黒雪のコモリオム  --What a beautiful Fakes --   作:ジンネマン

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「逃げても無駄だ。おとなしく話せ。すべてを」

 

 そう言う声が煙の中から聞こえる。転がった男に、鋼鉄の強度を伴う声を響かせる。

 視認さえ困難な程濃い煙のなか、音さえ遮ってしまいそうなほど濃い煙のなか、異様ともいえる存在感を放つ声で、片足の潰れた男に問う。

 

「……知らんな。何のことかも、どういうことかも、すべてといこ――」

 

 言葉途中で切れた。切られた。潰された。

 問われた男の片足が、無事であった片足が潰れた。

 その凄絶な痛みに悲鳴さえ出ることなく、声にならない悲鳴を上げてのた打ち回る男。それを平然と見下す男、そして、再度その超重量の声を発する。

 

「二度目はない。すべてを、話せ」

 

「知らない! なにも知らないんだ!」

 

 涙を流し、知らぬと言い張る男。

 嘆きのながら、首を左右に振る男。

 

 いや、口が。口角が、鋭い。

 

「ああ、知らない――貴様等に教えてやるようなことは、何一つな!」

 

 男が懐から小さな、コーヒーカップくらいの大きさの物を相手に投げる。

 こんなシーンを見たことがある。アレは、映像学科の自主製作篆刻動画披露会で見たシーンと似ている。

 ならば、アレは爆弾だ。一動作で暴発するように作られた小さな機関、それに火薬や鉄の破片を詰め込んだソレだ。追い詰められた男は逃げられないと悟り、自爆を選んだんだ。

 回りに何が、誰が、いるとも気にかけることなく。動画では映像を重ねることにより、実際に爆発に巻き込まれたように見せたが、アレは違う。

 人を害する為の発明。人を傷つける為の知恵。人を殺す為の機関(・・)

 瞬間、私は機関が爆発するのを幻視する。皆も咄嗟のことに動けず、棒立ちの状態で巻き込まれるかと思われた。

 

 だか、そうはならなかった。

 いつの間にか、男の側に立っていた小柄の男が、帽子を深々とかぶり赤いコートに身を包んだ男が。

 身動き一つとれない男の側にメモ帳に何か書き記しながら、自爆を選択し座り込んでいた男を片足で大地に叩き着けた。

 

 腹部にちょうど、爆弾が隠れるように、腰から押さえ付けて。小さな音がすると男は動かなくなった。

 

「……ニコライ・エジェフ」

 

「は! 我が主」

 

 自爆を選択した男を殺した男は、主と言う男に跪き、深々と頭を下げる。

 大袈裟なほど畏まり、胸に添えた手にはメモ帳を握りしめ、平静を保っているようで恍惚(こうこつ)とした感情を隠しもしない。

 

「なぜ殺した」

 

「は! 恐れながら申し上げます。かの者は我が主の質問に誠意をもって応えることをせず、ましてや害をなそうとしたため、存在する価値無しと判断。処断しました。

 そんな些事よりも我が主、そこにいる拝聴者どもはどうしますか? 尋問しますか? それとも殺しますか?」

 

 エジェフと呼ばれた男が顔を上げることなく、視線すら臥したまま提案する。凶悪なまでの、慈悲もなく、喜悦の笑みを浮かべながら、提案する。

 そんな状況で、コンスタンチン先輩が私たちにしか聞こえないような小さい声を出す。

 

(おい、隙を見てに――)

 

 私の足元の、灰色の雪を赤く染める液体が飛散する。それとほぼ同時に、コンスタンチン先輩の小さい声が、逃げるための相談が、一発の銃声で途切れた。

 コンスタンチン先輩は悲鳴を噛み殺し、出血を抑えるために撃ち抜かれた箇所を、右太股を両手で押さえる。

 跪き頭を下げていた男の手には銃が握られていた。今尚も下げ続けているのに、視線さえ向けてもいないのに、冷たい意思が此方に向く。

 

「……おい、貴様等。我が主の声が拝聴できる貴重な機会に、なに囀ずっている。

 いや、それどころか、なぜ痛みを感じている?」

 

 立ち上がる男。傍目からも小柄なのが伺えたが、立ってみてその身長は私たちと同じくらいで、見る人が見れば子供と勘違いされるだろう。

 だか、見たことのない制帽の向きを直している時に見えた顔には、まるで大型の犬科を思わせるギラギラした瞳と犬歯。

 ――違う、あれはどのような狼さえ食い殺す狩猟犬(ロシアン・ウルフハウンド)。人が敵わない絶対強者。

 

「……そこの奴、なぜ痛みを感じているのだ? お前は畏れ多くも我が主の声を、御姿の輪郭を瞳に映したのになぜ痛みを感じている?

 我が主を拝謁し、拝聴したのならば。痛みを忘れ、痛みを凌駕する歓喜にうち震え、恐悦至極するが当然であり、道理であろう。

 そうでないのなら、貴様に生きている価値は、ないッ――!」

 

 激昂とともに銃をコンスタンチン先輩の頭に向ける。その胸に手帳を抱きしめながら。

 その人差し指が、引き金にかかる。

 

「――待て、ニコライ・エジェフ」

 

 ニコライ・エジェフを静止する声が響く。それはあと、コンマ数インチも引き金が動けば弾丸を銃口から射出されたであろう動作を、寸分の誤差無く静止させた。

 ニコライ・エジェフと呼ばれた男は銃を下げると声の主に向き直り、跪く。

 先程まであれほどの怒気が噴出していのが、いまでは見る影もなく、なりを潜め、歓喜震えている。

 

 ニコライ・エジェフが跪くのと同調するように、あれほど無風だったこの場に、風が吹く。

 

 ――――舞台の幕が

 

 ――――鯨幕が上がるように

 

 ――――煙というベールに覆い隠されていた存在が

 

          ――――今、太陽亡き大地に、晒される――――

 

 先の逃げていた男の時とは違う、それは鉄をも上回る鋼鉄の強度を持って。

 重たく、硬く、鉄の軋むような声の男。鋼鉄の男。

 真紅のスーツと制帽に身を包んだ男。制帽の端から見え隠れする色素の薄い灰色の髪に青い左瞳と、猫のような黄金の右瞳(・・・・・)の怜悧な美貌の男。

 

 その、黄金の瞳が、私たちを見ている。いや、見ていない(・・・・・)。あれは観ている(・・・・)、人が紙に目を通すように、私たち自身を見てはいない。ただ、頭の中の情報と見比べているだけだ。

 そのおかげで助かったとも言える。もしも、アレが真に私たちを見ていたのだとしたら、敵対者として見ていたとしたら、私たちは、それだけで絶命していたのかもしれない。

 ――いや、そもそも、先程まであの人は、何と話しているつもりだったのだろうか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ニコライ・エジェフ。あの者たちに危害は加えるな」

 

「…はい、いいえ――。ですが、目撃者たちをこのまま」

 

「ニコライ・エジェフ。お前は誰の部下だ?」

 

「我が主の忠実なる者なれば」

 

「ニコライ・エジェフ。お前に命令できるのは誰だ?」

 

「我が主のみ」

 

「ならば、わかるな」

 

 その言葉に、私は少しの安堵を覚える。このまま見過ごしてもらえば、助かる。

 だが、そんな淡い期待は、浅はかであった。

 

「あの女二人を除き」

 

 無慈悲なる判決。

 ただ重く、硬く、鉄の軋むような。

 抑揚のない、感情のない、鋼鉄の強度を持った声で裁断を下す。

 

「――は!」

 

「特に、あの黄金瞳の娘を徹底的に、アレ(・・)は奴らが目にかけている可能性があるからな」

 

 それだけ言うと、鋼鉄の男は懐から紙を取り出し、目を通し始める。指示を出し終えて、次の仕事に移るための下準備のように。

 ――アレ(・・)って、誰のこと?

 唯一私だけを名指しした鋼鉄の男のことを、私は知らない。けれども、この黄金瞳が関係しているとなると、考えられる人は少ない。でも、そんなことを悠長に考えている暇ない。

 此方に向き直るニコライ・エジェフは。その表情は歓喜そのものであり、その口角は絵本で出てくる三日月を彷彿させるほど高く。今の彼は主の敵を、いや、障害を排除することに至上の悦びとする番犬だ。

 先程とは違うのは、銃を懐にしまい、手帳を胸に抱き。此方に進む。

 

 一歩。

 一歩。

 一歩。

 また一歩。

 

 私とタマーラに近づいてくる。最短で、無駄なく、最速で主に献上できるように。

 そんな状況で、コンスタンチン先輩が私たちとニコライ・エジェフの間に、視線を遮るように立ちはだかる。その足からは未だに血が零れ落ち、腰から下は震えている。なのに、

 

「……なんのつもりだ? 貴様はさっさと止血をして大人しくしていろ。邪魔だ。

 せっかく我が主の恩情で永らえた命を無駄にするつもりか? そうならそうと早く言え、即座に断罪してやろう。主の御心を()せぬ愚昧が」

 

「……ふん。弱り切った男か、弱い女にしか強気になれないヤツが偉そうに。おまえアレだろう、子供のころから人付き合いが下手で、小動物をいじめることしかできなかった可哀想な子供だったんだろ?

 そんな卑劣漢に後輩たちを触らせるほど俺は男をやめちゃいないんだよ! とっとと消えろ! この下衆が!

 

 ほらお前たちも早く逃げろ! こいつは俺がどうにかしておくから! 特に男二人は必ず女どもを逃がせよ。俺たち男はまだエイダ主義に屈してはいないって所を見せつけてやれ!」

 

 コンスタンチン先輩が私たちに逃げるように怒鳴りつける。本気で一人であの男を止めるつもりだ。

 足を銃で撃たれて、止血もまともに出来ていないのに、私たちを逃がすためにニコライ・エジェフに立ち塞がっている。腰より下は震えているのに、声は少しも震えておらず、視線を逸らすことなく、私たちの盾になろうとしている。

 ――でも、

 

「何言っているんですかコンスタンチン先輩! 先輩も一緒に逃げるんですよ!」

 

 そうだ。私たちだけが逃げてもダメだ。みんなで逃げないと、じゃないと、日常に帰れなくなってしまう。

 暖かで、優しく、失われた春のような演目は、まだ終わっていない。終わってほしくないんだ。

 

「……無茶言うなよアンナ。こんな足じゃ文字通り『足手まといだ』。それじゃ二人は逃げきれない、だったら誰かが時間稼ぎをしないといけないだろ。

 ほら、俺は男で先輩なんだからさ、たまにはかっこつけさせろよ」

 

 そう言っている間も、コンスタンチン先輩はニコライ・エジェフから目を逸らさない。むしろ、決意を固めたのか、声が力強くなった。奇しくも私の言葉が先輩の後押しをしてしまった。

 

「そうか、命は惜しくないか。しかし、我が主は貴様らを殺すなと命じられた。故に殺しはせん。

 ――だか、手を出すなとは言われなかった。だから――殺さぬ程度にしておいてやる。ついでに止血もしてやろう、死なれては私が困るからな。ついでに言っておくが、私が恩情をかけることはないぞ、私は主のように寛大ではないからな。

 小娘ども、逃がしはしない――」

 

 ニコライ・エジェフは姿勢を低くし始めた。四足の猛獣の如く低く、両手を大地に伸ばす、手を伸ばしてコートから覗く彼の腕からは赤い毛が、口からは在りえないほど犬歯が伸た。

 ――まるで民謡に出てくるツマグ・オグンジェニ・ヴク(火のような狼)のような。

 

「さて、行くぞ小僧。死ぬなよ――」

 

 ――――ニコライ・エジェフが弾丸の如く駆ける。

 

 ――――その全身紅い様相からまるで、大地を駆ける大きな火の玉が、

 

 ――――道行くすべてを、進路上にある悉くを砕く弾丸が、

 

 ――――コンスタンチン先輩に、迫る。

 

 

 

 しかし、その火の玉とコンスタンチン先輩の間に、

 黄色い星が、今は見ることのない流星が舞い降りた。

 

 

「ガっ――!」

 

          ――二人の間に割って入った星が、火の玉を、弾き飛ばした――

 

 その光景を、私は一度見たことがある。

 

                 ――そこには少年がいた――

 

           ――着古した黄色とも緑ともとれる外套をした少年が――

 

「やあ。こんなところで奇遇だね雪ちゃん(スニェーク)Ms(ガスパジャー)タマーラ・カルサヴィナ」

 

「あ、あなたは――」「あんたは――」

 

 ――――そこにいたのは、黄衣の王。ユーリー・ハリトン。あの日、私たちを救ってくれた人だ。




はい。そう言うわけでコンスタンチン先輩アゲアゲ回二弾終了。
ユーリー・ハリトンさんこと、黄衣の王は間に合いました。まだ一難残っているのですが、それはそれで、うん。コツコツ書いて、やっと出来ました。だいぶペースが乱れていますが、まだまだ頑張ります。
そんなわけで、金銭事情が厳しく、再来月にはヴァルーシアをやることを目標にしたいとここで宣言します!
それと、はやくSFF(スチームパンクフルボイスファンディズク)ダウンロード販売しないかな~~と思うこの頃。

では、親愛なるハーメルン読者の皆様方。良き青空を。

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