放課後、授業の終わりを告げるベルが鳴り6限目の英語科目の担当教諭が教室から出て行くと同時に織斑千冬が教室に入って来た。
一夏は千冬の姿を見た瞬間に廊下を目がけて全力で走る。その素晴らしい速度に誰もが眼を疑うも千冬の前では無力。廊下へ向かう扉の前に千冬は悠々と先回りし、
「さて、織斑。わざわざ進路指導室を貸して貰ったのだ。進路指導室で今までの事も含め今後の事についての家族会議を始めようじゃないか」
余裕を見せる千冬を見て一夏は「チイ!」と忌々しそうに唸り教室を瞬時に見渡す。すると、教室の窓が奥から数えて二番目が開いていた。
千冬の手が一夏に向かってゆっくりと近づく。掴まれたら最後、家族会議が終わるまで進路指導室から出て来る事は無いであろう魔の手が一夏の肩に触れようとした瞬間、一夏は動いた。
二番目の開いていた窓に向かって全力ダッシュで駆け、「ヒャハハ!あばよ!!」と千冬に言い残して窓から飛び降りて逃走。
それを見ていた周囲の女子から悲鳴の声が上がるが、その中で千冬はブチッと激怒した。わざわざ進路指導室まで借りて迎えに来たと言うのに、逃走とはどういう了見だろうか?あの愚弟は。そうで無くても授業に参加してくれないと他の先生から苦情が来たりしており、山田先生に関しては泣きつかれてしまった。その事も今日の家族会議で話し合う予定だったのだが……
「もう許さんぞ愚弟!」
地獄の鬼のような唸り声をあげる千冬に、千冬の周りにいた女子たちは恐怖で涙目だったり、互いに抱き着きあったりとその様子は様々だが恐怖を教室にいる全員が感じていた。
「待たんか!一夏あああああああああ!!」
怒声と共に千冬も窓の向こうへ。
再び教室に悲鳴がわき起こり、騒ぎを聞き駆け付けた山田先生が来て事態を収拾する。
千冬との逃走劇を繰り広げた一夏は今現在体育館に来ていた。目の前で繰り広げられている剣道部の打ち合い真剣に見ていた。その素早い剣戟に眼を鍛えようとしていたのだ。
全ては勝利するために。セシリア・オルコットとの対戦で一夏は既に勝負を仕掛けていた。事前の準備の為に不必要にセシリアを煽った。無論、最初はカチンと来た為だったが途中から引くに引けなくなった一夏はセシリアを必要以上にあおり続けた。
目の前で繰り広げられる剣道部の打ち合いは、かつて千冬と戦った時の剣と比べるならば天と地ほどの差だが、暫く生の千冬の剣を見なくなった一夏にとって眼をトレーニングするには十分とは言えないが、それでもやらないよりはマシと言うレベルだ。
「フン。お前が剣に興味を示すとは、な」
その声は一夏のすぐ隣から発せられた。一夏が視線だけを向けるとそこには黒いスーツを着て様に成っている姉の千冬の姿があった。何処か嬉しそうな声で話す千冬を尻目に一夏は再び視線を練習をする剣道部員に向ける。
「別に剣道に興味なんざねえよ。ただ、眼が衰えているから少しでも速い速度に慣れときたいだけだ」
「そう、か……一夏、お前勝つ気なのか?」
「ちげえよ。勝つ気じゃなくて勝つんだよ。完全勝利。それ以外にあり得ねえ。それがモンド・グロッソで優勝し完全無敗記録を欲しいままにブリュンヒルデと呼ばれた
「セシリア・オルコットはIS稼働時間がお前よりもはるかに長い。それだけISに成れていると言うのにか?」
千冬のその言葉に一夏はフンと鼻で笑いながら千冬に顔を向ける。その蛇や肉食獣を思わせる獰猛な眼で千冬の顔を見る。
「おいおい、ブリュンヒルデ様の発言とは思えねえなあ!あんたはモンド・グロッソの時に相手が自分よりも体が大きいから、IS操縦技術が上手いからって理由で臆したか?己が今までの努力と力を愚直なまでに信じ、その信念があんたをモンドグロッソ優勝に導いたんじゃねえのか?ISの開発当初からISに関わっていたからISの操作技術に知識量は卓越していたろうよ。でも、あんた以上に天性の才能を持った操作技術の上手い奴だっていただろう?でも、あんたは臆する事も逃げ出す事も無く勇敢に立ち向かって優勝した。違うか?」
「フ、随分と懐かしい話をするじゃないか愚弟」
「だから俺は最強を目指す。最強とは、字の如く最も強い者にのみ与えられる唯一無二の称号だ。ブリュンヒルデと呼ばれた
その時の一夏の顔は、まさに戦士だった。戦闘狂やチンピラ、歩く核爆弾等と千冬に言われたが、その時ばかりは一人の戦士として織斑千冬と言う存在に対峙する一人の男として千冬の眼に映った。
「それにクラスの連中に思い知らしてやるさ
その一夏の発言に千冬は僅かに笑う。
「抜かせ。かつて神童と言われた天才が」
「さて、帰るとするか。剣道部の練習も終わった事だし今日の練習は此処までだな。まあ、帰宅まで走る事で体力UPに繋げれるか」
かれこれ二時間は見ただろうか。すでに剣道部員は防具を外し片づけを始めるのを見た一夏はそう呟いた。
「あ、一夏。お前、今日から寮生活だぞ」
突如千冬が思い出したように言うと一夏は信じられないと言わんばかりに声を上げる。
「ハアアアアア!?俺暫く自宅からの通学って言われたからこの学校入学を了承したわけなんだけど!」
「事情が事情だ。それにな、もし帰宅途中に喧嘩を吹っ掛けられたら?」
「買う。誰に喧嘩を売っているのか骨の髄まで教えて差し上げる」
「だから駄目なんだ!」
「駄目だ此奴」と言わんばかりに千冬は頭を抱え込んだ。
「何でよ!?俺みたいな聖人君子に通学させないってどういう了見よ!?」
「お前が争いの原因に成るからだ!」
「ハア!?俺が争いの原因に成るわけじゃねえし!俺が争いの火種に巻き込まれるか、火種に飛び込むかのどっちかだし」
「余計悪いわ!兎に角、お前は今日から寮生活だ。荷物は最低限の物があれば十分だろう?手配しておいた」
「ハア!?俺のウィスキーは!?」
「馬鹿者。お前はまだ未成年だ!後で私が飲んでおくから安心しろ」
「安心できるか!クソッ!こうなりゃいったん逃走するか?」
「その言葉を私が聞いて、見逃すと思うか?」
「はん!上等だ愚姉。いずれ越えねばならぬ壁、今ここで超えてやる!」
「ほう!思い上がるなよ愚弟」
まさに一触即発の状態。二人の声が大きかったため剣道部の部員たちは掃除の手を止め、遠くながらも二人の様子を見ていた。
先制攻撃と言わんばかりに千冬が呪文を唱える。
「小遣いを減らすぞ!愚弟」
な!?と少し驚くも一夏はそれに反撃に出る。
「ならばそのような暴挙に出ると言うなら、今度から酒のつまみは作らねえし、料理品目を一品減らすぞ愚姉!」
一夏の地味な反撃が千冬のHPにヒット。今の二人の互いの命を掴み合っている状態であり、引くに引けず互いにガンくれ合う。
「ちょっと、織斑先生!貴女まで何をしているんですか!?」
突如聞こえる山田先生の声。千冬と一夏が視線を向けるとたゆんたゆんと豊満な自慢そうな胸を揺らしながら童顔の副担 山田先生が走って来ていた。その姿を見た一夏は、「チッ」と舌打ちし「やりづれえ」とだけ呟いてその場を後に、もとい逃走した。
その一夏の後姿を見た千冬は「ハア~」と再び大きな溜息を吐いたのであった。