踏み出す一歩   作:カシム0

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 この話はオリキャラの独白しか出てきません。
 一応留美も八幡も出てきますが、回想シーンにしか出てきません。
 次の話で、オリキャラたちの内面を理解しているとわかりやすくなるだろうから書いた話です。
 おそらく、読まなくても大丈夫です。
 また、非常に不快な文章が多々見受けられると思います。
 それでもよろしければ、どうぞ。
 次の話は、まだもうちょっと先になります。 


 四人いれば四通りの考えが生まれる。の裏側。

 

 

 

 

 

 開成大誠の場合

 

 

 

 俺はもてる。

 クラスで一番背は高く、運動神経もよかった。勉強もできたし人付き合いだってうまいことやってこれた。

 小学校のころはどれか一つでも人より上回っていれば人気が出るから、そんな俺はクラスの人気者、いや学年でも相当人気があった。

 女子の間でけん制しあっていたから数はそう多くはないんだけど、直接告白されたことだってあった。俺に釣り合うとは思えない子ばかりだったから嫌われないように断ってきたけど。

 俺が告白される→優しく断る→俺が紳士だと噂が立つ。こんな感じで俺の評判うなぎのぼり。俺が今まで付き合ってもいいかなって思ったのは、一人だけだ。

 鶴見留美。六年生のころ同級生だった女子で、顔は可愛いと言うか綺麗で、物静かで大人しく、性格もあまり話したことはないけど悪くない感じの子だった。

 クラスの中でも鶴見狙いの奴は結構いたんだけど、女子から流れてきた噂で鶴見は俺を好きだって広まってから、早々に諦めていた。

 そんな鶴見だけど、六年生の夏くらいから女子の中でハブられていた。何かやらかしたわけじゃなく、クラスで時々流行る誰かをハブって楽しむ標的にされただけなんだろうけど、ひょっとしたら俺が鶴見を気に入っているのが女子に漏れたせいかもしれない。

 しばらく放っておけば治まるし、女子の遊びに男子が混じると面倒だから放っておいた。もちろん、鶴見が俺に助けを求めれば口出しするつもりではいた。俺の影響力があれば女子を黙らせることだって簡単だったろうしな。

 結局、鶴見は俺に助けを求めることはせず、遊びは治まったのだと思う。というのも、林間学校から鶴見やそのグループだった連中がそれぞれ一人になっていたからだった。何があったのかはわからないけど、鶴見に俺が頼りになるところを見せる機会が無くなって残念だとは思った。

 それから、鶴見は一人でいるようになった。ハブられているのではなく、自らの意志で一人でいるようだった。誰かが話しかければ応じるし行事には参加するけど、休み時間とかはだいたい一人で本を読んだりぼーっと窓の外を眺めたりしていた。その様子がまた大人びていて人気が出たんだけど、誰も鶴見に告白するような奴はいなかった。

 そりゃそうだ。鶴見は俺のことが好きなんだから、負けると分かっている戦いなんかする奴はいない。そう思って鶴見からの告白を待っていた。安心していた。

 ところが、いつまで待っても鶴見は俺に告白しに来ない。

 年が明けても、バレンタインになっても、卒業式ですら、鶴見が俺に告白してこなかった。いや、それどころか話しかけてくることはなかった。このころになると、鶴見が俺を好きというのはガセネタだったんじゃないかと言い出す奴まで出てきて、鶴見に手を出させないようにするのに苦労することになった。

 そして中学生になった今だ。制服を着た鶴見はすごく可愛い。頭もいいし運動神経も悪くない。人付き合いに難はあるようだけど、仲のいい友達もできて時折楽しそうに笑っているのを見かける。しかも体操部に入ったためか、レオタードを着た鶴見を想像してる奴までいやがる。まあ、俺も想像したんだが、俺以外の奴が考えていると思うと腹が立つ。

 最高学年で同じクラスだった小六のころと違い、今の俺に鶴見への告白を止める方法はない。さすがに入学したての一年生に先輩たちは止められない。けれど、心配することもなかった。鶴見はことごとく告白を断っていたのだ。

 俺から見てもかっこいい先輩たちが振られていると聞いて、その先輩たちよりも俺の方が上なのだと、鶴見が俺のことを好きだから当たり前だと優越感に浸っていた。

 だけどある日のこと。

 

 

 

「なあ大誠、聞いたか?」

「何?」

 

 授業中に話しかけてきたのは、同じ野球部の奴だった。小学校からなんだかんだ気が合ってよくつるんでいる。

 

「山田先輩、鶴見さんに告って振られたらしいぜ?」

「ああ、ついに言ったのか。無謀だな」

 

 山田先輩は野球部の先輩だ。レギュラーでエース、顔も性格もいいからもてるのだけど、そんな先輩でも鶴見に告白してオッケーをもらうことはできない。

 ちょっと前は鶴見が告白をされたと聞いて焦ったこともあったが、今では気にする必要はないと考えている。鶴見は俺からの告白を待っているのだ。俺が鶴見からの告白を待っているのと同じように。ある種我慢比べだ。勝てない戦いを挑み続けている人たちにご苦労さんと言ってやりたい。

 だけど、そんな俺の考えは次のセリフを聞いて揺れた。

 

「断った理由、彼氏がいるからだってよ」

「あん!?」

 

 何だって?

 

「開成、どうした?」

「あ、いえ、何でもありません」

 

 つい声が大きくなってしまった。先生に頭を軽く下げ、俺は隣に頭を近づけた。

 

「何て言った?」

「だから、鶴見さんは彼氏がいるからって、断ったらしいぞ」

 

 ちょっと驚いたが、すぐに察しがついた。多分、鶴見は俺へ告白することを決心したのだろう。

 顔がにやけそうになるのを堪え、告白の返事を考える。

 俺も鶴見が好きだった、が無難だろうか。いや、結構待たされたからな。考えさせてくれ、なんて言ってヤキモキさせるのも手かな。

 

「いてもおかしくないとは思ってたけどな」

「ま、そうだろうな」

「そういや去年、鶴見さんがお前のこと好きだとか話聞いたけど、結局噂は噂だったってことだな」

「は?」

 

 何言ってんだ。まだ付き合っちゃいないけど、まもなくそうなるんだ。早ければ今日の放課後にでも。

 

「昼休み教室で言ってたらしいけど、彼氏は年上でこの学校じゃないらしいぜ?」

「はぁっ!?」

 

 何言ってんだてめえ! と叫びそうになってしまった。

 

「開成?」

「あ、すんません。何でもないです」

「ひそひそ話も大概にしとけよ」

 

 クラス中でくすくすと笑い声が漏れる。俺は浮かした腰を下ろした。

 

「何やってんだよ、お前」

「いや、だってお前が変なこと言うから」

「変なことって、鶴見さんと同じクラスの奴から聞いたんだから、間違いないと思うぜ?」

 

 何だってんだ鶴見の奴。隠したい気持ちもわからないでもないけど、そこまで隠すことないだろ。

 それともひょっとして、まさかとは思うけど、本当に?

 授業が終わるまで、気が気ではなかった。

 

 

 

 放課後、鶴見に会って話をしようと決めた。

 ホームルームが終わり掃除の時間、俺は鶴見のクラスへ向かった。鶴見は教室の掃除をしていた。さすがに今呼び出すのは周りの目がある。かといって教室の外でずっと待っているのも同じだ。

 クラスに戻り適当に時間をつぶして、鶴見のクラスに戻ると鶴見がゴミ袋を抱えてゴミ捨て場に向かっているところだった。俺はクラスに戻り、ゴミ捨てを代わってもらい鶴見を追いかけた。

 

「鶴見」

 

 校舎裏で鶴見に追いつき声をかける。

 

「開成くん、どうしたの?」

「あ、いや……一緒に行こうぜ?」

「? うん、別にいいけど」

 

 鶴見と話すのは本当に久々だった。その割に鶴見の様子があまりにも普通だったので、面食らってしまった。

 好きな奴に声を掛けられたら、もうちょっと浮かれたりするんじゃないか?

 嫌な予感がした。

 それから、ゴミ捨て場に着くまで俺は待っていた。

 何を? 鶴見からの告白をだ。校舎裏は人気がなく、二人きりだ。告白とはいかなくても何がしかの会話はあるだろう。

 だけど、鶴見は何を話すでもなく、ただ歩いている。嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

 そしてゴミ捨て場にゴミ袋を放り込み、鶴見が俺の方を向いて口を開いた。

 

「……それじゃ、私部活に行くから」

 

 しかし、期待した言葉はなかった。ちょっと待てよ。今この場は二人きりだ。俺に告白するなら今を置いて他にないだろう。そりゃ、ロマンチックな状況ではないけど、ここまで俺がお膳立てしたんだぞ?

 まるで俺に興味がないかのように、俺に背を向けて歩いていく鶴見に、俺は心がざわつくのを感じた。

 

「鶴見!」

 

 俺は鶴見に呼びかけ、駆け寄っていた。振り向いた鶴見は、驚いているようだった。

 

「……何?」

「……お前彼氏がいるって、本当なのか?」

 

 何を言おうか迷い、とっさに口に出したのはこんな言葉だった。この期に及んで何も言おうとしない鶴見に、俺は苛立っていた。

 

「うん、いるよ」

「っ!」

 

 鶴見の言葉に息を呑む。おかしい、辻褄が合わない。明らかに変なことを言っている。

 だって、今の鶴見のセリフは、俺に告白をして彼氏ができる、という予想の元に出てきた言葉ではない。

 それではまるで、俺じゃない彼氏がいるようじゃないか。

 

「……どうしてだ!?」

「っ」

 

 俺は鶴見に詰め寄っていた。だっておかしいんだ。おかしなことを言っているんだ、鶴見は。

 だって、鶴見は、

 

「お前は、俺のことが好きだったんじゃないのかよ!?」

 

 鶴見は俺のことが好きなはずだ。だって、鶴見と仲が良かった女子から聞いたんだ。照れているから、恥ずかしがっているから告白しないだけだって。

 だから、俺は、

 

「だから、俺は待っていたのに、何で!?」

「い、痛い、放して」

「あ……ごめん」

 

 鶴見の苦しそうな声に、俺は鶴見の肩を掴んでいたことに気づいた。見かけ通りの華奢な肩を力いっぱい。

 手を放すと、鶴見はかけて校舎に戻っていった。それはまるで、怖いものから逃げるかのようで……。

 

 

 

 そんなことがあった週末。俺は部活に行く気にもなれず、昼から街をぶらついていた。

 混乱していた頭は、さすがに日を置いたから落ち着いている。

 あれは、多分鶴見の照れ隠しとか、駆け引き的なものだ。俺が鶴見から告白を受けたら焦らしてみようとか、そういうのと一緒だ。俺はまんまと鶴見がぶら下げたエサにがっついてしまったのだ。

 考えてみれば俺だって恋愛初心者なわけだから、引っかかっても仕方のないことだ。週明けに鶴見に会ったら、怖がらせてしまったことを謝って、それから……俺から告白するのも悪くはないのかもしれない。さすがにこれ以上引き延ばしたら、どうなるかわからないしな。

 

「あれぇ、開成くん?」

 

 駅前に向かっていた俺に声をかけてきたのは、鶴見と同じクラスの綾瀬彩だった。

 前に一度グループで遊んだことがある、結構可愛いけど、わかりやすく男に媚びてくる子だ。まあ、一緒にいると男を立てると言うか、やたらと褒めてくるのでちょっと気持ちいいんだけどな。

 

「どうしたのぉ? 確か、野球部って練習してたよね?」

「何か、やる気が出なくて。休んだ」

「あー、サボリいけないんだぁ」

 

 知ってるよそんなこと。クスクスと笑う綾瀬の声に、こちらを責める感じはない。真面目な委員長みたいなこと言われたらイラついてたけど、言ってこないのは楽だな。

 

「そっちこそ、どうしたんだ一人で? 友達は?」 

「友達って、映子ちゃんと美衣ちゃん? 二人は用事があるから今日は別行動だよぉ」

 

 確か綾瀬は前にグループで遊んだ時も、学校で見かけるときも、だいたい二人の女子と一緒に行動していた。だからと言って、四六時中一緒にいるわけでもないか。

 

「あ、開成くん。もし暇なら、一緒に遊ばない?」

「……あー、それもいいかもな」

 

 鶴見のことで気が沈んでいた俺は、綾瀬の誘いに乗った。

 近くのスポセンでストラッ○アウトでもやれば、綾瀬のことだ。気持いいくらいに褒めちぎってくれるだろう。

 鶴見の代わりにデートするには不足だけど、そこそこ可愛いし、気晴らしにはなるかな。

 そう思ってデート紛いに遊ぼうと思っていたんだけど。

 

「あれえ、鶴見さん」

 

 なんてこった。何で鶴見がこんなとこにいるんだ。

 鶴見はスポセンの更衣室の前でテニスウェアを着てソファに座っていた。

 初めて見るテニスウェア姿の鶴見は、いつもと雰囲気が違っていてより可愛く見えた。だけど、今綾瀬と一緒にいるのを見られるのは、まずい。浮気と疑われてしまう。

 

「こんにちは、奇遇だねぇ。あ、その恰好、テニスやりに来たのぉ?」

「……こんにちは。そっちはデート、かな?」

「えへへ。ま、そんなところかなぁ」

 

 っくそ。なんてことを言いやがるんだ綾瀬は。遊びに来ただけで、デートなんかじゃないだろうが。

 

「よ、よう鶴見。綾瀬とは別にデートってわけじゃないけど、まあ、俺のコントロールが見たいっていうからさ」

 

 なんで浮気現場を見つかった彼氏みたいなこと言ってるんだ、俺は。デートなんかじゃないんだってのに。

 綾瀬が変な顔をして俺を睨んでくるが、知ったことか。鶴見の誤解を解かなくちゃ……って、あれ。鶴見は普通の顔だ。

なんで怒らないんだ? 好きな男が他の女とデートしてたら、嫌な気分になるだろう、普通。

 ま、まあ、ここはいいところを見せて、鶴見に惚れ直してもらうのがいいか。スパーンと二枚抜きなんかやっちゃって、いや、パーフェクトを狙うのもいいかもな。前一回できたことあるし。

 

「ほら、ストラ○クアウト、あれやりにきたんだ。鶴見も見ててくれよ!」

 

 最近調子自体はいいから、結構いいところまでいけるはずだ。

 俺は鶴見と綾瀬を置いて、ストラ○クアウトのブースに駆けこんだ。

 

 

 

 綾瀬彩の場合

 

 

 

 私はみんなに注目されていたい。家族は私を愛してくれるから、家族以外のみんなからチヤホヤされて、お姫様扱いされたい。誰だってそう考えたことはあるはず。みんな本音を隠していい子ちゃんでいようとしてるようだけど、私はそんなのイヤ。

 みんなに好かれたいから愛されたいから、私は思いっきり、力いっぱい、全力で愛され行動をしている。だけど、誰もかれもに好かれるなんて無理。残念だけどね。

 だから、私は私を好きになってくれる人を厳選することにした。だって、どうせならかっこよくて可愛いくて、頭がよくて運動神経がよくって、な人と仲良くできた方がいいじゃない?

 ま、そんな人がいても反りが合わないとか、逆に条件に合わなくても仲良くなっちゃった子もいたりするけど。

 小学校のころは上手くいっていた。私は自分で言うのもなんだけど可愛い顔をしている。だけど、多分探せばどこにでもいるようなクラスの可愛い子程度。学校の成績も運動も、悪くはなく平均より上にいる程度。つまり、女子からの嫉妬を受けないようなレベルということ。これ重要なのよね。同性からの嫉妬って結構シャレにならない。私自身が嫉妬深いから、自分に返ってこないように気を付けている。

 だけど、中学校に入ってからはどうにもうまくいかない。原因はわかっている。同じクラスにいるあの子のせいだ。

 鶴見留美。多分探してもそうそう見つからないレベルの美少女。可愛いとも綺麗とも言える。正直ずるいと思う。性格は口数少なく物静かだけど暗いわけではなく、真面目だけどガチガチに頭が固いわけではない。成績もよく運動神経もいい。体操部では早速注目されているようだ。背が低くてペタンコだけど、それだって小柄で可愛い。同じクラスの山北さんと仲がいいし、少し話した感じからして人当たりもいい。

 つまり、クラスどころか学校、それどころか普通にアイドルとして活動しても人気が出てもおかしくないレベルのルックスな上に、スペックも高くて性格もいいという絵に描いたような、マンガに出てもおかしくない様な美少女だ。彼女がアイドル活動していても私は驚かない。

 こんな子が同じクラスにいたら、私が埋もれちゃうじゃない? 鶴見さん自身の性格が派手じゃないし、みんな遠巻きにしてそんなに絡んでいかないから実際はそんなことないんだけど。

 私は入学当初から活発に動いてクラスの中心人物の地位を手に入れた。と言っても委員長なんかめんどくさくてやってられないから、言葉通りの意味だ。うちのクラスに限らず、女子は派手と地味に別れる。外見じゃなくて性格がね。どっちが上なんてのは無いんだけど、鶴見さんの性格は地味派であると見て、私はクラスの派手派を取りまとめた。

 私じゃ鶴見さんにかなわないのはすぐにわかった。そのまま何もしなければ鶴見さんの一人勝ち。私はそれが我慢ならなかった。

 だから、私が中心になったグループで鶴見さんを引きずり降ろそうと思った。私がいくら頑張ったところで鶴見さんの位置まで行けないなら、そうするしかなかった。

 私を中心としたグループの中で鶴見さんに対する不満を言えば、周りが空気を読んでくれる。私は直接指示することなく、鶴見さんを忌避する状況が出来上がるというわけだ。それがグループ内からクラス内に広がるのはすぐだった。

 そして鶴見さんがへこたれた時に私が仲良くしてあげれば、私の下に鶴見さんという状況が出来上がる、はずだった。

 だけど、鶴見さんはクラス中が遠巻きに見ているような状況でも、気にする様子はなかった。メンタルまで強いって、どんな超人なのよ! と言ったところで状況が変わることもなく、鶴見さんは悠々としている。

 山北さんくらいしかよく話す子はいないのに、どうしてそんなに普通でいられるの? 

 腫れ物に触るような扱いされているのに、遠巻きにひそひそされているのに、どうして?

 鶴見さんがわからない。あまりにも私と精神構造が違いすぎて、同じ人間を相手にしているように思えなかった。

 ハブりではなくいじめてしまう選択肢も考えはしたのだけど、ばれた時のリスクを考えると得策には思えなかった。

 そんなある日、私は鶴見さんの噂を聞いた。彼氏がいる、というものだ。

 鶴見さんは入学から何人もの人に告白されていた。私はみんなに好かれたいけど、逆ハー築けるような好かれ方までは求めていない。好きでもない人に好かれるって、結構つらいよね。付き合う人間を選んでいる私にはよくわかる。

 鶴見さんに同情しないでもないけど、この噂、使える。

 噂を聞いた昼休み。私は映子ちゃんと美衣ちゃんを伴って、鶴見さんの元へ向かった。

 

 

 

「鶴見さん、ちょっといいかしら?」

 

 多分トイレから帰ってきた鶴見さんと、眠そうな顔をしている山北さんのところへ向かう。っていうか山北さん。もうちょっと女の子だっていう自覚をした方がいいと思う。さっき体伸ばしていたけど、ワイシャツでそういうことすると目立っちゃうから。男子はそういうとこ見ているんだからさ。

 とか、仲がいいなら言うところなんだけど、私は山北さんに好かれてはいない。仲がいい鶴見さんを貶めている黒幕だから仕方ないけどね。

 

「綾瀬さん、何?」

「鶴見さん、彼氏がいるって本当ぉ~?」

 

 語尾を伸ばした甘い声を出す。実は女子にこういう声って好かれるものではないんだけど、男子と話すときだけ声色が違うとなるとそれもまた嫌われる理由になっちゃうし。色々と難しいんだよね。

 

「……誰に聞いたか知らないけど、いるよ」

「わあ、ホントだったんだぁ!」

 

 あら、本当にいるんだ。今まで告白を断り続けていたのも、彼氏がいるのなら納得だ。私だってお年頃の女子なのだから、そういう話は大好物。それが、私が一方的に気にしている鶴見さんなのだからなおさらだ。

 残念ながら鶴見さんと恋バナができる仲ではないので、この話は最大限に利用させてもらおう。

 

「鶴見さん彼氏いるんだってぇー、おっとなー」

「もうキスとかしてるのぉー?」

「あ、ひょっとしたら、それ以上のことも!」

「きゃー、エッチィ!」

「きゃはははは!」

 

 クラスのみんなに聞こえる様に大きな声で言う私に。映美ちゃんと美衣ちゃんがあらかじめ打ち合わせた通り乗ってきてくれた。

 私の考えたこと、それは鶴見さんの風評被害だ。彼氏がいることで鶴見さん人気は今までとは違った方向に行くだろう。その方向操作だ。

 私たちの世代は早熟だと言われてはいるけど、実際に誰かと付き合ったり、キスしたり、それ以上をしたりなんてほんの一握りだ。私だっていつかは、とは思うけど浮いた話なんて全くない。

 まだみんなの彩ちゃんでいたいから、何ちゃって。

 まあとにかく、鶴見さんがそういうことをしているのでは、ってクラスのみんなに思わせられればいい。噂なんて無責任なもので、実際にはどうであっても流れてしまえば変わってしまうんだ。

 クラスのみんなが聞き耳を立てているのがわかった。

 

「ねえ、鶴見さん。彼氏ってどんな人なの? どこで知り合ったの?」

「……どうして?」

「えっ?」

「どうして聞きたいの?」

 

 だけど、鶴見さんに話を向けたとたん、背に冷たい汗が流れた気がした。順調だったから油断しちゃったかな。ここで鶴見さんに話を向けるのは、よくなかった。

 すごい冷たい声だった。怒らせちゃった、かな。それならそれでありなんだけど。

 

「そ、そりゃ、クラスの友達に彼氏がいるって聞いたら、気になるじゃない?」

「ふーん……友達、ね」

 

 何言ってるんだって私でも思う。私が鶴見さんを友達と思ってるなんて、誰が聞いても首を傾げるだろう。でもホントのことなんて言えないしね。鶴見さんの気迫に押されて口走っちゃった感はある。

 

「綾瀬さん、友達だっていうなら教えてあげるけど」

「え、うんうん! どうなのぉ?」

「さっきみたいな話、人前でしない方がいいよ? 綾瀬さんがはしたない人に思われちゃうから」

「な……」

 

 しまった。一番嫌な返し、天然が来た。怒っても落ち着いていても、どちらでも返しようはあった。でも、こちらに話を向けられてしまっては、世間話を続けられない。

 油断したなぁ。いつもは何言われても聞き流しているから、今日もそうなると思っていたのに。

 

「なにを言うのよ!」

「だって、人前でする話じゃないよ、さっきの」

「あ、あれは鶴見さんのことじゃない!」

「私何も言ってないよ? 想像を本当のことのように言うのもやめた方がいいよ」

「~~~っ!」

 

 もうだめだ。これは完全にしてやられた。無防備なところに見事なカウンターだ。鶴見さんがメンタル強い子だっていうのはわかっていたのに、いつまでも反撃をしてこないと思い込んでいた私の失敗だ。

 鶴見さんの噂どうこうより、私が鶴見さんにちょっかい出して返り討ちにあった状況はよくない。

 とはいえ、捨て台詞を吐いて逃げるような真似はできない。小物感が増してしまう。

 無言で鶴見さんから離れようとした私の背に、鶴見さんの声が聞こえた。

 

「私の彼氏は年上で、この学校の人じゃないよ」

 

 え、なんで急に? このタイミングで追い打ちをかけるでもなく、話を戻すとか鶴見さんにメリットがあるように思えないけど。

 

「何よ。どういうつもり?」

「だって、友達の彼氏が気になったんでしょ?」

「っ」

 

 言って鶴見さんはにこやかに笑う。その笑顔はとても可愛らしくて、でも山北さんと話しているときの笑顔とは違っていて、なぜだか胸が痛くなった。

 そして、何となくわかってしまった。

 私は、鶴見さんには、敵わないと。

 

 

 

 そもそも敵うとか敵わないとか、そういう問題じゃなかった。鶴見さんを敵視していたのは私だけで、鶴見さんは私のことを何とも思っていなかった。わかってはいたけど。

 いや、もちろんクラスメイトだとか嫌なことを言う子だとか、そういう風には思っていたのだろう。普段の対応からわかってはいたのだけど、私は鶴見さんに相手にされていなかったのだ。

 どうにも思っていない相手から何を言われても、何をされても気にならない。だから鶴見さんは私やグループの子が何をしても動じなかったのだろう。

 そう気づいたら、なんか色々と空しくなってしまった。一生懸命やっていたことが全く無意味だったことに気づいたら、気が抜けてしまっても仕方がないよね。もっと別のことに力を注いだ方がいいとは自分でも思うのだけど。

 せっかくの休みだけど、映子ちゃんや美衣ちゃんは用事があって遊べない。だから、何となくお散歩していた。街を歩けば、誰かしら遊べる人と出会うかもしれない。それくらいに顔は広いつもりだ。

 そうして見つけたのが、つまらなそうに歩いていた開成大誠くんだった。

 小学校は違ったけどちょっと前に遊んだことがある。結構イケメンで野球部でエースを目指すとか言ってたかな。練習さぼってこんなところにいるあたり、お察しだけど。それに自分に自信がありすぎて、ずっと一緒にいると疲れちゃいそう。

 でも、とりあえずは、いいかな。

 

「あれぇ、開成くん?」

 

 

 

 開成くんに声をかけ、私たちは近くのスポーツセンターへ向かった。開成くんお得意のストラ○クアウトでもやりたいのだろう。こういう時一緒に遊べるものを選ばないあたり、開成くんも大概だ。ま、私も彼にそういうことを求めてはいないけど。

 そうして向かったスポーツセンターで、私たちは鶴見さんに出会ってしまったのだ。

 

「あれぇ、鶴見さん」

 

 予想外のところで予想外の人に出会ってしまい、ちょっと混乱。私の呼び掛け方がだいたい一緒だと今気づいてしまった。どうでもいいけど。

 

「こんにちは、奇遇だねぇ。あ、その恰好、テニスやりに来たのぉ?」

「……こんにちは。そっちはデート、かな?」

「えへへ。ま、そんなところかなぁ」

 

 鶴見さんはレンタルだろうウェアに身を包みベンチに腰掛けていた。改めて素材がいいとたとえレンタルでも可愛く着こなせてしまうのだと、嫉妬交じりに思う。

 言われて思ったけど、今までグループで遊んだことはあっても、二人きりで男子と遊んだことはなかったな。そっか、傍から見ればデートみたいなものか。

 相手が開成くんとはいえ、ちょっと嬉しいかも。

 

「よ、よう鶴見。綾瀬とは別にデートってわけじゃないけど、まあ、俺のコントロールが見たいっていうからさ」

 

 だと言うのに、空気を読まない開成くんが割って入ってきた、それも私の初デート(?)にケチをつける様に。

 まあ、別にいいんだけどさ。ちょっとムッとしてしまう。

 あれ、そういえば、二人は知り合いなのかな? そりゃ同じ学年だし知り合いでもおかしくは……あ、そうか同じ小学校か。

 

「ほら、ストラ○クアウト、あれやりにきたんだ。鶴見も見ててくれよ!」

 

 慌てている様子の開成くんが言うだけ言ってブースに駆けこんでいった。あの様子からすると、開成くんは鶴見さんにご執心の様子。

 なるほど。私はお邪魔虫か。

 

「ねえ綾瀬さん。ストラ○クアウト、って何?」

「え、鶴見さん知らないのぉ?」

「うん」

「的当て、みたいなものかなぁ。野球のストライクゾーンに数字が振られてて、ボールを投げて当ててくのよぉ。開成くんはパーフェクトを出したことがあるからって、遊びに来たんだけど」

「ふーん」

 

 思えば、鶴見さんに嫌味なしに話しかけたことって、ほとんどなかった。普通に話せば普通に返してくる。そんな子だっていうのは、知っていたはずなのに。もったいないことをしていた気分だ。

 しかし、ストラ○クアウトも知らないって、鶴見さんあんまりこういうところに遊びに来たことないのかな。パーフェクトの下りにも興味なさそうだし。

 ふと、鶴見さんと遊んだらどうなるかを考える。……私は面白いかもしれないけど、鶴見さんはどうかな。私と一緒じゃ楽しめないか。

 

「ところで鶴見さんは誰と来たのぉ? それとも、一人でテニス教室に参加?」

「彼氏と来たよ。テニスを教えてくれるって」

「あ、そうなんだぁ」

 

 奇しくもさっき私が考えていたように、一緒に楽しめるデートをしてくれる彼氏さんと来ていたようだ。自分勝手な人と来た私とは大違いだ。うらやましいな、いい彼氏さんで。

 鶴見さんがふと男子更衣室の方を見たと同時、眼鏡を掛けた高校生くらいの人が出てきた。

 わぁ、優しそうでさわやかな感じ。あれ、ひょっとして……。

 

「やあ、すまないね、留美。待たせちゃったかな?」

「……うん、ちょっと待った、けど」

 

 やっぱり! 鶴見さんの彼氏さんか。鶴見さんが微妙な表情してるけど、どうしたんだろ。

 それにしても、いくつくらいだろう。大人っぽい落ち着いた雰囲気があるけど、顔自体はそう年上な感じはしない。

 そりゃあこんな彼氏さんがいたら同年代に興味もてないのもわかるな。

 ……あれ? 何だろう。彼氏さん、頬が引くついているような。鶴見さんも微妙な顔のままして彼氏さんを見てるし。

 

「君は留美の同級生かな?」

「は、はい! 綾瀬彩、です。鶴見さんとは同じクラスでぇ」

「そうか。留美をよろしくね。それじゃ留美、行こうか」

「う、うん。それじゃ綾瀬さん、また学校で」

「はー、……あ、うん。またねぇ」

 

 鶴見さんは彼氏さんに背に手を回され行ってしまった。

 ちょっと彼氏さんが無理をしているような感じがしたかな。もっとよく観察できればわかりそうな気がしたんだけど。

 うーん、いいなぁ。彼氏さんと仲よさそうに歩いていく鶴見さんを見て思う。

 ただ歩いているだけなのに、普段学校で見ている鶴見さんとは違う、素の鶴見さんなのだろうとわかる。今まですっごい無駄なことをしていたと思う。

 今さら。ホントに今さらなんだけど、鶴見さんと仲良くできたら楽しそうだな。今まで私が陰でコソコソやってきたことを棚に上げて何言ってんだとか、山北さんに言われそうだけど。そう思っちゃったんだ。

 

 

 

 その後、一人でストラッ○アウトをやっている開成くんを見に行った。

 ただ見ているのは暇だし、今頃鶴見さんは彼氏さんと二人でイチャラブしているのかな、とか考えてたら、気が萎えてきちゃった。

 ボーッと見ていると、十二球投げ終わった開成くんがブースから出てきた。結果は七枚、しかも二枚抜きもしていた。さっきまでの私だったら手放しで喜んで褒めたたえていたんだろうけど、そんな気になれない。

 

「お疲れさま。すごい成績だね」

「ああ、まあな。鶴見は?」

 

 いきなり他の女の子のことを言うかな。ここまであからさまだと怒りも沸いてこない。

 っていうか、明らかにテニスに来ている格好だったのに、なんでこっちに来るって考えられるんだろう。

 

「彼氏さんと来てるからって、、二人でテニスコートの方に行ったよ」

「はあ? 彼氏だと!?」

 

 私に大きな声出されても困っちゃうんだけどな。

 もう私は早く家に帰りたいとさえ思っていた。

 

「うん。優しそうでさわやかな、高校生くらいの人だったよ」

「っち、なんだよ。優男か。そいつが鶴見を騙してるんだな」

 

 見たこともないよく知らない人を悪く言うのはどうかと思うな。……ああ、これがブーメランか。

 この間自分のやっていたことを自覚してから、自己嫌悪に陥ることがままある。家で布団被ってジタバタしたい。

 っていうか、騙してるって、何? 鶴見さんが騙されて付き合わされているとでも言いたいのか。

 ……何だかな、疲れちゃった。もう帰ろう。

 

「私も少し話しただけだからよくは知らないけど、鶴見さんをすごく大事にしているいい人そうに見えたよ」

「そいつの肩持つのかよ」

 

 開成くんが不機嫌そうに言う。肩を持つも何も事実を言っただけなんだけど。というか、既に開成くんに対して何とも思っていない私は、彼氏さんの肩を持ちたい気分だ。

 

「鶴見さんも楽しそうにしてたし、変に勘ぐるのはやめた方がいいと思うよ」

「あ、おい。もう帰るのかよ」

「うん、じゃね」

 

 ポシェットを肩にかけ、出口に向かう私に開成くんが慌てたように言う。もう私と一緒にいる意味はないだろうに。ひょっとして様子見についてきてほしいとか言うつもりだったのだろうか。

 正直な話、鶴見さんと彼氏さんがどう遊んでいるのか興味はあるけど、デートの邪魔をするようなことはしたくない。

 

「はぁ……彼氏、欲しくなってきちゃったな」

 

 鶴見さんと彼氏さんの馴れ初めとか気になるけど、楽しそうな鶴見さんを見たらうらやましくなってきてしまった。

 

 

 

 

 

 おまけ

 

「ねえ、さっき更衣室で私たちの間にいた子、覚えてる?」

「ああ、あの可愛らしい子? 小学生か中学生くらいの」

「そう、その子」

「覚えてるけど、あの子がどうかしたの?」

「気付かれないようにしていたようだけど、私とかあんたの胸気にしてたじゃない? 可愛らしくってさ」

「ああ、してたしてた。私らの胸見た後、自分の胸見て凹んでたわね」

「あの年齢ならまだ気にすることないのにね」

「そうね。私も中学のころにグングン膨らんだし」

「そういや、あんたも背も胸もちっちゃかったわよね。あの子もあんたみたいになるのかしら?」

「さあ? でも、肩凝るのよねぇ」

「そのケンカ買うわよ?」

「あんただっていいモノ持ってんでしょうが」

 

 

 

 健康的な色気さんとメロンさんの場合

 

 




 というわけで、開成くんと綾瀬さんの内心でした。
 目と目があったら、あれ。こいつ俺のこと好きなんじゃね?という勘違いや、優れたクラスメイトを羨んでしまう、粗を探してしまうなど、おそらく、誰にでも経験のあることではないかと。
 精神が出来上がっていない子供のころには、今思えばバカなことをした、黒歴史だ、と思えることをたくさんしていたのではないでしょうか。
 これはそんな一例。反省して謝罪して、それで仲良くなれるかはわかりませんが、彼らはどう成長できるのでしょうか。

 というところでまた次回。
 ちなみに、私はゲームの発売日を今月末と勘違いしていました。
 今月末はスパロボでした。PS4を買うかどうか悩んでしまう。
 まだPS3でもやっていないゲームがあるんですけど、初回限定版という言葉に弱いのです。
 じゃあ、また。

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