ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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オリジナル要素をまた入れさせてもらった。
悔いはない。だって、なんかそのまんま入れるのおかしくないって思っちゃったんだもの!!


観測者たちの宴 XVI

「「っ!!!」」

 

先ほどと同様にセイバーとアーチャーの剣と剣がぶつかり合う。衝撃が拡散する直前に彼らは離れ、今度は一斉にその氷原を駆けていく。それ故に彼ら二人の姿はすでに誰の目にも写らず、ただひたすらに何かが弾けるような衝撃音が繰り返されていくという不思議な感覚を引き起こす映像のみが絃神島の全ての映像機器には流れていた。

 

「よく走んなぁ、おい。俺のように槍兵でもねえってのによ。」

「島の左端に行ったかと思えば、右端に…かと思えば、前端に、後端に…と…全く目まぐるしいですね。ここまで場面が展開する戦いはサーヴァントでもそこまでないでしょう。」

「あ、また、うごいた。でもあのさきって……」

 

だが、人の認識と能力を超えたサーヴァントたちにとって、そのスピードは日常茶飯事と言ってもいい境地だ。 それ故、その人間離れした動きにも難なく目を走らせ、戦いの全容を図ることができる。

 

「どうした?アリス。」

 

南宮那月は、先ほどの歯切れの悪い答えに疑問を持ち、また、彼女自身も僅かながらにしか目で追えないこの戦いの全容を確かめるべく、己がサーヴァントらしい(・・・)少女に質問を投げかける。

 

「うん、ふたりのいきさきがえらくきゅうだったから……」

「急……とは?」

「そのままのいみ、あのふたりもしかすると、ううん、まちがいなくあのおっきなこおりのはしらにむかってるわ。」

 

ーーーーーーー

 

キャスターのその言葉通り、セイバーとアーチャーの二人はその真っ平らな氷原にある唯一のシンボルと言っていい巨大な氷柱へと向かっていた。言うまでもなく、柱と呼ばれるそれは地面と垂直に立っているからこその柱だ。

 

当然、駆け上がれるようにはできていない。だと言うのに、その二人はまるで階段でも上るかのように、その柱を駆け上がり、流星と見紛うような速度でぶつかり合って行く。

 

黒と赤の二つの流星はまるで、一昔前のレトロテニスゲームを彷彿とさせるように軌跡を描きながらぶつかり合う。

 

そして、それは何度目の衝突だったか、突如として両者が自らの剣をぶつけ、鍔迫り合う。

 

二人のサーヴァントが睨み合う。

 

だが、そんな睨み合う時間は僅かに時を流れた後に決壊する。両者の力の拮抗が一方の英雄に天秤が傾いた故に…

 

その一方とは…

 

「ふんっ!」

「ぐっ!?」

 

言うまでもなく、と言うべきかセイバーの方へと天秤は傾き、アーチャーは力負けし、氷の平原へと真っ逆さまに落ちていく。

 

その落ちていく勢いにブレーキをかけるようにして、莫耶を柱へと突き刺すことでなんとか体勢を立て直し、片手で体操の鉄棒の要領で回転しながら剣の持ち手へと足をつける。

 

セイバーはというと、ヒタリと足を柱に付けるや否や、そこからまんじりとも動かなくなった。そう。セイバーは足の握力だけで氷柱の上に立っているのだ。

 

氷とは脆く、溶けやすい側面を持つ。アーチャーとセイバーが立っている氷柱ほどの太さとなると、硬度は高まるが、それでも表面では先ほどいった氷の持つ独特の側面が確かにある。だから、セイバーはほんの僅かでも力加減を間違えてしまえば、その時点でセイバー自身もアーチャーと同じく氷原へと落ちてしまうのだ。だが、彼はその類稀なる身体能力とセンスによって、氷柱に立ち続けている。

 

それはアーチャーにはできないことだ。そのことに歯噛みしながらも、そんなセイバーの様子を見ながら、アーチャーは思考回路を急速に回転させ、巡らせる。

 

(さすがにそう簡単にはいかんか…やれやれ、この5年間溜め込んだ魔力を全て体に注ぎ込んでいると言うのに…しかし)

 

思い、考えながらアーチャーはセイバーの方を見据える。その腕を見ると、今まではそこには丸太のように太く黒い腕しか存在しなかったはずだと言うのに、そこには黒く地味な紋様が描かれた布地が巻かれていた。

 

アーチャーのその類稀なる解析能力はその布地の正体を詳細に理解できた。そう。あの布地は宝具なのだと…

 

(今、感じられた急激な膂力の上昇からして、アレは身体能力やその他諸々の自らの能力を跳ね上げる効果の宝具か……元々、俺とセイバーでは単純な身体能力において決定的な差が存在する。

そこに更に強化を加えてくるとは……厄介だな)

 

驚いたことに、セイバーは先ほどの戦闘開始の合図からすぐに自らの力の一端を解放してきた。

 

それでは、真名がバレる確率が増えようものだが、アーチャーはそれに対して何も疑問に思わなかった。

 

(当然だろうな。この戦いには最早、真名を伏せることなど何の意味もない(・・・・・・・)のだから)

 

そこまで考えて、一端思考をやめ、セイバーの方へと振り向く。そして、改めてセイバーの方へと突撃しようと考え、剣の上から飛び降り、掴み直し、氷の柱の上に立つ支えとした。そして、一気にその剣を抜きながら走り抜けていく。

セイバーは氷の上にヒビも立てずに立ち続けながら、その来訪者を出迎えるために今度は剣を両手で持ち、アーチャーのいる正面に刃先を向けるようにして構える。

 

アーチャーがセイバーへと激突する。だが、単純にぶつかっては先ほどの二の舞。ならばどうするか?

 

簡単なことだ。アーチャーはラインを変えればいい。

 

刃先がラインを描いている干将、莫耶はその刃先の性質上、攻撃を受け流すことに長けている。だから、アーチャーはセイバーと衝突するその瞬間に刃先の性質をうまく活かし、上から迫り来るセイバーの刃先を滑らせながら(・・・・・)その膂力に押し出されるような形で後ろに回る。

後ろに回ったアーチャーはそのまま、セイバーの首めがけて、干将を振るう。

 

「甘い。」

「っ!?」

 

だが、その攻撃は突如としてアーチャーは右横から襲ってくる脅威を感じ取り、その攻撃を防ぐことに集中したために止めざるを得なくなる。

見ると、そこには剣を片手に持ちながらいつの間にか自らの方へと視線を向けているセイバーの姿があった。

 

(片手のみで剣の軌道を縦から横に変えながら、氷柱の上を回転したのか!?あの足場でよくやる!)

 

セイバーの攻撃はなおも終わらない。再びアーチャーを下へと弾き飛ばしたセイバーはそこから一気に落下しながら、剣による乱撃を喰らわせていく。

その乱撃を干将、莫耶によって、もはや『受け止める』などということはできず、必死に(・・・)受け流していく。

そう、必死だ。僅かでも集中を切らして一寸でも力を受ける剣先の位置を変えてしまえば、そこからあの男の先ほどよりも更に圧倒的な膂力によって剣ごと一刀両断に叩き斬られてしまう。その確信にも近い予感を現実のモノにしないためにも受け流し続けるしかない。

 

(まずいな。このままでは…!?)

 

剣を伝って、その膂力が増していくのが感じられる。セイバーはただの馬鹿力のみの戦士ではない。ただ攻撃を単調に繰り返しているわけではなく、様々な状況を想定した多種多様な斬撃によって相手がそれに対し、どう対応するのか見切り、戦略を練っていることだろう。ならば、早くこの流れを打ち切らねば、勝機はない。

そう考えたアーチャーは賭けに出る。今まで受け流すことで精一杯だったその剣の上からの一撃を双剣を交差することで、防御しようとする。

当然、アーチャーの膂力ではその一撃を受け切ることなどできず、衝撃は一気に膝へと伝わり、膝を折らざるを得ず、ついにはその一撃により氷塊の砂塵が一気に舞い出し、辺りを白く包み込む。

 

ーーーーーーー

 

「っ!おい、今の…大丈夫か!?」

「まともに食らったわよ!?」

 

古城と紗矢華が声を上げる。だが、それに対するランサーは心底呆れたような口調でこう言った。

 

「はっ!自業自得だ。マスターのためなんだろうが、未だにあのセイバーを相手に力を隠し続けるから、こうなる。セイバーと同じ間隔でヤロウが力を解放してればこんなことにはならなかった。」

「えっ?」

 

意外そうな声を上げて来た古城の反応を聞いた後、これまた心底下らないとでも言うかのようにランサーは告げる。

 

「さっきも言ったろうが、アーチャーとセイバーの総合的な(・・・・)戦闘力は互角だってな。」

 

ーーーーーーー

 

氷柱へと叩きつけられたアーチャーは氷柱を背にめり込まされていた。そんなアーチャーに対し、セイバーはダメ押しするように柱から飛び上がり、アーチャーの方へと向き直る。

落下しながらも、その目はアーチャーの姿を確実に捉えている。そしてそのアーチャーに向けて、剣を振り被り

 

「ふん!」

 

一気に横一文字にその大剣を振るう。

距離は10メートル以上は離れているというのにその衝撃は空気を裂き、真っ直ぐにアーチャーの元へと向かっていく。

 

「っ!」

 

死をもたらすそのかまいたちに対し、アーチャーも対抗して双剣を振るう。それにより、なんとか防がれたセイバーの斬撃。だが、アーチャーは聞いた。自らの背後にてビシリという何かが割れるような、いや、この場合ならば『斬られた後のような』と言った方が正しいか。だが、少なくとも、アーチャーは氷の壊れる音を確かに聞いた。

 

その破壊音の方へと静かに首を振り向く。そこには…

 

半径40メートルは優に超えている氷柱が斬られ、自らに向かって倒れて来ている悪夢のような光景が広がっていた。

 

それを確認したセイバーは早い段階で落ちて来た空中にある氷の破片を足場にそこから離れていく。一方のアーチャーは離れようなどと考えなかった。否、考えられなかった(・・・・・・・・)。今、アーチャーに傾いて来ている氷柱はザッと見積もっても雲までは届いていた。確かに自分一人ならば、これぐらい避けるのは簡単だ。雲まではと言っても、島までは届いてはいないはずなので、アーチャーは避けることに対して、なんの憂いもなくやってのけられる。ただし、それは一人ならの話である。

 

生憎と、ここにはセイバーという二人目がいる。セイバーはすでに氷柱より離れている。とはいえ、あの男のことだ。アーチャーがもしも出ようとするならば、また、氷柱の元へ弾き返そうとするだろう。

 

氷柱がこちらに傾き始めている以上、1分1秒でもそういったタイムロスは無くしていきたい。である以上、この場で氷柱から離れるという手段は褒められたものではない。なんとかすれば、セイバーを突き崩して突破することもできなくはないが、それも一か八かである以上、アーチャーは離れられなかった。

 

だから、アーチャーも覚悟を決めた。自らの真の能力(・・・・)を解放する覚悟を…

 

ーーーーーーー

 

重々しくその衝撃が、その無人島と引いてはそこからの映像を見ている絃神島へと響いていった。氷柱の周りを白い霧が覆い、先端は海へと真っ直ぐに叩きつけられ、間欠泉を想起させるほどの勢いの水飛沫を上げる。

その後、静寂が続く。セイバーは氷柱の前に着地すると、少しの間、その様子を見た後、怒鳴るようにして声を上げる。

 

「どうした!?アーチャー!まさか、この程度で、終わりということはあるまい!」

 

その挑発に対して、僅かな沈黙が続いた後、突如として氷柱が下から爆発でもするかのように破砕する。

破砕した氷の欠片が舞い、あたりに降り注いで行く。と同時に、その白い霧に紛れるようにしてキラリと何かが光る。

その光った正体を正確に理解したセイバーは剣を握り直し、左手を盾に右手に剣を持ち、半身で構える。

 

先ほど光った物体が徐々にその影を浮かび上がらせる。

その光った物体の正体、それは優に100を超える剣の軍勢だった。

 

剣がセイバーの目の前にまで迫る。その剣の弾丸をセイバーはまず剣を使わずに左手に握られた拳を振ることで防いで行く。そして、その腕で防げなかった剣弾を剣で、剣で弾けない箇所を腕で正確に弾き、防いで行く。無論、それだけでは終わらない。

 

戦闘スタイルは違うもののアーチャーのクラスとしても呼ぶことができるこの男には相手が選び出すであろう狙撃ポイントを正確に読むことも可能だ。四方八方から来る剣の嵐を前にアーチャーがどこにいるのか白い霧の中で正確に感知しようと五感を極限まで鋭くする。

 

そして、霧の中のある一点に焦点を定めたセイバーはそこに振り向きながら剣を振るい、勢いよく大地へとその剣を叩きつける。瞬間、霧を晴らすようにして赤い火柱が地面から天へと湧き立ち上がる。

その火柱を中心に霧は一気に晴れ、嵐のような剣の雨はカランカランと音を立てながら一つ一つ落ちていった。

 

それを確認したセイバーは構えを解き、自然体に戻りながら言葉を告げる。

 

「失望させてくれるな。アーチャー。多少やる気にはなったみたいだが、それがただ剣を投げつけるだけで終わるとは…あれでは砂利でも投げつけたほうがまだマシだというものだぞ。」

 

セイバーが告げた言葉に対する返答はない。だが、代わりに今まで落ちていたはずの剣の全てが一気に宙に浮き上がる。そしてその剣群の背後にはまた更なる剣が延々と増え続けている。そして、約1秒も掛からないうちに一目で数千は超えただろうと分かるほどに数が増えきった瞬間、それらは一斉にセイバーへと向けて射出されていった。

先ほどと同様に防ぎ続けるセイバー。だが、今度はやたらとセイバーがイヤだと感じる方へと剣が当たる。例えば、顔に向かってきた剣を左腕で払うとそれに狙い澄ましたかのように、左半身を集中砲火させる。そして、これ以上ないというまでに剣を左半身に叩きつけられると、セイバーは慣れ始める。

だが、その慣れた一瞬を見計らい、アーチャーが召喚した剣は今度は右腕を攻めてくる。そうやって、一方を攻めてくることもあれば全体を攻めてくることさえある。見ているものにはただ、剣が弾のように叩きつけられているようにしか見えない。実際そうなので否定はできないが、見るものが見れば分かるだろう。その攻撃は全てが緻密に考えられた言わば、剣の網なのだと…

 

徐々に余裕が無くなってきたセイバーは無傷ながらも後退させられる羽目になる。だが、後退する足を何かが止める。見るとセイバーの踵に位置している氷の大地に剣が突き立ち、セイバーの後退を妨害していた。そんな彼に追い打ちをかけるように一気に剣たちが勢いを増し、豪雨のようにセイバーへむけてその刃を立てつけてきた。

 

そうして、しばらく経ってその場を見るとハリネズミのように数千を超える剣の柄が突き立った巨大な一つ塊が出来上がっていた。

 

収まっていく火柱の中から、アーチャーが無傷で抜け出してくる。

 

「先ほどの言葉、そのまま返させていただこう。ただ火の粉を撒き散らすだけが貴様の剣の最奥の一つだというのならば、水をかけた方がまだマシだというものだったぞ。セイバー。」

 

言い終えると同時にもうここには用がないとでも言うかのように背中を向ける。だが、三歩ほど歩いたところで立ち止まる。

 

「…しつこい男だ。」

 

アーチャーが言い終えると同時に先ほどの塊が勢いよく弾け飛ぶ。そしてその中から、マグマの柱と氷の大地の隆起が波状攻撃となって襲いかかってくる。

それをその場から飛ぶことで躱すアーチャー。その視線の先には、いるだろうと予想していたセイバーの姿があった。

だが、アーチャーはその姿を見て驚愕を露わにする。先ほども言った通り、アーチャーは跳んだ先にセイバーがいることを予測していた。だから、そのことに対しては別に驚きはない。問題はその姿だ。

アーチャーは先ほど『しつこい男』とは言ったものの、あの程度でセイバーがやられたとは思っていなかった。自分が生前から知っている(・・・・・・・・・)大英雄。最強の一角とも言っていいその男の実力の一端を見ていたアーチャーはそのことを文字通り骨身に染みて分かっていた。

だから、この驚愕は生きていたということに対するものではない。先ほども言ったが、問題はその姿だ。

 

(一つも傷が付いていない…だと?)

 

確かにセイバーの技量ならばあの中で生き残ることもできたかもしれない。だが、それを差し引いても体や衣服に何の傷跡もなく、生還などということがあり得るだろうか?否、あり得るわけがない。体はともかく、衣服の方には僅かでも傷が付いていなければさすがにおかしいのだ。だが、現実に有り得てる。となると考えられる理由は…

 

(宝具か。あの猛攻を無傷で防ぐとなると、相当、神秘のレベルが高い結界宝具か何かだろうな。あの男の伝説の中でそれに最も類する宝具があるとするならば…)

 

そこまで考えて、アーチャーは伏せていた口をおもむろに開ける。

 

「ネメアの獅子か…」

 

ーーーーーーー

 

「……え?」

 

呆然。それは一体誰のものだったのか。だが、アーチャーから聞いたその言葉は不思議と頭の奥深くに響き渡っていき、そして、その言葉を反芻していく内に人々はある男を思い浮かべる。

だが、そんな彼らの頭の中の反芻を置き去りにして映像の中にいる男二人は会話を続けていく。

 

『…やれやれ、その名を言われてはこちらとしては名を隠すも何もないのだがな。アーチャー』

『それは失礼したな。てっきり、この戦いではそんなものはもう何も意味しないと思っていたんだがね』

 

鋭い視線と共にそう返すアーチャー。対するセイバーはその鋭い視線に対して僅かな哀情の念を思わせるように目を伏せる。そして、少しすると、目を開けて男は開口する。

 

『そうだな。先ほどはあのように惚けてしまったが、アレ(・・)については申し訳なく思う。貴公と私の間ではタブーとも言っていいものだったからな。』

『…ソレを初めに破ったのは君だ。セイバー。いや…』

 

『待て。アーチャー。』

 

そこまで言ったところでセイバーがアーチャーの口を止める。そしてゆっくりと正面に両手で剣の切っ先をズンと地面に突き刺しながら、アーチャーの方を再度睨む。

 

『貴公も言った通り、この戦いは既に真名を隠すことなど何の意味も持たない。故に、名乗らせてもらおう。』

 

ーーーーーーー

 

「我が真名はヘラクレス。かつて、ギリシャ神話において十二の試練を踏破せしめた、試練という概念における求道者にして具現者である。

 

では、アーチャー。貴公の真名()を聞かせてもらおう。別に名乗らなくてもいい。その場合、ただの臆病者だったと言うだけの話だからな。」

(……はぁ、いつの間にか真名を言い合うことになっているな。)

 

このまま言わなければマスターを守れる確率が格段に増えるだろう。だが、今現在の魔術を使うものたちには合理的な思考よりも人間的な思考を持つものの方が圧倒的に多い。つまりこの世界は異能者たちも含め全員人間的な思考である確率が非常に高い。

 

故に、この場で真名を言わないということはそれはつまり、彼女のサーヴァント(・・・・・・・・・)たる自分は真名を言うことを怖れた臆病者と認知される。自分はともかく、自らのマスターが貶されることだけはアーチャーとしても許容できるものではなかった。

 

(仕方があるまい。俺の戦闘スタイルからして、戦闘方法を知られたところで別にそこまで問題ではない。真名を知られたところで対策を立てられるような弱点も存在せんからな。)

 

「いいだろう。ヘラクレス。心して聞くといい。」

 

スゥと息を吸い込み、そして、静かに男は呟く。

 

「我が真名は衛宮士郎。かつて、全てのものが幼少の頃に憧れ、そして諦めていく概念を究極まで極めた愚行者だ。」

 

ーーーーーーー

 

「ヘラ…クレス?」

 

姫柊雪菜はその名を聞いたことがある。いや、ないわけがない。ギリシャ神話において最も有名な武勇譚を残した男。その武勇は十二の試練は言わずもがな、ある時は天を衝く巨人にも、そしてある時にはオリュンポスの神々に対しても対等にその怪力と武を振るった。金剛無双という言葉が実によく当てはまる、名実共にギリシャ神話における最強の英雄の一角といってもいい男だ。

 

「衛宮……士郎…?」

 

暁古城はその名は聞いたことがある。いや、ないわけがない。かつて、その存在を世に知らしめ、世界を救ったが、最後の最後で人類全てに裏切られた男。別名、裏切られの大英雄。と呼ばれ、後年においてはその悲劇が小説となり、絵本になり、世界中に出回るほど知名度を誇っている。また、戦争で実際に一人対国という構図を作られておきながら、勝利し、目的を見事遂げた伝説はあまりに有名。名実ともに日本史上において最強の一角と言っていい男だ。

 

さて、そんな国の歴史において確実にトップに立っているその2人が向かい合っている。

 

「…え?」

 

そう。最早、おとぎ話のような存在である二人が龍虎の激突のように向かい合い、殺し合いを演じている。

 

「……え?」

 

その事実はジワジワと、そしてその言葉を完全に飲み込んだ瞬間…

 

「ええええええええ!?」

 

一気に驚愕となって彼らに襲いかかってきたのだった。

無論、その驚愕の波は絃神島の全ての人間を巻き込み、島中は現在、大混乱だった。

 

 

そう。この現実から分かる通り、不思議と先ほどの二人の発言を誰も妄言だと思うものはいなかった。誰も彼もがそれは本当のことだと考え、鵜呑みにしてしまったのだ。

 

なぜなら、それだけの事実を既にその目に焼きつかされていたのだから…

 

ーーーーーーー

 

目の前の男の名乗りに満足げに笑みを浮かべるヘラクレスと対照的に苦々しく目を伏せる衛宮士郎。しばらく沈黙が続いた後、やがて衛宮士郎が…いや、アーチャーが声を上げる。

 

「ここまで明け透けにしてしまうと、いっそ清々しいものだな。」

「何だ?今更、後悔しているのかね?」

「まさか…それにどうせ、君と戦うということが「こうなる」ということくらい理解はできていたことだ。」

「…ほう。その口振りだと、考えた末にまた、何か企んでいるな?アーチャー。」

「人聞きが悪いことを言うのは感心せんな。セイバー。それに企んでいるのはどちらかというと君たちだろう?…さて、」

 

言い終えると同時に、アーチャーはまっすぐに地面に平行に掲げる。

 

「ここまで来た以上最後まで付き合ってもらうぞ。セイバー。」

「…ほう。珍しいな。貴様の考え方からしてまず、何よりも、マスターの安全性を確保するために力を温存するかと思っていたのだが、特にこのような場面では、その確率の方が高いと踏んでいた。」

「さてな。(ち、見抜かれてるな。)」

 

アーチャーの思考が続く。

 

(正直な話その通りだ。俺としてはここまでの力を見せるつもりはなかった。だが、この聖杯戦争は何かおかしい。俺の読みが正しければ、

 

これは普通の規模の聖杯戦争ではない。)

 

I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている。)

 

尚も思考を続けながら、その呪文(・・・・)は紡がれた。

 

(どこぞのバカども(・・・・)が騒ぎ立てる確率は十分にある。だから、これは…警告だ(・・・)。)

 

Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子。)

 

(どの道、俺の戦い方は知られたところで何のデメリットにもならん。ならば癪だが、こういった使い方もできるだろう。)

 

そう考えたところで思考を止め、純粋にその呪文へと意識を集中させる。

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

その呪文は、いや、詩は紡がれるたびにその声を聞いたものに何かどうしようもない哀愁の念を思わせる。

 

Unknown to death.(ただの一度も敗走はなく、)

 

それは男がその人生を歩んで来た故なのか…

 

Nor known to life.(ただの一度も理解されない。)

 

それとも、その男の目の前のセイバーと名乗る男を見つめる目が何処と無く儚げ(・・)に見えるからなのか、それはわからない。

 

 

Yet,have no pain to scar,(だが、彼の者に後悔はなく、) still create many weapons(ただ今は静かに剣を取る。)

 

 

それでも、その後僅かに浮かぶ嬉々とした感情がそんな彼の哀れみすらも打ち消し、塗りつぶしていく。

 

 

There is a Sword,(誓いをここに)my war and flame is burning up(我が願い、信念は未だ果てず)

 

 

そんな予感を感じながら、人々は食い入るようにその瞬間を瞬きもせずに見続ける。

 

 

So (その体は)ー」

 

 

締めくくるようにしてアーチャーが静かに言葉を告げる。その後一気に…

 

 

ーfinally I pray,unlimited blade works.(今も、剣でできている。)

 

その呪文が終わったその瞬間、褐色の肌と白い髪のその男を中心に一気に火が駆ける。そして…

 

ーーーーーーー

 

「何だよ…アレ?」

 

その光景は古城たちと人々にのとって掛け値無しの不意打ちだった。先ほどまで古城と人々が見ていた光景は氷に覆われた無人島だったはずだ。だが、衛宮士郎と呼ばれたあの男が呪文を終えると同時に火を召喚したその直後、それは現れた。

 

まず目に映ったのは空にある機械仕掛けの歯車だ。胸焼けしそうなほどに紅い空を果てしなく覆うその巨大な歯車は炎に常に焼かれているかのように赤く顕現していながら、疲れ果てているような印象を浮かばせるサビが所々に存在する。時には大地から伸び、時には、大地に平行に空に点在する歯車たち。

だが、それと対立するかのように異様さを放つ光景が地面に広がっている。その大地の正体、それは一言で言うと剣だ。哀愁を漂わせる退廃的な荒野がどこまでも続く中、その上にまるで墓標のように夥しく、そして果てしなく、突き立つ無限の剣。剣には所々サビのような汚れが存在し、なにかの疲労を訴えてるようだった。

 

だが、なぜだろうか?そんな胸焼けするほどの紅い空にも所々から光が漏れ出て、漏れ出た先には僅かな草原とサビもない綺麗な西洋剣が突き刺さっていた。

 

そんな文字通り清濁入り混じった映像を見せられた古城たちの感想は次のようなもののだった。

 

「なんだか、こんな感想を言うのも変だと思うけどよ…」

「綺麗…ですか?」

 

そう。まるで、油絵の具を水に垂らした後、浮き上がってくる絵の具の球同士をかき混ぜたような世界ではあったが、それ故だろうか芸術がわからない身である古城にも漠然とした美しさを感じた。

 

島にいるほとんどのものも同じような感想でその世界に圧倒され、見入っていたのだった。

 

ーーーーーーー

 

「ほう。固有結界か…」

 

一方をその世界を展開された者は関心を抱くように声をあげ、そして同時に挑発するように目の前の男に尋ねた。

 

「しかし、いいのかここまで来た以上、最後まで否が応でもやるしかないが…」

「最初に言ったろ。最後まで付き合ってもらう、と…それに問題ない。どうせ…」

 

そう言うと、アーチャーは何もない虚空を見つめる。そこには目には見えないが、キャスターの使い魔が確かに存在していた。見られたキャスターは僅かに動揺したがすぐに冷静さを取り戻す。だが…

 

「君以外に分かるわけもないだろう。今から君が体験するのは誰も経験したことがない世界。」

 

言い終えると同時にアーチャーの背後に突き刺さっていた剣が集合していき、順序よく整列していく。その刃先は全て真っ直ぐにセイバーへと集中している。

手を掲げ後方の部隊に下がらせるように誘導する軍の部隊長のような仕草をしながらアーチャーは剣たち同様に真っ直ぐにセイバーを見つめる。

 

「無限の剣戟。その極地の一端……なのだからな!」




はい。と言うことでアーチャーの新詠唱、どうでしたでしょうか?なるべく表現を上手くしよう、上手くしようと努力しました。

まあ、この辺りは本当に他の方々の感想にかかってるんですけど、理由としてはアレです。だってアヴァロン行った彼がそのまんま詠唱をしているって、なんか救われたという印象少なくね?と思ってにしまったんですもの!

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