踏み出す一歩   作:カシム0

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前回は起承転結で言うところの「起」であり、大した話でもないのに読んでもらいありがとうございました。
今回は「承」になります。

留美の話し方はこのようになりました。
原作でも八幡以外とはあまり話していないんですよね。それに雪ノ下や由比ヶ浜と話した時って、一番やさぐれていた頃かな、と。
賛否あるかもですが、これからもこの話し方でいきます。

じゃあどうぞ。


鶴見留美は奉仕部の部室を訪れる

 

 

 

 

 

 

 平塚先生に事情を説明し、奉仕部へ向かうことにした。さっきは平塚先生へ留美の事情を話すことをしなかったが、ここで奉仕部の連中に話をして平塚先生をハブる形になるのも、留美の精神衛生上よろしくない。

 

「鶴見さん。君の選定眼は間違いではないよ。比企谷に相談をしたのは、おそらく正しい。納得のいくまで比企谷を使いたおすといい」

 

 などと、別れ際に好き勝手言ってくれていた。俺を便利扱いするのやめてくれませんかねえ。

 そして、俺が部屋を出ようとしたとき、耳元に

 

「彼女は岐路に立っている。責任は重大だが、彼女が君に相談に来た事実を踏まえて、しっかりやってきたまえ」

 

 と囁いてきたのにちょっとドキッとしてしまったのは内緒だ。ホントなんて結婚できねえのかな、あの人。

 留美を連れて奉仕部へ向かう中、俺は先生の囁きを思い返していた。耳元がこそばゆかったのはさておき、留美が俺に相談に来た理由だ。

 親御さんや先生に相談せず、わざわざ歳も距離も離れた高校生、しかも大して一緒の時間を過ごしたわけでもない俺に会いにきたのには、何かしらの理由がある。それを留美が自覚しているかはわからないが。

 言ってしまえば俺に留美の相談を受ける義理も義務も無いわけだが、俺を頼ってきた年下の女の子の気持ちを無為にするつもりはない。知らない仲ではないわけだし。

 どうすれば『しっかり』とやったことになるのかは、これまたわからん。わからないが、留美が納得した答えが出せれば、少なくとも留美の悩みは解決できるのだ。よって、当面の課題は留美のお悩み相談である。

 

 

 

 特に会話をするでもなく、俺と留美は奉仕部の部室へと到着していた。いや、今の小学生女子とどんな会話をすればいいのかわからないもんだ。今の高校生女子とだってわからないが。

 

「ここが部室だ」

「八幡はここで何してるの?」

「依頼が無けりゃ、たいていは本を読んでるな」

「毎日?」

「だいたい毎日」

「ふーん。八幡がいつもいる場所、か」

 

 何を思ったのか、留美はしみじみと部室を眺めている。そんなに見たところで何も出てきやしないが。

 

「あー、せんぱーい! どこ行ってたんですかぁ」

 

 訂正だ。一色いろはが出てきた。いや、なんでいるのお前? 生徒会はどうした。

 留美は不意の一色の登場にびっくりして俺の後ろに隠れてしまった。無理も無いが、袖を引っ張るのやめてくれ。不良殺法は俺には効かないから。

 

「平塚先生に呼ばれたって、二人から聞いていないか?」

「聞きましたけど、私が用事あるのにいないとかありえなくないですか……あれ?」

 

 なんという無体なことを言うのか、この後輩は。そういうのは戸部にやってもらいたい。

 妙に接近してきた上あざとい角度で俺の顔を覗き込んできた一色は、そこで俺の後ろにいる留美に気づいた。

 うん、こいつを見ていると留美の首傾げ、とか上目遣いが、天然ものだってのがよくわかるな。

 

「あれ……えーと、確かクリスマス会の時の小学生の子、ですよね」

「そこらへんまとめて話するから、とりあえず中に入れてくれ。結構寒いし」

「あ、それもそうですね。雪ノ下せんぱーい。お客様ですよー」

 

 まるで新入部員のように振舞う一色であった。あいつ奉仕部好きすぎだろ。部室内へ駆けていった一色を追う形で俺も室内へと入ろうとしたのだが、入れなかった。留美が袖を持ったまま立ち止まっていたからだ。

 

「どうした、留美? 入るぞ」

「……今の人、確か生徒会長じゃなかったっけ?」

「ああ、クリスマス会の時に会っただろ?」

「なんでここにいるの?」

「……ホント、なんでだろな。俺にもわからん」

 

 何故か、ちょっと怒ったような、ふてくされているような留美を部室内へ誘う。

 俺は怒らせるようなことしていないよな、うん。

 

 

 

 そうして、奉仕部に入り雪ノ下と由比ヶ浜が留美の姿を見ると、やはり驚いていた。お互い顔は見知っていても、予想外の場所で出会えばそりゃ驚くと言うものだ。

 

「留美はそこに座ってくれ」

「う、うん」

「雪ノ下、紅茶頼めるか?」

「……そうね、落ち着いてお話を聞いたほうがよさそうだし」

 

 察しがよくて助かる。雪ノ下は湯沸しポットから紙コップへ紅茶を注ぎ、依頼主の定位置に座る留美の前に置いた。

 

「紙コップでごめんなさいね」

「ううん、ありがとう、ございます」

 

 ペコリと頭を下げる留美。林間学校のときはもうちょっと雑だった気がしないでもないが、歳相応の対応をする。俺には小生意気なのは、まあ、別にいいんだけど。気にすることじゃないし。いいんだけどな、うん。

 俺は、いつもの席からイスを持ち出し、留美の隣に座る。すると、三者三様に対応が返ってくる。

 

「ヒッキーなんでそっちに……あ、そっか」

「並んで座ると、通報しなくてはならない気がするわね」

「先輩って、やっぱり年下好きなんですね」

 

 俺がいつもの場所に座ったら、留美が一人で俺達の視線を集中して浴びてしまう。この場には誰も留美に害をなす奴がいないとはいえ、ただでさえ小学生が一人で高校に来るという心細い状況で、それはきついだろう。

 わざわざ言わんでもわかってくれたようだが、雪ノ下はその手の携帯から指を離せ。そして由比ヶ浜、その優しげな顔でこっち見るな、恥ずかしい。一色は小さくガッツポーズするな。

 

「留美、俺が話すか? それとも自分で話すか?」

「ううん。大丈夫八幡。自分で話す」

「そうか」

 

 緊張しているようなら俺が代わりに、と思ったが、しっかりしている留美にその心配は無用だった。

 

「呼び捨て……お互いに」

 

 ボソッと一色が呟いていたが、反応すると面倒そうなので聞こえなかったことにしておく。俺は比企谷八幡、難聴系主人公だ。

 

「鶴見留美、小学六年生です。今日は八幡に相談に来てました」

「それじゃあこっちも改めて。由比ヶ浜結衣、ヒッキーと同じクラスだよ」

「雪ノ下雪乃。比企谷君と由比ヶ浜さんとはこの部活で一緒に活動しているわ」

「一色いろは、この学校の一年生生徒会長です」

 

 それぞれが改めて自己紹介。ビシッと敬礼までする一色だが、留美にまであざとさを発揮してどうすんだ。

 

「ところで、留美ちゃん。前みたいな感じでいいよ? ほら、林間学校のときみたいな」

「あ、あの時は……その、失礼な言い方してすいませんでした。由比ヶ浜さん」

「結衣でいいよ、留美ちゃん?」

「は、はい、結衣さん」

 

 留美は、由比ヶ浜の言葉に黒歴史を晒された俺のような反応を示す。あの頃の留美はやさぐれてたからな。

 しかし、由比ヶ浜はさすがのコミュニケーション能力である。由比ヶ浜みたいな子に笑顔で語りかけられれば、ほんわかしてしまうのも無理は無い。中学生時代の俺だったら確実に勘違いして告白して振られている。

 下の名前で呼ぶことで仲がよくなると言うことはあるのだろう、多分。俺にはできるこっちゃないが。だって材木座に呼ばれてもあいつと仲良くはなっていないし。あ、でも戸塚を彩加と呼んで今より仲良くなれるなら、俺明日から実践しちゃう。でも名前で呼ぶのもなー、今更だしなー、どーしよっかなー。

 

「ゆきのんといろはちゃんもいいよね?」

「ええ、そうね。ゆきのんでなければ好きに呼んでもらってかまわないわ」

「私もいいですよ」

「よろしく、お願いします。雪乃さん、いろはさん」

 

 そして少し笑顔になる留美。やっぱり緊張していたんだろうか。肩の力が抜けたのが、隣にいてもわかった。

 留美は紅茶を一口のみ、総武高校へ訪れた理由を話し出した。

 先ほど生徒指導室で話したとおり、今だ留美自身にも把握しきれていない悩みであるが、少しはまとめることができたのだろう。たどたどしくも、先ほどよりはスムーズな話ができた。

 

「それで、八幡に奉仕部の部室につれてきてもらったんです」

「なるほどね。大体のお話はわかったわ、鶴見さん」

「ゆきのん?」

「……る、留美さんのお話はわかったわ」

 

 雪ノ下が、すげえ言いづらそうに留美の名を呼ぶ。あいつもボッチ気質だし、名前で呼ばれることはあっても呼ぶことはほとんど無かったんだろうな。俺と違って小町がいるわけじゃないし。そして由比ヶ浜がすげえいい笑顔してる。まるでよくできましたと言っているようだ。お前は雪ノ下の母ちゃんか。

 最近の奉仕部の力関係を象徴しているかのようであった。

 

「それにしても、演劇ですか。確かにクリスマス会の時の演技の評判は良かったですよね」

「うんうん! 私たちは準備で忙しかったから観れなかったんだよね」

 

 にこやかに思い出話を始める由比ヶ浜と一色であるが、二人の中間に座っている雪ノ下は指を口に当て眉を細めていた。留美の話の焦点を探っているのだろう。

 この相談の問題点は答えが見えてこないことだ。これと思う答えを提示しても、それを聞いた留美が受け入れられないものであれば解決しない。

 奉仕部の活動内容は、飢えた人に魚を与えるのではなく魚の採り方を教える。である。このスタンスは、自分に厳しく他人に厳しい雪ノ下が部長である限り、変わらないし変えられないだろう。

 しかしながら、今回留美に劇団員のなり方を教えたとして、それが留美の求める答えとは限らないのだ。

 

「とまあ、そういうわけだ。この中で誰か、劇団員のなり方を知っているやつはいるか?」

 

 由比ヶ浜と一色を見るが、二人はそろって首を振る。ひょっとしたら一色辺りが昔子役を目指してたんですよぉ、とかあざといことを言い出さないかと期待していたんだが。

 

「ホントに先輩が私をどう思ってるのか、一度きっちり追い詰めたい気がします」

「追い詰めるな。問い詰めるだけにしてくれ」

 

 何故だろう。一色の思考回路に雪ノ下が混ざってきている気がする。超怖い。顔は笑っているのにこめかみが引くついている感じが超怖い。

 

「雪ノ下はどうだ?」

「そうね……以前演劇を見に行ったときのパンフレットでは、子役の募集をしていたわ」

「雪ノ下先輩、子役だけだったんですか?」

「ええ。ファンサービスの一環で、情操教育を行おうとしていたように思えたけれど」

「いっかん……じょうそう?」

 

 ボソッと呟く由比ヶ浜。漢字は後で教えてやるから馬鹿っぽく口を開けるのはやめなさい。

 しかし、そうか。雪ノ下も知らないのならば、当初の予定通りにするしかない。

 

「雪ノ下、頼めるか」

「……うちはパソコンルームではないと、以前も言わなかったかしら」

 

 言葉少なに頼んだのだが、雪ノ下は察してくれたようだ。軽く息を吐きながらノートパソコンの準備をしてくれる。

 

「留美、席を替えるぞ」

「うん」

 

 留美を伴い、ノーパソの前に座る。俺の右側にカバンからいつものメガネを取り出す雪ノ下。だから近いって。いつもの雪ノ下の匂いが漂ってきて腰が引ける。

 少し左に寄ろうかと思ったが、留美が画面を見る関係上限度がある。と言うか留美ちゃん? 太ももに手を乗せるのはちょっと、位置的によろしくないんですが。重いわけじゃないんだが。

 そして後方に控えしは、右側に一色、左側に由比ヶ浜のコンビが陣取る。なんなの、お前ら。この部屋でパソコンをやるときは陣形を取らないといけないの? デザートフォックスなの?

 どうにも、最近俺のパーソナルスペースへの侵略が進んでいる気がする。

 前よりも近い気がして、背中に変な汗をかいているのがわかる。離れてくれねえかなぁ。汗臭いとか言われたら立ち直れないぞ、俺。

 周囲一帯を気にしつつ、とりあえず検索サイトに劇団員と入れてみると、『劇団員 なるには』を語群の中に発見する。

 これでよかろうとクリックし、現れた検索結果の一番上のページを見てみる。

 恐らく就職サイトの類なのだろう。仕事内容や給料やらのページの中に『なるには』を発見、クリックする。

 全員でそのページを見ることしばし、

 

「まとめると、劇団員になるには劇団に入団する。その際、面接や入団テストがあったりなかったり。あらかじめ養成所に通ってから面接を受けてもいいし、養成所の先輩に紹介されることもある。部活で歌や楽器や踊りを習ったくらいの人でも入団できる。他には芸能事務所に所属する。自分から履歴書を送ってもいいし、スカウトされることもある、と」

「うーん。知らなかったことだけど、ある意味予想通りって感じですね」

「前にテレビで見た特集だと主役のオーディションやってたけど、入団するためのテストもやるんだね」

 

 由比ヶ浜と一色が俺の後方で話している、のはいいんだが、俺に寄りかかって話すのやめてくれねえかな。肩が重いしどことは言わんが柔らかい感触と暖かい体温が伝わってくるし。

 気を取り直して別のワードで検索をしようとマウスを握る。

 

「ちょっと待って、比企谷くん」

「っ、お、おう」

 

 すると、雪ノ下が俺の手ごとマウスを握り別のページへと誘導した。

 いきなりやられたもんだから変な声出ちまった。いきなりじゃなくても出るだろうけど。っていうか、柔らかいから離してくれ。

 

「これなんか参考になるのではないかしら。……あっ」

 

 雪ノ下がページを開きこちらを見やると、俺と、恐らく他三人の視線とぶつかる。そして自分のやっていることに気づいたのだろう。

 熱いものに触れてしまったかのように、正に弾かれたようにと表現するのにふさわしい勢いで雪ノ下は俺の手を離す。そして目を逸らしつつその手をさすったり、髪を撫で付けたりとソワソワしているのだが、その様はいつもの雪ノ下とは違って見えて、何と言うか、うん、何だろうな。

 若干混乱しつつも、目を逸らした先のディスプレイを見やる。そこには、かの有名な劇団について書かれていた。

 

「あー、『劇団季節』のオーディション? 書類選考で三分の一、面接で十分の一、芸能界から受けた俳優も落選。狭き門ってレベルじゃねえな」

「……八幡、見にくい」

「ん、ああすまん。雪ノ下、ちょっとそっち寄れるか」

 

 パソコンを見出してから言葉少なに画面を見ていた留美だが、俺が雪ノ下の行動に体勢を変えたため見えづらくなってしまったのだろう。文字を追うのに必死な留美を邪魔をしてはいかん。

 

「八幡、ちょっと後ろに下がって」

「ん? まあいいけど……っておい」

「る、留美ちゃん!?」

 

 留美の言うとおりに席を少し後ろに下げた俺だが、その後の留美の行動に硬直する。何と、留美は俺の太ももに乗っかってきたのだ。いや、何してくれてんの、この小学生。

 

「この方が見やすい」

「留美が見やすくても俺が社会的に死ぬ」

 

 実際全く重みは感じないのだが、周りからくる精神的プレッシャーが重い。

 留美は、小さくて形のよい尻を俺の太ももに乗せ直し、ディスプレイに集中している。肉付きは薄くともズボン越しに確かに感じる柔らかさに意識が持っていかれそうになるが、何、小町だと思えばなんてことはない。こちとら夏場に薄着で抱きついてくる小町に慣れているのだ。この程度の身体的接触なぞ、どこぞのサードチルドレンのように恐れる必要は無い。

 

「ヒッキー、顔がにやけてる」

「先輩。年下好きはいいですけど、あまり下過ぎるとドン引きなんですけど」

「やはり通報したほうがいいかもしれないわね」

「俺は無実を主張するぞ」

 

 事の次第は確実に見ていたであろう由比ヶ浜たちは、俺を悪役に仕立てようとする。これ訴えたら勝てるんじゃなかろうか。

 自動的に目の端に映る留美のサラサラした髪を意識から外し、ディスプレイに目を向ける。

 

「気を取り直して……『劇団たんぽぽ』全国オーディション?」

「あ、ここ出身の人って結構いるよね。新聞によく記事が出てるし」

「え、由比ヶ浜、新聞とか見るの? あ、テレビ欄か」

「見るし! テレビ欄以外もちゃんと見てるし! あたしのこと馬鹿にしすぎだから!」

「ごめんなさい、由比ヶ浜先輩。私もちょっと意外に思いました」

「いろはちゃんまで! ……ゆきのんも?」

「……」

「何か言ってよぉ!」

 

 騒がしい由比ヶ浜は置いといて、『たんぽぽ』の情報を見てみるとやはり入団に伴い面接やテストがあるようだ。

 在籍俳優一覧に目を向けると、へえ、この子なんかすげえな。高校生ですでに芸暦十年。『ディスティニィー』の作品の吹き替え声優常連だ。子供ながらベテラン声優たちを戦慄させた演技力を持つ。しかも可愛い。すげえな、勝ち組じゃん。

 

「そういや、この声優の声って留美に似てるよな」

「そうなの? この映画は見たことあるけど、わからなかったな」

「私は字幕で見たから、わからないわね」

「私は吹き替えで見たけど、さすがに覚えてないなぁ」

「っていうか、先輩、声の聞きわけができるってどんだけですか」

 

 うん。賛同は得られなかった。まあ、自分で聞く自分の声と録音された声は違って聞こえると言うし? アニメを見慣れていないと声の聞き分けはできないだろうし?

 ……材木座だったら賛同してくれたかもしれないな。材木座と留美を合わせるのは、まずい気がするが。留美に罵られて新しい世界の扉を開いてしまいかねん。俺のように。

 

 

 

 一通りネットの海をさまよって、今は小休止である。留美に俺の膝から降りてもらって、紅茶とお茶請けのクッキーをむさぼる。

 女子達は姦しい。一部を除いて。類は友を呼ぶというか、性質が似ている奴同士でつるむというのは本当らしい。

 由比ヶ浜は一色と偏差値の低そうな雑誌を読みながら偏差値の低そうな会話をしている。そして雪ノ下と留美は、何を話しているのかはわからんが、横に並んでポツポツと何やら会話をしている。

 普段由比ヶ浜と話しているときとは若干違う穏やかな笑みを浮かべている雪ノ下と、緊張も解けて歳相応の笑みを浮かべる留美。

 前から思っていたが、長く艶やかな黒髪、整った容貌、すらっとした体格、と、この二人は外見的に似ている部分が多い。顔立ちなんかは最もたるもので、実際知らない人が見たら、姉妹と勘違いしてもおかしくはないと思う。というか、髪形を変えても多分似ているのだろう。

 性格的にもクールというか冷静というか冷徹というか、似ている部分はある。最も、二人とも歳相応の部分はあるし、まあ、なんだ、可愛い部分もある。小憎たらしい部分もまた、あるのも間違いではないが。

 将来を思えば、留美が雪ノ下のように成長するとは言い切れない。特定部位に限らず。

 ボーッと二人を見ていたら、こちらに気づかれた。

 

「比企谷くん、何故かしら。いつもより不愉快で腐った視線を感じるのだけど。何を考えているのかしら?」

「八幡、目が虚ろでよりキモいんだけど」

 

 ああ、やっぱ似てるわ、この二人。どうしよう。留美が雪ノ下のようにならないように矯正してやるべきか。いや、俺が考えることじゃないが、世のため人のために。

 それとも地球温暖化を防ぐために放置しておくべきか。俺の体感温度は確実に下がった。雪ノ下による全球凍結理論を世界に発表したら、左団扇で生きていけるんじゃねえかな。

 

「いや、ボーッとしていただけだ。だから諸々気のせいだ」

「そう? ならいいのだけど」

 

 いつものこととばかりに雪ノ下は紅茶を一口。ほうっと息をついていた。

 留美を見ると同じように紅茶を飲んでおり、不意に目線が雪ノ下と絡むと、お互いに微笑を浮かべた。

 ……なんだろう、この入れない感じ。いや、入りたいと思っているわけじゃないが、実に馴染んでいる。血が出るまで頭を掻いたりはしないが。

 一枚絵として完成しているようだ。

 そんな二人を見ていたのだが、不意に奉仕部のドアが開く。ノックもせずに乱入のごとく現れた闖入者は、言うまでもなかった。

 

「やあ、様子はどうかね?」

「平塚先生、いい加減ノックをしてください」

「ははっ、すまんな」

 

 カラカラと笑う平塚先生であった。

 

「どうしたんですか、平塚先生?」

「それは私も君に言いたいな、一色。生徒会の仕事はどうした?」

「思ったより生徒会の仕事って暇じゃないですかー。引継いだ仕事も終わっちゃって、暇なんですよねー」

「無ければ探すのが仕事と言うものなのだがな」

 

 平塚先生、それ社畜の考えですよ。探してまで仕事したくないよ、俺は。そもそも働きたくないし。ああ、でも炊事洗濯掃除だけやってるわけにもいかんのだよな、専業主夫も。

 

「まあいい。様子を見に来たのだが、どんな感じかね?」

「正直言って手詰まりですかね。情報が少なすぎる」

 

 あれ、何かカッコいい言い方じゃないか、これ。俺の失われたはずの厨二心がくすぐられる。

 冗談はさておき、演劇は映画ほど気楽に見に行けるものではない。

 映画は全国どこにでも劇場があるし、料金は二千円ほどだし、毎日数回数ヶ月間上映している。

 しかしながら、先ほど調べていた時に判明したのだが、『劇団季節』でさえ公演は大都市でしかやらない。千葉の近くでは東京で、他は北海道や関西だ。しかも料金が安くて三千円からで、上は一万円を越える。さらには一日に一回、時折二回公演するだけだ。

 恐らく日本最大の劇団でさえその程度なのだ。その他の劇団は推して知るべし。

 

「そうだろうな。そうだと思って、さっき机を探していてな」

 

 平塚先生は白衣のポケットをガサガサとまさぐり、二枚の紙を引っ張り出した。

 またしてもじゃじゃーん! と自分で言いながらこちらに見せてくるのは、長方形の一見してチケットのような紙。

 

「先生、これは?」

「見ての通りチケットだ。『劇団季節』の最新作、今週末のS席、だな」

「あ、これ見てみたかったんですよ! どうしたんです、これ」

 

 なんとも都合のいい。何、平塚先生って、こんなこともあろうかと、って言い出すマッドサイエンティスト的な役割の人なの?

 

「ひょっとして、それも結婚式の二次会ですか?」

「あー、いや、これはだな……パーティーの方だな」

 

 由比ヶ浜の無垢な質問から目を逸らす平塚先生。平塚先生の行くパーティーとくれば、婚活パーティーだろう。そしてそのチケットをくれるということは、うん、そういうことだ。

 ホントに、もう、誰かもらってあげて(切実)。

 

「パートナーとのデートにぜひご活用くださいと言われたよ」

 

 やめて! マジで目が潤んできちゃうから!

 潤んだ声の平塚先生から目を逸らすと、雪ノ下はこめかみを押さえ、由比ヶ浜は乾いた笑いを浮かべ、一色は興味深そうにチケットを見ていた。一色、お前先生に興味なさすぎだろう。

 

「ま、まあ細かいことはいいじゃないか。ちょうど仕事が忙しくていけそうもなかったのでね。鶴見さんにこれを進呈しよう」

 

 そして留美は、一人よくわからなさそうにしていたが、平塚先生からチケットを渡されて戸惑っていた。

 

「え、えと……平塚先生。嬉しいんですけど、こんな高価なもの」

「気にしないでいい。もらった私も忘れていたくらいだ。どうせこのままだと机の肥やしになっていたものだ。それだったら興味ある人が見に行ったほうがいいってものさ」

 

 そして平塚先生は、留美の頭をくしゃっと一撫でして去っていった。平塚静はクールに去るぜ。

 さて、平塚先生の残していったチケットだが、どうしたものか。もちろん、使う分にはかまわないんだが。

 

「ところで先輩。これって誰が行くんですか? もちろん一枚は留美ちゃんですけど」

「そりゃ留美の親御さんだろ。週末だから時間はあるだろうし、そもそも東京にまで行くんだからな」

 

 留美のご両親の職業は知らないが、だいたいのお宅は土日が休みだろう。二枚しかないからご両親のどちらかは見ることができないが、一家団欒にはちょうどいいのではないだろうか。

 そう思ったのだが。

 

「うち、両親とも共働きで最近特に忙しそうにしているから」

 

 そうか、年度末が近いと忙しくなるのはどこも一緒か。うちの両親も最近忙しそうにしている。

 ……だからなのか? 留美がわざわざ俺に相談に来たのは。両親に相談できなかったのは。忙しそうにしている両親を慮ってのことだったのか。

 まだ結論を出すのは早いが、留美が寂しそうな顔をしているのは見て取れた。そこが留美の悩み解決のポイントになるかもしれない。

 それはさておき。

 

「留美さん。今週末、ご両親は?」

「多分無理です。仕事って言ってたから」

「そっか。それじゃあ留美ちゃんと一緒に劇場に行く人決めなきゃね」

「そうですね。さすがに留美ちゃんがしっかりしていても、東京まで一人で行くのは危ないですしね」

 

 留美のご両親に行ってもらうのが一番いいと思うんだが。その方が簡単だし、不自然ではないし。

 

「とはいえ、誰が行くかは決まっているのではないかしら」

「あー、そうだね」

「できれば私も見に行きたいところですけど、ねえ」

 

 俺の思考が横に逸れていた最中、他の連中の視線が俺に集まっていた。え、何?

 

「比企谷くん、今週末暇に決まっているわよね」

「何だよ、その決め付けは」

「ヒッキーが暇じゃないわけがないもんね」

「……まあ、そうだが。たまには予定があったり」

「何言ってるんですか。先輩に予定があるわけないですよ」

「……そうなんだけどさ」

 

 いや、日曜日は早起きしてだな。心を燃やしたり感涙の涙を流したりする予定があるんだけどな。

 言った所でだいたい無視されるのは経験済みだ。八幡知ってるよ。こういう時俺の意見が通ることはないんだと。

 だったら、早々に諦めて建設的に物事を運ぶのがいいに決まっている。嫌なわけではなし。

 

「あー、その、だな。留美さえよければ、俺が一緒に付いて行きたいんだが、いいか?」

「……うん、お願い八幡」

 

 俯いていた顔を上げた留美の顔には笑顔があった。満面のとはいかなかったが。

 

 

 

 太陽は沈み、窓の外は夜の帳が落ちている。

 下校時刻も迫っていたことから、各々留美と連絡先を交換し、お開きとなった。

 

「留美。ここにはバスで来たのか?」

「うん。駅から」

 

 留美から聞くに、俺と留美の家は最寄り駅が近いようだ。となれば、既に日が落ちている今、俺の取るべき行動は決まっている。

 

「雪ノ下、俺のせいで帰りが遅くなったのに悪いが、後片付け任せていいか?」

「構わないわ。あなたが言い出さなかったら私が言っていたことだし」

「ヒッキー、お願いね」

「後輩ポジより妹ポジの方がいいのかな」

 

 何やらわけわからんことを呟いている一色は放っておき、俺はコートを羽織りカバンを手に取る。

 

「留美、近くまで送る」

「え、でもそんなの悪い」

「もう暗いから危ない。気にすんな」

「……わかった。ありがとう」

 

 留美はランドセルを背負い、三人に向き直ると、ペコリと頭を下げた。

 

「急に来たのにありがとうございました」

「気にしないで。留美ちゃんの悩みが解決できるといいね」

「何かあったら連絡してね」

「比企谷くんが変なことしたら、大声を出して周りの人に助けを求めること」

「しねえよ。俺と変態を同一に考えるのやめてくれる?」

 

 小学校の先生が児童に言うこととしては正しいと思うが、そこに登場する変態を俺に代えないでもらいたい。俺は紳士だ。

 良い笑顔で俺を罵倒した雪ノ下と、由比ヶ浜と一色に別れを告げ、俺と留美はバス停へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 総武高校のバス停は校門近くのロータリーに設置されている。ちょうど俺と留美がバス停に着いた時に乗降が始まっており、待たされることなく乗車することができた。

 下校時刻にはまだなっていないものの、乗車する生徒は多数おり、席は既に埋まっていた。できれば座ってのんびりとしたかったが、仕方ない。

 俺は留美と並んでつり革を掴む。留美は背が届かないので俺の袖を掴んでいた。雪ノ下といい一色といい、なんで俺の袖を掴むのか。

 しばし待って、バスは出発する。学校を出たばかりだから乗客は全員総武高校の生徒だ。その中に一人、小学生がいるので多少注目を集めていた。まったく、他の人のことを気にすることはないというのに。俺だったら席に座ったらすぐにイヤホンで耳を塞ぎ、い眠りか寝たふりをするぞ。

 バスの中でも、俺と留美の会話はない。相談のことを話すには耳目が多すぎ、最近どうだ、と普段の生活を聞くには俺と留美の関係は遠かった。

 そう。遠いのだ。

 俺と留美が一緒に行動していた時間は、総計すれば二、三時間ほどでしかない。夏の林間学校、クリスマスイベントでたまたま一緒になった高校生と小学生で、血縁関係も何もない。

 家とてそう遠くではないが、近所ともいえない。

 物理的にも精神的にも遠い。何がしか留美に好かれ懐かれるようなことをしたわけではない。その様な俺に留美が相談に来たのは何故か。それをずうっと考えている。

 考えているだけで答えが出る問題ではないのだが。

 そんなことを考えていると、不意にバスが揺れた。

 

「きゃっ!」

「おっと」

 

 バスが急ブレーキをかけたようだ。十分に安全に気をつけて運転しているであろうバスの運転手がするには珍しいミスだ。飛び出しでもあったのか。

 

『大変失礼いたしました』

 

 謝られちゃ仕方ない。被害もないことだし、文句を言うほどでもない。

 

「八幡」

「ん? 大丈夫か、留美」

「うん。別に、怪我も何もない、けど」

 

 留美の声が途切れ途切れだ。さてどうしたことか。バスの揺れに体勢を崩した留美の肩に手を回し、引き寄せただけなのだが。ああ、俺に触れられているのが嫌なのか。ははは、ソウダヨネー。

 ……ちょっとへこむ。

 

「ならいい。気をつけてな」

「うん……あの、八幡」

「何だ?」

「手」

 

 手を離した俺に留美が左手を差し出す。俺の左手は吊革にあるから、握手はできないんだが。袖に掴まりたいのなら好きにすればいいのに。

 

「手がどうした」

「……前にも言ったけど、普通この流れでわかるでしょ」

「前にも言ったが、俺は普通じゃない」

「……他の人の苦労がわかったような気がする」

 

 留美は小さくため息をつくと、俺の手を握ってきた。何だ、そうしたいなら言えばいいのに。小町にもよくやっていることだから、別に構わないのに。

 手をつないで、改めて、留美の小柄さに気づく。この小さな身体に、留美は何を隠しているのだろうか。

 

「今のは留美の言葉も足らなかったと思うぞ」

「八幡が絶望的に察しが悪すぎると思う」

 

 絶望的までは言い過ぎじゃないかと、思うわけだが。

 

 

 

 そうして、留美と手をつないだままバスを降り、留美の家の方へと歩いていく。

 バスの中でも聞いてみたのだが、どうやら留美の両親は迎えに来られないらしい。いつもより留美の帰宅が遅くなっている上、夕方を通り越して夜になっているにもかかわらず、迎えに来ない両親。

 留美の両親が放任なのか、はたまた留美が両親に事の次第を話していないのか。いずれにせよ、他人の家庭事情に俺が首を突っ込むことはない。

 だが、バスを降りた後も手を離さない留美の様子からすると、何がしかの問題があるように思える。

 しかしながら、事の次第を知る留美に質問して聞いていいものか。聞いて答えてくれるのか。それもまた不明だ。

 俺はどうするべきなのか。留美は何を俺に求めているのか。

 だが、しかし、なぜ。答えの出ない問いを考えながら、歩くことしばし。

 

「八幡、ここでいい」

「ん、もう近いのか?」

「うん」

 

 留美がそう言い出したのは、公園の脇だった。滑り台やブランコがある典型的な小さな公園だが、すでに人っ気はない。

 周囲も人通りはないが、街灯が照らす住宅街だ。ここで留美と別れても問題ないだろう。

 

「そうか。それじゃ、留美。週末に」

「うん」

「……楽しめるといいな、演劇」

「……うん」

 

 言って、俺は留美が駆けていくのを見届けて自宅へと向かう。

 あまり意識せず、林間学校の肝試しと同じように言っていた。

 あの時、俺は留美を取り巻く人間関係をぶっ壊した。今回、俺は留美の何かを壊そうとしているのだろうか。

 それが留美のためになるのかはわからないが、どうにかしてやりたい、と俺が思っているのは間違っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 八幡と留美が去った後の奉仕部部室での会話

「比企谷くんが留美さんをエスコートするとなると、警察の職務質問対策が必要かしら」
「あはは。かもね」
「あー、休日の夜に小学生の女の子を連れまわす目の腐った男子高校生。ヤバいかもですね」
「それなら、眼鏡なんかどうかな。お正月にヒッキーと買い物行ったとき眼鏡屋さんにいったんだけどさ、結構似合っててビックリしたんだよね!」
「ほう。お正月に、買い物、ですか?」
「あ、ふ、二人っきりじゃないよ! 小町ちゃんと一緒だったし」
「小町ちゃん……ああ、先輩の妹さんでしたっけ。私まだ会ったことないんですよね」
「おそらく、来年度になれば会えるわよ。この高校を志望しているし、試験も大丈夫でしょうから」
「へー……ところで、先輩ってやっぱり年下好きなんですかね?」
「……それはどういう意味で言っているのかしら?」
「ひっ。い、いや、私がどうこうじゃなくてですね。ほら、留美ちゃんと私たちへの対応が違うなーって思って。自転車置いてまで送っていくし」
「ヒッキーは年下の子に対してはあんな感じだよ。自動的にお兄ちゃんになるって言ってたし」
「なるほど……留美ちゃん、意外と伏兵になるかもですね」


という会話があったとかなかったとか。


一応、『劇団季節』は『劇団四季』、『劇団たんぽぽ』は『劇団ひまわり』です。
じゃあまた次回。


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