ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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お久しぶりです。いや、長かった就職活動も終わりを迎え、そして、いざ、小説を書こうと思えば、今度は学業に追われ、となんだか大変でしたが、なんとか書けました。よろしくお願いします。


錬金術師の帰還V

「天塚汞…」

「ああ、よろしく!」

 

まるで、友人にでも交わすかのような気軽さで、挨拶をしてくる天塚のその態度に、ますます怒りを露わにする

古城がつぶやく横で、ライダーは、小言で頭の中に浮かべていた疑問を吐き出した。

 

「古城。よろしいですか?」

「…?なんだよ。ライダー。」

「先程から感じているのですが、あの男、若干、サーヴァントと似た雰囲気を漂わせています。」

「っ!?」

 

振り向きそうになる首を必死で制止させながら、ライダーの言葉に古城は耳を傾けながら、答える。

 

「どういうことだよ?」

「私にも詳しいことは…ただ、あの男、先程から常人ならざる気配に満ち溢れているというか…」

「何を、ごにょごにょと喋っているんだい?」

 

と、天塚から声が出た瞬間に、古城は先程の怒りがぶり返し、再び鋭い目つきとなって、天塚を睨む。

 

「一応、聞いとくけどよ。浅葱をやったのは、てめえか?」

「…浅葱っていうのは、そこにいる少女のことかい?…ふむ。別に僕に聞かなくても、すぐにわかるんじゃないのかな?何せ、

 

君たちはすぐに彼女に会えるんだからね!」

 

腕を金属に変え、その金属をアイスピック状の形態にして、古城たちに向けて差し向ける。その攻撃を雪菜が瞬間的に雪霞狼を突き出して、その攻撃を防ぐ。

 

攻撃を雪菜が防ぐと同時に、古城は、右手首を掲げる。すると、そこからは血の霧が吹き出し、血は見る見るうちに黄色く輝く雷光となる。雷光が獅子の姿を取った瞬間、雷光の獅子が突進する。だが、それを大きく横飛びをする事で躱しながら、天塚は銀の鞭を古城に向けて振るう。

だが、古城に意識を向けたその瞬間を見逃すライダーではない。ライダーは天塚は鞭を振るう瞬間、後ろに回り、天塚の首に向けて剣を払おうとする。

 

殺った(とった)!!)

 

勝利を確信したライダーは一切速度を緩める事なく、剣を振るおうとする。だが…

 

ギン、と鈍い音がする。その音はライダー、そして天塚(・・)にとって予想外のモノだった。

 

「なっ!?」

 

なんと、天塚は背中から冷やした銀の棘によりライダーの攻撃を防いだのだ。後方に下がり、様子を見ながら、ライダーは確信していた。先程の攻撃は天塚では絶対に避けられない攻撃だと、だが、天塚は反応した。まるで、自動的に反応する『自らの聖剣(アスカロン)』と同じように…

 

しかも、それだけではなく、その変化に対して何より天塚自身が驚いている。つまり、彼にとってもこの事態は予想外の出来事だったのだ。

 

「アイツめ、性能を良くしたとは言ってたが、こんな化け物じみた姿など頼んだ覚えがないぞ!」

 

それも驚きの中にかなりの怒りを抱えている。妙だと考えたライダーは直球で(・・・)質問した。

 

「…一つ聞きます。天塚汞。貴方は最近、誰か奇妙な力を持つ者と接触しましたか?」

「……!」

 

答えはせずともその質問に天塚は大きく反応してしまった。そして、それだけで、彼は直感し、理解した。

 

「なるほど…古城!どうやら、彼はサーヴァントと接触した確率が高い。このまま倒すのは私とあなた方がいれば、簡単でしょうが、なるべくならば、生け捕りに……!離れて!!」

「えっ…」

「っ!?」

 

ライダーの言葉に素早く反応した雪菜は、古城袖を引っ張る事でその場から離脱させる。

 

バキンという何かが折れ、砕けるような音が響き渡る。その音の正体は理解できずとも、それが何か危険な前触れだという事は理解させられた。

 

「あ…ああああぁあ!!」

 

音が響き渡ると同時に、悲鳴が上がる。軋むような音ともに天塚の体が見る見るうちに金属色に変形し、銀色の流体と化していく。そして、天塚の体が完全に人間の体をなくし、スライムのような一個の塊と化していた。

 

「何だ?こいつは…」

 

絶句している古城に向けて銀の物体であるそれが触手を伸ばすようにして、銀の鞭を差し向ける。銀の鞭を後ろに飛ぶことで躱した古城は考える。

 

(どうする?こんなんじゃ、手加減なんてできやしない。)

 

第四真祖の力などという傍迷惑な力を受け継いだときから、ある程度の覚悟はできていた。あれだけの大破壊を巻き起こせるアレらを持つ以上、少しでも巻き込まれてしまった場合、死んでしまう人間もいるのではないのかと想定し、これまで戦ってきた。だから、いつかはそういう(・・・・)事態が起こってしまうのだろうと覚悟してきた。でも、いざその自体に直面してしまうと…やはり、覚悟がぐらついてしまう。

 

「先輩!?」「マスター!?」

 

その迷いを察した二人から言葉を投げかけられ、言葉を発すると同時にこちらに駆け寄ってくる。先ほどの怪物が、狙いを澄ました銀の触手を鋭利な棘へと変貌させ、突き出してくるのが見えた。古城の胸にソレが触れようとした瞬間、姫柊は前に出て槍を構える。だが、古城は姫柊が前に出た瞬間、今までの迷いを消し去り、手を怪物へと突き出す。

咄嗟のことだった。このままでは姫柊が危ないと思ったこと、そして、浅葱を殺したことに対する憎悪と殺意が混ざり合い、古城は咄嗟に手を突き出した。

 

突き出された手から一気に血の霧が溢れ出し、そして、彼は叫ぶ。

 

疾く在れ(きやがれ)!!龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)!!」

 

言葉とともに、銀色の双頭の龍が姿を現わす。銀色の龍蛇はその底がない口を大きく開け、同じく銀色の化け物に対して、突進していく。勝負になどならなかった。この龍蛇の能力、それは次元喰い(ディメンジョン イーター)あらゆる物質、概念を次元ごと食うことにより絶対的破壊を巻き起こす。故に、龍蛇に牙を立てられた水銀の化け物は一瞬にして、その姿を虚空へと消した。

 

後になって、急激な脱力感を感じた古城はその場で片膝をつく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

それは肉体的な疲労ではない。人の形をしたものを消し去ったという事実に対する精神的な疲労だった。今までこの男は人が死なないように細心の注意を払いながら戦い続けてきた。だが、ついにやってしまった。その感覚が古城に押し寄せ、疲労感を生み出していた。

 

「大丈夫ですか?先輩…」

 

ずっとその目で古城のことを見てきた雪菜は、そっと駆け寄り、言葉をかける。それを聞いた古城はゆっくりと立ち上がりながら、こう答えた。

 

「ああ、大丈夫だ。」

「…古城、あまり無理をなさらない方がよろしい。殺すという事実は中々に耐えがたいものがあります。たとえ、それがどのような悪人であろうと…」

 

この場で誰よりもその痛みを理解しているライダーは心配げな眼差しとともに古城に言葉をかける。

 

「いや、本当に大丈夫だ。正直、ある程度の覚悟はしてたからな。」

「そうですか。ですが…ん?」

 

とここで、先ほどの雷やらなんやらの爆音で耳が機能しなかったライダーの耳にある音が聞こえ始める。

 

「っ!?…これは!?古城、どうやらそう悪いことばかりでもなさそうです。」

「えっ?」

 

先程から、言葉らしい言葉が一切出てこない古城を置いて、ライダーはそちらへと顔を向ける。そちらとは、浅葱が血を流しながら倒れている大地の方向だった。

 

「ん…んん…」

「あ、浅葱!!」

 

その呻き声を聞いた瞬間、飛び上がるようにして浅葱の方へと向かった古城は駆け寄り、少し離れたところで立ち止まる。

 

「お、お前、大丈夫なのか?」

「はぁ?大丈夫って、一体、何のこ…って、うわ、何この血!?」

 

起き上がった浅葱は、今更ながら、その自らの惨状に目を剥く。一方の古城はともすれば能天気にも見える浅葱の反応にホッと一息をつき、

 

「はは、何だ?これ…」

 

震えた声でそう口にするのだった。その様子を後ろから見ていた雪菜とライダーはわずかに口元を綻ばせ、浅葱は訳も分からず、ただ呆然とするのだった。

 

ーーーーーー

 

「とりあえず、その服、どうにかしないとな。いくらなんでも、その格好で帰るのはまずいし…」

「そ、そうね。」

 

傷をつけられた部分は腰から胸にかけてバッサリと刃物でやられたような傷が広がっていた。つまり、そこに着ていた服もバッサリと行かれている。今は、古城のパーカーを上から羽織ることでなんとか対処してはいるものの、流石に、このままで帰らせるというのは抵抗がある。何より、先程襲われたばかりなのだ。こう言っては何だが、浅葱の家よりも古城の家の方がまだ安全が確保できるだろうと古城は考えている。

 

「それにしても…あの、聞いてもいい?」

 

すると、浅葱は少し小声になりながら、古城の方へと肩を寄せる。

 

「何だよ?」

「いや、さっきさ。なんか、余りにも場違いな鎧姿の男があんたたちの後ろにいなかった?」

 

その問いかけにビクッと肩を揺らす古城と雪菜。

 

「さ、さあ?気のせいじゃないか?きっと、なあ、姫柊?」

「ええ。あの場には私と先輩と藍羽先輩しかいなかったはずですし…」

「えぇ…そうだったかしら?」

 

今更ではあるが、サーヴァントは本来ならば、一般人の目に触れていい代物ではない。いや、まあ、だったら、何であんなに大々的にアーチャーとセイバーは戦ったのか?と突っ込まれるだろうが、あれの方が本来異常事態なのだ。

ライダーは未だ姿を大々的には晒していないという都合上、余程の事件の関係者でなければ、彼は姿を露わにしないようにしている。だが、ほんの一瞬、古城がほっとしたことに対し、胸をなでおろした瞬間が隙となり先程誤って、浅葱の目に写ってしまい、慌てて浅葱の視線が外れた瞬間を狙って姿を消した。現在は霊体化して古城の二メートル後ろを歩いているのだが、そのことに浅葱は気づかない。

 

「まあ、いいわ。とりあえず、着替えをどうにかしないと…というわけで、悪いんだけど、よろしくね。古城。」

「ああ、分かった。」

 

ーーーーーー

 

古城たちの住まいに入った浅葱は、まずシャワーを借り、体に付いている地を洗い流そうと考えた。

 

「〜♪」

 

鼻唄混じりにシャワーを前進へと浴びせる浅葱。すると、胸の中心あたりにどうしても取れない汚れが付いているのが見えた。

 

「?何、これ?」

 

いや、汚れではない。よく見ると、それはルビーのように赤く輝き楕円状に丸みを帯びた宝石だ。宝石が自分の体の中に埋まっているから、取れないのだ。

 

「…って、あれ?」

 

そのことを理解してすぐ、彼女は自分の重心が失われていくのを感じた。そして、彼女の意識はそこで完全に途絶するのだった。

 

場面は変わり、そのシャワー室がある住居の台所にて、古城はコーヒーを啜っていた。現在、ライダーはこの部屋で霊体となって古城の身の回りを見てくれていた。その彼から、先程、浅葱が寝た後に話し合いをするように提案を出された。雪菜がいない間、どのようにして古城を護衛するかについてだ。

雪菜を交えずにその議案が出されたのは、彼自身が聖人であるからこその願いからだった。

彼は聖人だからこそ、人々の日常というものがなによりも尊いのだと理解している。だからこそ、今度雪菜が行くと言っている修学旅行を邪魔するのはどうも気が引けたのだ。

 

(とりあえず、浅葱を寝かせてからライダーと今後の方針を決めなきゃな。)

 

考えながら、周囲を見渡すように目を配らせ、台所の出入り口に目を向ける。そこには

 

全身真っ裸のまま風呂から出てきた浅葱の姿があった。

 

「ぶふっ!!」

 

思わず、口の中にあったコーヒーをぶちまけながら、吠えるようにして言葉を投げかける。

 

「なっ、何してんだ!?お前はっ!?」

「ん?その魔力…吸血鬼、いや真祖か。すまぬが、ここがどこなのか説明してくれぬか?」

「はあ?何言ってんだ。お前?風呂に入りすぎてのぼせでもしたか?」

 

彼女が気を失っていたのは、あの血だらけだったとき以外になく、この部屋に入ってきた時はすでに彼女の意識は覚醒していた。それも今さっきのことだ。ボケでもしなければ、覚えていないはずがないのだ。

 

だが、目の前の彼女は至極真剣な表情でこちらにここがどこなのかを聞いてきた。タイムスリップにあった戦国の武将が一体どこに来てしまったのかを尋ねるような表情で彼女は聞いてきたのだ。

そのことに違和感を感じた古城は、改めてその目の前にいる浅葱の姿と声をした少女に問いかけようとした。

 

「お前、一体どうしち…」

 

すると、そこで言葉が切れた。突如として、ライダーが古城の前で霊体化を解除して、目の前に出現し、庇うようにして立ち塞がったからだ。

 

「お下がりください。古城。あなたは一体誰なのですか?」

 

いきなり人間が登場したことと、直球すぎる質問がきたことで、浅葱の形をした少女は多少、面食らった。だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、目の前に現れた存在に対して、冷静に分析し始めた。

 

「先程から妙な気配があったと思ったが、この気配、天使、いや悪魔?いずれにせよそれと同等の霊基を持った存在か。驚いたな。あのような存在が現世に現れ、こうして言葉を交わしてくるとは…とその前に自己紹介だったな。」

 

そこで一呼吸置いた少女はすうっと息を吸い、胸を張りながら宣言した。

 

「我が名はニーナ・アデラード。錬金術にて不死を会得した唯一にして無二の錬金術師だ。よろしくお願いする。真祖の少年に精霊に近しき神秘なる存在よ。」

 

ーーーーーー

 

「つまり、あんたが浅葱を助けてくれたってことか?」

「そうだ。天塚にやられた傷は存外に深くてな。私の錬金術でも即座に治癒するには私自身の意識をこちらに投影させ、なおかつ、この娘に賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を寄生させる形で傷口を補填しなければとても間に合わなかった。お陰で、娘が天塚に狙われる理由が二重に出来上がってしまったわけだが…」

「いや、そもそも、あんたがいなければ、浅葱はここにいることさえできなかった。改めて礼を言わせてくれ。と、そうだ。あんた、ニーナ=アデラードって言うんだよな?」

「そうだが?」

 

その名に古城は聞き覚えがあった。確か、天塚汞の師匠が同じ名前をしていた筈だ。そのことを理解した古城は即座に頭を下げる。

 

「その、すまなかった。」

「ん?」

「いや、その…告白しちまうと、俺、天塚を殺しちまったんだ。確かあんたの弟子だったんだろう?」

「?何を勘違いしているか知らないが、ヤツはまだ生きているぞ。」

「え?」

「やはり、そうでしたか…」

 

呆然とする古城と納得した表情を浮かべるライダー。そのライダーの反応を訝しんだ古城は尋ねる。

 

「ライダー。あんた気づいてたのか?」

「確証はありませんでしたが、あの時の彼の気配は人間から離れすぎていましたから、系統で言うのならばサーヴァントに近い。いや、彼の反応からして、恐らくはサーヴァントに改造された(・・・・・)のだと思われます。」

「改造…?」

 

不穏なその言葉の響きに古城は眉を曇らせる。

 

「ええ。おそらく、彼はその身を実験台として、サーヴァントが内包する能力を一部手に入れたのでしょう。結果、彼は能力が強化されたのでしょうが、なぜか、彼はそれを望んでいなさそうでしたね。」

「その…サーヴァント?と言うものが如何様なものかは知らぬが、その力には何か問題でもあったのではないのか?」

「問題?」

「例えば、そうだな。とても『人間の肉体とは』思えなかった。とかな」

「そういえば…」

 

その時、古城とライダーは天塚汞の激憤した瞬間を思い出した。

 

『アイツめ、性能を良くしたとは言ってたが、こんな化け物じみた姿など頼んだ覚えがないぞ!』

 

その時はちょうどライダーの攻撃を見もせずに体の内側から、水銀の大棘を無数に伸ばして防いだ瞬間だった。

まるで、ハリネズミのようだったその姿は確かにニーナの言うように人間離れしていたかもしれない。だが、正直な話、腕を水銀の鞭にするのと一体何が違うのかわからなかった。

とここで、古城たちの反応を見たニーナは自分の指摘が正しいものだったことを理解し、言葉を続ける。

 

「…どうやら、心当たりがあるようだな。だとするのならば、奴の憤慨は当然だろう。あの天塚汞という男は錬金術を使う際でも、取り分け人間の肉体というものに激しい執着を見せていたからな。」

 

ーーーーーー

 

とある高級マンションの地下一階駐車場。人の気配が一つとしてないその場所だった。だが、そんな沈黙に包まれた空間の中で、ゴポリという水から何かが這い出るような音が響き渡った。決して大きくはない音だったが、周りの静けさがその音を際立たせていった。音はやがて、ゴポゴポと湯が煮えるような音へと変わっていく。音の発生源は排気口からだった。排気口からドクドクと銀色の液体が零れ落ちてくる音がその発生源だった。

やがて音が鳴り止み、完全に液体が駐車場地面へと落ちきると、その液体は今度は人型のそれへと変わっていき、粘土細工のように次々と形を整え、10秒も経たぬうちにその銀の『液体』は人間の『肉体』へと様変わりしていた。

 

「ふむ、ここか」

 

液体から肉体に姿を変えた男、天塚汞は、そう呟くと同時に動き出す。

足を前に進ませようとしたその時…

 

「っ!?」

 

突如として、地面から魔法陣とともに出現してきた鎖によってその歩みは止められる。

 

「私の住処に手を出してくるとは、いい度胸だな。天塚汞。」

 

誰もいなかったはずの駐車場で声が響く。どこか舌足らずな声色なのに、その声には王者たる風格を感じさせるものを感じた。

その声に反応した天塚はぐるぐると周囲を見回す。するとちょうど、自分が後ろに首を向け、前に向き直った後、そこにその声の主がいた。

幼い外見にゴシックドレスを身に纏い、ゴシックドレス同様のフリルをふんだんに使った日傘を日が差してないのにも関わらず、持ち歩くその少女の正体を天塚は知っていた。

 

「空隙の魔女。南宮那月か。」

「自己紹介は必要なさそうだな。では、こちらの質問に答えろ。貴様がここに来た理由は叶瀬夏音か?親はともかく、なぜ、あの娘を狙う。」

 

彼女とて、夏音の霊的資質が並々ならないものだということは理解している。だが、それをいうのならば、剣巫の姫柊雪菜の方が戦略的に邪魔だろう。ならば、こんなところにわざわざくる意味はない。つまり、夏音と天塚には何かしらの因縁がある。そう当たりをつけた那月は、その情報の探りを入れるために質問したのだ。

すると、天塚は三日月型に唇を歪め、ねっとりと立場は逆だというのに、まるでカエルを睨む蛇のような表情で、余裕を持って質問に答えた。

 

「なに、ちょっとした保険さ。彼女がいきていては困る連中は世の中にはたくさんいるからね!」

 

言い終えると同時に、バキンというガラスが砕けるような音が響き渡る。

すると見る見る内に、天塚の体は膨張し、5秒と経たぬ内に、水銀のスライム状の怪物が目の前に現れた。

 

『早く彼女の元に行ったほうがいいんじゃないかい?ぼくはなにも一人(・・)でここに来たと入ってないんだからねー!』

「なんだと?」

 

その言葉を最後に天塚は意思なき怪物と化した。人の声帯では発することはできないほどの奇声を聞いた瞬間、もはや、天塚の分身に意思がないのだと理解した那月は、後ろに控えさせていたもう一人の少女に命令する。

 

「やれ!アスタルテ。遠慮はいらん。」

命令承認(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドタクテュロス)

 

機械的な口調で声を発したその少女に銀の鞭が襲いかかる。だが、その槍のように突き出された銀の鞭が少女の身を貫くことはなかった。それよりも早く、その銀の怪物がひしゃげ、潰れていったからだ。

アスタルテの命令を聞いた彼女の内なる眷獣が出現する。虹色の体を持った美しい巨人は敵に対し、拳を振り上げ、その拳を銀の鞭よりも早く鋭く突き込む。銀の怪物は自分よりも早く鋭い一撃になすすべも無く、負かされ、コンクリートの壁へ吹き飛ばされていった。

それで戦闘は終わった。先程まで瑞々しさを内包したようにうねうねと動き続けていた怪物はその一撃を喰らっただけで、ひしゃげたアルミ箔のようになってしまい、完全に停止した。

その様子を確認した那月は余裕綽々と後ろに向き直った。そして、思い出したかのように、もう声は聞こえないだろうその銀の怪物だった物に対し、声をかけた。

 

「私を囮に、叶瀬夏音を仕留めようとしていたのならば、無駄なことだ。なにせ、あそこには今、

 

呆れるほど過保護な英雄がいるからな。」

 

そういうと、那月は余裕はその顔から絶やさずにその場を離れていくのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じくして、那月の住まいにある一室。そこでは、スヤスヤと夏音が眠っていた。その寝顔が月光に濡らされ、一種神秘的ですらあり、見るものを虜にさせる魅力が否応なく発せられていた。そんな眠り姫の一室へと近づく一つ足音があった。ひたり、ひたり、静かにだが速やかに、立てられる軽やかな足音。そして、足音の正体はドアの前は近づくと、決して音を立てぬようにゆっくりとドアを開けていく。

わずかに人一人が入れる程度の隙間を作ると、また、軽やかな足音が立てられていく。そして、足音の正体であるそのものは目標である夏音のすぐ横までたどり着く。腕を振り上げ、手刀を作る。そして、その手を一気にその少女の胸へと突き入れ

 

瞬間、強烈な殺気が彼の背中を襲う。その殺気の正体を瞬時に理解し、一気にその場から離れる。魔術による強化によって強化された脚力で無理矢理行った脱出。自分の髪をわずかに散らす鋭い一閃。それを目の前で目にしながらも、脱出は無事に成功することができ、自分の身体が月夜の光の元へと押し出された。

脱出は成功しただが、気を緩めなかった。なぜなら、殺気は未だ、自分の顔面を叩き続けているのだから、自分の目の前で足音が響き渡る。コツコツと自分の時とはうって変わったように響き渡る足音に眉を潜める。

 

そして、その男もまた月光に晒されると、男は声を発した。

 

「こんばんは。お初にお目にかかる。名も知らぬサーヴァントよ。知っているとは思うが、俺はサーヴァントアーチャーだ。

 

戦う前に一つ忠告させてもらうが、慣れないことはするものではないな。君は間違ってもアサシンではあるまい?」

 

褐色の肌と自分と同様の白い髪がトレードマークのその男は不敵に笑いながら、挑発するように言ってきた。それに対し、少しムッとして、肩まで伸ばした白い長髪をかき上げながら、答える。

 

「こんばんは。そして、その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。アーチャー。」


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