キーストーンゲート最上階。今そこには白い髪と褐色の肌そして、真っ黒な袖なしのプレートアーマー、とチノパン。それらが特徴的な少年が立っていた。少年エミヤシロウはある一つの光景を目にし、チッと舌打ちをする。
「やれやれ、参ったな。今のは完全に悪手だったかもしれん。」
シロウは黒弓を携えながら、目を細めて独りごちる。
今現在、彼のいるキーストーンゲートは島の中央に位置し、ついで絃神島の中で最も高い施設ともなっている。そのため、彼はここが最も狙撃に適し、またいざという時も一番高いということも相まって開けているので、暴れても問題ない。
そして、早速自分の狙撃の出番が来た。
あるビルの屋上で敵を追跡するために、恐らくは能力を強めるための薬を口に含んで、その強化した能力で自分の分身を作り出し、敵を追跡しようとしていた自分の友人でもある矢瀬基樹を見かけたのだが…
問題はそのわずか後方に位置していた一人の吸血鬼である。
その男は矢瀬の追跡の手を阻止するために、彼の分身に攻撃しようとしていたわけなのだが…
「…あれほど錠剤を含んで強化したあの能力…恐らくはそれなりの代償を負っているのだろう。まあ、魔術師の世界上ああいった分を超えた力を手にしようとするということはしょっちゅうなわけなんだが…」
それでも、無茶してまで発現させた能力をこの場で阻止されるというのは、生前正気の沙汰とは思えない無茶を仕出かしたシロウにとって、無視できないものであった。
そんなわけで、彼は先ほど吸血鬼に対してそれなりに強力な矢を射放ったわけなんだが…
今、冷静に考えてみると、あれは悪手だと考えざるをえない。
先日、あの旅客船にて古城が手を出すなという言葉に対しておどけてみせながらも、なんとか聞き入れたあのヴァトラーという吸血鬼。あれはふざけてはいるものの本当に手を出す気はなかったのだろうということが窺えた。
(まあ、理由はおそらく、古城の力を見てみたいといった狂気的なものだろうが…)
ただ、そうだとしても、彼はことが終わるまで手を出す気はなかったはずである。つまり、現状、シロウは最もしちゃいけないことをしてしまったのではないのだろうかと考えているわけである。
「さて、遠からず彼はこの場にたどり着くだろう。その場合、どうするべきかな…」
逃げるというのも一つの手ではある。ただ、あんな危険なニトログリセリンのような男を放置して、そのまま、街中に逃げるというのは非常に危険が伴う。いくら口が読めるからと言って、そのことから詳しい相手の性格を読めるわけではない。なら、この場合、どうすればいいか?
「はあ、仕方があるまい。ニトログリセリンを放置していたら、落ちた衝撃で誘爆したなんていうのはザラだったからな、生前は…まあ、むやみやたらと暴れることはないのだろうが、それでも放置するのはあまりに危険すぎる。となると、もし、交戦することになった場合、顔を隠した方が何かとやりやすいだろうな…」
そう言うと、彼は特徴的なプレートアーマーを隠すため、上から下まで繋がっている黒い外套を投影し羽織り、ついで黒いレーサー用のライダーヘルメットと手袋を投影し、頭にかぶせた。
「よし、これでいいな。」
側から見れば不審者以外の何ものでもないが仕方がない。赤い外套を着ようにしても、先日のライダーのようにバレないとも限らないのだ。
自分が英霊などという存在だということを知らない存在だったとしてもバレる確率はなるべく減らさねば…
そう考えたシロウは黒弓を肩に預ける形で座り込み吸血鬼が来るだろう時と、援護が必要だろう時を静かに待ち続けた。
ーーーーーーー
一方、古城と紗矢華は現在、タクシーを借りてガルドシュたちが向かったであろう港へと向かっていた。一体誰からの情報なのか知らないが、知らないメアドで現在のガルドシュたちの位置を正確に書き記されているメールが古城の携帯の元に届いていたのである。怪しいことこの上ないが、この際、利用できるものは何でも利用させてもらう。
タクシーから降りた古城たちは、コンテナが立ち並ぶ港の周辺へとたどり着いた。だが、すでにアイランドガードが調べをつけていたであろうこともあり、コンテナ港へと唯一続く道は封鎖されている。
「チッ!仕方ねー。煌坂!!」
「へっ?わ、きゃー!!」
古城は紗矢華を抱きかかえ、唇を吸血鬼特有の鋭い犬歯でわずかに傷つける。自らの血がわずかに喉を通ったことにより、古城の体を燃え上がるように熱くなっていく。瞳は赤くなり、筋力が人間の限界以上まで引き上げられた感覚を確認した古城は、わずかに離れた人口島に向けて助走をつける。
「よっ!!」
そしてわずかに抑えながらジャンプする。紗矢華が何か喚いているが、今の古城には聞こえない。タッ、と小さな人口島に着陸する。だが、思った以上にギリギリだったようで、バランスを崩す。
おっとっと、と言っている間に手が差し出され古城はその手を無意識に掴む。差し出した本人である紗矢華は何故だか、顔を赤くしながら、目を背けている。
「こんなの…ノーカウントなんだからね!!」
「はっ?」
意味のわからないことを叫んだ後、グイッと手を引き戻される。いきなり力をかけられ、驚いた古城だが、すぐに体勢を立て直し騒ぎが起きている港の中心部に向かう。
「手を出すなと、忠告したはずだがな。暁古城。お前、よほど獅子王機関に好かれてるみたいだな。今度は舞威媛か?」
幼げな、だがしかし妙に大人びた挑発めいた口調の声が響き、紗矢華はすぐに声のした方に向き直り構える。一方、古城は、その声の主を見た瞬間、すぐに警戒を解いた。
「那月ちゃん!!じゃあ、やっぱり、ここが…」
古城の次の言葉が続くことはなかった。突如として、爆発音が起こり、古城たちは驚きそちらを振り向く。
そこには、機械的なボディをしていながら、蟹や蜘蛛を想起させる体長4mはあろう出で立ちをした物体があった。浅葱に見せてもらったモデルとそっくりの外見を見た古城はすぐに理解できた。
「あれが…ナラクヴェーラ?」
機械音を鳴り響かせながら、こちらに向くナラクヴェーラ。すると、相手を敵だと認定したらしい。キュイイイという音を鳴らしながら、眼光らしきものを赤く光らせる。
「おい。暁古城。」
「何だよ。那月ちゃん。もしかして、援護してくれるのか?」
「いや、私は、アイランドガードがこの騒ぎに巻き込まれ、重軽傷を負っているかもしれんから、そこに向かう。それに大元を叩かねばならんだろう。」
そう言って、那月が見据えた先は、
「分かった。こっちは任せてくれ。那月ちゃん。」
「ふん。」
不遜な響きを持たせながらも、那月は空間魔術で転移する。
そして、改めて古城は目の前の神々の兵器とやらに相対する。
「さて、んじゃ、始めるか!!」
古城は勢いよく突進していく。それに反応したナラクヴェーラは、目線の先から光線を放つ。古城は股の間をスライディングする形でそれを躱し、立ち上がる。そして、とりあえず、身を隠せる瓦礫へと駆け寄り、隠れる。それに次いで、紗矢華もその瓦礫へと身を寄せる。
「いっ!」
「暁古城!!ちょっ、その足!?」
「こんぐらい、すぐ塞がる。それより、あの化けがには!?」
見るとナラクヴェーラは、持ち前の飛行機能を使い、離陸しようとしていた。おそらく、絃髪島本島に着陸するために。
「ちっ!叩き落とせ!!レグーー」
すぐさま、自らの眷獣でその肢体を浮かせないように攻撃しようとする。だが、彼の呪文が継がれる前に、上空から赤く光る閃光が地上に向かってくる。
『えっ?』
全くの同時に、古城たちは驚愕の声を出す。
その赤い閃光が着弾した瞬間、凄まじい爆発が起きる。周囲の瓦礫は吹き飛び、地盤は揺れ、周りの建物は崩壊していく。そして、そんな衝撃に
「えっ、ちょ、のわーー!!」
「きゃーーー!!」
あえなく、古城たちは地下へと真っ逆さまに落ちていったのだった。
ーーーーーーー
1分前
「何だ?あの化けがに、飛行能力も付いているのか!?」
遠目でしっかりと確認できたシロウはその光景に絶句する。
別に自分が危機を迎えるような強さのようには思えなかったが、この本島には自分のマスターもいるのだ。そんなに簡単に上がってもらっても困る。
ここまで来ると、内心でも、本当に隠す気があるんだろうか?と自問自答したくなるというものだが、そんなことも言ってられない。
「この
一つの捻れた剣を投影し、弓に番える。
「さて、では、喰らえ!!!
空間をも捻り喰らうその矢は真っ直ぐに、ナラクヴェーラへと向かう。
その矢が黒い機体に衝突した瞬間、予想通り…以上の爆発が巻き起こり、そばにいる古城たちを地盤の底に引きずり込むほどのものとなってしまった。
「あ…。」
唖然。いや、本当にそういう言葉が似合うような場面を見たシロウはしばらく、その場に立ち尽くしてしまった。
「参ったな。リ…遠坂のうっかりが移ったか。やれやれ、無事だといいんだが…いや、そんなことより、今は…」
横目で後ろを確認する。パチパチと非常にわざとらしい軽快な拍手が鳴り響く。気づいてはいたし、狙いを澄ましたとしても、外す気はなかったのだが、相手が弾き飛ばすという場合も考えてシロウはあえて何もせずに放置していたのだ。周りの人間のことを考えなければ、確実に撃ち落とす自信はあった。だが、そんなことは『正義の味方』である彼自身の誇りが許さない。
いっそ、殺気染みていると言っても過言ではないほどの鋭い双眸が後ろにいる者を貫く。一方、後ろにいる男はただただ愉快そうに笑顔をこちらに向けてくるだけであった。
「素晴らしい。あれほどの破壊力。真祖とタメを張れるほどだろうね。まさか、これほどの強者がこの島に既に存在していたとは…いやはや、旅行はしてみるものだね。」
『それは結構なことだな。…で?一体、俺に何のようなのか?それを先に言ってくれないか?』
ヘルメットでくぐもった声をさらに、低くすることで自分の声をさらに分かりづらくするシロウ。対するディミトリエ=ヴァトラーはそれを不快とも思わず、愉快そうな笑みの底にある闘争心を湧き上がらせるような凶悪な笑みを表に出す。
「分かってるんじゃないのかな?娑伽羅!!跋難陀!!」
超高圧水流によって出来上がった蛇眷獣『娑伽羅』と鋼の体皮を持つ『跋難陀』が召喚され、その場に顕現する。並の魔族ならその絶望的な魔力の塊を見た瞬間、文字通り生きた心地を失うだろう。だが、シロウは…
『やれやれ、だろうな。そういうタイプの者だろうというのは予想できていたよ。』
仕方がないと言った調子で肩をすくめながら、シロウは握っている弓にさらに力を加え、手に矢に変わる剣を投影する。そして、また、弓に矢を番える。
会ってはいけない二人の闘いが今、始まる。