拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第32話

「………」

 

 一夏は無言で目の前の机の上にある学校から借りてきたノートパソコンと睨めっこしていた。椅子に腰を掛けて、机の上のパソコンと携帯をケーブルでつないで十数分。未だ逆探知中のMAKUBEX(マクベス)の連絡待ちだった。相手の居場所の予想は着いている。ドイツにいる研究者か軍の関係者だろう。何よりもドイツの代表候補生のラウラの専用機にVTシステム(ガラクタ)が積まれていたのが動かぬ証拠だ。専用機にVTシステム(ガラクタ)を詰める相手は限られてくる。ラウラ自身か、軍の関係者、研究者のいずれかだろう。一番の可能性があるのは、軍関係者とグルに成っている研究者という線が濃厚であろう。

手っ取り早く、ドイツという国自体をドイツのミサイルのコントロール主導権を乗っ取って地上から消滅させるのが手っ取り早い。

 だが、それだと国際安全保障理事会だとか国連だとかが動き始めるだろう。そうなれば面倒だ。無論、足がつかないように逃げ切れるかも知れないが今後の予定が大幅に狂う。

 

「……ああ、面倒臭い。悩む事も考える事も全てを放棄して本能の赴くままに動きたい」

 

 だが、それは獣の道だ。理性を持たぬ獣の道だ。

 一夏には脳があり、理性もある。獣の道に進む事は人間である事をやめ、その責務を放棄するという事に他ならない。

 

「……だから、面倒なんだ」

 

 それをしてしまえば、彼は目的が達せられなくなる。天才の隣に並び立てなくなってしまう。だから、しない。

 

 一夏がAIを作ったのには、膨大で広大なネットの海から白騎士事件の犯人を特定するための情報収集の人員確保のための代わりとしてと、自身のバックアップとして作った。

 一夏が作ったAI MAKUBEX(マクベス)は自壊プログラムと一夏の経験データ、自我プログラムをベースに作られている。つまり、MAKUBEX(マクベス)は一夏であって一夏では無い存在なのだ。

 

「…遅い。膨大なデータの蓄積によって動きが遅いのか?」

 

 MAKUBEX(マクベス)の逆探知にかかる時間について一夏は原因について考えてみる。

 MAKUBEX(マクベス)のデータの許容範囲は初期のままだ。

 改造もしていなければ、コードも使っていない。

 因みに、このコードというのは人間界でいうドーピングの様なものでAIのドーピング剤みたいなものだ。中身はドーピング剤ではなくウィルスなのだが。

 理論でいうならばAIにコードというウィルスを摂取させる事により、力の上昇や情報収集速度の強化を強制的にさせるのだが、ドーピング剤なのでその後のAIの成長に大きな悪影響を及ぼしかねないし、暫くコードの影響で2、3日は使えなくなるので今まで使わなかった。

 

 初期と同じメモリーの許容量なので今までの一夏の戦闘やハッキング能力の全経験データを考えるならば、情報伝達速度の低下もあり得なくもない。

 

「……やはり、それぞれの能力に適したAIを作る必要がある、か」

 

 MAKUBEX(マクベス)をブレインとし、MAKUBEX(マクベス)のバックアップにAIを一機。

 また、一夏の戦闘データを管理し、近距離、中距離、遠距離に適したAIをそれぞれ一機ずつ作る必要がありそうだな。と考えていると目の前のパソコンの画面にMAKUBEX(マクベス)が映し出された。

 

「おう。遅かったじゃないかMAKUBEX(マクベス)

 

『申し訳ございません。逆探知に成功しました』

 

「そうか。んで、場所は?」

 

『場所はドイツベルリンにある、とある研究施設でございます』

 

「周囲に住宅などの一般建造物は?」

 

『確認できませんでした。どうやら半径十数キロに渡って軍の所有地かと。人里離れた極秘研究所かと思われます』

 

「まあ、VTシステム(ガラクタ)を研究してる所だろうから、表立った研究所でないのは確か、か。良し!MAKUBEX(マクベス)はこのままその研究所のデータを全てクラッキングしてくれ。メインサーバーへの侵入(ハッキング)は俺がやる。MAKUBEX(マクベス)がクラッキングしている間に俺はドイツ軍(馬鹿共)のメインサーバーにハッキングし、コントロール主導権を得る。そして、恩知らずのドイツ軍(馬鹿共)からミサイルを2つ奪い、コントロールの主導権を手に入れると極秘研究所に向けて5分後に発射。ドイツ軍(馬鹿共)に一泡吹かせてやる!」

 

『了解しました』

 

 この後、間もなくしてドイツ軍のVTシステムを研究していた極秘研究所のシステムが一人のハッカーとAIによってシステムダウンし、研究データを全て破壊され、その後研究所の全てのパソコンにミサイル発射の予告が表示され、その数分後にドイツ軍のメインサーバーが何者かによってハッキングされ、コントロール主導権が奪われた事の連絡によって益々現実味を帯びていき、研究所内は阿鼻叫喚となりながら機材やデータを運ぶ時間もないため放り出され、全員が研究所から退避。

 

 最後の研究員が研究所から退避すると共に上空からミサイルが2つ飛んで来て研究所を直撃し、機材諸共データを全てミサイルの爆発と共に消滅した。

 

★★★

 

 

「ああ~。終わった終わった」

 

 ドイツ軍(馬鹿共)に制裁を加えた一夏は、コキコキと首を鳴らしパソコンの画面を見ていた。

 パソコンの画面にはリアルタイムの極秘研究所の様子を映したドイツ軍の極秘衛星からの情報が映し出されており、ドイツ軍のメインサーバーのコントロール主導権を得た当然の結果だ。

 この後は、ドイツ軍のメインサーバーのコントロール主導権を極秘裏に握ったまま表面上はコントロール主導権を奪還させる筋書きだ。

 

 こうする事によってドイツ軍(馬鹿共)に何時でも制裁を加える事が出来る。

 

 だが、こうまで恩知らずな連中だといっその事殲滅したくなる。とっととドイツという国自体をドイツのミサイルで消滅させる文字通り地産地消をしたくなってしまう。

 

「だが、結果的にこれで良い」

 

 ドイツのメインサーバーのコントロール主導権は一夏の手にある。無論、メインサーバーの総とっかえという荒業をされればまた一からハッキングしてコントロール主導権を奪わなければいけないし、これからの軍のメインサーバーの外部へのセキュリティーも今よりも一層厳しくなる。

 だが、今回の件でドイツはミサイル二基と研究所を一つ潰された。ドイツの国家予算がその失われた分の損失をすぐに補えるかと訊かれれば難しいだろう。まず優先するのはドイツ軍のメインサーバーのコントロール主導権の奪取だろうし、それが終わればセキュリティーの強化に予算を費やすだろう。ドイツ軍のミサイルが他国に向けられれば国連からの経済制裁は勿論ドイツは世界大戦を無自覚ながら引き起こす結果となるだろう。

 戦争が無理やり引き起こされ、実は我が国のミサイルのコントロール主導権が奪われていたんです。では、話にならないし誰も耳を傾けようとはしない。

 もしそれが事実だとして各国に受け入れられたとしてもドイツの兵器の危機管理能力が問われるのは明白である。経済政策を受けるなりドイツという国が戦争を回避したとしてもその後の各国からの風当たりは強くなり、兵器の購入は勿論、万が一の際の各国からの援助も望めない結果となるだろう。

 故に今回の件はドイツはされるがまま、このまま今後とも一夏の手の中で踊るしかない。

 

「……考えてみれば、ヒトラーもドイツ人だったな。ユダヤ人虐殺なんて言う過去の例があるし、マジでドイツを世界地図から消してやろうか」

 

 やや考え方が黒くなって来た所で部屋の扉が開き、デュノアが部屋に帰ってきた。

 一夏はパソコンの画像を見られないようにパソコンを閉じて今作業が終わった風に装う。

 

「お、お帰り。早いご帰宅ですな、デュノア君」

 

「一夏の方が早いよ。?パソコンで何をやってたの?」

 

 観察眼が鋭いせいか一夏の目の前にノートパソコンがある事に疑問を持つデュノアに、「ちょっと調べ物をしてただけ」と答える一夏。

 

「調べもの?僕に訊いてくれれば知ってる事なら答えたのに」

 

「そうか。そりゃあ、残念だったな。まあ、あれだ。今度からあてにさせて貰うわ」と答えるとノートパソコンを持ってデュノアの横を通り過ぎ、部屋から出ようとする。

 部屋から出ようと部屋の扉に手をかけると扉がノックされた。

 

「あ゛?どちら様ですか?」

 

「織斑君、デュノア君。 真耶です」

 

 扉の向こうからの返答に一夏とデュノアは二人そろって首をかしげ「「はい?」」と答え、一夏が部屋の扉を開けるとそこには山田先生が立っていた。

 

「ああ。山田先生か」

 

「あ、成る程。それで、山田先生何のご用でしょうか?」

 

「はい。織斑君、デュノア君朗報です。なんと」

 

「なんと?」と山田先生に続くデュノア。

 

「ようやく」

 

「ようやく?」と今度は一夏が続き、

 

「お風呂が解禁になりました!」とまるで自分のごとく嬉しそうに話す山田先生。

 

「お風呂?」と目を丸くするデュノアと「ほほー、成る程。ようやくIS学園もお風呂を解禁にしたか。まあ、後1週間シャワー生活だったら家に帰って引きこもってましたよ。特にバスタブに」とクククと笑う一夏。「バスタブに引きこもるって初めて聞いたよ」と突っ込むデュノアに「まあ、それだけ風呂が好きという事だ。何しろ風呂は日本人の文化だからな」と答える一夏。

 

「今回の事件でお二人が頑張ったので学園側が女子の風呂の時間を調整しまして、週二日だけではありますが男子の為の入浴時間を設けました。今日の20時から入れますので。あ、後、今から事件の調査報告書をまとめますのでお二人とも今からご協力くださいね」とニッコリと笑顔で言う山田先生。

 

 一夏は、「デュノア君、後は頼んだ!全て君に任せる」とデュノアの肩をポンと叩いて山田先生が待ち構えている部屋の入り口の扉とは逆のベランダへ続く扉に向かって全力ダッシュして扉を蹴破るように開くとベランダから飛び降りて脱走を図る。

 

「あ!ちょ、織斑君!?」と山田先生がベランダから顔を覗かせて下を見るも既に一夏の姿はそこに無かった。

 

「あはは」と笑いながらも、そろりそろりと音を立てずに部屋の扉に向かうデュノア。

「織斑君には逃げられましたがデュノア君は絶対に、絶対に逃しませんよ?」とガッチリとデュノアの肩を笑顔で掴む、もとい握りしめる山田先生にデュノアは「はい」と項垂れるのだった。

 

○○○

 

「パソコンの返却終わりっと」

 

 またしても無断拝借していたパソコンを足がつかないようにデータを初期化して返却し終わると校舎を出る。

 

「………」

 

 だが、ふと立ち止まり校舎を正確に言うなら保健室を見る。

 

「……あの餓鬼、大丈夫か?」

 

 ふとラウラとか言う糞餓鬼の事を思い出す。

 千冬モドキに姿を変え、撫子によってVTシステムから一夏の手によって解放された。だが、撫子は衝撃波を相手に与える技だ。活人拳ではあるが、それでも威力は絶大。撫子を2発くらっただけでシュヴァルツェア・レーゲンのシールドダメージを殆んど削るほどの威力がある。その撫子をダイレクトにラウラは受けた。

解放された時の脈をはかったが脈はあるも意識は無いが、命に別状は無さそうなので千冬に預けたのだがやはり少しどんな様子か気になる。

 

「他人の事を心配するなんて俺らしくもねえが、まあ見舞いにも行ってやるか。手土産の交渉材料をもってな」

 

そう呟いてクククと黒い笑みを浮かべ、パソコン室に一夏は向かうのだった。


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