拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第52話

 バトル……と言ってもISバトルをするわけではない。要は相手を屈服させ認めさせればいいのだ。一夏と更識は、袴に着替えて畳道場の上で向かい合っていた。

 

「ルールは簡単。私を床に倒させたら君の勝ち」

 

「……」

 

 生徒会長の発言に一夏は「ハ?何言ってんだこいつは!?」言いたげな表情で見る。だが、その発言を指摘するわけない。自ら指摘し棚から牡丹餅が落ちそうな状態なのにわざわざそのチャンスを潰すなど、愚行も良い所だ。

 

「まあ良いだろう。さっさと来い、雑魚」

 

 一夏が不敵に笑うその様子と挑発気味の口調に更識楯無はカチンと来た。

 

「っ!良いでしょう。それでは、始めましょうか!」

 

 行き成り古武術の奥義『無拍子』を初っ端からかける生徒会長。一夏は生徒会長が行う『無拍子』をジックリと見ながら僅かな動作で攻撃をかわし、相手の攻撃有効範囲を見る。相手の両腕は勿論、両脚、身長を見て更識楯無と言う人物の特徴をわかる範囲で計算し、今自分に有利な状況を作り更識楯無のデータを今後の為にも調べておこうと思った。

 

「ほお、古武術の奥義の一つ『無拍子』とは、な。流石対暗部用暗部更識家現当主……と言った所か」

 

 学園のメインサーバーを掌握した際に知った情報を言って相手に揺さぶりをかけてみる。

 

「ど、どうして貴方がそれを!?」

 

「ほら、戦闘中だぞ!その気の緩み、一瞬の判断が死を招く!!」

 

「キャッ!?」

 

 一夏が振り上げた拳から放たれた手刀は畳を容易に貫き、一夏の手首まで埋まっている。辛うじて一夏の手刀を避けた楯無だが、一夏の追撃の回し蹴りが的確に手刀を避けたせいで無防備になっている楯無の脇腹を直撃する。

 

 みしりと骨が軋みと悲鳴を上げ、楯無は一夏によって蹴り飛ばされ強制的に距離を離されてしまった。

 

「戦闘中に考え事とは……学園最強も案外呑気なものだな!」

 

 そう呟きながら畳に埋もれた手を引き抜きながら、一夏は楯無の方を向く。

 

「言って…くれるじゃない!!」

 

 睨みつけるように一夏を見る楯無だが、口の中は血の味が充満していた。

 それでも口の中の血の味を唾と共に飲み込む。地面に着いた片膝を無理やり立たせ、一夏に向かって構える。再び一夏に攻撃を仕掛ける楯無。今度はカポエラ。先程の仕返しと言わんばかりに一夏の顎に目掛けて回し蹴りを仕掛ける。

 しかし、一夏はそれを楯無の足首の関節に目掛けて裏拳で対処し、楯無は自分の攻撃を一夏の攻撃と合わさって受ける結果となった事により痛みで無意識に体の筋肉が強張り動きが鈍くなる。それを見逃すほど一夏は優しくない。

 

「織斑流拳術 指弾」

 

 

 織斑流拳術の中で最弱の技TOP3に入る指弾を楯無の頭に目掛けて叩き込む。バチンと音がして楯無の頭に衝撃が走り、脳内を揺らされる。脳震盪を起こし、片膝を床に着いたままその瞳に抗うという意思を持つ楯無を向いたまま一夏はハアと一つ溜息を吐く。

 

「貴様は3つ過ちを犯した」

 

「過ち?」

 

 脳内を軽く揺らされ頭を押さえて片膝をついた状態で楯無はようやく焦点が合い、一夏を見る。

 

「一つ目、世界を知らぬケツの青い餓鬼がちーたn……織斑先生や俺を置いて学園最強を名乗ったこと」

 

 その背を――世界最強の背を――追い、振り向かせたいと思う一夏にとって小娘風情が世界最強を差し置いて学園最強を名乗る事など侮辱にしか感じなかった。

 

「二つ目、俺と語ることも同じ時を過ごした事の無い赤の他人(虫けら風情)が俺の許しも無く、俺を使った事」

 

 政府に無理やりぶち込まれた一夏にとってIS学園そのものなど所詮どうでも良い存在であり、自分を不愉快にさせた日本政府の象徴でもある。その為、愛着心の欠片も無い。はっきり言って千冬が所属していなければすぐにでも国産のミサイルで破壊していた位である。それにプラスして今回目の前の女に良い様に使われた事で一夏は決定的にIS学園が嫌いになったと言っても過言でない。もう、IS学園に残っているのは金づるとしての価値と千冬の仕事先としての価値しか無い。

 

「三つ目、貴様の実力は底が見えた事だ。俺が今日から真のIS学園生徒会長で、更識家当主となろう」

 

 そう言った一夏の姿を楯無は視認する事が出来ずに背後からの一夏の攻撃で意識を失った。

 意識を失う直前に耳元で聞こえた『織斑流拳術 狂指』と言うセリフと共に脊髄が圧迫され意識を失う。

 

「……これにて一件落着。今日から俺が真の生徒会長であり、更識家当主更識楯無だ。更識楯無……いや、もう更識刀奈君か」

 

 学園のメインサーバーには生徒の個人情報が乗っており、恐らくそれは千冬が管理していたであろう物なのだが一夏の方がパソコン関係では上手だった。学園のメインサーバー掌握した際に手に入れた更識楯無の個人データ。対暗部用暗部の家系。

 対暗部用暗部としての勉強や作法など完璧再現(パーフェクトトレース)で真似れば良い。

 

 一夏の行動原理の家族の為に。対暗部用暗部 更識家の力を手に入れれば一夏は今後とも動きやすくなる。AIだけでなく更識家を駒として使う事で白騎士事件の犯人の特定に力を回せる。

 

「貴様が俺と接触して来たのが運の尽きだ!どんな思惑かは知らんが借りは必ず返させて貰う!!」

 

 白騎士事件の犯人だけでなく夏休みの祭りの時に家族水入らずで過ごしていた時にかかって来た電話の相手も含まれたそのセリフは畳の上で意識を失っている楯無……いや、刀奈の耳にも入る事は無く道場に木霊する。

 

「さて、この変態を保健室にぶち込んで撤収するとしようか」

 

 そう呟くと一夏は気絶中の更識刀奈をやれやれと言いたげな表情で肩を竦めて、彼女を担ぎ道場を後にした。

 

               ◇                  ◆

 

 刀奈と決闘しぶちのめした後、3機の未完成のAI作成に手を付けた一夏はガチャリと自室のドアを開けると、そこには

 

「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 

元生徒会長が裸エプロンで待っていた。

 

「………ボスー?ご飯にするぞ~」

 

 そんな元生徒会長を置物の如くスルーして一夏は部屋の中へと入っていく。

 しかし、様子が変だった。普段はご飯と聞けば跳び付いてくるボスが一向に出てこなかったのでリビングに足を運ぶとそこには縛られて身動きが取れなくなったボスが転がされていた。

 

「!?」

 

 荷物を放り出してボスを縛っていた縄をボスを傷つけないように引きちぎる。

 縛られた事を申し訳なさそうに頭を下げて謝るボスの頭を優しく撫でる一夏。

 

「構わんさ。お前には未だ経験値が足りず敵わぬ相手と解かっていた。強くなって次に勝てば良いだけだ」

 

 そう言い終わると共に一夏は元生徒会長に視線を向ける。

 

「それで?うちのペットを捕縛してまで俺に何の用かな?元 生徒会長さん?」

 

 ピキリと額に青筋を浮かべて笑顔で更識刀奈に尋ねると、刀奈は頭を下げてパシッと頭の上で手を合わせ一夏に懇願する。

 

「お願い、一夏君!生徒会長の名と更識楯無の名を返して!!」

 

「嫌」

 

 即答だった。

 笑顔で一夏はそう言うと溜息を吐き、白い目で刀奈を見る。

 

「ってか、こんな事をしてお願いを聞いて貰えると思ってんの?」

 

「だ、だって!そのダチョウが急に襲ってくるから……」

 

「当たり前だ、馬鹿。ボスはこの部屋に無断で入る不躾な輩を追い出そうとしただけだ。番犬……いや、番鳥としての役割を果たしたにすぎん。手前に同情の余地はねえ。さっさと帰れ、雑魚」

 

「お、女の子に……ざ、雑魚って酷くない!?」

 

「酷くない酷くない。酷いのは手前の自惚れだけだ。手前みたいな精々ダブラークラスの雑魚は俺、滅茶苦茶知ってるし。何よりもそれより上のトライアルクラスの5人をぶちのめしたばかりだし……まあ、何言ってるか解かんねえだろうからはっきり言ってやる。要するに、手前は世界を知らねえケツの青い餓鬼だってこった。気に入らねえなら、俺をぶちのめせば?俺を負かせれたら生徒会長の名も更識家当主の座も全部返してやるよ!敗者は勝者に従う。それが自然のルールだ。弱者の意見は反映されない。俺の中では、努力する事は大前提であり、努力しない奴はただ落ちていく。そんだけだ」

 

 名家中の名家でつい先ほどまで対暗部用暗部更識家の当主であった刀奈を雑魚呼ばわり。

 普通であれば刀奈の実力は達人と呼ばれる域まで達しているが、所詮摩天楼ではそんな事は自慢にはならない。弱き者はリーダーには成れない。実力がものをいう場所であり全てである。今の更識刀奈は弾の足元にも及ばない、摩天楼ではダブラークラスである事は明白だった。

 刀奈は生徒会長の仕事をしていながらも、更識家当主としての責務も全うしていた為実力が衰えていた事も否定できないが、それでも刀奈は一夏の実力を見誤った。

 

「まあ、あれだ!俺が真の生徒会長だけど学園の庶務雑務はお前に生徒会長として任せるわ。安心しろ、俺が生徒会長をやっている間は生徒の身の保証だけはしてやっから」

 

 つまり、一夏が言った真意はこうだ。

――取りあえず手前は、急な生徒会長交代だと生徒が混乱しかねないから生徒会長として庶務雑務の面倒ごとは任せたぜ☆まあ、真の生徒会長は俺であることをお忘れなく。そんかわし、俺が生徒会長をやってる間の生徒の身の安全は保障してやっから頼んだぜ!

 

 まあ、何とも自分勝手な命令ではある。だが、刀奈に拒否権は無い。

 世は弱肉強食だと一夏は考えている。自然界のルールであり掟。

 

 例えばの話をしよう。独裁者の王が民を圧制したとしてもちろんの如く反乱がおきて王が捕まり処刑される。だが、所詮それは王が民よりも力が無かったからであり、民は自分らが正義だと当然の如く主張するので王は処刑される。

 しかし、だ。逆に王が民よりも力を持っていた場合を想定してみよう。王が民よりも強い自分の軍隊を持っていれば王は民を反逆者として処断できる。

 

 どちらも自らを正義だと信じ、信じているが故に相手を殺したりして排除し自らの正義に酔いしれる。所詮弱者の意見に幾ら正当性があろうとも勝ったものが勝者であり正義なのだ。弱者は悪であるのが世の常なのだ。

 

「しかし、更識家の元当主とあろう者が俺を襲った次は自らの体を使ったハニートラップか?下らんな。所詮俺にとってお前など一枚の絵に描かれたそこら辺の木々と同じなのに」

 

 裸エプロン姿の刀奈を見て下らんと吐き捨てるように言うと一夏はベッドに座るとボスもベッドに乗って来て体を丸めて一夏の膝に頭を乗せ、一夏にその頭を優しく撫でられる。 

 

「解かったらさっさと帰れ、雑魚。貴様の様な雑魚に割いてやる時間は生憎今は持ち合わせていない。俺と話がしたければ一週間前にアポを取るんだな」

 

 さっさと出て行けと手で、しっしと刀奈を追い払う。

 

 一夏のぞんざいな扱いの態度に刀奈は暫しその場で考えるがこれ以上ここに居ても彼の心が揺らぐ事は無いだろうと思い悩んだ結果一夏の部屋から出て行く事に決めた。

 

「ねえ、一夏君。さっきの話だけれども……表向きは私が生徒会長をやっても良いって事?」

 

 部屋から出る前に刀奈は最後に一夏に尋ねる。一夏の真意を確認すべく。

 

「ああ、そうだ。だが、忘れるな!所詮お前は、俺の傀儡であるという事を。真の生徒会長が誰なのかをな!!」

 

 そう言った一夏の宣言を背に刀奈は一夏の部屋の扉を閉め、廊下に出ると一夏の部屋の出入り口の扉にもたれかかり、「一夏君、ありがとう」と呟いた。

 

             ◇                  ◆

 

 刀奈が居なくなった部屋で一夏はボスの頭を撫でながらベッドの上で考え事をしていた。

 既に一夏の体勢はベッドの上で寝転がった状態でボスのフワフワの羽毛にまみれた体を枕にしながら天井を見上げている。ボスの頭は膝から一夏の腹の上へとシフトしており、撫でられている所為か眼はうつらうつらと言った様子で今にも寝そうな雰囲気だった。

 

――更識家当主になる事でこれまで以上に一夏は動きやすくなるし、戦力が増える。

 

 一夏を取り巻くクリミア現米国大統領、イスラエル元大統領ルー・ベリブン、青狼会、いち課、正義(ジャスティス)

 政界の大物二人、日本最大の極道に、、日本政府直属の一夏専用交渉機関、修羅の国と言っても過言ではないほど超武闘派集団組織。ここに新たに加わる対暗部用暗部更識家。

 白騎士事件の犯人捜査に更識家当主として命令する事で今以上に捜査の規模が拡大できる。今現在一夏は学生生活をやっている傍らでAI MAKUBEX(マクベス)SAKURA(さくら)に学園のメインサーバーコントロール及びヴェーダを任せていて中々白騎士事件の犯人捜査に着手できない。白騎士事件の犯人捜査に手を回せたとしても、それは一夏本人が直接調べるぐらいであり、AI2機が白騎士事件の犯人捜査に加わる暇がなくなった。

 

 駒として扱えるものも限られてくるAI2機に正義(ジャスティス)の連中。しかし、ここに更識家当主として君臨する事で対暗部用暗部更識家が丸っと駒として手に入る。駒としても、戦力としても大いに更識家はその存在で言うならば申し分ない。

 

「更識家が手に入れば、あんたは何もしなくても良いよ」

 

 今はたった一人の家族である姉の顔を思い浮かべて一夏は呟く。束とクーは未だ公式な家族とは言えない。結納もまだだし、両家の挨拶も済ませてない。婚約者と言うのも束と一夏の間だけで済ませたのだ。それ故に、一夏の家族は、まだ千冬だけである。だが、同じ時を過ごし触れ合った家族を大切に思う一夏は出来る事ならさっさと束と結婚したいのだが束との約束がある。

 

 束はISを研究し誰でも乗れるようにし、一夏は束とクーが一緒に生活できるように環境作りをする。しかし、環境作りと言っても様々である。一般人と同じように命を狙われずに生活を送れる環境を作るのか、それとも将来を見据えてクーが一般人と恋愛しやすい状況を作るか。

 普段の一夏ならばそんな事は考えないだろう。赤の他人は風景画程度にしか思っていない一夏にとってそんな事を一々考える事自体ないのだ。しかし、一夏は家族に対しては甘々どころか激甘である。おまけに自分の血を引いていないとはいい、自分と同じ年齢の容姿を持っているとはいえ娘である。

 つまり………織斑一夏は親馬鹿である。

 

 もう、あれよこれよと娘の為に考えてしまう。いや、娘のためどころか家族の為に色々考えてしまう。千冬の結婚相手だとか、娘の進路や束との結婚。箒と束の仲の修復とか悩む事がいっぱいである。

 

 

「ああ、もう!考える事がいっぱいありすぎて何から手を付けて良いのか解かんねえ!!でも、とりあえずヴェーダだ!あれが稼働すれば悩みもすべて解決する……と思う!!!うん、そうに違いない!!……いや、きっとそうだろう!……そうだと思う……そうだと良いな」

 

 もう疲れたサラリーマンの如く悲哀臭を体から漂わせボスの体に顔を埋める。しばし、ボスの羽毛に癒され、メンタルが回復すると一夏はボスに餌をあげるのだった。


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