そんなわけで翌日の放課後、猫たちの保護のために色々と苦心していた。途中、同行していた凪沙の方は例の動物好きの友達とやらの待ち合わせのために屋上に向かっていた。
そんなわけで今のところは夏音と二人で猫を抱えながら移動しているわけなのだが
「しかし、本当に多くなったな。あれから更に増えてたんじゃないのか?」
昨日のうちに修道院に行ってみた彼は驚いたものである。なにせ、この前見たときはまだ目に届く範囲でも十数匹ほどだったのだが、昨日のときには確実に30は超えていそうな数に達していたのである。
「ごめんなさい、でした。でも、やっぱりあの子達を見捨てるということが出来なくて…」
「ああ、いや、すまない。別に責めているわけではない。ただ、この島だけでよくそんな数の猫が捨てられていたな。と思ってな。まったく、この島の者たちは生き物の尊厳を何だと思っているんだろうな…」
嘆息交じりにそう言うシェロの様子を夏音は苦笑しながら見送る。
すると、用事が終わったのだろう。凪沙がこちらに戻ってくるのが伺えた。いや、正確には凪沙たちが
「アレは古城と姫柊か?はあ、何をしているんだか、まったく…」
見ると、古城はガミガミと凪沙に叱られ、その様子を雪菜は嘆息交じりに眺めているといった様子だ。
「まったく!本当に信じられないよ!いきなり現れたと思ったら、私の友達のことを彼氏だと勘違いして罵詈雑言を投げかけるなんて!本当に恥ずかしかったんだから、もう1週間は絶対に私の元に近寄らないでって、頭の中に一瞬浮かんだのにそれを否定してあげた私の脳内に本気で感謝して欲しいくらいだよ!もう!」
「だから、悪かったって言ってんだろう!」
暁凪沙のマシンガントークはこういうとき客観的に見れば即座に事態が理解できるので色々ありがたい。要するに、彼女の友達というのは男だったのだろう。そこをどこから見て勘違いしたのかは知らないが古城はその男が彼氏だと判断した末に堪えきれなくなって暴走した、と…
ふむ。
「何ともまあ、人に自慢できるくらいの域のシスコンだな。古城」
「誰がシスコンだ!って、シェロ?何でここに?」
友達が見知らぬ女の子と立っていたことに驚き、少し距離を置く。一方の姫柊はこちらの存在に気がついて会釈をしていた。
「何で、とはご挨拶だな。俺は夏音に頼まれてこちらに来てこの猫たちの相談を受けていたところなんだが…」
「はじめまして。叶瀬夏音です。こんにちは。凪沙ちゃんのお兄さん。」
「あ、いや、これはご丁寧にどうも…」
あまりに上品すぎる彼女の仕草に見入った古城は誘われるように会釈し、そしてそんな彼女の仕草に隣の雪菜も見惚れていた。
「それじゃ古城君。私、他の子達にも声掛けしてくるから夏音ちゃんたちの手伝いよろしくね!」
「うぐ、わかったよ。」
凪沙が責め気味に言ったこともあり、古城は凪沙の注文に即座に応答した。
「苦労しているな。古城」
「うるせえ!」
ムッときたわけではないにしろ、ちょっとヤケクソ気味だった古城にとってこの言葉は結構くるものがあったのでそれが正しい反論じゃなかったとしても、それこそヤケクソ気味に返した。
ーーーーーーー
「うわぁぁ!先輩見てください!猫ですよ、猫!」
夏音がよくくる修道院にきたとき雪菜は目の前の光景にすぐに輝かせて、一番手近な猫に抱きついていた。
彼女はネコマタんというヘンテコなマスコットキャラに対して愛着を持っているため、こと猫に関しては並々ならぬ好意を抱いていた。
「そういや、シェロ。叶瀬さんとは随分と付き合いが長いみたいだけど、一体どれくらいの付き合いなんだ?」
と、ここで古城自身が感じた当たり前の疑問がシェロに投げかけられる。
「ああ。俺は夏音とはもう五年の付き合いだ。それと古城…ちょっとこっちに来い。」
古城の質問に答えたシェロは手招きをしながら移動して、古城をその場から移動させる。
「?…何だよ?一体?」
「あまり、夏音の前で五年前についての言葉は避けてくれ。この焼けた修道院…実は焼けたのがちょうど五年前でな。
彼女にとってこの修道院は思い出深いモノのひとつだったはずだ。実際、直後に会わせてもらったのだが、そのとき無理矢理出した笑顔があまりにも痛々しくてな。
本人は気にしていないと言うし、事実、彼女はこの程度で心が折れるような少女ではなかったのだが、さすがに…な。」
なるほど、と古城は思う。実際、この修道院がどうして焼けたのか?とか色々な経緯を聞きたいところもあったが、それを置いてもそう言う特に何かが燃やし尽くされた過去を持つような者の過去をえぐるのは何故だか自分の喉元にもナイフを突きつけるような感覚があったため憚られた。
「わかった。」
「頼んだぞ。」
「何がですか?」
すると、自分の兄に近い存在が何か言い合っているのが気づいたのだろう。不思議そうにこちらに首をかしげながら、猫を地面に置いてこちらに夏音が近づいてきた。
「ああ、いや少しな。以前の猫たちがどれだけいて、今どれくらいなのか?ということを古城に教えようと思ってな。さすがに手伝ってもらう以上相応の情報を渡さねばなるまい?」
「あ、ああ。そうそう。いや、すげえ数いたんだな。凪沙が友達に渡してた猫たちも随分な数だったのに…よくもまあ、こんなに捨てられるもんだよ。」
ここにはいない顔も知らない無責任な人間たちの顔を思い浮かべて古城はわずかに憤慨する。
「けど、叶瀬さんそんなことも気にせずによくやってるよ。素直に尊敬する。俺にはとても真似できないよ。まるで、本物のシスターさんみたいだ。」
古城は諦観するような響きのある言葉を周りに響かせる。それに対して、夏音は苦笑し、受け流し、
「そう言ってもらえると嬉しい、でした。シスターは私の憧れなので…でも少しだけ、不安なのでした。この子たちの面倒をいつまで見られるのか分からなかったので…」
物憂げな表情は古城には何を示しているのかわからず、またそんな表情に気付きもしなかったがただ、はっきりと自分の頭の中に残る素直な言葉を口にする。
「…叶瀬さんは…きっといいシスターになれるよ。」
「…ああ、それは俺も同感だ。夏音。」
その場の空気を台無しにしないためにも、シェロはその物憂げな表情に気づかないフリをして古城に続いて返答した。
その言葉に少しだけ驚いたように顔を上げてそして微笑する夏音。
「ありがとうございます。その言葉だけで私は充分…でした。」
そう彼女は呟いた。
ーーーーーーー
「公社から直々のご指名だから、一体誰がいるかと思えばお前とはな。矢瀬。」
「スンマセンねぇ。何分、公社も人手不足でして」
そう言いながら、攻魔官・南宮那月はガラス越しに手術室で倒れている少女を見据える。
「で、こいつがこの前、絃神島の上空で暴れていた魔族か?」
「ええ、ですが…」
矢瀬の煮え切らない返しを聞いた那月はすぐに不快そうに眉を上げ、尋ね返す。
「だが、何だ?」
「その公社からの解析結果を総合すると、この子はただの人間だったっていうのが総意なんだそうですよ。」
「何?」
手術室で倒れている少女を半ば信じられない者でも見るかのような見開いた目で見つめる。それはそうだろう。ただの人間と解析されたこの少女は実はさっきまで音速以上の速度で今さっきまで飛び回り、何かと衝突していたという報告を受けてここまで来た。
そんな半ば冗談染みた運動性能を見て一体誰がこの目の前の少女が人間だと言い張れるのだろう。
「いや、そういえば、前に報告で聞いていた『黒男』というヤツも音速で動き回っていたと聞くな。なあ、矢瀬?そいつを追っていた張本人から見て今回の事例はそいつと結びついていると思うか?」
「それはないだろうネ。」
コツコツと靴を鳴らしながら優雅な立ち振る舞いをする一人の男が闇から出てくる。その男を視界に入れた途端、那月は不快だということを隠しもせずに舌打ちする。
「どうして他所者のコウモリがここにいる?」
「外交機密…とだけ言っておくヨ。それよりもさっきの話だけど、僕はこの事件彼とは何の繋がりもないんじゃないかと思うヨ。」
「なぜわかる?」
「何、簡単なことさ。」
ヴァトラーが少女の方を見つめるのを見て那月と矢瀬の両者もそちらに目を移す。
「彼とそこの彼女とでは確かに似たようなところもあるが、本質的には別サ。間違いない。実力がどうこうという話ではなくて、有している格の資質がね。」
「格だと?」
格とはこの場合、霊格のことを表すのだろうと那月も分かる。霊格とは実力そのものを表すのではなくそのものが高次の存在なのか否かを決める指標である。
だから、別に霊格が自分達よりも上だからと言って、実力も上ということにはつながらない。
だから、ヴァトラーも『実力がどうこうではない』と前置きを置いたのだろう。
「それで貴様から見て霊格は一体どちらが上だと言いたいのだ?」
「そうだネ。多分、彼女たちの方が上だと僕は思うヨ。これは勘だけどネ。」
以前、自分と死闘を演じた男のことにあっさりと下馬評を渡すヴァトラー。そのことに一瞬意外そうな表情を送る那月とだが、すぐに考えをあらためる。
そもそも、この男に下馬評を渡したという自覚すらないのだろう。なにせこの男にとって強さこそが全てであり、それ以外の格などどうでもいいのだ。
「僕の予想だとこれを放置しておけば、後々面白いことが起こると思うヨ。見れば、内臓の一部を欠損…いや、アレは喰われたのかな?まあ、どちらでもいいけど、なくしてしまってるじゃないか。横隔膜と腎臓の中央…いわゆるマニプーラ・チャクラ辺りじゃないかな?霊格が最も高い位置…
ふふ、コレは
前半からして聞き逃せない推測の数だったが、後半…特に最後の言葉は彼女たちにとって聞き逃せなかった。那月と矢瀬がひときわその双眸を鋭くする。
「蛇遣い。貴様、何を知っている?」
「そう。警戒しなくても大丈夫だヨ。この件については僕も見返りが欲しくてやっているわけだしネ。」
「見返りだと?」
双眸はさらに鋭くする。今度はわずかな困惑を交えながら…
その表情を今度は不快な薄ら笑いとは一転、真剣味が増したものへと変わる。
「この件に第四真祖を関わらせるな。」
「暁古城を?なぜだ?」
「我が愛しの第四真祖にはまだ死なれては困るんだよ。古城では彼女には
ヴァトラーはそう告げると、もうここに用がないと言うように踵を返した。那月はわずかに逡巡するようなそぶりを見せるもののすぐに元の無表情に戻ると、こちらも逆方向へと踵を返した。
ーーーーーーー
ここはどこかの手術室。一面、鉄、鉄、鉄で覆われた鋼色の冷たい手術室。その中央にはまるで何かの準備でもしているかのように静謐な感覚をもたらしながら一人の少女が眠っている。
眠る少女の傍によりそうように一人の男が近寄る。男はヨレヨレの白衣を身に纏い、どこかくたびれた調子のある傷だらけのワイシャツとズボンを着ていたが、その眼光はどこまでも鋭くかけている眼鏡すらも貫ぬかんとするほどの双眸は彼から明確な意思を感じさせた。
「もうすぐだ。もうすぐだぞ。夏音。あと少しで、お前は…」
何かを盲信するように、すがりつくように彼女の頰に手を掛けその銀髪を撫でる。
その姿は何か歪なものを感じながら、確かに愛情を感じさせるような不思議に光景を演出していた。