冬虫夏草   作:鈴木_

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03 アキラ

お父さんが再婚した。

それは別にいい。

お父さんがそれで幸せになれば、自分がとやかく言う筋合いではないと思う。

 

実際、婚姻届を市役所に提出して、晴れて義理の母にヒカルはなって、我が家に引っ越してきた。

はじめは突然女の子と一つ屋根の下で暮らすことになり、どうしたものかと悩んだが、元々ヒカルの性格がサバサバしているらしく、容姿以外の性格は至って男勝りだった。

そのお陰もあって、すぐに一緒に暮らすことに慣れ、都合が合えばお父さんだけでなく自分とも対局するようになった。(全敗中で一回も勝てたことがないが)

 

そして五十路(いそじ)の父と、16歳の女子高生の結婚はニュースでもエンターテイメントニュースとして多くの番組で報道された。

 

ウチにまでアポなしで取材にくる迷惑なテレビ局もいたが、一応ヒカルが一般人であることを理由に全ての取材を断っている。

50代の男と10代の女の子が結婚となれば、色々噂されたり、遺産狙いとか変な言いがかりを付けられることも少なくないが、一般人で女子高生ながら、彼女がsaiであったことがそれらをあっさり打ち消してくれた。

何しろ現役TOPの5冠の棋士にヒカルは勝つのだ。

一般的に上位で活躍する女性が少ない

一躍『天才囲碁少女』と、再婚よりもそっちの方が大きく騒がれた部分もある。

 

これまでずっと正体不明だったネット棋士の正体が16歳の女子高生。

そして晴れて自分の父と結婚。

囲碁の最強夫婦。

囲碁が2人を結びつけたのどうのこうのと、散々面白半分に報道し解説者達がはやし立てたものだ。

 

実際、ボク自身、ヒカルが負けたところを見たことが無いので、それについてコメントすることは無いが。

 

だいたい誰にも師事せず、自分ひとりで強くなったということからしてヒカルはおかしすぎる。

自分や周りがそう言うと、隣にいたお父さんがやんわりとなだめ、ヒカルの強さの秘訣について語ってくれたのだが、一度並べた棋譜や見た対局を全部覚えているなんてことがありえるのだろうか?

 

宿題の英単語ですらまともに暗記できないヒカルが、これまで打った棋譜を丸暗記している?

 

本人も『囲碁の棋譜だけは不思議と覚えちゃうんだよね~。これが少しくらい学校の勉強で発揮されたらテストでもう少しいい点取れるんだけどな~』と、のほほんとのたまったのには、流石に脱力してしまった。

彼女のような人種を、先天的天才というのですね

凡人がどんなに努力しても敵わない才能を彼女は初めから持っているんですね

そしてボクの眼の前でお父さんとベタベタしまくっているんですね

いいですよ。

ボクは1ミリたりともヤキモチなんて焼きませんよ?

男の視線を集めままくるくらい美少女のヒカルに、眩いほどの囲碁の才能があって、そんなヒカルを五十路のお父さんが奇跡でもって射止めたとしても、ボクはちっとも嫉妬なんてしませんよ?

ましてや、お父さんが再婚相手として連れてきた相手に一目惚れと失恋を同時にしたなんて、間違ってもないですから。

ただやっぱり、どうしてその相手は息子のボクと同じ歳の女子高生なんですか?

彼女がsaiだったとしても、『歳』だけは一生納得することは出来ないと思うのです。

 

「アキラくん、えらく塞ぎこんでるな。まさか負けたのか?」

 

棋院のロビーの椅子に座り俯いていた視界に、白のスーツパンツと靴が映り、眼の前で止まる。

白というだけでそれが誰か分かっており、それが気心知れた相手ということで、幾分反応が気だるげになってしまった。

「勝ちましたよ、緒方さん」

 

「ということは、アキラくんをそこまで気落ちさせる原因は彼女か?急に同じ歳の女の子と一緒に暮らすことになって気疲れするか?」

という緒方さんの声には、気遣いよりもからかっている節が強い。

なんだかんだとsaiの正体が知れて、しかも塔矢門下でお父さんの弟子という繋がりから、他の縁のないプロ棋士たちと違い、彼女と優先的に打てる身分はいいよな。

しかも住み込みの弟子とかじゃないし。

返事を返さず、溜息をついて俯き加減に視線をそらしたボクの隣に、緒方さんは断りもなく勝ってに座ってきた。

タバコくさいやつが未成年の近くに座るな。

 

「俺も先生の再婚話を切り出された瞬間は驚いたが、後でよく考えてみれば、決して悪い話ではないじゃないか。何しろ彼女がsaiだったんだ。これからはいつでもsaiと対局できると思えばいい。義理の息子のアキラくんが対局したいと言えば、喜んで打ってくれるんじゃないか?」

 

「そうですね……対局をお願いして何か用事が無い限り断られたことはないですよ。ただし、賭け付きですけど」

 

「賭け?何の?彼女の宿題を頼まれでもしたのかい?」

 

「それもたまにありますが、主に晩御飯を食べたあとの皿洗い担当決めです。基本的に皿洗いはボクと彼女の交代制なんですが、対局で負けるとその皿洗いを担当する日を押し付けられます……。家族だからこそタダでは打たせないとか言って……」

 

お陰ですでに今月の皿洗い担当は僕一色だ。

このままでは残りの今年一年、全部ボクの色にカレンダーが染まってしまいそうな勢いだが、それだけはなんとか回避したい。

 

 

「なるほど、いくら家族とはいえタダで対局するのはプロとして緊張感が薄れるということか。だが、それだと塔矢先生も家族だが?先生も彼女と対局するとき何か賭けているのか?」

 

やはりそこ(お父さんヒカルと賭けをしているのか?)にいきますよね……。

ボクだって同じ家族なのに、お父さんとだけ何も賭けてないのはおかしいと訴えた。

訴えたら、聞かなければよかったと心底後悔した答えが返って来た。

 

「……賭けてますね」

 

「何を?」

 

聞いて、地の果てまで引きやがれ。

 

「お父さんの腕枕権を賭けて……お父さんが負けると、その日の夜は彼女に腕枕しないといけないんです……。お父さんが勝てば、彼女から肩たたきしてもらえるんだそうです……」

 

言ったとたん、案の定、緒方さんの表情が固まった。

ざまあみろ

 

「……先生、わざと負け」

 

「てたりするわけないでしょう!!」

 

ボクだってヒカルから賭けの内容を聞かされたときは、緒方さんと同じことを考えたさ!

でも流石に勝負師なんだから、どんな餌を眼の前にぶらさげられても『負け』が何より嫌なはずだ!

けれど、勝っても負けてもお父さんにはいいこと尽くしじゃないか!

ずるいよ!

 

「いや、一緒に暮らしててそんなに精神削るようだったら、1人暮らしした方がいいと思うが」

 

「それは駄目です!ボクがいなかったら2人がコレ幸いと四六時中ベタベタして、お父さんは手合い日忘れて、ヒカルは学校に行かずに、2人でずっと囲碁打ってるに決まっているんですから!そんなことは断固ボクが阻止してみせます!」

 

握りこぶしを作って緒方さんに即決してみせる。

今でさえ朝まで打っているような2人を、ボクという監視の目が無かったらどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

ボクが塔矢家の生活習慣を守る最後の砦なのだ!

 

「塔矢名人聞いたぞ。なんじゃ、16の娘っ子と再婚したそうじゃないか」

「ええ」

 

そこにちょうど話題の人物と、しゃがれた声が聞こえてきて、振り返る。

今日は高段者の大手合の日だから、2人が棋院で会話をしながら通りがかっても、なんら不思議ではないのだが、

 

「どうじゃ?夜の調子は?若いだけあって夜は大変じゃろ?」

 

桑原お得意の下世話な盤外戦に、眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。

本因坊にしがみつく執念深いこの老人は、本当に性質が悪い上に、下手に目上の棋士だということが一番の問題だ。

遊び半分にからかわれる低段の棋士が何人泣いたか知れない。

 

テレビで2人の結婚がどんなに騒がれようと、囲碁の関係者であれば、5冠のお父さんに面と向かって言える者はまずいないのに、この老人にかかれば、5冠であろうとも平気でからかいの対象となるのだから恐ろしい。

 

 

「ご明察恐れ入ります。はやり若さには勝てませんね。朝まで(ヒカルと対局)していると、どうにも(応手の)キレが鈍ってしまいます」

 

「朝までシて?」

 

お父さんの真面目な答えに、桑原先生も固まってしまっている。

 

下世話な話にも真面目に答えるお父さんの姿勢はボクも尊敬します。

尊敬しますが、今のは絶対誤解されましたよ!?

 

このまま放っておけば、間違いなくこの老人は面白半分に言いふらす。

そして明日には棋院関係者中に噂になっていて、ボクまで変な目で見られることになっている。

そんなことは絶対させてなるものか!!

 

「お父さんッ!大事な単語ははしょらないで下さい!誤解を受けるのはお父さんだけでなく息子のボクも(ついでに塔矢門下全員)なんですから!桑原先生!さっき父が言いたかったのは、朝まで彼女と対局していて、明け方はさすがに応手のキレが鈍ると言いたかったんです!決してそれ以外の意味はありませんのでよろしいですか!」

 

「ん、アキラどうした?」

 

突然現われ、血相をかかえて解説する息子の行動が全く理解出来ていない様子ですね、お父さん。

だったら夜まで待とうと思っていたことをここ(棋院の中で他人の目がたくさんあるところで)言おうじゃないですか。

「どうしたじゃありません!それこそ昨夜も明け方近くまで彼女と対局していたでしょう!?次の日学校がある平日は夜は11時までと決めたじゃないですか!?お父さんはよくても彼女は朝から学校があるんですよ!」

 

言われて、そういえばとお父さんは思い出したのか、両腕を胸の前で組んでうんうん頷き、

「すまん。どうにも時間を忘れて気がついたら朝だった」

 

「だったじゃありませんっ!眠る彼女をおんぶして学校に連れて行く僕のことも考えてください!」

 

自分は納得するまで打って、仮眠でも取ればいいさ。

でも眠る前に制服に着替えさせ(さすがに着替えは彼女1人でしてもらい、着替えるところは見てません)、朝ごはんを無理やり詰め込むように食べさせ、お腹いっぱいになったところで睡魔に落ちるヒカルを、ボクがおんぶして学校まで届けているんだ!

それが手合い日で、ボクも学校が休みならいいけど、他の平日だと完全にボクの方は学校に遅刻だ。

 

「涙ぐましいよ、アキラくん……」

 

メガネを外し、滲み出る涙をハンカチでつつましく拭く緒方さんに、

 

「そう思うんでしたら、今度からもし朝まで打ってたら彼女を緒方さんが車で学校へ送り届けてください」

 

よし。

これでボクの負担を少しだけど緒方さんに押し付けることが出来た。

 


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