拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第55話

 混沌とした赤い液体。いや、赤を通り越してどす黒い瘴気のような蒸気を発しながら紅いマグマを思わせる液体が入り込んだ鍋をゆっくりかき回しながら一夏は考えていた。更識刀奈を負かした後、一夏は当主交代宣言をするために更識家を訪れた。

 そして、再び更識家幹部全員の前で更識刀奈と戦い、更識刀奈を負かしたのだが予想通り更識家は真っ二つに割れた。一夏を更識家当主として担ぎ上げる新更識派と暗部としての訓練を受けていない一夏を批判し、刀奈を再び当主として担ぎ上げようと目論む旧更識派の二つに。無論、これは既に予測していた事である。新体制を敷くにしても遺恨は残るものであり、それは歴史が証明している。故に一夏は更なる一手を模索した。

 

 そして、つい先日テロリストがIS学園を襲撃するという情報を旧更識派が掴んだと言う情報を得た為一夏は生徒会長権限を使用して事前に出来る範囲での学園警備を強化し、更識刀奈に丸投げのような形で任せた。準備期間もワザと短くさせた。

 それにより、刀奈が出来る学園警備の強化は限られてくる。無論、旧更識派が防衛もしくはテロを防いだ事による新更識派への批判が来ても新更識派には旧更識派が事前に知っていたという証拠もある為、当然の結果だと言い張れる。また、防衛に失敗した時の言い訳を潰すカギにもなる。

 どちらにしても新更識派には美味しい話なのだ。不謹慎ながらも新更識派にとって学園警備に失敗してくれた方がこちらにとって益となる話なのである。もし、旧更識派が学園警備防衛に失敗した暁には責任を追求し、暗部としての能力を疑う事を理由に一気に旧更識派の勢力を削ぐ事が出来る。

 しかし、最悪の場合は千冬に害が及ぶ恐れもある。無論、千冬の強さを信頼しているので相手がISを使って千冬に挑もうとも千冬は軽く何らかの戦略かその実力で退ける事だろう。だが、用心に越した事は無い。

 

「……いざと成ればコードを使用してでも」

 

 コードを使用すれば今後のAIの活動に支障をきたすだろうがそれも仕方の無い事だ。万が一にでも千冬が追い込まれてもコードを使用したAIを乗せた鎮圧用ドローンを使用すれば眼くらまし程度にはなるだろう。

 一瞬の隙さえ生じれば千冬はその圧倒的な力で敵を屠るだろう。いや、そもそも千冬が追い込まれるビジョンが一夏には全くと言って良い程思い描けないのだが、それでも用心をしておく必要はある。

 3つの組織の長となった今、その責任は重大と成っているが全く一夏は苦に感じていない。

 

「さて、そろそろ良い頃合いかな」

 

 究極の麻婆豆腐が丁度良い温度に温まって来た為一夏はコンロの火を消して鍋に蓋をする。

 

「後は手筈通りに任せた」

 

「はい」

 

 近くで待機していたクラスメイトにそう伝えるとクラスメイトは頷いた。

 一夏はエプロンとマスクと三角巾を歩きながら脱ぐ。

 

 教室から出るとずらりと並ぶお客たち。

 チラリとクラスの看板を見るとそこに書かれた『中華 冥土喫茶へようこそ。死にたい奴だけ求める!』との文字が。教室の看板の前には究極の麻婆豆腐登場!当店の麻婆豆腐を食べると味覚が一切感じられなくなるかもしれませんが、当店では責任を一切負いませんとの注意書きを書いている。

 

 長蛇の列を横目で眺めながらその横を通り過ぎ、一夏はポケットから携帯電話を取り出し人目のつかない屋上へと階段を駆けあがり、上ると学園のメインサーバーで作業をしているSAKURA(さくら)に話しかける。

 

「異常は?」

 

『今のところ、不審者、不審物は確認出来ていません。ただご存じの通り一ついざこざがあっただけです』

 

「更識刀奈の方は?」

 

『学園西口から順に構内を見回り中の模様です』

 

「陸上部隊は?」

 

『今の所、彼らによる被害は確認できていません』

 

「そうか、引き続き警戒を怠るな。何かあれば連絡を寄越せ。最悪の場合コードを使う」

 

『承知致しました』

 

 SAKURA(さくら)との連絡を終え、階段を下り教室に戻ろうとすると腕を掴まれ声をかけられた。

 

「あの!織斑一夏さんですよね!?」

 

「あ゛?貴女は?」

 

 顔を腕を掴む元凶に向けるとその元凶は、スーツ姿の女性で手早く名刺を一夏に渡してくる。

 一夏が名刺に視線を落とすとそこには、

 

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子……さん?」

 

「はい」とニコニコと笑顔で返事をする巻紙さんを前に内心一夏は『またか』と呆れていた。

 この夏休み、一夏は思い出と言う思い出を作れていない。それには、男性唯一のIS操縦者と言う肩書に魅了されたIS装備開発企業からのスポンサー契約を山ほど持ちかけられたのだ。白式は我が儘ボディーであり、後付け装備は一切お断り。おまけに元からの燃費の悪さに更に拍車がかかった変態ときたものであるからポンコツを極めたISと成った。

 

「こちらの追加装甲や補助スラスターは如何でしょうか?さらに今なら脚部ブレードも付いてきます!」

 

「まあ、お得!」とでも言って欲しいのか巻紙と言う女性はマシンガントークで一夏を説得しにかかる。

 だが、その程度で一夏は何とも思わない。唯一思う事があるとすれば今、目の前で必死に説明をしている人をどうからかい、メンタルを削ごうがと考えるぐらいである。

 そんな事を思考の海で考えていると突如現実に戻される。携帯のアラームが鳴り、一夏は現実に戻ってくる。

 

「すみませんが、今は時間が無いんでね。名刺貰ったので必要な時に連絡します」

 

 一夏はそう言って名刺をヒラヒラと巻紙に見せるように振りながら彼女に背を向け、その場を後にした。

 

 

 巻紙の姿が見えなくなるのを確認すると、今度から一週間前にアポを取ってくれと抗議の電話を入れるために一夏は貰った名刺の会社のホームページを携帯端末で検索する。

 

「……会社が無い?」

 

 しかし、該当する会社のホームページが見当たらない。

 再度検索をするもそこに貰った名刺の会社は存在しなかった。

 

「どういう事……」

 

 当初、一夏は外部から襲撃されると思っていた。

 学園祭チケットは生徒一人に一枚だけ渡される。無論VIPの方々は学園からの来賓客としての扱いを受ける為、生徒とは個別に学園が支給する。それに、学園の門は学園祭チケットに埋め込まれたICチップによって入場を受け入れる為学園祭チケットの偽造は不可能。

 だが、今回一夏に接触して来た巻紙と言う人物は学園祭に入って来た。

 

 今の所、学園の門を無理やり破壊、もしくは乗り越えて侵入した不審者がいるとの情報を受けていない。

 

「……まさか、学園内に手引きした人物がいるのか!?」

 

 そうだと思いたくないが現状それしか考えられない。

 

「糞が!!良い度胸じゃねえか!」

 

 一夏の怒声に周りの生徒がビクッと臆するが一夏は構う事無く、歩みを進め教室に戻る。

 

 教室に戻ると箒がすっ飛んできた。

 

「一夏、お前は何処にいたんだ!!もうすぐ開店時間だぞ!」

 

「ああ、すまねえなぁ……どうやら、ふざけた糞女が居たようだ。この俺に喧嘩を吹っ掛ける数奇な輩がいるようだからなぁ!!」

 

 一夏の表情笑っていた。

 笑顔で怒っているその姿は、憤怒の表情よりも怖く箒を萎縮させる。

 

「開店準備は!?」

 

 近くにいたクラスメイトに尋ねると「問題なく」との答えが返ってくる。

 

「そうか……さあ手前等、気合入れて行けよ!!祭りの時間だ!大いに盛り上がろうぜ!」

 

「「「はい!」」」

 

「俺は生徒会に呼ばれてっからこれから生徒会に向かう。麻婆豆腐が無くなりそうになったら連絡をすぐ寄越せ。それまでは手前等で出来る筈だ!」

 

 一夏はそれだけ言うと颯爽と教室を後にした。

 教室を後にし、一夏が向かう場所は生徒会室。

 

 更識刀奈から略奪した生徒会長権限で一夏は裏の生徒会長として活躍する羽目に成った。故に裏とはいえ生徒会長が生徒会室に居る事に問題は無い。

 それに、流石と言えばいいのか生徒会室のパソコンはハイスペックの最新機種の物を導入しており一夏の作業をするのに非常に役に立つ。

 

 ポケットから携帯を取り出すとSAKURA(さくら)に繋ぎ、至急生徒会室のパソコンに学園の全監視カメラの映像データを送る様に指示を出す。

 

 生徒会室に到着すると役員全員を外に出し鍵をかけて一人で監視カメラのデータをチェックする。無論、学園のメインサーバーに張り付いて作業しているSAKURA(さくら)MAKUBEX(マクベス)にも一夏と接触して来た、恐らく偽名ではあろうが巻紙と名乗った女性の現在の居場所を調べ上げる。

 そして、探し始めて数分後に今の彼女の場所が分かった。と言っても監視カメラの映像から解かった訳ではなく、学園のメインサーバーに向こうから接触して来たのである。

 

「……どういう事だ?」

 

『恐らくシステムの一部を乗っ取り、施設の一部分だけのコントロールを得ようとしているのかと』

 

「そんな事は解かっている。だが、問題は何故そんな事をやる必要があるのかだが……」

 

 因みに彼女が今いる場所も確認済みで今彼女は男子更衣室にいる。

 

「……女装趣味がある同性愛主義者なのか?」

 

 それならば合点が行く。男子更衣室に居る理由もトイレに行きたくなって女装を解いてトイレに行こうというのならば理解できるし、女装を解いた姿を誰にも見られたくなくてトイレまでの道を学園のメインサーバーの一部をコントロールして塞ぐ事でトイレに行こうとしているのならば理解できる。

 

『因みに、学園のメインサーバーにあったデータによりますと男子更衣室は防音壁もあり、強度もちょっとしたシェルター並みにあるとの事です』

 

「それだ!彼奴は、それを何らかの方法で事前に知っていた可能性がある!そして、それを利用して学園の生徒を連れ込み性犯罪を犯そうとしているのかもしれん!いや、そもそも女装をしていたのも女子を油断させるためであった可能性も出て来た!若しくは、女性として周囲を誤魔化す事で男を連れ込み襲う可能性もある!!……これは、一刻を争うぞ!チィッ、計画的犯行だな知能犯め!もうこれは、言い訳の余地なくギルティーだ性犯罪者!!」

 

 もう、今の一夏の頭には巻紙と名乗った人物がテロリストである可能性があるという認識から単なる女装趣味の性犯罪者に成っていた。。

 

 一夏はパソコンから学園のメインサーバーの主導権を握っている痕跡を消すと急いで巻紙と名乗る女人物が今いる男子更衣室に向かって走る。

 

 ▲                      ▲                 ▲

 

 一夏が男子更衣室に向けて移動中の同時刻、弾は虚の相談に乗っていた。二人は学園祭の休憩室テントに設置されている折り畳み式の椅子に座り、間に机を挟んだ状態で向かい合っていた。

 弾は右手にたこ焼きを持ち、机に缶コーヒーを置いた状態でたこ焼きを頬張りながら虚の話を聞く。

 

「私は、いいえ私達姉妹は、とある家に代々仕える家系なのですがその当主様が先日交代され今、その家は真っ二つに割れているんです。そして、新当主様はあの織斑一夏生徒会長なんです」

 

「んぐ!?」と弾は驚いた拍子に熱々のたこ焼きを飲み込んでしまい喉を火傷しながらむせた。

 どんどんと胸を叩き、机の上に置いていた冷たい缶コーヒーを開けて一気飲みをする。火傷した喉を冷たいコーヒーが冷やし潤す。

 

「あ、あの!?大丈夫ですか?宜しければ私のも」と虚から差し出された冷たい缶コーヒーを手で制し、お気遣いなくと言って弾は落ち着きを取り戻す。

 

「話は戻るんですけれども、一夏(あいつ)がその……貴女がお仕えする家の当主に成ったと言う話なんですが、長く一夏(あいつ)とつるんでいた俺には一夏(あいつ)がどうも自分からそんな面倒な事をしでかすとは思えないんですが」

 

「ええ、先代の当主様が織斑一夏生徒会長に戦いを挑みましてその結果敗北。先代当主様はIS学園の生徒会長だったんですけれども学園では実質織斑一夏生徒会長の傀儡と成っています。ただ、急な生徒会長交代の混乱を避けるために生徒会長交代の公言は織斑一夏生徒会長がしないとの事ですが」

 

「しかし、貴女が仕えている家では一夏(あいつ)を当主として迎え入れ担ぎ上げようとしている人達とそうでない人達に分かれていると言った具合ですか?」

 

「そうなんです。先代の自業自得と言えばそれまでですけれども、急な生徒会長交代と当主交代に私達が追いついていない状況なんです」

 

「まあ、そうでしょうね。一夏(あいつ)は、いっぱんじんですから」

 

「?確かに織斑一夏生徒会長は一般人ですけれども」

 

「あ~字が違いますよ。字が」

 

 弾はそう言って携帯電話を取り出すと文字を入力し、その画面を虚に見せながら説明をする。

 

「これですよ、逸般人。あいつに知られたら怒られますけれども、彼奴は人間としてのラインを軽く飛び超えちゃった人物なんですよ」

 

「確かに先代当主様は武術に長けていましたが、それでも彼には勝てませんでした」

 

「あ~、そりゃあ分が悪いっすね。一夏(あいつ)は戦闘能力は半端ない程高く強いっすから。それに、一夏(あいつ)は逸般人っていったでしょう?人間のラインを越えちゃっているんすよ。文字通り次元が違うんっすよ」

 

「た、確かに一度当主交代の際に先代と現当主との戦闘を見させて頂きましたが、先代からの攻撃をまるで藪蚊か蠅を払うかのように軽くあしらい、攻撃をモノともしませんでした」

 

「でしょう?彼奴と俺らとじゃあ存在する次元は同じでも存在そのもの次元が違うんすよ。それに、一夏(あいつ)は何だかんだで何かしら部下の事を考えてくれている」

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ。はっきり言って一夏(あいつ)は赤の他人には辛辣です。鬼畜外道悪鬼羅刹暴君と言っても過言ではないほど他人には辛辣です」

 

「……」

 

「ですが、それも理を知れば多分理解できると思いますよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、一夏(あいつ)は同じ時を同じ物を同じ事をして共有し、触れ合い・言葉を交わし・互いに理解出来てない相手には辛辣なだけです。しかし、それを言い換えれば一夏(あいつ)は自分では気付いてないみたいっすけれども極端なほど臆病であり、心から信頼できる繋がりを求めている」

 

「……」

 

「だからこそ、心から信頼できる相手を失う事を恐れている。恐れているが故に他人には辛辣になり、自分から繋がるチャンスを切っているだけです。最初から繋がるチャンスを差し伸ばされなければ心から信頼できる相手に裏切られた時やその存在を失ってしまった時に傷つかなくて済むから」

 

 虚は弾の話をただ黙って聞く。

 経験者の話を黙って聞き、そして今までの記憶を思い出しながら考えて検証してみる。

 

「ただ、貴女が一夏(あいつ)との繋がりを本当に心の底から望むのならば、今は黙って俺の言葉を信じて待ちなさい。一夏(あいつ)は信じてれば一夏(あいつ)自身が繋がりを求めているから繋がってくれる。後は時間が経験と言う名の薬と成って解決してくれる」

 

「そう…でしょうか?」

 

「ええ、そうだと思いますよ。それに、それはもうすぐだと思いますよ。もしかしたら、後はあなたが望めば良いだけかもしれません。何故ならば、一夏(あいつ)は貴女を思い俺を案内させるように命じたから」

 

「………」

 

 虚にとってそれは信じられない話だった。

 だが、経験者は語る。故に

 

「赤の他人を一枚の絵画に描かれた木々、若しくは路肩の石にしか感じていない一夏(あいつ)が貴女を思い行動する理由には成りませんから」

 

 その言葉に希望を持った。

 まあ、これは俺の個人的な考えですがねと締める弾。虚はその弾を見ながら言われた事を頭の中で整理しながら弾からプレゼントされた缶コーヒーに口をつける。

 

「……冷たい」

 

 されど甘い。

 甘味が程良く口の中を走り、考えた際のエネルギーを補給する。冷たさは喉を潤すと共に一つの刺激と成り虚の頭を冷やし、その香りは虚の心を落ち着ける。

 

『貴女が一夏(あいつ)との繋がりを本当に心の底から望むのならば、今は黙って俺の言葉を信じて待ちなさい。一夏(あいつ)は信じてれば一夏(あいつ)自身が繋がりを求めているから繋がってくれる。後は時間が経験と言う名の薬と成って解決してくれる』

 

『それに、それはもうすぐだと思いますよ。もしかしたら、後はあなたが望めば良いだけかもしれません』

 

 そんな事を、そんな事を経験者(あなた)に言われたら希望を持ってしまうでしょう!と叫びたくなる。

 叫びたくなる衝動を抑え、どうにか普段の布仏虚に戻る。

 

「ありがとうございます。弾君。そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前は布仏虚」

 

「俺の名前は五反田弾っす。虚さん」

 

「もし宜しければで良いのですが、これからも相談に乗って頂けますか?」

 

「ええ、別に良いっすよ」

 

 交わる事の無かった()()

 片方は一般人。片方は旧家に仕える家系。

 生きる次元は同じでも交わる事の無い層に生きる二人。

 本来ならば交わる事の無い者達。

 

 されど存在そのもの次元が違う一夏(暴君)にそんなものは関係ない。

 一夏(暴君)はただ破壊するのみ。秩序をルールを常識をしがらみを、ありとあらゆるモノを無慈悲に台風の如く破壊する。そして、一夏(暴君)によって繋がる()()。初めてお互いの存在を認識し、語り、時を共有し合った。二人を繋ぐ接点は一夏(暴君)のみ。されど、二人には今日確かな互いを繋ぐ接点が生まれた。

 

 ○          ○                ○

「はあはあ、ちっきしょう!何なんだよ彼奴は!?」

 

 亡国機業のオータムは逃げていた。それから

 もう人と呼んだ方が良いのか解からないそれが放つモノから必死に逃げていた。まるで人の姿形をした化け物の手下から必死に。

 

 亡国機業オータムは巻紙としてIS学園に潜入し白式を奪おうとした。当初、予定していた男子更衣室に一夏を連れて入り襲うという計画を立てていたのだが、学園のサーバーから男子更衣室のコントロールを得ている最中に一夏が男子更衣室に入って来た。

 そして、オータムに目掛けて言った。

 

「そこまでだ!この女装趣味の性犯罪者め!用意周到に女装までして周囲の目を欺き性犯罪を行おうとする計画的犯行、情状酌量の余地なく極刑は免れんぞ!!」

 

「違げえよ!!私はれっきとした女だクソガキ!」

 

 条件反射のツッコミ。

 まさか、対象者が自ら網にかかったかと思いきや来て早々予想外の事を言われ素に戻ってしまう。だが、すぐに現状を確認するとISを展開する。専用機アラクネ。アメリカの第二世代型IS。蜘蛛を思わせる様なそのISは8本の脚を持ち、先端に刃物のような爪を装備しており内側に銃口が仕組まれている。

 

 まさかの性犯罪者がテロリストだった事に驚きながらも一夏は白式を展開する。

 

「待ってたぜ、そいつを使うのをよぉ!」

 

 蜘蛛の脚に内蔵されている銃の銃口を一夏に向け8つの銃の一斉射撃が行われる。一夏はそれを横に避け回避するも連射される銃弾の軌道は一夏を追う。避ける意味がないと思った一夏は雪片弐型を展開し、雪片弐型の巨大さを利用して楯にする。防御+ダメージを受けたはいないがエネルギーを回復した白式のエネルギーは満タン。

 

「ごっつあんです!手前が攻撃してくれたおかげで俺の白式はエネルギー満タンです!!」

 

「手前!」

 

 はっきり言ってアラクネと白式は相性が悪かった。攻撃を受けてエネルギーを回復する雪片弐型を装備した白式と射撃を行っても回復させる結果と成るアラクネでは相性が悪すぎた。

 

「おらぁ!隙あり!!」

 

 加速と共に距離を詰め、アラクネを斬りつけアラクネの脚を一本破壊する。斬られた個所からは電流が走り、オータムは焦りの表情を見せる。

 そして、戦法をすぐさま変えて腕から糸を一夏に向けて射出する。

 糸は雪片弐型に付着し、一夏はそれを切ろうとするも切れない。

 

「あ゛?何だこりゃあ?切れねえ……」

 

 幾ら切ろうとしても伸縮性に長けている所為かわからないが切れない。そうこうしている内に次々と糸を放たれ、がんじがらめの状態となってしまった。

 

「こ、こいつは!?」

 

「だっはっは!蜘蛛の糸を甘く見るからだ」

 

「人間版知恵の輪!攻略し甲斐があるな!」

 

「手前はどういう頭しているんだ!?この状況が分かってんのか!」

 

「ん……現れた女装趣味の性犯罪者テロリストに白い糸をぶっかけられた俺?」

 

「だから、女だっつてんだろ!!」

 

「性犯罪者は否定しないっと……この性犯罪者め!俺をどうする気だ!?こんな粘々したモンをぶっかけやがって!!」

 

「ああ!もう、手前と話すとイライラする!!」

 

「一方、俺は満足するぞ!」

 

「糞が!こっちが有利なのに何故か不利な状況は何なんだ!?」

 

「経験の差だよ!無駄に年をくっただけの貴様と幾戦もの戦闘を行ってきた事を否定する事の出来ない俺と貴様の経験の差だ!!」

 

「ハッ、ハッタリだそんなモン!さあて、お別れはすんだか?」

 

「何のだ?」

 

「手前の白式とのだよ!」

 

 オータムは何やら装置を取り出すと一夏に着ける。4本の脚が一夏に絡みつき捕縛し、そこから流れる電流が一夏の体を駆け巡る。

 

「うぐあぁぁぁぁ!!」

 

「ハッハッハ!どうだ?剥離剤(リムーバー)のお味はよぉ!?」

 

「もう少し強めの電流だと肩のコリが解れそうなほど気持ち良いです」

 

「マッサージじゃねえよ!まあ、良い。どうせ手前は、これからぶっ殺してやるし冥土の土産に教えといてやる。モンド・グロッソで手前を誘拐しようとしたのはなぁ、うちらの組織だったんだよ!」

 

 オータムの告白と共に電流が流れるのは収まり一夏は違和感を覚えた。

 そして、すぐに違和感の正体を知った。

 

「探しモンはこれか?」

 

 オータムの手に握られた白式のコア。

 それは、一夏が白式を奪われた事を意味していた。

 

「まあ最後にあの時の相手を知れて良かったな。それじゃあ、死ねよ!」

 

 そして、それらは一夏を怒らせるのに十分な火種と成りえた。

 ブチブチと歪な音と共にオータムは目の前の現実に驚愕した。目の前に映る生身でアラクネの糸を引き千切る一夏はすぐに自由の身と成り、冷たい声で真の世界最強は呟いた。

 

「虚実の狭間」と。

 

 それはオータムの耳にも聞こえる声だったがオータムは目の前の現実に表情が引きつる。

 生身では視認出来ない速度で、辛うじてハイパーセンサー越しで見える無数の一夏。それらにオータムは攻撃するも一夏に当たらず、オータムの攻撃は無意味になる。

 

「これは俺が開発した織斑流拳術の秘技 虚実の狭間だ。体を鍛える事で昇華させた俺の技。辛うじてハイパーセンサーで見えるであろうお前には俺の無数の像が見えるだろうが、全て残像。これは、生身で使用すると肉体と比例するため、使用時間は10分って所だ。10分持ちこたえれれば手前の勝ちだ。まあ、欠点としていうなればこの技には制限時間があるって事と出せれる技が限られてくるって事だがよぉ!」

 

 何処からともなく聞こえてくる声。その声を頼りに声のした方向に攻撃を仕掛けるも宙をきるだけで何も当たらない。

 

「さあて、糞女。手前に二つの選択肢をやる。一つ、大人しく俺の白式を返して手前の組織について喋るか、もう一つは俺に四肢を捥がれた状態で白式を返し、喋るか選ばせてやる。時間は手前のISのその残りの脚を全部もぎ取り終わるまでの間だ!――織斑流拳術 断空手刀斬り」

 

 再び聞こえる虚空から織斑一夏の声。

 バキッと音がし、オータムはその音がした左後ろを見るとアラクネの左脚が一本捥ぎ取られた状態だった。捥ぎ取られた個所からは漏電し、その被害を訴えている。

 

「残り6本だ。それまでに決めときな!」

 

「ば、ば、化け物が!!」

 

 現れた一夏はその手に斬り落としたアラクネの脚を握り、薄笑いを浮かべている。

 オータムはその現実を受け入れられなかった。自分はISを使用している。だが、生身の相手に攻撃をあてる事も出来ずに、押されている現実をどうしても受け入れる事が出来なかった。

 現れた一夏に一斉射撃を仕掛けるもその姿も残像。

 

「はあ~い。糞女!俺はここだぁ!」

 

 再び現れた一夏はオータムの懐。そして、その手に握る斬り落としたアラクネの脚をオータムに振り下ろす。衝撃がオータムの頭に走り一瞬オータムは視界を一夏から逸らしてしまう。

 だが、それが問題だった。

 

「織斑流拳術 断空手刀切り」

 

 再びオータムが眼を開くとそこには左右両方のアラクネの脚が一本ずつ横に一閃した一夏の手刀によって切り落とされた様子だった。

 

「糞がぁぁ!!」

 

 残りの脚で懐に入った一夏に脚の先端に取り付けられた刃物のような爪で攻撃をする。残り4本の脚が一夏を襲うが、オータムの視界に入っている一夏もまた残像。残像に攻撃する四本の脚が残像を貫いた時、本物の一夏が現れた。

 

「織斑流拳術 断空手刀十字斬り」

 

 残像を貫くアラクネの4本の交差する脚を一夏は一瞬で十字の軌道を描く断空手刀斬りによって全て斬りおとした。

 

「あっ!?」

 

 アラクネの全ての脚を斬り落とされたオータムに着きつけられる現実。それは、タイムリミットという事実だ。宣言された一夏の言葉が真実ならば一夏にはまだ余裕がある。何故ならば、一夏が虚実の狭間を使用してからまだ2分も経っていない。

 これが、弾が言った逸般人と評価する一夏の力。

 誰が相手に成れるであろうか?生身でISを圧倒する人物と。

 誰が相手に成れるだろうか。裸眼でその姿を見る事は出来ず、ハイパーセンサー越しでようやく見える姿もまた全て残像である人物に誰が勝てるというのだろうか?

 それが、それが出来るのは――

 

「――恐らく、ちーたん位の実力者だよ。全力の俺を相手に出来るのは」

 

 ほんの一握りの実力ある天才位だろう。 

 並みの凡人では相手に成らない。

 

「さあ、時間だ。俺の束の思いが詰まった白式を返して貰うぞ糞女!」

 

 そう言ってオータムは持っていた白式のコアを一夏に奪い返される。装甲の隙間から経穴を突かれたオータムはその激痛のあまり白式のコアを手放してしまい一夏に奪い返された。

 奪い返した白式のコアを握りしめ一夏はニヤリと笑い、残酷な言葉をオータムに投げかける。

 

「手前等の組織の事について話して貰うぜ。だが、話すだけならばその四肢は要らねえよなぁ!殺意を持って俺を襲ったんだ。手足を失う覚悟はとっくに出来てるだろうよなぁ!」

 

 振り上げられる一夏の拳。既に拳は手刀の形と成り、それが振り下ろされればオータムの腕は肩の付け根から切り落とされる事がオータムは直感で解かった。

 

「結局、手前等は……手前等組織はどんなに頑張っても一生負け犬だってこったぁ!赤の他人如き(虫けら風情)が俺を利用しようとした事、俺の愛する人の思いが詰まった俺の大切なIS(モノ)を奪うという愚行を働いた自らの愚かさを嘆き悲しみながら、手足が無い状態で今後の余生を楽しみな!!」

 

「クッ!」

 

 唇をかみしめオータムは思った一体、一体自分は何に手を出してしまったのかと。

 圧倒的な力を持った目の前の存在。

 ISを使っても文字通り手も足も出ない圧倒的な力の差。

 

 振り下ろされそうになったその時、一夏のポケットに入れていた携帯の画面が光りSAKURA(さくら)が一方的に話しかける。

 

『報告します!ISを操縦した何者かがIS学園に外部から侵入。何者かがそちらに向かっています。現在鎮圧用ドローンでJUBE(十兵衛)GINJI(銀次)AKABANE(赤羽)が交戦中!!ですが、相手にせずにそちらに一直線に向かっています』

 

 SAKURA(さくら)の報告を聞いた一夏は不敵に笑い、振り上げていた拳をおろし白式のコアを握りしめて叫ぶ。

 

「来い、白式!!」

 

 一夏の叫びに応えるかのように白式は一夏の翼となる。

 純白の翼を纏った一夏は『相手、地点に到着しました!上空です!!』とのSAKURA(さくら)の報告を受けながら唇を歪ませ歓喜に振るえる。

 

「面白い!雑魚はどうでも良い!!雑魚なんかよりも面白そうだ」

 

 男子更衣室の天井が複数ビームによって穴が開き、天井の一部が落ちてくる。

 そして、視認出来る大空。大空には新たな敵の姿が確認できた。

 

「良いねえ、良いねえ、最高だねえ!」

 

 更なる敵の姿を確認した一夏は歓喜に振るえる。相手はセシリア・オルコットとの戦いの時にデータで見たBT二号機サイレント・ゼフィルス。その機体の性能はセシリアのブルー・ティアーズよりも上の機体。

 

「相手にとって不足はねえなぁ!!」

 

 大型ウィングスラスターによる加速でサイレント・ゼフィルスとの距離を詰め、雪片弐型で斬りつける。  

 サイレント・ゼフィルスもその手に持つ大型レーザーライフルの先端に取り付けられた銃剣で雪片弐型の攻撃に応戦する。

 だが、サイレント・ゼフィルスの大型レーザーライフルの先端に取り付けられた銃剣は一夏の雪片弐型と比べるとその威力も重さも大きさも負ける。

 それにサイレント・ゼフィルスの操縦者は女。女は男よりもどうしても生物の特性として筋肉量が少ない。

 故にサイレント・ゼフィルスの操縦者は次第に一夏の剣撃に押され始める。

 

 だが、サイレント・ゼフィルスの操縦者は一夏の剣撃を受け止め、「フッ」と笑うとビットを射出し、一夏に攻撃を仕掛ける。ビットによるビームのオールレンジ攻撃が始まるとサイレント・ゼフィルスの操縦者に向けて蹴りを放つ。サイレント・ゼフィルスの操縦者はその手に持つ得物で一夏の蹴りを防ぐが、一夏は蹴った瞬間にサイレント・ゼフィルスの操縦者が防御に使った得物を足場に脚部スラスターを吹かせてサイレント・ゼフィルスと距離を取る。襲い掛かるサイレント・ゼフィルスのビットによるオールレンジ攻撃を躱しながら一夏はポケットから携帯を取り出すとSAKURA(さくら)に指示を出し、鎮圧用ドローンに援護させる。

 3機の鎮圧用ドローンは一夏を援護するようにサイレント・ゼフィルスに装備されていた銃で射撃を行うが、対した戦果を得られない。僅かに削られるエネルギーを見ながらサイレント・ゼフィルスの操縦者はビットによる射撃でドローンを撃ち落とそうとするがドローンは下降を行い、サイレント・ゼフィルスのビット射撃を回避する。

 

「何!?」

 

「悪いな。俺のドローンはちょいと特別製でな。予算も内緒でやりくりして購入した物だからおいそれと破壊される訳にはいかないんでね!」

 

 少なくともこの戦闘が終わるまではドローンを守らなければいけない。

 内心そう呟きながら一夏はオータムが居た場所に視線を移すが、そこにオータムの姿は既に確認できなかった。

 

 ピーと口笛を吹き、3匹の獣を呼び出す。

 一夏は獣たちの姿を視認すると命令を出した。

 

「賊が出たぞ!捕らえよ。賊には俺の強い匂いがついているはずだ。ひっ捕らえよ!抵抗するようならば手脚を噛みちぎって痛めつけてしまえ!!」

 

 一夏を命令を受諾した3匹の獣達は頷くと颯爽と駆ける。

 

「させん!」

 

「させるか!!」

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は3匹の獣に目掛けて手に持つ得物を三匹の獣の一角であるボスに向けるが、一夏は手に持った得物の銃口を向けるサイレント・ゼフィルスの操縦者に目掛けて雪片弐型で斬りつける。

 手に持った得物で再び一夏の攻撃を防ぐサイレント・ゼフィルスの操縦者だが、

 

「邪魔だ!」

 

 すぐにビット3機による一夏へ一斉射撃を行った。一夏はビット3機による一斉射撃を雪片弐型で防御するが、それはサイレント・ゼフィルスの操縦者に時間を僅かではあるが与える結果と成った。加速と共に行われる一夏に向けて牽制の射撃を一夏は雪片弐型で防御しながら、相手の向かう先をハイパーセンサーで見る。

そこには、事前に打ち合わせていたのかアラクネの操縦者オータムの姿がありサイレント・ゼフィルスの操縦者はオータムを回収すると加速と共に戦線を離脱しようとする。

 

「お咎め無しで帰れると思ったか馬鹿共!雪羅、バスターモードに変形だ!!」

 

 一夏がそういうと雪片弐型は中央が割れて、細いスナイパーライフルを思わせる銃口を覗かせる。雪片弐型の根元にはリボルバーの様なシリンダーが中央に埋め込まれており、一夏は銃口を逃走するサイレント・ゼフィルスに向けて狙いを定める。軌道修正、ISの反動相殺システム、軌道予測を起動または行い、照準をサイレント・ゼフィルスに向け定めるとロックした。

 

「ブラスト!」

 

 そのキーワードを言った瞬間に雪片弐型=雪羅のグリップ部分が大きく動き、シリンダーの中に生成された雪片弐型の零落白夜と同じ消滅エネルギー砲弾が発射されサイレント・ゼフィルスが飛行する大空に目掛けて巨大なエネルギーが砲撃と成って発射される。その一撃は雲を貫き霧散させ、空を一変させる。肝心のサイレント・ゼフィルスは瞬時加速で緊急回避を行いビットを3機破壊しただけの被害と成った。

 

 一夏の白式の画面にはエネルギーが1/6消費した表示を示すも一夏は更に雪羅の銃口を飛行し撤退中のサイレント・ゼフィルスに向けるがもうすでに射程外距離の表示が。射程外距離だが、実際はセンサーの範囲外なだけであり撃って当たる可能性もあるのだが、一夏は砲撃を行う雪羅と成った雪片弐型をおろし、雪羅を雪片弐型に戻す。

 

「………」

 

 サイレント・ゼフィルスが消えた方角を無言で睨みつけながら一夏は雪片弐型をギュッと強く握りしめた。

 

 

 

 

 

「さて、織斑…説教の時間だ」

 

「……」

 

 サイレント・ゼフィルスが襲撃してから、ばっちり千冬に知られた。当然の如く知られた。そして、千冬に連行され一夏は千冬と山田先生と共に生徒指導室に来ていた。

一夏の前に千冬。千冬のすぐ隣に山田先生と言った具合に椅子に座る。

 

「あれだけ何かあれば連絡を寄越せと言ったよな?」

 

「……」

 

 無言で目を逸らす一夏に千冬は両手で一夏の顔を掴み、無理やり視線を合わせる

 

「言 っ た よ な ?」

 

「………はい」

 

「まあ、それはどうでも良い。良くはないが、私が言いたいのはそこじゃないんだ。織斑、お前……」

 

 ピッと千冬が持っていたタブレット端末の電源をつけてその画面を一夏に見せる。

 タブレット端末には一夏が雪羅のバスターモードによる消滅エネルギーの超圧縮荷電粒子による砲撃を行う一夏の様子がばっちりと映っていた。

 

「お前が毎朝毎朝毎朝毎朝アリーナを破壊する犯人だったのか!?お前の所為で学園の生徒達は寝不足に成り始めているんだぞ!」

 

「織斑先生、もうその辺で今日は良いんじゃ……それに、織斑君がテロリストを撃退してくれたのは事実で死傷者は無く、男子更衣室の天井に穴が開いて風通しが良くなった位ですし」

 

 山田先生に諫められて千冬は「ううむ」と唸りながら眉間を指で押さえる。

 実際一夏一人でテロリストを相手にさせた事実は大きく、今回の物的被害で叱りつける事は無かった。そして、テロリストを一人で撃退したという結果を考慮するならば相殺できるような結果だろう。

 

「まあ、別にどうでも良いですよ。如何様にも後日処分して下さい。そうそう、山田先生。今から織斑先生と大切な話があるので席をはずして貰えませんか?まあ、山田先生も交わりたい(・・・・・)と仰るのでしたら俺は別に構いませんが」

 

「え、えっと~、ご姉弟でそう言うのは倫理観的にちょっとダメだと思います!お、織斑君!ど、どうしっても我慢できずにム、ムラムラするのでしたら私が!!」

 

 深読みしすぎて赤面しながら暴走する山田先生。

 

「はてさて、山田先生は一体何を仰ってるのやら。俺には解かりかねますね」

 

 クククと面白そうに話す一夏に自分が深読みしすぎた事を知り更に赤面する山田先生。

 

「どうやら山田先生は顔色が優れない様子ですね。顔が真っ赤です。早く保健室に行かれた方が良いですよ」

 

 あうあうと顔を真っ赤にして口をパクパクさせて目を回しながら生徒指導室から退出する山田先生を横目で見ながら一夏は口端を微かに上げて笑みを浮かべ、千冬はハアと溜息を吐く。

 

「それで、あれをどうするつもりだ?」

 

 千冬が言うあれとは山田先生の事であり、一夏が現行犯でしでかした問題だ。

 

「さあ?お望みならば脳に衝撃を与えて記憶を消す事も出来ますが?必要とあらば山田先生には悪いですが消えて貰いますけれども……」

 

「やめろ!ったく、お前と言うやつは次から次へと問題を起こすな~」

 

 無論、山田先生には悪いが消えて貰うという部分は冗談ではあるが一夏が言うと冗談が冗談に聞こえない。頭を抱える千冬を一夏は椅子から立ち上がり、背後に回るとその背中を抱きしめた。

 

「何の…つもりだ?」

 

「勝手な真似をしてすみません我が主(マイロード)。ですが、そのまま私の独り言を聞いてください」と前置きをしたうえで一夏は喋り始めた。

 

「今日俺が千冬姉に連絡しなかったのは今日は祭り。普段頑張ってくれているあんたに今日ぐらいは祭りの熱気にあてられて羽を伸ばして欲しかったって言うのが一点と、せめて羽を伸ばす事はせずとも普段学園警備の為に張りつめている神経を解いて欲しかったっていうのが一点。そして、学園警備に関してだがドローン配備による監視強化を考えていたから、それの試行テストを行っていたからその優位性の証明をしたかったっていうのが一点。計三つの思惑があって今回あんたに連絡を寄越さなかったって言うのが真実だ」

 

 3つ全ては千冬を思ってであり、ドローンもまた先生方の最終的に千冬の学園警備の負担を少しは減らす材料と成ろう。

 その思惑を全て千冬が理解しているかどうかは一夏にとってどうでも良い。何故ならば、これは一夏がそうしたいからそうしただけであり千冬に命令されて行ったわけではないのだから。

 

「更に毎朝の事をいうなれば、新装備の詳細をデータではなく肌で感じたかったから。データと現実とではやはり若干違う。それは、やってみて肌で感じた。外的要因による所為なのかデータが精確さに欠けているのか、はたまた新装備のISが威力調整に時間を要しているためデータ上と違うのか解からないが。毎朝練習をしていただけで皆の睡眠を妨害しようとか言う他意は無かった。それでもあんたに迷惑をかけた……すまない」

 

 一夏の謝罪を千冬は黙って最後まで聞くとそっと自分を抱きしめる一夏の手を握る。

 

「お前が私を思って行動してくれた事は正直嬉しい。だが、私を頼って欲しいと思う所はある」

 

 そう言う千冬の手を振りほどき一夏は背後から千冬の前へと移動する。

 そして、「さあ?何の事でしょうか?我が主(マイロード)」ととぼけた様子を示す。

 

 それを見た千冬は先程一夏が言ったセリフを思い出した。――私の独り言を聞いてくださいと。

 それは、つまり先程の会話は実は会話ではなく一夏の言わば一方的な呟きでしかない。

 

「全くお前と言う奴は……」

 

 してやられたよと内心千冬は呟く。

 

「さて、我が主(マイロード)。少しごたごたがありましたが、本日は祭り……と言ってももう既に学園祭は半分ほど時間は経過してしまいましたが、一緒に回って下さいませんか?お嬢様」

 

 片膝をつき、千冬に手を差し伸べる一夏。

 

「喜んで……と言った方が良いか?」

 

 そう言って笑いながら一夏の手を取る千冬。

 一夏に引かれ椅子から立つと二人は生徒指導室から出て行った。

 

 その日一人の世界最強とその従者がずっと学園祭で行動を共にするのを数多の目撃者が発見した。


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