冬虫夏草   作:鈴木_

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・アキラは13歳でプロになり、現在、海王高校に通う16歳の高校生。
・ヒカルは女の子です。しかも髪長い。プロでもなく院生でもない、ごく一般的な女子高生。
・原作での塔矢先生の奥さんの明子さんは、アキラが6歳の時に亡くなってます。
・内容はざっくり言えば、塔矢先生とヒカルが結婚してる話です。
・佐為は…佐為は……どこかにいるかもしれません。
・援サラならぬ、援棋士バンザイ!
・何が書きたかったかというと、塔矢名人が書きたかったんです。



01 アキラ

【01 アキラ】

 

 

 

「アキラ、実は大事な話があってだな。再婚したい相手がいるのだが、お前は私の再婚についてどう思う?」

 

と、実の父親が突然切り出したその場は、自宅で毎週行っている碁の研究会を終えた直後で、自分の他に緒方さんや芦原さんをはじめとした門下生たちもいて、父親の再婚話云々より、外野に意識が向いた。

案の定、緒方さんは茶をすすりかけたまま、ビシリと硬直しているし、芦原さんはお茶が入った湯飲みを畳に落としているのに、それにも気付かずお父さんを凝視しているし、その他のメンバーも似たりよったりだ。

お願いです。

大事な話をするときは、場所と時間と空気を考えてください。

しかも、何で再婚話を相談された実の息子がこの場で一番冷静なんですか?

 

「……そうですね」

 

 

たったその一言で、部屋中の視線がお父さんから自分に一瞬で切り替わった。

ここは皆が帰ってから、ゆっくり話をしようと思ったのに、そんな自分のささやかな配慮と気遣いは不要なんですね。

とくに緒方さんの視線は、今すぐに返事をしなかったら、後でねちっこく無理やり白状させられそうなくらいガン見だ。

もちろんそうなってしまう気持ちは分かるが、いつ落としてもおかしくない湯のみを置いてからにしてください。

ボクはこぼしたお茶の後始末はしませんからね。

 

 

親の再婚話なんて一大事な話を、聞いてすぐに返事しなければならない状況に陥った息子の気持ちを、少しは察してほしい。

もっともボク自身もすでに母親を恋しがる歳でもないし、父親が別の誰かと結婚することを嫌悪する性質ではないと自負しているので、急に大勢の前で話を振られても、多少驚くだけで困りはしない。

コホンと咳払いを一つして、

 

「ボクはお父さんが決めた相手でしたら反対するつもりはありませんよ。再婚してもいいんじゃないでしょうか」

 

お母さんが亡くなってから10年余り。

毎日来てくれるお手伝いさんのほかにも、塔矢門下の兄弟子達が、常に家を出入りし、幼かった自分の遊び相手をしてくれたりたまに勉強だってみてくれた。

寂しいと思ったことはほとんどない。

碁に精進し構ってもらえることは少なかったが、お父さんが碁一筋に打ち込む姿はボクの憧れであり自慢でもあった。

そのお父さんが言う相手なら変な人じゃないだろう、たぶん。

 

「そうか、賛成してくれるか」

 

「はい」

 

返事をしたら、いつも険しい表情ばかりのお父さんが少し笑った。

やはり、お父さんも息子に再婚話を切り出すのは緊張していたらしい。

どうせ緊張するなら、ついでに話を切り出す場所も少しは考えてくれればよかったのに。

そういう一般常識はどこか抜けてるんだよな、この人は。

 

「お、……驚きました……先生の口から再婚のお話が出るとは……。アキラくんも驚いたんじゃないか?」

 

「まぁ、多少は驚きましたけど」

 

あなたほどではありませんよ、緒方さん。

 

「しかし、塔矢先生が再婚されたいとは、そのお相手とはいったい何時出会われたのですか?やはり囲碁の関係者で?」

 

 

はははは、とまだ驚き過ぎてきちんと呂律が回っていないのに、緒方さんがさっそくお父さんに再婚相手のあれこれそれどれを尋ねだす。

息子のボクを差し置いて、再婚相手のことを聞くなんて図々しいとは思わないのかと疑ってしまうが、やはりボクも本音は聞きたいのだ。

 

碁一筋の生活をしていて、どこでそんな女性を知り合う機会(チャンス)があったというのか

というか、碁命なお父さんのメガネにかなう女性がこの世にいたのですか?

 

「実はもうすぐ来ることになっている」

 

「え!?」

 

と、思わず声を上げたのは自分だけではなく、お父さんを除いた全員で。

あまりの展開の早さに、口角がひくひく引き攣ってしまった。

さっき再婚したい相手がいると言ったばかりで、もう相手が来ることになっているという筋書きはどこでどう作られたのか。

動揺している息子にさっさと勝負を決めるつもりなのか。

勝負を決めるヨセの正確さを、こんなところで発揮しなくてもいいのに。

 

そこにお手伝いのカヨコさんが部屋にやってきて

「先生、玄関に進藤さんというお客様がいらっしゃってますがいかがしましょう?お約束されてたそうですが……」

「ああ、来たか。私がいこう」

腰をあげ、お父さん自ら、玄関の方へわざわざ迎えに行ってしまう。

残された部屋では

「アキラくん!塔矢先生にそんな女性がいたなんて俺は聞いてないぞ!本当に知らなかったのか!?女の気配の一つや二つ気付かなくてどうする!?」と緒方さん。

「ボクにそんなこと言われても困ります!なんでボクが責められなきゃいけないんですか!」

「あの塔矢先生が!だぞ!?」

拳を堅く握り締め、強調してお父さんの名前を言う緒方さんの気迫に押されて、思わず後ろに仰け反ってしまった。

「碁にしか興味が無い塔矢先生に、再婚まで考えさせたんだ!相当な美人か銀座のホステスも真っ青な話上手か!とにかくっ、普通じゃないことだけは確かだ!」

「それを一言一句違えず、お父さんに言えばよかったじゃないですかっ」

「言えるわけがないだろう」

メガネの位置を正しながら、真顔で言う緒方に内心呆れつつ、廊下から近づいてくる足音を、自分の耳はしっかり聞き捉えた。

当然、周りにいるみんなもその足音に気付いたらしく、それぞれに居住まいを正して待ち構える。

足音は2人分。

すっと開けられる障子からまずはお父さんが入ってきて

「さぁ、入って」

部屋に入るよう促すお父さんの背中に隠れて、後ろにいるのだろう肝心の女性の姿が見えない。

「でもっ!やっぱり先生恥ずかしいよっ」

聞こえて来た声は、かなり若い気がした。

30は行ってない。

20代も怪しい。

10代の少女のような若々しい声。

「そんなことはない。アキラも結婚には賛成してくれた。何も心配することはないよ」

「だって……」

「さあ」

お父さんに手を引かれ、おずおずと入ってきた女性、もとい少女に、部屋にいた全員が目を見開き釘付けになった。

腰まで届きそうな長い髪は前髪がいくぶん明るく、大きな瞳に長いまつげ、通った鼻梁、薄い桃色の唇。

染み一つない白い肌は、恥ずかしいのか頬に赤みが差している。

顔だけでなく肢体もスラリと伸び、流行りの花柄のワンピースは膝上で、金の一粒ネックレスが胸元で可愛らしく光っている。

まさしく美少女。

ただし、どこからどう見ても10代の少女で、自分と同じ年頃に見える。

 

皆から向けられる視線に、少女は怯えたようにお父さんの背中に隠れてしまった。

もしかしたら結婚相手ではなく、結婚相手の娘さんじゃないかと現実逃避してしまいそうになった自分を、お父さんは容赦なく切り捨てる。

初々しい恥じらいを見せる少女を、お父さんは隣に座らせながら、

 

「進藤ヒカルさんと言う。アキラと同じ歳だ。入籍はすぐでもいいが、式は彼女が二十歳になってからを考えている」

 

お父さんの頭の中は、すでに結婚式のことに飛んでいるんですね。

 

自分と同じ歳なら今年16か。

それなら日本の法律でも女性の結婚が許されているから犯罪ではない。

一瞬、お父さんが性犯罪者に見えてしまったボクを許してください。

 

ただ、お父さんのそんな笑顔は、タイトルを防衛したり奪取したときでもボクは一度も見たことがありません……。

 

毎日、中年以上の男ばかりと碁を打ちながら、どこでそんな美少女と出会う機会(チャンス)があって、あまつさえお父さんのどこに彼女を口説く暇とワザがあったのですか?

 

 

 

 


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