ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

15 / 75
戦王の使者 III

「夏音!!無事か!?」

「シェロさん!!」

 

古城がしでかしてくれた大騒ぎのおかげで学校中は大パニックである。

まあ、一概に古城だけが悪い訳ではないので、なんとも言えないのだが…とりあえず、己がマスターの無事を確認し、ホッと胸をなで下ろすシェロ。

 

「よかった。いや、学校中のガラスが割れているのが見て取れたからな。夏音がガラスの前に立っていたらと思うと…ゾッとする。」

「そんな、大袈裟です。私はこの通り無事ですから…」

「ああ。良かった。ところで…夏音。この後、色々起こるかもしれん。ここは攻魔師も教師として雇っている学校だとはいえ、油断はできない。だから、とにかく…」

「ま、待ってください!…もう、本当に心配しすぎですよ。」

 

くすりと、柔らかい笑みを浮かべる夏音。

シェロの方も、ハッとした調子で、わずかに顔を逸らし、

 

「ああ…そうだな。俺らしくもない。まったく…」

 

そう言って、苦笑したシェロは、なぜだか、昔の未熟だった頃の自分の姿を思い返してしまった。

あの頃はとにかく、他人が心配で他人のことばかり気にしていた。

そんな自分を嫌悪していたが、今ではどうも、あれはあれで青春の一ページだったと考えられるようにまでなった。

 

「って、いやいや、そんなことを考えている場合ではない!」

 

頭をわずかに振って気持ちを切り替えるシェロは改めて、 夏音の方へと向き直る。そんな様子に夏音の方はというと、頭にクエスチョンマークがつきそうな傾げ顔をして、シェロの顔を見上げていた。

そんないたたまれないとは言えないまでも、どういう言葉を投げかければいいのか分からなくなってきた空気に対しシェロは…

 

「あー…まあ、その、なんだ?恐らく、すぐに避難の指示が出されると思うから、そちらの指示に従うといい。そうすれば、君の身の安全は確保できるからな。」

「はい。私もそうしようと思います、でした。あれ?でも、そうなると、シェロさんはどこか行くんですか?」

 

…どうやら、今の文面だけで、自分は避難とは別行動をとると読み取ったらしい…

 

(まったく、妙なところで鋭いというか何というか、彼女の霊力の高さが特有の勘の鋭さでも作り出しているとでもいうのだろうか?)

 

このまま、何も言わずに去るというというのは、彼の性格上できないことである。嘘を言うにしたって、なるべく事実に沿った嘘を言わなければ、自分としても気分が後々、悪くなる。

相手は自分のマスターなのだ。本人にその気はなく、自覚もないこの状態の元で言っても説得力がないものかもしれないが…やはり、彼女に嘘はつきたくない。

 

「大丈夫だ。避難はしないが、危ないところまでは決して()()()()()。約束しよう。」

「本当に…ですか?」

 

疑わしげなというよりも、心配そうな瞳でシェロを見つめる夏音。

この5年間、父の繋がりから知り合った兄のような存在であるシェロ。いつも優しげな言葉を掛けてくる彼に対して一種の親愛じみた好意を持っている夏音はシェロが何か危険なことをしないか心配なのである。

 

自分でもなぜそう思うのか分からない。付き合いは長く、信頼もしている。それでも、一度も自分が見ている範囲では何も危ないことをしていないにも関わらず、シェロが何か、危険なことに首を突っ込んでいないか心配で仕方ないのだ。

 

シェロの方もそれを敏感に感じ取り、すぐに頭の上に手を添えるようにかざすと、優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。絶対に君を不安がらせるようなことはしない。俺は必ず、無傷(・・)で戻ってくる。

君は、俺の帰りを安心して待っていてくれればそれでいい。」

 

相手を安心させるため自然と出た好意的な笑み。

そこには皮肉など一切こめられていなかった。ちゃんとした座にいた昔ならば、こんな笑みを送れずに、皮肉を加えた文字どおり皮肉げな笑みを浮かべて、挑発するように鼓舞していたに違いない。

だが、今の英霊エミヤにはそんな気持ちは全くない。

これも、長年、あの()()()で過ごしてきた故なのか…

 

夏音の方もその偽りのない笑みを見て、心底安心した様子である。

 

「わかり…ました。じゃあ、私は行きますね。」

「ああ、気をつけてな。」

 

もう、ほとんど人通りなどなくなりかけているため、急がせる意味も含めて、シェロは夏音に走るように促した。

夏音は、それでもやはりわずかに心配なのだろう。数回シェロの方を振り向くと、すぐにタッタッと廊下を走り抜けていった。

 

「さて、約束したからには、守らねばな。恐らく、今ので学校の警備システムはかなり緩くなったはずだ。浅葱のあの反応からして、まず間違いなくあの古代兵器に関わっていると見ていいだろう。さて、とすると…」

 

作戦というのはいつも最悪の事態を考えながら行動してこそ、意味をもたらす。希望的観測に満たされた作戦ほど信用ならないものはない。

ならばこの場合、あの古代兵器の秘密を浅葱が何かしらの形で取得してしまったと考えるべきだろう。

 

「ならば、この機会を逃すはずがない。浅葱の元に何人かその古代兵器の関係者が来て浅葱を捕らえるはずだ。…まあ、本来ならば、そこを叩けばいいんだが…」

 

そう。そこを叩けば、恐らく万事解決するだろう。だが、あの古代兵器の秘密については闇に葬られたまま、要するに最悪、その古代兵器のことを放置したままの状態で全てが終わるわけである。

もちろん、捕らえた仲間から情報を引き出せれば御の字だが…大抵、テロリストというのは大義のためならばなんでもする異常集団で構成されたもののことを指す。その間に古代兵器とやらがこの絃神島を出て行った場合、恐らく二度とチャンスは来ないだろう。それ以外にもう一つ可能性があるとしたら…反撃が思わぬ形で繰り出される可能性。

 

要するに、追い詰められた鼠は猫をも噛みちぎる。

 

もしも、その古代兵器が少しでも動かせる可能性が出てきたというのならば、やはり、古代兵器の元に案内してもらうのが一番手っ取り早いだろう。他ならぬあのテロリストたちの手によって…

 

「すまないな。浅葱。君のことを見捨てる訳ではないのだが…どうも、今回は君が優先して襲われるようだ。」

 

この場にいない自分の友に向かって、謝罪の言葉を向ける。

そして、援護すると決めた以上、この場にいても仕方がないと判断したシェロは有効な狙撃ポイントはどこか検討した。

相手がどこに行こうとも確実に捉えることができ、且ついざという時、自分の力が万全な体勢で振るえる場所が良い。

 

「となると…あそこがいいな。」

 

周りを見ると、すでに学生たちは避難を済ませたようである。

ならば、ここからはシロウとして行動すべき時。

そう考えたシロウは周りを確認しながら、小走り気味に急いで学校を離れるのであった。

 

ーーーーーーー

 

ところ変わって、ここは彩海学園の屋上。

先ほど、眷獣を愚かにも暴走させてしまった古城とその原因である沙耶華は反省の意味を込めて、雪菜に命じられ、正座させられていた。

 

一時、雪菜についての議論が出てきたが、それもすぐに収まる。

どうにも、校内がまた騒がしくなっていることに気づいたからである。

不審に思った古城たちは正座を解き、校内を走り回ってみる。

先ほどの眷獣の暴走による大騒ぎで皆が避難していることは理解していたがそれでも不審な感覚は拭えない。

すると、古城の方が突然動きを止める。背後にいた紗矢華は突然の停止により、鼻を古城の背中をぶつける羽目になり、苛立ち混じりに古城を睨む。

 

「ちょっと、何してるのよ!?止まるなら止まるで、断りを入れて欲しいんだけど!!」

「…なんだ、この匂い?」

「匂い?」

 

吸血鬼の鋭敏な感覚が何か捉えたらしく、紗矢華の方も鼻に意識を傾ける。すると、確かに匂いを感じた。それはこんな仕事をしていると、嫌でも体に染みつく匂い。

 

「血の…匂い?」

「違う。似てるけど、こいつは血じゃない!!」

 

古城と紗矢華は匂いのする方角へと急ぐ。

匂いの大元と見受けられる保健室の扉を開くと、そこには両者とも口を覆ってしまうような凄惨な光景が広がっていた。

保健室の床は赤い…だが、どこか人工的な感覚のある流れを彷彿とさせる人工血液が致死量に達さんばかりの出血量で流れている。一目で放っておけば命が無くなるということが理解できた。

そして、その血は一人のホムンクルスから流されていた。

それは…

 

「アスタルテ!!」

 

古城は思わずといった調子で声を上げる。すぐに彼女を病院に移そうと思い、電話を取ろうとするが、そこで紗矢華は不審に思う。

 

「待って…雪菜たちはどこに行ったの?」

 

呟くように、だが確かな絶望を孕ませながら、言葉を紡ぐ。

そう。確かにおかしい。自分の眷獣の暴走のせいで、浅葱は軽い脳震盪に見舞われ、偶然居合わせた凪沙と古城を止めに来た雪菜が、保健室に連れて行ったのである。

つまり、ここには、あの三人もいるはずなのである。

 

アスタルテのことで気づくのが遅れたが、保健室には泥まみれの靴跡がそこら中にある。そこから推測できることは一つ。

 

「そんな…どうしよう?雪菜が…雪菜がさらわれちゃった。いや、もしかして、この血って雪菜の血も混ざっていたり…そんな!雪菜、雪菜雪菜…」

「落ち着け!煌坂!!」

 

必死に肩を揺さぶって、正気を保たせる。

 

「よく考えろ!もしも、姫柊たちに何かあったら、出血量はもっと多いはずだし…何より、姫柊が傷つけられたっていうなら、こんなに保健室が綺麗なはずがないだろう!!」

 

そう。古城は姫柊の戦いぶりを恐らくは実戦で一緒に戦ったことはない煌坂と同じかそれ以上に知っている。

もしも、テロリスト相手に暴れた末に傷つけられたというのならば、ここはもっとひどい場面となっていたに違いない。

古城の言葉がなんとか届いた煌坂は意識を取り戻す。

 

「そ、そうね。雪菜があんなテロリストどもに簡単にやられるわけないもんね…」

 

そんな煌坂の様子にホッと胸を撫で下ろした古城は再び現状を確認する。アスタルテは相当な深手を負っている。このまま彼女を放置するのは彼女を見殺しにすることに等しい。魔族専門の医療機関であるMARを呼んで放置したとしても、それは同じだろう。救急車が来るまでの時間、彼女の命がたもっていられるかどうかなど、それこそ、自分たちがここに残ってギリギリと言うところだ。

だが、それは難しい。さっきはああ言ったが、雪菜たちがその間に用済みと判断され殺される確率だってある。そうなると、この場で存命できるだけの応急処置を短時間でこなせなければならないのだが、いかんせん、古城にはそれだけの技術力がない。

 

「くそ!どうすりゃいいんだよ!!」

「どいて!!」

 

完全に復活した紗矢華が怒鳴りつけながら、古城を払い手でどかす。

彼女はアスタルテをの様子を観察し、ぶつぶつと何事か呟く。

そして…

 

「よし!これならなんとかなりそうね!!」

「助かるのか!?」

「前にも言ったでしょ?舞威媛は呪詛と暗殺を専門にする稼業だって、どこをどういう風に傷つければ、暗殺しやすいか分かるためには、身体の構造をある程度分かっている必要がある。つまり、殺しの逆の応急処置も訓練されてるのよ!」

 

なるほど、物騒な話だが、納得できる話である。それを聞いた古城はすぐに気持ちを切り替えて紗矢華に問いかける。

 

「なら、なんか手伝えることないか!」

「じゃあ、水をありったけお願い!!こんなに血で汚れてちゃ、まず治療だって行えないから!!」

「分かった!」

 

そう言った古城は消毒してあるであろう容器を見つけ、そこに水をありったけ注ぎ込む。小さくはあるが、決して手は抜けない戦いが今始まった。

 

ーーーーーーー

 

「ふふ、そうか。ガルドシュ。ようやく動き始めたか。」

 

アルデアル公『ディミトリエ=ヴァトラー』は満足そうな表情を浮かべながら、雪菜を伴い、発進していく黒塗りの車を見て呟く。

この男ヴァトラーは実は、自分の退屈を紛らわせるためだけに、テロリストを招くなどということを仕出かした男である。

退屈を紛らわせるためには何が必要か。ヴァトラーにとってそれは戦いであった。自らの血を沸かせ、肉を踊らせるためには、どんなことだってする。それがヴァトラーの行動理念である。

そのため、今ガルドシュの動きを補足しようとするものは彼にとって邪魔以外の何物でもなかった。

 

「ん?あれは…」

 

ヴァトラーは一人の少年の動きを見る。少年はこちらに背を向けながら、ヘッドホンを耳に当て、何やら錠剤のようなものを口に大量に含んでいた。そして、少年が天を向き、

 

「届けーーー!!」

 

彼がそう叫んだ瞬間、彼の上空100メートルの位置にある空間が乱気流を発生させる。そして、乱気流が発生し終わった後、出来上がったのは、少年と瓜二つの外見を持つ一つの個体であった。それは空気によって肉付けされ、血管も神経も作り出された彼の分身ともいえる存在である。

 

「ほう…」

 

珍しいものを見たと感じたヴァトラーは端から見ると薄気味悪いと感じざるをえないような身の毛もよだつ笑みを浮かべた。

今の彼にとって、少年『矢瀬基樹』の行いは邪魔である。

つまり、今彼の動きを止めなくてはこの戦闘狂は満足できないのである。

 

「跋難陀…」

 

手を掲げ、彼の手元から血の霧と膨大な魔力が溢れ出す。少年の追っ手を止めるために、鋼に覆われた蛇型の眷獣が召喚され姿を現す。

そして、彼の手が少年の方へと掲げられようとしたその時だった。

彼は視界の端で赤い閃光が自分の元に降り注ごうとしていることを認識できた。

 

驚いたヴァトラーではあったが、すぐに召喚した眷獣にトグロを巻かせるようにすることで、その攻撃を回避する。攻撃が直撃し、鋼の体皮を持つ眷獣が苦しそうに呻き声を漏らした瞬間、今度こそ驚愕は確実なものとなった。

 

(跋難陀の体皮をただの一撃で削り、ダメージを与えたというのか?)

 

同族の眷獣であろうとこの鋼の体皮を削る、ましてやダメージを与えることすら難しいことである。そのため、彼の驚きは仕方がないというもの。

だが、彼の驚きの表情はやがて満面の笑みへと変わる。今の一撃。本体である自分が受けていたらまず間違いなく、無事では済まなかっただろう。つまり、それは自分を倒し得るだけの強敵がこの島に確実にいるということ。そして、その強敵から、牽制の意味も含めた攻撃を繰り出されたのだ。ヴァトラーがそれに対して、喜びを感じないはずはない。なにせ、元々、彼は戦うためだけにこの醜い金属と魔術とカーボンファイバーによって造られた人工島に来たのだから…

 

「ふふふ…さて、一体どこの誰かは知らないけど、これだけの挨拶をしてくれたんだ。お返しをしなくっちゃあ、失礼だよね!」

眷獣の召喚を解き、魔弾が来たであろう方角を見ながら彼は呟く。

その顔にはすでに、テロリストへの興味など一部たりとも残っていなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。