拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第57話

「さて、更識刀奈君。早速で悪いが君を支持する勢力には消えて貰う」

 

 突然生徒会室に現れた一夏は、生徒会室に更識刀奈と二人だけにするように生徒会長権限を使用して他の生徒会員を出て行かせると宣言した。

 

「……何を言っているの?」

 

「敵対する勢力がどうやら俺の見当違いの存在だったから潰させて貰うだけだが?」

 

 突然の宣言に困惑する刀奈に一夏はさも当然のことだが、何を言っているの?と言わんばかりに不思議そうな表情で返答する。

 

「どうして今になって……」

 

「だから、言っているだろう?こちらの見当違いだったから潰すと」

 

 そう言って一夏は手に握っていた資料ファイル一式を更識刀奈に向かって投げる。刀奈はそれをキャッチするとその資料にざっと目を通す。それには刀奈を指示する更識家幹部の汚職賄賂、賭博。その他様々な事が記されていた。

 

「それらは全て個人の利益の為に行われた事だ。俺は君達が敵対しようとも、その志は同じだと思っていた。道は違えども同じ思いだと信じていた。……その結果がこれだ。自らの利益に犯罪を行う更識の面汚し共だ。悪いがその存在事消えて貰う。これが、更識家当主更識楯無である俺の下した決断だ。明日の緊急招集会議でこれらをぶちまけて更識家から旧更識派を一掃する!」

 

 それは更識刀奈の地位を脅かすものだった。更識刀奈が更識家にいるのも旧更識派の手助けがあったからと言っても過言ではない。

 

 一夏の言葉を聞いた刀奈は目の前が真っ暗になる。

 

『それじゃあ、それじゃあ、簪ちゃんを守れないじゃない!あの子を守れないじゃない

!!』

 

 残酷な現実と言う絶望が目の前に広がる。まるで海の底に居るかのような真っ暗な現実に、底なし沼に引きずり込まれたかのように纏わりつく感覚。

 瞳は光を失い、脚にも力が入らずにその場にへたり込む。

 

「だが、君の能力を俺は評価している。俺は君が欲しい。君を手に入れる為にこうして前日に打診をしているんだ」

 

 一夏の囁くような声に刀奈の頬を撫でる手。刀奈の光の無い瞳に微かな光が入る。海の底にさす一筋の光。

 これが、この方法が最低最悪の方法にして最も効率の良い方法だった。甘い甘い誘惑。その存在の居場所を潰し自らを拠り所とさせる下衆にして外道、卑劣極まりない方法。

 

「君がこちら側に来てくれて、君が望むのならばあの子を更識家のしがらみから解放してあげるよ。一人の女の子として、一人の女性としてあの子は更識家から解放され表の世界に行ける。君がこちらに来てくれるのならば、こちらからは彼女を二度と裏の世界に引きずり込まないと約束しよう」

 

 あの子と言うのは更識簪。更識刀奈の妹。

 更識刀奈の愛してやまない妹を暗部の、裏の世界に引きずり込まないと言う言葉は彼女にとって猛毒でしかなく、それはつまり―――

 

「お願いします、一夏様(・・・)。どうか、この身と引き換えに妹を表の世界に……」

 

 更識刀奈の敗北を意味していた。綺麗な土下座をして一夏に頭を下げる刀奈を前に一夏は表情には出さないが勝利の余韻に浸る。勝利の実感手応え。言い表せれないかつてない感覚に襲われる。

 かつての学園最強は学園最凶の前にひれ伏した。その存在を篭絡された学園最強は学園最凶の所有物と成った。

 

「頭を上げなさい更識刀奈」

 

一夏の所有物と成った刀奈は言われるがままに面をあげると、再びその頬を撫でられる。

ゆっくりとその頬を撫でながら優しく、何処までも優しい声で一夏は命令をした。

 

「これから君には仕事をして貰うが、仕事をする前に絶対順守の命令を言う」

 

「……はい」

 

「俺の許可なく死ぬな!俺と共に生き、俺のために死ね!勝手な死は許さない!!」

 

 更識刀奈の人格を殺した。殺して殺して殺しつくした。

 そして、その後に新たな命を吹き込んだ。もう、一夏に敵対する旧更識派の更識刀奈と言う存在は殺された。一夏の目の前に居るのは一夏を心酔する更識刀奈。

 

「君には明日働いて貰う。旧更識派の尊厳、いや象徴たる君を使い旧更識派の存在意義を奪い一掃する。君には辛い事をさせてしまう。だが、協力して欲しい」

 

「…はい」

 

「ありがとう、刀奈君。俺はここに織斑一夏の名のもとに宣言しよう。君が忠義を尽くすのならば、俺は君の忠義に全力で応えると。織斑一夏の名のもとに宣言するという事は、宣言を守れなければ織斑一夏と言う存在は消えるという事だ。安心するが良い。君が向ける忠義には俺は存在をかけて出来る限りの手を尽くして全力で応える」

 

 更識刀奈を殺して殺して殺した。今は自分に忠実な盲信者と成った更識刀奈。

 敵対する旧更識派の使えそうな奴は既に確保した後は旧更識派を一掃するのみ。

 

「さあ、掃除を始めようか」

 

「はい、一夏様」

 

             ☆                  ☆           ☆

 

 翌日一夏は更識家に居た。

 更識家の広い屋敷の一角の和室に一夏は更識家の幹部達と共に座り和室の入り口には黒いスーツを着た更識家のボディーガード達が警備を固めており、広い屋敷の更識家の中にも至る所に厳つい強面の男達が黒いスーツを身に纏い時に凶悪なド―ベルマンを愛でながら警備の目を光らせていた。

 

 そんな厳重な警備の中で一夏は幹部達を前に話を切り出した。

 

「さて、諸君。此度の緊急招集会議に集まってくれてありがとうとだけ前置きをしてさっそく緊急招集会議の本題に入らせて貰う」

 

 すうっと息を吸い瞼を閉じ、息を吐いて心臓を落ち着かせると眼を開いた。

 再び開かれた眼は幹部達が今までにない程怒りに満ち溢れていた。怒気と覇気と殺意を旧更識派一同に向けて怒りの真意を述べる。

 

「俺は君達が敵対するのは仕方の無い事だと思っていた。いつの時代にも政権や国の方針が変わったら遺恨は残るものだと歴史が証明しているからだ。だが、どんなに敵対しようともその真意は本質は国の為に暗部に身を投じた者だと思っていた!しかし、その俺の思いはものの見事に裏切られた!」

 

 パンと手を叩くと入り口が開かれ黒いスーツをきた厳つい顔の男達が段ボールを抱えて入ってくる。そして、段ボールの中身を一夏と幹部連中の間に全てぶちまけた。畳には無数の汚職・犯罪が記されたレポートがぶちまけられ、レポートの何枚かが宙を舞う。

 

 段ボールの中身をぶちまけた男達が全員退出するのを確認すると一夏は再び口を開いた。

 

「ここにあるのは、全て俺に敵対している君達がやった汚職・犯罪だ。それも更識家や日本という国家の為でなく自らの私利私欲の為に更識を利用し行った卑劣極まりない行いの数々だ!君達にはもう消えて貰う(・・・・・)。君達、旧更識派と呼ばれる者達は全員その存在事消えて貰う(・・・・・)だけだ」

 

「な!?俺達は「俺達は国の為にとか言わないでくれよ?これだけの汚職や犯罪を犯して自らの利益の為に更識の名を貶めて置いてどの口がほざくんだ!?あ゛!?」……」

 

何も言えなくなった旧更識派の幹部に代わって別の幹部の人が抗議の声を上げる。

 

「だ、だがお嬢様は関係ない!」

 

 それは、正論だった。

 彼らが犯したのは自分たちだけの私利私欲の為にやった汚職・犯罪だけ。更識刀奈が彼らに指示を出した事は一度たりともなかった。故に彼女にまで非が行くのは可笑しいのではと疑問視する意見も一夏を支持する幹部達からも出始めた。

 

「そうだな。はっきり言って彼女は君達の汚職には関係ない!その事実は認めよう。だが、更識家当主更識楯無であった彼女が君達を諫める事も粛正する事も無くのさばらせていたのも事実!故に彼女にその責務をどう思っているかはっきりと聞こうじゃないか!!」

 

 再び手を叩き今度は二度パンパンと手を叩くと、入口の扉が開き室内に花魁姿の更識刀奈が入ってくる。

 

「「「な!?」」」

 

 その姿に驚き、動揺を隠せない更識家幹部の連中。

 暗部とはいえ更識家は華族である。そんな更識家の元当主が花魁姿での登場に会場である和室は新旧勢力問わずざわめき始める。

 

 ざわめく和室を気にも留めず刀奈は一夏の前に座ると正座と共に頭を下げた。

 

「御呼びに預かり参上仕りました。更識刀奈です」

 

「ああ、呼び出しに応じてくれて感謝する。して、来て早々で悪いが前当主である君を再び当主の座に座らせようという君の協力者たちは自らの利益の為に更識家を利用した者達だ。そんな者達を諫める事も注意する事も無くのさばらせていたその責務を君はどう思っているのか気に成ってねぇ」

 

「お怒りは尤もでございます。ならば、この身は一夏様(・・・)に忠誠を誓うと共にどうか御怒りをお鎮め下さいませ」

 

「そうか。だが、俺は形だけの偽りの忠誠などいらない」

 

「私が向けるのは真の忠誠でございます」

 

「ならば、俺が今ここでお前に脱げと命じても脱げるか?」

 

「はい」

 

 そう言って刀奈は立ち上がり帯を緩め衣服を脱ぎ始める。

 全員の前で脱がれる衣類。衣類を脱ぎ、白い柔肌があらわになる。その白く美しき一糸纏わぬ生まれたばかりの姿と成った刀奈は一夏を正面から抱き着いた。その細く白い腕は一夏の首を這う蛇の如く絡め、ぴったりと寄り添うように一夏に抱き着いた。艶めかしいその別人の如き姿は一同を唖然とさせるも一夏だけは違った。

 

「さてさて、彼女は俺に君達の前で降った。君達が主張する存在理由がなくなったが、君達は次に何を主張するのかね?」

 

 刀奈に抱き着かれたまま、旧更識派の幹部達に不敵に笑う。

 一夏が行ったのは旧更識派の幹部達が主張する存在を彼らの目の前で降し、彼女に自分を心酔した愛人のような振る舞いを行わせる事。それは、すなわちキリスト教の象徴たるイエス・キリストの母。聖母マリアをキリスト教の教会で熱心な教徒の前でレイプをするほどの行いと同罪の事を行った。

 

 彼らの存在意義を壊し、その象徴である更識刀奈を彼らの前の前で篭絡させる。

 

「者共、裏切り者だ!ひっ捕らえよ!!」

 

 一夏の怒声を聞きつけ和室の襖が全部開き、黒いスーツの厳つい男達が続々と和室の中に入って来た。

 

「更識家当主更識楯無の名において命ずる!更識家を利用し私腹を肥やす逆賊、旧更識派を捉えよ!!」

 

 厳つい男達は瞬く間に旧更識派の幹部達を一人残らず全員捕らえ連行していく。

 和室には一夏と一夏を支持する新更識派の幹部達、裸で一夏に抱き着いている刀奈のみと成った。一夏は抱き着いている刀奈を引きはがし、自分が着ていた上着を刀奈に被せる。

 

「嫁入り前のお前にこんな辛い役をやらせてすまなかった。今はゆっくり休め」

 

 自分を引き剥がした一夏が被せた上着の前をギュッと握りしめて裸を隠しながら刀奈は一夏の顔を見る。相も変わらず光の無い瞳だが、心なしか僅かに光が灯ったような瞳で一夏を見た。新たな更識家当主更識楯無の顔を。

 まるでそうなる事が分かっていたかのように、当然の結果だと言いたいのか顔色一つ変えずに旧更識派の連中を一掃しても喜ばない一夏を。恐怖と安心の半分半分が刀奈を襲う。まさしく自分よりも楯無の名にふさわしい人物。自分から更識楯無の名を、地位を、自信を奪った相手。

 

 なのに、憎くもあり安心感を抱かせる相手に楯無は不思議な感情を抱く。

 

「……この感情は何?」

 

 今まで経験した事の無い感情に戸惑いを見せる刀奈。

 それは今まで更識家当主と成るべくして暗部に不要な感情を押し殺してきた、不安から解放された安心感かそれとも圧倒的な別次元の存在の力を目の当たりにした恐怖か。はたまた圧倒的な存在かつ恐れを知らない織斑一夏に恋をしたか。今の刀奈には全く解からなかった。

 

「……どうした?」と不思議そうな表情で尋ねる一夏を見て少しだけ微笑む。

 

「何も」と答えながら刀奈は内心呟いた。

――だから、この感情が何なのか知りたいと。

 

 

         ○           ○            ○

 

 そんな刀奈と一夏の様子を静かに見守る者がいた。

 

「……そうか。君はもう、そこまでのストーリーを歩んだんだね。という事はヴェーダはもうすぐ稼働するかな?確か今はプロトヴェーダで稼働試験期間中だったはずだからね。でも、彼女はそれを知れば……いいや、繋がっている(・・・・・・)君は彼女の思いを知っているね。この魔鏡から見た亡国機業との戦いは僕でもISのハイパーセンサーを使用しなければ君の姿を見る事は出来なくも無いが大変難しかっただろうね。僕は君が恐ろしいよ一夏。何れ超越者たる君を相手にしなければいけないと思うと、ね。だが、ヴェーダは絶対に貰うよ。あれは僕が絶対に必要としている物だからね。だから、今は邪魔をしないよ一夏。そして、来るべき日まで僕は力を付けておくよ織斑の血を引く者(・・・・・・・・)としてね」

 

 

 そう呟くと男の耳につけられたイヤリング状の待機状態のISは鈍い光を放ち、男は一瞬にして消えた。

 一夏と極々一部の人しか知らないはずのヴェーダの事を知っている男。一夏はヴェーダの事は千冬はおろか束や娘のクーにすら話していなかった。

 男の立っていた場所は和室に飾られた鏡の中。あり得ないはずの存在しないはずの白銀の世界。ISという物が存在しながらも既存の理論では考えられない作られた偽りの世界。

 

 

 そこは男が作った世界で、男が居なくなるとまるで存在しなかったかのように消え去る世界だった。その男の為だけに作られた偽りの世界が無くなると、存在しなかった事に成る世界。言葉遊びのようだが、事実であった。誰にも知られずに存在する世界。

 

 やがてそんな世界が無くなると和室に飾られている鏡の中には何もなくなり和室に飾られている鏡は普通の鏡へと戻る。あり得ない事。あり得ない現実。既存の理論だけで実現させようとしても実現することは出来ないことが人知れず行われた。

 

 物理学者や科学者が知れば驚きと共に興味が尽きないだろうが生憎その偽りの世界を知っている者はその男以外誰もいない。あの、全ISの生みの親である篠ノ之束ですらも知りえない事だ。文字通り男以外に誰も知らない力、知らない世界。

 

 その世界を言い表すならば幻の世界か偽りの世界としか言い様が無い。

 消えた男は二人目の男性IS操縦者。されども、そのISと操縦者は何処にも所属しておらず、男のISは特別だった。その幻の世界か偽りの世界としか言いようがない世界は男のISの力で作られており、そんなISのコアもまた特別でこの世にあってはならない、本来ならば存在するはずの無いコアだった。

 

 

○○

 

 

 更識家を全掌握してから数日後の事。

 追跡者が居なくり束と出会う安全を確保できると一夏は束に電話を掛ける。電話を掛ける場所はIS学園の自室。音量を最大にして音楽をガンガンにかける。これは盗聴防止の為であり、電話の相手は世界中が探している篠ノ之束なのだ。当然と言えば当然の処置である。

 

『……』

 

 数コールで束は電話に出るが第一声は無く無言の応答だった。

 その事実に一夏は焦りを感じる。ひやりと背中に冷や汗が流れ喉が異様に乾く。

 

『も、もしもし束さん?』

 

『何かな、いっくん?』

 

 電話越しから伝わる束の声に一夏は気まずさを感じる。そう、この気まずさを具体的に言うならば、まるで妻に浮気がばれそうになった時の気まずさだ。一切浮気をしていないのだがまあ浮気の定義を相手に抱き着かれた事や相手に抱き着かさせた事に定義を変えるならば一夏は浮気をした事に成るが、別に更識刀奈に恋愛感情を抱いている訳でも無い。一度たりともそういう感情を持った事は無い。

 束と比べるならばその容姿は劣るし、性格も特別惚れるような性格では無い。束はISが無理やり披露する羽目になり、見ず知らずの相手の為に涙を流す優しさを持っていた。一夏だったらISを披露できるチャンスと捉え、涙など流さなかった。

 寧ろ、それで淘汰される存在ならば必要ないとすら思った。本当に必要とされる存在ならば例えISが出現してもその存在を必要とされるだろうし、ISが出現した程度で淘汰される程度の力しか持たないのならば淘汰されて当然とすら一夏は思っている。

 歴史を見ても弱肉強食は自然の摂理であり、進化という変革による淘汰も自然の摂理であった。人間の世界に自然の摂理を持ち込むなとほざく者が居れば笑ってしまう。そもそも人類史は所詮長い歴史を見れば爪先程度の浅い歴史しかない。他の生物から言ってみれば長い自然の歴史の中の若輩者が何をほざくと笑ってしまうような存在だ。そして、自然の摂理を人間社会に埋め込まれた存在が自然の摂理を否定するのだから笑い以外何も生まれない。

 何故ならば、人が食べる食べ物こそが弱肉強食の論理を否定できない絶対の証明だからである。弱い存在を食い繋ぐことでその存在を保っている存在が弱肉強食を否定出来る訳がない。

 

 話を戻そう。容姿も性格も束より劣っている更識刀奈に恋愛感情を抱いたことすらない一夏は浮気をした訳でも無いのに気まずさを感じる理由。それは――

 

『ほら、この前の約束を果たそうと思ってさ』

 

――それは、束の要望を応えれてあげられなかったという自分自身に不甲斐なさを感じているからに他ならなかった。

 

 あえて一夏はこの前はゴメンと言わなかった。

 そもそも、急に要望を言ってきたのは束の方であり、一夏がその要望に答えれない可能性も十分に解かっていた。故に束もまた、それは理解していた。故に一夏を咎めない。自分にも非があり、一夏が要望を聞いてくれなかったのも仕方の無い事だと思っておりそれを理由に一夏を咎めるのはお門違いだと理解している。

 束が無言に成ったのも一時の感情が暴走して一夏に迷惑をかけてしまったから何と言って良いのか解からずに気まずい雰囲気を醸し出していただけなのだ。

 

『良いの?』

 

『約束……しただろ?』

 

 

『でも、それは私が無理を言っただけで…』

 

『約束は約束だから。絶対……絶対にお前達との約束は守る』

 

 そう、お前たちを守ると誓った時の様にと内心呟きながら通話越しで束にそう告げた。

 

『明日明後日は土日だから丁度良いと思って、な。無論、束やクーが良ければの話だが』

 

『解かった。それじゃあ、この前送った座標で待ってる』

 

『ああ。それじゃあ、命令する内容を決めておいてくれよ』

 

『うん♪楽しみに待っててね』

 

『ああ、期待しておこう』

 

『えへへ。いっくんに期待されちゃった!』

 

 嬉しそうに言う束の声を聴きながら一夏は通話を終えるとハアと溜息を吐きながら携帯電話を机の上に置きベッドへダイブする。一回だけバウンドしながら一夏はベッドの掛布団に蹲る。ベッドの上に居たボスが何事かと驚いてこちらを見ているが関係ない。

 

 布団に顔を埋めて瞼を閉じて明日に備えて少し早いが静かに眠りにつく。

 

 

『うふふ、うふふふふ。もう(お兄ちゃん)かっこいい~!!白式濡れちゃう~ってか、濡れ濡れ~。もう(お兄ちゃん)格好良さに磨きがかかったね~。しかも、あの亡国企業(ヘンテコ)等に俺のIS(モノ)だ(キリッ)って言ってさ~。これって白式は(お兄ちゃん)公認の所有物だって事だよね!?もう白式濡れちゃうってか、濡れ濡れだよ!!??まあ、どこがとは敢えて言わないけどさ。もうこれは(お兄ちゃん)犯す(ヤル)しかないよね!?』

 

 

 貞操の危機を感じ取り、眼を開くと真っ青な海に白い砂浜に寝転がっていた一夏に乗っかっている何か。白いワンピースを身に纏った美少女が一夏の上に乗っかっており、その瞳は腹を空かして獰猛になった肉食獣が怪我をした草食動物を前にした時のような瞳をしていた。結論、今の白式は捕食者の瞳をしており捕獲者であった。そおして、その捕食者に哀れにも食われそうになっているのは学園最凶の一夏に他ならない。されども、食われそうになっているのは学園最凶にして真の世界最強。食えば腹を下す所か致命傷すら負う様な相手である。つまり……ただで食える相手ではない。

 

 一夏の中で何かが割れて吹っ切れ白式の頭をがっしりと掴みアイアンクローを確実に決めながらゆっくりと自分の体から引き剥がす。

 

「よぉ、クソガキ!この前よりも変態加減が確実に上がったみたいだな?あ゛、あれか?第二形態になると変態加減も上がるのか?」

 

『ああ、良いよ!良いよ(お兄ちゃん)!!今度は言葉攻め?もう濡れちゃう!!』

 

「一体何なんだお前は……」

 

『何時もニコニコ貴方の背後に這いよる混沌白式です♡』

 

「……存在自体がカオスだよ、お前は」

 

 呆れたように全力で白式の頭を締め付け白式を放り投げる。

 白式は綺麗な放物線を描き青い海に頭から着水した。再び瞳を閉じてさっさと起きろ俺と念じ目を開けるも居る場所に変化は訪れなかった。

 

「糞がっ!!」

 

 思わず青い海の中心で全力で吠える。

 残念な事に一夏が念じただけではその現実を変える事は出来なかった。

 

『うふふふ。ドSな(お兄ちゃん)も素敵だけど泣きそうになっている(お兄ちゃん)も 超 素 敵 !』

 

 いつの間にか起き上がった白式が一歩また一歩と一夏ににじり寄る。

 内心泣きそうになっている一夏はぎりぎりと歯ぎしりをしながら変態と化した白式を睨みつける。その鋭い眼光でそれ以上近付けば殺すと警告せんばかりに睨みつけた。

 

『その射殺さんばかりの鋭い視線を浴びるとゾクゾクしちゃう♡』

 

「死ね!」

 

 一夏と白式では相性が悪かった。

 一夏が山田先生と相性が悪いように白式とも相性が悪かった。片方はドSで暴君。片方はドMもSもいけるロリッコ変態。第二形態に変化して燃費が悪くなったのは我慢できるがこの精神汚染しそうな変態の相手はしたくなかった。

 

 織斑流拳術 秘技 虚実の狭間を使う。

 ハイパーセンサー越しで辛うじて視認できるようになる速度で動く一夏。自らの体を鍛える事で具現化させた人知を超えた力。世界のバグとしか言い様が無い存在は拳術と呼ぶより体術である秘技を使い人のカテゴリーを逸脱した速度で白式との距離を詰める。

 

 その秘技を使う事はどこぞのAUOがエアを使うのと同義の意味を示すため、虚実の狭間を使いたくは無かった。

 亡国企業のオータム襲撃の際に使用したのは千冬の慈悲を受けた雑魚が雑魚の分際で自らの身の程をわきまえず、再び一夏の前に現れて彼が愛する束の思いが詰まった白式を奪ったからである。千冬の慈悲を受け見逃して貰ったにもかかわらずその思いを無碍にした相手にかける慈悲を一夏は持ち合わせていない。

 いや、寧ろ接点のない存在をどうでも良いと思っている一夏にそもそも、赤の他人に向ける関心も感情も慈悲も持ち合わせていなかった。

 

 故にオータムには精々、圧倒的な力の差を見せつけて組織の事について自白させ、四肢を捥ぎ取り達磨状態にして無力化させ、毎日三食試作麻婆豆腐の審査員として活躍して貰おうかと思っていたのだが取り逃がしてしまい惜しい事をした程度にしか感じていない。

 

 そんなこんなで中々 秘技 虚実の狭間を使用したくないのは一夏が認めた実力者と戦う時に取っておくためであり、虚実の狭間はそもそも秘技である。秘技とは秘密にしなければいけない技であり、そうそう人に見せる技ではないという事だ。秘技と成るにも攻略法を確立させたくないという思惑とそもそも使うべきではないという技と言う考え等様々な思惑がある。そして、一夏が虚実の狭間を使いたがらないのも攻略法を確立させたくないという思惑とそもそも使うべきではないという技の二つの思惑がある。虚実の狭間は速度を人間の領域から神への領域へと変更し神速の速度で動く事で人の領域では視認することは出来ず、ISのハイパーセンサーで辛うじてその動いた後の軌道が残像と成って見える領域なのだ。人の身でありながら神の領域の速度で動けばどうなるか解かるだろうか?そもそも人間の脳にはリミッターが存在し、人間は自分の力全てを出せないようになっている。それは、自分の力を全力で出してしまえば自分の体が自壊するからである。虚実の狭間を使用すれば人の身でありながら神の領域に足を踏み入れた報いと言えばいいのか解からないが、必然的に肉体は過ぎた力を使った影響で知らず知らずの内にダメージを負っているのだ。それが、見える範囲で現れるのが10分と言うだけで10分が経過する間にもダメージは刻一刻と刻まれている。主に疲労疲弊による筋肉痛だが、生憎一夏は戦闘中はアドレナリン供給で痛みを感じない。故に戦闘中は筋肉痛や肉体ダメージを感じない。それらが感じられるようになる時は戦闘が終わった時だ。

 

 虚実の狭間で距離を詰め、白式のその小さい体を支えている首に目掛けてすれ違いざまに手刀を叩き込む。

 

「織斑流拳術 断空手刀」

 

 白式の体を風が駆け抜け、その首に衝撃が走る。

 

『ふ、不覚……この私が受け止めきれないダメージ()があるなんて』

 

 どこぞの三流悪役のようなセリフを残しながらバシャリと頭から海に倒れる白式。

 一夏が眼を閉じ再び開くとそこはIS学園の自室のベッドの上だった。

 

「最悪の夢を見たぜ、ファック!」

 

 体が汗でべたつき、やけに重い。何かが腹に乗っかっている気がしたので視線を向けるとホワイトタイガー(タマ)が一夏の体を枕にするように抱き着いて寝ていたので仕返しと言わんばかりに軽く掌底を叩き込み無理やり引き剥がしてベッドから降りる。日付が変わり今日は束やクーとの逢瀬だと言うのに朝から散々な夢を見た一夏の気分は最悪だった。

 

「取り敢えずシャワーを浴びるか」

 

 そう呟いて着替えを片手に風呂場へと向かう。


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