ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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観測者たちの宴IV

「おいしい?」

「うん!!」

 

黒髪と真夏に子供が着るような晴れやかなオレンジと黄色が基調とされたワンピースを着た少女は目の前にあるフルーツパフェを頬にクリームをつけながら頬張り、晴れやかなまでの純粋な笑顔を浮かべる。その笑顔に浅葱もまた満足げな笑みを浮かべて背中をファミレスのソファーへと預ける。現在、浅葱は今の状況を頭の中で整理するためにこの目の前の少女を連れてファミレスに入っていた。

突然、自分のこと『ママ』などと呼んだこの少女。彼女は一体何者なのか?その疑問を解決するために

 

「…まあ、予想がつかないわけじゃないけど」

 

いつも自分の学校で幼げな美貌を晒しながら教壇へと登るあの担任教師。この少女には彼女によく似た面影を感じられる。ただ、それだと謎が多い。彼女と自分はそこまで知らない仲ではない。なにせ、担任教師とその生徒なのだ。顔を知らない方がおかしいくらいだ。ならば、彼女と自分が会えば、必ず自分の名前を呼んでくる。もっともそのことについての問題は…

 

「あの…さ?」

「ん?」

「何にも覚えてないんだよね?」

「うん!私の名前も昔のこともなーんにも!」

 

これである。こちらとしては、そんな側から聞けば悲哀な娘そのものの図のような印象を受ける事項を晴れ晴れとした口調で言われても困る。別に浅葱の所為ではないが、なんとなく気分が重くなるのだ。

さて、話は戻るが、少女から感じられる謎。それは何も記憶に限ったことじゃない。いくら幼い見かけだからといって、南宮那月の年齢はもう少し上に感じられた。それは普段の言動がそう感じさせるのかもしれないが、浅葱にとっては今の目の前にいる少女がその見かけよりも大分縮まっているように見えるのだ。

 

外見は似ているが、ここまで相違点が存在するとこの黒髪の少女が何者なのか、いよいよ分からなくなってくる。間違いなく怪しさ100%だ。ただ

 

「そうは言っても、放置はできないわよね。」

 

なんだかんだ言っても、彼女は面倒見がかなりいい。いきなりママと言われたことについては驚いたが、こんな純真無垢な小動物のような少女をパレードで賑わっている現在の絃神島に放置、などという非道なマネができようはずもなかった。

ちなみに今更だが、太陽が真夜中に出ているという異常事態になっているにもかかわらず、島は平常運転だ。皆、魔族特区に住んでいるということが相まってちょっとやそっとの異常事態には耐性がついているのである。具体的に言うと白夜がある地域もあるのだから、地脈とかそういうものの影響で太陽がいきなり出てくるのもあり得るんじゃね、という感じで。

絃神島の方も無理に混乱を引き起こす真似はしたくないため、今の状態を良しとしているのだ。

 

「あの、ママ?」

 

呼びかけられて思考を止め、向かい側の席に顔を向ける。見ると、彼女はパフェを食べ終わったようで、それを伝えるために浅葱に応答を求めたようだ。

 

「ん。食べ終わったんだ。よし!それじゃ、そろそろ出ましょうか?」

「うん!」

 

会計を済ませ、鈴付きの店の扉に手をかけゆっくりと開いた。心地よい鈴の音を聞きながら彼女たちは外に出る。

 

その鈴の音がこれから巻き起こる最悪の遊戯の幕開けになるとも知らずに。

 

ーーーーーーー

 

舞台変わって、ここはランサーとセイバーが激突したホテルにある広域駐車場である。そこにはありとあらゆる高級車が陳列していた。ベンツ、フェラーリ、ポルシェなどそうそうたる面々。そして、それ以外にもホテルに物資を運ぶための大型トラックや家族で乗ることが好まれる普通車、中型車などの乗用車が多数存在していた。

 

それらの持ち主である人々が今この場にいれば、きっと…いや間違いなく嘆くだろう。下手をしたらショック死するかもしれない。仮初めの太陽が出ているとはいえ、人が眠っている時間の真夜中であったことがこの場合は幸いしたと言っていいだろう。

 

なぜなら、その乗用車全てが等しく同じように天を舞い、赤く…憎たらしくなるほどに紅く燃え上がっているのだから

 

「ふん!!」

 

セイバーが一振り剣を振る。それだけで無骨なアスファルトとコンクリートの集まりである道は砕け、割れ、大地に癒えない傷跡を残していく。その剣の一振りの圧力がポルシェ、フェラーリの二台の高級車へと届くとそのままその車たちはまるで綿にでもなったかのように10m以上の高さへと飛び、そして50m離れている一人の男へと注がれていく。

 

「うらぁ!」

 

ランサーはそれらを手にした紅槍で一閃し、その二台の高級車をたちまち爆炎に飲ませる。爆炎とともに黒い煙が湧いて、ランサーの視界が封じられる。辺りを確認するために見回すと、不意に後方からわずかな気配を感じ取る。

 

「ふん!!」

「おっと!」

 

煙に紛れながらのセイバーの横一文字の一撃をランサーは身を屈めながら避ける。そして、今度は足を起点に体全体の力を使ってバネが伸びる要領でセイバーの顔を目掛けて刺突を放つ。

その刺突をセイバーはわずかに横に逸れることで紙一重で躱す。そして、その顔の真横にある槍をセイバーは掴み、叩きつけるようにして投げようとした。だが、そこは歴戦の勇士たるランサーである。素早くセイバーが何をしようとしたのか理解した彼は今度は跳躍し、槍に急速回転と振動を加える。すると、力の方向が思いもよらない方向へと行ってしまったことでセイバーはたまらずその掴んでいた槍を離す。

槍を離されたランサーは跳躍したまま移動して今度は30mほど先の中型車の天井へと着地する。

 

「…身軽なものだ。こちらが捉えようとしてもすぐに離れていってしまう。槍兵の名は伊達ではないな。ランサー」

 

セイバーは槍を持っていた手の状態を確かめるように指の開閉を繰り返しながら、目の前の敵を賞賛する。

 

「テメーこそな、セイバー。たった一振りで地形を変えちまうほどの一撃を放ち、そしてその巨体に似合わねえほどの俊敏さにより、この俺の背後をとる…正に最優の英霊ならではだろうよ。」

 

賞賛を返したランサーは飢えた猛獣のような低い姿勢の構えを槍で取りながら、目の前の男に対する解析を始める。

目の前のこの男、確かに剣の英霊を名乗るにふさわしいほどの剣の腕前を持っている。武芸百般というわけではないが、叔父に剣を教えてもらう経験のあったランサーはそのことを瞬時に理解させられた。ただその武練についての問題はなくとも、彼には一つわずかな疑問があった。

それはなぜ、このタイミング(・・・・・・・)でこの場に出てきたのかということだ。アーチャーとランサーの両者は戦っていたときにすでにセイバーの気配に勘付いていた。それならば、まず、戦局を担うためや漁夫の利を得るためには最後まで待つか、それともあの時、セイバーの気配に勘付いたランサーとアーチャーを危険視し、始末しようとするかの二つに一つだとランサーは考えていた。そうしなければ、あまりにも旨みがない。何せ、この男は今までランサーたちにその存在を悟らせなかったほどの猛者だ。その駒を最大限に活かすのならばこのタイミングで出すのは間違っている。

だからこそ、ランサーは待つ気でいたというのに、わずかばかり時間の空いたこの時に狙われるのが不自然でならない。これではまるでセイバー自身が好きな時に好きな展開で戦えてるような、そんな気がするのだ。

けどそれこそありえない。自分のような例外はともかく、サーヴァントがマスターを蔑ろにするなど、少なくとも今目の前で戦っている男にそのようなゲスな真似ができるとはランサーに思えないのだ。

 

(ちっ!引っかかりやがる。何を考えてやがるんだ?このサーヴァントのマスターは)

 

ランサーは舌打ち混じりにその獣のようなギラついた瞳に睨みを利かせ、目の前の大男を見る。セイバーの方はと言うとこちらも無言でランサーを見つめ返し、剣を構えずに静かに、まるで彫像のように静かに立ち続ける。そして、動く素振りすら見せなかったその男は…

 

突如として、ランサーの視界から消え去る。

 

「っ!?」

 

焦りはしなかったがセイバーの突然の動きにランサーは槍に力を込め、セイバーが現れた体から向かって5時の方向に槍だけを斜めに向けて防御する。

 

「ぐっ!!」

 

だが、その込められた力にランサーは驚愕する。今までと比較して明らかに力が増している。相手の力量を間違えるほどランサーは耄碌した覚えはない。先ほどまでの一撃は確かにセイバーの全力たり得るものだったはず、だが今感じる力はどうだ?まるで無限大とでも言えるかのごとく力がその男の肉体から湧き出てくるのを感じる。一体これはどういうことだと考えたそんな時である。ランサーは見た。今までセイバーの立ち姿は上半身は裸で下半身を昔ながら戦装束に身を包ませたものだった。だが、今度の姿を見るとその上半身にわずかな変化がある。その上半身のちょうど腰の部分、そこには何処から出たか分からない帯が巻かれていた。

 

(あれは…)

 

ランサーは思考しながらもその強大な力に立ち向かうのではなく今度はいなすようにして体を引かせることで難を逃れようとした。だが、流しただけである。受け流したその一撃はその後地面へと激突する。

 

その瞬間、大地が悲鳴をあげるように嘶いた。今度こそ、大地が割れたのだ。セイバーの一撃はそのまま止まることなく大地を駆け巡る。途中にあったトラックをもその一撃は貫通させ、ようやくその一撃が止まったのは海に出た時だった。海へと出た瞬間、衝撃波が散るようにして勢いよく爆発し、ランサーたちがいる場所にわずかな雨を作り出す。

雨は今まで両者を覆っていた爆炎すらも包み込み、優しく鎮火していく。

 

「おいおい」

 

そのあまりの光景にランサーは呆れ半分で呟く。だが、萎縮したわけではない。むしろ、ランサーはこの状況を嬉々として受け入れ、楽しんだ。目の前にいるこの男が全力を出そうとしているのだと知ってランサーは喜んでいるのだ。

 

「その腰帯の力かよ?セイバー」

「ああ、これは私のモノ…とするのもおこがましいというものだが、確かにこれは私の宝具の一つだ。」

 

腰帯はいわゆる、海賊などが巻くような簡素なものではなく、ところどころが着飾られていた。付け加えて言うとその着飾り方は派手ではないものの男が女にプレゼントするかのような絶妙な美しさを醸し出していた。

セイバーは非常に申し訳なさそうにその腰帯を見つめている。まるで、誰かに懺悔をするかのようなその口調に感じ入るものをランサーは感じたが、そのことを置き去りにし、ランサーも覚悟を決め、一つの封印を解除した。元々、面倒だから使わなかったのだが、あちらが宝具を出し全力を出し尽くそうとしているのにこちらが全力を尽くさないなどと誰ができようか。

 

「そうかい。そんじゃ、俺も宝具とまではいかねえが、それに類するくれえの代物を出さなきゃな!」

 

左手に槍を持ち、空中に人差し指を出す。そして、ランサーがその指をまるで泳がせるようにして空を舞わせるとそこからわずかな光ができあがる。そう、それは…

 

「行くぜ!セイバー!原初のルーン魔術、その真髄ってヤツをその身で味わいな!」

 

舞う指を再び槍に戻す。そして、次の瞬間、その文字にも似た光の物体から勢いよく焔が発せられセイバーへと向かう。

爆炎がセイバーを中心に展開し、周囲は勢いよく燃え上がる。

 

闘いの第二幕がこうして切って落とされた。

 

ーーーーーーー

 

「さてと、それじゃどうしましょうか?サナちゃん?」

「さなちゃん?」

「あなたの名前、ずっと名前がないと不便でしょう?」

「サナ…ちゃん…」

 

仮初めの名前に対して、サナは満足したようでまるで花のような笑顔を浮かべながら喜んだ。その反応に対して浅葱もまた満足そうな笑みを浮かべてこれからの予定を考える。

特に予定はない。お目当の少年がいない以上ここに長居する理由もないのだ。ただ、彼女の家に帰るのかというとそれも違う気がある

彼女はそう考えている内に知らず知らず、人ゴミのない場所を探すように歩いた。そこならば、いきなり出てきた太陽で暑くなった今でも静かで頭を回転させるのにちょうどいいのではないかと思ったためである。

そうして、彼女が公園前にたどり着いた時、ふと思いつく。

 

「あ、そうだ。携帯見れば1発じゃない。」

 

暑さのせいか頭が鈍っているようだ。と自分に対して自省の念を呼び起こしながら浅葱は今まで切ったままだった携帯の電源を入れる。なぜ、電源を入れなかったかというと今日くらい絃神島のオーダーを無視してはっちゃけたいと思ったためだ。

スマートフォン型の携帯の電源を入れた浅葱は驚愕した。

 

「うわ!何?この着信の数!?」

 

ざっと見るだけで30はくだらないほどの着信があった。大きく分けると学校のものからと自分が探していた少年の方からで、気になった浅葱はまず少年の方に電話をかけようとすると

 

『やっと繋がったか!嬢ちゃん!ったく、相棒にも入らせないほどの電源システムなんて作るんじゃねえよ。おかげで無駄に時間食っちまった!』

「うわ、モグワイ!あんた、いきなり出てくんじゃないわよ!一体何を…」

『それどころじゃねえ!いいか嬢ちゃん、よく聞け!』

 

珍しく焦り口調のAIに圧倒された浅葱は、どうかしたのか気になり、そのモグワイの言葉を聞こうとした。そのとき、

 

はるか後方からなにか、巨大ななにかが地面に落ちる音がした。その音に驚き、浅葱は恐る恐る背後をのぞく。そうして浅葱が見た視線の先、後方800mほど先だろうか?それほど遠くだというのにそのなにかの存在感は離れた浅葱が感じるほどに圧倒的だった。怪物、その言葉があっているだろう。

怪物はゆっくりと立ち上がる。その立ち姿はあまりにも不気味だった。油絵の具を水に垂らし、それを全身に隈なく散らしたかのような赤い皮膚。体のいたるところに薄くまるで脈のように描かれている模様。枝のように不格好に別れ生えている角と羽。腕にも無数の突起が付いておりそれはまるで牙の形をなした鱗のようだった。だが、肝心の口には牙はなくただ、線を一文字書いたような横引きの口が一つ。そんな姿をした怪物。

それが今、こちらを向いている。浅葱は瞬間、理解した。あれが狙ってるのは自分たちだ。そしてその狙う理由は断じて友好的なものなどではない。

 

『遅かったか!逃げろ、嬢ちゃん!!』

 

妙に人間臭いAIの言葉が言い終える前に浅葱はサナの小さな手を掻っ攫うようにして繋ぎ走り出す。

史上最悪の鬼ごっこが今始まる。




ご報告があります。誠に申し訳ないのですが、今月はこちらの都合上、話の更新はここまでとなると思われます。いつも楽しみにしてくれてる皆様には大変お心苦しい限りなのですが、ご了承の方をどうかよろしくお願いします。
来月になれば更新することは約束しますので、では!

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