踏み出す一歩   作:カシム0

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 どうしても月一更新になってしまう。
 早く書ききって、積みゲーに手を付けたいところ。逆転裁判6もスパロボもまだ封を開けてすらいません。
 今月末に発売のゲームが待ち遠しいのですが、実は前作コンプしておりませぬ。
 ああ、時間が足りない。
 でも時間があったらあったで別のことをしてしまいそうです。

 そんなわけで開成くん解決編(?)をお送りします。
 じゃあどうぞ。


比企谷八幡は捻くれた斜めからの解決策を示さない。

 

 

 

 

 

 時間になったので留美とともにボールを片付け、テニスコートを後にする。

 いやしかし、ずいぶんと動いたものだ。最初は留美にテニスを教えていたからそれほどではなかったが、試合になってからはずいぶん動いた気がする。最近運動不足だったというのもあるが、結構疲れた。

 とはいえ、俺以上に疲れているだろう留美はずいぶんと元気な様子だ。確か午前中は部活で練習して、サーブを百回いかないまでも相当数打ち、試合では俺の前後左右の揺さぶりにあったのにだ。これが若さか。

 休憩中に片づけることができなかったせいなのか、どうしても留美がボールを持つとのことで留美がボール入りの籠、俺が二人分のラケットを持って受付に向かう。気にすることないのにな。

 

「テニスコートA終わりました」

「はい、お疲れ様でした。お楽しみいただけましたか?」

「ひゃ、ひゃい。どうもでした」

 

 くっ、また噛んでしまった。どうも店員さんとかと話すのは苦手だな。

 くそ。また留美が笑いをこらえてやがる。

 

「楽しかったです。今度、友達と来ますね」

「ええ、ぜひともお待ちしております。会員登録はなされますか?」

「いえ、また後にします」

「左様ですか。それではお待ちしておりますね」

 

 留美がボールを返す。さすがに俺とは違ってコミュニケーション能力は高い。というより中学生以下な俺がやばいな。改善するつもりは無いが。

 更衣室へ向かう。ウェアは更衣室に回収箱があり、シューズは帰りに返せばいいとのこと。

 とにもかくにもシャワーを浴びたいな。

 

「それじゃ留美、受付脇のソファ辺りで待ち合わせな」

「うん。それじゃね」

 

 手をひらひらとさせている留美と別れ更衣室へ。

 清潔で綺麗な更衣室ではあるのだが、たった今まで留美と一緒にいたせいか一気に男臭くなった気がする。更衣室には爺さんとか、リア充臭をプンプンさせている大学生らしき若い連中や、ムキムキマッチョマンやらがいるからあながち間違いではないが。

 女の子はどうしてあんなにいい匂いがするのか。汗をかいていたとしても……いや、やめておこう。この思考はどっから見ても気持ち悪い。

 こんなリア充の巣窟にいられるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!

 ああいう連中と離れていたかったので自分のロッカーへ向かう。無論のこと隅っこだ。

 汗は引いているが、体がべたべたして気持ちが悪い。留美を待たせるわけにもいかないので、とっととシャワーに行ってしまうか。いつもはカラスの行水だが、留美に汗臭いとか言われたら相当ショックを受けてしまいそうだし、しっかりと沐浴するとしよう。

 ロッカーを開け服を脱ぎ、備え付けのタオルに手を伸ばしていた俺に、後ろから声をかけてくるやつがいた。

 

「ちょっと、あんた」

「ん?」

 

 後ろにいたのは中学生くらいの男。まだあどけないながらも将来的にイケメンになる要素を兼ね備えた、俺とは正反対の明るい道を歩んでいそうな感じがする。決めつけではあるが。

 よく見たら、さっき留美と話していた奴か。同じ学校とか言っていたが、同級生なのか先輩なのか。別にどちらでも関係はないか。

 

「何だ?」

「あ、あれ違う? あ、いや、あの……人を探していて」

「更衣室にいないならシャワー室じゃないか? 待ってりゃ出てくるだろ」

「そ、そうですね。それじゃ」

 

 なんだったんだ、あいつは。友達とはぐれでもしたのか?

 まあ、どうでもいいか。とっととシャワーを浴びてしまおう。

 

 

 

 

 

 シャワー室はブースに囲われているシャワーが並んでいるものだった。施設内にはスパもあって、ゆっくり湯船に浸かりたいならそっちに行くのもありだろうが、今はそれほど時間があるわけでもない。ただ汗を流すだけならシャワーで十分だ。

 温度を調節して頭から浴びる。もともと外を歩いているだけで汗ばむほどの陽気だったし、運動でかいた汗を流していくのは気持ちがいい。

 シャワーを浴びて頭がすっきりしてくると、留美のことが頭に浮かんでくる。

 去年の夏休み、留美と知り合って間もなく一年ほどが経つわけだが、留美の周囲はなんだかんだとドタバタしているように思える。去年の夏はクラスメイト、冬もクラスメイトと父母、そして今は……何かが留美を悩ませている。留美の友人である山北さんが俺との電話で仄めかしたことからも想像はつく。

 俺は留美が望むと望まざるとに関わらず首を突っ込み、俺単独であったり奉仕部や他のメンツの力を借りたりもして、色々と問題を孕みながらも一応の解決をしてきてはいた。問題の解決を放棄し、安易な解消をしてきたながらもツケの清算は終焉を見せたはず。ならば、今留美を悩ませているのは何なのか。

 俺は今回、留美が助けを求めない限りは余計な手出し口出しをしないと決めている。それは留美が中学生になったから、助けられ続けては成長がない、という理由もないではないが、今の留美には山北さんのように助けを求められる友人がおり、早急に解決しなければならない喫緊の問題ではないと踏んでいるからだ。

 というのも、以前の留美の様な悲壮感、といっていいのかわからないが、そういったものが感じられないことにある。また、留美自身が答えを出しているかのように、俺が勝手に感じているのも理由の一つだ。

 自分で解決できる問題を他人が横から茶々を入れて混ぜっ返す必要はない。その解決方法が明らかに間違っていて、誰も幸せになれない方法なら話は違うのだろうが、その場合、俺に口出しをする権利があるのかわからないところだ。

 と、まあ色々と考えるところはあるが、今日のデート中に目標である目撃されるミッションは完遂した。これが留美の悩み解決への一助になれば言うことはないのだが、実際どうなることやら。

 つらつらと考え終わったところで俺の頭は今日の留美へと移っていく。

 動きやすそうなシャツとキュロットながら、別段洒落た服装ではないのに可愛らしく見える不思議。そして一色あたりがやればあざとく見えるベーッだとか、度々見せる可愛らしい挙動。

 小学生から中学生になっただけだというのに、外見はあまり変わっていないというのに。

 今日はことあるごとに留美を可愛らしく感じてしまう。いや、前々から知っていたことではあるのだが。

 それにやたらと留美からの身体的接触が多い気がする。手を繋ぐのは前からよくやっていたし、抱き着いて来るというのもないではなかった。留美は小柄で華奢で、ボリューム的にはほぼないと言っていいくらいなのだが、まあ、なんだ……ハプニング的にだが留美のあれやこれやを触ってしまった今となっては、だからと言って留美の魅力が損なわれることはないというか、だがそれがいいという意見もあるやもしれん。

 どんどん自分の思考が気持ち悪くなってきたのがわかり、頭を振る。

 今までもそうだが、最近より自分が信じられなくなってきている。留美は庇護すべき年下の少女としてみていたはず、なのだが、今日一日で怪しくなってきている。

 留美が魅力溢れる美少女で、これからもより一層成長していくのは明らかだ。そうなったら俺は今の考えを維持できるのかどうか。そもそもする必要があるのかもわからんが、俺の根幹がぐらついてきている。

 ぐるぐる回る思考をリセットするためお湯を顔にぶちまけ、シャワーを止めタオルを手に取る。やっぱり気持ち悪くなってきた考えを振り払わなくては。

 

 

 

 

 

 シャワー室を出ると涼やかな風が体を冷やしてくれる。扇風機の前でゆっくりと火照りを覚ましたいところだが、リア充大学生グループがいたので断念する。

 っち、無駄にキラキラしやがって、細マッチョどもが。俺もガリガリに細いわけではないのだが、さすがにスポーツをやっている連中と比べると華奢になってしまう。く、悔しくなんかないんだからね! 

 別にどうでもいいことではある。うん。

 さて、自分のロッカーの前に戻り、さあ着替えようとしたところで、またもや後ろから声を掛けられる。

 

「ちょっと、あんた」

「ん?」

 

 シャワー室に入る前と同じ呼びかけを受け、振り返るとやはり先ほどのリア充予備軍の少年がずいぶんと剣呑な雰囲気で俺を睨みつけていた。

 

「何だ? 探してたやつ見つかったか?」

「あー、えーと……探したけどいなかった、んだけど」

「そうか」

 

 俺はそのまま服を着ようとしたのだが、なぜだか少年が近づいてくる。少年は至近距離でジロジロと俺の顔を見てくる。よくわからんが、とりあえず服を着させてくれないか。

 

「あの、あんた鶴見の彼氏、か?」

「そうだけど?」

 

 留美の同級生だか先輩だかはわからんが、知り合いであることは間違いないようだ。それはわかったから服を着させてくれ。

 少年は驚いた顔をした後さらに俺を睨みつけてきたのだが、正直なところ怖くはない。女子の方がよっぽど怖いし、子犬が唸っているような雰囲気さえ覚える。

 

「それがあんたの正体か」

「は?」

 

 ヤバい。さっきから状況が分からない。なんで絡まれているのかもわからないし、今のセリフも意味が分からん。正体ってなんだ、俺はラスボスか。

 

「あんた鶴見を騙してるんだろ。その腐った目が何よりの証拠だ!」

「……とりあえず服着ていいか?」

 

 誰か助けてくれ。こいつが何を言っているのかさっぱりわからない。同じ人間で日本人であるはずなのに、意思疎通が全くできない。

 

 

 

 

 

 ようやっと服を着られて、更衣室のベンチに移動する。少年は俺を睨みながらも付いてきて、ふてくされたように隣に座った。

 ベンチの隣に自動販売機があったのでスポーツドリンクを二個買い、少年に渡す。

 

「……こんなんで懐柔されねえからな」

「する気もねえよ」

 

 ぶすっとした顔ながらも、小さな声で「どうも」と言いながら受け取るあたり、根は真面目な子なのだろうか。

 少年を改めて見てみる。中学生でありながらすでにイケメンの片鱗が見える。将来的には葉山みたいなさわやか系になるだろう。成長期だろうにすでに俺より少し低いくらいの背だから、身長も高くなるのだろう。つまり、俺が感じたリア充予備軍という印象はほぼ間違いないと思われる。

 それで、なんで俺はリア充予備軍に絡まれてるんだろうな。

 

「で、お前誰?」

「……人に名前を聞くときは自分からだろ」

「いや、別にどうしても聞きたいわけじゃないからどうでもいいけどな。それで、留美の知り合いくんは何で俺を探してたんだ」

「っ開成だ! 開成大誠! 鶴見の彼氏だからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「お、おう」

 

 なんでいきなりキレてんの? 最近のすぐキレる若者なの? やっぱり中学生男子はアニマル過ぎてわけわからんな。

 

「あー、比企谷八幡だ。で、開成? 何の用なんだよ。俺を探してたようだけど」

「……鶴見と別れろ」

「ほう」

「あんた、見たところ高校生だろ? いい年して中学生と付き合うって、どうなんだよ」

「いい年って……まあ、高三と中一が付き合うってのは、周りから見たらそう見えるか」

 

 さて、開成なる少年の主張はといえば、俺は留美と釣り合わないぞ、と言ったところか。まあ、俺も留美と釣り合いが取れているかと聞かれれば取れないと答えるな。相手が留美だから欠片も疑う余地はないんだが、美少女中学生が俺と付き合うとか何の罰ゲームだと。そもそも釣り合わないと付き合えないとか、そういう理屈自体がおかしいのだが。

 

「鶴見は俺のことが好きだったんだ。俺はずっと待ってたのに、あんたが横入りしてきたんだ」

「横入りねえ」

 

 この開成がたまたまなのか、どこからか聞きつけたのかわからないが、俺と留美のデート現場に出くわし、文句をつけに来た。となれば、開成少年は留美に惚れているということは容易に想像がつくのだが、どうも雲行きが怪しい。

 照れ隠し、心底そう思っている、そうだと思いたい、さて開成少年の心情はどれになるのだろうか。

 先ほど留美から助けを求められない限り俺から云々と考えたものの、留美の悩みらしきものから来たのでは対応するしかあるまい。

 

「だから、あんたは」

「ちょい待ち。留美を待たせてるから、電話させてくれ」

 

 さっさとシャワーを浴びてきたものの、このまま開成少年と話していたら留美を相当待たせてしまうだろう。

 またもや俺を睨みつけてくる開成少年を待たせ留美に電話を掛ける。留美の風呂の長さなんか知らないが、女子はドライヤーを使ったり色々と手間がかかるようだし、出られる状態なのかどうか。

 呼び出し音を聞きながらふと思い出す。俺は特にドライヤーを使ったりはしないが、去年の夏の林間学校で戸塚は自前のドライヤーを使っていたはずだ。風呂上がりの戸塚はシャンプーの匂いが漂ってきたりなんかして妙に扇情的だった。いや、妙でもないか、戸塚だもの。

 しばらく待ってまだ電話に出られるような状態ではなさそうと判断し切ろうとしたところ、ちょうど留美が電話に出た。

 

『ごめん、お待たせ』

「いや、今電話大丈夫か?」

『まだ裸なんだけど、それでもいい?』

「いや、いいから服着ろ。っつーか、なんで俺に聞くんだよ」

 

 服着ろ、と言ったところで開成少年の目の色が変わった。気持ちはわからんでもないが、少し落ち着け。がっつく男は嫌われるらしいぞ。

 

『もう服着て、さっきまでドライヤーで髪乾かしてたよ』

「わけわからん嘘つくなよ、ったく」

『それで、どうしたの?』

「ああ。さっき、留美と話してたやつ、開成大誠ってのが俺に話があるらしくてな、ちょっと時間をもらえるか?」

『……』

 

 電話向こうで留美が頭を抱えている様子が目に浮かぶ。留美が何を思って悩み事を俺に話さなかったのかは想像でしかわからないが、留美の性格からして俺に手間をかけさせないよう自分で対処しようとしていたのであろう。だというのに、結局俺が出張る羽目になってしまい、懊悩しているといったところか。

 

『ごめん。その子同級生なんだけど、最近絡んできてて』

「大したことじゃないし、気にするな。そんなわけで、話が終わったら連絡するから待っててくれ」

『……八幡、ちょっとお願いがあるんだけど』

「ん、何だ?」

『電話私からかけなおすから、スピーカーにして開成くんとの話、私にも聞かせて』

 

 通話料金のことでも気にしているのか、そんなことを言ってきた。俺も親に携帯料金払ってもらっている手前無駄遣いはできないが、かと言って留美に負担させるのもいかがなものか。自分絡みの話だから気になるのはわかるが。

 

「いや、それならこのまま待っていてくれ。悪いようにはしない」

『……うん。ごめんね、八幡。私、やっぱり八幡に迷惑ばかり』

「大げさだな、これくらいのことで」

『だって……』

 

 留美は電話向こうで消え入りそうな声で呟く。そもそも留美が面倒ごとを持ち込んできたというのが間違っている。どちらかと言えば、俺が首を突っ込んでいるだけなのだ。

 そして、妹が悲しんでいるのならば慰めるのはお兄ちゃんの役目である。

 

「留美」

『うん』

「ごめんなさいより、ありがとうの方がいいな」

『……』

「……」

『八幡』

「お、おう……」

『恥ずかしくない?』

「……かなり」

 

 くそ。人が折角恥ずかしいのを耐えて言ったのに小生意気な。電話向こうで留美が笑っている様子が伝わってくる。

 というか、今日一日でどんだけ恥ずかしいことをしてるんだか。

 

『ふふっ。でも、ありがとう。任せるね?』

「ああ。それじゃな」

『うん。よろしく』

 

 留美との会話を終わらせ、切断ボタンではなくスピーカーボタンを押す。というか、聞こえるのか? 更衣室内は騒がしくはないが、スピーカー機能を初めて使うので効果範囲がどれほどのものかわからない。

 近い方がいいかと思ったので、開成少年との間にスマフォを置く。聞こえるかわからんが、その時は留美に諦めてもらおう。

 

「待たせたな」

「ああ。全くだ。イチャイチャしやがって」

「恋人なんだからいいだろ、別に。それで話の続きなんだが、留美が昔お前のことが好きで、俺に横入りされたから別れろ、だったっけか?」

「そうだ」

「仮にお前の言う通り留美が昔お前のことが好きだったとしても、今は俺の恋人なんだから関係なくねえか?」

「ぐっ……」

 

 よし、噛まずに言えたぞ。初対面で悪意をぶつけてくる相手だからちゃんと喋れるか心配だったが、相手が中学生男子なのが幸いした。もしも女子であれば、緊張して芝居がばれたことだろう。

 しかし、まさか俺が恋人なんて言葉を使う日が来るとは思ってもいなかったな。ボロを出さないように留美と決めたカバーストーリーを思い出しながら開成少年を見る。

 

「あ、あんたが鶴見を騙してるからだ」

「騙すとは人聞き悪いな。どういうことだ?」

「さっき、一緒に来た鶴見と同じクラスの女子に聞いたんだ。あんたみたいな目をした奴が優しそうで爽やかとか、言われるわけねえだろ」

「……」

 

 それは確かに騙してたな、うん。ってか、一緒に来たってデートでもしてたのか、こいつ?

 気のせいかスマフォから留美が笑うのを堪えているような雰囲気がする。

 カバンから眼鏡を取り出し、開成少年の眼前でかける。開成少年は一瞬驚いた顔をし、またもや俺を睨みつける。ポケモンじゃないからそんなににらみつけても防御力が下がったりしないぞ。

 

「やっぱり、その変装で鶴見を騙したんだな」

「これ留美には不評なんだがな。そもそも留美と知り合ったころから裸眼だったし」

「鶴見が何か悩んでいるときに、爽やかを装ってつけ込んだんだろ」

 

 話を聞いてくれません。開成少年の中で、俺はどんだけの悪党になっているんだ。

 ため息をつきつつ眼鏡を外す。さて、人の話を聞かないやつをどうやって説得するべきか。一応会話は成り立つのだから、そこから攻め込んでいければいくか?

 

「そもそも、俺と留美が付き合うより前に、お前が留美に告白していればよかっただけの話じゃないか? 横入りがどうのより、うだうだしていた自分を反省すべきだろ」

「そ、それは……鶴見から言ってくるのを待ってたからで」

 

 うーむ。どういった理由かは知らないが、開成少年は留美が自分のことを好きなんだと信じ込んでいたんだな。自分に自信があったのか、周りから煽られたか。何がしか根拠があってのことなのだろうとは思う。

 例えば、クラスメイトから、「あいつお前のこと好きなんだってよー」とか言われたとか。ちなみに、からかいネタでそれを言われて本当に好きになった奴が俺だ。女子から聞こえる様に「比企谷○○のこと好きなんだってー」「えーキモーイ」「何勘違いしちゃってるのー?」とか言われたりするのだ。好きだった子とかに。ああ、黒歴史。

 小学生の頃は、異性と仲がよかったり優しくしたりすると「お前○○好きなのかよー」だの、「結婚だ結婚!」とかわけわからんこと囃したてるのがいる。照れとかもあって素直になれなかったのかもしれないが。

 俺にはそういうことしてくる奴はいなかった。だって仲いい男子も女子とかもいなかったし。

 ちょっと優しくされたり話しかけられたりするだけで、その人のことを好きになってしまった経験を持つ俺としては身に染みる話だ。こういった甘く(?)苦い経験を積んで人は大人になっていく。

 おとなになるってかなしいことなの。

 

「留美のこと気にしてたんなら、去年留美がどういう状況だったのか知ってたんじゃないか?」

「あれだろ? 誰かをハブるっていう遊びの」

「何でそん時、留美を助けようとしなかった?」

「ああいうのは外から口出ししたら逆に揉めるんだよ。黙ってちょっと我慢してればすぐに収まるんだ。実際にそうだったし」

「ふーん……」

 

 もしも、開成少年が真摯に留美を想っているのなら力にならんでもなかったのだが、さっきからどうにも違和感が付きまとう。年頃だから素直になれない気持ちはわかるし、留美以外の対人関係を全く無視できない気持ちもわかる。

 だが、誰もが同じ考えをするわけではないのは百も承知の上で思うのは、好きになった人に対する態度というのはこうも違うのだろうか、ということだ。

 修学旅行で友人関係から抜け出そうと足掻いた戸部、クリスマスに踏み出そうとした一色、進路希望やバレンタインで葉山の気持ちを探ろうとした三浦。開成少年からは彼ら彼女らのような情動を感じない。

 まだ中学生で情緒が育っていないというのもあるのかもしれないが、どうも開成少年は留美をまともに見ていないような気がする。好きになった人に自分を好きになってもらいたい恋情ではなく、留美への独占欲的なものを感じるのだ。

 ……そうか、なるほど。開成少年が横恋慕の意思表示ではなく、所有権の主張をしているように聞こえたのはそのためか。開成少年は今まで留美のことが好きだとは一度も言わず、留美が開成少年のことを好きだったと言っており、上から目線なのが気になっていたのだ。

 

「まあ、なんにせよだ。昔はどうあれ、留美は今俺と付き合っているんだから、諦めて他の子探せよ。こういうとこに一緒に来るくらい仲いい子いるんだろ?」

「別に、仲がいいからって付き合うわけじゃないだろ。友達ってだけだし、鶴見は俺のことが」

「しつこいと嫌われるぞ。それと素直に言いたいこと言えよ」

 

 開成少年は譲るつもりがないようだ。なんなんだろうな。留美が開成少年を好きでないと、アイデンティティ崩壊でもしてしまうのか。

 

「俺のどこが素直じゃないってんだよ」

「周りの目を気にして様子見したり、留美からの告白を待ったりしてるあたりだな。留美と付き合いたきゃ自分から動くべきだったんだよ。そうすりゃ、今留美と付き合ってるのはお前だったのかもしれないのに。もったいないことしたもんだ」

 

 少なくとも、留美と仲のいい同級生男子がいるならば、俺に留美の彼氏役のお鉢が回ってくることはなかったのではないかと思う。学校も年も違う俺を選ばざるを得なかったのは、仲がいい男子がいないのが理由の一つにあるのだろう。

 もしも開成少年が留美の苦難を救っていたならば、今日留美とデートをしていたのは開成少年だったのかもしれないのだ。

 ……なんか、嫌だなそれ。留美のお兄ちゃんとして開成少年は留美を任せるに足りん。……いや、それも何か違うような?

 まあとにかく、開成少年は留美を大事にするようには思えない、ということだな。

 

「じゃあ、あんたは行動したってのかよ」

 

 ふと思案に暮れてしまったが、開成少年が悔しそうな顔で俺を睨んでいる。よくもまあ目が疲れないものだと変なところで感心してしまう。

 

「努力しても成功するとは限らないが、成功したやつはみんな努力している。とある名伯楽が言っていた」

「……」

「が、別に努力しなくても成功する奴もいる」

「どっちなんだよ!」

 

 憎まれっ子世に憚るとも言うし、世の中は決して公平ではない。俺みたいに頑張ってる奴が報われないんだから、世の中の方が間違っている。だからと言って世界を変えるなんて宣言できないが。

 それはともかく、俺が留美に対してしたことは、人間関係を破壊させ、演劇に参加させ、嫌なことを無理やり話させた。こう並びたてるに碌でもないことしかしていないし、大したことをしていない。

 だが、留美は俺を彼氏役に選んだ。助けを俺に求めた。ならば俺がすべきことは決まっている。役目を全うすることだ。彼氏役だけではなく、留美に助けを求められた男として。

 

「俺は留美に好かれるために行動したつもりはない」

「じゃあ、なんであんたみたいのが鶴見と付き合ってるんだよ。おかしいじゃねえか」

「俺だってよく分からんけど、それが人の心ってもんなんじゃねえの?」

 

 俺が何よりも理解したいと思い、何よりもできないもの。理屈に合わず、予想を超え、計算違いを引き起こす厄介で、とても大切なもの。

 この心というやつはどうにかしようと思ってできるものではない。自分のために行動してもらったとわかっていて素直に感謝できなかったり、納得できなかったり。

 ここのところ、この心なるものに振り回されていた経験から、ほんの少しだけわかるようにはなったが、まだまだわからないことの方が多い。

 だが、誰かが誰かを好きになるのに理屈はいらないというのは理解できる。その逆もまた然り、であるが。

 

「聞いたこともないし聞くまでもないことだが、留美は俺のことが好きだぞ」

「っ……!」

 

 兄のように、だとか何がしかの枕詞は付くだろうが、慕われているというか懐かれているのは間違いない。人からの好意を素直に受け取るのは俺の性格上難しいが、留美については勘違いする余地はないと思っている。留美の性格上何とも思っていない奴に彼氏役を頼んだりしないだろうしな。開成少年にそこまで話す気はないが。

 

「それに、これまた言うまでもないことだが俺は留美が好きだし大事にしたいと思っている。相思相愛のカップルの間に入ってくるんじゃねえよ、邪魔者。横入りしようとしてんのはお前だ」

「~~っ!」

 

 俺の言葉に開成少年がマジでお湯でも沸せるんじゃないかというほどに顔を真っ赤にしている。ぐぬぬとばかりに歯を食いしばり、穴でも空けとばかりに睨みつけてくる。

 キツイことを言ったが、いい加減開成少年との会話を終わらせたかったのだ。留美を相当待たせているのもあるし、スパっと話を終わらせないといつまでもループしそうな雰囲気があった。それに何より、俺の黒歴史を思い起こさせる言動が端々に見られ、居たたまれなくなるのだ。

 顔を真っ赤にしていた開成少年は、ついには握りこぶしを作る。殴られるのなんてごめんだが、一発くらいなら受けてやろうかと腹をくくる。

 しかし、開成少年は拳をふるうことはなかった。

 

「……じゃあ、どうすりゃよかったってんだよ」

「あん?」

 

 今までの威勢はどこへやら。開成少年が絞り出すように口を開いた。まるで火が消えたろうそくのようで、ショボくれている。

 

「俺のことが好きだと思ってた鶴見がいつの間にか彼氏を作ってて、久しぶりに話しても反応薄くて……俺はどうすればよかった?」

「知るか」

 

 それこそ俺の知ったことではない。ヘタレの独白なんぞ聞く価値なんてない。

 

「ひどいな」

「優しくされたいのか?」

「いや……どうなんだろ」

 

 開成少年はまるで燃え尽きてしまったかのように覇気が無くなっていた。さっきまでの怒りを持続する燃料が尽きたのだろう。

 さて、同情するわけではないのだが、数年前の自分を見ているようで開成少年があまりにも不憫だ。というか、見ていて鬱陶しい。

 

「なあ開成」

「……なんだよ」

「留美に告白してこい」

「はぁっ!?」

 

 開成少年はそれまでの陰鬱とした状態から一気に復帰した。それほどに衝撃的なセリフだっただろうか?

 

「留美が了承すればだけど、今から留美と話す時間を作ってやる。そこで告白しろ」

「な、何だよ。どういうつもりだ?」

「お前が諦めつかないのは、留美に断られてないからだ。だから、うじうじしてないで男らしく告白して、振られてこい」

「振られる前提かよ!」

「当たり前だ。俺がいるんだから、お前に勝ち目があるとでも思ってんのか?」

 

 俺が中学のころ折本に振られた後すっぱり諦められたのは、折本が俺をきっぱりと振ってくれたからだ。友達じゃダメかな、なんて断りの常套句を使われたのだから脈がないのは当時の俺にも明らかだった。

 翌日、クラス全員に知れ渡った時はまだダメージから回復してはいなかったが、早々に立ち直れたのもそのためだと思う。

 

「……いいよ。自分でする」

 

 開成は少し考えていたようだが、絞り出すように言った。先ほどまでのうなだれていた様子はもうなかった。

 そして、更衣室の出口に向かいながら、今度ははっきりと俺に向かって言った。

 

「やっぱ、あんた嫌いだ」

「そうかい」

「……でも、あ、あり……」

「……」

「~~っ、俺が告白して、鶴見がオッケーだしても恨むなよ!」

「恨みゃしねえよ。ありえねえから」

「余裕かよ」

「まあな」

 

 勝ち確なのに慌てる必要なんかないからな。残務処理のようなものだ。

 プンスカとしながら開成は足早に更衣室から出て行った。感情の起伏が激しいな。躁鬱の気でもあるんじゃなかろうか。

 

 

 

 

 

 開成が立ち去って落ち着いた俺はため息一つ、スマフォを手に取る。

 

「留美、聞こえてたか?」

『……』

「留美?」

『あ、うん……聞こえてた』

 

 スピーカーモードでどれだけ聞こえてたか。結構赤面物の言葉を口走った感があるが、どれだけ留美に伝わったのだろう。今になって恥ずかしくなってきた。

 

「まだ近くにいるかもしれないから、もし開成と顔を合わせたくないならもうちょっと更衣室にいるといい。俺はさっきの待ち合わせ場所にいるから」

『大丈夫、だと思う。私もすぐに出る』

「そか。それじゃまたな」

『うん』

 

 切断ボタンを押す際に通話時間を見た。携帯電話を手にしてから、今までで一番長い通話時間だった。まともに通話したとは言い難いが。

 さて、開成がどのような行動に出るかはわからないが、留美の悩み解決の助けになったのかどうか。悪化することはないと信じたいところだ。

 

 

 




 スマホなのかスマフォなのか、どっちが正しいのか。スマホの方が検索すると多いようですが。

 俺ガイル続公式ページに、留美の姿がありません。andmoreにいるのでしょうか?
 留美の声優である諸星すみれさんのウィキにも記載がありません。
 ……やべえ、もしゲームに留美がいなかったらへこたれる。
 ほぼ確実に。自信があります。

 それはさておき、八幡のお説教?回です。
 感想でも書かれている方がいらっしゃいましたが、開成くんは八幡の黒歴史を抉ってくる相手でした。
 やりこめたようにも真摯に相手をしたようにも思えますがどうでしょう?
 長く尺を取ったつもりでも読み返すとあっさりしすぎじゃないかと、気になることが多々あります。今回もそうです。
 もっと上手く描写できたんじゃないかと、うだうだ考えてしまいます。
 
 次回は留美と真希ちゃんのあれこれ。そしてエピローグの予定です。
 他に挿話を書くかもしれませんが、中学生編一学期は間もなく終了となります。
 どうかお付き合いくださいませ。
 じゃあまた。

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