黒雪のコモリオム --What a beautiful Fakes -- 作:ジンネマン
今回は、というか当分は細々とした説明文が入り乱れる話が続くかもしれません。
しかし、それもある思いがあってやっています。
それはスチームパンクシリーズが少々、ハードルが高いのではないかと思ったからです。
自分はガクトゥーンから入り、いまも他のシリーズを少しずつやっていますが、ガクトゥーンをやってはじめ思ったのが用語の多さにビビりました。
ですから作品はそういったスチパンシリーズの用語を自分なりに噛み砕いた説明を随時入れていこうと思うので、スチパン上級者には退屈な話が続くかもしれませんが、ご了承下さい。
そして、自分の説明にどこか間違いがあれば指摘してください。
なお、この作品はオリジナル設定があるので、あとがきではシリーズ共通の用語は何かをを書いていきます。
帝国サンクトペテルブルグ碩学アカデミー。
ここが私達の通う学舎、正確に言えばこのアカデミーの敷地内にあるアカデミー付属帝室マリインスキー劇場舞踊学校が私たちの学舎だ。
本来なら私達が通うようなところではないが今世を席巻している『エイダ主義』の影響によるところが大きい。
エイダ、エイダ・オーガスタ・バイロン。カダス北央帝国。世界最強の軍事国家であり、カダスにある三つある大陸の一つ北央大陸を支配する寒冷の大帝国。その帝国が認める人類と文明に貢献を果たした世界最高の碩学十名。通称『十碩学』。エイダは女性でありながら十碩学に名を列ね『機関の女王』と呼ばれるほど高名な碩学。
エイダ主義はエイダのように女性の社会進出の模範とする風潮を指す言葉だ。
しかし、この国は本来は閉鎖的でそういったものは大抵否定される、が、国際情勢が許してくれない。
西インド会社が、大英帝国の王立組織を発祥とし、現代文明の構築に多大な貢献を果たして来た西インド会社が、多くの碩学や技術者を管理運営する碩学協会が、この国に手を伸ばす前に自分達独自の西インド会社のような強大な組織を、碩学協会のように多くの碩学を管理運営できるコミュニティを構築するためにこの『帝国サンクトロベルグ碩学アカデミー』を作り、試験的ではあるがエイダ主義の推奨もしている。
そして私たちバレエダンサーの見習いがこのアカデミーに通っている理由は、曰く『バレエダンサーともなれば国内外問わず様々な人に会う。ならば何処へ行っても恥ずかしくない知識と教養を身に付けなければならない』とのこと。
そして試験的に推奨されているエイダ主義も優秀な女性碩学が輩出されなければすぐに撤回されるだろう。
だから私達がここに通えるのは運が良かったとしか言いようがない。なにせ
そのことを聞いたタマーラは『なんて罰当りなこと言うかこの
もちろん勉学をおろそかにしているわけではない、むしろ勉強は好きな方だ。周りの人たちからは『このバレエ馬鹿がなんでこんなに勉強できるんだ』と言われるくらいには勉強はできる。ただ論文などは苦手なのでやめてほしい。
他にもいろいろ思うところはあるが、やはり私は
普通は読むことが出来ないほんの数々、大好きなバレエ仲間、大好きな友達。
――そして大切な人。みんなここにある。たから私は本当にここ好きで、ここ通えるなんて運がいい。
私は物思いに耽りながら校門をくぐる。にこにこと笑顔でくぐる。タマーラが袖を引いて私を制止しようとしているのにも気づかずに。
「
「ハイ!」
冷たく、鋭く、女性にしては低い声が、私を呼び止める声が、私を現実に呼び戻した。
「
「はい、いえ、あの」
「なんですか、はっきりと言ったらどうですか?」
――朝から怖い人に見つかってしまった。
――レフ・ダヴィードヴィチ・トロツキー先生。ウクライナ出身の女性碩学で、このアカデミーでは経済学の講師をしている。大変な読書家で色々なことを教えてくれる先生だと一部の人に評判の先生。この国のエイダ主義の先駆者とみんな言うけど……
「
「いえ、大丈夫です」
――私には……ただ怖いだけの
「Msアンナ、あなたは前に自分がこのアカデミーに入学できたのは運が良かったから。っと言いましたよね。
もう一度言いましょう、たしかにあなたがアカデミーに入学できたのは帝国が推奨するエイダ主義の風潮によるものもありますが、それはあくまで1つの要因に過ぎない、それなにのあなたは運がいいなどと戯言を弄する。ならばアカデミーに入学出来なかった者たち全員が運がなかったから入学出来なかったというのですね。
それは違います。入学出来なかった者たちは実力がなかったから入学出来なかったのです。だからあなたが運が良いと言うことはここにいる全ての者たちに対する侮辱にほかなりません。あなたは実力があったからアカデミーにいるのであって決して運などという曖昧模糊なモノのおかげではありません。
ここにいるからにはあなたたち全員が帝国の威光を背負っているのですから、それを肝に銘じて勉学に励まなければならないというのにあなたの態度は目に余る。わかりますね、Msアンナ」
「はい」
「なんですかその気の抜けた返事は」
レフ先生が手を振り上げ、その手が振り下ろされてくる。
私は目をそらすことなく立つ、だがその手が私に触れる直前、私の目の前に人が割り込んできた。
乾いた音が響く。その場の空気が凍る。
私は一歩分後ろに押されて尻もちをつく、そしてそばに倒れている人を見る。
「タマーラ!」
私はすぐに駆け寄り、タマーラを抱き起す。
タマーラの右の頬が少し赤くなっている。
「タマーラ大丈夫!?」
タマーラは強くつむっていた目を開けて私に微笑みかける。
「大丈夫よアンナ、そんな痛くないし」
タマーラの瞳は少し涙ぐんでいた。すごく痛かったんだろう。
私はレフ先生を睨み付ける。
「なんだ、その目は」
「謝ってください」
私は臆することなくレフ先生を睨んだまま言葉を紡ぐ。
「タマーラに謝ってください」
「なんだ! その目は!」
普段感情を見せないレフ先生が激昂して再度手を振り上げる。それでも私は目をそらさない、決して。
だが、その手は私に届くことはなかった。
なぜならレフ先生の振り上げた手を、誰かがレフ先生の後ろから止めているから。
「レフ先生、我が帝国の将来を担う若人に手を挙げるのは感心しない」
レフ先生を止めたのは
「イヴァーン、その手をどけろ。これは教育であり、躾でもある。お前の指図は受けん」
「レフ先生、私のことは本名ではなく修道名で呼んでほしいのですが」
「くだらん。本名だろうが修道名だろうがどうでもいい。それよりも離せ」
「いいえ、レフ先生がやめるまで」
ほんの数秒レフ先生が修道士ニコライを睨む、おもむろに修道士ニコライが手を離すとレフ先生は踵を返して何処かに歩いて行った。
「閣下はなぜあのような小娘に」
レフ先生がなにか呟いたように聞こえたがよく聞こえなかった。
「大丈夫ですか二人とも」
修道士ニコライが私たちに手を指し出してくれる。私たちはその手を掴み、起こしてもらう。
「修道士ニコライありがとうございます」
「ありがとうございます」
私たちは修道士ニコライにお礼を言う、すると修道士ニコライは下げた私たちの頭に手を置いて撫でてくれた。
「いいのですよ。大したことではありません。では私はこれで」
そう言うと修道士ニコライは教会のある方に歩いて行った。
修道士ニコライが歩き出して少しすると凍っていた空気が氷解して動き出す。
「二人とも大丈夫か? いやー俺の耳がもう少し良ければもっと早く駆けつけることが出来たのに」
――二人の男子が駆け寄ってきた。コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー先輩、アカデミーでは数学の講師をしつつも機関工学の学生として在籍しており、夢はあの灰色の空を貫く『飛空艇』を開発することだ言うおもしろい人でちょっとお調子者。そして幼いころ病気で難聴になったと言う。
「……何言っているんですか先輩、この間自作の補聴器を新調してよく聞こえるようになった。って、言っていませんでしたっけ?」
――もう一人の男子、ウラジミール・ベルナツキー先輩。礼儀作法をわきまえた紳士。ちょくちょく暴走しがちなコンスタンチン先輩のブレーキ役。専攻は鉱石学で他にも放射線やコンスタンチン先輩と一緒に『ロシア宇宙主義』という議題についてよく話し合っている。
「――はて? そんなこと言っていたかな?」
「はぁ。先輩ついに耳だけではなく頭まで病に侵されたのですね」
「失敬な。私は耳の難聴を除いて常に健康で健全で万全な男だ。つまり何の問題もない」
「つまり、すでに、いつも問題だらけなのですね」
「なんだと」
――いつもの二人の喧嘩、もとい寸劇が始まる。見ていて楽しいのだが隣のタマーラがフルフルと震え始めたので黙っておく。
「お二人さん」
――山が動き出した。そう形容していいほど二人にとって重い空気が流れ出す。私は静かにそれを見守る。だって無関係だし。
「聞いていて何の益のない話をする前に、私たちがレフ先生に手を挙げられていた時二人は何していたのかな?」
二人は永久凍土のように固まる。しかし、その額には汗が浮かんでいた。
「――なにって、最悪の事態にはいつでも駆けつけるようにクラウチングスタートの姿勢でいた」
――あ、コンスタンチン先輩が墓穴を掘った。
「先輩、先と言っていることが違いますよ。ここは素直に謝りましょう」
「うるさい。余計なこと言うな」
「つまり二人はレフ先生が怖くって縮こまっていたということかしら?」
「いや、えと、う、え」
「はいそうです。助けるのが遅くなってすいませでした」
ウラジミール先輩がコンスタンチン先輩よりも早く白旗を挙げて謝った。
「あ、ウラジミール。おまえ」
「はい、素直でよろしい。っでコンスタンチン先輩は?」
タマーラがレフ先生もかくやの冷たい目でコンスタンチン先輩を見つめる。なまじ美人だから迫力が違う。
「ハイ! レフ先生が怖くって助けに行けませんでした。ごめんなさい」
コンスタンチン先輩が凄い勢いで頭を下げた。その勢いは頭が腰よりも下に来るくらいだ。
――ここまで伸ばすくらいなら早く謝った方がよかったのに。
私はこの後、起こるであろう惨事を思うと、そう思わずにはいられなかった。
「まったく初めから素直に謝ってくれたらよかったのに」
「え? それはどういう」
コンスタンチン先輩はわけがわからないと、顔を上げる。
タマーラが右足を一歩分後ろに引く。
「こういうこと」
瞬間、コンスタンチン先輩の顔面にタマーラの握りこぶしが炸裂した。
コンスタンチン先輩は後ろにゆっくり倒れていく。そして、
「レフ先生よりも、
などという断末魔(叫んでない)を残し、コンスタンチン先輩は倒れた。
「さ、二人ともこんな人は置いて行きましょう。アンナも朝練の時間が少なくなっちゃうから早く」
「う、うん」
そう言えば私たちは朝練のために早くアカデミーに来たんだった。
「コンスタンチン先輩お先に」
ウラジミール先輩はコンスタンチン先輩に近寄り頬をツンツンと指す。
「ほらコンスタンチン先輩、僕は門外漢にも関わらず今日コンスタンチン先輩の飛空艇の手伝いのために早く来たんですから早く起きてください」
――ウラジミール先輩は先輩で苦労が多そうだ。
「ほら、アンナ早く。時間の無駄よ」
「うん。今行く」
タマーラが早足で進んでいく。私はそれを小走りで追いかける。
そうして少しトラブルがあったけど、私たちの一日が始まる。
――ああ、今日という暖かい一日が始まる。
――ああ、日常という演目が始まる。
――ああ、こんな優しい日々がいつまでも続いてほしい。
私はそう思い、そして、思わずカバンから携帯型
タマーラは誰にも聞こえないほど小さなため息を吐いた。たぶん後でお説教だろうけど、なぜか、いま無性に撮りたくなったのだからしょうがない。
そう、たぶん、今日という大好きな演目の開幕を写真に収めたかったから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここはサンクトペテルブルクにあるであろう地下室。
でも本当にあるかどうかもわからない地下室。
一般人は決してたどり着けない地下室。
そこはとても深く、暗く、黒い場所。
階段も、扉も、天窓も、照明さえもないこの場所に置いて、その中心は明かりがともっている。
否、これは明かりなのか。
その中心は赤かった。紅かった。朱かった。
そのような場所にいる男も赫い。
血も、目も、服も、思想も、すべてが赫い男。
「ついに見つけた。聖痕を持つものを」
男は紡ぐ、赫い言葉を。
「ついにかなうわれらが悲願」
男はただ一人、赫き言葉を紡ぐ。
「この国を、世界を、我らの赫きモノで染め上げる」
ここには男の声を聴く者はいない、その赫き言葉を。
「結社よ、■■■よ、■■■■■■よ、邪魔はさせない。白い男にも決して邪魔はさせない」
ここに一人、赫い男は紡ぐ。
シリーズ共通設定及び用語。
『エイダ主義』『北央帝国』『十碩学』
オリジナル設定及び用語。
帝国サンクトペテルブルク碩学アカデミー。
わかりやすく言うと某禁書目録の学園都市。スチパンシリーズでいうならガクトゥーンのマルセイユ洋上学園都市。その二つの縮小版。
最後に、当分はコモリオムを何話か書いてから他のを進めようと思うので、よろしくお願いします。
では親愛なるハーメルン読者の皆様方、良き青空を。