踏み出す一歩   作:カシム0

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中学生編です。
どうやらこの作品がランキングに乗ったようで、ビックリしています。
そんなわけで中学生編を早々に投稿します。
テンションがあがったので、半ばまで書いていたのを一気に書き上げてしまいました。

じゃあどうぞ。


中学生編
鶴見留美の中学校生活は一筋縄ではいかない。


 

 

 

 

「鶴見さん、俺と付き合ってほしい!」

「ごめんなさい。私あなたのことよく知らないし、付き合うことは出来ません」

「だ、だったら、俺と友達になって俺のことをよく知ってくれないか?」

 

 しつこい。

 なんとか角が立たないように断ろうとしているのに。

 今日私を呼び出したのは、サッカー部の三年生の先輩だ。顔はいわゆるイケメンといえるだろうし、背も高くエースと呼ばれている人らしいから運動神経もいいのだろう。同級生の子がこの人に熱を上げているのだから、内面も悪くは無いのではないか。私はよく知らないし、もっと言うなら興味がないけど。

 

「すいません。取り立てて友達が欲しいと思ったことないので。もう行っていいですか?」

「そ、そうか……引き止めてごめんね」

 

 実にめんどうくさい人ではあったけど、全く話したことはなくても、それでも先輩は先輩だ。

 最低限の礼儀として私はぺこりと頭を下げて、呼び出された校舎裏を去る。

 まったく、これから部活だというのに。部活をする時間が短くなってしまったじゃないか。

 

 

 

 

 

 私の名前は鶴見留美。中学一年生の女子である。

 自分で言うのもなんだが、私はもてる。全くうれしくないけど。

 お母さん譲りの髪はサラサラのロングで手入れは怠っていない。

 顔立ちは、とある男が言うには綺麗と可愛いが一緒になっている稀有な例、らしい。その男からすると、綺麗で凛とした先輩の妹でも通じそうだとのこと。自分でもその人を意識しているつもりはある。

 スタイルは、まだ中学生になったばかりなのだから、まだまだこれからだ。頭はちょっと弱いけどスタイル抜群の先輩までとはいかなくとも、それなりには成長して欲しいと切に願うところ。

 そんな私に、なぜか大して話したこともない男が同級生、先輩問わず、何人かが告白してきたことがある。

 

「鶴見、彼女になってくれ」

「鶴見、いや、留美。俺と付き合えよ」

「鶴見さん、君の事を一目見たときから好きになってしまったんだ」

 

 これらは特にひどいと思った一例である。

 同級生だから苗字を呼び捨てされるのは別にかまわないけど、何を勘違いしているのか少女マンガの俺様キャラのようだったり、許した覚えも無いのに名前を呼び捨てたり。最後のは一言も喋ったことも無い先輩だったから、背筋がゾワッとしたものだ。

 私はそれらの告白を全て断っている。どうしようかと悩むそぶりを見せたり、お友達からなんて未練を残すようなことはせず、全てバッサリと。

 だって付き合う気が無いのだからそう言うしかないじゃない。

 私に告白してくる男子は、なぜか女子達に人気がある人だったりするものだから、実はそちらの方が面倒だったりする。

 何であんなのがいいのかはわからないけど、女子達は私が調子に乗っているだの、男を手玉に取る悪女だの、そういった噂を流してくれるのだ。

 ある先輩は、中学校は小学校の延長だ、と言っていたがそのとおりだった。同じ小学校から進学した同級生とは当時の関係を引きずってしまっているため距離があり仲良く出来ず、別の中学から来た子達はそんな私を敬遠していた。

 それでもまあ、仲良くしてくれる友達、というのは出来たのだけど。

 その子たちもいるし、可愛がってくれる先輩達もいるし、色々と頼りになるあいつもいる。

 だから私は変な噂に惑わされること無く、孤立ではなく孤高でいられる。

 私は見目が整っていて、口数少なくクールであると思われていて、そして、部活で期待の進入部員であるようだ。

 友達が言うには、『氷の妖精』を誰が落すのか、などと話の種になっているらしい。実にくだらない。

 そんなことを考えながら、私の足は体操場に向かっていた。今日は男子体操部がランニングなど基礎練習をするため、女子がフロアを全面使える日なのだ。

 

 

 

 

 

「すいません、遅くなりました」

「あ、留美ちゃん。まだ準備残ってるから平気だよ」

「ごめん。それじゃ残りは私にやらせて」

 

 さっきの先輩は適当にあしらったけれど、それでもホームルームが終わってすぐに来た子達からは遅れてしまっていた。

 私に声をかけてくれた子は山北真希ちゃん。私と同じクラスで変な噂に惑わされず仲良くなってくれた子だ。人付き合いに臆病になっている私でも、この子が女のドロドロした部分を持ち合わせるとは思えないほどのいい子だ。

 

「鶴見さん。遅れてきたのって、また告白されたからってホントー?」

「あーあ。もてる人はやっぱり違うよね」

「ねー」

 

 そしてめんどくさいのがこの部活にもいるのだ。めんどくさいけど私が遅れたのは事実。

 

「遅れてごめん。あとは私がやるから、休んでて」

「……何よいい子ぶって」

「遅れると私たちまで怒られるんだから、早く終わらせるよ」

 

 めんどくさいが、いやな子達でないのも事実だった。彼女らはブツクサ言いながらも準備を手伝ってくれる。

 

「ありがと。私マットやるから」

「留美ちゃん、一緒にやろう」

「うん」

 

 そうして、私達は部活開始時間までに準備を整えるのだった。

 

 

 

 部活が開始して、私達新入部員がすることはやはり基礎ばかりだ。準備運動、柔軟体操、そして何より倒立。壁に背を向けた普通の倒立、腹を壁に向けた壁倒立を経て、壁なし倒立へと段階を経る。

 私は、体操の才能でもあったのか、ずっと続けている毎晩寝る前の柔軟が功を得たのか、新入部員の誰よりも早く次の段階へ到達していた。これもやっかみを受ける原因の一つではあるのだけど。

 床運動、平均台、跳馬に使われる、技につなぐための助走にロンダートと呼ばれる技がある。体操を見たことがある人ならばその重要性はわかるだろう。

 ロンダートからバク転、宙返り、というのが一連の流れなのだが、とうとう今日、私がその技に挑戦することになった。

 

「鶴見。やってみなさい」

「……はい」

「緊張するなとは言わないけど、補助する私達を信じて思いきりよく。躊躇すると失敗するわよ」

「はい」

 

 普段練習している体操場の端とは違い、床のマットが私のために空けられた。掃除をしたことは何度もあるけど、練習でここに来るのは初めてだった。

 ふと、深呼吸をする。部員のみんなは練習をやめて私の動向を見ている。真希ちゃんや、同級生達もこちらを見ている。

 その真希ちゃんが手をぎゅっと握り、頑張って、と口が動いているのが見えた。自然と顔に笑みが浮かび、緊張が解けた気がする。

 リラックスはできた。ロンダートもバク転も後方宙返りも一つ一つはできることを繋げてやるだけ、できない事ではない。補助につく先輩達がいる以上もっとできる。

 

「私のほうがもっと一人でできる」

 

 口の中で、あいつが以前に言った言葉を呟いてみた。口にすると実に馬鹿みたいではあるけど、できないわけがないと思えてくる。

 私は、マットを抱えている先輩達に向けて助走を開始した。

 

 

 

 

 

 部活が終わり、私は真希ちゃんと一緒に下校していた。帰る方向が一緒というのも、真希ちゃんと仲良くなった理由の一つだった。

 

「いやー、今日も疲れたね」

「そうだね。腕がパンパンになってる」

「腕がムキムキになったらどうしよう」

「さすがにそこまでいくには練習が足りないんじゃないかな」

 

 今日、私は床運動の技の基本形を成功することができた。所詮私は新入部員の一人であるからいつまでもマットを占有するわけにはいかず、身体に馴染むまで練習を続けるわけにはいかなかった。

 人間観察はぼっちのたしなみ、と言う奴がいるのだけど、周りを観察することは確かに重要だ。技を成功させた私は真希ちゃんたちと同じ基礎練習に戻ったのだが、迎えてくれたのはにこやかな真希ちゃんと他の数人による尊敬と嫉妬の眼差しだった。

 人間生きているだけで摩擦は生まれる。最低限の関わりでもって生きていくのもそれはそれでありかもしれないが、私はやりたいことを見つけてしまった。

 人間関係の摩擦を恐れてやりたい体操をやらないという選択肢は私には持てなかった。

 

「そういえば留美ちゃん。呼び出しは、いつものあれ?」

「え、うん。サッカー部のエース、らしいけど」

「ああ、うちのクラスにもファンの子多いらしいよ」

「そうらしいね。明日また面倒かな」

 

 明朝のクラスでどうなることやら。遠巻きにひそひそとされるくらいなら無視していればいいけど、直接嫌味を言われるのはそれなりに堪える。気にはしないけどきつくないわけではないのだ。

 わざわざ摩擦を大きくするつもりは無いけど、面倒だ。

 

「ここは、前に言ってた作戦をやるしかないんじゃない?」

「作戦……ああ、あれね。根回しはしておいたけど……」

「助けてくれそうなの?」

「それは大丈夫だと思う。ぶつぶつ文句は言いそうだけど」

 

 それでも真希ちゃんの他にも数人ほど、噂を気にしないでいてくれる子がいるから気は楽だ。

 とりとめない雑談をしながら真希ちゃんと帰っていたところ、道の向こうから自転車が通るのが見えた。

 自転車に乗っているのは、私が知っている男だった。

 

「八幡」

 

 私は声をかけて手を振ったのだけど、その男八幡はこちらに気づき、よっとばかりに手を上げて、なんとそのまま走り去ろうとしていた。

 

「八幡!」

 

 私自身も珍しく思うけど、大きな声を上げて八幡を呼び止めていた。さすがにちょっとイラついてしまった。

 隣で驚いている真希ちゃんに待っててもらい、急ブレーキで自転車を止めた八幡のところへ駆け寄る。

 

「よ、よう、ルミルミ。久しぶり、か?」

「その久しぶりに会った人に呼び止められて、そのまま行っちゃうってどういうこと? あとルミルミっていうのキモい」

「何だと、もう三回言ってみろ」

「キモいキモいキモい」

「ほ、本当に言いやがったな、お前」

「お前じゃない、留美」

「二人称代名詞くらい使わせてくれよ、留美」

 

 このやり取りは時折繰り返している。色んなバリエーションがあるけど。

 自転車から降りた八幡は、相変わらずちょっと猫背で目が淀んでいた。街中で知り合いに出会ったくらいでは行動を変えようとしない辺り、筋金入りのぼっちだ。

 憧れはしないけど、見習わなくてはならないところがあるような、ないような、そんな男子高校生。

 

「る、留美ちゃん?」

 

 真希ちゃんが私たちのところへ小走りに駆け寄ってきた。まだ驚いているようだけど、そんなに私の大きな声って珍しかったかな?

 

「友達か、留美?」

「うん。山北真希ちゃん。同じクラスで同じ部活で帰る方向が一緒の、友達」

「そうか、友達できたか」

 

 八幡が笑っていた。

 何というか、慈愛に満ちたというか、人付き合いの苦手な妹が友達ができたと聞いた兄のような、そんな笑顔。何だか気恥ずかしいような、むずがゆいような。

 

「八幡、笑顔気持ち悪い」

「ぐっ、キモいより気持ち悪いの方がダメージでかいんだぞ」

「知らないよ、そんなこと」

 

 八幡のことを知らない人には、八幡の笑顔は見せないほうがいい。上級者向けだ。

 

「ごめんね、真希ちゃん放っておいちゃって」

「ううん、それは別にいいんだけど。紹介してもらってもいい?」

「うん。比企谷八幡。総武高校の三年生で、私の……友達」

「俺なんかと友達でいいことないから、知り合いにしとけ」

 

 その言葉にムッとしてしまう。

 実際私たちの関係はよくわからない。近所のお兄さんというほど家が近いわけでもないし、同じ学校でもないから先輩というのもおかしいし。

 ぼっち仲間という意味でも友達が一番しっくりくると思っていたんだけど、八幡はそうは思ってくれていないのかな。

 八幡らしいといえばらしいけど。

 

「はじめまして。留美ちゃんの友達の山北真希です。よろしくお願いしますね、八幡さん」

「お、おうよろしくな山北さん」

「真希でいいですよ?」

「いや、その要求は難易度が高い。勘弁してくれ」

 

 さすが真希ちゃんは私と違って人付き合いが上手だ。真希ちゃんはすごいな。初対面の、あの八幡と、目が腐っていて挙動不審な年上の男とあんなふうに話せるなんて。

 真希ちゃんがコロコロと笑っている。身の回りにそうそういないタイプだもんね、八幡は。

 それはいいんだけど、八幡がにやついていて気持ち悪い。

 

「八幡。そのにやついた顔どうにかしないと通報されるよ」

「……どんどん雪ノ下に似てくるな、留美は」

「ふふふっ」

 

 雪乃さんに似ていると言われるのはうれしいな。それはそれとして、なんで真希ちゃんは楽しそうにしているんだろう。

 

「ところで、部活帰りなんだよな? 調子はどうだ?」

「今日新しい技覚えたよ。基本技だけど」

「へえ、頑張ってんだな。しかし新しい技とか、なんかかっけえな」

「ちょうどいいからお祝いに何かおごってよ」

「何がちょうどいいのかわからんが、晩御飯食べられなくなるからやめときなさい」

 

 渋る八幡だけど、確かに今から八幡におごらせていたら帰りも遅くなってしまうかな。またの機会にしよう。真希ちゃんをあまり長く付き合わせてもいけないし。

 

「ところで留美ちゃん。例の作戦のお願いするのって、八幡さん?」

「ん? うん、そのつもりだけど」

「今お願いしちゃったらどうかな」

「あん? なんだ作戦とかって」

 

 真希ちゃんの言う作戦とは、さっきも話していたのだけど私に告白してくる男子への牽制と同時に、女子のやっかみを減らすためのものだ。

 周りを気にしておもねるのは性に合わないし、媚びるのはもっといやだ。かといって無闇に摩擦を大きくしたいわけでもない。

 そう考えた私と真希ちゃんの作戦が、それだ。

 作戦の話をしていたときに八幡にあったのだから、確かに話すにはちょうどいいかも。

 

「ねえ八幡。私、今日サッカー部の先輩に告白されたんだ」

「お、おう、そうか。留美は可愛いし、そういうこともあるだろうな」

「中学入ってから……えっと、五、いや六人目かな」

「ほー、すげえな留美。で、それを俺に言ってどうするんだ?」

「いい加減断るのめんどくさいから、彼氏がいることにしようと思って。その役八幡よろしくね」

「え、いやだよ。めんどくさい」

 

 作戦とは、少女マンガとかでもありがちな『私彼氏いるんです』作戦だ。架空の人物でもいいけど、実在していてなおかついちゃついているところを誰かが見ていれば、勝手に噂が流れてくれるだろうという他人任せでありながら効果が望めそうな作戦である。

 

「即答したね」

「留美ちゃんのために助けて欲しいんですけど」

「いや、まあ、留美が困ってりゃ助けるけどさ。そのやり方じゃなくていいだろ。だいたい俺じゃなくてもいいだろうし、いるとだけ言っておけば確認とりようが無いだろ」

 

 同じ学校の人に頼むのはリスクが高い。信憑性は増すだろうけどその人に迷惑がかかるし、そもそも頼める人がいないし、いちゃつきたいと思わないし、変な勘違いされても困る。

 となると、私の選択肢は一つしかないわけだ。そもそも八幡以外の誰かを恋人役にしようとは考えてなかったけど。

 

「そう? じゃあ仕方ないね」

「……ずいぶんあっさり引き下がるんだな」

「私のことで八幡を困らせたくないし。ただ私が面倒なことになったって、雪乃さんと結衣さんといろはさんに小町さんにお話しするだけ」

「ちょっと待て。なんであいつらの名前が出てくる。しかも小町まで。面識あったっけ?」

「私、奉仕部女子会ってLINEのグループに入ってるんだ。メンバーは今言った四人と私。小町さんは、この間街でばったり会ったの」

 

 中学校に入ってから、スマートフォンを買ってもらった。アプリはそれほど入れていないけど、結衣さんとメールをしたときにLINEでグループを作った話を聞き、私も入れてもらったのだ。

 みんなからは二月の件でお世話になってからよくしてもらっている。この間一緒に遊びに行ったりもした。

 小町さんは、言った通り。たまたま会って、カフェに連れて行ってもらってお話をした。

 

「そこで相談して、小町さんから八幡の使用許可をもらったの」

「使用許可って、俺は物かよ」

「雪乃さんは奉仕部の備品だって言ってたけど」

「ああ、そうですか」

「それで、今夜辺りにまたみんなに相談するよ。八幡には断られたから、別の方法は無いですかって」

 

 八幡が嫌がるのはわかっていたから、八幡が頭の上がらない人たちに根回しは済んでいるのだ。

 案の定、八幡はぐぬぬとばかりの表情をしている。断ったら後が怖いのはわかりきっているもんね。今夜、結衣さん辺りから八幡へ怒りのメールが届くことになるだろうし、家に帰れば小町さんがいる。明日登校したら雪乃さんといろはさんがいる。

 別の方法が無いでもないのだろうけど、八幡に手を貸してもらうのが一番手っ取り早い。

 というか、八幡に助けてもらいたい、かな。前の時のように。

 

「もし本当に八幡が嫌なら……別の作戦を考える、けど」

「ぐっ……」

 

 私は八幡に近づき、上目遣いになりながら、かき消えそうな声で、心細そうに八幡の袖を掴む。目を潤ませられるならなおよし。いろはさん直伝の頼み方をしてみる。

 うん。やっぱりあざといね、いろはさんは。あんまり私向きじゃないかな。

 八幡が顔を背けてうなっている。ちょっと赤くなっているかも。効果あり?

 

「それ、一色に教わったのか?」

「うん。ダメ押しでやってみるといいよって」

「あんにゃろ、厄介なやつに厄介な技を伝授しやがって」

 

 八幡は、頭をぼりぼりとかいて、ため息を一つついた。

 

「それ、好きな人がいるじゃダメなのか?」

「恋人がいる方がより効果的だって」

「わかったよ。具体的にどうするかは、また今度でいいな?」

「うん。ありがとう」

「はあ……高校三年生が中学一年生と付き合うとか、演技にしても世間体が悪すぎだろう」

「将来の夢が専業主夫も、そうとう世間体悪いんじゃない?」

「放っとけ」

 

 そうして、八幡は自転車に乗って帰っていった。ずいぶんぐったりしていたように見えたけど、気のせいだろう。

 さて、真希ちゃんとまた雑談をして帰っていたのだが、どうにも真希ちゃんが楽しそうに見える。

 

「真希ちゃん、どうしたの?」

「ん? 八幡さんが助けてくれるなら、留美ちゃんも安心だなーって」

 

 うーん? 確かに真希ちゃんの言うことは正しいんだけど、なんだろう、含みがあるような気がする。

 

「じゃ、また明日ね!」

「うん、また明日」

 

 真希ちゃんと別れ帰路に着く。

 うん。真希ちゃんの様子がちょっとだけ気になったけど、言っていることは最もだ。八幡が私の彼氏役になってくれるなら、面倒は減ると思う。まあ、雪乃さんの言うように、説得力に欠けるかも、というのはあるかもしれないけど。

 

「八幡が私の彼氏、か」

 

 面白くなってしまっていて、帰宅した私はお母さんに「何かいいことあったの」と聞かれるまで、笑っていたことに気づかなかったのだった。

 笑いながら帰っているところ、知り合いに見られていないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は山北真希。中学生です。

 私の友達に、鶴見留美ちゃんという子がいるのだけど、この子がまたすごい子なんです。

 まず、一目見てその可愛さに驚きます。可愛いくて綺麗だし、髪はサラサラで枝毛なんか無い。ふざけて抱きついたこともあるけど、すらっとした体型ながら抱き心地がすごくいい。

 性格は真面目で優しく、控えめだけど芯は強いっていう、どこのヒロインと言いたくなる。そこらのヒロインよりもうちの留美ちゃんの方が可愛いけどね。ちょっとクールすぎると言うか、達観し過ぎているのが玉に瑕かな。

 勉強もよくできて、私の苦手分野を教えてもらっている。逆に私が教えることもあるけど。

 一緒に体操部に所属しており、真面目に取り組んでいる。新入部員の誰よりも早く基本技を成功させ、期待の星なんて言われている。

 そんな留美ちゃんだからか、やっかみを受けることが結構ある。

 普通に留美ちゃんと仲良くなれば全くそんなことは無いと言えるのだけど、知らない人には留美ちゃんはお高くとまっているように思えるらしい。日常生活でなかなか使用しない言葉だよね、お高くとまるって。

 留美ちゃんは可愛く、勉強と運動ができるから、男子にモテて女子に疎まれる。こんないい子そうそういないのに。

 私は、多分一番留美ちゃんと仲がいい。他にも留美ちゃんのいいところを知っていて仲のいい子はいるけど、同じクラスと部活で、帰り道が途中まで一緒なのは私くらいだ。

 多分、留美ちゃんの色んな面を一番知っているのも私だと思っていたんだけど、そんな私でも、今日留美ちゃんが見せた一面は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 部活が終わり一緒に帰っていた私と留美ちゃん。不意に留美ちゃんが足を止め、道向こうの自転車に乗っている男の人、多分高校生に声をかけた。

 

「八幡」

 

 留美ちゃんが手を振って呼びかけたその高校生は、軽く手を上げてそのまま走り去ってしまいそうだった。

 ちょっとした知り合いなのかな、と思ったけど、留美ちゃんはそうは思わなかったようだ。

 

「八幡!」

 

 普段聞かない留美ちゃんの大きな声。ちょっとムッとした顔が可愛い。

 いやいや、え? 留美ちゃんが怒鳴った?

 驚く私をよそに、留美ちゃんは高校生の元へ駆け寄った。

 その様子を見ていると、なんだろう、留美ちゃんの様子が普段とは違う。表現が難しいけど、とにかくあんな留美ちゃんを見るのは初めてだった。

 普段、同い年とは思えないほど大人びた留美ちゃんが何というか、子供っぽい? っていうか、同級生の子たちと同じような感じだ。

 

「る、留美ちゃん?」

 

 恐る恐る留美ちゃんに声をかけてみる。声かけて大丈夫かな?

 

「あ、ごめん真希ちゃん」

「友達か、留美?」

「うん。山北真希ちゃん。同じクラスで同じ部活で帰る方向が一緒の、友達」

 

 えへへ。私は友達と思っていたけど、やっぱり留美ちゃんにもそう思ってもらっていたんだ。わかってはいたけど、改めて言葉にされるとうれしいな。

 

「そうか、友達できたか」

 

 留美ちゃんの言葉に男の人が笑った。

 うーん……微笑ましいものを見る目をしているなぁ。目つきが悪いからギャップがすごい。

 留美ちゃんのことをどう思っているのか、伝わってくる感じはする。

 うん、この人はいい人だ。目つきがちょっと怖いけど。

 

「八幡、笑顔気持ち悪い」

「ぐっ、キモいより気持ち悪いの方がダメージでかいんだぞ」

「知らないよ、そんなこと」

 

 私判定でいい人の男子高校生に留美ちゃんは容赦がない。留美ちゃんってこんなに毒舌だったんだ。いや、これはこの人の前だからなのかな?

 この人だから毒舌でも許されるっていうか、いや、これはただ甘えているみたいなものかな。

 留美ちゃんが甘える年上の男性……ほほう。

 

「ごめんね、真希ちゃん放っておいちゃって」

「ううん、それは別にいいんだけど。紹介してもらってもいい?」

「うん。比企谷八幡。総武高校の三年生で、私の……ともだち」

「俺なんかと友達でいいことないから、知り合いにしとけ」

 

 いい人、比企谷八幡さん。覚えた。変わったお名前だから覚えやすい。

 留美ちゃんはちょっと照れくさそうにともだち、とは言うけど、私のセンサーはビンビン来ている。留美ちゃんの乙女回路はギュンギュン回っていると見た。

 だって、八幡さんが友達じゃない、みたいなことを言ったらちょっとほっぺたを膨らませてるんだもん。可愛い。

 だけど八幡さんは、こんな美少女に好かれているというのにガードが堅そうだ。

 

「はじめまして。留美ちゃんの友達の山北真希です。よろしくお願いしますね、八幡さん」

「お、おうよろしくな山北さん」

「真希でいいですよ?」

「いや、その要求は難易度が高い。勘弁してくれ」

 

 名前で呼ぶと八幡さんはちょっと挙動不審になった。ああ、人付き合いが苦手な人なんだ。せっかく名前で呼んでもいいと言われてもそれを拒否するなんて、筋金入りだなぁ。

 これは留美ちゃんも困っているだろう。

 

「八幡。そのにやついた顔どうにかしないと通報されるよ」

「……どんどん雪ノ下に似てくるな、留美は」

「ふふふっ」

 

 ひょっとして留美ちゃん、私に嫉妬したのだろうか。留美ちゃんの毒舌と八幡さんのやれやれといった感じの対応が面白くて笑ってしまう。留美ちゃんがきょとんとこちらを見るのがまた可愛い。

 

「ところで、部活帰りなんだよな? 調子はどうだ?」

「今日新しい技覚えたよ。基本技だけど」

「へえ、頑張ってんだな。しかし新しい技とか、なんかかっけえな」

「ちょうどいいからお祝いに何かおごってよ」

「何がちょうどいいのかわからんが、晩御飯食べられなくなるからやめときなさい」

 

 学校で見る留美ちゃんとは違って、ちょっと子供っぽく八幡さんに甘えている。八幡さんはそんな留美ちゃんに対して、お兄ちゃんのようにふるまっている。

 微笑ましいけど、留美ちゃんの友達として助けるのにやぶさかではないよ私は。

 

「ところで留美ちゃん。例の作戦のお願いするのって、八幡さん?」

「ん? うん、そのつもりだけど」

「今お願いしちゃったらどうかな」

「あん? なんだ作戦とかって」

 

 留美ちゃんがさっき言っていた当ては八幡さんのことだろう。というより、今の留美ちゃんを学校のみんなが見ていたら、諦めて告白する人は相当減ると思う。

 

「ねえ八幡。私、今日サッカー部の先輩に告白されたんだ」

「お、おう、そうか。留美は可愛いし、そういうこともあるだろうな」

「中学入ってから……えっと、五、いや六人目かな」

「ほー、すげえな留美。で、それを俺に言ってどうするんだ?」

「いい加減断るのめんどくさいから、彼氏がいることにしようと思って。その役八幡よろしくね」

「え、いやだよ。めんどくさい」

 

 留美ちゃんはわかりやすい。八幡さんが可愛いと言ったとき、にやけるのを我慢しているのが分かった。

 もー、この数分で留美ちゃんの可愛い一面がいっぱい出てきて私はどうしたらいいのか。

 だけど、八幡さんはやっぱり難物だ。まさかめんどくさいで断るとは思わなかった。

 

「即答したね」

「留美ちゃんのために助けて欲しいんですけど」

「いや、まあ、留美が困ってりゃ助けるけどさ。そのやり方じゃなくていいだろ。だいたい俺じゃなくてもいいだろうし、いるとだけ言っておけば確認とりようが無いだろ」

 

 むう。口が減らない、っていうのは失礼か。なんか八幡さんて気安いイメージがあるから、つい私も気兼ねなく言っちゃいそうになる。いけないいけない。

 言っていることは確かに正論なんだけど、まさに留美ちゃんが困っているんだから、男らしく助けてほしいものだ。でも、そうしないから八幡さんなんだろうな。

 

「そう? じゃあ仕方ないね」

「……ずいぶんあっさり引き下がるんだな」

「私のことで八幡を困らせたくないし。ただ私が面倒なことになったって、雪乃さんと結衣さんといろはさんに小町さんにお話しするだけ」

「ちょっと待て。なんであいつらの名前が出てくる。しかも小町まで。面識あったっけ?」

「私、奉仕部女子会ってLINEのグループに入ってるんだ。メンバーは今言った四人と私。小町さんは、この間街でばったり会ったの」

 

 留美ちゃんが簡単に諦めた、と思いきやさっき言っていた根回しってやつ?

 明らかに女性の名前ばっかりなんだけど、八幡さんって結構もてるのかな。

 イケメンって言えなくもないけど目つきが悪いし、背が高いってわけでもない。まあ、留美ちゃんがそんなことで誰かを好きになるとは思ってはいないけど。

 だったら内面がいいんだろうか。少し話しただけでわかるような単純な内面ではなさそうだし、奥が深そうな人だ。

 

「そこで相談して、小町さんから八幡の使用許可をもらったの」

「使用許可って、俺は物かよ」

「雪乃さんは奉仕部の備品だって言ってたけど」

「ああ、そうですか」

「それで、今夜辺りにまたみんなに相談するよ。八幡には断られたから、別の方法は無いですかって」

 

 留美ちゃん、それ脅迫。相談という名の脅迫だから。

 でも、こんなやり取りもできちゃうほど仲がいいんだろう。ちょっとうらやましい、かも。

 

「もし本当に八幡が嫌なら……別の作戦を考える、けど」

「ぐっ……」

 

 ちょ、留美ちゃん!?  何、その不安そうな声、いじらしい振舞い、潤んだ恋する乙女の瞳は!?

 留美ちゃん、こんな演技できたんだ。うわ、可愛い……。

 でも、八幡さんのガードは強固だ。コロリとは落ちなかった。私が男で留美ちゃんにこんなことされたら一発で惚れちゃう自信がある。

 

「それ、一色に教わったのか?」

「うん。ダメ押しでやってみるといいよって」

「あんにゃろ、厄介なやつに厄介な技を伝授しやがって」

 

 その一色さん? ぜひともお会いしたい。そして女らしい振舞いを伝授してもらいたい。

 

「それ、好きな人がいるじゃダメなのか?」

「恋人がいる方がより効果的だって」

「……わかったよ。具体的にどうするかは、また今度でいいな?」

「うん。ありがとう」

「やったね、留美ちゃん!」

「はあ……高校三年生が中学一年生と付き合うとか、演技にしても世間体が悪すぎだろう」

「将来の夢が専業主夫も、そうとう世間体悪いんじゃない?」

「放っとけ」

 

 とうとう陥落。難攻不落の八幡城は留美軍師の計略により退路を断たれ、降伏したのでした、めでたしめでたしと。

 うん。留美ちゃんすごい。

 それから、八幡さんはヘロヘロになりながら自転車に乗って帰って行った。車に気を付けて帰ってください。

 私は留美ちゃんと雑談をしながら帰っていたのだけど。

 

「真希ちゃん、どうしたの?」

「ん? 八幡さんが助けてくれるなら、留美ちゃんも安心だなーって」

 

 八幡さんとのやり取りがどこからか学校のみんなに伝われば、留美ちゃんの学校生活も少しは改善されるだろう。ただ、留美ちゃんの可愛さが膨れ上がって血迷う男子が増えないとも限らない。ひょっとしたら女子でも血迷うかも。

 私たちだけじゃ留美ちゃんを守り切れないし、ぜひとも八幡さんにも骨を折ってもらいたい。

 っていうか、留美ちゃんの乙女具合を他の友達にも伝えたい。けど、勝手に言っていいものではない気がする。ああもどかしい。

 

「じゃ、また明日ね!」

「うん、また明日」

 

 楽しい中学校生活に、また一つ面白いことが増えた。明日からまた楽しみだ。

 

 

 




ネタが若干尽きてきたので更新頻度が遅くなるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。

オリキャラの山北真希ちゃんの動かしやすいこと動かしやすいこと。

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