出会った時にどこぞの主人公みたいに『何でさ!?』と叫んだのは記憶に新しい。

 

 因みに何故に猫耳メイドかとメイドの一人に尋ねたら執事の相手はやっぱりメイドだよね☆でも普通のメイドだと捻りが無いから猫耳メイドなんだよ☆との事。一般人には解からない思考をしてらっしゃるのだが一夏にとってみればまあ婚約者と娘が可愛ければOK.OK程度の認識でしか無い。

 

 

「それじゃあ、命じます」

 

 遂に来るか!と覚悟し生唾を飲み込み腹を括る。

 

「今日と明日私達にされるがままにされなさい!」

 

「はい?」

 

 間の抜けた返事をして訊き返した自分は偉いと一夏は思いたかった。一瞬と言うか全く思考が目の前の現実に追い付かなかった。銀髪の髪に黒いメイド服を着たメイドと紫色の長髪に猫耳を付けた白いメイド服を着たメイドの二人をポカンとした表情で見る。その様子は文字通り開いた口が塞がらないと言った表情だ。普段では絶対に見られない表情を頂きましたと内心二人でハイタッチをしながら二人のメイドの内の片方はもう一度言う。

 

「今日と明日私達にされるがままにされなさい!」

 

「いや、ドラクエの如くリピートして欲しいわけじゃねえし!!」

 

「?」

 

 刹那のツッコミに婚約者の束は不思議そうな表情で一夏を暫し見る。

そして、再び口を開くと――

 

「今日と明日私達にイチャコラにゃんにゃんされなさい!」

 

「いや、言い方のニュアンスを変えて欲しかった訳じゃねえよ!?寧ろ、知りたくないよ内容を聞かされたぞ、おい!」

 

 クッ、頭が痛いと言わんばかりに眉間に親指と人差し指を充てて考え込む。

 

 一体何故こうなったのか?そもそも恐らくだが束に淹れて貰った紅茶には睡眠薬が入れられていたのだろう。強烈な眠気に襲われたのも納得がいく。何故睡眠薬を混入して眠らせたのか後でたっぷりと婚約者のお尻ぺんぺんをしながら尋ねるとして、これからどうした物かと考える。

 

 先ず今日と明日私達にイチャコラにゃんにゃんされなさい!と言うセリフ。これは、どこまでがイチャコラにゃんにゃんに成るのかその定義が曖昧な言い方だ。イチャコラまでは普通にデートをしたりするのだろうと予測できる。だが、問題はにゃんにゃんの方だ。もし、もしこれがR18方面の事を要求されるならば全力で阻止しねばならない。ついでに言うならば一夏に拒否権は残されていない。何故ならば、執事服で束とクーに奉仕すると言う約束をしているからだ。逃げ出す訳にもいかない。

 

「……あれ?これ詰んでね?」

 

 一夏の今の現状はチェスで言うチェックメイトを掛けられた状態だった。逃げられない現実。いや、逃げる事は許されない。束との約束だから、反故にする事は出来ない。逃げたり約束を破ったりすれば一夏は自分自身を決して許さないだろう。

 故に最善を尽くす。かつて神童と呼ばれた古く錆び付いた脳を高速で働かせ、自分の出来る最善の手を尽くす。

 

――現状把握

 

――問題解決方法……解決

 

――問題解決方法実行

 

 機械の如く自らの頭脳を駆使し導き出した解決方法を実行する。

 

「解かりました」

 

 すっと立ち上がり、束とクーの間に入る。

 右手でクーを抱きしめるようにクーの後頭部に手を伸ばし自分の胸に手繰り寄せ、

 

「と、父様!?」

 

「織斑流拳術 狂指」

 

トンとその細く白いクーの首筋を指で脊髄を圧迫し、意識を失わせる。

 意識を失ったクーはぐらりと地面に向けて倒れ込みそうになるが、一夏の腕に倒れ込みスースーと赤ん坊のように眠る。眠るクーをお姫様抱っこで担ぐとそのままソファーに寝かせる。

 

「さて、お子様のクーにはこれからの出来事は見せれないから寝かしつけたけど」

 

「あ、いや、いっくん?それは、寝かしつけたというよりも気絶させたと言った方が正しいんじゃないかと―「ん~?」―束さんは思うんですがいっくんは違うんですね?あ、はい」

 

「さて、女王様?ご命令を遂行する前に今日の出来事について容赦なく諫言したいと思います」

 

「何でかな?いっくんの後ろに阿修羅と閻魔と鬼が見えるんだけれどもいっくんスタンド使いだったの!?」

 

「お覚悟は良いですね?女王様?」

 

 ダラダラと脂汗を流すもひょいっと片手で俵を持つように担ぎ上げられる束。

 スタスタと束を担ぐと隣の部屋に移動し、扉を閉めると束のお尻を叩く。バチンという音が部屋に響き渡りその一撃で束はヒンと変な声を出してしまう。

 

「ちょ、いっくん!?」

 

 焦る束のお尻にもう一撃一夏のビンタが炸裂する。

 

「何でしょうか?女王様?」

 

「女王様って言ってるわりに私の事を敬ってないよね?」

 

「滅相もありません。きちんと敬っていますよ」

 

「だったらお尻ぺんぺんはやめて欲しいかな~」

 

「 で す が 敬うのと誅罰とは別物ですよ」

 

 その間にも一夏の束へのお尻ぺんぺんの刑は止まらず。二回目三回目と束のお尻に一夏のビンタは炸裂する。

 

「こ、この年でお尻ぺんぺんは恥ずかしいよ!」

 

「……そうですか。それは丁度良かった!」

 

 更に束にお尻ぺんぺんの刑が過激になる。

 

「これは家臣を心配させた主に対する誅罰なのですから」

 

 やがて顔とパンティーの下のお尻が真っ赤になる下ろされた女王。痛みと恥辱で眼からは涙を流し、「薬を盛ってごめんなさい。心配をかけてごめんなさい」との謝罪が出たので溜息を吐きながら一応の主をおろす執事。エッグエッグと涙を流す主の頭をポンポンと優しく撫でてフォローを入れる。

 

「良し良し。反省したのならば俺は別にもう何も言わねえさ」

 

 苦笑しながらも胸を借りて泣いている束の頭を優しく撫でる。

これにて完結――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――な筈がなく一夏の胸を借りて泣いていた束の唇はニヤリと泣いたまま歪む。

 

「だから、ね。その謝罪も込めて今日はいっくんを喜ばせようと思うの」

 

 突然泣き止んだ束は見上げるように一夏の顔を見る。

 束の言ってることの真意がわからない一夏は解せぬと言わんばかりの表情で目をパチクリしながら束を見る。束はメイド服のスカートの端を掴むと徐々に上げていく。その様子は蠱惑的かつ魅惑的で一夏の男心を刺激する。徐々にスカートはあげられて行きその中身が見えようとした瞬間、束の頭に衝撃が走る。

 

「きゃんっ!?」

 

 とっさに条件反射で衝撃を受けた個所を手で押さえる。その為掴んでいたスカートは重力の枷によって元に戻され、残念ながらその中身を一夏は眼にする事が出来なかった。

 

「ムー、何するのかな?いっくん」

 

 衝撃を与えた人物に抗議の視線を送るも一夏は体の前に両手でバッテンを作り、「No R18.制限R15まで」と頑なに言う。

 それを見た束は仕方ないな~と言いながらヤレヤレと言った表情で何やら球体状の物を何処からか取り出した。

 

「開けてみて」

 

 何だ?結婚指輪か?それならば俺がプレゼントするはずの立場だがと考えながらも束に言われたので言われるがまま球状のそれを捻り開けると視界を覆う白い煙が顔面に降りかかり、強烈な眠りに襲われる。

 

「束!」

 

またしてもやられたと思いながら一夏は強烈な眠りに抗えずに眠りについてしまう。

泥酔したように眠る一夏を前に束はほくそ笑む。

 

「奥手ないっくんだから、ね。こっちからリードしてあげないとね~」

 

 再び眠りについた一夏に貞操の危機が迫っていた。




申し訳ありませんが諸事情で6月中は更新できなくなりました。
と言うのも、何故か秘書検定を受けさせる羽目になりましてその勉強の為に更新をストップさせていただきます。

楽しみにして頂いた方には申し訳ありませんでした。

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