ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

70 / 75
初のグランド・ロムルス=クイリヌスが当たった。
ために貯めた石と召喚符合計100ガチャ分さらば!
お金が掛からなかったのは良かった…


錬金術師の帰還 XII

「話、だと?」

『そう。話さ。えーと、それじゃぁ、まず…』

「ならば、他を当たれ。私は、貴様と話すほど暇ではない。」

『そうそう。暇ではない…って、え!?』

 

そう言うなり、踵を返し(闇の中なので、何がどう返されたのかさえ分からないが)、また静かに時を経つのを待つのだった。

 

『い、いやいや、ちょっと待って!君としても是非とも聞いておきたい話だと思うよ。こんな機会は滅多に…』

「なんだ?はっきり言わねば分からぬか?失せろ、と言っているのだが…」

 

取りつく島もないとはこのことだ。声の主は理解した。彼女には最早、何もないのだ。すでに自分の力の象徴である悪魔をその身から引き剥がされ、目的も見失い、ただ泡沫の如く浮き漂うように目の前の現実を受け入れ始めている。

 

(まずは、彼女から興味を引き出すことから、か)

 

そう考えた声の主、ニュートンは、自らの肉体と同じ姿をとった思念体を作り出す。そして、改めて、仙都木阿夜に声をかける。

 

「ふむ。それじゃぁ、ここからは僕の独り言だ。反応するか、否かはそちらに任せるよ。」

「……。」

 

仙都木阿夜は最早何も話さない。すでに言うべきことは言ったと判断し、これ以上、話に付き合う必要はないと感じたからだ。

 

「全ての始まりは150年前、そこである一つの大きな戦いが起こった。一人は英雄と呼べる男であり、一人は怪物と呼ぶべき男だった。彼らの戦いは三日三晩にまで渡り、その3日後の夜ついに決着がついた。」

「……。」

「勝者は英雄。英雄は見事に怪物を叩き伏せ、その場を後にした。この話、君はよく知ってるんじゃないかな?今じゃ、日本人なら、誰でも話くらいは耳にするモノだからね。」

「……。」

 

仙都木阿夜は答えないが、たしかに覚えはある。子供の頃、何度か触れた童謡などできいたことがある話だ。ある一人の日本人(・・・)の話。

 

「物語の方じゃさ。ここで英雄の方はその戦いの後に、最期の戦いに赴いて、壮絶な死を遂げ、怪物の方はそのままひっそりと死ぬ。と言われてるわけだけど、実際はそうじゃない。この話には続きがあったのさ。どんな続きか気にならないかない?」

「……。」

 

独り言だと言っていたくせに話しかけてきたが、それに対して、仙都木阿夜は特に苛立ちもせずに静かに事の成り行きを見守るように立つだけだった。やはり、ここにきても、阿夜には興味はなかったのだ。

 

「英雄の方は、確かに物語通りの死を迎えた。だが、問題は、怪物の方だ。こちらはなんと…

 

今も生きている。」

 

「……。」

 

 

衝撃の事実という風に言葉を締めくくるその少年に対し、阿夜は眉間にシワを寄せる。話に興味が出てきたというよりも、一体、この少年は何を言いたいのかが分からない苛立ちによるものが大きかった。

 

「まあ、アレを生きていると言っていいのかは疑問なんだけど、と言うか僕だったら絶対ゴメンだね。あんな姿(・・・・)。…と、なんだい?ようやく、興味を持ってもらえたのかな?」

「……。」

 

苛立ちを抑えた殺気混じりの視線であるが、少なくとも、先ほどのようにそっぽは向かずに少年に向き合っていた。

 

「だが、ちょうどいい。ここからがクライマックスだからね。その怪物の生死、それこそが現在のこの世界の異常性(・・・)を示しているんだよ。」

「世界の…異常性だと?」

 

ここでようやく阿夜は声を出して、興味を示した。

 

「聞くけどさ。君、以前の絃神島での戦いの時に『闇誓書』と呼ばれる魔導書を使って、この島を全く別の異界に変えて、異能を無効化することができたそうだね?」

「それがどうした?」

「だっていうのに、おかしくないかい?君の目の前には一人、かなり制限された状態ではあったが、異能を使うことができているヤツ(・・・・・・・・・・・・・・・)がいただろう?」

「っ!?」

 

聞いて思い出すのは、一人の存在だ。褐色の肌と白い髪、赤い外套がトレードマークの男。あの男は、苦しんでいる様子ではあったが、確かに能力を使えていた。

そうだ。思えば、不思議だったのだ。自分は魔女だ。魔女とは知識を蓄えるモノ。叡智をその身に宿すモノ。たとえ、価値観が違おうとも魔女たちのその本質だけは変わらない。だというのに、あの時確認した異能は、そう。あの異能だけはどんな系統の能力にも当てはまらなかった。

過適応者(ハイパーアダプター)という人種がいる。彼らは、魔力も呪力もなんの触媒も使わずに異能を使える存在だというので、彼らならば、もしかしたら、その世界の法則にさえ逆らえるのではないかと思った。だが、それにしては、魔力のようなモノを感じなかったし、何より、魔女たる自分の直感が囀っている。アレは、そんなチンケな能力じゃない、と…

 

「…ふむ。君も薄々感づいていたようだね。彼の異能は君の知っている異能とは全く性質が違った、と…そう。その通りさ。君の考えている通り、彼の…いや、僕ら(・・)の使う異能は性質が全く異なる。まあ、とは言っても、僕らの異能は最早、かなりそちら側に(・・・・・)寄ってしまっているが…」

「……!!」

 

眉間にシワを寄せ、ニュートンを睨みつける。そこには最初抱いていた無関心などは最早なく、次の答えはその視線で求めていた。

 

「ようやく興味を持ってくれたか。では話そう。いったいこの世界で何が起ころうとしているのかを」

 

ーーーーーー

 

「っ!?」

 

ニュートンがヴォーパルの剣を掲げてからというモノ、戦闘はこれ以上ないくらい一方的に進んだ。

ニュートンが放つ攻撃をいっそ華々しいほどに受け続けたナーサリーは全身がボロボロだった。

 

「案外呆気なかったね。拍子抜けするほどだよ。」

「……っ!」

「そろそろ終わりにしよう。いつまでも見られる夢など存在はしない。夢は、もう覚める時間だ。」

 

(覚める…)

 

その言葉が彼女、ナーサリーライムの中で響き渡る。彼女の特性は自分の契約したマスターによって、その能力と外見、性格までも大きく変わることにある。

紆余曲折して、那月をマスターとし、彼でも彼女でもなかったモノは、彼女になった。那月の夢になったのだ。

ナーサリーは、いや、那月がつけた名に沿うならば、アリスは、彼女自身は何も自覚がないままだったが、その言動には以前と明確に差異がある。彼女は那月の夢だ。那月がもし、こうあれたのならばと願った夢。人並みの少女として青春を謳歌し、いつか大人になるというありふれた、だが、決して叶うことのない夢だ。

 

普通に成長したい(・・・・・)。何も、世界の闇も、血も知ることもなく、普通に生きたかった。そう胸の奥底で願う那月がマスターだからだろうか。サーヴァントは不変のはずだというのに、時間が経つごとに、言動はわずかに大人びていき、今は、ほんのわずがだが、身長も自分のマスターより伸び始めているのだ。

 

「それは、嫌だなぁ…まだ、おしまい(・・・・)にしたくない。」

 

物語はその結末を見せてこそ、その作品の真価を相手に見せることができる。物語自身そのモノであるナーサリーライム(アリス)にとってそれは許容しがたいモノだった。まだ完結もしてないうちに筆を置かれれば、読者からは悲しまれ、非難されつづけるしかない定めにあるのが物語というモノだ。

 

だから、まだ、おしまいにはしたくない。

 

「しょうがないな。ああ、しょうがない。すべてを出し尽くさないにしても今の私の能力をもう少し、出さないとあなたには勝てないみたい…」

「…?」

 

「それじゃあ、行くよ。」

 

その言葉とともに、アリスは闇に溶ける。

 

「なんだい?今更、霊体化なんて、そんな能力じゃ僕は倒せないよ。」

 

そっと、目を閉じて、辺りに意識を集中させる。そして、即座に目を開き、

 

「そこだ!」

 

キャスターが叫ぶと共に一つの魔術を放つ。

当たった。手応えを感じたキャスターは微笑を浮かべながら、近づいてくる。

 

「物理には干渉されない霊体化も魔術的に霊体に対応しているモノを使えば、この通り、攻撃できるというわけさ。最期がまさかこんな終わり方をするなんてなかなか情けないサーヴァントだね。」

 

スタスタとアリスに近づき、勝利を確信した笑みを浮かべる。そして、最期に自分が攻撃したものが敵であることを確認するために、顔を覗き込む。だが…

 

「なに?」

 

そこにいたのはアリスではなく、自分が先ほど相手をしたトランプ兵だった。

しかし、そのことに対して、思考をする時間は与えられなかった。次いで!即座に攻撃(・・)が来たからだ。

 

「!!?」

 

ドゴッという打撃音が響く。キャスターはそれに対して、防御が間に合わず、モロに衝撃を受けて仰け反ってしまう。

膝を着きながら、前を向く。そして、彼は今度こそ正真正銘の驚愕を胸に抱きながら、前を向く。

 

(馬鹿な!霊体化はあらゆる物理現象を無効化する代物だ。それは当然、自らの攻撃という物理現象も含めての話。だが、このサーヴァントは今、全く姿を見せない状態で攻撃を仕掛けてきた!)

 

それに類する宝具はあるのかもしれない。だが、もしも、このサーヴァントがその特性を持ってしまった場合、非常に厄介なモノになってしまう。だから、その予感は当たって欲しくなかった。

 

『ねぇ、耳から耳まで届く笑いって、どんなモノだと思う?』

 

ふと、そんな言葉が聞こえてくる。

 

『それは狂いからくるモノ?楽しみからくるモノ?侮蔑からくるモノ?それとも、余裕からくるモノなの?』

「なんだ?何を言って…」

『質問よ。質問なの。私はまだ子供だから、あのひとの夢である『普通の大人』にまだなれてない。だから、いっぱい勉強しなきゃいけないの。

ねぇ?キャスター、貴方を倒せば、私は果たしてその笑みが勝利からくるモノなのかどうなのか分かるんじゃないかしら?ええ、きっとそうよ。だから、

 

ここで私に倒されてね。キャスター。』

 

その発言を皮切りにニュートンは全身から冷や汗を滝のように流した。

即座に理解したからだ。自分の周囲に軽く40は超えるほどの殺気の波が立ち、だが、その殺気を流しているモノたち全てが不可視だということを理解したのだ。

 

ーーーーーー

 

「ふん。」

 

つまらなさそうな呟きとともに那月は空中に魔法陣を作り出し、その魔法陣から戒めの鎖(レージング)を放つ。

 

「はぁ!」

 

その鎖を持ち前の身体能力で紙一重で躱しながら、その都度、ガンドの攻撃を加える。その様子に那月は舌打ちする。

 

(先ほどからこれの繰り返しだ。あの女、私が鎖で攻撃しようとも避けてガンドを放つか、体術を使うかのどちらかのみ。決め手があまりにも欠けている。それは私の方も同じことではあるが)

 

不気味さからどうしても一歩退いたような攻めの仕方で戦闘を行っている那月。この流れを変えるには自ら打って出るしかないと分かってはいる。ただ、やはり、もうすこし、今の状態で敵の能力の分析を行いたいという欲が出てしまう。

 

(流石に我慢の限界だな。もう少し能力を使って…いや…)

 

と、ここで辺りを見回す。

 

(そういえば、そうだな。あまり戦闘として使ったことはないから失念していたが、使ってみるか。)

 

彼女はそう考えたと、またも魔法陣から鎖を召喚させる。その場所は、ちょうど恵莉の足元だ。それを跳躍することで、軽々と避ける恵莉。

だが、そこからさらに中空に魔法陣が召喚され、攻撃を開始する。身を捻ることでそれを避ける。そこから次々とただただ避け続けていた。

そして、十数回ほどその回避を繰り返したところで恵莉は思考をめぐらせる。

 

(戦闘のパターンに大きな変化はない。だけど、僅かに戦闘のリズムが変わってる。流石に焦れてきた?いや…)

 

それはない。見た目こそ、少女だが、目の前のこの魔女は歴戦の強者だという話だ。この程度で焦れては歴戦は名乗れまい。

 

(だとするなら、コレは…どこかに誘導されてる!?)

 

気づいた時には遅かった。背中に硬い感触を感じた。最早、見るまでもなく、それは壁だ。辺りを見回せばそこにも壁があり、唯一壁がない正面には鎖の蛇の大群が配置されていた。

三方に壁、前方には鎖の蛇の大群。それを認識した瞬間、鎖は一斉に自分の元まで突っ込んできた。

 

ズドドドと次々に突き刺さる鎖。その姿を見ながら、那月は言う。

 

「ここをどこだと思っている?私の術式、監獄結界の内部だぞ?貴様らよりも私の方が内部の事情に明るくて当たり前だろう?」

 

彼女はそう言うと、距離を詰めすぎないように遠目からそれを確認しようとする。

 

(仕留めたか?いや…)

Es ist gros,Es ist klein(軽量、重圧)…」

 

瞬間、傍らの壁から魔術の詠唱らしき声が聞こえてくる。その声が聞こえてからすぐに、その場を離れようとバックステップをしようとする。だが、遅い。彼女が次のアクションを起こす前に、目の前にはいつのまにか移動していた恵莉の姿があった。

姿を確認できた瞬間、腹部に衝撃が走る。恵莉の拳が那月の体を貫いているのだ。

 

「ぐっ!?」

 

血を食いしばった口から漏らし、2、3歩後退する。

その様子を見ていた恵莉は少し意外そうに目を見開き、その後すぐにどこか納得したように目を細める。

 

「その血。あなた南宮那月本体ね。そうよね。いくらなんでも早すぎた。あなたの空間魔術をフルで使ったところで空港からここまでは30分ほどかかっていたはず…それを五分たらずにするにはどうやってもそういう裏技が必要だものね。いえ、そもそも、この魔術の特性上、あなたは結界が現出した時点で起きなければならない(・・・・・・・・・・)のかしら?」

 

恵莉の問いを無視して、那月は先ほどまで恵莉が立っていた三方が壁に囲まれている場所を見つめた。

その床には、大きな穴が開けられていた。

 

(私の監獄結界に傷をつけたか…それ自体はそこまで不思議ではないが、だが、ヤツは…)

 

異能に対して非常に強い耐性を待つ監獄結界、傷をつけることとて、容易ではないはずだ。だというのに、監獄結界の穴はそのさらに下の床まで貫通し、結果、床を三枚ぶち抜くという事態を引き起こしている。

 

(やはり、私の予想は正しかった。この女、自分の能力を今まで隠しながら戦っていたわけか。)

 

目の前の敵の脅威を再評価し、だが、その上で、那月は勝てると断言できた。戦ってみると分かる。この女は確かに非常に強力な戦闘能力を持っているのだろう。おそらく、自分のよく知る格闘チャイナ教師にも単独で迫れるはずだ。

だが、絶対的に経験が足りない。おそらくは元々が学者肌なのか、表に出るタイプではなかったからなのか、経験の差は判断に差を招き、行動に起こすための判断力を僅かにかけさせている。だが、これは逆に言えば…

 

(経験さえ補うことができれば、この女は更に厄介な存在になる。指揮者的な意味でも、戦士的な意味でも…)

 

だからこそ、今この場で倒しておかなければと考え、手に持つ扇をスッと恵莉の方へと差し向けた。

 

「!」

 

その瞬間、那月の背後の虚空から、鎖が召喚され、真っ直ぐに恵莉へと向かっていった。それ自体は今までと何か変わるわけではない。だが、問題はその速さだ。

明らかに先ほどよりは倍は速い鎖群が一斉に自分の方へと向かってきた。

 

(っ!なーるほど、さっきまで本気を出してなかったのは私だけじゃなかったってわけね。)

 

鎖の群体に苦戦し、押され気味になる恵莉。だが、これはいい(・・・・・)と恵莉は考えた。

 

(ええ、さっきの『キャスター』の話を聞けば、これは良いと言える状況のはず!)

 

ーーーーーー

 

それは、那月と本格的な戦いを始める少し前のことだった。

 

(わざと苦戦する?)

(ああ、これから仙都木亜夜を勧誘するにあたっては、こちらに時間がないことをアピールするべきだろう?ならば、こちらがある程度苦戦しなければ、あちらとしても余裕があると判断するだろう。)

(そもそもの話、この監獄結界は異能を封印するものなんでしょう?絶賛、収監中の囚人がこちらの状況を把握できるとは思えないけど?)

(いーや、そうとも言い切れない。何せ、あの魔女さんは、一度この監獄結界を脱獄した身だ。まぁ、それを考えるなら、この監獄結界のもっと奥に彼女を収監しているはずだから、マスターの考えてる通り、こちらを把握できていない可能性の方が高いんだけど…)

(念には念を押しておくべきだと…)

 

ーーーーーー

 

その話を聞き、一理あると判断した恵莉は苦戦している状況を演出しようと考えたのだ。だが、今のこの状況は演技というよりも、素で苦戦しており、狙い通りの『苦戦』とは言い難かった。

 

(こっちも後のこと気にせず、本気を出せるなら、何も考えることなくいけるんだけど、ううぅ…)

 

彼女の家、遠坂家は宝石魔術の名門と言われていた。宝石魔術とは言うまでもなく、宝石を使った魔術だ。使用された宝石は当然の如く、それ以上使用することはできず、つまり、この宝石魔術、非常にお金がかかるのだ。

 

(アインツベルンと協力関係にある以上、いざとなったら、あそこから借り受けられるって、契約にはなってるけど、なんか嫌なのよね。あそこの宝石使うの…呪われそうな気がして、でも、ううぅ…)

 

故に彼女が本気を出すと言うことは、それ相応の覚悟をしなければならない。

命よりも先に自分の財産がパーになると言う覚悟を!

そして、そんな必死さは百戦錬磨の魔女にも伝わった。

 

(ふむ。本気を出そうとしても、今は出せないと言うところか。なるほどな。今はまだ、私に奥の手を見せようとは思っていないと…)

 

戦略的な思考だ。ただ、ことこの場において言うのならば、非常に正しい思考の仕方。もっとも、当の恵莉はというと、自分のお財布事情をただひたすらに頭の中で巡らせて、思考に図っているだけなのだが…

 

(ううぅ…どうするの!?どうすればいいの!?)

 

ーーーーーー

 

暗がりの中、その詠唱が響き渡る。

 

「素に銀と鉄。 礎そに石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

それは合図だ。この世界に対する反逆の合図だと、その詠唱主である仙都木は考える。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻ときを破却する。」

 

この結界にて永劫漂いながら、人生を終えるものと考えていた。だが、違った。あの子供の姿をした賢人に言われたことを聞き、自分はここで立ち尽くすべきではないと思った。

 

「――――告げる。

汝なんじの身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

そうだ。もし、事実(・・)ならば、このままいけば、この世界に後はない。

 

「誓いを此処ここに。

我は常世とこよ総すべての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷しく者。」

 

その呪文通りに自分はこの世界の善となろう。そして、総ての悪を敷いてみせよう。それこそがこの世界の真実。この世界をあるべき姿へと戻す第一歩。

 

「汝三大の言霊ことだまを纏七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

最後の詠唱を終えた瞬間、阿夜は思った。

 

(そのための一歩として…いいだろう!貴様らを利用してやる!英霊共!!)

 

ーーーーーー

 

暗がりの中でその詠唱が終わった瞬間、それは起こった

 

光が自分たちを包んだ。温かなそれでいて、無慈悲な光が自分たちを包んできたのだ。それが一体なんなのかと理解する間はなかった。ナーサリーは、光に照らされた瞬間、自分が召喚したはずの透明な群体とトランプ兵たちを焼き尽くされた。ジャバウォックを急いで召喚しようとしたが間に合わない。それは一瞬でナーサリーの体を包み込み、吹き飛ばした。

ついで那月もそれを見てその光に対して防御体制を取ろうとする。だが、無駄だった。衝撃を伴った光が那月を包み、そして、叩きのめされていた。

 

ーーーーーー

 

時は五分(・・)ほど後へと飛ぶ。

それは突然だった。那月は何が起きたかすら理解はできなかった。

 

戦況は優位だったはずだ。

心情的にも自分も、そして自分の使い魔たるサーヴァントも確実に優位な状況にいたはずだ。だというのにそれを一瞬にして塗りつぶされた。自分も自分のサーヴァントも地面に仰向けに倒れていた。自分はいくらか出鱈目な人物だというふうに裏の世界では名が通っているが、それを超す出鱈目ぶりだ。

 

「な、何が、あった?」

 

ゆっくりと仰向けになっている首を持ち上げて周りを確認する。ここ最近よく怪我をする。こんな生身の体でしか得られない経験、自分には最早縁のない代物のはずだったせいか、いささか以上に傷の痛みを激しく感じ、顔を顰める。

だが、それを我慢してなんとか顔を上げる。するとその視線の先の上空にそれを見た。

 

「ーーーー。」

 

美しかった。こんな状況だというのに、自分は上空にあるソレに思わず見惚れてしまった。例えるなら、エイとクラゲを合体させたようなUFOと言ったところだ。アレには明確な意思を感じる。なのに、UFOという例えは少し不適当なのかもしれないが、そう思ってしまった。

そんな彼女の傍から子供の声が聞こえてくる。先ほど、自分のサーヴァントを相手にした子供とは別の子供の声だった。

 

「ご苦労様。召喚されて早々申し訳ないけど、仕事を果たしてくれてありがとうね。」

 

その言葉から那月は察した。

その声の主こそが不意打ちとはいえ、自分たちをここまで追い詰めた怪物たちの主人なのだと…

 

「貴様、何者だ?」

 

その子供に睨みをきかせながら、なんとか体を起こして質問する。

その睨み顔に対し、毛ほども恐怖を感じることなく、その子供は言った。

 

「僕かい?僕の名前はね…」

 

ーーーーーー

 

そして現在、来客の気配を感じたアーチャーはほんの僅かに眉を釣り上げながら地平線の彼方を見つめる。その姿を怪訝そうな顔つきで見る古城たちを他所に、自分の背後にいる主人に対して声をかける。

 

「夏音、すでに察しているとは思うが…」

「先ほどからこちらに来ている少しおかしな気配のこと…でしたか?」

「ああ、流石だ夏音。」

 

最もアーチャーにとっては馴染みのある気配だ。その気配を感じた瞬間から、エミヤ(・・・)は今や遠い過去となった思い出を頭に巡らせる。

 

「…昔から、当たりたくないと思った予想ほど、よく当たるものだ。常に最悪を想定するのが戦の鉄則だが、これは流石に最悪にすぎるな。

 

全く、ムカつくことだ。」

 

それは自戒にも似た怒りの吐露だった。

 

一番最初におかしいと思ったのは、あの時だった。あの波朧院フェスタが開催されるその前日に自分は叱咤されるような殺気を感じ取っていた。

だが、ここがおかしかった。なぜ敵に対して叱咤を送る(・・・・・・・・・・・・)?敵とは必ず殺すべき存在。隙があるならば、そこを迷いなく攻めるべきだ。叱咤を送ってしまえば、かえって隙がなくなってしまう。最初はセイバーやランサーが腑抜けた自分に対して、送ったものかと思ったが、違った。二人の殺気を言い表すならば、一人は重岩を押しつけられたような殺気、一人は牙を突きつけるような殺気だった。

あの時感じた殺気は、なんと評すればいいのか…例えるならば、極上のステーキを目の前に出された瞬間に出す飢餓感にも似た殺気だった。

 

それでいてどこか懐かしくも感じた。

 

「ああ…そうだ。」

 

ランサーと戦った時もそうだった。ランサーはこの世界に対して、己が考えを自分に対して、言っていた。そんな中で、自分は最も可能性が低いと思っていた事項を真っ先に思いついて、それを頭から消し去ろうとした。

最も可能性が低いと言ったわけはその相手の体質にある。本来なら間違っても英霊になどはなり得ない存在だ。むしろ、その逆に位置する怪物。それがアイツだ。

 

「そんなことはあり得ない…と、そう思っていた。あり得てしまったら、俺はとんでもない間違いを犯したことになる。例え、それがどこぞの誰かが起こした過ちだったとしても、原因となったのは間違いなく俺たち(・・・)だからな。」

 

だが、否定する材料がないうちにどんどん確信だけが深まっていき、ついにはアイザックニュートンとの一対一の戦いの際にある組織のある人物に対して、こんなことを考えていた。

 

(……いや、アイツのことは今いい。考えるべきことではあるかもしれないが、今考えている場合ではない。)

「そうだ。あの時から、もうとっくに、答えを出ていた。」

「シェロ兄さん?」

「なぁ?そうだろう?」

 

飛来してきた怪物たちの姿を見る。まだ遠くにいるが、遠目でもよくわかる。

彼らとはよく戦いあったから(・・・・・・・)。あの冗談のようなメイド型ロボや、鯨のような外見とサイズをした犬。それらが急速に近づいてくる中でその名前を読んだ。

 

ーーーーーー

 

「僕かい。僕の名前はね。」

 

にっこりと笑いながらも、少し親しみを感じさせない殺気を流しながら、少年は名前を口にした。

 

「「メレム・ソロモン」」




全く予想してなかった。とか、ふざけんなとか思う人がいるだろう。でもこれからが本番だ。
これからさらにこの物語は混濁していくんです。
お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。