side 織斑一夏
「はぁ、はぁ、はぁ」
織斑一夏は幾つものクレーターの出来たアリーナで肩で息をするように立ち尽くしていた。
目の前には胴体を切り裂かれて活動を停止している全身装甲型のISーーーしかしその中に人間の姿は無い。
一夏の考え通り、やはりクラス対抗戦に突如乱入した正体不明機は無人型のISだったようだ。
しかし、誰が一体こんなことを?
そして、仮にもし正体不明機が無人型ではなく、女性操縦者を乗せた本来の有人型ISであったならば、自分はこのISを切ることができただろうか?
一夏は、織斑一夏は実はうすうす勘付いていた。
この騒動の張本人が誰なのか、この無人型のISを乱入させたのが誰なのか、そもそも、ISの心臓であるISコアを量産出来るのは1人しかいないではないかーーーーー。
「一夏さん!」
「っ、セシリア。っと、鈴も大丈夫か?」
「当たり前じゃない。っていうか、あの篠ノ之箒って女!ほんと危なっかしいわよ!」
「はは、箒に悪気はなかったんだって」
篠ノ之、その名前にギクリと肩を震わせて、一夏は頭をを振って、辿り着きそうだった思考を放棄した。
「だってそうだろ。束さんがこんなことするわけない」
「?どうしたの?一夏」
「もしかして!どこか怪我をなさいましたの!?一夏さん!」
「あ、いや、なんでもない。それにISのお陰で怪我は無いってセシリアも分かってるだろ?ISは先生たちに任せて早いとこ戻ろうぜ」
この時、考えることをやめた代償を、織斑一夏はいずれ知ることになるだろう。
しかしそれは、まだ、先の話。
side メカクシ団
「作戦完了、だな」
「いぇーい。みんなお疲れ〜」
「お疲れ様っす。あ、俺、ジュース持って来るっす」
「おう、悪いなセト」
クラス対抗戦に突如乱入した正体不明の無人IS。
それに対する生徒たちの避難や一夏への援護を終えた俺たちメカクシ団メンバーは、一足先に作戦成功の打ち上げ会を始めていた。
と言っても現在避難勧告のようなものが出ていて、全校生徒は部屋で待機、更に今回の事は絶対に外に漏らす事はないようにと箝口令も敷かれている。
別に言いふらす気は無いので俺と楯無の部屋にみんなで集まってお菓子やジュースを片手にワイワイ騒ぐ。
「ほんとみんな今日はお疲れ様!全部私の奢りよ」
「………楯無?お前、いつの間に…って、来てたのか」
当然、と書かれた扇子で口元を隠しつつ、楯無がニコニコと笑う。
そしてコソッと俺の隣に来るが、キドやカノの目が怖いので本当にやめてくれ。
あとアヤノ、いつもの笑顔を更にニコニコしながらこっちを見るのはやめろ、シャレにならんほど怖えから!
「流石、メカクシ団ね…ってとこかしら?No.7 如月シンタロー君。ふふ、私は事後処理があるからお暇するわね。楽しんじゃって!エネちゃん?」
「楯無……お前は」
扇子で口元を隠した楯無の目は笑っていた。
ただ、その奥に見える“目”は、とてもじゃないが笑っているとはいえず、俺は薄気味悪い寒気を感じた。
(お前は一体、何者なんだよ)
「ふふふふ」
『あ、そういえばご主人。かいちょーって日本の暗部の当主なんですよぉ〜!知ってましたか!』
「「ぶふっ!?ゲホッゲホゲホ!?」」
エネの衝撃のカミングアウトに楯無と顔を見合わせながら同時のタイミングで噴き出し、咽せる。
「は?…え、おま……楯無。暗部?…え?」
「あー、えー、……おほほほほ。またね!シンタロー君!エネちゃん!他のみんなも楽しんじゃって!おほほほほほほほほほ」
「あ、おい!楯無!待てって、おい!」
制止の声を振り切った楯無の姿はもう見えない。
はあ、と溜め息を吐き、マジかよ……と呟く。
「エネ、さっきの話は本当なのかよ」
「だよね、もし本当だとしたら僕らの活動全部知られてるって、結構ヤバいんじゃない?」
『まあ、今はまだあっちも様子見だと思いますよぅ?動き出すとしても政府から送られる通信はエネちゃんがバッチリ傍受してますので大丈夫です!」
「そうか、分かった。みんな、今は作戦成功を素直に祝うとしよう」
キドに言われて、先ほどの楯無の事はすっぱり頭から排除して楽しむことにする。
と言っても、遊ぶ為の道具は全てアヤノが部屋から持って来た人生ゲームやトランプだ。
特に人生ゲームでは何故かアヤノと俺が同時に結婚マスに止まり、突然のエネルール(?)によって俺のとアヤノが結婚、その後は一つの車を2人ずつでサイコロを振るのでポンポン進んでいき、見事優勝したり。
ツイストゲームでキドが目を隠すを使ってカノの指定されたポイントを消して勝ちを拾ったり。
トランプではセトの「目を盗む」が炸裂していつしか対セト連合が出来上がっていたり。
某ゾンビのfpsゲームでキドとペアを組んだらキドがゾンビにビビりすぎて全部俺が相手をする羽目になったり(その間キドは壁に向かってダッシュコマンドを連打していた)と楽しい時間過ごしていた。
「ん。そろそろ時間か。おい」
「あはははは。シンタロー君面白すぎ……はぁ、楽しかった。じゃあセト。僕らも部屋に戻ろうか」
「そっすね。シンタローさん。お疲れ様でしたっす」
キド、セト、カノ、アヤノの4人が部屋を出る。
しかし、最後にアヤノが耳元で、
「…………浮気は、ダメだからね」
「お、おう?」
ヤバい、アヤノヤバい、マジヤバい。
アヤノにしては珍しく、照れと羞恥と嫉妬と笑顔と、複雑な表情の困り顔で俺を上目遣いにいじらしく見つめてくるもんだからキョドッてしまった俺はアヤノを安心させられるような言葉も言えないまま、顔を耳まで真っ赤に染めてコクコクと頷くだけだった。
「うん。じゃあ、おやすみっ、シンタロー」
満開に咲いた美しい花。
彼女の笑顔を形容するなら、きっとそれしか無いだろう。
「あ、う、おおう…」
つっかえつっかえなんとか返事を返した。
それに対してもアヤノはまた、嬉しそうにはにかんだ。
side ???
「…………」
『シュロロ、おお、どうした我が主人よ。端正な顔を歪めて随分と不機嫌そうじゃないか。シュロロ』
「……うるさい」
『シュロロ。どうせ、あのクソガキ共を舐めてかかったんだろう?ああ、そうか。我が主人は学園のガキ供を人質にすればそう簡単には動かないとタカをくくっていたのか。クックック』
「っ、うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
ガン!
女性が打ち付けた拳がパソコンのキーボードをいとも容易く破壊する。
しかしそれでは抑えられない衝動に動かされ、女性ーーー篠ノ之束は狂ったように部屋の中の設備を破壊していく。
「なんでだよ!なんでだよ!束さんの計算に狂いはなかっただろ!なのに!なんであいつなんかに邪魔されなきゃいけないんだよ!ふざけんなよ!」
大半が破壊されたパソコンの内、辛うじて生き残っていたパソコンの画面に写り込んでいるのは、赤いジャージを着た気怠げな少年の他、ポニーテールに結った髪の男装少女、ニヤニヤ笑う癖毛のつり目少年、緑色のツナギを着た体格の良い少年、赤いマフラーを巻いた黒髪の少女達だ。
「なんで?なんで邪魔をするの?アーちゃん。キーちゃん。カーくん。セッくん?束さんの言う通りにすればみんな幸せになるんだよ?なのに、なんで束さんの邪魔をするの?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?」
狂ったようになんで?を繰り返す篠ノ之束を、巨大な蛇のような黒い影は嘲笑する。
なんて馬鹿な生命だ、なんて馬鹿で扱いやすい女なのだろう、と。
そうして彼女の耳元でこう囁く。
「次が。そう、次があるではないですか。我が主人よ。シュロロ。貴女の頭の中には既にハッピーエンドへのシナリオが出来上がっている。後はその為の準備をするだけですよ。シュロロ」
ピクリと、篠ノ之束の表情が動く。
そう、蛇の言う通り、既に篠ノ之束の計画は始まっている。
蛇の狡猾な企みを篠ノ之束が考え付いたのだとじっくりと囁き続けた、歪な計画が。
「あは、あはは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!そう!そうだよ!束さんにはみんなが幸せになる為のシナリオがある!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
天災がキーボードを叩く度、部屋中のパソコンがチカチカチカチカと点滅を繰り返す。
ストロボのフラッシュが壊れた彼女を映し出す。
篠ノ之束の目からハイライトは見えない。
歪んだ希望と、欲望のまま、蛇の“目”を植え付けられたまま、篠ノ之束は動き出す。
「あはは、次はどうしようかな?いっくんの実力は学園中の生徒が思い知っただろうし。ああ、そうだ、そう言えばちーちゃんのデータを再現しようとどこかの馬鹿達ができもしないことをやってたっけ」
VTシステム。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
天災による壊れたハッピーエンドへのお膳立てが整えられていく。
それはやがて全てを壊し、亡き者にし、終わらない夏へ向かう。
ーーーカゲロウデイズ計画。
二度目の終わらない夏を、終わらない世界を。
一度目が攻略されたなら、またもう一度最初からやり直せばいい。
次はもっと狡猾に、老獪に、狡賢く立ち回り、クソガキ共を舐り、その目に宿った蛇をくり抜いていく。
シュロロ、蛇は嗤う。
もう一度、終わらない夏を繰り返せば、愚か者達はまた自分を求めると。
それが最高に笑えて、嗤えて、嘲笑えて仕方がない。
「あは!あははは!あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
狂ったように嗤う。
口の端から涎を垂らしながら嗤う。
そして篠ノ之束は嗤う。
自分の体を動かしているように勘違いをしているが、その体の全てを蛇に乗っ取られている彼女は、
妙に頭の冴える頭で考えていた。
ああ、このどうしようもなく愚かな世界が、どうか幸せで溢れますように、と。
自らがその世界に終わりをもたらす鍵であることに、未だ気付かずにーーーー。
束さんはドンドン壊れていくドン!
このまま終わらない夏ーー福音戦まで頑張るドン!
次からは黒兎が出てくるけど実は黒兎編が作者的に楽しみだドン!