「……一夏か。珍しいなお前がラウラの見舞いに来るなどと」
一夏が保健室に入ると千冬という先客が居た。
「おう、ちーたん。いや、そりゃあなんでも酷くねえですか?俺だって風の子元気な子人間の子ですよ?ちゃーんと血が通ってるんですよ?凹みますわー」
「フン。どうせ野次馬根性であろう?お前が他人を心配するなど……ありえん!」
「いや、断言されてもマジ困るんですけど……ってか、あんたからして俺ってどんな人間に見えてるんですかね?」
「チンピラ、暴君、歩く核爆弾。そして、家族思いの可愛い弟だ」と最後のそしてから頬を赤らめてボソリと言う千冬。
「何、この可愛い姉!?俺の姉がこんなに可愛いわけがない!萌え死ぬ!」と予想外の反撃に頭を抱えて地面をのたうち回る一夏。
「だ、だから言いたくなかったのだ!この愚弟!!」とのたうち回る一夏に向けてやや強めに蹴りを放つと千冬は顔を真っ赤にしてプリプリと怒りながら部屋を出て行った
夫婦漫才は余所でやれよとベッドの上で白い眼をして一夏を睨みつけるラウラの視線を浴びて一夏は何事も無かったかのように立ち上がり、コホンと咳をする。
「よお、糞餓鬼。元気そうだな」
「フン。織斑一夏、貴様に問う」
「あ゛、何だよ?」
「何故貴様は強くあろうとする?どうすれば貴様のように強くなれる?」
「俺が強くあろうとする理由は簡単だ。俺の理想とする世界最強を目指す。ただそれだけよ。それと後者の質問は知るか!手前と俺とじゃ技術もセンスもおい立ちも経験も性別も筋肉の付き方も違うんだから解る分けねえだろ。その質問の答えを見つけるのは手前自身だ」
「……」
「まあ、あれだ。俺には振り返らせたい人物がいるからその人を振り返らせるために現状強くなるって言うだけだ。目的が見えたら、後はそこに向かって我武者羅にもがけば良いだけよ。あ、因みにこれは俺の個人的な意見だから。手前が実行しても結果に責任取れねえぜ」
「……そうか」
「ああ、それだけよ。あ、話は変わるが糞餓鬼!」
「何だ?」
「我が軍門に降れ
「私を狗だと!?」
「ああ、そうだ
「世迷い事を!」
怒るラウラに一夏は解せぬと言った表情で問う。
「何故そこまで
「そ、それは……」
「聞けばあの
「………」
ラウラは何も言えなかった。先ほど千冬が居たのも一夏と夫婦漫才をするためではなく、ラウラのISに国際条約で使用、研究、開発が禁止されているVTシステムが巧妙に隠されてはいったが搭載されていたとの情報をラウラに知らせる為だった。全ての現状が一夏の言い分を肯定している。
「まあ、あれだ。貴様の
「そ、そんな事、出来ない!出来るわけがない!!」
ラウラのきっぱりと断るセリフを聞き、一夏は眉をピクリと動かして「ほう!」と呟きポケットから一枚の写真を取り出してラウラに見せた。
「今ならこのプレミアものの写真を付けるが?」
「グッ」と呻き、ベッドの上で身悶えながらラウラは再び口を開いた。
「…………で、出来ない」
先程よりも格段に小さい声で、しかも額には玉のような汗がビッシリと付いており、ハアハアと肩を動かして大きく呼吸するほどラウラは疲労困憊の様子だった。
「もう少しか」とそんなラウラの様子を見た一夏はラウラに聞えない声で呟くともう一枚写真をポケットから出してラウラに見せる。
「もう一枚付けるが?」
「狗とお呼び下さい!!」
颯爽とベッドの上で五体投地をするラウラ。その速さは目を見張るものがあるほど。
「フム」と一夏は唸ると手に握っていた写真をラウラに渡す。
「わあああ!きょ、教官!」
写真を渡され、写真をクンカクンカしたり、頬擦りをし始めたりするラウラに「お、おう!気に入って貰えて何よりだ」と頬が無意識に引き攣る一夏。
ラウラが千冬の事が好きなのは知っていたので――学園のメインサーバーを掌握した際に手に入れた監視カメラの映像から千冬の姿をコピーして鮮明に編集してポスターにしたり、クラス別に分けてこれから千冬ファンを秘密裏に集めてオークションによるAI作成のための資金調達を行おうかと思っていた矢先だったので――先程コンピューター室に行って画像の編集をして印刷してきたのだ。
それが、まさかここまで喜ばれるとは予想外で案外この商売ぼろ儲けでは?と黒い考えが浮かび上がる。
「ククク、ちーたん。あんたの存在を利用しない手はない。これを気にTシャツ、テレカ、ポスターを作るのも悪くないな。な、どう思う狗よ?」
「はい!その時は是非私に真っ先に売って下さい!」
「ほう?だが、お前はそれらを買う貯蓄があるのか?」
「はい!今まで積もり積もった給料があります!それら全てを散財しても惜しくありません!」
「中々に殊勝な心がけだ。良かろう、作品が出来た暁には真っ先にお前に売るとしよう。成る程、これがおニャン子クラブ効果という奴か……素晴らしい」
そんな効果は無いのだが、実際にアイドルがプリントされた抱き枕やポスター、テレホンカードや写真が高く売買されているのは事実。売買すれば儲かるのは普通であった。
因みに一夏が言ったおニャン子クラブ効果というのはアイドルがプリントされた抱き枕カバーやグッズが売れるという認識で一夏が知っているアイドルグループがおニャン子クラブだけだったので勝手に命名しただけである。
「クンカクンカ」
未だに写真を嗅いだり頬擦りしたりするラウラ。更に、ラウラの行為は続き
「ああ、右に教官。左にも教官。二人の教官が私を包み込む」
遂に頭までおかしくなり始めた事に一夏はようやく気づき、心の中で「ごめん。ちーたん。何かおかしいのに目を付けさせちゃったみたい」と懺悔した。
「ハアハアハア。教官が一人。教官が二人。右に教官、左にも教官。私は、私は教官に挟まれているううううう!!」
そろそろR18指定になりそうなモチベーションのラウラを見てこれ以上この場にいるのは無粋な事だと一夏は判断すると、一夏は「ご、ごゆっくり」と言って保健室を後にした。
「フー。ありゃあ、やべえな。目が血走ってた。ちーたん、ドンマイ」
「ほう!何がドンマイなのかゆっくり聞かせてもらおうか?」
廊下を歩きながら呟いていると背後からかけられた声。この聞き慣れた声。
「この声、この気配間違いない!……お前は、ちーたん!!」
勢い良く背後を振り返るとそこにはグレーのスーツを着た千冬の姿があった。
「馬鹿者。お前は、ついさっき出くわした姉の声を聞き忘れるほどの馬鹿なのか?あ、後ちーたん言うな!」
一夏の頭に目掛けて垂直に振り下ろされる出席簿。
「フ、甘い!」
白刃取りで出席簿を掴む一夏。
「……何故掴んでいる?」
「何故、何故とぬかすかちーたんよ!それは愚問にして愚行。我が頭に出席簿が振り下ろされるからだ!」
「無駄に恰好の良いセリフを吐いても理由に成ってないぞ。それと、ちーたん言うな」
千冬が出席簿を押し、一夏が出席簿を押し返す。
無言の押し合いが無駄に白熱する中一夏が口をわった。
「んで、何でアンタはまた登場してんの?」
「それはだな。お前を捕まえる為に山田先生から連れて来るようにお願いされて来たわけだが?」
一夏は無言で逃走を試みる。
千冬に背を向けるという愚行を犯しながらも、全力で逃げる為に足に意識を集中し足の筋肉細胞の末端にまで意識を通わせ筋肉というばねをフルに活用して歩幅、跳躍力、滞空時間の短縮を最大限にし、更に呼吸を普段とは違う呼吸方法で血液中の酸素の流通を作用させ、見た目では解らないが体を走るための体へと変化させる。
「すまない。適当に報告しといてくれ。頼んだぜ、ちーたん」
スタートダッシュと共に跳躍し、滞空時間は短いも跳躍距離が大幅にアップした脚で跳躍し、千冬から距離をとる。
「!…チィッ!逃すか!」
すぐさま全力で追いかける千冬だが、一夏の方が一枚上手だった。
足の筋肉の末端にまで意識を通わせ、呼吸法も変えて走る為の体へと変化した一夏の方が走る速度は速かった。
やがて一夏と千冬の間には一階分の距離が空き、このままでは一夏の姿を見失ってしまうと考えた千冬は
「やむを得んか」
2階の窓から一階の丁度真下の出口から逃げる一夏を飛び降りて捕まえようと試みる。
「あ、あんたはアホか!?」
真上から千冬が落ちてくる姿を見て一夏は180度急旋回をして落ちてくる千冬をキャッチする。
お姫様抱っこでキャッチされた千冬は「捕まえたぞ、一夏!」と一夏の襟首をしっかりと掴む。
「ちーたん、あんたはアホなの!?馬鹿なの!?死ぬの!?自殺願望者なの!?なに嫁入り前の女性が2階の窓から飛び降りてんの!?地面アスファルトなのよ!?一歩間違えたら死ぬよ、死んじゃうのよ!?前は地面が土だったから文句の一つも言わなかったけど、何地面がアスファルトの所に飛び降りてんの!?馬鹿じゃねえの!?」
凄い剣幕で怒鳴られる千冬。
第三者がいれば普段飛び降りているお前が言うか!?とそうツッコミを食らうだろうが今は千冬と一夏の二人だけ。誰もツッコミを入れる相手がいない。
「す、すまない」と小さくなる千冬と、「ったく。嫁入り前の女性がなに二階から飛び降りてんだか。あんたはいつも、そう女性としての恥じらいとかが欠如してんだよ!」とネチネチ姑の如く言う一夏。
「―――だから、俺が言いたいのは簡潔に言うとブリュンヒルデとか言われた過去もあるけれどもあんたも人間なんだから自分に自信を持つのは良いけれども、自分をもっと大事にしろって事と女性としての恥じらいを持てって事だ」
かれこれ三十分ぐらい一夏の説教を聞く千冬の発言は「はい」「解りました」「すみません」の三つだった。
ようやく一夏の説教が終わり、最後に一夏が「万が一の事もあるから保健室に行く事。良いな」と有無を言わさず千冬に命令し、一夏は千冬の前から消えて数分後、「あれ?そういえば、私は一夏を捕まえに来たんだよな?」と本来の目的を思い出して、一夏が向かった方向を見てみるも当たり前の如く一夏の姿はそこには無かった。
「しまった!私とした事が一夏に撒かれてしまった!」
織斑千冬一生の不覚!と千冬は心の中で叫ぶのだった。