踏み出す一歩   作:カシム0

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 分割投稿四話目です。
 次から留美が出ます。


比企谷小町は背中を押す。

 

 

 

「劇団員って大変そうだな」

 

 冗談抜きにそう思う。

 帰宅した俺は、自分のパソコンで改めて劇団のことを調べていた。

 有名な劇団は演劇に集中できるように給料が出るようだが、そうでもない劇団に所属している劇団員はアルバイトをしながら演劇をやっている。しかも生活のためだけではなく、演劇活動のためにその金を使うこともあるそうだ。

 その場合彼らの職業は劇団員なのか、フリーターなのか。金を稼ぐのは生活のためではなく演劇のため、つまりは趣味のため。この場合は趣味を仕事にしたのだろうか。趣味を仕事にするのは俺としては簡便なのだが、彼らはそれで幸せなのだろうか。大きなお世話だろうし、俺が考えても意味のないことではある。

 しかし、彼らの親ならばどうだろう。子供が苦労するのが目に見えている道を応援できるだろうか。当人らはやりたいことをやれて幸せなのかもしれないが、人によっては夢を追い続けていることが魅力的に映るかもしれないが。俺の勝手な考えだが、そんな生活をしていれば貯蓄はできないだろう、生活に余裕はできないだろう。親がそんな生活を推奨するだろうか。

 人間、若い時は挑戦をし、歳を食えば安定を求める。俺のように若い内から安定を求めるのもいるが。いわゆる普通の親ならば、子供の無謀にも思える挑戦は応援できないだろう。

 例えば、子供が音楽をやりたいと言って上京しようとすれば止めるだろう、普通なら。才能があって既に実績を出しているならばあるいは、応援するかもしれないが。

 ならば、留美の親はどうだ。留美の親のことは直接、間接ともに知らんが、留美を心優しい少女に育てたのは彼らだ。ならば、留美のことを想い、愛し、慈しんでいることは容易に想像がつく。そんな親が留美の挑戦を応援しないことはないだろうが、歓迎はしてくれるだろうか。

 そして、留美はどうだ。いまだ悩みの根幹がつかめない現状、親に自分のやりたいことを説明できるか。できたとして親に歓迎されないかもしれない挑戦を続けられるか。

 昨日、留美と僅かなりと話ができたため、うっすらと留美とその家族の状況が見えてきた。

 共働きなのはうちと同じだが、留美に兄弟はいただろうか。聞いたことはないので一人っ子と仮定するが、昔の小町のように寂しさを募らせていないだろうか。

 ひょっとしたらだが、留美はご両親とうまくコミュニケーションがとれていないのではないか。夏にハブられていたことや、今回の悩みを相談できなかったように。

 頭で考えただけで、計算したところで、答えは出ない。そんなことがわかりきっていて、いつまでも考え続けている俺は何なんだろう。

 俺は、留美をどうしてやりたいんだろう。

 思考がループしている。留美の相談事のように。

 ……それならば、ループの外側から考えればいいのか? いや、それでは駄目だ。問いをパズルとするならば、この問いにはピースが足りていない。

 ならば、どれだけ考えたところで正答とはなりえない。

 再度思考がループしている中、ドアがノックされる。今家にいるのは我が愛する妹小町だ。

 

「お兄ちゃん、片付かないからご飯食べちゃってよ」

「ああ、そうか。悪い小町、すぐ行く」

「早くしてよね」

 

 とりあえず、小町の手料理で腹を満たしに行くか。

 

 

 

 小町の料理を満喫した食後、俺がコーヒーを入れ、二人でまどろむ。小町は受験生で追い込み時期ではあるが、息抜きはちゃんとやるべきだからな。

 うん。MAXコーヒーの甘さにはかなわないが、いい甘さだ。コーヒーを甘さで判断するのもどうだかな。とはいえ、しょせんインスタントコーヒーだし香りもそれなりだし。

 

「ところでお兄ちゃん」

「ん?」

「何を悩んでんの?」

 

 机に頬杖をついたまま、俺の対面に座る小町が嘘は許さんとばかりに睨んできた。小町がこんな態度をとってくるのには、心当たりがある。

 生徒会選挙でドタバタしていた折、小町に塩対応をしてしまったことから、盛大に怒らせてしまったのだ。とうに仲直りは済んでいるが、同じ過ちは繰り返さないのが人間の人間たる所以だ。八幡覚えた。

 

「また、雪乃さんとか結衣さんと何かあった?」

「いや、あいつらとは何も。奉仕部にってより、俺個人に対する依頼のこと、かな」

「それってお兄ちゃんに助けて欲しいって人が来たってこと?」

「まあ、そうだな」

 

 小町は目を見開いて驚いている。俺の人間関係からすると、相当に珍しいのはわかってはいる。それでもな、そこまで驚かれるとお兄ちゃん悲しいよ。

 

「小町、相談に乗ってくれるか?」

「いいよ」

 

 自分一人の考えに行き詰っていた俺は、別の意見が欲しかったのだろう。それが小町だったのは、俺が気兼ねなく相談でき、解決の一途を担ってくれそうな相手筆頭だからだろう。

 材木座? 気兼ねはしないが、あいつの意見が解決の役に立つとは思えんし、何ならあいつの意見を考慮もしない。

 

「家族に相談できないことって、どんなことだ?」

「家族に? そりゃあ、知られたくないことだよね。近しい関係だからこそ、知られたくないってことあるじゃん?」

「具体的には?」

 

 俺だったら、何だろうな。小町に知られたくないこと。隠しているお宝本が小町やお袋に知られたら死にたくなるかもしれんが。

 

「小町だったら、例えば、お兄ちゃんに友達の男の子関係の話はしないかな」

「何? ゴミ虫がまだ小町に付きまとっているのか!?」

 

 お兄ちゃん許しませんよ。あんな川崎大師とかいう寺みたいな名前の大志は。

 

「ほら、そういうの。自分からしたら大したことないのに、過剰反応されてゴミいちゃんみたいなのが出てくるかもって思ったら、相談なんかできないでしょ」

「ああ、そうかもな。子供のケンカに親が出る的な感じか」

「そうそう。的な」

 

 大志が大したことないと言われている。うむ、ならば問題はないな。

 さて、留美はどうか。留美は可愛いから異性問題があってもおかしくはない。それに夏は親に相談することなく中学校まで待てばいいと達観していたわけだし、過剰反応を気にしているのもありえそうだ。

 

「そういや、ガチな厄介ごとは迷惑かけそうだし、重いって思われたくないから迷惑かけても気にならないどうでもいい相手に相談するって、言ってた奴がいたな」

 

 最後の方は言ってなかったかもしれないが、あいつならそれくらいのこと考えていそうだ。

 

「だぁれ? そんなこと言ったの」

「一色だ」

「最近お兄ちゃんの話に、その一色さんって人よく出てくるよね。新しいお義姉ちゃん候補かな?」

「ねえよ。そんなに話してもないだろうが。それはともかく、ガチな面倒ごとがあったら、家族には相談できないか?」

 

 俺の質問に、小町は眉根を寄せて唸る。留美の周囲に面倒ごとがあると確定しているわけではないが、留美は相談する対象に俺を選んだ。そこから疑問を突き崩せないか。

 

「うーん、そういうのだったら、義務とか責任とか、協力せざるを得ない立場の人に相談するってのもありかも」

「義務と責任、ね。同じグループで一緒に作業しているとか、管理責任のある教師とか?」

「そうそう」

 

 留美にとって、俺はそういう立場には当たらない、よな。

 なら、逆に考えてみよう。ナルホドくん、発想を逆転させるの!

 留美が相談する相手に俺を選んだのではなく……何だろう? 逆転させると……相談する相手が俺しかいなかった? 俺にしか相談できなかった理由がある?

 留美にとっての俺はどういう存在かといえば、顔見知りの程度の年上の男、か。

 

「自分にとって身近ではない人に相談するってのは、どういう状況なんだろうな」

「うーん。さっき言ってた、迷惑をかけてもそれっきりだから気にしないで済むような人?」

「義務と責任で手を貸してくれる人ってことか。……他にはあるか?」

「そうだねえ……」

 

 小町は背もたれに寄りかかり天井を見ながら考えていたが、言葉を区切るとまた机に肘を突き、俺を指差してにんまりと笑った。

 

「……俺か?」

「うん」

「俺って、小町にとって身近な人じゃなかったのか」

 

 今までになくショックなんですけど。膝から崩れ落ちんばかりの衝撃だ。

 

「あはは、違うよ。できれば、とっとと小町の手から離れて行ってくれると嬉しいけどね。そうじゃなくてさ」

 

 小町は優しく笑い、

 

「義務とか責任とか、関係なしで助けてくれそうな人、かな。たとえ身近でなくても」

 

 口にしたその言葉は、俺の胸にストンと落ちてきた。勝手な想像になるが、留美は俺をそう見ているのか?

 

「……小町にとっては、俺か」

「そうだね。お兄ちゃんは小町やお父さんお母さんが困ってたら、打算なしに助けてくれそうだな。逆に、いっぱい迷惑をかけてきそうでもあるけど」

 

 それはおそらく間違いない。俺は家族には迷惑をかけても構わないと思っているし、迷惑をかけられても構わない。迷惑とさえ思わない。

 ただ、それは俺だからだ。留美がそう思うとは限らない。家族に心配をかけたくないがために、言わない判断を下すかもしれない。

 

「小町が本当に困っていたら、お兄ちゃんに相談すると思うよ。お兄ちゃんだったら何とかしてくれそうな感じはするし、お兄ちゃんだったら酷使しても心は痛まないし」

「おい、最後」

「お兄ちゃんは、小町を助けるために、色々しててくれるでしょ?」

「当たり前だろ」

 

 そこは即答できる。小町を助けるためだったら、俺は何をおいても駆けつける。助けられるかどうかは、二の次だ。

 それは、多分……雪ノ下や由比ヶ浜でも同じ、なのだろう。平塚先生の質問には答えられなかったが、あいつらを助けたい、という気持ちは間違いなく俺の胸にある。

 もっと言うならば、おそらく一色と留美に対しても同じ気持ちはある。

 そう思える相手が人によっては違うのだろう。俺は家族だが、友人だったり、恋人だったり、様々あるのだろう。そして逆に、そう思える相手だからこそ知られたくない悩みもまた、あるのだろう。

 

「頼った方が辛くなる助け方は勘弁して欲しいけどね。それもお兄ちゃんだから、仕方ないかもしれないけどさ」

 

 小町はフフッと笑って、コーヒーカップをシンクへと持っていった。そして、俺の後ろへ回り込み、肩に手を置いてきた。

 

「ねえ、お兄ちゃん。義務も責任も、義理も打算も無しに誰も彼もを助けたい人って、きっと普通じゃないと思うんだ」

「そうだな。そんなアニメの主人公みたいな奴がいたら、全力でお近づきになりたくない」

「でも、義務も責任も義理も打算も無しに、助けたい誰かがいるのって、きっと素敵なことだと思うんだ」

 

 そこで小町は肩に置いた手を俺の前に回してくる。ギュっと、小町に抱きしめられる。

 

「そういう人を作って、早く小町のことを楽にさせて欲しいな」

「まあ、努力はするさ」

「ホントに?」

「前向きに善処する」

「それは結局しないってことじゃん」

 

 小町の頭をワシャワシャと撫でると、カマクラのようにうにゃーと鳴いて離れた。

 

「色々参考になった、サンキュな」

「どういたしまして。それじゃ小町は勉強に戻るからね」

「ああ」

 

 ヒラヒラと手を振って、小町は自分の部屋へと戻っていった。

 俺はそれを見送り、部屋へ戻ろうかとも思ったが、思い直してコーヒーをもう一杯注いだ。今度は砂糖もミルクもないブラックだ、

 さっき小町には甘い汁を吸わせてもらったから、今度は苦汁を舐めないと釣り合いが取れない。

 ダイニングからリビングに移動し、ソファに寄りかかって考えをまとめる。

 やはり小町は最高の妹だ。相談の結果、一歩進めた気がする。

 まだまだピースは足りていない。後は、留美から引き出せる情報を待つしかない。

 比企谷八幡がすべきこと、語るべき言葉はあるのか。それを留美は求めているのか、わからないのだが。

 少なくとも、俺がしたいことは決まった。

 

 

 

 

 




 小町はいい妹です。あんな中学生いるわけねえ。

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