物理的に執筆できない状況でしたので悶々としておりましたが、このたび書ききることができました。
留美とデート(のことについて)、修羅場(誰とは言ってない)ということで挿話でございます。
じゃあどうぞ。
俺は悩んでいた。
なんだかんだで今週の土曜日、留美とデートをしなければならなくなった。そのことについては、そこに至る経緯等思うところがないわけではないのだが問題はない。ただ、どこでデートをするかについてだった。
留美の学校の連中に見られるようにデートをして、留美には恋人がいると喧伝しなくてはならない。そのためには留美を知っている連中に見られる場所でデートをしなくてはならない。それも、できるだけ仲睦まじく。
留美と二人きりで出かけるのは、数か月前、東京に演劇を見に行って以来だが、今回は知り合いがいない場所でデートをしても意味がない。近所の中学生が集まりそうな場所で、留美が楽しめる場所とはいったいどこだろうか。
考えてみると、俺は留美のことをあまり知らない。
美少女中学生で、小生意気ではあるが性根は優しく、賢く勇気がある。演劇を見るのが好きでやることにも興味がある。部活は体操部でなかなか高評価を得ているようだ。以前は同級生に孤立させられていたものの、今では友人や理解者がいて学校生活が苦になっていることはないようだ。そして温和な父親とクールな美熟女の母親に愛されている。
……色々あって留美自身やら状況やら立ち位置やらは結構把握していた模様。だが、留美の趣味とかどんな遊びをしているのかなど、プライベートなことについてはあまり知らない。
俺自身普通の中学生ではなかったし、まともな中学生活を送っていたなどと口が裂けても言えない。留美も結構特殊ではあると思うが、男女で楽しみ方は全く違うだろう。
そんなわけで、俺は留美とのデートの場所について頭を悩ませていた。
昨夜、試しに小町に聞いてみたところ、
「中学生が集まりそうな場所で楽しめそうな場所? 小町はお兄ちゃんと一緒ならどこでも楽しいよっ! これ、小町的にポイント高い!」
と、まったく参考にならない答えをいただいた。つい先日までリア充よりの中学生だった小町ならいい意見を聞けるかと思ったのだが、この件について小町は俺にアイディアをくれるつもりはないらしい。俺と留美がデートをすることを知っているようだから、俺自身で答えを出せと言うことなのだろう。また無茶ぶりをする。
というわけで、小町以外から中学生が喜びそうな遊べる場所を聞き出せないかと考えているわけだが、そもそも俺はぼっちである。クラスメイトとまともに話をすることすら覚束ない。とはいえ、俺一人で考えたところで答えが出るわけもない。
ここは、腹をくくるしかないか。
さて、誰に聞こう?
1 事情を知っていて気安く聞けるアホの子こと由比ヶ浜
2 リア充の筆頭葉山及びグループ
3 俺と同じくぼっちの川何とかさん
4 我が心のオアシス戸塚
この中なら川何とかさんだな。由比ヶ浜はなぜだか知らんが教室にいないし、戸塚はテニス部の朝練でいない。葉山グループなんて話しかけづらい筆頭だ。川何とかさんにも別の意味で話しかけづらいのではあるが……。
えーっと何だっけ……ああ、川崎だ。
俺は意を決して席に座っている川崎の元へと接近していった。
「なあ、ちょっといいか?」
「へっ!?」
あちらも俺に話しかけるなどと思ってもいなかったのだろう。ボケーッと窓の外を見ていた川崎は、素っ頓狂な声を上げて傍目にもわかるほどにうろたえていた。
「な、なに?」
「あー、その……遊びに行くならどこに行きたい?」
「はぁっ!?」
あまり大きな声を出さないでくれ。目立ってしまう。なんかクラスメイトがこっちを気にしているように思えてしまう。
声を潜めるために、俺は川崎の席の脇に座り込んだ。他の人の席に座るとかできないし。
「え、ちょ……」
「声を小さくしろって。目立つぞ?」
「あ、うん……」
川崎は目をキョロキョロさせながら髪をいじっている。ぼっちが人に接近されると挙動不審になるのは周知の事実だが、川崎は適当にあしらえると思っていたんだがな。葉山の粉かけにもクールに対応していたのに、思いの外対人経験が少ないようだ。
「で、どういうことなの?」
「まんま、そういう意味の質問だ。休みの日に遊ぶなら何して遊ぶのか、どこに行くのか。教えてもらいたい」
「えっと、その……」
俺の質問に川崎は一段とそわそわしだした。そんなに変な質問をしただろうか。
「なーに話してんの?」
なかなか回答をくれない川崎に再度問いかけようとしたところ、俺の苦手な人物が俺たちの元へとやってきてしまった。
その名は海老名姫奈。同じクラスで、女王三浦と仲が良く、そして貴腐人である。ことあるごとに俺と葉山や戸部を掛け算し、頻繁に鼻から欲望を垂れ流している残念美少女な眼鏡っ娘だ。戸塚とならば望むところなのだが、さておき、彼女は川崎と仲がいい、というより懐いている?
「海老名さん……」
「はろはろー、ヒキタニくん、サキサキ」
「サキサキ言うな」
川崎の方は海老名さんを苦手にしているようだが。
「で、何話してるの? なんか沙希が慌ててたから様子見に来たんだけど」
「放っておいてくれてよかったんだけど」
「いや、ちょいとした質問をな」
まあ、ついでだから海老名さんにも聞いておこうか。
「海老名さんは遊ぶならどこで遊ぶ?」
「ん?」
「はい?」
「いや、今度中学生の子を遊びに連れて行かなきゃならなくてな。俺はそういうとこ疎いから、誰かに教えてもらおうかとな」
言うと、川崎はなぜかむっとした顔になり、海老名さんはそんな川崎の顔を見て訳知り顔で頷いた。え、何?
「それで、沙希にどこでどんな遊びをしたいか聞いたんだ? まるでデートのお誘いみたいだね!」
「ちょ、あんた何言ってんの!?」
「そうだぞ。そもそも俺が誘ったところで来るわけないだろ?」
「……」
「……」
え、何この沈黙。俺正しいこといったよね?
川崎は何でか俺を睨んでくるし、海老名さんは呆れたような顔だ。解せぬ。
「まあいいや。それで、中学生の子って、男の子? 女の子?」
「女の子」
「中学生の女の子とデートかぁ……男の子だとはかどるんだけどなぁ」
「ねえよ。ねえ。はかどらせねえよ」
「結衣は知ってるの?」
「由比ヶ浜も知ってる子だし、遊びに行くのは知らない、と思う」
「ふーん」
海老名さんは面白そうな顔で俺を見る。この子はお腐れ様であり愉快犯的なところがあるから、非常に油断がならない。
「あんた、デートするんだ」
「デートというか、まあ、成り行きでな。それで行先に困ってる」
「ふーん」
川崎は、先ほどとは違った意味で髪をいじっているように見える。っていうか、不機嫌そうに髪をいじっていると、改めて三浦とキャラ被りしているよう思える。怖いところとか。
「それで、どこに遊びに行くか、だよね」
「ああ。参考までに」
「私だったら乙女ロード! お店巡りして、喫茶店で戦利品を披露しあってさ!」
「ああ、だろうね……」
「沙希にも行こうって言ってるんだけどさ」
「興味ないって、毎回言ってるよね」
「ぐ腐腐、そうはいっても一度経験したら病みつきになるよ?」
「なりたくないから言ってるんだけどね!」
海老名さんの遊ぶ先は大方の予想通りである。ご腐人には聖地らしい男子禁制の場所である。
そして今、邪教への入信をクラスメイトが迫られているんだが、止めた方がいいのだろうか。ある意味ご本尊である俺が止めたらいけるだろうか。いや無理だな。布教に熱心な人は言葉じゃ止まらないだろうし。
「それで、川崎は?」
「うぇっ、あたし?」
「いや、そもそもお前に最初に相談したんだけどな」
「……最初。まあ、わたしなら休みの日は勉強してるかバイトしてるかだけど……中学のころだったら、手芸の用品店に行ってた、かな」
そういや、川崎は手先が器用だったんだよな。制服も改造しているらしいし、文化祭も体育祭も衣装関係では活躍したし。
「つまり、二人とも趣味に関する店に行くって感じか」
「ま、そうだね」
「私の場合は趣味って言うより生きがいだけどね」
眼鏡をきらめかせている海老名さんはさておくとして。自分の好きなものを扱っている店に行けば、そりゃ楽しいわな。俺だって本屋にはよく行くし。
ただ、そうなると留美の好きな店ってどこだ? 演劇を扱っているのって、本屋かCD屋か。それともスポーツ用品店か。いや、あそこって体操の用品って置いてあるのか? 体操の用品ってなんだ、サポーターか? 留美と店に行ってサポーターを見るのか? それって楽しいか?
「ああ、楽しいところっていうなら……」
「ん?」
「今まで自分に縁がなかったところってのも楽しいかも」
「縁がないところ、ね」
新しい楽しみを知ることができるのも、それは楽しいだろうな。俺が留美に教えられる楽しいこと……読書? 本屋巡りして楽しいかは本人の異質によるんだが、留美はどうだろう。
他にはゲーセンくらいか、教えられそうなのって。留美はゲーセンとかあまり縁がなさそうではある。ダンスゲームとかうまそうだな。俺はさっぱりできないけど。
「だったら、ぜひ乙女ロードに! 新しい世界が開けるよ」
「行かないから」
それがいい。その扉は開いてはいけない腐海への扉だ。
「でもヒキタニくん。遊びに行くことで何より重要なのは場所だけじゃないよ?」
「あん?」
「一緒に楽しめるか、これが一番重要だと思うんだ。誰と行くか、これ大事」
それはそうだろう。例えば、俺が葉山とゲーセンにいったとして、楽しくはないな。戸塚と一緒に行ったときは楽しかった。材木座? 俺のログには何もない。
「それにしてもヒキタニくんがデートの行先に悩んでいるとはねえ」
「言うな。俺だって不思議でしょうがねえよ」
「あんたって、そういうのめんどくさがりそうだもんね」
「いやいや、ヒキタニくんは誘い受けのヘタレ受けだからね。口では嫌と言いながらも体は正直、じゃなかった、強引な誘いを断れない性質だよ」
「言い方。その言い方やめろ。間違っちゃねえけど」
思い返せば、確かに強引に取り付けられた約束でもちゃんと守ってるもんな俺。なんでこんな社畜根性なんだろうか、俺は。
「じゃあ、今度私と池袋行こうよ、秋葉でもいいけど」
「行かねえから。そっちの道に引きずり込もうとするのやめて」
「……だめ、かな?」
「う……」
うつむき加減になって上目づかいでこちらを見てくる海老名さん。三浦が友達に選ぶだけあって、ルックスは確かにいいんだ。一色が似たようなことをよくやってくるが、それとはまた違った破壊力があってたじろいでしまう。
「ね? こんな感じだよ沙希」
「……あんたって、本当にチョロイんだね」
「うっせ。自覚してるよ」
川崎に礼を言って席に戻ろうとしたところ、何故だか海老名さんまでついてきた。なんでこっち来るの? 三浦んとこ行けよ。
「ねえヒキタニくん。デートする子って、どんな子?」
「……海老名さんも知ってる子だよ。去年の林間学校の時にハブられてた子、覚えてないか?」
「ああ、あの子。何でデートすることになったの?」
「まあ、色々とあってな」
「……ふーん、そっか」
「何?」
「ううん。何でもないよ」
何やら海老名さんは楽しそうに笑っている。誰かと掛け算しているときとは違うようだが、何を考えているやら。
っていうか、そろそろ離れちゃくれねえかな。戸部がこっちをチラチラ気にしてんだよ。
「それじゃ、頑張ってね。あ、気が向いたら私と乙女ロードに」
「行かねえってばよ」
「ふふっ。押せ押せでいったら頷いてくれそうだね」
ヒラヒラと手を振って海老名さんは離れて行った。
うーむ。あの子はやっぱり謎が多いな。
昼休みはいつものベストプレイスで昼食だ。
焼きそばパンを頬張りながらテニスコートからの定期的なポーンポーンという音に耳を傾ける。
時折、戸塚が部員を叱咤するような声が聞こえるが、声の感じからして激励しているようにしか聞こえない。ああ、戸塚にがんばれ♡がんばれ♡、とか言われたら、俺はどこまでも頑張れるだろう。なんで俺はテニス部に入部しなかったのか。入っていたら面倒ごとが多すぎてどうにもならなくなっていただろうが。
パンを食べ終え、スポルトップを傾ける。今日はマッ缶の気分ではなかったのだが、食後にスポルトップというのも何か違う気がするな。いや、うまいんだけどな。
ボーッと空を見上げていると、タタタッとこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。誰だ、俺のベストプレイスに土足で足を踏み入れてくるのは。
「はちまーん!」
マイエンジェル戸塚だった。ベストプレイスがパラダイスにグレードアップした。
「よっ、戸塚」
「うん、よっ」
手を上げると戸塚も手を上げてくる。このやりとり、いいなぁ。幸せがこみ上げてくるようだ。
戸塚はそそくさと俺の隣に座る。自然と俺と肩を並べてくれる。ああ、戸塚とずっと一緒にいたい。
「練習はもう終わりか?」
「うん。午後が移動教室の子もいるからね。早めに切り上げたんだ。それに……」
「それに?」
「へへ、八幡がここにいるのが見えたから」
キュン
あ、俺今恋に墜ちたわ。もう墜ちてたけど、今改めて落ちたわ。何でこんなに戸塚は可愛いのか。戸塚がいれば世界に戦争はなくなる。これは間違いない。
「八幡は何してたの?」
「ちょいと考え事をな」
「ふーん。何を考えてたの?」
いまだに留美を連れていく場所を考えていたんだが、結局考えはまとまらなかった。
そうだな。朝、戸塚は不在で聞けなかったから、聞いてみるのもいいか。
「去年の夏休み、ハブられてた小学生覚えているか?」
「ハブられ……うん、名前は覚えてないけど、可愛らしい子だったよね?」
「まあな。あれから色々とあって、その子を今度遊びにつれてかなきゃならないんだが、中学生女子をどこに連れて行ったものか、中々思いつかなくてな」
「中学生か……難しい年ごろだよね。って僕たちも三年前まで中学生だったけど」
うーん、と可愛らしく唇に指をあて考え込む戸塚。
「前に遊びに行ったときは映画とかゲーセンに行ったが、他に何かネタはないかと思ってな」
「うーん、僕は八幡とだったらどこに行っても楽しいと思うけど」
「え?」
「あっ!」
つい漏らしてしまったかのように、戸塚は口を押える。その顔は朱に染まっていた。
どうしてこうも戸塚は俺のことを胸キュンさせるのか。死因萌え死にもしくは戸塚、ありえそうで困る。
「とと、とにかく! 遊びに行くところを探しているんだよね!?」
「お、おう。事情があって近くにしか行けないんだが、戸塚はどこかいいところ知らないか?」
「近くかぁ……あ、スポーツセンターなんかどうかな?」
「スポーツセンター?」
そういえば駅前にそんな施設があった気がするな。バッティングセンターとかフットサルコートがあったのは覚えているが、あまり気に留めていなかった。
以前に戸塚と行ったことはあるが、その時はテニスコートにしか行っていなかったし。
「うん。確か八幡の最寄り駅近くのとこは室内でテニスができるんだよ。レンタルもしているから手ぶらで行っても楽しめると思うよ、中学生の子たちもよく見かけるよ」
「テニスか」
留美はテニスをやったことがあるだろうか。中学生なら部活以外でやることはあまりなさそうではあるな。
新しい楽しさを一緒に経験することができる。川崎や海老名さんが言っていた要素とも合うし、悪くないかもしれない。
「それいいかもな。サンキュ戸塚」
「ううん、役に立ててよかったよ。けど……」
「ん?」
言いよどむ戸塚を見ると、何やら顔を赤くしてモジモジとしている。
なんだろう、俺の濁った心が浄化されていくような、心の内から湧き出るこの感情はいったいなんだ。
「今度は、僕とも遊んでほしいな、って」
わかった。これは愛だ。
光に包まれて安らいでいく心とは別に、俺の胸の動悸はどんどんと高鳴っていった。
放課後。ホームルームが終わると同時に席を立つ。
由比ヶ浜から一緒に部活に行こうと誘われてはいるが、教室を一緒に出ては目立つ。ぼっちは静かにひっそりと陰に潜むでござる。ニンニン。
とはいえ、由比ヶ浜を蔑ろにすると後々面倒だ。というわけで、途中の廊下で由比ヶ浜を待つ。
待つのだが、少しするとタタタッと廊下をかける音が聞こえる。全くせわしない。
壁に寄りかかっている俺を見つけると由比ヶ浜は速度を緩める。並んで部室に向かう由比ヶ浜の顔はむうっと膨れていた。同い年のはずなんだが子供っぽく、しかしそれが不思議と似合っている。
「ヒッキーはなんであたしと部室に行きたがらないの?」
「一緒に向かってるじゃねえか」
「じゃなくて! 教室から一緒に行ったっていいじゃない」
「だってお前三浦たちと話してるだろ。俺にそれを待ってろっていうのか?」
「うう……そうだけどぉ。たまにはいいじゃない」
休み時間はイヤホンをつけて寝て時間をつぶしているが、放課後にまでそんなことをする必要はない。
由比ヶ浜は何やらぶつぶつと言っていたが俺は聞き流していた。
そうして由比ヶ浜と奉仕部部室へ向かっていたのだが、不意に由比ヶ浜が俺の袖を引いてきた。どうしてこうも俺の袖は引かれやすいのか。
「ねえヒッキー?」
「ん、どうした?」
「その……留美ちゃんの恋人役のことなんだけど、あれどうなったの?」
「ああ、あれな。今度の土曜日デートすることになった」
「えぇっ! デート!?」
大きな声を出すな。通りすがりの人が驚いているじゃねえか。
「ど、どど、どうして留美ちゃんとデート!?」
「なんでお前が焦ってるんだよ。お前らが結託して俺を陥れたから留美とニセコイやってんだぞ。留美を唆したのお前らじゃねえか」
「うう……それはそうだけど。あたしは最後まで反対したんだよ! でも、ゆきのんも納得しちゃったし」
由比ヶ浜はそわそわしているかと思えば落ち込みだした。実に表情豊かだ。
しかしまあ、雪ノ下が陥落したのなら由比ヶ浜が口出しするのは難しいだろう。雪ノ下もこういった方面で小町と一色に口で勝てるとは思いにくいし、なんだかんだで丸め込まれてしまったのだろうな。
「そんなわけで、恋人いますアピールのために誰かに見られるようなデート場所を探していたんだが、難航してる。俺デートなんかしたことねえしな」
「は?」
言うと、由比ヶ浜が低く冷たい声を出した。背筋が冷たくなった。なんだこのプレッシャーは! 乳タイプだとでもいうのか!
「え、何? ヒッキーあたしと花火に見に行ったじゃん! それにいろはちゃんとも遊びに行ってるし! それで、何? デートしたことないって!」
「お、落ち着け由比ヶ浜。っていうか、あれってデートだったのか?」
「あたしはそのつもり、だったのに……」
沸点が一気に上がった由比ヶ浜だったが、一気にへこんだ。なんだこのいたたまれなさは。すごく悪いことをした気になってくる。
「ああ、いや、その、な? デートをしようって行ったことがないって意味でな」
「ゆきのんと三人で水族館デート行ったじゃん……」
「まあ、それはそうだが、三人だったろ? 二人っきりでデートするってのは、初だしな」
「むう……」
言うと、由比ヶ浜はまたフグのように頬っぺたを膨らませた。そんな表情すら由比ヶ浜には似合っていると思ってしまう、ダメな俺である。
「……じゃあヒッキー。今度あたしとデートして?」
「は?」
「結局、まだハニトー奢ってもらってないし。いいでしょ?」
「……まあ、そうだな」
由比ヶ浜とデート、か。字面にするとやたらと恥ずかしいなこれ。
留美とならまだ子供の相手って感じで納得できるんだが、同年代となると、また違った緊張感がある。
「それじゃ、今度な」
「……うん」
いつになくしおらしい由比ヶ浜の様子にドキリとしてしまう。
それから部室までの間、一言も会話をすることなく、俺と由比ヶ浜は並んで歩いて行った。
奉仕部に到着して、部室の中に入れば由比ヶ浜はいつもの通りに雪ノ下の隣に陣取り、先程俺に見せたしおらしさは全く見せなかった。女子の切り替えの早さに俺は慄くばかりだ。
さて、俺は今朝から知り合い連中にデートの行先について相談し、スポーツセンターでテニスをしようかとの結論に落ち着いたわけだが、それが正解と言えるだろうか。
団体行動においては三歩下がって付いていく俺だから、誰かを案内することは不慣れだ。紳士であり兄であるからエスコートをするのはできなくはないのだが、妹ではなく恋人(仮)として行動するとなるとさっぱりわからん。
俺の選択が正解とわかるのは留美とのデートを完遂した時で、検算はできない。だが、似た問題から類推することはできるだろう。
前々から思っていたが留美と雪ノ下は似ている。外見だけではなく、芯が強いところだとか擦れているように見えて心優しいところだとか……時折俺をドキリとさせるところだとか。まあ、俺はいつも女子と話すときは動悸が激しく緊張して手汗やらいろいろなものを吹きだしているんだが。
以前に留美が奉仕部を訪れた時も雪ノ下と留美の波長は合っているように思えた。つまり、雪ノ下のお気に召すデートプランであれば留美も気に入ってくれるのではなかろうか、という目算である。
いや待てよ。テニスが得意な雪ノ下をスポーツセンターに連れて行っても俺が主導できるわけはないな。となれば、雪ノ下がどこに連れて行ってっもらえたら楽しめるか、か。
「なあ、雪ノ下」
「何かしら比企谷くん」
「お前デートするならどこがいい?」
「……は?」
「ヒ、ヒッキー!?」
俺の問いに雪ノ下は茫然とこちらを見、由比ヶ浜は慌てていた。お前はさっきの俺との話をもう忘れたのか。
チラリと見やると思い出したのか、納得したようにほっと息を吐いていた。そういう反応されると俺も困るんだがな。
「な、何かしら、急に?」
「いや、純粋な疑問だよ。雪ノ下はどういうデートをしたら楽しいのかなって」
「そ、そう……」
雪ノ下は読んでいた本を閉じ、窓の外を見ながら髪をいじっていた。髪の長い女の子はことあるごとに髪をいじっている気がするな。川崎も三浦もそうだった。イラついているときとか困っているときとか、さて雪ノ下はどっちだろう。
「その……私はデートというものをしたことがないからよくわからないのだけど」
「ゆきのんまで!? あたしたち水族館行ったじゃん!」
「あ、あれは三人でだったじゃない。比企谷くんと二人で出かけたことは、その……あら、何回かあったかしら?」
「三人で出かけて、帰りに二人になったことはあったかな」
「え!? 何それ、あたし聞いてない!」
確かに何回かはあったが、だいたいは小町の策略だった。後は平塚先生のラーメン行脚の道連れにされたりとか。出かける理由も由比ヶ浜が関わっていることばかりだ。誕生日プレゼントを買いに行くだったり初詣の帰りだったり。わざわざ言うことでもなかっただけだ。
だが、女の子は自分の知らないところで友達が男と二人きりになることを厭う感がある。由比ヶ浜もその例に漏れずと言ったところだろうか。その割にディスティニィーの帰りには一色と二人きりにされたが。あれ、そうなると由比ヶ浜は一色を友達と思っていない可能性が微粒子レベルで存在している? いや、後輩だから、また別なのだろうか。
「そもそも私と比企谷くんがデートをするとかありえないのよ。この私が社会の底辺を這いずるヒキガエルくんなんかと。だからそもそもその質問自体無意味というほかないのだけれど、それでもあえて言うならば落ち着ける場所がいいかしら、私は騒がしい場所や人込みは苦手だし、比企谷くんも同じ考えだと思うから必然的にそういう場所になるのではないかしら」
雪ノ下が焦ったり気まずさを誤魔化そうとして饒舌になるのはわかっちゃいるが、息を吐くように俺を罵倒するのはやめてくれねえかな。いつものことだから別にいいとして。
雪ノ下は落ち着ける場所か。人込みがなく静かで落ち着ける場所となると……
「図書館とか博物館とかか?」
「……そう、ね。行ってみたいと思える、かしら」
「なんか知的だね。でも博物館はともかく図書館でデートって、何するの?」
「……本読んだり勉強したり?」
「それ、あたしがいないときのゆきのんとヒッキーじゃん」
そうすると俺と雪ノ下は学校でデートしているも同然?
いやいや、何を馬鹿なことを考えているんだか。と思ったら、雪ノ下も似たようなことを考えていたようだ。
「な、何を言っているのかしら由比ヶ浜さん? 私とこの男が部室でデートをしているとでも言うつもり?」
「え、いやー、そこまでは言ってないけど。っていうかゆきのん焦りすぎだよ。ヒッキー、多分ゆきのんをデートに誘ってるわけじゃないよ?」
「え?」
え、雪ノ下は俺がデートに誘っていると思ってたのか? 俺はただデートするならどこに行きたいと聞いただけなんだが。
そうなると、図書館とか博物館ってのは、俺と行きたい場所と思って答えてくれてたのだろうか。いやいや、図書館とかは俺が言い出したことだったか。
途中からデートするならどこに行きたい、から俺とデートするならどこに行くに話が変わっていたからな。話がごっちゃになっていたのだ。
「あー、そのな。今度留美とデートをして留美の恋人は実在するっていうのを誰かに見せることになってな。それでいろんな人に意見を聞いていたところなんだ」
「そう……それであんな聞き方をしたの」
あれ、この部屋なんか寒くない? もう冬は過ぎ去ったはずなんだけどな。にこりと笑っている雪ノ下だが、笑顔って攻撃的なものなんだなと再認識した。
「……それで、留美さんとどこへ行こうというの? わかっていると思うけれど、留美さんは中学生よ。あまり変なところに連れて行こうというのなら、すりつぶすわよ」
「何をだよ。怖えよ」
今、背筋がゾクッとした。首筋に冷水を足らされたかのような感覚がした。本当に雪ノ下は留美のことが好きなんだろう。やはり雪ノ下による地球温暖化防止計画を実現させるべきだな。
「年齢制限があるようなところには連れて行かねえよ。今考えてんのはスポーツセンターだ」
「スポーツセンター? 何するの?」
「テニスかな。戸塚が言うには手ぶらで大丈夫らしいし、室内だから雨も問題ない。中学生も結構来ているらしいからな」
雪ノ下はいつもの唇に指をあてる体勢で何やら考えている様子だ。俺のプランを留美がお気に召すか、考えているのだろうか。
「で、その後喫茶店にでも行って一息ついて終わり、かな」
「えー、そんだけ?」
「留美の部活の都合上土曜日の午後しか空いてなくてな。そんだけとは言うが、ずーっとテニスやってるのもきついだろ。夕飯の時間まで留美を拘束するわけにもいかんし、一息つくには喫茶店ぐらいでちょうどいいだろ。サイゼでもいいとは思うけどな」
「うーん、確かに疲れちゃうかなー。っていうか、ヒッキー。デートでサイゼはダメ、絶対。普段ならいいけどデートだったらダメ」
「何? お前サイゼディスってんのか、コラ?」
「何でヤンキー風になってんの!? あたしもサイゼは好きだけど、デートするんだったら喫茶店の方がいいってこと!」
む、まあその意見には頷かざるをえないな。サイゼは非常に落ち着く場所ではあるが、ある種殺伐としている場所でもある。学生が無駄に時間をつぶすためによく使われて、リア充どもがうざったい時も多々ある。何であいつら人前であんなに騒げるのか、一生俺には理解できないだろう。人に見られる目的からするとサイゼでもいい気がするが、一息つくとなると喫茶店の方がいいのかもな。
「……まあ、いいのではないかしら? 比企谷くんが相手というところが唯一にして最大の問題だけれど」
「前提条件から却下されちゃったよ」
「あなたが存在する限り消えない問題よね」
「なんだそのジレンマ」
口を開いたかと思えば答えの出ない問題を提示してきやがった。だが、プランについて否定はされなかったから、及第点はもらえたとみていいのだろう。
ならば、あとは俺が留美を楽しませてやれるか、だな。
誰と一緒に遊ぶかが重要と言った海老名さん。俺と一緒ならどこでも楽しいと言ってくれた小町と戸塚。さて、留美は俺と一緒なら楽しいと考えてくれるだろうか。
俺は、留美のことは嫌いではない。女子全般苦手ではあるが年下だし、妹のように大事に思っているし、まあ、好きではある。面と向かっては言いにくいが。面倒とは思うものの、楽しませてやりたいし問題があるなら解決してやりたい。また何やら問題を抱えているようだし。
決戦は土曜日、だな。
「こんにちわー! 遊びに来ましたよっ」
「どもどもー、お兄ちゃん、ちゃんとやってる?」
ほうっと一息ついたころに、まるで常連の客のように現れたのはわが校の生徒会長一色と我が愛する妹小町だった。
あれ、これひょっとしてまた説明しなきゃいけないパターン?
「何のお話してたんですかー?」
「ああ、ちょっとな」
「ヒッキーのデートのお話し」
「は?」
「え、お兄ちゃんが、って、ああ、あれですか」
「先輩、どういうことですか?」
一色がひっくーい声を発し俺を見る。副音声が『おう、キリキリ吐けやこら』と言っているようだ。
ああもう……めんどくせー。
挿話を思いついてしまったので次も入れて、その後に留美とのデートになるかもしれません。
適当ですいません。