ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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気づけば、13話目長いなぁ


錬金術師の帰還 XIII

那月に名を問われる前、召喚されたメレム・ソロモンはまず、ゆっくりと周りを睥睨した。少しして、何か得心がいったように頷くと

 

「なるほど、初めてではない(・・・・・・・)けれど、こうやって改めて見ると、なかなかどうして、面白い世界だね。あれかな?初めてネバーランドに行った時の子供たちの心境というのはこんなものなのかな?」

 

割とウキウキしながら、周りの観察に勤しむメレム。その後ろから、一人の女性が出てきた。脱獄した仙都木阿夜だ。

 

「ネバーランド…か。確かにあのサーヴァントの言葉を信じるのならば、貴様の場合、そう言った言葉は正しい表現と言えようが…そういえば、貴様のクラス名を聞き忘れていたな。クラスはなんだ?」

「クラスはアサシンだよ。まあ、僕の能力からして、暗殺なんて最も向いてい…ないこともないのか。まあ、多分、僕が人類の敵、殺人者としての側面があることからそこを抽出されたんだろうね。」

「なるほどな。つまり、とんでもないロクデナシということか。」

「あはは、その通りだけど、すごいストレートに言うんだね。君。」

 

特に気にした様子もなく、笑いがながらも睥睨していると、視線をある一点で止める。その一点とは遠坂恵莉とアイザック・ニュートンがいる地点だった。

 

メレムはそちらへと近づいていくと、

 

「はじめまして。僕はアサシン。あそこのマスターから召喚されたサーヴァントだ。」

 

満面の笑みで言葉を投げかけてくる様子を見て、人懐っこい人物なのだと誰もが思うだろう。只管に猟奇的なその瞳を見さえしなければ…

 

今にも自分を食らおうとするそんな怪物を目の前にしながら、恵莉はニュートンが止まるのを無視して、挑戦的な瞳をその怪物へと向ける。

 

「ええ、はじめまして。私があなたのマスターと協力関係にある遠坂恵莉よ。協力関係の証として、キャスターは…今はまだ敵もいるし、真名は明かせないわ。それで?あなたが仙都木阿夜のサーヴァント、私たちの狙い通りのサーヴァントということでいいわけ?」

 

少女のその態度に面食らったような表情を見せるが、すぐに笑みを見せる。今度は、猟奇的な瞳を覗かせることなく、満面の笑みだった。

 

「うん。いいね。君。僕の能力を知っている上で怖れながらも、懸命に前に立とうとする。健気さが強いが、確かな威厳を感じたよ。我が友(・・・)以外で、ここまで僕に対して言葉を投げかけられる人間は指で数えるほどしかいなかったからね。

 

しかし…」

 

だが、そこで声のトーンを一際低くし、困惑を顔に浮かべながら、話を連ねる。

 

「君たちなかなか挑戦的だねぇ?僕と君の協力関係にあるアインツベルンとはとんでもない因縁があることは調査済みだろうに…何かな?そこまでして…

 

死にたいのかな?」

 

最後の言葉だけは強めると同時に殺気を押し放った。周りの壁という壁が悲鳴を上げ、空気が軋む。だが、それらを受けながら、恵莉はサーヴァントを盾とせずに、なおも毅然と言葉を投げかけた。

 

「そうじゃないわ。単純にあなたなら、私たちの計画に賛同してくれると思ったからよ。かのガイアの化身の忠実な僕であるあなたならね。」

「…ふーん」

 

その恵莉の問いかけに対し、メレムは今まで以上の苛立ちを感じたが、それを表に出すことはなく、逆に少し感心した。

 

「なるほどね。僕が君たちの敵になりうることも分かっていると同時に、僕がこの場でどう動くかも想定してたわけか。ふむ…」

「……。」

 

ゴクリと生唾を飲みながら、恵莉は次の言葉を待つ。

 

「ふむ、それなら、まあ、いいかな。協力してあげよう。」

「……。」

 

その言葉を聞き、目線を下に下げ、ふーっと息を吐く恵莉。正直ギリギリだった。いくらキャスターがいるからと言って、先ほど不意打ちとは言え、南宮那月とそのサーヴァントを倒して退けた男である。最悪、自分たちは殺される可能性があった。

 

「あ、おーい!」

 

そんな恵莉の心情など知ったことではないように、アサシンはその場から離れて、声を張り上げていた。何事かと、目線を上げる。すると、そこには

 

「ーーーー。」

 

美しい何かがいた。水色の半透明な体を持ち、エイとクラゲを組み合わせたような姿をした生物?が空に浮遊していた。驚くのはそのフォルムだけではなく、その美しさだった。先ほど、エイとクラゲを掛け合わせたかのようと言ったが、そんなものではない。まるで、すべての生物の美しさだけを抽出したと言っても決して過言ではないその威容が視覚から五感を支配していった。

 

(これが伝説に聞く四大魔獣。)

 

その正体を恵莉は知っている。元々、この男だけは必ず召喚するべきだと考えていたため、調べてあったのだ。この男は人々の悪意を元に何度のように形取った悪魔四体を従えているという。それが右手、右足、左手、左足に対応して、文字通り、アサシンと一体となっている悪魔たちなのだ。彼らはそれぞれ能力を有しており、その中でも、最も強大な戦闘能力を有しているのが、目の前にいる

 

(左足の悪魔…)

「ご苦労様。召喚されて早々申し訳ないけど、仕事を果たしてくれてありがとうね。」

 

そう言いながら、メレムはその悪魔の頭を撫でた。目がどこにあるのかも分からない図体をしているので、どこが頭なのかは分からないが…

 

「何者だ。貴様」

 

すると、ここで少女の声が聞こえてきた。その問いに対して、特に答える必要などないのにアサシンは名乗り出す。

 

「僕かい。僕の名前はね。

 

メレム・ソロモン

 

っいうんだよ。」

 

と、そう名乗り出した。それに対し、恵莉は慌てる。

 

「ちょ、あなた!?」

「ん?ああ、僕らサーヴァントは安易に名前を名乗っちゃまずいんだっけ?けど、ここで名乗らなくても、名乗ってもそんなに変わらないと思うな。我が友が今回は召喚されてるんだろう?なら、遅かれ、早かれバレることになる。まあ、もっとも…」

 

そこで再び猟奇的な猛獣のような瞳をのぞかせながら、那月とそのサーヴァントを見つめながら、次の言葉を口にする。

 

「君たちに次なんかないわけだが」

「っ!」

 

一瞬で場が凍りつく殺気。那月は、それを受けて身体が強張ることを感じながら、それをなんとか解していく。

 

「っと、その前に…」

「?」

 

だが、メレムはそこから一気に殺気を弱めると、恵莉の方へと向き直る。

 

「ねぇ。我が友…シロウは一体どこにいるか分かるかな?」

「…?私たちの予測では、あなたはそれを知る能力(・・・・・・・)を今ならば持ってるんじゃないの?」

「ああ、うん。そりゃ、そうなんだけど、シロウのことだから、僕が見た(・・)瞬間、気付くと思うんだよね。それじゃぁ、サプライズとしては弱いだろう?だから、聞きたくてね。」

「何それ?」

 

恵莉は怪訝そうな顔を浮かべながらも、ここでもたついても仕方ないと判断し、自らのサーヴァント・ニュートンへと視線を向ける。マスターの意図を察知したニュートンはほんのわずかに目を閉じて、自らの魔力パスに神経を巡らせる。そして、数瞬したのちに、目を開け、メレムに目を向けながら、黙って明後日の方向へと指をさす。

その指を見て、満足そうに頷いたメレムは、指を鳴らす。その瞬間、彼の背後には二つの巨大な影が写され、何者かが召喚された。

一体はメイドのような形をした巨大ゴーレム型のロボ、一体は鯨のような外見とサイズ、威容を放ちながら、その巨大な手足を地につけ、犬のように侍る怪物だった。

 

「やあ、久しぶりだね。君たちも早速で悪いんだけど、少し行って欲しい場所があるんだ。まあ、どこなのかは分かるよね。」

 

ロボと怪物はそれに対して、応答はせずに、ニュートンの指先をじっと見つめた。

それに対するニュートンは冷や汗が出た。改めて、感じたからだ。目の前にいるこの怪物共は自分たちサーヴァントと同格の性能を秘めていることを理解し、そして、戦闘になれば、こちらの敗色が濃厚であることも察したのだ。

そんなニュートンの心内などお構いなしにロボと怪物はその瞳で縫い付ける。

だが、それも僅かな間、そのニュートンの指先のことを察し、理解した二体は対照的な動きを取り出す。方やいかにもロボという雰囲気で背中からジェット噴射して飛び出し、方や怪物らしく、ただきままにゆっくりとその場を後にし、ゆっくりと海の中へと消えていった。

 

「まあ、我が友ならば、僕の悪魔二体でも止めておくには限度がある。せいぜい、30分かよくて1時間というところだろう。というわけで…」

 

そこで改めて、那月の方へと顔を向ける。

 

「とっとと終わらせよう。我が友との感動の再会がこれから待っているのでね。」

「っ!」

 

ーーーーーー

 

ところ変わって、その五分後、メレムに友と呼ばれていた男は、その海原で地平線の彼方を見つめながら、目を眇める。

その眇められた眼に呼応する様に、来客たちは、攻撃は開始する。

メイド型のロボは手をガトリング銃へと変形させこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 

「まずい!熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!」

 

一瞬早く、7枚の花弁からなる盾が発動する。その盾目掛けて、弾丸が着弾していく。横殴りの死の豪雨が花弁を叩き続ける。

 

「くっ」

「きゃぁ!?」

「な、なんなんだよ!?」

「いきなり、これとは…貴様の知り合いらしいが、随分な礼儀を持っているじゃないか!?」

 

ニーナの言葉に対し、何も言い返せず、少し微妙な心境を持っていたアーチャー ではあるが、感傷に浸る暇もなく、次にアーチャーは、船よりももっと下、海中より強烈な殺気を感じた。

 

「これは!アーチャー!?」

「分かっている!イガリマ!!」

 

ライダーの言葉を苛立ちながらも、受け入れ、言葉を発すると同時に自らの横に巨大な剣を召喚する。山さえも両断しするであろう巨大な剣は、召喚されると同時に振られることもなく、ただ置かれているだけであったため、周りの人間はなぜ、召喚されたのか理解ができなかったが、次の瞬間、それを理解できた。

 

海原から波音が弾かれると共に、巨大な影が船の両端から出てきた。その影の正体。それは鯨のように開けられていた何者かの顎門だった。

 

「なっ!?」

 

古城が絶句する間にも、その顎門は閉じられていたが、それは途中で止められていた。先ほど召喚した山のような大剣によって、その顎門が止められていたからだ。

何かは剣で己の顎門を止められていることを理解していながらも、その口の力を緩めようとはせずに、逆に強め、その剣ごと顎門を閉じ、噛み砕こうとする。

 

(ちっ!剣自体は壊れはしないだろうが、あれがこのまま閉じられれば、船がお陀仏だ。まだ、学生がこの船にはいる。閉じられるわけにはいかない!)

 

「ライダー、古城、こちらは任せるぞ!オレはこいつらを相手する。その間、夏音を…」

「私も一緒にいます。いえ、いさせてください!」

「なっ!?夏音!?無茶だ!」

 

いつもは聡明なはずの夏音が珍しく強情に突っかかってきた。

その言葉に対し、アーチャーは反対を出すが、夏音の言葉を押す声が発せられてきた。

 

「それがよろしいかと思いますよ。アーチャー。」

 

それはこれまた意外なことにライダーからの言葉だった。

 

「何?」

「あなたは長い間、自らのマスターに何も説明せずにいた。あなた方には時間が必要だ。お互いのことを改めてちゃんと理解する時間が…その時間を今ここで失くして仕舞えば、次は一体いつ取るというのです?次の機会が巡ってきたとしても、また同じような理由をつけて、あなたが遠ざかることは必至でしょう。共に戦うということはそういうことではないはずだ。」

「……。」

「サーヴァントなら、いえ、英雄ならば、どんな事態にも対応してこそでしょう?マスターの一人守ることができず、何が英雄ですか?」

「痛いところを…随分と聖人らしくない言葉だな。戦いを囃したてるなど…だが、わかった。時間もない。一緒に行こう。夏音。」

 

決心がついたアーチャーは改めて夏音に向き直り、言葉を放つ。

それに対して、夏音は心底嬉しそうに笑みを浮かべながら、頷く。

その頷きを確認したアーチャーは詠唱を開始する。

 

I am the bone of my swords.(体は剣で出来ていた。)

 

全ての詠唱を終え、最後の一節を詠む。

 

So,finally I pray Unlimited Blade Works.(その体は、今も剣でできている。)

 

その瞬間、世界が一変した。海原が地平線まで続く荒野へと、青空が焼け付くような赤銅色に変わり、車輪が浮かぶ。荒野には、どこまで延々とまるで墓標のように剣が突き立っていく中、所々に刺さっている白を基調とした西洋剣のの場所にだけは、草が生い茂り、空からの一筋の光を浴びていた。

 

その場所にいきなり転移させられた怪物二体は、辺りを見回すが、特に驚いた様子はなく、すぐに目の前の敵であるアーチャーとその傍にいる夏音へと視線を向けた。

 

「懐かしいだろう?かつて、君たちとオレが最後の決闘を行ったときに使った能力だ。」

 

肩を竦めながら、怪物たちの顔を窺う。怪物たちの表情に変化はなかったが、その代わりとして、戦闘態勢を敷くように強烈な殺気を放ってきた。

 

「なるほど、そちらも準備は完了のようだな。では、こちらも本気で行こう。お前たちの主人も直にこちらに来るだろう。だから、

 

とっとと終わらせよう。」

 

奇しくも、その主人と同じ言葉で締め括られ、戦闘は開始された。

 

150年前、『現代の神話』とまで呼ばれた超絶無比な闘いが今始まる。

 

ーーーーーー

 

「ライダー。シェロたちは…」

「恐らくは、強制的にアーチャーの奥の手の中に引き摺り込まれていったんでしょう。これで先ほどの怪物二体からの攻撃を気にせずに済みます。もっとも、同時にアーチャーの援護も期待できないのですが…」

 

そういった後に、ライダーは今までずっと無口だった土塊の巨人の方へと向き直る。

巨人は、静かに先ほど怪物たちが来た方向を見つめていた。

そして、どこに口があるかも分からないデザインでありながら、その体からは声が発せられる。

 

『この状況。ふむ。どうやら、あちらはうまく行ったようだな。まあ、そのおかげで、クソ野郎(アーチャー)が俺の前からいなくなったというのは、若干、不満があるが…』

 

独りごちた後に今度は古城たちの方をゆっくりと向く。

 

『戦略的にはこちらの勝利ということだろう。では、始めるか?』

 

言うや否や、その豪腕を船へと叩きつけてきた。

その攻撃をライダーが聖剣で受ける。

 

「くっ!」

 

豪腕を叩きつけられたライダーは膝を屈しながらも、その衝撃を和らげるように攻撃を受ける。

筋力で負けているわけではない。ただ、この豪腕の一撃を外に衝撃を逃すようにして受ければ、確実に船体にダメージが入る。衝撃を外に逃がさないためにあえて、体に全ての衝撃を受けた結果によるものだ。

 

「であっ!」

 

豪腕の攻撃を弾き返し、巨人の体勢を崩そうとする。だが、その巨人は対して体勢も崩さずに反撃の姿勢を見せてきた。

右掌を突き出し、右手の五本指の一つ赤い鉱石でできた人差し指が鈍く光る。

 

「っ!雪霞狼!」

 

霊視によりわずか先の未来が見えた雪菜は、その攻撃に対処するために前に出る。同時に、炎熱を帯びたレーザーが巨人の掌から照射される。それを雪霞狼の結界により防御する。

 

「っ!?」

 

だが、その攻撃を受けた瞬間、雪菜の顔は驚愕に染まった。今までいろいろな攻撃を受けてきた。天使の術式、第四真祖の眷獣それらは確かに強力なモノだった。

それぞれ攻撃として種類こそ違えど、彼女はそれらの攻撃を確実に雪霞狼で無効化してきた。そんな異能にとって無敵とも言える能力を持っていた雪霞狼が今、一瞬だが、グラついた(・・・・・)

おかしな表現だと思うが、そうとしか言えなかった。

 

(攻撃は無効化している。でも、何か変です。)

 

作り出された結界が変にざわついていた。まるで意図とは違う動きをしている電子機器がオーバーヒートをしている様を見ているように、結界はざわめき、泡立ち、警告を使用主に発していた。

 

疾く在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!!」

 

そんな彼女の思考を他所に、古城は攻撃を再開する。

振動を纏ったエクエスが巨人の肩にその角を剥く。

一瞬で全てを風化させる超振動。その災厄が土塊でできた巨人に襲いかかる。巨大な衝撃音と共に、水飛沫が上がり、巨大な影が目を眩ませる。

普通ならば、その後に残るモノは何もないはずだった。だが…

 

「…そりゃ、今までだって、再生する敵を何度か目にしたけどよ。」

 

飛沫が収まり、もうもう立ち込めている霧も晴れていく。そして、その向こうには…

 

「流石に…水飛沫が立っている一瞬に再生して、無傷な姿を披露してくる敵なんていうのはいなかったな。」

 

無傷な巨人がその威容を見せてきた。

それだけではない。巨人の周りに星粒のように何かキラリと光るモノが宙に浮いていた。その答えは水の粒。先ほどの水飛沫とともに浮かされた水の塊がふわふわと浮いているのだ。その水の塊が一気に線となって辺りを走った。

 

「っ!まずい。」

 

線となった水が走った瞬間、その水の線が通り過ぎた船の甲板はバターのようにスライスされていく。その攻撃に危機感を感じたライダーはいち早くその攻撃を受けようと目の前に出る。何十、何百と群がった水の流星はあらゆる物質を貫いていく。その万物を貫通する無敵の矢をライダーはその剣で受けていく50までは受けれた。だが、そこまで、まだ何百とある流星には手が届かない。

 

船の中にいる一般人たちが危ない。

 

「雪霞狼!」

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

その流星群を一瞬反応が遅れた古城と雪菜が防ぎ切った。所々、船に傷は付いているモノのサーヴァントの優れた聴覚には悲鳴などは聞こえてこない。どうやら、大事には至ってないようである。

 

(しかし、まずい。実質、生徒を人質に取られているようなものだ。古城の火力があるならば、十分に防御は可能でしょうが、逆に言えば、防御に古城の火力を回さなければ、危険ということ)

 

古城はまだ経験が未成熟だ。それは、彼は戦闘を行う際、ライダーよりも一瞬反応が遅れていることからも如実に理解できる。だからこそ、このような状況下では、防御に力を回すしか選択肢がないと思っていた。だが、その考えはひょんな言葉から打ち砕かれた。

 

『ちっ、このままだと下のガキ共にまで被害が出る可能性がある、か。仕方がねぇ。』

 

そう呟くと同時に巨人は右側の海岸へ振り向き、そちらに指を挿す。

 

『おい。場所を移動するぞ。こっちに来い。まさか、断らねえよな?』

 

と巨人が提案してきたのだ。これにはライダーにも驚きを隠せず、思わず質問していた。

 

「意外ですね。キャスター。あなたが、そんな提案をしてくるとは…勝率で言うのならば、船の生徒を巻き込んだ方が遥かに合理的な勝ち筋でしょうに」

『…別に深い意味はねえよ。ただ、俺は生前(むかし)も今も、

 

何も知らねえガキどもを巻き込むと言うのが好きじゃねえってだけの話だ。』

「…。」

 

不思議なことを言う魔術師だとライダーは思った。先ほどまで、天塚汞などに対して、非道と呼ぶべき行いをしていたにも関わらず、今度は船の中の子供達を気にする。はっきり言って、矛盾している。どこからどこまでが本気なのか分からない。

 

「…ん。そういえば…」

 

今の考え事で思い出した。その天塚汞は現在、一体何をしているのだろうか?そう思い、辺りを見回すと、甲板の端の方にその天塚汞はいた。

 

「…違う。そんなはず…はない。僕は…人間で」

 

茫然自失といった表情で立ちながら、うわ言のように何かを呟き続けている。哀れではあるが、今までの行いなども考慮すると、今は相手にしている暇はないとライダーは考え、一旦、巨人に向き直り、先ほどの質問に対して答えを出す。

 

「いいでしょう。場所を移動しましょう。構わないですね?古城。」

「…ああ。俺もそっちの方が都合がいいと思うしな。」

 

二人の答えを聞いた巨人は海原の方へと視線を向けて、そちらの方へと顎をしゃくりながら、移動を始めた。

それに続こうとする古城たち。だが、そこである一つの簡単な事実が頭に過ぎった。

 

「…でも、どうするんですか?ここは海のど真ん中、立っていられ場所なんてないと思うのですが…

「あっ」

「……。」

 

思わず、ライダーも黙ってしまった。そういえばそうだ。自分たちは大海原のど真ん中にいる。となると、海原にも立てているあの巨人はこの戦いにおいて、どちらにせよ有利な状況となるではないか。

 

「心配するな。その足場の件ならば、私がなんとかしてやろう。」

「ニーナ…」

「これでも錬金術を修めた身。同じ錬金術師が海に立てる術式を展開している中で、私だけできないなどと言うことはない。最も、ヤツが海に立てているのは単なる術式の副作用によるものだが…」

 

そういうと、パチンと指を鳴らす。すると、古城たちの足裏に魔力が集中し始め、魔法陣が展開されていった。

 

「これは…」

「これでお前たちは、海の上を走れるだろう。だが、気をつけておけ。あくまでその術式が展開されているのは足裏まで、それ以外にも付けることはできるが、お前たちが攻撃する際に私の術式が邪魔になる可能性の方が高いからな。

だから、足裏以外が海に着けば、普通に沈む。そのことを念頭に戦闘をしろ。」

「十分です。ではいきましょう。皆さん。」

「いや、私は…」

 

ニーナが何か言いかけようとしたその時、横合から鋭い攻撃が放たれてきた。

 

「っ!危ない!」

 

その攻撃を感知し、雪菜は声を上げると同時に雪霞狼でその攻撃を弾いた。攻撃の正体は、銀色の鞭。その攻撃をさっきまで使っていたのは…

 

「天塚…汞…」

「ふー、ふー!」

 

まるで猛獣のような瞳と唸り声を上げながら、でコチラを見つめる天塚。その状態には先ほどまであった意気消沈ぶりなどどこへやら…

そんな彼の様子を見た雪菜は状況を正確に理解し、古城たちに進言した。

 

「先輩。ここは私に任せて行ってください。」

「なっ、姫柊!?」

「それが良い。私も残る。早く行け!第四真祖。あの巨人がいつまでも待ってくれるというのなら、話は別だが、そうではあるまい。」

「っ!?」

 

巨人と天塚の両方を見て、奥歯を噛み締める。そして、そこから数瞬した後に、決意を伴った瞳で言う。

 

「分かった!先に行く(・・・・)。行こう!ライダー。」

「承知いたしました。マスター。」

 

そう言って、古城たちは海原へと身を投げた。

それを見送りながら、ニーナは呟く。

 

「先に行く…か。随分迷いなく言ったものだ。信頼されているな。姫柊雪菜。」

「先輩はそう言う方ですから」

 

ニーナのその言葉に対して、微笑みながら、そう返し、そして、今度は前方の天塚に集中する。

 

「いきなり、攻撃を仕掛けてきましたね。」

「ああ、おそらく、気に食わなかったんだろうな。」

「気に食わなかった?」

「これでも、元師匠だ。奴の考えそうなことは分かる。」

 

ーーーーーー

 

自分の意思を踏みにじられ、自分の願望さえ嘲らわれた。何もない。正真正銘何もなくなってしまった。どうしてこうなった。自分の意思は何か誤りがあったのか。ただ、命令に従っていただけなのに…自分の願望は何か間違えていたのか。ただ、人間に戻りたかっただけなのに…

 

だが、そんな彼の胸中など知ったことではないように事態は進んでいってしまい、遂には、誰もが船の甲板から姿を消そうとしていた。

 

まるで、自分の存在など初めからなかったものと扱うように…

 

それだけは、ああ、それだけは、許せない。許してはいけない。例え、自分が元から人間では無かったとしても、自分が無かったものとして扱われることだけは我慢ならなかった。

 

気づけば、体は動き、腕は銀の鞭となって攻撃をしていた。

おそらく、その様子を一から十まで見ていた者ならば、こう評するだろう。

 

まるで駄々っ子のようだと…

 

ーーーーーー

 

「死ねー!」

 

天塚は叫びながら、雪菜とニーナの方へ向け、腕が変形した銀の鞭を振るう。

 

「ふっ!」

 

その攻撃を雪霞狼で防ぐ。その間にニーナは天塚へと言葉を投げかける。

 

「哀れだな。天塚。」

「……。」

「師として、お前のその運命には同情しよう。だが…

 

お前はその行いのために、修道院の子供達を皆殺しにし、それだけでは飽き足らず、今、唯一の生き残りである夏音の身を危機へと晒した。貴様のやってきたことは決して許されることではない。その報いは今ここで受けてもらおう。」

 

「…くっ!うおおおお!!」

 

絶叫と共に、身体からいくつもの銀の触手が伸びてくる。最早、人の形であることなど全く気にせずに、その触手全てが雪菜とニーナの元へと迫っていく。

 

「はっ!」

 

その触手全てを雪霞狼で弾き、雪菜は一気に距離を詰めていく。しかし…

 

「がぁっ!」

「くっ!?」

 

距離を詰めてきた雪菜を天塚はすかさず、弾かれた銀の鞭によって攻撃してみせた。その攻撃により、一旦距離を取る雪菜。

 

(今の攻撃、反応したと言うよりも、術式自体が自動的に感知したように感じられました。なるほど、あのような状態になっても、自動防御機能(オートディフェンサー)は引き続き、継続されていると言うことですか。)

「厄介ですね…」

「ふむ。あのような錬金術は私が教えた中にはなかった。賢者(ワイズマン)のモノとも考えにくいな。おそらくだが、アレはアイザック・ニュートンが改造した結果だろう。」

 

その情報を聞きながら、雪菜は決して目を逸らさずに前方の天塚を見据える。

生半可な攻めは通用しない。かと言って、防御にだけ気を置けば、絶対に勝てないだろう。霊視による未来視も検討に入れた上で、対抗策を考えるが、難しい。霊視は非常に便利だが、その特性上、視界に映ったモノの未来しか読み取れない。

 

例えば、背後から腹部へと攻撃され、その腹部から貫通した武器が全く視界に入らなかった場合、その攻撃は霊視により先読みすることはできない。

 

天塚の特性上、視界を掻い潜って、不意打ちを繰り出すなど、容易なことのはずだ。

 

(どうすれば…)

「悩む必要はない。雪菜。そのまま突撃しろ。ヤツの錬金術ならば、私が何とかしよう。」

「えっ…」

 

不意に横からそんな声が届いてきて、雪菜はニーナの方を振り向いた。一方のニーナは、彼女の視線に対し、視線は返さず、態度で示した。

 

「系統はだいぶ違っても、私は元々、ヤツの錬金術の師匠だ。私を信じてくれ。雪菜。」

 

力強いその言葉に押されて、雪菜は頷きを返す。そして、今度はまっすぐに天塚を見据えて…

 

「了解しました。よろしくお任せいたします。ニーナさん」

「ああ、任された。」

「…からない…」

 

不意に天塚が何かを呟くのを聞いた。

それを聞いた雪菜とニーナ耳をそば立てる。

 

「…からない、分からないんだよ!僕は一体何をすれば良い。僕は一体どうすればよかったんだ。」

 

まるで迷子の駄々のように響いたその悲鳴を聞いて、雪菜とニーナは眉間にシワを寄せる。

 

「ねぇ、剣巫、師匠。教えてくれよ!僕は一体どうすれば良いんだーー!?」

 

悲鳴を上げながら、腕や胴体から生えた銀の鞭が攻撃を繰り出してくる。

その鞭の大軍を前に雪菜は真っ向から突撃する。

 

「分かりません。」

「っ!?」

 

その言葉が耳朶を叩いた瞬間、銀の鞭に余計に力が篭り、加速していく。

そして、銀の鞭の先端が雪菜の目の前にまで迫ってきた。

 

「ですが…」

 

目と鼻の先まで近づいた銀の鞭。だが、それらが雪菜を貫くことはなかった。なぜなら…

 

「〜〜〜。」

「?」

 

何事か呪文を唱える声が響き、自分の耳に聞こえてくる。その呪文の声の主が自らの師であるニーナ・アデラードのものであると天塚が知った瞬間、全身から嫌な汗が湧き出してきた。

 

(まずい!)

 

その思考を数瞬先にやれていれば、この勝負は分からなかっただろう。だが、遅い。その思考がたどり着いた時にはすでにことは終わっていた。

雪菜に一斉に向かっていた銀の鞭、それら全てがニーナの発動した術式から放たれる荷電粒子砲によって射落とされていた。途端に無防備になる天塚。その懐に向けて、雪菜は突進を続ける。

 

「ですが、それが、生きるということなんだと思います!」

「っ!?」

 

何とか差し出した銀の腕で、防御をしようとする。だが、それも術式を無効化する雪霞狼の前では紙同然となり、天塚の胴体には一閃が走った。

 

「そう…か。」

 

自分の終わりが近づいていることを理解した天塚は独白する。静かにゆっくりとした言葉は続き、

 

「僕は、ただ何をすれば良いのか、それを考えながら生きていれば、ただ、それだけでよかったんだ。ただ、それだけ考えていれば、僕は…」

 

その言葉が最後まで続くことはなかった。

ピシ、ピシと体に走ったヒビが全身に回り、ついに天塚の全身がボロボロと崩れていったからだ。

その様子を最後まで自分の目に捉えていたニーナは呟く。

 

「大馬鹿モノが…気づくのが遅すぎる。」

 

師として最後の情を見せたその言葉は、船の上を通り過ぎる潮風にゆっくりと流されていくのだった。


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