拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第56話

 学園祭が終わった数日後の事である。一夏は上機嫌で寮の自室にある自作のパソコンを弄っていた。そのパソコンにはプロトヴェーダと呼ばれるその名の通りヴェーダのプロトタイプデータがあり、一夏が上機嫌なのはそのプロトヴェーダを稼働させるための必要最低限のデータを手に入れたからだ。

 

 学園祭で活躍したドローンには学園警備の他にもう一つ重要な任務があった。それは、上空から移動する人達を捉えその人達が行動する心理パターンをデータ化するというもの。そして、それは実験対象の人数が多ければ多い程正確なデータを手に入れる事が出来る。ヴェーダが本格的に稼働すれば将来的には夏休み無駄に多く受けたIS装備開発企業と接触し、装備の開発データと引き換えに協力出来る。こちらが提供するのは開発中の装備の問題点と解決策。向こうは無駄な金を使う事無くコストを削減しながらこれからもIS装備開発に今までと同等かそれ以上の力で継続できる。一夏もまたヴェーダを発展させる事が出来る。互いに利益となる結果と成るのだ。

 

 それに、更識家の旧更識派も今回の学園祭の一件を理由に切り崩せる結果と成った。旧更識派には能力に問題があるとかほざいておいて、そちらも人の事を言えない位問題があるんじゃないんですか?との打診をしており、明日の緊急招集会議で今回の一件の失態を理由に糾弾できるチャンスを得た。

 まさに良い事尽くめである。糾弾する旧更識派の有能でこちらの駒に成りそうな人材にそれとなくアプローチをしておく事にも抜かり無いようにしておかねば成らない。優秀な人材は価値のあるものであり、それがいずれ国を作り動かす原動力に成り得たりする可能性もあるのだから重宝しておく事に損は無い。

 

 ただ、それとなくではあるが千冬の自分に対する監視の目が厳しくなった気がしなくもない。無論、学園祭の一件と毎朝の砲撃練習による一件であろうと理由を予測は出来るが少し寂しくも感じていたし、更識刀奈のタレコミがあった可能性も否定できない。

 

 だが、明日の緊急招集会議で糾弾する事で更識刀奈の勢力を大幅に削ぐ事ができ、更識家の中でも発言権が低くなる。それどころか旧更識派が反発すれば無能のくせにと嘲笑されながら周りから一蹴りされるだけだろう。

 それだけ更識刀奈は学園祭の一件はやってはならない失態と言っても過言ではないほどの失態を犯してしまった。一夏に嵌められたと言うのが正確だろうが所詮それも言い訳にしかならない。対暗部用暗部更識家の当主として返り咲きたいのならばそれを物ともせずに乗り越えなくてはいけない。それが更識家当主たる更識楯無に求められる才能なのだから。新人の自分に貶められるようでは話にならない。そう思っているが故に良心が痛む……等とふざけた事は起きない。

 弱肉強食。それが一夏の考えであり、今回は更識刀奈が弱かっただけ。知恵も戦略も戦術も所詮力。力無き者は黙って強者に従えば良いだけの事だ。反発するから無駄に疲れるのだ。

 

「いや、寧ろ表立って反旗を翻して反乱みたいなのを起こしてくれないかな?そしたら、反逆罪で捕らえて思いついた新たな麻婆豆腐の味を無理やり試食させるのに」

 

 プロトヴェーダの作業を進めながら一夏はチラリと机の上に置かれた手書きのレシピに視線を向ける。

 学園祭では一夏の思惑通り麻婆豆腐を食べに来た物好き達が一夏の麻婆豆腐の餌食と成り、味覚が破壊され再び食べに来るリピート客が数多くいた。

 だが、あまりにもリピート客が多いので話題と成り、当初予定していた来客数を上回り結果食材が尽きて麻婆豆腐を寄越せと暴動が起きた。千冬と学園祭を回っていた時も携帯が20分に一回鳴りその度に一夏は麻婆豆腐を前回よりも多く作ったのだが遂に食材が底を尽きてしまった結果暴動が起きたのは記憶に新しい。

 

「さあて、プロトヴェーダの調整を始めますか!」

 

 一夏が今回やる事は集まったデータを全てプロトヴェーダに読み込ませる事で実験的に稼働させる。そして、稼働に見事成功すれば自動学習プログラムを読み込ませる。そうして、インターネットを経由して世界中のあらゆるデータを片っ端から取り込み、ゆくゆくは世界中の全てのデータを読み込ませ、本格的なヴェーダへと移る。

 

 早速、学園祭で手に入れたデータをパソコンの中のプロトヴェーダへと送り込み読み込ませる。時間にして待ち時間は30分と言った具合だろうか。後は時間が経過してくれれば問題ない。

 いや、これ以上の作業をしようと思っても稼働してないプロトヴェーダで作業が出来ないのだ。

 

 フ~と溜息を吐き、待ち時間をどうやって潰そうかと考える。AI達のメンテナンスかそれともドローンの改造か。

 学園祭の一件で露見した毎朝の一件は学園祭で一人で撃退した事を評価され、学園側からは厳しい織斑先生からの結局厳重注意と言う処分が下された。まあ、それに感動(笑)して千冬に抱き着き赤面させてしまった為拳骨を食らい、正座をさせられて終始赤面した千冬に小一時間説教されたのは記憶に新しい。

 そして、注意の最後に学園がドローンによる警備強化に予算を出すので警備に最適なドローンを作って欲しいとの事。ただ、求められた内容を見る限りどうにも学園は普通のドローンを勘違いしていたようだ。

 

「何せ、求められたのが武装付きに最新の監視カメラ搭載。しかも、最高速度がISを追いかけれる速度だもんな~……んなもの出来るか!?」

 

 一体何処のドローンにISと同じ速度で走行するドローンがあるというのだ。ドローンの知識を持ってからオーダーして欲しいものだ。

 

「いや、そりゃあ学園祭の一件で俺が追跡出来なかった失態もあるし大きいと思うよ?んだけどさぁ、これ絶対に無理じゃん!出来る訳ないじゃん!!ってか、俺の専売特許はAI作りだし!ドローン作りじゃないし~!そりゃあ、原理と材料と道具があれば出来ますけど……でも、どんなドローンだよISと並走できるドローンって!」

 

 現実離れして阿保らしいと吐き捨てる。

 ギシリと椅子に音を奏で貸せながら一夏は上半身を逸らし天井を見上げる。

 

「一体俺を何だと思ってんだよこの学園は!?」

 

 一夏に学園の要望を話す際の千冬の眼を忘れられない。あの、憐れむような同情する様な眼を向けられたのは初めてで新鮮だった。

 ハアと溜息を吐きこれからどうしようか考える。

 何だかんだ考えていると10分は経過した。残り20分されど20分。AIかドローンか二つに一つ。どちらを選ぼうか悩んでいた時、携帯電話が独特な着信音をけたたましいほど鳴り響かせる。この着信音はとある人物との通話を意味しており、その人物は

 

『はい。どうした?』

 

『いっくん酷いよ!酷いよ!裏切りだよ!!』

 

 彼が愛する篠ノ之束からの電話に他ならなかった。

 尋常じゃないほど興奮して若干泣いている感じの声であり、一夏に内心焦りが生まれる。されど、束を裏切った覚えのない彼にとって束が意味する裏切りと言うのが理解できなかった。

 

『何があった?というか、何が裏切りなんだよ』

 

『だって、だって!』

 

そして束から告げられる衝撃の言葉

 

『ちーちゃんにだけ執事服でご奉仕して、ずるい、ズルい、狡い!!』

 

『ファ!?』

 

 もう驚きで変な声が出てしまったが次々と束から告げられる事情に一夏はどうした物かと考える。

 何でも始まりは学園祭が終わって仕事がひと段落した千冬が昨日電話をかけて来た時の事らしい。久しぶりに千冬からの電話に束は電話を取ると千冬は学園祭で一夏に執事服で一緒に行動したとの事を話したらしく、それがいかに素晴らしかったかを事細かに語ったそうだ。まあ、それだけなら問題は無かったがそれを自慢し始めたらしく束はそれが気に食わなかったらしい。

 何でちーちゃんばっかり良い思いをするんだ!?と言うか、いっくんの執事服でご奉仕なんてして貰った事が無い!宜しい、ならばして貰わねば不公平だ!!との事。要するに執事服を着て欲しいとの事である。

 

『今から、すぐに、ご奉仕して!!』

 

『あ、いや、だから!』

 

『ダメですか?父様?』

 

 何故か変わる声。そして、この声は一夏の娘クーの声。

 グググと歯ぎしりと共に一部パソコン机の端を握力で握り潰してしまい、暫しの葛藤。

 

『解かった!だが、今はすまんが作業中でな。終わり次第向かうから待ち合わせ場所のポイント座標を送ってくれ』

 

『解かりました』

 

『流石いっくん!愛してる~♥』

 

『ああ、クソッタレ!俺もお前を愛しているよ、束!!』

 

 急なお願いにやってあげたいけれどもできない現状にいら立ちを隠せない一夏は急なお願いをして来た束に仕返しと言わんばかりに魔法の呪文 愛している(パルプンテ)を唱えた。

 すると、携帯電話越しから聞こえるド派手な音。『痛った~い~小指をぶつけた~』と言う束の悲鳴を上げる声と『()様大丈夫ですか!?』と慌てる娘の声を聴きながら一夏は通話を切った。

 

「ハア、後でちーたんには何かしらの制裁を加えねば気が済まん。束は……俺が愛している(パルプンテ)を唱えて小指をぶつけたらしいからそれで良しとしよう」

 

 脚の小指をタンスの角にぶつけた方は知っているだろうがあれは痛い。束はそれをで此度の急な呼び出しについて良しとしよう。だが、元凶の千冬については何かしらの報復……制裁を与えねば一夏の割に合わない。と言うよりも腹の虫がおさまらない。

 

 色々な事を考えている内に時間は既に20分経過しパソコンの画面はデータの読み込みを終えており一夏は急いでプロトヴェーダを学園のメインサーバーに移し、プロトヴェーダに自動学習システムをインストールさせる。必要なデータを読み込んだプロトヴェーダは自動学習プログラムをインストールする事で初めて起動し、学園のメインサーバーを経由してインターネットに接続し、インターネット上に転がっている膨大な量のデータを全て手に入れるのだが、プロトヴェーダは所詮人間の骨と読んでも良い程の基盤プログラム。プロトヴェーダには上限があり、無作為に全てのインターネットに転がっているデータを取り込めばパンクするのは当然。プロトヴェーダと成っているのにも理由があり、それはヴェーダの本体が未だ開発中だというわけだからである。

 

 プロトヴェーダを学園のメインサーバーに移すのにも学園のメインサーバーは一夏の管轄であり、そうそうハッキングされないように魔改造しているからである。メインサーバーは一夏の管轄なのですぐに何かあった時に対処できる。無論、千冬も使用するであろうから表立った場所には保存せず巧妙に隠してはおく。

 

 必要な処理を全て施しパソコンの電源を切り机の上に置いた麻婆豆腐のレシピをポケットに押しやり、携帯電話を見るとそこには今現在の束の所在地が座標として送られてきていた。

 

携帯電話を確認しながらその場所に向かう。モノレールに乗り、最短で移動しようとするが

 

「着けられている?」

 

 妙な視線を感じる。学園を出た頃から、今までずっとである。

 最初は単なる思い過ごしかと思ったが、どうやら随時向けられる視線に違和感しか感じえない。こちらを見ている視線の主へ視線を向けるとその者はまるでこちらを見ていなかったかのように装い、平然とまっすぐ歩く男性。

 

「………」

 

 男性が居なくなるのを終始見届けると一夏は再び歩き始めるが、またしても視線を感じる。

 試しに曲がり角にあるカーブミラーの前を通り過ぎながらチラリとカーブミラーに視線を向けると先程の男性とは違った男性が一夏の後をつけていた。

 

「完璧につけられている!?」

 

 しかし、何故だかわからない。彼らが自分をつける理由が思い浮かばない。顔ぶれとしては更識の者ではない。

 だが、終始見張られている視線を浴びるに諜報員グループか警察組織。されども、警察組織に追われる理由は無いとは言い切れないのが悩ましいが確率は低い。警察組織にも色々あり、一夏が見張られる理由が思い浮かばない。一夏が精々追われる身となる理由としてもドイツの研究施設をドイツ産のミサイルで吹き飛ばしたサイバーテロぐらいである。

 公に人を動かすにもそれなりの大義名分が必要と成るのだ。

 

「ん?公……」

 

 しかし、ここでふととある可能性を描いてみる。

 公にされていないチーム。もし、それが一夏を監視している人物たちならば、条件に当てはまらない。独立したチーム。存在されているのではと噂されているアメリカで言うデルタフォース。これはアメリカが公式にその存在を認めていない。そう言うのが各国にあっても当然であり日本にもある。

 

「ゼロか?」

 

 公安第0課。

 その存在は囁かれるも警察組織から認められていないチーム。認められていないが故に任務中に殺しをしてもその罪を問われる事は無いチームである。国家の為ならば人殺しをしても当然の行為であると思っている集団とされている。

 ただ、公安第0課は警視総監の私兵とされており、警視総監は内閣総理大臣と繋がっていると噂される。

それにその存在を認められていないのだ。何かあっても問題ないであろう。そう、それがたとえ任務中に行方不明や不慮の事故で亡くなったとしても警察組織はその存在を公認していない。故に行方不明になろうとも一夏に嫌疑がかかるかもしれないが逮捕状を請求する際の証拠にはならない。

 

「確かめるか」

 

 一夏はそう呟くと急に走り始め、追跡をしているであろう男をチラリと横目で見る。すると向こうも走り始めた。一夏は自分が追跡してくる人物に気付いて無いように腕時計を見て時間に遅れそうだという偽装工作を行う。

 

 右へ左へ携帯のマップを頼りに近くの道を使用し、狭い隠れる場所の多い路地裏へと向かう。

 そして、ちょっと不法侵入を犯して路地裏に面する壁を背にし、路地裏に入ってくる人物を待つ。ドタバタと走る音を路地裏に響かせながら目的の人物が入ってくる。

 

「ハアハア……どこ行ったあの小僧?」

 

「ちょこまかと!しぶとい野郎だ!!」

 

「探せ!まだそう遠くに行ってないはずだ!!」

 

 3人の男の声。その男達を見ようと壁に隠れた状態でこっそりと様子を覘く。

 路地裏という事で得あり男たちはゆっくりと慎重に3人ひとグループに成って警戒しながら進んでいく。しかし、一夏はこの男達から情報を聞き出そうと考える。この男達が公安第0課ならば、並の人間では中々情報を聞き出すのは難しいだろう。だが、一夏は元神童であり人を生かす術も殺す術も持ち合わせている。ならば、問題ない。

 

ポケットから財布を取り出し500円コインを4枚取り出す。そして、その一つを右手の親指と人差し指で握りしめると

 

「……」

 

 無言で駆けだした。

 3人の男の一人を後ろから襲い、視界を左手で封じて右手で握る500円コインを襲った男の丁度心臓の延長戦にあたる場所に突きつける。

 

「「!?」」

 

男達はすぐに反応するが遅かった。

 

「動くな!この男がどうなっても良いのならば動いても良いがな!」

 

 500円コインで人を殺せる筈もないが500円コインを突きつけられた男には視覚情報を得られない状態ではその感触からナイフが突きつけられた感覚に陥っているはずだ。

 

 一夏が襲った男以外の男達は仲間が襲われたのを解かるとすぐに腰から拳銃を取り出し一夏に向ける。その様子を見た一夏は自分の予想を確信に切り替える。

 

「一応訊いてやる。手前等、何者だ?」

 

「おい」

 

「解かっている。殺さねえよ」

 

 相手の少ないやり取りで一夏は不敵に笑う。

 

「おい、少ないやり取りで正体を隠そうとしているところ悪いが……お前等ゼロだろ?」

 

 ピクリと相手の表情が微かに動くのを見て一夏は更に嗤う。

 

「「……」」

 

「おいおい、ゼロの人らは全員コミ障ってか?少なくとも言葉のキャッチボールはしようぜ」

 

 その存在が噂だけされている人物に一夏は出合った。

 ゼロの人等は選び抜かれたエリート集団であろう。その性格はともかく、素質が無ければ殺しのライセンスを与えられない。

 

「……お前にこの人数で勝てるとでも?」

 

 ようやく口を開いた銃をこちらに向けてるゼロの一人にそう言われて一夏はがっかりする。

 

「おいおい、そりゃあこちらのセリフだぜ。ゼロの方々よぉ!一つ、お前らの事で分かっている事がある。お前らは俺を殺せない。いや、殺す事を許されていない」

 

 それは可能性が一番高い事であった。

 幾らゼロと言えども世界で唯一の男性IS操縦者を殺してしまえば日本が世界各国からの非難の声を浴びるのは歴然。それを内閣総理大臣である首相が望むとは思えない。内閣総理大臣とのつながりを噂されている警視総監が一夏殺害を容認するとは到底思えない。

 

「それに、こうして俺に遅れをとり背後に回り込まれるんだ。戦闘しても俺に勝算があるように思えるが?」

 

「「……」」

 

「沈黙は肯定だぜ」

 

「……餓鬼が大人の戦いを教えてやる」

 

「ハ!そうかいそうかい、そりゃあありがたいね!」

 

 ダンとゼロの一人から銃弾が発射され一夏が襲った相手の頭に命中し絶命する。頭から血を流し一夏の手に生暖かい血がかかり、その命が失われて行く事を肌で感じた。

 

「仲間を!?」

 

「お前に後ろを取られ、俺たちの足を引っ張ったんだ。足手纏いは要らないのでな」

 

 淡々と話すゼロの一人。そしてそれを黙って聞く一夏。

 そんな一夏を見てゼロの一人が不思議そうに尋ねる。

 

「ん、怒らない?」

 

「何だ?怒って欲しいのか?手前等の仲間が死んだ事に敵である俺に憐れめと?そんなありきたりの主人公気質何ぞ生憎と持ち合わせていないのでな。ブンブンと五月蠅い羽虫が一匹死んだのと大差ない。弱いから死んだただそれだけだ。そして、それは手前等もすぐにこうなるから気にするな」

 

 一夏はそう言いながら死んだゼロをゼロの一人に蹴り飛ばす。

 偶然できた盾は重く70kgか80kgはあり、そしてそれは皮肉な事に作った人物にのしかかる。

 

「クッ!」

 

 のしかかる盾をゼロの一人が押しのけようとするがそれは一夏から気を逸らす結果となり、それは悪手であった。

 

 ダンと別のゼロから向けられた拳銃から発射される銃弾。されど一夏に拳銃は怖くない。IS学園ではほぼほぼ毎日と言って良い程、銃弾射撃が行われておりそれは授業だったり放課後の訓練だったりで見飽きるほど見慣れていた。

 

 放たれる銃弾を一夏は走りながらわずかに体を逸らす事で対処し、ゼロと距離を詰める。そして、そのまま正中線に目掛けて500円コインを握りしめ突きを繰り出す。だが、それをゼロは銃を持っていない片手で防ぎ拳銃を一夏に向けようとするが一夏の方が速かった。正中線に目掛けて突きを放った手とは逆の手でゼロの頭を掴み思いっきりアイアンクローをしてゼロを持ち上げる。

 

「グアアアア!頭が!!」

 

 そして、体が宙に浮いたゼロを放すと同時に落ちてくるゼロに向かって思いっきり金的。

 

「ガァ!」

 

 あまりの激痛に呼吸もままならないまま地面に蹲るゼロに向けてその頭を思いっきり蹴り飛ばす。一夏に頭を蹴られたゼロは脳震盪を起こし焦点が合わないままその場に倒れ込む。

 そして、戦闘不能にしたゼロとのしかかる自分で作った死体をようやくどかしたゼロとの間に一夏は入る。残るは目の前のゼロのみ。そして、吐かせる方法も既に頭の中で計画は仕上がっている。ゼロはそのチームを消して行動するほど国家を中心にした考えの集団だ。その為に人殺しも仕方の無い事だと考えている。今回はその考えを利用して目の前のゼロから現実を突き付けてその存在意義を奪う作戦であり、その為にはもう一人のゼロに生贄に成って貰わねばならない。

 

再びゼロに向けられる拳銃。そして引かれるトリガー。

 

「ほらよ!」

 

 眼くらましと言わんばかりに握っていた500円コインをゼロに目掛けて投げつける。眼くらましをされたゼロは銃の照準を大きくずらしてしまう。銃口から銃弾が発射され硝煙の匂いが辺りに充満する。弾丸は放たれ一夏の脚を狙っている。一夏はそれを脚にわざと命中させて貫通させ弾丸軌道を変えて気絶させたゼロに当てさせる。気絶したゼロの体に弾丸は命中し、ドクドクと鮮血が気絶したゼロから流れ出る。

 

「あ~あ、また仲間を殺しちゃったね」

 

 脚から血を流しながら一夏はニヤリと笑う。

 

「そうして、仲間を殺した君に任務を達成できなかった際の君はどうなると思う?」

 

 残酷な現実を突きつけて戦意を削ぎ落す。

 

「黙れ!」

 

 ゼロは怒鳴るがそれでも一夏はやめない。

 確実にゼロの戦意を削いでいるのが分かる。ゼロの手が震え直視できない現実を突きつけられて動揺しているのが手に取るようにわかる。

 

「仲間を殺し、任務を達成できずに、その秘密とされた存在を暴かれた失態は大きい」

 

「黙れと言っている!!」

 

 確実に戦意を削ぎ落されているゼロは銃の銃口が大きく揺れ照準が定まっていない。

 拳銃は照準が少しでもずれると対象との距離に応じてその正確さを失う。故に一夏に銃弾が命中する確率はかなり低かった。

 

「そんな君に帰る場所などあると思うかい?」

 

 見たくもない現実を突き付けられたゼロは辛うじて保っていた戦意を喪失した。腕がだらんと拳銃を持ったまま垂れ下がり、もう焦点は定まらず一夏は確実に目の前のゼロを言葉で殺した。

 

「だが、俺ならば君を救える。貴重な才能を持った君を守る事が出来る」

 

 そして、続ける甘い言葉。辛い現実を突きつけた後にゼロに向けるのは甘い甘い猛毒だ。

 一夏の言葉を聞いたゼロはピクリと眉を動かせ焦点を一夏に向ける。

 

「俺の手を取れ。君は貴重な存在だ。報われぬ忠義を尽くして何になる?俺ならば君を救える。君は人だ。間違いも犯す。だが、君が向けていた仕事への情熱は本物であろう?だから、その存在を否定されても国家の為に組織の為にと頑張って来た筈だ。そんな君の才能を活かしきれない主を何故庇う?君は悪くない。君の才能を活かしきれない上の人が悪い。無能な癖に国家と言う席に座り胡坐を掻き、私腹を肥やし豚の様にブクブクと太るしか能のない連中の為に君が死ぬ事は無いんだ。君はこうして生き残り、選べる立場の人間なんだ。それとも、君が殺した彼らの死を君は無駄にすると言うのかね?確かに君は彼らの命を奪った。それは否定できない事実。されども、そうさせたのは君等を活かしきれなかった上の連中だ。君は忠義を尽くそうとし、その結果彼らを殺したに過ぎない。君は悪くないんだ。悪いのは全て君に殺しをさせた上の連中だ」

 

 仲間を殺した事に否定はしないが責任は君にないという一夏の言葉は甘い甘い猛毒。

 責任転嫁であろうが今の彼にとって一夏の言葉はどんな言葉よりも甘い甘い誘惑であった。

 

「さあ、俺の手を取れ。俺ならば君を救える。君は必要な存在だ。その手を地で汚してしまった君はもう後戻りはできない。光を見る事は許されないだろう。されども、光ある未来を作る事は出来る。俺が君にふさわしい死に場所を用意してやる。君の行いを無駄にしてはいけない。君が殺した人達の死を無駄にしてはならない。今、君は死んではいけないんだ!君が殺した人達の為にも君は無駄死にする事は許されないんだ!!」

 

 辛い現実を突き付けられ、その存在意義を明確に潰された彼はその甘い甘い誘惑を断る事は出来なかった。彼はその差し伸べられた手を取ってしまった。

 まるで目の前にいるのが神のように思えた彼は、一夏を心の底から心酔してしまう。

 

「さあ、俺の為に生きろ!俺と未来の為に生き、俺と未来のために死ね!!」

 

「あ…ああ……ああ!俺は誓う!今ここに貴方の前で誓う!!」

 

「そうか……ならば俺について来い!俺と戦い、俺と未来のために死ね!!俺が貴様にふさわしい死に場所を用意してやる!!決して犬死などではなく、その存在に意味があったことを証明できる死に場所を選んでやる!だから、それまでは絶対に生きろ!俺の許しも無く死ぬことを絶対に許さない!!」

 

 一夏にそう言われて男は御身のお心のままにと涙を流しながら頷いた。

 内心うまくいったとほくそ笑みながら一夏は男の忠誠を黙って満足気に頷く。気絶中して流血している男は生きている。いや、正確にいうなればワザと生かしておいている。確かに銃弾が命中し体の中に埋まっているだろうが、一夏が自分の肉体を盾にし、その弾道軌道を肉体を使って逸らしたのだ。その結果気絶している男は流血しているが実際には生きている。

 ワザと生かしているにも理由があり、忠誠を誓った男を組織を裏切った者として公安第0課から追われる身とするためだ。

 その存在意義を存在理由を潰し、自らが彼の存在理由・存在意義に成る。それが今回の一夏の作戦。卑劣で卑怯で最低最悪。されど、一番効果的で効率的な作戦。自分に心酔し崇拝する狂信者。暴走を起こすであろうが命令には忠実で命令を絶対順守するであろう人物。おまけにゼロに居た為に中々のスペックを持っているかそのスペックを持った蕾と言った所であろう。これ程条件の良い駒は無い。

だが、この駒を手に入れる為には最後に一仕事をしておかねば成らない。

 

うつ伏せで気絶したまま流血するゼロを仰向けにし、止血の為の経穴を手にいれたゼロに見られない様に素早く突き、気絶しているゼロの瞼を閉じて腕を組ませる。

 

「何をされているのですか?」

 

「お前が殺したこいつらの供養を、だ。こいつ等も国を憂い国の為に汚れ仕事をした者達だ。せめてその供養くらいはしてやらねばな。覚えて置け。この国にはブクブクと私腹を肥やすしか能のない豚共の所為で国を憂うこいつ等が死んだ事を。そして、お前はこいつらの死の上に成り立っている事を。お前がその銃を向けるべき存在が誰なのかを。お前がこいつらの命を奪い生き残り俺の前で誓った誓いを果たせ。それがお前がこいつ等の命を奪ったせめてもの贖罪だ」

 

 一夏はそう言いながら今度は最初に頭を撃ちぬかれたゼロの死体を抱き上げて、死体に偽装した気絶中のゼロの隣にゆっくりと下す。そして、死体に偽装したゼロと同じように今度は本物の死体と成っているゼロの瞼を閉じ胸で腕を組ませた。

 

 こうして、死体と死体に偽装したゼロの2つが並ぶ。

 片方は本物の死体でもう片方は偽装した偽死体。

 偽死体は巧妙に偽装されており、仮死状態同然で呼吸も長時間じっくりと観察して無ければ解からない程であった。

 

 並んだ2つの死体を前にゼロは黙祷を捧げる。自らがその手で奪った仲間に。

そんなゼロの隣で一夏も短い間少しだけ黙祷を行い、ポケットから携帯電話を取り出して自分を指示する更識家の配下を迎えに呼び出す。

 

 迎えの車が来るまでの間に終始黙祷を捧げるゼロと再び黙祷を捧げる一夏。

 迎えの黒い車が狭い路地裏の前に着くと一夏とゼロはその車の中に乗り込んだ。二人が乗り込むと走り出す迎えの車。車が走り出すのを感じながら一夏はビニール袋を抱えてゼロに尋ね始める。

 

「まずは君の名前を教えてくれないか?」

 

「名前は、もう無い。ゼロと成った時に名前も存在も捨てた」

 

それは、戸籍を捨てたという事かな?と尋ねられ無言で頭を縦に振り肯定するゼロ。

 

「OK.戸籍の方はこちらで用意しよう。今後何かと不便であろうし、俺は君の古巣と違い君の存在を肯定する。だが、君の名前をどうするかだが何か希望の名前があるかい?」

 

「……貴方が決めてくれ」

 

「そうか……ならば、夜刀一輝と言うのはどうかな?()…人々の眠る時間帯。つまり人知れず君と言う存在を()とし、その()つの君と言う存在を持ってこの世界のゴミを排除し()ける未来を創る。名はその者を表す形であり、光を二度と見る事は許されない君が俺の前で誓った誓いを考えるならば君は刀と成ってその君と言う一つの存在でこの世を俺と共に一掃しようじゃないか」

 

「俺の名前は……夜刀一輝」

 

「ああ、そうだ。おめでとうと言っておこうか。君は今日から個の存在だ。確かに、これからも以前のような暗部……闇の仕事をして貰う事に成るだろうが、俺は君を無駄死にはさせない!約束は守る!君の存在に意義があったことを俺が証明してやる!俺と共にこの国を一掃し、光ある未来を創ろうじゃないか!」

 

「ああ、全力で協力させて貰う」

 

「早速で悪いが、君に仕事だ。君等に任された任務の内容とその任務を持ちかけた依頼人を教えてくれないか?」

 

「……」

 

「古巣に思い入れがあるのかい?それとも、職人としての矜持かい?」

 

「…解かった。教えても良いが、ただし俺に依頼人を殺害させてくれ!」

 

「それは出来ない。いや、詳しく言うならば依頼人を聞いてからでないと判断できないと言った方が正しいな。考えてもみろ。俺はお前を犬死させないと誓った。むざむざ戦力差が歴然の相手に突っ込ませて誓いを反故にさせる男ではないぞ、俺は」

 

「……依頼人は」

 

 重い口を開き、夜刀一輝は依頼人の名と依頼された任務内容を一夏に明かした。

 その依頼人の名を聞き一夏はそうかと呟いた。その依頼人は敵対する旧更識派の重鎮。依頼内容は一夏のスキャンダル。

 

「残念ながらその依頼人の殺害を容認できない」

 

「!?」

 

「今は、な。すぐに任務に失敗したのを恐れて身の回りを俺による報復を恐れて警備を頑丈にする。だが、俺が何も気づいていない事を装う事で何れ気は解れ警備を解いてしまうだろう。それが人の性と言う奴だ。故にお前をそれまで暗部として育て鍛え上げる。お前を生かすために、お前を何れ俺の懐刀とするために」

 

 そう呟くと一夏は視線を窓の外に向ける。

 国を思い、故に暗部に身を投じ動いた者達だと信じ、信じたが故に敵対しようとも慈悲としてその勢力を生かしておいたが自らの保身の為に動き、国に居座り続ける事にしか能のない役に立たないゴミと同じならば容赦しない。徹底的に殲滅するのみ。手始めに旧更識派の象徴たる更識刀奈を篭絡し、旧更識派の主張する存在意義を奪う。彼らが主張する更識刀奈を篭絡すれば彼等を繋ぐ楔は無くなる。彼等から楔を奪えばどうなるだろうか?自らを当主として担ぎ上げるように活動する?それこそ失笑物だ。仲間内で潰しあうべくして潰しあうだろう。結局敵対する旧更識派は何もできないのである。無論、自分らの地位が危うくなればこちらに刺客を差し向けてくるだろうが差し向けられる刺客を全て言葉巧みに篭絡して懐柔すれば良いだけだ。もしくは撃退すればいいだけである。

 

 再び視線だけを夜刀に向け一夏は再び口を開いた。

 

「君は、今日から更識家の一員だ。2,3日はゆっくり休みたまえ夜刀一輝。君が思っている以上に君の心は君が殺した者達や君の古巣での思い入れがある筈だ。君の心の整理がついてから君の修行に取り組むとしよう。何れ君には……いいや、やめておこう。取り敢えず懐刀に成れるように今は休んでくれ。君も知っているだろうが休める時に休むのもまた仕事だよ」

 

「……」

 

 無言で一夏を見る夜刀にフッと微笑みかけながら再び視線を窓の外へ向けた。

 窓から見える外の景色を見ながら一夏はこれからの事について考える。

 

 夜刀が言うに依頼人は自分を入れた三人のみに依頼を任命したとの事だが一夏はもし自分が依頼人ならば、ゼロをおとりにして別の人間を使う。

 ゼロを捕まえた事で安心させ、スキャンダル―束との密会―を狙う。だが、一方で自分がゼロを捕まえた事で不信感を抱き警戒し始めたのではないだろうか?という考えを相手が持った可能性もある。

 

 どちらも可能性があり、二つの可能性の内対応できる方を選ぶ。

 

「君は更識家で待機だ。今はゆっくり休め」

 

 そう夜刀に命じると一夏は車を止めさせ、途中下車をする。

 

 降りた一夏は車が走り去るのを見届けると追跡してくる車が無いか暫らく陰に身を潜めてじっと待つ。5分10分と待てども呼んだ車を追跡する車を確認出来なかった。

 そして、ポケットから携帯電話を取り出すと電話をかける。

 

『もしもし、いっくん!?遅いよ~束さん、激おこプンプンだよ!!』

 

「何だよ、それ」と内心呟き苦笑する。

 

『ああ、ごめんごめん。少し不穏な輩が陰でこそこそ蠢く蟲が居たのでな。おまけにお前らに害をなそうとする蟲だったので即座に排除したのだが……蟲を操る者も居て状況が一変した。すまんが時間をくれ。一掃して安全を確保できれば電話する』

 

『もう!いっくんの執事姿を見たかったのに!!』

 

『すまんすまん。この埋めあわせは必ずするから、な?』

 

『ブー。それじゃあ、束さんもクーちゃんも待たされ損じゃん!』

 

『……今度、二人の望む通りの事を一日中出来る限りの範囲で心を込めてさせて頂きます』

 

『いいや、三日!』

 

『一日!』

 

『三日!』

 

『一日!』

 

『ぐぬぬ。どうしても折れないみたいだね、いっくん。それじゃあ、間を取って二日!これ以上は負けれないからね!』

 

『解かった。流石、束!愛しているぜ~』

 

 再び魔法の言葉 愛している(パルプンテ)を唱える。すると、電話の向こうから掃除機の音と共に『()様、そんなに床でゴロゴロ転がら無いで下さい。掃除の邪魔です』とクーの辛辣な声が聞こえる。『もしも~し』と呼びかけるも束からの応答は無く。これ以上待つのは無駄だと思った一夏は通話を切った。

 

 一夏が選んだのは、不確定要素が自分を尾行しようとも報告する依頼人を消せば良いという選択だった。

 携帯端末を起動させMAKUBEX(マクベス)SAKURA(さくら)の2機に旧更識派の幹部達を徹底的に調べるように指示を出す。指示を出した一夏が向かうのはIS学園にいるはずの更識刀奈の許だった。旧更識派の象徴たる更識刀奈を本格的に一夏の配下に加えるために学園最凶は静かに動き出す。


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