踏み出す一歩   作:カシム0

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 本当はこれが前回の最後にくっついていたんですが、話の区切りの関係上わけました。
 そうしたらこんなに短くなっちゃって申し訳ない。
 次回とくっつけてもよかったのですけど、やっぱり区切りの良さは大事なので。

 ところで、総合評価が跳ね上がっていてびっくりしたんですけど、どうやら平均評価が高いことで検索に引っかかりやすくなったようです。
 励みになります。これからも頑張ります。

 じゃあ、どうぞ。


比企谷八幡は踏み込む決意をする。

 

 

 

 

 

 最寄り駅に到着し、先日と同様に留美の家までの道のりを歩く。

 冬も終盤で、もう少しすれば春になるとはいえまだまだ寒い。というより、一層寒さを増しているような気がしていた。だからなのかはわからないが、夜空は澄んでおり星が良く見えた。

 留美は相変わらず俺の手を握っている。夕食を食べたレストランを出てすぐに手をつなぎ、改札を除いて電車の中でさえ外すことはなかった。満員電車で向かい合っていてもだ。

 あまりにもここ最近留美と手を繋いでいるので、最早手を繋ぐのがデフォルトな気さえしてくる。

 俺は留美に嫌われてはいないと思う。というか、懐かれているのは間違いない。そうでなければわざわざ俺に相談しにくるようなことはないだろう。

 正直に俺の内心を吐露するならば、留美のような可愛い子に懐かれて嬉しいのは間違いない。

 しかし、俺はオート発動をキャンセルできないお兄ちゃんスキル所持者ではあるが、ずっと手を握っているほど懐かれるものなのか。

 いや、いい加減韜晦して目を反らすのはやめよう。俺は留美が抱く感情に気が付いている。留美の悩みに予想が付いている。

 そして俺は、不器用で、優しくて、あざとくて、お節介で、俺を信頼してくれる人たちから俺の予想を補填するカケラを渡されている。

 留美を助けることを願われ、思いを託されている。尻を蹴っ飛ばされ、背中を叩かれ支えられている。

 だったら、後は俺が残りのピースを回収するため、踏み出せばいいだけのことだ。ただ、一線に踏み込む俺の覚悟が必要なだけだ。

 

 

 

 

 

「なあ留美。ご両親は好きか?」

 

 空に見える星座の豆知識を披露しながら歩いていたが、とうとう留美の家まであと少しというところまで来ていた。数日前、家に送った際に別れた公園の前で俺は留美に尋ねる。

 俺の質問に対する留美の反応は、握っていた手に一瞬力が入り、歩みを止めることで返された。

 振り返り、足を止めた留美に向き直ると、留美は顔を俯かせていた。

 

「……当たり前、じゃない。大好きだよ」

「そうか」

 

 家族が大好きだと、そう言うのなら何故下を向く。どうして俺から目を背ける。胸を張って言えないことじゃないはずだろう。

 留美のその態度が俺の、できれば当たっていて欲しくなかった予想を裏付けてしまう。

 

「どうして、そんなこと聞くの?」

「……少し、公園で話さないか?」

「……いい、けど」

 

 留美の質問に答えず、ぽつりと呟く留美の手を引き、俺は公園に向かった。

 先日外から見た通り、広い公園ではなかった。ブランコと滑り台とベンチがあるくらいの大きさだ。

 留美を連れてベンチに座る前に、脇にある自動販売機を見た。ラインナップは千葉の一般的なもの。話は長くなりそうなのは簡単に予想がついた。

 

「留美、何飲む?」

「……八幡と一緒のでいい」

「そうか」

 

 俺は迷うことなくマッ缶を買うが、人によっては苦手な奴もいる。何でもいいと言われるよりは買いやすいが、おススメしやすいかと言えばどうだろう。

 留美にマッ缶を渡し、二人してベンチに並んで座り缶をあける。一口で口の中に広がる練乳と砂糖と、そしてコーヒーの味。甘く温かいマッ缶はやはりソウルドリンクだ。実に落ち着く。

 だが、どうやら留美の口には合わなかったらしく、一口飲んで眉間に皺を寄せていた。無理だったか。

 改めてペットボトルの紅茶を買って留美に渡すと、コクコクと一気に煽る。そんなまずいものを飲んだ後のようにしなくてもいいだろうに。

 ふうと息をつく留美。そろそろ、いいだろうか。

 

「ずっと、考えていた。どうして留美が俺に相談に来たのか」

「……迷惑、だった?」

「いや、全く。ただ不思議だっただけだ。進路のことは親や教師に相談するもんだ。金を出すのは親だし、進路相談なんて教師が専門だ。どうして俺みたいな、縁も所縁もないとは言わんが、知り合い程度の俺にわざわざ会いに来たのはどうしてか、ってな」

 

 そこには理由があるはずだ。留美が自覚しているか気づかないふりをしているかはわからないが、小学生が高校に訪れてまでする相談ではなかったのだから。

 

「……わかんないよ」

「そうか。ならその話は置いておこう」

 

 マッ缶を飲む。これから俺が口にすることは、ただの想像だ。様々な要素を考慮に入れ、的中率はかなり高いと思うが、それでもただの想像、むしろ妄想に近い。ことによっては留美を傷つけかねない。

 だが、俺は聞かないわけにはいかなかった。

 

「留美の親御さん、クリスマスの劇、見に来てないだろ?」

「っ……」

 

 隣で留美が息を呑むのが分かった。

 これは、雪ノ下、由比ヶ浜、一色にも確認したことだが、あのクリスマスイベントで誰も留美の両親を見ていないのだ。

 あの日、俺たちは準備にかかりきりで劇に集中できてはいなかったが、それでも誰がしかは監督係として会場にいた。劇後は給仕係として会場にいて、留美が同級生や葉山、ご老人方と話しているのは見た。

 川何とかさんの妹の、けーちゃん、だったか。けーちゃんの写真を撮りまくっていた、川崎か、川崎は保護者としてイベントに参加していた。他にも、劇に参加していた小学生の保護者は劇を見に来ていた。

 しかし、誰も留美の両親を見ていない。留美が親らしき人と話しているのを誰も見ていない。

 ただ見逃していただけかもしれないが、俺たちは当時一色を除き留美を知っている。目に入れば意識をする。その意識の中に、留美が親と話している姿はない。

 

「……忙しいって、言ってたから」

「どんな規模であれ、子供が劇の主役をやるなんて、親からしたら子供の晴れ舞台だ。見に来ないってより、劇に参加することを、主役をやることを親御さんに伝えていないんじゃないか」

「……」

「何も言わないならこっちで勝手に判断する」

 

 口の中がネチャネチャする。やはりマッ缶は会話間の飲み物には不向きだったかもしれないと、今更ながらに思う。

 だが、俺は一息ついて、言う。言わなければならなかった。

 

 

「留美、ご両親とうまくいっていないんじゃないか?」

 

 

 ずるい言い方だ。ケンカしているとも、仲が良くないんじゃないかとも、どちらでも受け取れる質問。

 だが、これが留美の言動や態度、周囲の状況から俺が推測した、留美の本当の悩みだ。

 親に相談しなかったのは親と会話できる状況ではないから。

 やたらと手を繋ぎたがってくるのは寂しいからか? 劇場のトイレで少し離れただけで不安そうな顔をしたのもおそらく同じ理由から。

 俺に相談に来たのは、俺ならば邪険にしないと思ったから? それとも、俺ならばなんとかしてくれると思ったか。後者は推測というより妄想に近く、自惚れるなと言いたくなるが。

 ペットボトルをギュッと握っていた留美が口を開く。

 

「適当なこと、言わないでよ」

「ああ、すまんな」

「何も知らないくせに……わかったようなことを」

「……俺はわかったようなことしか言えない。留美は話してくれないし、俺も聞かなかった。だから、俺が言っていることは妄言の類だ」

「……」

 

 そう言ったのに、留美は俺の言葉を推測と切って捨てない。それが正しいからなのか、話す価値もないと思われたのかはわからない。

 だが、推測したものを真実と仮定して動くのは自己満足だ。俺はすでにそれを知っている。

 だから、俺はわからなければならない。

 

「なあ留美。知るとか、わかるって、どういうことだと思う?」

「……理解するってことじゃない?」

「そうだな。例えば、理論だとか理屈だとか、そういったものをわかるのは理解するだ。楽しいことがあった人の気持ちがわかるのは共感する。そして、留美から相談されて留美の悩みがわかるのは把握する、だ」

 

 俺はいまだに感情を理解できない。

 俺が留美の状況を考えて、推測して、類推して、導き出した自己満足な答え。俺は今までやってきたこのやり方を否定はできない。

 だが、それでは、それだけでは留美の悩みを解決することはできない。足りないものはわかっている。

 だから、知りたい。わかりたい。

 俺の答えに足りない、感情を、気持ちを、思いを。

 俺はかけていた眼鏡を外し胸ポケットに入れ、留美に向き直る。

 俺が考えてもわからないものを知るために、俺の本音でぶつかるために。

 

「俺は、わかりたい。留美の悩みを把握して、どうしてそうなったのかを理解したい。できることなら留美の気持ちに共感したい。だから留美」

 

 一息つく。留美は俯いていた顔をゆっくりと上げる。

 

「……話しちゃ、くれないか?」

 

 真正面から留美を見つめる。留美は俺を見てはいるが、目がキョロキョロとして落ち着きがない。しかし、目を反らしはしなかった。

 言葉を尽くしても想いが伝わるとは限らない。そもそも会話が苦手な俺がうまく話せているのかもわからない。

 こんなのは俺のキャラじゃない。まるで雪ノ下と由比ヶ浜に無様にすがりついたときのようでさえある。

 だが、俺の気持ちを、本心を留美に伝えるには、やはり言葉でしかなかった。

 言ってもわかってもらえるかわからないかもしれないが、言わなくてわかるわけがない。ここにきて、最後は留美の理解だよりだなんて情けないことこの上ないが、このやり方しか思いつかなかった。

 少しして、俺の気持ちが伝わったのだか、根負けしたのかはわからないが、留美はコクリと頷いた。

 

「八幡って、普段は絶望的に察しが悪いのに、こういう時は鋭いんだね」

「だから絶望的は余計だ」

 

 苦笑しながら小生意気に言う留美の笑顔が、無理して造った笑顔のように見えたのはおそらく間違いではないだろう。

 

 

 

 

 




 次回留美のお悩み相談解決編(ネタバレ)。
 そうお待たせすることなく投稿できるとは思いますが、加筆修正に時間をとらせてください。
 推敲を重ねているのに、投稿した後にアラが見つかるのをなんとかしたい。

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