ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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長いわ!
うん、だからかちょっと不安です。誤字脱字、または意味がわからないという点がございましたら、バシバシお願いします。早期解決しますので…


観測者たちの宴 XII

まず、アーチャーはこの無限回廊に突き立つ柱の一本を選び出す。次に手に持った双剣の投影を解除する。そうして次に手に持ったのは黒弓だ。この黒弓の真名は『贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)』。元々は名前もなかった無銘の弓でしかなかったが、彼の元々持つ強化の魔術と生前の精神性が形を為している歴とした宝具だ。

この弓に一本のなんでもない矢を番える。そして、そこから1km先の柱に狙いを定める。

ギリギリと弓の弦を弾きながら、力を溜める。溜める時間は1秒と掛からず即座に射を放つ。矢はレーザービームのようにまっすぐに放たれ、柱に着弾すると同時に勢いよく爆発する。

 

(よし、とりあえずは弓の調子も技量もそこまでの衰えは見られない。もっとも、この環境下では一発ずつしか放てないんだが…)

 

闇誓書の効力は未だ継続中だ。そのため、魔力量はともかく、アーチャーは未だ本領を発揮できず、最高で弓なども含めた2本までしか宝具が使えない状態となっている。

 

「とりあえず、念のために試してみるか」

 

そう言うと、アーチャーは片手に一つの宝具を投影する。その宝具の名は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』あらゆる魔術を無効化する宝具だ。切れ味は期待できない稲妻のような刃の形をした短剣の宝具をアーチャーは無造作に水面に突き刺す。水面はバシャッと勢いよく音を立てるとその後、アーチャーを中心に波紋が出来上がっていった。だが、それだけ…後にはなんの変化も得られなかった。

 

「…変化なし…か。まあ、当然だろうな。世界を構築する類の魔術というのは大抵、術式の起点を叩かなければ無効化はできない。」

 

そう言うと、アーチャーは短剣を矢に違える。すると、稲妻のように不安定な形をした短剣は捩れるようにして形を変え、伸びていく。そして、一本の矢として完成した直後、今度はわずかに時間をかけ、狙いを定めていく。

狙うはここからは見えない(・・・・・・・・・)3km先の柱だ。1kmを狙った時の経験則と歴戦の戦士としての勘を最大限駆使し、アーチャーは狙いを定める。当然、アーチャーのそんな姿を騎士達は無視するはずもなく、背後から剣を振り抜いていく。アーチャーはそれを見ない。ただ、肌から感じる感覚、神経それらを総動員して躱していき、見るのはただ一点のみ…

 

「そこだ!」

 

空中にジャンプして躱したアーチャーは勢いよく矢を射放つ。矢はまっすぐにまっすぐに闇へと向かい溶けていく。その様子をアーチャーは剣をかわしながらただ見続ける。アーチャーが矢を放ってから約16秒後、アーチャーの耳元に爆発音が聞こえてくる。

 

「!?…なるほど、やはりか!」

 

爆発音を確認したアーチャー。先ほど放った矢の速度は秒速400mほど、そして音速は秒速345mであることを考えると16秒という指標は3km先の柱を攻撃できたことが予想できる。アーチャーは即座に矢を新たに番える。どこまで狙うか分からない。だが、自らの最高飛距離の一矢をなんでもない剣に魔力と共に込める。

 

『極めるならば、一芸にしておけ。』

 

自分ではない(・・・・・・)自分の声が頭の中で響き渡る。

 

『生前、私は色々なものに手を出しすぎた。お前にできることなど一つだけだろう?ならば、それを限界まで極めることだ。』

 

心底気に食わない自分自身(・・・・)の言葉、そんな言葉が妙に頭に残っていたからだろうか…もちろん、剣術にも重点を置いたが、自らの放つ射については少なくともあの男にだけは負けたくないと考えた。たとえ、あの男の発言が弓のこと(・・・・)など全く指摘していなかったとしても、どうしても負けたくない…と

そうして得られた一矢。それは生前見たあの男(アーチャー)の射を確実に凌駕したと自負している。知名度補正がなかったせいであの男は本来の弓の技量は再現できていなかったかもしれない。だが、確実に凌駕した…と

 

そんなことを考えながら今ここにいる(・・・・・・)アーチャーの一矢が放たれる。

 

その速度は先ほどの二倍の速度である秒速800m、音速の約二倍だ。これ以上の速度を出すことも確かに可能だが、アーチャーのこの一矢には別の目的が存在する。2秒と経たぬうちに矢は闇の中へと解けていく。

 

その様子をアーチャーはジッと観察する。その間にもアーチャーに対し黒き凶刃が迫り来る。アーチャーはその攻撃を躱す。1撃目から10撃目までは躱した。だが、11撃目から初めてかすり傷を負う。そのことに驚愕を示しつつも、アーチャーは傷を負わせてきたその騎士の顔を蹴り砕く。

 

「ちっ…そうだったな。矢を放っている間は俺は無防備。ということは、増えていく騎士どもの数を減らしてすらいなかったということだからな…」

 

そう。アーチャーはずっと耳をそばだて、余計な雑音が入らないようになるべく周りの騎士たちを攻撃せずにいた。そんなことをすれば、騎士たちは際限なく増えていく。いつの間にか、アーチャーの周りには最初いた30体どころか、回廊をぎゅうぎゅう詰めにでもするかのように数百の兵士が取り囲んでいた。

 

「矢を放とうとしている間はそこまで気にしていなかったが、これはさすがに多すぎるな。」

 

かと言って弓を手離すわけにもいかない。ここからやる作戦(・・・・・・・・)にはどうしても弓と、そして次の矢の投影が即座に必要だからだ。だから、アーチャーは不恰好ながら、弓と拳を相手に向けて構える。

それを合図としたのか騎士達は一斉に波となって襲いかかってくる。通常であるならば、素手であろうとこの程度に遅れを取るようなアーチャーではない。だが、今回、彼はなるべく音を立てずに相手の攻撃を迎え撃つつもりだった。そのため、高い火力の打撃はこの場合のアーチャーにとっては毒でしかないのだ。

だから、わずかに耳を立てられる程度の穴を開けるように敵を倒していく。そうしている間にも敵は固まっていく。ドンドン、ドンドン降り積もり、ついに騎士達は団子状の黒い塊と化してしまった。

 

シン、と辺りが静まり返る。阿夜はこれに対し、反応を示さない。今のこの結界は誰が主人というわけでもなく、ただ異物を排除するための異空間だ。阿夜はただ待っているだけでいい。異物たるアーチャーが倒されるその時を…

 

 

 

矢が放たれてから25秒後、それだけ経ってわずかな変化が起きる。それは震度1にも満たない人が揺れたと言うことにすら気づかないような小さな、本当に小さな揺れだった。音もなく、柱にある燭台すらも反応を示さない。黒い塊の外にいる騎士が揺れでも起こしたのだろうとしか思えないほど…それほどまでの小さな揺れ。

 

その揺れが起こった瞬間、

 

塊はまるで竜巻にでも巻き込まれたかのように、爆音を上げ、一気に巻き上げられた。その竜巻の中心にいるのは言うまでもなくアーチャーだ。彼は回廊の先を見つめながら呟く。

 

「そこか…」

 

塊の中にいたのが嘘だったのではないかと思えるほどまでに傷が浅い彼は一つの宝具をを手に投影する。その真名は『偽・螺旋剣(カラドボルグII)』。彼が持つ宝具の中でトップクラスの破壊力を有する先ほどの矢とは比べものにならないほどの神秘を纏った魔剣だ。

 

贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)!!」

 

自らの弓の真名を解放する。そして、ギリギリと弓の弦を引きながら、一点を目だけで射抜かんとするほどの眼力で睨む。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII) 二段強化(ツヴァイ)!!」

 

真名解放と共に、この上ない暴虐の風として形を成した魔剣を射放つアーチャー。

その矢の速度は先ほどとはもはや比べものにならず、音速を遥かに超えて進んでいく。途中前にいた騎士すらもその圧倒的暴力の前にはチリ同様に舞い散り、吹き飛んでいく。

 

周りの柱を軒並み倒していき、暴力の顕現となった風は先ほどの矢と同じ地点へと着弾しようとする。そして、6秒と少々の時間が過ぎたところで遠く離れた地点で何か壁に激突した。そこからわずかに時が経つと魔剣による爆音はアーチャーがいる地点まで響き渡る。

 

そして…

 

ーーーーーーー

 

彩海学園、その屋上にて阿夜はただ夜空を眺めていた。こうしている今も阿夜の作り出した結界にて激しい戦闘が繰り返されている。だが、阿夜はまるでそんなことは知ったことではないとでも言うかのようにただただ夜空を眺めていた。

 

何せ、いまの彼女にはそちらを認知する余裕がないのだ。

 

「っ!?くっ!」

 

彼女はいつの間にか震えていた左手を右手で抑える。その感情を彼女は知っている。それはまさしく恐怖というべき感情だ。彼女は今、正に恐怖を感じている。自分の敵として対峙したあの不愉快な男のせいなのか、それとも元々持っていたものだったのか、それは彼女自身図りかねていた。だが、少なくともこうして自分で『なぜ恐怖しているのか』模索している時点で恐怖という感情の存在の確実性を如実に表していた。

 

「あと…もう少し…。あともう少しだ!もう少しで私は…」

 

言葉を続けようとした瞬間、ドクン…と心臓が脈打つような音が彼女の耳内にて響き渡った。その予兆にも似た音は次第に大きく、拍動の周期も徐々に短く、早くなっていく。

 

「がっ…あ…ぐ!?」

 

やがて心臓の脈動音のようなものは徐々に消え、代わりに今度はピシピシと何かに亀裂が入るような音が耳に響いてくる。その音が皮切りとなったのか、呼んでもいないのに自らの守護者たる(ル・オンブル)が姿を現した。

 

「うぐ…あああぁぁああ!!」

 

絶叫する。それと共に顔のない騎士が苦しむように腹を抱え出す。やがて顔のない騎士の後ろの空間がひび割れ出し、そして…

 

バリーン

 

音を立てると共にその空間が一気に割れ、空間内から一筋の青い光が暴風を纏って突き抜けていった。

 

だが、出てきたのはその光だけではない。光が突き抜けてからしばらくすると、1人の人間が出てくる足音が聞こえ出す。空間が割れた影響か、頭にまで割れるような痛みが走り、うずくまっていた阿夜にそちらを確認することはできなかった。だが、誰が出てきたのかはすぐに分かった。

 

「き…さま!アー…チャアアァア!!」

 

激昂の声を向けられた阿夜の真正面にいる男は意外そうに振り向く。

 

「なんだ?名前を覚えてもらっていたんだな。覚えていたにしても、呼んでもらえるとは思わなかった。」

「なぜだ!?なぜ、あの場所から出られた!」

「簡単だ。どのような結界であろうとも、その結界には必ず核となる何かが存在しなければならない。なんであれ…な。まず、君の悪手から順に教えて行こうか?仙都木阿夜」

 

そういうと、彼は阿夜の前で指を一本突き立てる。

 

「一つ、君は結界内にうまく俺を留めることに成功したように考えているようだが、その結果、君は俺の能力を無効化することに注視することはできなくなった。これにより、大幅に俺が出やすくなったのは言うまでもない。」

 

ニ本目の指を突き立てる。

 

「二つ、君の第一印象は非常に冷静で冷酷な人物だと考えていたのだが、俺という不確定要素に対する反発なのか何なのか分からないが、急に頭に血が上り始めていたことだ。俺個人が気に食わないか、それとも、南宮那月…いや古城一行に警戒を置いていた所為なのか、それは分からんが…」

 

三本目

 

「そして、三つ、これがある意味一番いただけなかった。それは君があの結界内に(・・・・・・)にいなかったことだ。」

 

最後の言葉には得心がいかず、阿夜は顔を歪めながらアーチャーの方を伺う。

 

「君はあの結界内に自分を入れないことで自分自身の死を回避できたと考えている。確かにその通りだ。だが、あの結界を最大限に扱うのならば多少の死のリスクも考えて一度は姿を現し、その後、身を隠すべきだった。

 

あの結界、あれは確かにループした空間だった。だが、それは断じて2kmの空間などではなかった。あれは正確にいうのならば20kmの空間だった。違うか?」

 

阿夜は黙っている。ようやく、冷静な自分へと立ち戻り、少しでも気分を落ち着けようとしているのだ。

 

「あの結界はともすればドミノ(・・・)に似ていた。」

 

ドミノ、誰でも一度は目にし、遊んだことはあろう遊戯の名だ。板状のモノを数枚配置していき、最後に倒していく単純な遊戯。

この遊戯をアーチャーが連想した理由は、単純である。ただ、ずーっと並んで続く柱を見て、そういえば、なんだかこう見てるとドミノを思い出すなぁという感じで…

だから、いっそのことドミノのように一つ倒れればこの敵どもも一斉に倒れでもしてくれないだろうか…と考えた。2kmというと広く聞こえるが、幅は10mなのである。そんな場所に何百体と押し寄せてくれば、さすがにうっとおしいと感じるのは当たり前である。

 

まあ、バカな考えだったが、おかげで結界は解けたのであの思いつきも決して無駄ではなかったということだろう。

 

「俺がいた場所をドミノが今現在倒れている場所とする。その後、君はすでに倒れたドミノ(入った部屋)をこれから倒れるドミノにいつでも置けるようにする。こうすることで君は空間をループしているように錯覚させたのだろう。ドミノでそんなチキンレースのようなことはやったことはないが…」

 

ただ、と言葉を続けるアーチャー。

 

「まあ、あれだけの広域だ。結界の起点そのものは単純に仕掛けるしかなかったようだな。

 

だが、あくまで俺が認識できる部分は今現在倒れているドミノ(入っている部屋)のみ…それ以外は絶対に認識できないようにあの結界は設定されていた。だから、2kmの空間なのではないかと俺も一時は納得し、ループはしていないと思い込んでしまった。」

 

だが、とまだアーチャーは言葉を続ける。

 

「もし、結界の起点の存在を完璧に隠すのならば君自身が目くらましにならなければ意味があるまい?あれだけずっといなければ誰でも結界の起点は君ではないと見抜ける。

 

……まあ、俺が相手ではほんの10分かそこらの違いだっただろうが…」

 

さて、とそこで一拍置いたアーチャーは改めて阿夜をその鷹のように鋭い双眸で睨みつける。

 

「それで肝心な結界の抜け方だが…これはまあ、自分で考えろ。少しおしゃべりが過ぎたしな。」

「なっ!?」

 

アーチャー自身、なぜ自分がこんなに敵に対してダメ出しをしているのだろうと不思議だった。ダメだった点というのは認識さえしなければ、ダメなままでいる可能性だってある。つまり、アーチャーは敵に対して塩を送りまくっているのだ。特に、三番目などはそうだろう。

 

(ああ、だが、そうか)

 

ただ、その不思議はすぐに解けた。多分、自分は、この女のことを憐れんだのだろう、とアーチャーは考えた。結界内にいたあの時、彼女の世界を見たアーチャーは知らず知らずのうちに自己の固有結界と似たものを感じ取っていた。あの結界は固有結界とは厳密には違うが、似ているから感情が感じられた。自分の固有結界を果てしない寂寥とするならば、あれはいつか来るものに対する圧倒的な恐怖だ。

 

無限に続くように思える恐怖、だが、そこには必ず果てがあり、その行き着く先はたとえどんなに長くとも破滅という絶望。

 

あの世界はそういった彼女の恐怖を如実に表しているように感じられた。だから、似合わないことこの上ないが、彼女に対してダメ出し(アドバイス)などをしてしまったのだろう…と

 

「っ!?」

 

一方の阿夜は、愕然とした口調で絶句した口を即座に閉じた。思った以上に自分はあの不快な男の言い分に聞き入っていたようだ。そのことに対し、恥だと感じた阿夜ではあるが、不思議とその言葉には不快と感じられるものがなかった。

先ほどの言葉は自らのことを侮辱したに等しい所業だったにもかかわらず彼女にそこまでの屈辱感は存在しなかった。

それがなぜなのか彼女には分からなかった。何せ、今まで不快にしか感じなかった男である。そんな男に対してすぐに好感が持てるわけもない。

 

(分からんな…)

 

なので、彼女自身も理由は異なるがアーチャーとわずかに似通った感覚を感じていたのだった。

 

さて、問題の結界攻略の抜け道なのだが…

 

(…正直な話、あまりスマートと言える手段ではないからな…)

 

通常ならばともかく、この手の結界には必ず行わなければならない手順というものが存在する。

 

すなわち、世界があることを証明すること。つまり、あらゆるモノの存在証明を必ず行わなければならない。

 

これは展開されている結界内にも言えることで、結界内にあるモノたちの存在も同時に証明し続けなければならない。アーチャーはこの点を応用した。

 

存在を証明し続けるということは、放たれた矢の存在も結果として証明しなければならなくなる。だが、同時にアーチャーが立っていた場所にも結界は存在証明を行わなければならなくなる。

 

つまり、アーチャーが立っている場所を指標として矢が飛んで行く先まで結界は必ず存在証明しなければならなくなるのだ。そうなると、結界は無理矢理にでも存在を証明しようとし、2kmの空間を無理矢理伸ばさなければならなくなる。

 

結界がある場所は存在証明を行わなければならない。ということは、存在証明を行う場所には必ず結界を存在させなければならないということ。

だから、アーチャーが散々認識できなかった空間にまで矢は飛んでいった。

 

ではなぜ、アーチャーは結界の起点がその先に存在すると分かったのか?それは…

 

(勘…だな。)

 

そう。なんとなく、ただ、なんとなくその先に大切なモノでもあるんじゃないかと考えたのだ。だから、根本的なところ、理屈は存在しないのだ。

阿夜はそんなアーチャーの考えていることなど知ろうはずもなく、ただ侮辱されているとでも感じたのだろう。ようやく、冷静さを取り戻し、目の前の敵に対して、冷たい怒りを投げかける。

 

「貴様…舐めるなよ。まだ、(わたし)にも奥の手がある。(ル・オンブル)!!」

 

阿夜は背後にいる顔のない騎士に怒号と共に命令を出す。魔女の守護者の正体とは人を喰らう悪魔である。ならば、その悪魔に契約者である魔女が自ら食われれば、どうなるか?当然、暴走し、辺り一帯を更地に変えるだろう。

 

だが…

 

「いや、残念ながら、君はこれで終わりだ。」

 

闇誓書の効果は結界が破られたことで、元の異能無効化へと逆戻りし、現在、アーチャーは投影が不可能な状態となっている。だが、そんな状態にさらされてなお、アーチャーは不敵に笑みを浮かべる。

 

不意にアーチャーの背後にある夜空の星がキラリと輝いた気がした。その星は段々と近づいていき、そして…その星はアーチャーの手元目掛けてまっすぐに降ってくる。

降ってきたソレをアーチャーはしっかりと掴む。すでに投影された剣については闇誓書の管轄外だということは知っている。すでにそんなモノはないだろうと思うだろうか?いや、あったのだ。かの皇女に手渡した全ての魔術を無効化する短剣(・・・・・・・・・・・・・)もまた、存在し続けていたのだ。その真名を…

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)!!」

 

真名を開放するとともに、その稲妻型の刃を阿夜の胸に突き刺す。その瞬間、阿夜を喰おうとした悪魔の手は払われ、消えていく。

 

そして、元の騎士の姿を取り始めると、不意にピシリとひび割れる音と共に一気に闇が取り払われ、闇色の騎士は青を基調とした鎧を纏った騎士へと変貌した。

 

「行け。元の契約主の元へと戻るがいい。」

 

アーチャーがそういうと、蒼い騎士は空に溶けるようにして消えていった。その様子を確認すると、今度は倒れている十二単を纏った魔女に視線を投げかける。どうやら、先ほどの守護者消失で精神がかなりやられていたらしく、気絶しているようだ。

 

「よう。随分と苦戦したようじゃねえかよ。アーチャー。」

「…ランサーか。ということは先ほどのはあの皇女の命令か。驚いたな。君がそんなに簡単に認めるとは…」

「勘違いすんな。オレはまだ認めちゃいねえ。ただ、オレの相手をしていた野郎がこんなところで、しかもあんなやられ方されちゃ、オレとしても格好がつかねえんだよ。」

「そうか。では、運が良かったということか。」

 

などとひとりごちるアーチャーの背中を見ながら、ランサーはよく言う、と思った。

 

「そもそもとして、あの程度の相手、力が制限されていようと初見の数瞬でてめえなら倒せたはずだ。だって言うのに、こんなに長引かせたということは待ってたんだろうが、あの皇女がくるのをよ。」

「生憎だが、敵に情けをかけるほど俺は鈍ってはいない。」

「ほう…敵に(・・)ねえ。」

 

つまり、味方のためならば多少の傷も容認できるとも受け取れる。あの場で息の根を止めれば、確かに、即座に事案は解決されていただろう。だが、それが全てとは限らないし、最善とも限らない。

アーチャーにとってマスターが最優先対象であることは今も変わらない。ただ、そのマスターがどうしようもないほど博愛主義(・・・・)であることも彼は知っているのだ。アーチャーが甘いと切り捨ててきた物をあの少女は持っている。

ならば、無くさないで欲しい、と思った。自分のように後天的に破綻したからこその博愛主義ではなく、ただ、一心に人を愛するその心を…そのためか、なんなのか、アーチャーはどうにも聖杯戦争に関わらぬモノに対する生殺与奪を行うことが憚られた。もとより、この男は無益な殺生は敵であろうと好まない。そんな彼にとって、マスターである叶瀬夏音はまさにダメ押しだったと言えた。

 

ランサーもなんとなしにはそんなアーチャーの心情の変化を捉えたのだろう。甘いとは思うが、おそらくそこまでの障害にはならないだろうとも考えた。他ならぬ自分がよく記憶しているのだ。

 

この男はやるときはやる…と

 

「そういえば、その皇女はどうしたんだ?」

「ああ?あそこにいるだろうが」

 

ランサーが手に持った槍の穂先の先を見ると、夜空に太陽のような激しい熱を纏う戦車があった。

 

「なるほど、君が偵察に来たというわけか。やはり認めているのではないか?ランサー。」

「うるせえ。認めてねえっつってんだろうが!…ところで、アーチャー、気づいたか?」

 

ランサーの言葉に対し、今度は水平線を見るように別の方向を見る。

 

「ああ、大きな魔力の激突が収束して来ている。どうやら、あちらも終わるようだな。」

 

ーーーーーーー

 

パイプがそこかしこに豆腐のように切り裂かれ、散乱している。工場の内壁は砂や瓦礫に、屋根などはもはや存在しなく、暗い空が広がっていた。

そんな惨状が火の手と共に舞う中、1人の男が倒れ、怪物はその姿を睥睨するように立っていた。

 

その男とは…

 

「ラ、ライダー!!!」

 

そう。かの聖人ゲオルギウスが真名のサーヴァント、ライダーだった。




いつも、読んでくださりありがとうございます。感想のほどよろしくお願いいたします。

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