皆さんも暖かくなってきたからと言って油断なさらぬようご自愛くださりませ。
そんなこんなでやっぱり月一更新。こりゃあひどい。
なんとかゲームの前にこの話は完結させておきたいところです。
ところでサブタイトルが本気で思い浮かびません。どうしよう。
そんなわけで、じゃあどうぞ。
コートに入りネットを境に八幡と向き合う。
いよいよ試合が始まる。のだけど、やっぱり私はルールを知らないからルール説明から始まるのだった。
「といっても、やっぱり詳しくルールを知らないんだよな」
「テニスの試合って何点取ったら勝ちなの?」
「えーっと確か、4ポイント取ったら1ゲーム、6ゲーム取ったら1セットだったな。セットの過半数取ったら勝ちだ」
「……結構長いんだね」
「だな。そんな長いことやってられないし、とりあえず1ゲームずつやってみるか」
「うん。時間までに多くゲームを取った方の勝ちね」
八幡が苦笑しながら籠にボールを半分入れて渡してくる。勝てるとは思ってないけど、最初から負ける気で挑むつもりはない。少なくとも八幡にすごいな留美、と一回ならずとも言わせてみたい。
「テニスはサーブする側が有利だっつーからな。留美からサーブでいいぞ」
「わかった。手加減しないでね」
「ったく、本当に留美は雪ノ下に似てるのな」
「雪乃さんに?」
今年の冬に奉仕部のみんなと仲良くなってから会う機会が増えたのだけど、そこで私は雪乃さんに似ているとよく言われている。結衣さんやいろはさん、そしてもちろん八幡も。
外見は長い髪と顔だちが似ているとかで、それは私も雪乃さんもお互いに同意しているところではある。雪乃さんと仲良くなってから、雪乃さんの様な格好いい女性になれるよう色々と勉強中である。あの毒舌と八幡への素直になれない対応は遠慮しておきたいところではあるけど。
さて、今の話のどこが雪乃さんに似ていると思われたのか。
「あいつは勝負に勝てば見られないようにガッツポーズしたり、負ければ不機嫌になるか勝つまでやる。何かと張り合う癖もあるんだよな。俺が梨剥いていたらウサギ作って、まだまだね、なんて言ってきたり」
「雪乃さん、負けず嫌いなんだ」
「勝負事に関しちゃ相当だな。ついでに言えば猫にも」
話を聞く限り、なんだか微笑ましい感じ。大人っぽい雪乃さんにも子供っぽいところがあるんだと思うと笑みが浮かんできそうだ。私は子供だから、別にいいのだ。
ところで、梨の件心当たりがあるんだけど、林間学校で出てきた梨って八幡たちが剥いていたのか。周りに無視されていた時にあの梨を見たので、ちょっと和んだ記憶がある。
……今度雪乃さんにお礼言っておこうかな。
「んじゃ、始めるか」
「うん」
「あとな、最初っから俺がガチでやったら留美は全く面白くない」
「……うん」
「少しずつ本気出してくから、それで勘弁な」
「わかった。すぐに本気出させてあげるから」
八幡と雑談しているのも楽しいんだけど、予約の時間が迫っていたので試合を開始することにする。
私の宣言に八幡はまた苦笑した。さっきの気持ち悪いさわやかな笑みより、こっちの方がいいな、って思う。思うけど、その笑みを引きつらせてあげたい。
いっぱいサーブを練習した位置に着く。ボールを手に反対側の八幡を見る。八幡は腰を落として私を見ていた。
経験差、年齢差、男女差、体格差、全てにおいてこちらが不利。さっき軽く打ち合った感触からして、八幡はまだまだ全然本気を出していない。とりあえずの目標は、八幡に本気を出させること、かな。
ボールを地面でトントン。テレビで見たことがあったので真似してみたけど、リズムをとるのにいいのかも。
さあ、試合開始だ。
試合は火花散るような一進一退の攻防を見せ、なかった。零進三退だろうか。もちろん私が零であり三だ。
最初のゲームは私のサーブから始まった。練習の甲斐あってかサーブはネットに触れることなく、ラインをオーバーすることなく、八幡側のコートに突き刺さった。今日一番の会心のサーブだったんだけど、八幡は余裕で返してきた。私が打ったのとほぼ同じ軌跡を描いて戻ってきたボールを打ち返し、しばらくラリーが続いた。八幡は手加減を少しずつやめていき、私がついていけなくなりポイントを取られるという展開が続き、1ゲーム目はポイントを取れることなく終わってしまった。
そして2ゲーム目、八幡のサーブは正確に私のコートに打ち込まれた。打ち返しやすいスピードはやはり少しずつ速くなっていき、打ち込まれるポイントはどんどん厳しくなっていく。そうしてラリーについていけなくなり、今度もポイントを取れずに終わる。
3ゲーム目。ここまでくればさすがにわかる。八幡の手加減、というか接待プレイがすごすぎる。正確なサーブとレシーブをこちらが打ち返しやすい位置とスピードに打ってくるかと思えば、ラリーは私が追いつけるギリギリを攻めてくる。実力差があるのはわかっていたけど、思いの外八幡が上手すぎる。手加減がなかったらラリーなんてなくあっという間に終わっていただろう。言うまでもなく、またもや1ポイントも取得出来ずに終了してしまった。
あからさまに手加減され1ポイントも取れないというのは堪える。肩で息をしている私に、八幡が言ってくる。
「そろそろ時間だから、次で終わりにするか?」
「……っはぁ……うん」
「……大丈夫か?」
「うん……」
身体的にはさほど疲れてはいないのだけど、精神的には別だ。私から手加減するなと言ったし、八幡もそのつもりは無いのだろうけど、正直なところ心が折れそうである。
「なあ留美。次のゲーム、」
「手加減なんかしたら、許さない」
「はあ……わかったよ。じゃあ、ガチ本気の俺からポイント取れたらご褒美やる、ってのはどうだ?」
「……全力で叩き潰す」
「こええな、おい」
身を起こして八幡をキッと睨みつけると、口端を上げて苦笑していた。笑みを引きつらせることはできたけど、できればテニスでうならせてやりたい。
これまでの3ゲームでポイントを得られなかったのに、まだ本気を出していない八幡から今回でポイントできるとは思えない。だけど、何としても八幡に一泡吹かせてやる。
「ほんじゃま、行くぞーっ」
八幡からのサーブゲーム。つまりチャンスは最低でも四回。一回も無駄にはできない。
八幡がボールを放り投げた。私はサーブの軌道を読むため集中をする、けれど、意味はなかった。
一球目。おそらく本気であろう八幡のサーブに私は反応することもできず、横を通り抜けていった。今まで受けたサーブがどれだけ手加減をしていたのか。悔しいけど速すぎて全く反応できなかった。
続いて二球目。今まで八幡はボールを投げ、落ちてきたところをサーブしてきた。私もそうしていたのだけど、今回八幡は投げたボールが頂点に届く前に打ってきた。
最高速のサーブを直前に見ていた上、タイミングを狂わされ反応が遅れた私のレシーブは、かろうじて打ち返すことはできたけれど、体勢を崩した私には八幡のリターンを返すことができなかった。
ただでさえ上手い八幡がこんなやり方を多用してきたら、ポイントを取るのは今まで以上に大変かもしれない。でも、今回のサーブは小細工をしたためだろうか、返せないほどのスピードではない。もう一度来れば、体勢が崩されなければ、返せると思う。
そして三球目。高速か、タイミングをずらしてくるか、ヤマを張って対応するしかないかと思われたけれど、何と八幡はアンダーサーブを打ってきた。
室内コートの天井付近まで伸びたボールは弧を描いて落ちてくる。バウンドしたボールはまたもや高く舞い上がる。天井でライトが光っているし、タイミングもわかりづらい。けど、これなら私がサーブするのと同じだ。
ラケットを振りぬく。狙いは八幡が位置していた場所の反対側。目線をボールから八幡のコートへ向けると、八幡が走り寄ってきていた。私の体勢から狙っている方向は把握されていたのか、力の限り打った球はネット付近の八幡がノーバウンドで叩き落とし、私側のコートに転がる。
またもややられた。一見、八幡の手は姑息とか、小細工とかをしているように思える。けれど、八幡の確かな技術によって戦術として確立しているようだった。というかただただ悔しい。いいように振り回されている。本気の八幡が相手だと、本当にあっという間に終わってしまいそうだ。
ラストチャンスの四球目。なんとしてもここで得点したい。八幡を驚かせたいのであって、ご褒美に釣られたわけではない。ないけど、八幡がくれるというのであれば、もらうのにやぶさかではない。だから、このラストチャンスは必ずものにしたい。
腰を落とし、八幡の動きに集中する。ボールを投げる、構えはアンダー……、いや、振りかぶった。そして、タイミングは早い。
観察した甲斐があって今度はタイミングばっちり、スピードも速くはない、打ち返す。
八幡はやはりネット際に走り寄ってきていた。このまま待っていてはさっきと同じ展開だ。私も走り寄る。
八幡はどうしてくる? 位置とラケットのスイングの角度からすると……上!?
八幡は私のリターンを軽く打ち上げて返してきた。走り寄った私の頭上をボールが越える。だけど、スピードはない。なら、まだ追いつける。
振り返り走り出すのとボールがバウンドするのは同時だった。まだ間に合う。
ボールに追いついたのは二度目のバウンドの直前だった。とてもじゃないけど狙いなんてつけていられない。振り向きざま打ち返す。同時にまたネット際へ。振り回されてちょっと足がつらいかも。
無理やりに打ち返したせいか、八幡の予想外の方向へボールが飛んでいたようだ。八幡は体勢を崩しつつもネット際にボールを打ち落とす。これを返せれば。
走る。すでにボールはワンバウンドしている。
走る。ラケットにボールが当たった。だけど、体勢を崩す。止まれない。
地面が近づく。眼前にネットが近づく。予想される衝撃に、私は目を瞑った。
衝撃はこなかった。
目を開けると地面、前にはネットと……足? それに、なんだか胸に圧迫感がある。
「留美、ケガないか?」
「え?」
目の前の足は八幡のだったようだ。見上げると八幡がネットから身を乗り出している。その手が伸びて、私を支えていた。
「手、放すぞ」
八幡が手を放し、私はへたり込んだ。どうやら、転びそうになった私をネットの向こうから支えてくれたようだ。おかげで転びもせず、ネットに顔から突っ込むこともなかったのだけど……。
「ったく。そこまでムキにならんでもいいだろうに。怪我したらどうすんだ」
「……」
「留美?」
「……った」
八幡が声をかけてきたけれど、私はそれどころではなかった。頬が熱くなり、動悸が激しくなっていた。ギュッと体を抱きしめる。
「留美、どうした?」
「……わった」
「って、おい、何で泣いてんだ? マジでどっか怪我したか?」
潤んだ目で八幡を見上げると、ギョッとした顔をして慌ててネットを越えてこちら側に来てくれる。
「八幡……触った」
「あん?」
「私の……むね触った」
「……はあ!?」
私が転びそうになったとき、八幡はネットの向こうから私の身体を支えてくれた。地面に手をつきそうになる私の、脇に手を伸ばし胸を鷲掴みするように。ようにというか、実際鷲掴みされたんだけど。
転びそうになったことより、ネットに頭から飛び込んだこみそうになったことよりも、八幡に胸を触られたことに混乱してしまった。
「い、いや、ちょっと待て。そんな感触なかったぞ?」
「……なくてもあるもん」
なんてことを言うのか。乙女の胸には色々なものが詰まっているというのに。確かに下を見れば床が見えて、メロンやリンゴどころかミカンすら見えないけど。
そんなことを言う八幡は、ちょっとこらしめてやらなくては。
涙目でじっと八幡を見ると、目に見えて慌て始めた。
「待てって。ホントに俺は悪くない。間とか、運とか、そういうのが悪い」
「今日一日で八幡にお尻触られて、胸も触られて……。どう責任とってもらうか、小町さんか雪乃さんに相談を……」
「俺が悪かった。出来る限りの賠償はさせてもらう」
相変わらず奉仕部や小町さん達に弱い八幡は、今にも土下座をせんばかりに頭を下げる。
こんなこと聞かれたら、雪乃さんは嬉々として八幡を責め立てるだろうし、小町さんは面白がって引っ掻き回すだろうから、必死である。
助けてもらっておいて言えたことではないけど、これくらいで許してあげよう。
「ふふっ」
「ん?」
「ごめん、ちょっと調子に乗った。安心して、みんなに変なこと言わないし、責任とって、なんて言わないから」
八幡の慌てぶりがちょっと可愛くて、からかってみたくなっただけ。とか言ったら、どういう反応が返ってくるのだろう。そう思ったのは事実だけど、言うのはちょっと恥ずかしい。
私の言葉に、八幡ははぁっと息をついた。
「冗談きついぞ、留美」
「ごめん。それと……」
八幡に手を差し出され、ぐいっと一気に引き上げられる。走り回って疲れた足も回復してきたけど、まだちょっとつらいかな。
というわけで、立ち上がらせてもらった勢いで、そのまま八幡の腰に抱き着く。数か月前の私は、よくもこんなことができたものだ。あの時は感極まっていたとはいえ、素の状態でやるには何と言うか、恥ずかしすぎる。
でも、恥ずかしがってばかりはいられない。八幡に気づかれないように軽く深呼吸し、八幡を見上げる。
「助けてくれてありがとう、ね」
「お、おう……」
笑顔のつもりだけど、ちゃんと笑えていたかな。
私の突然の行動に戸惑っていた八幡は、これまた目に見えて狼狽えている。お礼を言われ慣れていないのか、ただ照れているのか、いずれにせよちょっと可愛い。
「ねえ八幡」
「何だ? っていうか、留美。もう離れてもいいんじゃないか」
「本当に感触なかった?」
「……は?」
今も八幡の腰辺りにギュッと抱き着いているのだけど、胸が押しつぶされるような感覚はない。残念ながら押しつぶされるほどないし。
「全くないわけじゃないと思うんだけど」
「やめなさい」
手を胸に当ててみる。谷間なんかはできないけど、全くないわけじゃないと思う。ムニムニとしていると、八幡に呆れたような顔で額をつつかれた。
それでもじっと八幡を見続けていると、ソワソワしだした。なんだか、私に気圧されているかのようだ。
「あー、そのだな……」
「うん」
「……言わないとダメか?」
「感想は聞きたいかな」
「何で公開処刑みたいになってんだ……」
頭をぼりぼりとかいて八幡は天を仰ぎ見た。そんなに答えづらいことかな?
答えづらいか、うん。何聞いてるんだろう、私。
八幡はあーとか、うーとか唸っていたのだけど、私の頭をクシャッと撫でてきた。
「……正直なところ、あんまり感触はなかったんだが……やっぱり留美の身体は柔らかいなと思った。別の意味でな」
「……八幡のエッチ」
「無理に言わせておいて何言ってんだ、こら」
頬が赤くなっていくのがわかり、八幡の胸に顔を埋める。八幡も照れ隠しなのか手持無沙汰なのか、私の頭をくしゃくしゃと撫で、ポニーテールをいじっている。
やっぱり恥ずかしい質問はするものじゃない。ある意味自爆だけど、今の私でも八幡をドキドキさせることはできるようで、八幡の動悸が激しくなっているのがわかる。
でも、やっぱり私の方が分が悪い。八幡が不器用ながら思いやってくれる言動だとか、優しく向けてくれる笑顔だとか、何より頭を撫でられて抱き着いている今だとか、私の方が八幡にドキドキさせられることが多い。
不公平だ。
「そういえばボールは?」
八幡に抱き着いたままではいつまでも赤面が治らないことに気づいたのはすぐだ。何とか気をそらそうとして、思いついたのは試合のことだった。
「ああ、ほれ、そこ」
八幡が指さしたのは、私のコート側に転がっているボール。
「あ……やっぱり、ダメだったんだ……」
「いや、今のは留美の勝ちだよ」
肩を落とす私に、八幡が言う。どういうことだろう。無意味な慰めをするような人でないから、なにがしかの理由があるんだろうけど。
「どういうこと?」
「俺のタッチネット、反則だよ」
「……それって、私を助けてくれたからじゃないの?」
「反則に変わりはないだろ」
私が最後に打ち返した(とも言えないほど無理やりだったけど)ボールはネットに阻まれていた。八幡はそれを把握していたのかしていないのか、いずれにせよ助けてくれただろうけど。
それで、私を助けてくれた時にネットに触れたから、と言われても、私が納得できるわけない。
「だからまあ、なんかご褒美やるよ」
「…………それは欲しい、けど」
「ラッキーと思っとけ」
思えない。八幡のご褒美は欲しいけど、完封された身としては、お情けで勝ちを譲ってもらっているようですんなり喜べない。
「これで勝ったと思わないからね」
「斬新な捨て台詞だな、おい」
次こそは八幡にすげえと言わせてやりたい。次があるかはわからないけど、もっと上手くなっておきたいな。
「しかし、留美はすげえな。正直あそこまで粘るとは思わなかったぞ」
もっと上手くなっておきたい。そして八幡と対等にやりあいたいな。
……そっか。可愛がられたり心配されたり、っていうのは嬉しいんだけど、私、対等になりたいんだ。八幡や奉仕部のみんな、そして……真希ちゃんと。
あと2話ほどかかる予定。
本当にゲーム前には終わりにしたい。
じゃないとゲームにかまけて執筆が滞ること間違いなし。
待ち遠しいんですが。
じゃあまた。