学園祭当日。一夏は漆黒の黒い執事服を纏い、赤いネクタイをして白い手袋を履いていた。その姿に意味は二つ。客寄せと千冬の願望を叶えるためである。しかも、本物を忠実に再現しているのか金色の鎖がついた懐中時計をポケットから出して時刻を確認していた。
時刻は既に9時を示そうとしている。それは、もうすぐとある人物との待ち合わせの時間を示していた。
「時間が迫っているな。開店まであと1時間はある。さっさと、あの馬鹿を迎えに行って軽くひと案内した後に仕事場に戻るとしようか」
一夏のクラスの出し物は予定通り麻婆豆腐のみだが、彼が作った麻婆豆腐は味に五月蠅い人(特にどこぞの外道神父)ならば一口食えばすぐに解かる程煮詰めすぎても美味しくない繊細なものである。
懐中時計をポケットに入れキャーキャー騒ぐ周りを無視しながら一夏は待ち合わせ場所のIS学園の門の前に向かう。
今日は学園祭。来賓客が来る日であり人も多く招かれざる客も来ない可能性も無い。人の出入りがあるという事はそれだけで監視の目が行き届きにくく何かしらの事件が起こらないとも言えないのだ。
その為一夏は未完成だったAI3機の完成を急がせ学園祭に間に合わせた。それだけでなく、ドローン9機を更識刀奈から略奪した生徒会長権限で購入。IS学園の整備科に所属するコンピューター部と来年の部費を増額する代わりに協力をあおぎ、3機を予備とし、3機を巡回用ドローンとしてドローンのカメラを魚眼レンズに変更し、3機を改造しアメリカとイスラエルから送られてきた銃をドローンに装備させた鎮圧用ドローンに改造、また、全部のドローンに巡回用ルートをセットしさせた。
そして全部のドローンを学園のメインサーバーと直結して
また、それだけでは飽き足らず自宅から
巡回にはボスも参加し、ポチとタマとボスと言う陸上部隊と監視用ドローン3機による航空部隊での監視。更には僅かではあるが監視カメラの増築と整備を行いいつも以上に監視能力をアップさせた。
更に今回呼んだ人物は戦闘能力が非常に高い人物であり、有事の際に協力して貰えるであろうと思われる人物だ。
戦闘能力は一夏の方が上だが、それでもなかなかの戦闘能力を持つ人物である。
それに、今回の学園祭には一夏の個人的な思惑も存在しているため気が抜けない状態なのだ。
ピロ~ンと音が鳴り、ポケットから携帯を取り出すとそこには「今、門ナウ」との文字が。
「さあて、馬鹿も到着したみたいだな。さっさと迎えに行ってやりますか」
一夏は携帯の画面を確認するとその歩く速度を少しだけ速めるのだった。
◇ ◆
「あ~、くそ~。あの腐れ外道に出会ってそうそうぶん殴らねえと気が済まねえな~」
物騒な事を呟いている人物は、IS学園の門の前で腕を組み学園の門を潜る人々を見ながら呟いていた。彼がそう呟くのも無理はなかった。彼は一夏の所為で半分と言うか集団リンチとしか言い様が無い事を味わう羽目になったのだから。
そう、彼の名前は五反田 弾。一夏を知る人物であり、
彼が集団リンチとしか言い様が無い事を味わう羽目になったのは時をさかのぼる事、一夏が千冬からチケットを貰った日に遡る。
「諸君!夏も終わり既に秋の季節となった。未だ、諸君らの武の発展に対する情熱と健闘について心から御礼を申し上げる。そんな武に情熱を燃やす諸君らの実力を諸君ら自身が知る機会を作りたいと思い始め、今日とある貴重な物をある筋から頂いた。諸君らの中で一番に輝いた者にそれを授けたいと思う。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
「チケットが欲しいか!?」
「「「「欲しい!」」」」
「我が右腕に成りたいか!?」
「「「「成りたい!!」」」」
「しからば、その証をその身をもって証明して見せよ!!」
「「「「一夏!一夏!一夏!」」」」
「今ここに
歓喜、狂喜、驚喜。あらゆる修羅達の声が摩天楼に響き渡り、いたる所でバトルロワイヤル式に戦いが始まる。
1対2、2対2、3対2、1対1、あらゆる戦法があらゆる戦術が摩天楼のあちこちで張り巡らされ、息の合うパートナーと組んだり、わざと相手を混乱させるために息の合わないものと組んだりと力と力、技と技、拳と拳、脚と脚、脚と拳がぶつかり合い今までの修行の成果を一夏に認めさせようと言わんばかりに激しい戦いが至る所から繰り広げられる。
時間はすぐに経過し、半分ほど意識を失った脱落者達が出た時、その中でもひと際目立つ戦いを繰り広げる者達が居た。
それぞれが一夏の陰であり
「あ、そうそう。言い忘れていたが皆にアドバイス。弾を先に潰した方が得策ではあると思うぜ。何せ、摩天楼のNO.2だからよ!まあ、
一夏のその言葉に修羅達の視線は全て弾に向けられた。
弾はそれまで
「おい、こら、一夏!手前、後で覚えて置けよ!!」
そう吠える弾だが、襲い掛かってくる修羅達を相手にするのは少々骨が折れる。
「クッソ!覚悟を決めるっきゃねえなぁ!!」
拳を握り襲い掛かってくる修羅の大群に睨みを利かせる。
既に体は戦闘準備を終えており、何時でも応戦できる。
「手を貸そうか?弾君」
周りにキラキラと眩い細かな鏡の破片を出しながらホスト風の男 鏡 刑而が出現する。
いつの間にか鏡に後ろを取られる弾。
「出やがったな、相も変わらずいつの間にか出現するな。お前は」
「それで、どうするんだい?」
「頼む」
「貸し一だからね」
「糞が!せめて安く負けとくれや。あの腐れ外道を協力してぶちのめすってので手を打つってのでどうだ?」
「あまり魅力的な話じゃないね」
「糞!絶対にデカい借りを作っちまうな……まあ、良いや右半分頼む。左半分は俺がやる」
「OK」
そして、修羅達は思い知る。五反田弾と鏡刑而、
曰く、息の合う二人だった。互いが互いをフォローし合い踊る様に楽しそうに笑いながら向かってくる修羅達を殴り、蹴り飛ばし、投げる。まるで、二人で一つの生物であるように二人を攻め入る隙が無く修羅達は我武者羅に弾や鏡に襲い掛かるしかなかった。
曰く、気絶し戦闘不能となった数多の修羅達の山を築きながら楽しそうに戦う弾と鏡はまるで戦場に舞い降りた死神だったそうだ。その二人の死神から繰り出される技は美しく、素早く、精確に急所をつき、無慈悲に襲い掛かる修羅達を鎮める。
その二人の姿を一夏は少しだけ不満そうに見つめながらフンと鼻を鳴らした。
「
クククと一人で修羅達と戦う弾と鏡を見ながら呟く一夏。
その表情は面白そうに今後の展開に期待すると言わんばかりに顔に出ていた。
襲い掛かる蹴りや、突きや、手刀を、かわし逸らし、防ぎ反撃に転じながら弾はこの催しを開催した腐れ外道を横目で見る。
「あいつ、絶対にこのふざけた催しが終わったらぶん殴る!」
「そう?それじゃあ、この残りの大群を全て片づけて優勝したらね」
既に半分ほどの修羅達が鏡と弾の周囲に沈んでいた。
決して修羅達が弱いのではない。弾と鏡のコンビネーションがとても良いのと二人が修羅達の大群を相手に無双出来る力を持っているだけなのだ。修羅達の一人一人の戦闘能力はIS学園の生身での代表候補生達を軽く負かす事の出来る戦闘能力を持った文字通り猛者達なのだ。
そして、その頂点に君臨する
そんな
「そんで、お前はIS学園に行きたいのかよ鏡」
そう尋ねながら襲い掛かってくる修羅の一人を殴り飛ばしながら弾は鏡に問う。
「いいや、興味無いね。そんな事よりも弾君に借りを作る方が百万倍興味あるからね。優勝に成りそうならばわざと負けるさ」
向かってくる修羅を蹴り飛ばしながら鏡は笑顔で答える。そんな彼の右耳についた少し大きめの丸い白銀の球体がついたイヤリングが揺れる。
二人が喋っている内にあらかたの修羅達は沈黙し、
「僕は辞退するよ」
「そうか、解かった」
鏡と少ないやり取りを行った後、弾は摩天楼の中を一望できる
「おい、こら!この腐れ外道!!今日が手前の命日だ………って居ねえ!!」
『おい、こらこの糞野郎!手前、自分で開催しといて何しれっと居なくなってんだ!!』
『結局お前が最後まで生き残り優勝したんだろう?』
『ああ、お陰様でな!この腐れ外道が!!』
『別に結果は予想がついていた。それを確信出来たから帰っただけだ』
一夏の言い様に内心腸が煮えくり返りそうになる弾。
だが、次の一夏の一言でそれは冷水を吹っ掛けられたかのように容易に冷める。
『それとも、俺の右腕を務めたお前の実力はあの程度の修羅達に負ける実力なのか?』
それは信頼であり、期待であり、事実だった。
一夏は弾があの程度の修羅達に負けるとは微塵も思っていなかった。寧ろ、勝つのが当然とすら思っていた。一夏の予想では鏡の協力が無くとも無限組手ではないのだから
そして、その予想は過程は違えども成就した。
『簡単に言ってくれるぜ、
内心嬉しく思いながらチッと舌打ちをする。
『約束の品はIS学園祭当日に渡す。9時に学園の門の前に居ろ。着いたら連絡を寄越せ』
『了解』
やれやれと呟きながら弾は通話を切り、携帯電話をポケットに入れる。
既に鏡の姿は無く、摩天楼で沈んだ修羅達の山の中央で弾は嘆息した。
「皆、自分勝手な野郎ばかりだぜ」
一人だけ摩天楼に築かれた沈んだ修羅達の山を見ながら弾は呟くのだった。
○ ○ ○
「あ~、さっさと来ねえかな?あの腐れ外道。来たら一発お見舞いしてやんのに」
腕を組み気怠そうに空を見上げながら弾は一人呟く。
一夏が現れたら何処を最初に攻撃しようかとシミュレートし始まると突然「あ?入れないってどういう事だ。ごらあ!」と如何にも争いの匂いがプンプンする、その方向を見るとジャラジャラと腰にアクセサリーを付けたヤンキー3人が眼鏡をかけた如何にもお堅い理系の女子に絡んでいた。
「ですから、当学園ではチケットをお持ちでない方に入場をお断りしているんです!」
「じゃあ、チケットを寄越せや!そうすれば問題ねえだろうが!!」
「もうチケットはありません!生徒一人につき一枚配られるので予備はありません。父兄の方でしたら申し訳ありませんが紛失した際の再発行等は一切やっておりませんので諦めて下さい」
そうキッパリと言う女性だが弾はそれを見て呆れていた。
そんな事でああいう輩が諦めるはずが無い。見た感じの不良は、品行が悪いため不良と呼ばれるのだ。そして、不良に常識は通用しない。その後の展開を弾はもう火を見るよりも明らかにかつ鮮明に解かった。
「手前、良いからさっさと入れさせろや!」
一人はポケットからバタフライナイフを取り出し、二人はその女子を取り囲む。
「それとも、手前一人で俺達の相手をして満足させてくれんのかよ?」
生理的嫌悪を促す様な下卑た笑みを浮かべるヤンキー達。
下半身の奴隷。欲望に忠実すぎな男達だった。
何を考えて男達に一人で相手をしようとしたのか解からないが弾はやれやれと呟きながら、ヤンキー共とヤンキーに絡まれている女性の間に割って入る。
「おいおい、男が女相手に三人がかり。おまけに一人は武器持ちでの脅迫か?か~、情けない情けない。おんなじ男として恥ずかしく思うぜ。お前等よぉ」
「何だ手前は!後から来た分際で俺らの獲物を横取りすんじゃねえ!」
「だってよ。お嬢さん」
そう弾に振られるも「生理的に無理です」と絡んでいた女子にきっぱりと断られた男たちは激怒した。
女子は条件反射の如く本音を口走ってしまった事に後悔するも後の祭り。バタフライナイフを持った男がその手に握るバタフライナイフを女子に向けて振り下ろす。
その鈍い光を放つ凶刃が皮膚を切り裂き、鮮血を流させる。
「え!?」
女子の顔にかかる鮮血。
鈍い光を放つ凶刃は女子の顔に触れる前に一つの硬い障害物によって女子の皮膚を切り裂かず、弾の拳を切り裂き女子が見た時、その刃は弾の拳を貫く事も無く弾の手の甲を少しだけ斬った状態で止まっていた。
手の甲の皮膚を斬った所為で鮮血が微かに飛ぶも弾は驚く事も無く手の甲に止まっているバタフライナイフを相手の手を捻り奪うとバタフライナイフを両手でへし折る。
バタフライナイフは所詮折り畳みナイフ。ブレードとグリップを連結させる部分は脆い為、弾でも簡単に壊せる。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
「え、あ、はい。ありがとうございます!でも、血が!!」
「ああ、気にすんな。こんなもの掠り傷だ。摩天楼じゃあ、この程度怪我のうちに入らねえよ」
「で、でも、消毒とかしないと傷口からバイ菌が入って化膿しますよ!」
「良いって。それよりも、お嬢ちゃん。ここら辺で人目に着かない所ってねえか?」
「そ、それでしたら、ここから西に5分ほど離れた所にあまり人が行かない防波堤がありますけれども……」
「そっか、サンキューな。あ、後ここに織斑一夏ってのが来ると思うんだが、もし出会ったら少し待ってて貰うよう言ってくんねえか?」
弾は女子と軽く話した後、不良達の方を向く。
女子との話を聞いた不良達は先程とは全く違った様子で顔を真っ青にして唇を諤々震わせる。
「その特徴的な赤い長髪に摩天楼と言う言葉!」
「それに織斑一夏!!」
「あ、あなたは!いいや、あなた様は……も、もしかして
不良達の言葉に若干苛立たしげに舌打ちをし、肯定の意を示す。
「ああ、そうだよ!クソッタレ!!今日はオフの日なのに手前等みたいなのが居るから休むにも休めねえじゃねえか!!まあ、良い。そんなどうでも良い事よりも手前等女相手に3対1で武器を使うとは……ちょっくら
あるとしたら海外位だろうが、普通そこまで逃げる事も無い。
不良達の首には死神の鎌がかけられており、彼等に逃げる術など持ち合わせていない。
不良達を指示しながら弾は女子に言われた防波堤を目指して女子の前から立ち去った。
数分後、再び女子の前に現れた弾は赤い長髪が一部赤い液体でぬれており、服は血で染まっており顔にも数滴鮮血が掛かっていた。
「ち、血が!?」
「ああ、気にすんな全部返り血だっから」
「そ、そうですか……あの方達は?」
「ああ、何か急に海に入りたくなったらしく全員海に飛び込んでいった」
「そ、そうですか」
その返答に若干引く女子だが相手は命の恩人であり、自分の為に傷ついたのだ。
見ず知らずの自分の為に。
「あ、あの!」
「ん、どうした?」
「お、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「名前ねえ……」
この時弾はふと考える。もし、これが傷害事件になった場合面倒だな~と思いながら念のために偽名を使ってしまおうと考えた。
「スカーレッド・G・弾」
「スカーレッド・G・弾……あの、因みにハーフだったりします?」
「ん……ああ、何やら死んだ母ちゃんが外国人だったらしい。父ちゃんは何か母ちゃんが死んじまった時に蒸発したらしく、じいちゃんに育てられたんだ」
「そう…だったんですか。すみません。興味本位で訊いてしまって……」
シュンとなる女子に「あ、マズ」と思いながら慌てて訂正する。
「あ、ちょ!?そんなにマジにならなくても大丈夫ですって!嘘っすから!冗談ですから!!」
「え、でも、お母様がお亡くなりに成られてお父様が蒸発したと」
「それも嘘ですから!」
「う、嘘?」
キョトンとする女子。
まさに目から鱗と言わんばかりの表情で弾を見る。
「そ、そうっす!」
コクコクと首を激しく縦に振り肯定する弾。
次の瞬間目の前に般若が降臨した。
「………弾君。これから私が貴方と言う恩人にする事に一つお詫びを申し上げます」
「えっと……どうしたんですか?」
「弾君!人に嘘をつくとはどういう事ですか!?貴方は私の命の恩人ですが、恩人であるがゆえに言わせてもらいますと貴方は嘘をつくという事に罪悪感を感じないのですか?嘘をつく事で人を騙すという行為そのものが罪なのですよ。嘘にも優しい嘘と言うものがありますが、それは時と場合によります!基本的に嘘をつくという行為は社会において推奨されません!例えば何か問題が会社で発生した時に嘘をつく事で事態の悪化を招き、会社に迷惑をかけてしまうでしょう。いいえ、それだけでは限らず会社が倒産してしまう恐れも生まれてくるのですよ?これはもしもの話ですが、あなたが嘘をつく事で会社が倒産してしまった際に貴方は責任を取れるんですか?貴方の嘘をつくという行為で、会社だけでなく会社に勤めている従業員の生活も狂わせたり奪ったり、はたまた家庭が崩壊する恐れも生じる事だってあるんですよ!?それら全てのその人達を貴方が養い、面倒を見てあげられるのですか?その様な事を考えた事はあるのですか?貴方も高校生ならば考えてみて下さい!何故社会は嘘と言う行為を歓迎してないのかを」
「えっと、あの……」
「それだけではありません!嘘は勿論いけませんが、暴力もいけないと私は思います。暴力は何も生みません。ただ争いが残るだけです!」
弾を叱りつける女子の言葉に反応する者がいた。
その者はゆっくりとした足取りで女子に近づき、女子のセリフを真っ向から否定する。
「いいや、それは違うぞ布仏 虚会計。その認識は間違っている」
布仏虚はその者に視線を弾と共に向け、弾はその者を見て苛立ち始める。
「……織斑生徒会長」
絞り出すように布仏虚は漆黒の執事服を着て現れた一夏の名を呼ぶ。
「一夏、手前!」
弾が狂犬の如く噛みつくように一夏に向かうが、一夏はとっさに殺気と戦意を弾に向け手で制す。
「弾、こちらとしてはお前と今は戦う気が無いが今是が非でも戦いたいというのなら相手に成るが?」
その向けられた殺気と戦意で弾の体は圧倒的な敵と遭遇した時の生物として硬直し、動けずにいた。そして、動けずにいたのは弾だけではなく彼のそばで彼に説教していた布仏虚会計にも影響を及ぼした。
「……解かったよ。だが、手前後で一発殴らせろ」
「ハッハッハ……だが、断る!」
「糞が!」
弾と戯れた後、一夏は殺気と戦意を引っ込め、霧散したため動けるようになった布仏虚会計に向けて言う。
「虚会計」
「はい」
「貴女は先程、暴力は何も生まない。ただ争いが残るだけと仰ったな?」
「ええ」
「そうだろう。単なる暴力ならば、な」
「?」
「しかし、圧倒的な力による暴力ならばどうだ?圧倒的な力による暴力を前にすれば人は何を思い描くと思う?」
ニヤリと笑うその時の一夏の表情はまさに暴君だった。
だが、と一夏は言葉を続ける。
「だが、所詮暴力もまた力。力は力でしかない。だから……」
そう呟いて一夏は虚の額をトンと人差し指と中指で小突きながら言う。
「だからこそ、大切な存在を守る事もお前達を守る事も出来る」
そして、一夏は弾の方を向くとポケットから学園祭チケットを取り出すと弾に渡した。
「ほら、約束の景品だ」
「ありがたく頂戴しておくぜ」
「ああ、虚会計に説教されるお前は中々に見ものだったぞ」
「この腐れ外道!」
「ハッハッハ!」
弾にチケットを渡すと一夏は今度は虚会計に視線を移す。
「虚会計、生徒会長権限として命ずる!弾と共に学園祭を楽しみ、今日は一日生徒会役員の任と貴女にかかっている全ての責務を放棄させる……今日ぐらい羽を伸ばせ。異論反論は一切認めん!」
そう言い残すと一夏は颯爽と二人を背にし、二人から離れていく。
「全く、あの人は……」
一夏の姿が見えなくなると虚はそう漏らす。
「相も変わらずだな。あいつは」
一夏の一方的な命令。
虚は今大変な時期に入っている。自業自得と言えばそれまでだが、それでも愚痴を溢したくなるほど内に溜まっている物があった。
「弾君、今日一日だけでも付き合って貰えませんか?」
「俺でよければ……彼奴も多分、そのつもりで俺を呼んだと思いますので」
「どういう事でしょうか?」
「あいつは傍から見れば確かに暴君でしょうが、あいつは神童と呼ばれた程優秀でその気に成れば人をまとめる術を知っている。人を理解しているんですよ。つまり、貴女の事を何やかんやで思っている」
「そうなんでしょうか?」
「ええ。彼奴は人を理解していると言ったでしょう?人を殺す術を知っていて人を生かす術を知っているんですよ」
「そう、ですか……情けない話かもしれませんが愚痴を聞いて頂いても構いませんか?」
「ええ。俺でよければ。彼奴を少しは知る俺が話を聞き貴女に助言を与える事が出来れば、貴女の彼奴に対する見解も少しは変わって見えるかも知れませんしね」
今、暴君に使える家臣達の宴が始まる。
方や一夏を良く知る家臣。
方や一夏に最近使えるようになった家臣。
どちらもそれまでに接点は無く、二人を結ぶは暴君のみ。
暴君を知る家臣。暴君を知らない家臣。
本来、交わる事の無かった二つの点が暴君によって繋がる。