ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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大変長らくお待たせしました。いや、なんというか、忙しかった……
ここからは週刊とまではいかないかもしれませんが、ほぼそれに近い形で連載しようと考えております。ではどうぞ。


観測者たちの宴 VIII

 そこは暗い空間だった。壁はゴシック調のレンガに囲まれ、そこかしこに拷問器具が立ち並んでいる。時折聞こえてくる怨嗟の声はただでさえ暗く影しかささない漆黒の空間を更に押し沈める。まさしく監獄と呼ぶにふさわしい暗い空間がそこにはあった。

 

 ここは監獄結界。世界中のあらゆる魔導犯罪者を収容し、悪夢へと誘う永劫の監獄。

 

 そんな監獄の一室に一人の少女が歩み寄る。黒いゴシックロリータのドレスにフリルを付けた黒い傘を片手にしたその少女はその部屋の真ん中の教台のような机にある本の前へ近づいた。その本の表紙には『Alice in Wonderland』と綴られた題名に紫とピンクのシマ模様のふざけた猫の絵が描かれていた。どこからどう見てもそれは絵本である。一見、それは無害なモノにしか見えない。

 その絵本は現在不気味な紫色の光を帯びた鎖によって雁字搦めにされ、決して教台の上から離れないように封印が施されている。

 そこには一片の情も存在しない、ただ捉えるということのみを焦点に置いた無慈悲な鎖『戒めの鎖(レージング)』。その鎖に囚われたモノは決してのがれることのできないと言われた神々の時代に鍛えられし呪縛の業。その絶対の呪縛の象徴でもある鎖を絵本には二重、三重、四重と縛り付けられている。

 

 少女はその無慈悲な封印がしっかりと絵本に施されているかどうかを確認した後、ゆっくりと口を開き、尋ねた。

 

「貴様、名前を何という?」

 

 シンと部屋が静まり返る。いや、監獄全体は元々暗く静かな空間だったのだが、少女が絵本に話しかけたことにより、部屋はまるでお伽話でも聞かされる前のような独特の緊張感と静寂感に包まれた。なぜ、例え話にお伽話が出て来たのか?それは、柄にもなく那月に『一体何を言われるのだろう』という妙な高揚感があるからに他ならない。一体どうしてこのようなお世辞にも趣味のいいとは言えない状態で高揚感が芽生えるのか分からない。絵本が気持ちを和ませるのか、それとも自分の精神がおかしいのか、と色々考えたが結局のところ分からなかった。

 彼女がその意味不明な自らの感情に頭を悩ませてから約二分、ようやく問われた本は口もないのに言葉を発して、彼女に問い返す。

 

『…なまえ?』

「……そうだ。貴様のことはある程度までは報告を受けているが、名前までは知らされていないからな。」

 

 声を出したことに対して那月は驚かない。すでに、第一真祖側からの報告で知らされていることもそうだが、那月自身、自らの異能である『戒めの鎖(レージング)』によりある程度の感情が存在していることはなんとなしに理解できた。ただ、言葉を返されたこと自体が意外で衝撃を覚えたのだ。

 

『なまえ…な…まえ…………わから…ない。』

「何?」

 

 そして、今度は別の意味で衝撃を覚えた。この状況で那月に対して嘘を吐こうはずもないだろうとは思うのだが、自分の名前はこの絵本には分からないのだという。那月はてっきり、本の題名でも言われるのかと思ったのだがそれが名前というわけではないらしい……

 

 ところでなぜ、那月がこんなことを絵本に聞こうと思ったのか?

 実のところ、特に理由はない。犯罪者として本が収容されてくるなんていう事態には正直驚きが隠せなかった。だが、彼女にとって奇妙、奇天烈は今更であり、取り立てて騒ぎ立てるようなことではないと考え直した。そのため、この絵本に対しても他の囚人と同様に接していくつもりだったのだ。

 

ただ、気まぐれに本当に気まぐれに『そう言えばこいつの正体って結局何なんだろう』と思った程度である。

 

正直返答が返ってくるとは思わなかった。だが、絵本は答えた。まるで無垢な少女が純粋に不思議がるように、絵本は返答したのである。

 

わたしは(・・・・)……ぼくは(・・・)……あたしは(・・・・)…わからない。じぶんがなにものなのか。」

「そうか…」

 

しかも、導き出された返答もどうやら真実を言っているようだ。混乱したような口調で一人称を交互に変えていき、主体性のないその返答にどこまで信用できる要素があるかは不安ではある。だが、少なくとも那月にはその絵本が嘘をついているようには見えなかった。いや、この場合、顔は見えないのだから聞こえなかった(・・・・・・・)と言った方が正しいか。

 

「ねぇ…おしえて。じぶん(・・・)のなまえ…ってなに?」

 

その問いは監獄結界の主人(・・・・・・・)にとって聞く必要のない問いだった。聞こうが、聞くまいが結局のところ、この本は一生この薄暗い監獄に留まるしかないのだから。

 

そう。ここは監獄結界。国際的犯罪者の数々を永劫の悪夢へと叩きつける暗黒の空間である。当然、本には誰かと触れ合う機会は決してない。そもそもとして、本が人と触れ合う(・・・・)というのもおかしい気はするが、この監獄結界に捉えられ続けている限り、本は決して人と交流することはないだろう。『一生誰とも交流することはない』…それが定められたことである以上、誰かと交流する術の一つである『名前』もまた不必要なものである。

 

そう。それは無駄で、不必要な質問だ。

 

那月もそんなことは理解していた。だが、彼女は……

 

「そうだな。では本の題名からとって『アリス』というのはどうだ?」

 

不憫と思ったわけではない。そんなことを思っていたら、この監獄の主人などやってられない。だが、彼女はその実に無駄で不必要な問いに対して不遜に、だが実に誠実に返答したのだった。

 

ーーーーーーー

 

「「ヴァトラー様」」

 

叫び声と共に二人の人影がすでに跡形もなくなっている旅客船から飛び降りてくる。一人は耳がすっぽり覆い隠せるほどに伸ばした黒髪が特徴的な少年の容姿をしたキラ・レーデベフ・ヴォルテイズロワともう一人はきつめの切れ目が特徴のトビアス・ジャガンである。いうまでもなく二人とも吸血鬼、しかも貴族級の力を持つ者である。

キラとジャガンは地面に足をつけると、即座に身を案じるようにして主人たるヴァトラーの元へと駆け寄ろうとする。

 

「来ないでくれるかな?」

 

だが、その足取りに対して主本人は愉快げに、だが実に重みの伴った言葉をかける。主人の言葉に即座に反応した二人の吸血鬼は足を止める。それを確認したヴァトラーは、ゆっくりと身を起こし立ち上がる。そして、自らに相対する怪物へと再び目を向けながら…

 

「く…ふはははは!!いや実に心地がいい。ここまで清々しい気分になったのは久しぶりだよ。実に、いや実に強いね。『魂を食う絵本』よ!!」

 

傷が治りかけているとはいえ、顔面の形などは元の形には戻っておらず、未だに気持ちの悪い水音が鳴り続けている。傷はまだ修復中なのだ。だというのに、彼はいっそ狂気的と言ってもいいほどまでに笑みを浮かべて口の端を釣り上げ、挑発的な口調で怪物とその傍らにいる少女に言葉を投げかける。

 

「……。」

 

一方の少女はそんな挑発的な言葉には見向きもせず、未だ先ほど逃げていった少年たちの足取りを確かめるように目を細めていた。

そして、たっぷり十秒経過し、少年たちの姿が見えなくなったところでようやく正面へと向き直る。

 

「なに?何か言ったの?」

 

まるで、小学生が担任の話を聞かず、その内容を隣の子にでも聞き返すような調子で少女は呟いた。

そのことについてヴァトラーはさほど気にはしなかったが、様子を見ていた配下貴族たちは別だ。

 

「貴様、ふざけ…!!」

「待ってください!ジャガン!」

 

激昂したジャガンが体のいたるところから吹き上げる赤い血煙と共に眷獣を召喚しようとしたが、それを手で制するようして止める。

 

「どけ!キラ!!あの小娘に目にものを見せてくれる!!」

「それ以前に!僕たちはすでにヴァトラー様から手を出すなと忠告されているのです!お忘れですか?」

「っ!?それはそうだが!貴様はあのような態度を取られてくつ…」

 

屈辱に思わないのか、と叫ぼうとしてジャガンはその口を止める。キラの表情を見たからだ。見るとキラは唇の端を吸血鬼特有の鋭い犬歯で噛み、血を流し傷つけ、その血を飲んだ影響か瞳は烈火のごとく紅く燃え上がっていた。

誰がどう見てもそれは憤怒からくる激情の赤だ。キラも激しい憤怒の感情を胸内に宿しているのだとジャガンはすぐに理解し、冷静さを取り戻していく。

 

「…そうだったな。」

 

一人ごちるように呟いたジャガンはすぐにヴァトラーへと向き直り…

 

「申し訳ございません。ヴァトラー様、取り乱してしまい……」

「いいヨ。すぐに納めてくれたしね。」

 

ただ、とヴァトラーは言葉を続ける。

 

「まあ、配下の者にあそこまで激昂させてしまったわけだしネ。否が応でもボクの名前をその体に刻んであげるヨ。」

「……。」

 

少女はその言葉に応じず、ただすっと命令を促すように手を挙げる。すると、怪物はゆっくりと人間のような立ち姿から今度は両手を地面に着き、獣のような体勢でヴァトラーを睨む。

一方のヴァトラーはそれに応じるように一匹の鋼鉄の鱗を持つ蛇の眷獣を呼び出す。

 

(とは言っても、正直、勝ち目は薄いかな?普段通りならともかく、今の僕はかなりの制限を設けられている。おまけにウチの第一真祖(じいさん)を相手に大立ち回りしてみせた相手だと来ている。)

 

だが、そんなことはこの男にとって些細な問題だ。たとえ全力でなくとも今この瞬間、生の快感を得られるこの刹那の戦いこそヴァトラーの望んだもの。故にこそ、全快の状態でも難敵であろう怪物を目の前にしてヴァトラーは深く深く笑ってみせる。

 

「さあ!続きを始めようか!」

 

ーーーーーーー

 

「……それは本当ですか?ランサー。」

「ああ、おそらくそろそろこの島内において魔術やそう言った類の異能が使えなくなっちまうだろう。」

 

令呪の繋がりを辿り、仮初めの主人にことのあらましを丁寧に説明するランサー。まだ主人と認めていないとはいえ、現在の状況を鑑みれば協力をしなければならないのは明らかだ。そう判断し、ランサーは自分からこの異常事態を説明した方がいいと判断したのだ。

 

「弱りましたね。それが事実なら早急に対策を考えなければ…」

 

一人悩むラ・フォリア。それに対し、ランサーは何も言葉をかけずに、成り行きを見守るようにラ・フォリアを見つめる。仮初めの主人が自分が忠を尽くすにふさわしいのか、今この瞬間も見て判断しているのだ。

その辺り、ラ・フォリアも察しがついているため、あえて返答を待つようなことはしなかった。

 

(…とりあえず、仙都木阿夜の捜索を行いましょう。今分かっていることといえば、仙都木阿夜が黒幕の一人だということぐらいです。であるならば、こちらも手を休めずにアプローチを仕掛けるべきですわ!)

 

そういうと、ラ・フォリアは自分の身の回りを警護する騎士達を呼び出す。

 

「これから仙都木阿夜の捜索を行います。各班3人ずつにチームを組み、これから四方を飛び散るようにして捜索を行ってください。異変を感じたのならば即座に私と他の班に連絡を取り、一時待機をすること、分かりましたね?」

「「「「はっ!!」」」」

 

言葉を受けた女性と男性が入り混じって編隊を組んでいた騎士団は十秒も経たぬ内にチームを組み次の十一秒目では四方へ散開し、捜索を行っていた。

その迅速な反応と判断にランサーは感心した。

 

「……大したもんだ。ケルトの方でもあそこまでの団結力は中々ねえもんだぜ。」

「お褒めの言葉ありがとうございます。」

 

ランサーに向かい、わずかに会釈をしたラ・フォリアはその後、静かに前を見つめる。その十秒後、ランサーが口を開いた。

 

「なあ、おい。なんで捜索に騎士全員向かわせやがった?」

 

と、怪訝そうにつぶやいた。そう。よく考えればおかしいのだ。

現在市中のど真ん中、ビル群が建つその場所にはフェスタのこともあり、大勢の人間がたむろしていた。そんな場所に全身青タイツのランサーと、佇んでいるだけで上品な空気を纏わせる清廉な黒を基調とした礼服を着たラ・フォリアは堂々と立っていた。当然目立つ。ということは自然、敵からも見つかりやすいということだ。

 

ランサーは類い稀なる戦闘能力を所持している。ランサーがここにいるのならば、ラ・フォリアの身の安全は保証されているように見える。

 

だが、実際はそう単純ではない。忘れてはならないのはランサーは未だラ・フォリアのことをマスターとは認めてはいない、ということだ。

つまり、ランサーに守られるという前提は覆る。

 

「そんなものは決まっています。この現状ではあなたも私に手を貸さざるを得ないだろうと思ったまでです。」

「ほう?その心は?」

 

ラ・フォリアは神妙な表情でランサーへとまっすぐにそのエメラルド色の瞳を向ける。

 

「あなたは、最初に言いましたね。『私がマスターとして認めてない限り、私を助けない』と…」

「おう。言ったぜ。」

「そして、そのの前に私はこうも言いました。『私を認める間までの猶予が欲しい。と、そしてあなたは了承した。」

「……まさか、そいつが理由か?だとしたら薄すぎる。」

 

肩透かしを食らったという風に呆れた表情で力を抜いてしまったランサーは失望した様子でラ・フォリアの方に目を見やる。だが、ラ・フォリアの目はまだ死んでおらず、まっすぐにランサーを捉えていた。

 

「いいえ、まだあります。私はあなたに会う前にシェロより、あなたがどのような人物か聞きました。」

「シェロ?……ああ、アーチャーの野郎か。あの野郎そんな偽名使ってんのか。」

 

気持ち悪いと、呟くランサー。

 

「話はまだ終わっていませんよ。ランサー。そしてシェロから話を聞いた後、私はあなたの性格がどのようなものなのか予想しました。結果、あなたは人の全力(・・)を見てその人間がどのようなものなのか見極める事を好むそうですね。」

「……。」

「ならば、あなたにとってこの状況は望ましくないもののはずです。あなたはもちろん私まで力を制限された状態で全力も何もあったものではない。」

 

なおもラ・フォリアの言葉は続く。

 

「まあ、あなたは私の精神の持ちようを判断して私のことを判断しようと考えているのでしょう。それくらいは私にもわかります。ですが、精神と肉体は別物ですが、別離(・・)しているわけではない。故に、精神・思考状態が安定しない確率とて、ないとは言い切れない。故に、私を今ここで見殺しにすることはあなたの誓いをも破ることになる。

 

ならば、あなたは私を守るしかない。違いますか?ランサー。」

 

確認をするようにしてランサーを見つめるラ・フォリアの表情は不敵な笑みを浮かべた余裕の表情へとすでに様変わりしていた。

相手によってはそれは不快感を漂わす不吉な笑顔にしか見えない。だが、一方のランサーは感心の表情を露わにしていた。王という在り方が綺麗事ばかりで務まるとは思わない。ランサーとて一度は王として玉座に身を置いた経験があるものだ。それくらいはわかる。だからこそランサーは彼女の胆力に感心したのだ。

 

この自分に対してここまで啖呵をきり、見事言い伏せてみせる。それは並の人間ができることではない。そう。それは感心して然るべきことなのだ。ことなのだが……

 

(なんだろうな…この妙に背中がざわつくような、胸騒ぎに似た何かは)

 

ラ・フォリアの言葉を受けたランサーは感心と同時に妙な不快感も感じていた。ランサーは彼女の言葉の端々にある本気を受け取り、それに対し真逆ではあるが自らの師(スカサハ)の面影を感じた。なんというか、戦士を従え、自らも戦うその姿には北欧の戦乙女よりもクーフーリンにとってはそちらの方がよく面影が一致するのだ。

 

ただである。その姿には好印象を抱いたのだが、なぜか彼女の言葉の端々の本気には同時に自らが嫌悪、というよりも相手にさえしなかった誰かさんの面影を感じるのである。

その相手とはメイヴ。無垢に淫靡をなし、清廉に奸計をなすあの女狐に似ているものを思わせるのだ。

 

(なんつーか、こりゃぁ見極めるのに苦労しそうだなぁ。)

 

ランサーは一人ごちるように心の中で呟いた。だが、ともあれ彼女の言い分に含みはあるものの納得したランサーはラ・フォリアの身を守るために前へと身を動かすのであった。

 

ーーーーーーー

 

「さて、順調…というべきだろうな。今の所は」

 

仙都木阿夜は南谷那月から奪い取った闇誓書を見ながら呟く。

 

「この調子ならば我が目的にも大分近づくことだろう。」

 

仙都木阿夜、彼女の目的とはすなわち世界の真実を知ることである。

 

今現在、この世界には魔術と呼ばれる異能が存在する。だが闇誓書が完璧に発動した瞬間、それら異能は無へと還る。それが闇誓書の効果だが、その状態でもなお、この島において異能を使いうるモノが存在していることを阿夜は知っている。

 

それは姫柊雪菜という巫女である。雪霞狼というあらゆる異能を無効化するあの槍だけは、異能無効化空間となるこの絃神島にて活用することが可能なのではないのかと阿夜は考える。だが、それは通常ならばあり得ない。雪霞狼とて異能の範疇、であるならば、当然、闇誓書の効果も受けるはずだ。

 

だが、もし、その闇誓書の能力を受けても異能が使えるとなれば、それは……

 

「あの槍には別の側面が存在する。異能を無効化するなどという斯様に瑣末なものとしてではなく、世界の理そのものに干渉するような何かが…」

 

それを彼女は、世界を元に戻しているからなのではないかと考えている。世界には元より異能などというものは存在せず、あの槍はただあるべき世界へとわずかに戻しているだけなのではないか。

 

闇誓書の能力が異能無効化とは言え、もしも異能を使っている対象が世界に干渉しているというのならば、それを無効化することなどできようはずもない。

 

長くなったが、つまり、彼女は「正しい世界とは異能が存在しない世界」なのではないかと考えているのである。

 

「本来ならば、その効果のほどを目の前で確かめたかったのだが…」

 

そうも言ってられなかった。なにせ、今現在、この島には異様とも呼べる存在感を放ったものたちがいるのだ。その者たちの存在が彼女の足を止め、姫柊雪菜の誘拐への一歩を踏み出させなかった。

仙都木阿夜は弱い魔女などでは断じてない。むしろ、魔女の界隈では彼女ほど有名なモノはそうはいない。それだけの実力を彼女は秘めていた。だが、そんな彼女をしても現在感じている五つの気配には言い知れぬ恐怖を感じていた。

 

「くっ!情けない。那月ならばともかく、あんなどこの馬の骨とも知れぬ輩に恐怖を抱くなど……」

 

だが、それももうすぐ、終わる。あと少しもすれば、闇誓書の発動は完璧に完了し、そうなれば、五つの気配の持ち主たちとて無事では済まないはずだ。その間にあわよくば、姫柊雪菜をここまでさらい、自らの目的を完遂させることも不可能ではない。

 

闇誓書完全発動まであと二十秒

 

「さて、ではそろそろ行くとするか。妾の目的のため、その力を使ってもらうぞ。姫柊雪菜。」

 

十秒

 

膨大な魔力が阿夜を起点に噴き上がっていく。そしてその魔力を元に彼女は魔法陣を組み上げていく。転移術式を発動しようとしているのだ。彼女を中心とした魔法陣の淡い紫色の光は夜の闇を怪しく照らしていく。

 

 

 

 

 

 

闇誓書発動完了。それとともに彼女は空間転移を行おうとする。夜の闇を照らしていた紫色の光が白に変わり、阿夜を白く照らしていく。

転移術式発動とともに体が紫色の霧と化そうとする。

 

瞬間、黒と白の影が阿夜に向けて放たれる。

 

「っ!?」

 

驚愕した阿夜は、転移を瞬時に止め、後方に飛ぶことでそれを避ける。

白と黒の影は阿夜の首を掠めながらブーメランのような楕円の軌道を描き元の投げられた方向へと戻っていく。

 

そしてその影をパシッと掴む音が上空から聞こえてくる。何事かと上を向く阿夜。その視線の先には…

 

「やれやれ、灯台下暗しとはよく言ったものだ。まさか、彩海学園を術式の起点としているとはな」

 

赤い外套を腰から下の部分に付け、黒いプレートアーマー、黒いズボン、そして褐色の肌と白い髪が特徴的な端正な顔立ちをした青年が立っていた。

姿を見るのは初めてだが、見た瞬間、阿夜は直感した。

この男も監獄結界にいた男と同等、いやもしくはそれ以上の力を持った存在であり、あの恐怖を感じた五つの気配のうちの一つなのだと…

理解が頭に及ぶと同時に彼女の背後から黒と紫色を混ぜた炎が立ち昇る。炎はやがて騎士の甲冑へと姿を変えていき、紫色の瘴気を放ちながら立ち尽くした。

 

その顔のない騎士の形を為した怪物の名は(ル・オンブル)。彼女が魔女として従えた守護者である。影の名に相応しい闇色の瘴気を纏ったその悪魔に対し、阿夜は手加減なしの命令を加えた。

 

「やれ!(ル・オンブル)。そこの男を蹴散らせ!!」

 

命令を受けた悪魔は即座に現れた男に対して手を伸ばす。ただの拳とは言え、紛れも無い悪魔の放つ拳、その速度は音速を超え、的確に目の前の男目掛けて放たれる。

 

そして、その拳が男に着弾すると同時に屋上の床板が綿毛のように飛び散っていく。まるでダイナマイトでも爆発したかのような爆音が響き渡り、術式を描いていた学園全体がわずかに揺れる。

揺れが収まり、事の次第を確認した阿夜は悪魔の拳を床板から引き離す。

だが、そこには死体どころか、傷を負った後に出来上がる血ノリすらない。

 

「やれやれ、名乗る前に攻撃とは……まあ、よーいドンで始まる戦いなどないのだから、その行動は正しいと言えば正しいのだが」

 

そして、聞き覚えのある声が後方から響き渡る。急いで後方を見ると同時に背後の方へと距離を取る阿夜。その後、男に向けてようやく質問する。

 

「貴様、何者だ?」

「何者か、か。なに、名乗るほどのものではないが、あえて言うならそうだな。」

 

キザったらしい口調で言葉を並べる男は静かに前を見据え鋭い眼光で阿夜を射抜きながら名乗りを上げる。

 

「サーヴァント アーチャー。君を止めるものだ。」




FGOの主人公たちについて、彼らのモデルが『もし、初代のヒロイン主人公を女体化、男体化したらどんな感じになるのか』と聞いた今日この頃。

え、そうなの!?マジで、と思わず思ってしまった。

言われてみれば似ている。

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