ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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気分転換に書いてみました。
同時進行は辛いというからこれからちょっと連載は厳しくなるかもしれませんが、ちゃんとやりきるつもりでいるのでよろしくお願いします!!


とある理想郷にて

そこは当たり一帯が野原だった。その草原を見て、木を背に腰掛けている男は思う。

ああ、つくづく自分は幸運だったのだ…と

 

男には一体なぜ、この理想郷に足を踏み入れられたのか分からなかった。永劫、世界の守護者(奴隷)として扱われる運命が延々と続くのだ。とそう考えていた。

 

だが、ある時彼はここに立っていたのである。それは何かの間違いなのではないのかと何度思ったか知れない。自分のあの愚かな願いの末にあの荒野に立ち続ける運命を背負ったというのに…

 

正義の味方になりたかった。

 

それが間違いではなかったと分かっている今でも、自分はあの願いは愚かなものだと断じられる。

 

だって、結局報われることはなかったのだから……

 

そんなことを考えている内に前から彼女(・・)がやってきた。

最初に出会ったあの時とは対照的に、理想郷の太陽を背に抱え、その全てを包み込む光は彼女の金髪を淡く輝かせていた。白いスカートは派手さはないもののこの平原と日光はその白さをありありと示し、すぐに目に止まるほどの存在感を放っていた。ただ、太陽が背にあるからだろうか?その顔は今はよく見えない。

 

「どうしたのですか?」

 

彼女が聞く。よほど、自分が物思いに耽る姿が珍しかったのだろう。

きょとんとした彼女の表情を見て、男は微笑をにじませながら答える。

 

「いや、何…本当になぜ、俺がこんなところにいるのだろうと思ってね。」

「まだ、そんなことを言うのですか?」

 

若干の怒りを滲ませながら、彼女は自分を凝視する。

それもそうだろう。自分たちが再会してからずっと彼はそんな考えを捨てられずにいたことを彼女は見抜いていた。

彼が幸せを感じられてるのはわかる。だが、こう何度も同じことを言われては面白くないと思うのは当然だろう。

 

「あ、いや、勘違いしないでくれ。別に君に会いたくなかったというわけではない。ただ、こうして出会えたことが本当に夢のように思えてな……」

「…そうですか。」

 

そう聞くと彼女はすぐに不機嫌そうな表情を収め、それから、微笑を浮かべて自分の隣へと座った。

 

「こうして、私は隣にいるんです。これは夢なんかじゃなくて、事実ですよ。」

「ああ…そうだな。」

 

言い終わると彼女は立ち上がり、こちらへと手を差し伸べてきた。

男は自分に差し伸べてくる手を取り、一緒に立ち上がる。

 

「それでは、シロウ!今日の朝食をお願いします!」

「…厳密には、俺たちは英霊に近しい存在でありながら、英霊ではなくなっている存在だが…食事は必要ないはずだぞ。アルトリア。」

 

ここに来てから呼び慣れているお互いの真名()で呼び合う。

世界と契約を解いた彼女はともかく、ここにいる自分もなぜかこの理想郷に来た瞬間、英霊とは違うカテゴリへと押し込まれたのである。

 

「お願いします!!!」

「……分かった。」

 

溜息をつきながらも彼はこのような毎日を楽しんでいる自分が居ることを自覚している。小走りで前へと走っていく彼女の後ろ姿を追い、ゆっくりと歩を進める。

彼女が思い描いた理想郷……ここは今は現世に亡き幻想種などが生息する奇跡の場所だ。当然、生息するということはその者たちの食べ物なども存在する。そのためか食材がないというわけではないので、食べたりするのに困りはしない。もっとも、その食材というのは幻想種の肉やら何だか怪しげな草だったりするので注意が必要だが……

ただ、そうだとしても食事を必要としない自分たちには多すぎる気がする…なんせ、一部には100haほどの麦畑が存在するのである。

もしかしたら、彼女の食事への関心が理想郷に思わぬ変貌を与えてしまったのかもと考え、本人に言ってみたときには、しばらく口をきいてくれなかった。

 

ーああ、本当に幸せだー

 

そう考えていたとき、突然嫌な鈍痛を頭が引き起こす。

 

「ぐっ…!!?」

 

しばらく続くというわけではなく、その鈍痛は少しすると和らぎ、また、彼は彼女を追いかけるように歩きながら今起こったことについて思案する。

 

(妙だ。ここに来てから、世界に召喚されるということは全くと言っていいほどなかったというのに…)

 

真っ先にそこに繋げたのは英霊とはそもそも完成された存在であり、厳密には英霊ではなくなった存在である彼であっても、その体質は変わらないと考えたからである。完成された肉体である彼らにとって不完全の象徴とも言える『病気』などかかろうはずもない。それこそスキルか何かに病気に関係するスキルなどが存在していた場合は違うのかもしれないが……

そのようなスキルを持った試しなどシロウにはない。そのため、そんな完成された存在である自分が頭を痛くするなど、間違っても引き起こすような症状ではない何か理屈があるはずだ、とシロウは考えた。

そこで、最もシロウという英霊に関わってくるのは世界からによる強制召喚である。それくらいしか世界からの()()()()()が存在しなかったと言えば悲しくならないわけではないが、元々、自分はそのような存在()()()のだから今更であろう。

 

「どうしたのですか?シロウ」

 

と、そんなことを思い、考えているうちに先ほどと同じように顔を覗き込ませながらアルトリアが聞いてくる。その顔は眉尻が下がり、口はわずかに開きつつ、目は微かに潤んでいるように見えた。

そんな心配そうな表情をさせている自分が無性に許せなくなったので……

 

「いや、なんでもない。」

 

そう答えた。そんな自分の反応にアルトリアはしばらく疑わしそうな眼差しを自分に向けてきた。長年付き添っているのだ。そろそろ、このシロウという男が何か隠しているか否か、などということは即座に判断できる。だが、アルトリアは同時に彼が妙なところで頑固であるのも覚えている。そのため、彼が『なんでもない』と言った以上はそのことを言わせるのに苦労するだろうことも彼女はよく知っている。

そのことを念頭に置きながら吐かせるか否かを検討する。だが、やがて気をとりなおしたのか、ふう、と溜息をつき、

 

「そうですか。」

 

と言って、そのまま前へと小走りで駆けて行った。その後をシロウもまた歩きながら追っていき、彼らの影はやがて草原の彼方へと消えていくのだった。

 

この後、エミヤシロウには確かに何も起こらず、そのまま全て遠き理想郷(アヴァロン)に留まり続けた。

 

だが、“英霊”とは本体を座に残して、分身としてサーヴァントを現界させるものである。

たとえ、英霊でなくなったとしても、アヴァロンを座として召喚される場合もあるのだと、そのときのシロウは理解できなかった。当然だ。実際、イレギュラーにもほどがある。

 

そのため、このとき確かにエミヤシロウの中に残り続けた意識があるように、旅立って行った意識もあるのだ。

 

行く先は血の中に眷獣という魔力の獣を従える吸血鬼の世界でありながら…

 

エミヤシロウが正しく英雄として祀られている世界でもあった。


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