踏み出す一歩   作:カシム0

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 遅くなりました。肩と首をやってしまってパソコンとキーボードに向かうことができませんでした。申し訳ありません。
 細かいことは後日活動報告に載せますので、中学生編第一部完結です。
 じゃあどうぞ。


こうして、鶴見留美の中学生生活は……

 

 

 

 

 

 月曜日。朝練を終えて教室に向かった私は、下駄箱に一通の手紙が入っていることに気づいた。手紙と言っていいのかどうか、シンプルな白い紙に一行だけ文字が書かれている。紙と同じように内容もシンプルなもので、要件と名前だけが書かれていた。

 ずいぶんいきなりではあるのだけど、ホームルームにはまだ時間がある。それに相手を待たせるのも悪いかなとも、二重の意味で思う。

 私は教室に行く前に紙に書かれていた校舎裏へ向かうことにした。ここのところドタバタしていた、最後の一つを終わらせるために。

 校舎裏はその名の通り校舎の裏なのだけど、学生の中で校舎裏と言えばある場所を指す。生徒は校舎内で動いているのが見えるけど人っ気はなく、また校舎からは死角になっている場所がそうだ。呼び出す時間帯は人それぞれだろうけど、だいたい放課後に呼び出しをして告白するスポットになっているのだとか。

 今まで何回か告白された身としては、もっと言うなら私を呼び出した人を知る身としては、呼び出された理由はわかる。ただ、ずいぶんと早いなというのが感想だった。

 さて、告白の名所となっている校舎裏、そのさらに奥まったところに私を呼び出した人はいた。

 

「鶴見……」

「おはよう、開成くん」

 

 開成大誠くん。去年、小学六年生の頃に同じクラスだった子で、人気者だった子だ。とはいっても、今も人気はあるらしいけど詳しくは知らない。仲良くしていたということもない。

 彼とはここ数日で色々とあったので何がしかのアクションを起こすだろうとは予想していたけど、まさか週明けの今日だとは思わなかった。

 開成くんは朝練を終えてすぐに来たのだろう。まだユニフォームのままだった。

 

「急に呼び出してごめんな」

「何か用事があったわけじゃないし、大丈夫だよ」

「そっか……」

 

 軽く言葉を交わし、開成くんは一息をついた。そして、一気に頭を下げた。

 

「ごめん!」

「……いきなり、何?」

「先週、怖がらせたことと、肩を掴んでケガさせたこと。まだ謝ってなかったから」

 

 この人本当に開成くんだろうか。つい二日前に別れた時と同一人物とは思えないほど、雰囲気が違う。

 

「……わかったから頭を上げて。ケガはしてないし、もう気にしてないから」

「気にしてない、か」

 

 顔を上げた開成くんは苦笑いを浮かべていた。どこか吹っ切れたような、諦めたような、そう感じた。

 

「鶴見」

「うん」

「俺は鶴見のことが好きだ。小学校のころ同じクラスになって嬉しかった。クラスで孤立させられていた時助けられなくてすまなかった。中学でクラスが離れて悔しかった。鶴見に今彼氏がいることはわかっているけど、俺は鶴見が好きだってことを伝えたいって思った」

 

 開成くんは、一息に口にするとそのままじっと黙っていた。私からの返事を待っているけど、私の答えはすでに決まっていた。おそらく、開成くんもわかってはいるのだろうけど。

 

「ごめんなさい。好きな人がいるのであなたの気持ちには応えられません」

 

 私は、特定の一人以外から伝えられた気持ちには断るしかできない。その気持ちが本気であるならなおさら、嘘はつけない。実質、八幡は恋人ではないと言っているも同然だけど、開成くんはわかってくれるだろうと思ったのだ。

 

「恋人じゃなくて好きな人、か」

「うん。大好きな人。私を助けてくれた人。対等になりたい人。私を……好きになってもらいたい人」

 

 好きではいてくれるとは思う。だけど、私はもっと先に進みたい。

 誰かを好きになる気持ちはよくわかる。好きな人がいると幸せな気持ちになる。

 反面、自分ではない誰かがその人に選ばれることが怖い。気持ちに応えてもらえない恐さもまた、私はいつでも感じている。

 

「だから、ごめんなさい」

「……」

 

 告白されるたびに私はその怖さを相手に与えている。これは、結構つらい。

 だけど、その辛さを堪えてペコリと頭を下げる。開成くんからの告白の返事をする。私は開成くんの気持ちに応えられないから。

 

「わかっていたけど、やっぱ辛いや」

「だろうね」

「……はは、なんか似てるよ。あいつと鶴見」

「そうかな?」

 

 八幡と似てるって言われても、喜んでいいのかどうか。どこが似てると思ったんだろう。

 

「辛いけど、あいつの言う通り告白してよかったな」

「そう?」

「ああ。これで吹っ切れる気がする」

「ならよかった」

 

 開成くんは空を見上げ、鼻を鳴らした。見ない方がよかったかな。

 

「それじゃ、わざわざありがとな」

 

 言うと、開成くんは校舎の方へ走っていった。まだユニフォームだから部室の方かもしれない。

 ふうと息をつく。朝から疲れてしまった。告白を断ったことと、何もないとは思っていたけど気疲れしてしまったことで。

 私も校舎の方へ歩く。すると、タタタと駆けてくる音が聞こえた。

 

「留美ちゃん、大丈夫?」

「うん」

 

 音の主は真希ちゃんだった。わかってはいたけれど。

 今朝真希ちゃんと一緒に登校し、朝練をし、下駄箱に入っていた手紙を一緒に読んだ。私は一人で行こうとしたのだけど、真希ちゃんは許してくれなかった。

 いくら八幡さんが言い聞かせてくれたとしても、何があるかわからないでしょ。真希ちゃんの言い分だ。気にしすぎとも思ったけれど、真希ちゃんが私のことを思ってついてきてくれたので断ることはできなかった。

 

「何かやらかそうとしたら、蹴りくれてやろうと思ったけど」

「物騒だね」

「前科持ちなんだから注意するに越したことないの。留美ちゃんはちょっと油断しすぎ!」

「真希ちゃんに言われたくは」

「え、なんで?」

「いくら私しかここにいないと言っても、スカートで足を上げてキックするのはいかがなものかと」

「うぇっ! 見えた?」

「見えそうだった」

 

 スカートがヒラヒラしていると目が向いてしまうというのが非常によく理解できた。これを機に少しでも普段の生活を省みてくれるといいんだけど。

 

 

 

 

 

 裾を気にしている真希ちゃんと一緒に教室へ向かう。気にするのはそこだけじゃないので、これからは機会があるたびに言わせてもらおう。 

 教室に真希ちゃんと連れ立って入る。もうホームルームが近いこともあってか、ほとんどのクラスメイトがいるようだ。

 そのクラスメイトの何人かが一か所に集まっていた。

 

「えー、そうなんだ!」

「うわー、いいなぁ鶴見さん」

 

 どうやら私のことを話されている様子。漏れ聞いた限りでは嫌な雰囲気ではないようだけど。

 

「あ、鶴見さん、おはよう。山北さんも」

「おはよう。何の騒ぎ?」

「おはよ。何か留美ちゃんのこと話してる?」

 

 私と真希ちゃんが机に荷物を置いていると、集団から抜けてきた子が話しかけてきた。仲がいいとはいえないけれど、わるいわけでもない、普通のクラスメイトの子だった。

 

「綾瀬さんから鶴見さんの彼氏のこと聞いてたの」

「……はい?」

 

 予想外の言葉に、私は真希ちゃんと顔を見合わせてしまう。二人して?マークが頭に浮かんでいた。

 綾瀬さんとは確かにデート中に会ったし、八幡のことも目撃している。だけど、それがどうして話すことがあるのやら。

 

「すっごく優しそうで大人っぽいイケメンなんだって?」

「ブフッ!」

「……うん、まあそう、かな」

「いーなー」

 

 八幡の外見を知っている真希ちゃんが乙女にあるまじき声で吹き出していたけど、あの時の眼鏡を掛けた八幡は一見してそのように見えただろう。八幡本人を知っていると違和感しか感じないけども。

 

「おはよう、鶴見さん山北さん」

 

 そうこうしていると綾瀬さんが近づいてきた。いつも一緒にいる子はちょっと離れたところにいて一人だった。珍しいかも。

 

「おはよう綾瀬さん」

「おはよ。留美ちゃんの彼氏のこと話してるんだって?」

 

 真希ちゃんが若干敵意を表して、というよりやる気を出しているようだ。事と次第によっては一戦交えるのも辞さない、とか考えているんじゃないかな。朝から元気な真希ちゃんだ。

 

「うん。土曜日ばったり会ったから。うらやましいなぁって」

 

 綾瀬さんの雰囲気がいつもと違う。一人で私たちに話しかけてくるのもそうだけど……あ、そうか。いつもの語尾を伸ばした話し方じゃないのか。

 何か心変わりすることでもあったのかな。

 

「鶴見さんの彼氏さんみたいな人が彼氏になってくれたらいいな、って思っちゃった」

「そう? ありがとう」

「あー、私も彼氏欲しいなー」

 

 そして綾瀬さんは席に戻っていった。綾瀬さんのセリフで色めき立つ男子が数名。聞き耳を立てていたのか、机や椅子がガタっと揺れる。綾瀬さんは人気者だから狙っている男子がいるって真希ちゃんが言ってたっけ。頑張って綾瀬さんのハートを射止めてほしい。

 

 

「どういうつもりだろうね?」

「さあ。何か気が変わることがあったのかな」

「改心したっていうんならいいんだけどね」

「まあ、嫌な感じはしないから、いいんじゃない?」

「もう、留美ちゃんはのんきすぎるよ」

 

 のんきと言われてもね。

私は、正直なところ綾瀬さんのことをめんどくさい人だとしか思っていなかったから、彼女の態度が良くなってもあまり今までと変わらないというか。どうでもいいとまでは言わないけど。

 

「まあなんにせよ。これで綾瀬さんが変に留美ちゃんに絡んでこなくなれば、例の作戦は大成功かな?」

「そうだね。当初の目標より相当いい結果が出たし」

 

 ただ最初はやたらと告白される状況をどうにかしたいと思い、いろはさん発案、私と真希ちゃん監修で『私彼氏いるんです』作戦を立案・決行した。

 八幡とデートできる上、彼氏がいると噂を流し告白する前に諦めてもらえる。それができれば成功だった作戦は、私に絡んできていた同級生男女二人の態度を変化させることまで波及した。

 

「これでしばらくは落ち着いた生活ができる、かな?」

「だといいけどね」

 

 そろそろホームルームの時間だ。カバンから教科書やノートを取り出して準備をする。

 窓の外から明るい陽射し、爽やかな風。今日はいい一日になるような予感がした。

 

 

 

 

 

 帰宅して自分の部屋に戻る。

 お父さんもお母さんも帰ってくるにはもうちょっと時間がかかる。もう慣れたとはいえ、やっぱりちょっと寂しくはある。

 カバンを机に置いてベッドに寝転がり目を瞑る。

 授業は特筆するようなことはなかったけど、部活は調子が良くてタンブリングもうまくいった。真希ちゃんと一緒に帰り、いつもの公園でお喋りをした。ここ最近の悩みが解決して初めて登校した日だったからか、落差もあっていい日だったと思う。

 うん、いい日だった。これからもいい日が続くのだろう。

 私がそう思えた理由は、何よりも八幡だ。

 私が八幡を半ば脅すように協力してもらった『私彼氏いるんです』作戦は、予想外というか予想以上の結果をみせた。頑張った方向性はともかくとして、八幡が頑張ってくれた結果だった。

本当に八幡にはお世話になりっぱなしで、いつかお礼をしなくてはと思ってはいる。だけど、私が八幡にしてあげられることというのが思いつかなくて、新たに悩みごとになってしまったけど。

 

「対等になりたい、か」

 

 開成くんからの告白を断った時、私が言った言葉だ。

 私と八幡は五歳離れている。八幡から見た私は年下の女の子で、恋愛対象とは見てもらえず、精々が庇護対象だろう。いいところ妹扱いで、一人の女の子として見てもらいたい。ただ、奥手で捻くれた八幡が家族でない異性で手を繋ぐ人なんて私くらいだろうから、妹扱いも悪いことばかりではないのだけど。

 もちろん学校も違う。だから、八幡が困っていることがあったとしても助けてあげることはできない。それどころか、八幡が困っていることすら知ることができない。一方的に助けられるだけの関係が対等なわけがない。

 雪乃さんは頭がいいし、八幡が困っていたら助けることができるだろう。結衣さんは優しいから支えることができるだろう。小町さんや平塚先生は背中を押したりお尻を蹴っ飛ばしたりしそうだ。いろはさんは……八幡を振り回しながら楽しんでそうだ。

 私は何ができるかな。クリスマス会の時八幡がやっていたような事務仕事ができるとは思えない。力仕事も自信がないし、支えられるほど八幡を理解していると思えない。振り回している気はする。無い無い尽くしである。

 しばらく考えてた結果、どうにもならないことが分かってしまった。情けない結果ではあるけど、少なくとも今考えてもどうにもならないのは確かだ。私の中に答えがないなら考えても時間の無駄だということは、今回の件でよくわかった。

 私は勢いをつけて体を起こし、机の引き出しを開ける。中に入っているのは、八幡が書きなぐった私の進路の紙、演劇のパンフレット、空のマックスコーヒーの缶。

 私の宝物入れ。思い出はプライスレス、とか何かのCMで言ってたような気がするけど、金額的には些少なものだ。

 どれも八幡との思い出が詰まっている。八幡と一緒に考えた進路、一緒に楽しんだ演劇、悩みを相談した時に飲んだダダ甘の缶コーヒー。

 私は髪をまとめていたゴムを解く。八幡とデートをして買ってもらった髪留めのゴム。宝物入れにもう一つ加わる

 引き出しをそっと閉める。今日はお母さんが帰ってくるのが少し遅くなるらしいから、ご飯とお風呂の準備くらいはしておこうかな。

 

 




 さーて次回の踏み出す一歩は。
 お母さんにいじられる、山北家にお泊り、八幡との電話、
 の三本立てを間話でお送りして、本当に第一部完となります。
 なりますが、一週間ばかり日本を離れますのでまたもや遅くなります。申し訳ない。
 じゃあまた。

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