時は
そして、そろそろ学園祭の出し物を決定する期限が迫っていた。
「………貴様等ぁ!」
そんな時、とある教室で地獄の赤鬼も真っ青な表情で泣き出すような怒声を発する者が居た。
女子達の自分の欲望のままに黒板に書かれた『織斑一夏とのポッキーゲーム』『織斑一夏との王様ゲーム』『織斑一夏の執事喫茶』『織斑一夏とのポッキリ千円ツーショット』と言う文字の前に憤怒で腕を組み、般若で佇む一人の男。
「どうやら本気で俺を過労死させたいらしいな!」
黒板に書かれた学園祭のクラスの出し物を見て教室に入って来た一夏は本気で激怒した。学園祭でクラスの出し物を出すというのは解かる。そして、一夏の助力を必要とするのも解かる。
だが、問題はクラスの出し物が一夏を絶対に必要とするものばかりであるという事だ。
激怒した一夏はクラスの女子がほぼ全員泣き出す程怒り狂っており、その怖さは血筋の所為か千冬と同等である事を物語っていた。
「お、織斑君……皆さんもどうやら反省したみたいですし、今日はここまでで」
そう言って一夏を諫めようとする山田先生。
『山田先生!ありがとう!!』とクラス中の女子が山田先生を美化して天使に見えた。
だが、そんなものは学園最凶の前では所詮積まれた落ち葉程度でしかなかった。
「ほう?俺は、未だ何が悪かったかこいつ等を叱っていないがそれでも山田先生はやり過ぎだと?」
「あ、そうですね!何が悪かったか、織斑君が怒った原因開示は大切ですもんね!」
あっさり手の平を返す山田先生を見て『山田先生ぇぇぇ!!』と心の中で叫ぶ女子達。
しかし、山田先生もいっぱいいっぱいだった。既に一夏を諫めようと声をかけた頃には涙目であり、今はその場にいる怖さゆえに既に泣きそうな勢いでいた。
「おい、こら、女子共!なんで俺が全部主役なんだよ!手前等、怠けたい欲に駆られて俺に全部押し付けやがって!こうなったら、中華喫茶だ!メニューは全部俺特製の麻婆豆腐丼か、麻婆豆腐定食のみ!利益は3割俺が貰いで良いな!」
因みに女子は一夏の活躍する姿を見たいから黒板に思うままの事を書いたのだが、一夏は自分が抜けられない事態になるであろう事に腹を立てた。
麻婆豆腐と聞き、慌てたのはセシリア、ラウラ、箒、デュノアの4人だ。既に織斑邸にて試食済みの4人は一夏が作る麻婆豆腐が強烈な物である事を知っている。知っているが故にその危険さも知っていた。
「ま、待て一夏!お前、まさかあの麻婆豆腐を作る気なのか!?」
「そ、そうだよ!」
「い、一夏さん!?あなた正気ですの!?」
箒、デュノア、セシリアの言い様に一夏は不敵に笑う。
「フ、貴様らに食わせたのは刺激度レベル1だ!学園祭で作るのは刺激度MAXだ!ハハハハハ!!」
高笑いする一夏。
そんな!?と絶句する箒、デュノア、セシリアの3人。
因みにラウラは生まれた小鹿の様に足をガクブルさせながら耳を塞ぎ机に突っ伏していた。
「な~に、もう食べるものは俺の麻婆豆腐しか食べれない体にすれば良いのだ!そうすれば否が応でも人は自らの体に合う唯一の食べ物を求め、列を作り麻婆豆腐を求めてくるだろう!ハッハッハ!既に学園祭で出す究極の美味 泰山激辛麻婆豆腐一夏ver Level MAXは既に完成している。既存の麻婆豆腐の常識を打ち破り、溢れんばかりの辛さ、旨味、口に入れた時の衝撃!まるで己が知る麻婆豆腐と言う名の今までの料理が生ごみを食べていたかのごとく溢れる感動と究極の麻婆豆腐にであった時の衝撃!そして、一口食べると泰山激辛麻婆豆腐一夏ver Level MAXしか食べれない体に成っているであろう、究極の美味い物を食べた後に起きる禁断症状に近い、麻薬以上に高い依存症によって学園祭で我がクラスは栄光の一位に輝くであろう!ククク。さあ、皆の者俺に従え!俺が示す学園祭一位と言う名の栄光を手に入れたくば俺を支持し、俺に従え!俺が示すは栄光への道!この学園祭にて世界はISが出現した時と同じ位衝撃を受ける事に成るだろう!世界には未だ知らぬ美味がある事に!その美味によって己が無知を知る事に成るだろう。さあ、栄光への道は示された!今こそ俺が生み出した泰山激辛麻婆豆腐一夏ver Level MAXを世に、世界に示す時だ!パーティーの開幕だ!!俺の泰山激辛麻婆豆腐一夏ver Level MAXを片手に我等の栄光をつかみ取るのだ!我々に敗北は無い!否、我々こそが勝者なのだ!」
ガタと一人が椅子から立ち上がり、やがてもう一人が立ち上がる。一人、また一人と一夏の言葉に魅了され、クラスの者が立ち上がる。
集団心理。誰かが立ち上がれば面白いように誰かが立ち上がる。そして、一人、また一人と立ち上がり一夏の麻婆豆腐を食べた事のある箒、セシリア、デュノア、ラウラ以外の全員が立ち上がった。
「さあ、行くぞ!勝利はすでに確定している!恐れる心配は何もない!!」
「「「一夏!一夏!」」」
「輝ける栄光は我らの手に!!」
「「「一夏!一夏!一夏!」」」
「我等こそ、この学園祭の勝利者だ!!!」
ドンと教卓を叩き演説を閉める一夏。
それに教室内はヒートアップし、まるで第二次世界大戦中のドイツみたいに教室内が盛り上がりをみせる。集団心理によって引き起こされたそれは、まさに第二次世界大戦中のドイツそのものとなっていた。一人があれ?これ可笑しくね?と気付いたとしても周りがそうならばきっと自分が間違っているという錯覚に陥り、個々の判断が鈍くなる。しかし、団結力が高まり期待以上の成果を出せる事もあり得る。何よりも特徴的な効果が一つ 伝染しやすい。
故に第二次世界大戦中の日本は不利な戦況にもかかわらず国民の団結力を維持すべく、国民を騙すために戦車を沢山描いたり、偽の報告をラジオや新聞などで流したのだ。不利な戦況を知れば瞬く間に国民は戦闘意欲を欠いてしまい、団結力が崩れ一気に戦況が悪化する。その為、旧日本軍は徹底的に偽装工作を敵にではなく味方である国民の為に行ったと言われている。
その熱気は既に学園祭一点に向けられており、士気も上々。
何よりもクラス中の一人一人の眼が生き生きとしていた。
「さあ、開戦の狼煙をあげようか!」
戦闘の時と同じ位ギラギラと鋭い眼差しで一夏は教卓に置かれたプリントのクラスの出し物の欄に中華喫茶(ただし、麻婆豆腐のみ)と記入する。
「諸君!今から俺はこれを出しに行ってくる!!諸君らは各自、出し物に必要な準備物を考えていてくれ!!」
そう言い残して一夏は教室を後にした。
☆ ☆
「織斑、これは一体何なんだ?」
職員室で千冬はクラスの出し物の欄に書かれた中華喫茶(ただし、麻婆豆腐のみ)の項目を指さす。
「?中華喫茶ですけど、何か?」
何かおかしいのと言わんばかりに不思議な表情をして千冬を見る一夏。
「何か?じゃないだろう!麻婆豆腐のみとかふざけているのか!?」
少しだけ怒った様にドンと机を叩き、一夏を叱りつける。
だが、一夏は平然とそして淡々とまるで最初から千冬の問いを知っていたかのように冷静に対処する。
「いいえ、ふざけていません。本当に麻婆豆腐のみです。多彩なメニューと言うのも悪くありませんが、それではお客様に満足を与える事は出来ません。故に一つの料理に絞り、その料理を極めようかと」
「……お前たちは学園祭に何を求めているのだ?」
「何を……無論、頂点。ただそれのみですよ、織斑先生。どこぞの馬の骨とも知らない愚かな生徒会長が俺を使おうとしたんですから、彼女の土俵に立ち正面から全力で蹂躙するのみですよ。既にサイは投げられています。クラスの連中の士気も既に上々。後は本番で圧倒的な集客率と味で勝負するのみ、ですよ。いや~、結果が楽しみですね~。クラスの連中も一部を除いて全員やる気を出してくれていますから、他のクラスの連中とは比べ物にならない結果に成るでしょう」
「……一夏、お前何をした?」
「何も。強いて言うならば、クラスの連中に自信を付けさせヤル気を出して貰い、頂点に君臨する下準備……と言った所でしょうか?」
「一夏――何があった?」と痛そうに頭を抱え一夏に尋ねる千冬だが、一夏は真顔のまま「何も」とだけ答える。
「ええ、何もありませんよ。織斑先生が心配なさる事は」
千冬は知っていた。一夏の口調が冷酷に淡々と言い始める時は何かしら不満がたまり続け、かなりイラついた事があった時だという事を。そして、それは単純な激怒した時の一夏よりも厄介で面倒な事に成りそうである事を。
「ええ、何も。問題も争いもありませんよ」
『まあ、そうだろうな。お前の相手に成る奴等、そう居ないだろうからな』と内心呟きながら一夏を見る。淡々と言う一夏はIS学園の学生服ではなく、執事服を着ていればもう完璧に執事に見えるだろう。
執事と言うのは、見た目だけではない口調、頭脳、スキル。それら全てを持っている事で初めて半人前の執事と言える。本当の一流の執事は、ご主人様が命令するよりも前にご主人様が望むであろう事を冷静に分析し、事前に準備しておくのが一流の執事である。
今の一夏はイラついているかもしれないがある意味感情的になるより残酷である。冷静に分析し相手の弱点を探り、狙い、的確に最大のダメージを負わせる。これはまさに執事が主人の望むであろう事を分析し、準備しておく事に十分繋がるといえよう。
「………そうか。まあ、何かあれば騒ぐ前に私の所に来い」
「織斑先生の手を煩わせるまででも無いでしょう」
「良 い な ?」
「はい」
『あ~、出来る事なら一夏に執事服見たかったな~』とか思いつつ、普段通りの表情で一夏の後姿を見る千冬。
「あ、そうそう。織斑先生」と急に180度体の向きを変え再び顔だけ千冬に向ける
「もしや、先生は執事服がご所望でしょうか?」
「!?」
『何故!?』と言う疑問が千冬の中に沸き起こる。
まるで心の中を見透かされたかのように己が願望を言い当てた一夏に驚きを隠せない。
「一つ、先生は私を話し中に学生服を見て少しすると今度は私の髪を見ました。そして、二つ目に視線をそらし右上をみた。ここから察するに私の学生服を私の髪と同じ色、つまり黒色を連想したか関連付けた印象を右上に逸らした事により、イメージしたと推測される。そして三つめ、決定的なのが今さっきまで学園祭で中華喫茶をやるとの話をしていた事。黒い服に、学園祭、中華喫茶……ここから見えて来る物。つまり、執事服と言うわけですよ」
まるで推理漫画の様に言い当てた一夏。ドヤ顔でもすれば少しは可愛げがあっただろうが、あまりにも平然と言い放ち、まるで原作を知っている転生者が原作を進めるがの如く、未来を解かっていたかの様に顔色一つ変えずにただただ言い当てる。
因みに、ドヤ顔をすれば千冬の一夏を圧縮させんばかりの力で頭を撫でるという拷問?が待っていた。
「……まあ、私にとってどうでも良い事ですけどね」
それは違うと千冬は断言出来た。
何故なら、一夏は基本無駄な事をしないのだから。何かしらの理があり、若しくは下準備の為に動く。
こうして、わざわざ口調を変えて遠回しに言うのも何かしらの理由があるからである。
「ですが、
そして千冬は理解した。その意図を。
「そうか、
「仰せのままに、お嬢様?いや、お嬢様と言う年齢ではすでに無いな……この場合は、
拳が飛んだ。
もう、問答無用と言わんばかりに笑顔のまま拳を飛ばす千冬とそれをパシリと片手で受け止める一夏。
そして、吹き出し笑いを堪える職員達。
「ああ、
「その口調いい加減にやめんか!まあ、悪くは無いが……」
「その割には口元がにやけておりますが?」
「生まれつきだ!」
「左様ですか。何と言いますか……とても笑顔が素敵ですね」
「う、五月蠅い!」と言いながらゴ、ゴホンと咳払いをして顔を赤らめた状態で千冬は続ける。
「それと、私の手を心配してくれるのはうれしい限りだが、私はお前の所為で手よりも頭が痛い!」
ふむと唸りながら一夏は千冬の額と自分の額を近づける。
もう超密着状態。皮膚と皮膚の一部がすでにくっついている。千冬が意識を研ぎ澄ませば、下手をすれば一夏の呼吸音が聞こえてきそうな距離。その事実が千冬を赤面させ、熱を帯びる。
「ふむ、やはり顔が赤く熱も有る様に感じる。私の平熱がだいたい36度なので少し熱く感じるので37度以上はあるかと。動悸も速くなっており、瞳孔が開いている……ぶっちゃけ仕事のしすぎですね。解かりました。日本政府に言っておきますのでご安心を、先生はゆっくり療養なされてください。あ、何でしたら医務室まで運びますが…」
「違う!お前の所為で私は、今、現在進行形で頭が痛いのだ!と言うかだな……ああ、もう!何故おまえはそうなのだ!!」
クシャクシャと自分の頭を苛立ちの為に掻く千冬。
「さらに、情緒不安定っと。まあ、ざっと知識があるので素人目線で診断させて貰いましたが……これは、酷い。心身共に酷使しすぎですね。早急に病院に行かれる事をお勧めします。織斑先生」
一夏にそう言われて律儀にも病院に行った時の事を考えてみる。
『織斑千冬さ~ん。お入り下さ~い』
『はい』
『それで今日はどうされましたか?』
『はい、何やら弟に額をくっ付けて熱を計られた際に鼓動が速くなりまして。それにその前に弟に笑顔が素敵と言われまして嬉しい様な恥ずかしい様な……と、兎に角変な気持ちに成ったんです!』
「って、言えるか!!」
ばしんと机の上にあった出席簿を一夏に向けて叩きつけ、途中までの妄想と言うか想像を言葉と共に大空の向こう、遥か彼方、銀河の果てに放り投げる。一夏はパシンと振るわれる出席簿を軽く片手白刃取りで受け止める。
「……大丈夫ですか?」
「………ああ。取り敢えず、お前らが何をするか解かった。まあ、頑張れ」
「はい」
「あ、そうだ。織斑」と千冬は思い出したように机の引き出しを開けるとチケットを一枚取り出した。
それを見て「……デートのお誘いでしょうか?」と首をかしげる一夏に今度は確実に出席簿をあてる千冬。
「違うわ馬鹿者。ほら、毎年全生徒に全員配られる学園祭の入場チケットだ。配られるのは生徒一人につき一枚のみだ。誰に渡すか決めて置けよ」
「そうですか……ありがたく頂戴しましょう。しかし、一人……ですか」
「では、束を」と呟いた瞬間に一夏は千冬にチケットを取り上げられた。
「だ れ が、騒ぎを起こせと言った?」
「はて?騒ぎとは?」
「あいつを呼べば騒ぎになるのは明白だろうが!」
「いいえ。そうはなりません。騒ぎが起こる前に騒ぐ人が居なくなるだけですので……まあ、翌日には行方不明者が増えるだけでしょうが」
「兎に角!あいつ以外を呼べ!」
そうすぐに言われても渡す相手が思い浮かばない。
千冬にチケットを返されて一夏は渋々と言った具合に「解かりました」と言う。
「解かれば良いさ」
フッと千冬は若干微笑む。
その微笑んだ菩薩の様な表情は同性をも魅了するギャップがあり、現に職員室にいる先生方は何人か既に呆けている状態であった。
だが、一夏はそんな事では惚けない。返されたチケットを睨みつけるように見て渡す相手を真剣に考える。
そして、相手が決まると千冬に一礼をして「失礼します」と言って職員室を後にした。