そんな愚痴から始めさせていただくようですみません。では、どうぞ!
舞台は再び過去へと戻る。
アリスと呼ばれることになるソレは魂をギリギリのところまで搾り尽くし、吸い取ったものの、命まで取る気はなかったので不幸中の幸いというべきか、死者は出ていない。だが、それでも少なからず恐怖という形で後遺症を残されたものたちは少なくなかった。
魂を喰う宙に浮く絵本。そんな文字通り童話の怪物ような気色の悪い噂がその村の付近へと回りそして国へと向かうまでそう多くの時間はいらなかった。
そうして、領民の被害が4桁に届きそうになったとき
「ヴァトラー様!」
きつめの切れ目が特徴の青年吸血鬼であるトビアス・ジャガンは自らの主人に対して無礼を承知で声を荒げる。
一方の主人は自らの屋敷内の明かりもつけていない部屋にて優雅にワインを口に含みながら、木製の安楽椅子へと腰掛け窓の向こうの景色を見ていた。
「なんだい?ジャガン。」
「例の魂を喰う絵本がアルデアル領内に入ったとのことで、その件についての報告を……」
「ああ、そのことかい。」
興味がなさげにヴァトラーは呟く。ヴァトラーにとって興味がある事柄とはその敵が強いか否かということだけである。自らに匹敵するだけの力を示してくれるモノ、それだけがヴァトラーのこの永遠に思える生命の渇きを潤す唯一の娯楽なのだ。この時、ヴァトラーの耳には絵本が魂を喰うとしか耳に入っていなかった。最初はどこぞのモノが何か非情な儀式などで力を手にしようとした影響で出来上がった現象なのかと思い、心躍らせたのだ。
だが、『絵本』は本当に魂を喰うことしかしてこなかったのだ。それが終わればすぐに何処へなりと消えてしまい、うまく敵を撒き、また『絵本』には何か敵を倒そうなどという気概もなかったのである。そのため、ヴァトラーもそのことに対しては興味をすっかり失っていた。
「で、それがどうかしたのかい?」
「はっ!
「……なんだい?あの爺さん、案外やる気なのかい?」
「ええ。まだ魔族側に手が出ていないのでそこまでの敵ではないだろうと、周りのものが諌めたのですが、すでに相当数の領民が被害に遭っている状況で自らが打って出なければ沽券にかかわるとのことで……」
「そうかい……まあ、分かったヨ。では僕はここで優雅に貴方様の戦いぶりを拝見させていただきます。と伝えておいてくれたまえ」
「はっ!」
ジャガンは短く敬礼すると、ヴァトラーの居室からドアの音を立てずに静かに出ていった。
「しかし、本……か。」
すると、また暇になったヴァトラーは席を立ち、窓から見て右側にある本棚の本に手をかけ、その一冊をすくい取り、ページを開き静かに読み始めた。そうして、しばらくすると退屈そうにふぅと息を漏らすのだった。
そんな彼が予想以上のソレの奮戦により、かの第一真祖が苦戦を強いられ、何とか勝利したと聞いて、後悔するのはそう遠くない話だった。
ーーーーーーー
「あの後、爺さんに聞いてみたけド、『もし、あの怪物が全力だったら、勝てはしただろうが、あの時以上の苦戦は免れなかっただろう』と言っていたヨ。いやはや、本当に驚いた。まさか、あの爺さんからあんな言葉が聞き出せる日が来ようとは」
愉快そうにつぶやきながら、ヴァトラーは目の前の怪物を睥睨する。いや、正確にはその怪物の肩に乗っている少女に目を向けている。
ヴァトラーの視線の先にいる少女はところどころ霧のようなものに覆われており、その霧は頰から上にまで達しており、目は見えない。だが、その髪型、背丈、それらは間違いなく…
「あれって、那月ちゃん…よね?」
その姿を後方で同じく確認していた浅葱が呟く。そう。目元が見えず、完璧には容貌を確認できなくとも、あまりにも特徴が……その少女の口元、髪型、鼻の形それら全てがマッチしすぎている。なぜ、そんなに精巧に分かるか?簡単である。なんせ、今現在までその生き写しのような少女とずっと行動を共にしていたのだ。それで分からないほど、浅葱は鈍くないつもりだ。
そんな彼女の考え事を他所にキャスターとヴァトラーは話を続けていく。
「な…ニ?あなタ?」
「説明が必要かい?君の敵だヨ。お嬢さん。いや、
『魂を喰う絵本』ヨ」
その言葉を聞いた瞬間、後ろにいた浅葱の混乱は確実なものとなり、驚愕の眼差しをその少女へと向けた。『魂を喰う絵本事件』この摩訶不思議な感覚を感じさせる妙な事件名は五年前知らない者はいないと言えるほどまでに有名になった事件である。死傷者は出ていないものの、東欧の悉くの人間の魂を餌にした史上最悪の絵本。魔道書であることも疑われたが、結局のところ、それはただの絵本であり、現在はどこかに厳重に保管されているのだと公式では聞いていた。
それが今、自分の目の前にいる那月の生き写しのような少女だということに対し浅葱は理解が追いつかなかった。当然だ。大体、ここまでよくやってきたと褒められはすれ、まだ頑張れるだろうと
何せ今日までに起きた出来事を全て列挙していくと、なぜか自分の担任に似ている少女にママと呼ばれ、なぜか身の丈2メートルは行きそうなほどの怪物に追い回され、その怪物がビルを振り回してきて、そして絶対絶命というところでなぜか東欧の有名な吸血鬼の貴族様が助けてくれて、そしてその貴族様が言うには目の前の怪物の肩に乗っている那月似の少女こそがあの東欧を騒がせた『魂を喰う絵本』なのだと言う。これだけのトラブルに巻き込まれて……
「浅葱ーーー!!」
そして、なぜか聞き慣れた声が響き渡る方を見渡せば遠くのビル群の頂上から白馬が降りてきて、こちらへとものすごい勢いで突っ込んでくるのである。
「もう……何なの?これ」
他人事ではあるものの、これを見て浅葱の事情を理解したものは瞬時にこう言うだろう。
御愁傷様、と。
ーーーーーーー
闘いは続いている。爆炎が舞い、大地はひび割れ、海が怒り、すでに舞台となった駐車場の面影などかけらも存在していないにも関わらず、なおも二人の英雄の闘いは今も続いていた。
双方は焔を背に空を掻っ切る。激突し、その激突の衝撃波は周りの焔を一瞬にして搔き消す。
「ぬぅう!!」
「ハァ!!」
一瞬訪れる硬直の瞬間、だが、それは文字通り一瞬だ。すぐさま弾かれるようにして双方が引くと今度は瞬発力で優っている槍を持つ英雄・ランサーが突撃し、突きを胸へとかまそうとする。その突きは正に神域、穂先は全ての空間を食い潰さんとするほどの迫力をで真っ直ぐに標的へと向かう。並みのものならば、それに対して何もできずに棒立ちのまま死へと誘われるだろう。
「ふっ!!」
しかし、対するこの男は剣の英雄セイバー、全クラスの中で最優と呼ばれたモノだ。セイバーはその突きをまるで突き出された手を片手で払うかのように軽く剣で払うと、そのまま回転して今度はランサーの背後から首を狙うようにして剣を振り抜こうとする。
「しっ!」
その剣の振り抜きをランサーは今度は背後にだけ槍を持っていくことで受ける。ただし、ただ受けているのではない。悔しいが、ランサーは自分の膂力がこのセイバーに届かないことを知っている。そのため、わずかに槍を斜めにすることにより真っ向から受けるのではなく受け流すことに特化した防ぎ方でセイバーの力を流しているのだ。常人ならそれだけでも気が狂いそうになるほどの集中力が必要だが、彼はそれをこともなげに繰り返していく。
その繰り返しはやがて武器同士の嵐を作り上げる。その嵐は地面に亀裂を立て、付近の植物を切り、なぎ倒していった。
そして、嵐が終わろうとした時、ランサーは今度は受け流さずにわざと力全てを受けた。剣戟を受け、飛ばされていくランサー、それに対して追撃を仕掛けるセイバー。
「アンサズ!!」
だが、その追撃を待っていたとでも言うが如く、ランサーは持ち前のルーン魔術を地面に対して放つ。
すると、ルーンの光が灯った場所からセイバーへとまっすぐに火柱が走っていく。
「はああ!!」
その火柱に対して、セイバーは自らの剣にも炎を纏わせ、振り抜く。すると、今度はセイバーの足元から噴火に似た火柱が沸き立ち、ランサーが起こした火柱と激突する。
火柱同士の激突は本物の噴火となり、周囲を摂氏1000度以上の高熱の滝で煽っていく。だが、そんな中にいてもセイバーとランサーの二人は無傷だった。
ランサーは矢避けの加護により、人が避けられないはずの熱の滝を避け、セイバーは避けはせず、ただ自らの不死の加護により己が身体が傷つくのを防いだのだ。
滝はやがてアスファルトを熱し、周囲はマグマのように赤く干上がっていく。その影響で大地は形がなくなり、道路に出来上がった亀裂は見えなくなり、すでに駐車された車などその場所には跡形もなくなっていた。
「……解せんな。」
ふと、ランサーが呟く。
「何がだ?ランサー。」
「貴様とて、分かっているはずだろう。本当に勝利だけが目的だと言うのならば、ここで手を出すのは間違っているとな。」
ついにランサーは自分が疑問に思ったことを口にしたのだ。
「少なくとも、俺とアーチャーがもう一度激突する可能性だってあった。てめえが縮こまって出てこねえなら、野郎に一杯食わされた腹いせに俺はアーチャーに落とし前をつけさせようとも思ってたしな。てめえだってそれくらいはあの状況で理解できたはずだ。」
「……。」
「だって言うのに、てめえは襲ってきた。1時間かそこら経過するならまだしも、即座にだ。たとえ、それがどれだけ英雄らしくなくとも、俺たちサーヴァントはマスターに従うもんだ。この国には『漁夫の利』なんつー諺があるらしいが、そいつを狙うならなおさらありえねえ。俺を即座に襲うなんてな。」
「ほう?それでは貴公は私の行いは自分勝手すぎると言いたいのか?」
その試すような問いかけに対してランサーはいや、と首を横に降る。
「どんな野郎なのか、なんて言うことは実際、剣を交わしてみれば分かることだ。あんたは主人を裏切ってはいねえんだろうよ。となると、だ。これはてめえの主人の
ランサーは言葉を続ける。
「そこから推察すると、てめえのマスターはこの闘い
最後の言葉を言おうとしたその瞬間、セイバーの豪剣がランサーへと向けられ、それをランサーは前方に槍を斜めに立たせて防御する。
「そこまでにしてもらおう。ランサー。それ以上は我が主人、そして私自身に対する侮辱だ。」
「……そうかい。まあ、いいさ。俺は元々、ギリギリの戦いがしたくて召喚に応じたわけだしな。てめえの主人が何を考えているのかなんて言うのは些細な問題だ。さて、続きを始めようか?セイバー。」
その言葉が終わると共にランサーはセイバーの剣を押し返す形で弾き飛ばす。怯みはしなかったものの攻撃を返されたセイバーは即座に自らの武器による返す刀で攻撃を返す。それを防ぎ、槍を放つランサー。二度目の剣戟の嵐が作り上げられ、またもその周りは破壊の波に巻き込まれるのだった。
ーーーーーーー
「無事か!浅葱!……って、な、那月ちゃん!?」
白馬が立ち止まると同時に体を投げ出す調子で古城は浅葱の元へと向かった。
だが、途中で那月似姿の少女が浅葱の方と怪物の方の両方にいることに気づき、すぐに足を止めてしまった。
そのことに浅葱は微妙な苛立ちを見せ、なんとか立ち上がろうとしたが、未だに力を入れられないようで、その場でへたり込んだままでいる。
「これが無事に見えるの?あんたには……」
「あ?……ああ!!……いや、見えねえな。悪い。」
機嫌が悪い調子の口調を聞き、すぐに浅葱の方へと意識を戻した古城は申し訳なさそうに頭をかく。と同時に背後で、何かが崩れる音が響き渡る。驚いた古城は即座に首を振った。
「な、なんだ!?」
「ああ。驚かせてしまい申し訳有りません、古城。どうやら、リヤカーの方が天寿を全うしたようでして止まると同時に一気に崩れ落ちたんです。」
「あ、ああ。なるほど」
言われて古城は納得した。そりゃそうである。どれだけ強化しようが、所詮はリヤカーだ。工場などで普段使われている普通のリヤカー。そんなものが音速の壁を超え、更には古城たちを音速の壁から守る役割を果たしていたのである。普通だったら、ものの数秒で空中分解する。
「やあ、古城。久しぶりだネ。」
「ヴァ、ヴァトラー!お前、どうしてここに!?っ!?」
やたら親密な響きがある口調に怖気が走り、そちらを振り向くとそこには見たこともない怪物と対峙していたディミトリエ・ヴァトラーがいた。
「何って、見ての通りだヨ。
「……そうかよ。」
呆れ半分と憤り半分の口調でヴァトラーに言葉を返した古城は浅葱に顔を向け、これからどうしようか考えようとした時、ヴァトラーがまたも声をかける。
「そうそう、古城。そこのカインの巫女を守りたいなら、僕の船に行くといいヨ。以前と同じところに止めてあるから場所は分かるだろう?」
「なっ!?困ります。あなたの船内は治外法権区域。それではいざという時に……」
「いえ、その方がよろしいかと思われます。体勢を整えるとしても、なるべくならば戦力の意味合いで整った場が欲しいですし、何よりそこの浅葱嬢が狙われていることが分かっている以上、その船内よりも安全な場所はありませんしね。」
背後のライダーと雪菜の口論を聞きながら、古城は黙考する。そして結論を導き出す。
「分かった。それじゃ、その誘いに乗らせてもらう。とりあえず、ありがとな。」
「フフ、礼などいいよ。それより早くここから退いてほしいな。ボクもあちらも、もうこれ以上我慢できそうもないんでね。」
見ると、怪物はジッとこちらを見つめて動かない。警戒……しているわけではないのだろう。アレはこちらをまとめて相手したとしても問題ないほどの怪物だということくらい流石に理解できる。
なぜ、そこから動かないのかは分からないが、どうやらそのまま本当に動く気はないようだ。なんにせよ、この機を活かさないわけにはいかない。
「それじゃ、行こうぜ!」
「え、ええ」
古城の呼びかけに遅れ気味で浅葱が反応する。おそらく現在の状況に未だに頭が混乱をしているのだろう。だが、そこは流石な飲み込みの早さで慣れていく。わずかな間、硬直したものの、それだけであり、浅葱は古城を先頭に雪菜、紗矢華と時代錯誤の甲冑姿の男の後を追うようにして走り出したのだった。
ーーーーーーー
そうして、そこには一人の吸血鬼と怪物だけしかいない空間となった。辺りはビルで覆われていたものの今では完全に更地である。その30m四方はある円の戦場の中でヴァトラーは指を動かす。
「では、始めようか!」
そして、次の瞬間、腕が上空から前へと突き出され、鋼の体皮の蛇を怪物めがけて突進させる。
「ジャバウォック…ツカ…んで!」
遅れ気味だったものの、主人が出した命令にジャバウォックは無言で答える。蛇が近づいてくる。そのゆうに2メートルはあろう牙の先端をこちらに向け、鋼の体皮をなびかせて蛇はついにジャバウォックに衝突した。
その突進はトラックの交通事故などとは比較にならないほどの衝撃音を辺りに響かせる。
その攻撃を受ければいかなる者もひしゃげ、粉々になるだろう。そのはずだ。
だが、そんな一撃をジャバウォックは片手で受け止める。衝撃は大地には逃げていないためか地面にはヒビ一つ入っていない。そのあまりの光景に流石のヴァトラーも絶句した。だが、それとともに凶暴とも取れる笑みを深める。次にヴァトラーは手を空へと挙げる。
「徳釈迦!!」
ヴァトラーの呼びかけとともに腕から血が霧となって吹き上がり、緑色の一つ目の蛇の眷獣が召喚される。
眷獣は目を見開くようにして、怪物を見る。瞬間、その眼光から発せられた熱戦により、辺りは火の海と化した。
「■■■■■■■■■■!!!」
だが、ジャバウォックは倒れない。絶叫を上げ、火の海を素手で叩き伏せながら進み、ジャバウォックは勢いよくヴァトラーへと突進していく。
「いいね!実にいい!!」
その突進をヴァトラーは嬉々として受け入れ、手から勢いよく血煙を発して、手を突き出す。それは新たな眷獣を呼び出すサイン。
眷獣を呼び出したヴァトラーはその眷獣でジャバウォックを迎え撃ち、激突は爆発を呼び、辺り一帯の瓦礫を吹き飛ばすのだった。
「さぁ、僕に生きてる実感を感じさせてくれ!!」
そんな狂気とも取れる絶叫を辺りに響かせて吸血鬼の貴族は
ーーーーーーー
「さて、では早いようだが、そろそろ始めるか。」
まやかしの太陽の元、そう宣言した仙都木阿夜は一つの魔道書に手をかける。それが合図となり、魔道書とともに彼女のいた建物全体を奇妙な術式が覆う。
そして、次の瞬間、カッと紫色の光がまやかしの太陽の光すらも潰さん勢いで輝いていく。
「ふふふふ……」
その様子を見て、阿夜は一人でに笑みをこぼす。
その笑みは無知な子供のように純粋で、そして策略を巡らす大人のように残酷な響きを持たせるものだった。
ーーーーーーー
「っ!?」
同時刻、仙都木優麻は目覚める。まるで、雷に打たれでもしたかのような目覚め方をした優麻は重い体を起こそうと即座に手を動かす。
「まずい……これは、闇誓書の……急がないと、古城たちが危ない!」
そういった彼女は重い身体を引きずるようにして手術室を出ていくのだった。